不滅の焔、煌々と燃ゆ   作:ユータボウ

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継ぐもの

 我ながら随分と酷い有り様になったものだ。

 

 鏡に写る己の姿を見てそう思わずにはいられない。

 

 下弦の弐の討伐したあの日から半月ほどが経過し、傷ついた体は順調に回復の傾向を見せている。

 鍛練などの激しい動きはまだ出来ないが、日常生活くらいであれば既に他人の補助なしでも十分に送ることが可能になった。

 あれだけの激戦を経ていながらおおよその傷がもう治り始めている事実に、自分でも少々驚きを隠せない。

 無論、早く完治するのであればそれに越したことはないのだが。

 

 とはいえ、傷は治っても傷痕までは完全になくならないものもある。

 

 あの戦いで負った火傷の、特に程度の酷いものは痛みが引いても痕が残って消えそうにない。

 これが日輪刀を握っていた両手だけならまだよかったのだが、最後の炎を避け損なったせいで顔の右側まで焼け爛れてしまったのはなかなかの痛手だ。

 

 右頬を中心にして火傷痕の刻まれた顔はなんとも不気味で、はっきり言って見るに堪えない。

 張本人である私ですらこうなのだから、事情を知っているかどうかにかかわらず、他人が見て気分のいいものではないだろう。

 

 自分の外見などさして気にしたことはなかったが、しかしこうも無残になってしまったともなれば、少しばかり悲しくはあった。

 気に入って伸ばしていた髪の毛も中途半端に燃えて短くせざるを得ず、今では肩口の辺りで切り揃えている。

 

 ……まぁ、結果的に十二鬼月を倒すことが出来たのだから、傷痕や髪型の一つや二つくらいは目を瞑るとしようか。

 別に鬼とは容姿で戦う訳ではないのだから、こんなものは戦闘の上で些細なことに過ぎない。

 

 膝に頭を乗せて眠る彩を撫で、久方ぶりとなるのんびりとした時間を過ごす。

 すぅすぅと穏やかな寝息を立てる妹の姿に、ついこちらも眠気を誘われてしまう。

 

 退屈で平穏な、なんということのない時間だ。

 本来ならばこれがずっととはいかずとも、もっと長く続いていく筈だったのだ。

 もし鬼がこの世にいなければ、今頃私はどこかの家に嫁いでいたりでもしたことだろう。

 

 いや、違うな。

 あの夜を生き残った私には、そんなごく普通の幸せを掴むことも出来た。

 それを選ばなかったのは他ならない私だ。

 鬼殺隊に入って鬼を殺す、そのために自ら幸せを手放したのだ。

 

「……護るよ。私が、絶対に」

 

 いつか声を取り戻して、誰か素敵な相手と結ばれて、子供を産んで、お婆さんになって天寿を全うする。

 私の捨てた普通の幸せを、彩にはどうか手に入れてほしい。

 それを護るのが姉であり、鬼狩りである私の役目だ。

 

 彩を、彩の生きる未来を護る。

 最初に刻んだ誓いは今では少し形を変えているが、それでも褪せることは絶対にない。

 

「静里殿、ここにおられるか?」

 

 うつらうつらとしていた意識が外からの声に覚醒する。

 私の返事にそっと戸を開けたのは、鍛練に打ち込んでいた筈の杏寿郎殿だった。

 

「どうしましたか、杏寿郎殿?」

()()()()()()()()()()()。なんでも静里殿に話があるのだとか」

「お館様が? ……分かりました、すぐに向かいます」

「お館様は先に父上のところへ向かわれた。恐らくそちらにおられるだろう」

 

 ただの連絡であれば鎹鴉を通して行えばいいだけのこと、多忙な身であるお館様が直接やってきたということは、何かとても重大な話であるに違いない。

 

 眠る彩を布団に運び、身支度を整える。

 その際に戸棚から取り出したのは、最終選別前に鱗滝師範(せんせい)より受け取った厄除の面だ。

 顔の火傷痕を面で隠し、すぐに煉獄師範(せんせい)の私室へと向かった。

 

「待っていたよ。最終選別以来だね、静里」

「はい。お久しぶりです、お館様」

 

 跪こうとした私だったが、お館様の「楽にしておくれ」という一言に先んじられ、煉獄師範(せんせい)の隣に座すことにする。

 

「体の具合はどうかな?」

「順調に回復しています。私が至らぬばかりにご心配をおかけしました」

「いいんだ。それよりもよかった。熾烈な戦いで大怪我をしたと行冥から聞いていたからね。静里の姿を見て私も安心したよ」

 

 微笑むお館様だが、その雰囲気はどこか寂しげな感じがする。

 静謐な輝きを宿した双眸がかすかに細められた。

 

「……その面は、顔の火傷を隠すためのものだね?」

「……はい。爛れ果てたこの顔を晒してはお館様の気分を害すると思い……。このような格好でお館様の前に現れることをお許しください」

 

 畳に手をつき、深く頭を下げる。

 

「静里」

 

 顔を上げた。

 お館様の手がゆっくりと伸び、私の面に触れる。

 

「っ」

「大丈夫」

 

 面が、外される。

 

「静里、私は君に感謝をしなければならない」

「感謝、ですか……?」

「そう。君は行冥と協力して下弦の弐を倒してくれた。これにより先立った剣士(こども)たちの無念は払され、多くの人々の命が護られたんだ」

 

 だから、と。

 お館様の細い指が右頬をそっとなぞる。

 

「ありがとう。こんなに傷ついても戦い抜き、皆のことを護ってくれて」

 

 ああ、この方は本当に──。

 

 私が戦う理由は自分の願いのため、誰かに感謝されたくて鬼を狩っている訳ではない。

 お館様もそんなことは分かっている筈だ。

 そして全てを分かった上で、言葉をかけてくれる。

 

 ありがとう、と。

 たったそれだけのことで、こんなにも救われた気持ちになる。

 

「静里、私がここに来た理由はね、君に頼みたいことがあるからなんだ」

「……伺います」

「君に槇寿郎の跡を継いでほしい。鬼殺隊の新しい柱として、その力を振るってもらえないだろうか?」

「!」

 

 見つめ返したお館様の瞳は本気だ。

 一瞥した隣の煉獄師範(せんせい)は目を閉じ、何かを考え込むようにして静観を貫いている。

 

「静里は先の戦闘で下弦の弐を倒した。これは柱になるための鬼を五十体、または十二鬼月を討つという条件を満たすことになる。静里には、鬼殺隊の柱になる資格があるんだよ」

 

 柱になる。

 それはすなわち鬼殺隊最強とされる九人の剣士、その一翼を担うということだ。

 

 だが、私が下弦の弐を倒せたのは悲鳴嶼殿の助力に依るところが大きい。

 独力では十二鬼月に敵わなかったであろう私が、果たして柱になっていいものなのだろうか。

 それも、師である煉獄師範(せんせい)の跡を継いで。

 

「鬼殺隊は実力主義の組織、入隊してからの月日は関係ない。それに本来九人いる筈の柱が、今は五人しかいなくてね。行冥と、そして静里が空席を埋めてくれれば、私としてもありがたく思うのだけれど」

「悲鳴嶼殿には……この話を既にされているのですか?」

「うん。行冥はこの話を了承してくれたよ。それと彼から君へ、言伝を預かっている」

 

 「言伝?」と訊き返した私にお館様は頷く。

 

「『己の力だけで十二鬼月を倒せなかったのは私も同じ。穂群が辞するのであれば私も辞す。だがもし君も柱になるのであれば、共に研鑽し、柱と呼ばれるに相応しい剣士となろう』、だそうだ」     

 

 ……その言い方は、少しずるくはないだろうか。

 

 合掌してジャリジャリと数珠を鳴らす悲鳴嶼殿が脳裏を過り、小さく笑声がこぼれる。

 

「柱となるには、自分は相応しくないと思うかい?」

「……そうですね。私が十二鬼月の頸を斬れたのは悲鳴嶼殿のおかげで、私自身には大した力などないのではないかと、どうしてもそう思ってしまいます」

「増長せず、謙遜であるのは静里の美徳だ。でも、過ぎた姿勢は卑屈とも受け取られかねない。もう少し自分の成した行いを誇ってみるのも、決して悪いことではないんじゃないかな」

 

 自分の成した行いを誇る、か。

 

 お館様に言われて少し頭を働かせるが、どうにも上手く想像出来ない。

 鬼と戦い、殺すことは鬼殺隊の使命であり、私にとって果たして当然の責務だ。

 本人には当たり前のことを誇れるようになるというのは、なかなか難しいことに思える。

 

「最初から柱に相応しい者なんていない。誰もが時間をかけて経験を積み、時には失敗し、そして成長していくんだよ。たとえ今は違っていたとしても、静里ならきっと立派な剣士になれると私は信じている」

 

 眉根を寄せて首をかしげていると、お館様がふっと微笑んだ。

 

「今の鬼殺隊で柱を任せられるのは君と行冥の二人しかいないんだ。鬼の手から人々を護るためにも、どうか静里の力を貸してほしい」

「──分かりました。身に余る大役ではありますが、柱としての役目を全う出来るよう精一杯努めてまいります」

 

 この選択が本当に正しいのかは分からない。

 だったら、正しかったと言えるようになろう。

 お館様と悲鳴嶼殿、二人の思いに私は応えたい。

 

 いつか、自分自身に胸を張れる時が来ますように。

 

 そんなことを考えながら、お館様に頭を垂れた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「話がある」

 

 お館様を見送った私は煉獄師範(せんせい)にそう呼び止められ、再び師範(せんせい)の私室へと戻ってきた。

 横に並んでいた先程までとは違い、今度はお互いに向かい合うようにして腰を下ろす。

 

 煉獄師範(せんせい)とこうして二人で話すのは、最終選別から帰ってきたあの日以来だ。

 半年前の自棄になっていた頃に比べれば、今の師範(せんせい)の雰囲気は幾分か落ち着いている。

 今も険しい表情こそしているものの、それは怒りというよりは緊張しているからであるように見えた。

 

「煉獄師範(せんせい)、話とは一体?」

「ああ……。そうだな、何から言うべきか……」

 

 歯切れの悪い煉獄師範(せんせい)に対し、私は静かにその続きを待った。

 

「静里、お前は」

「はい」

「お前は──俺のようにはなるな」

 

 喉の奥から絞り出された言葉。

 短くも確かな重さを持ったそれには、煉獄師範(せんせい)の思いが込められていた。

 

「俺は剣を捨て、お前や杏寿郎たちから目を逸らしてきた男だ。こんな俺にものを言う資格など、本当ならありはしない。だが……こんな俺だからこそ、お前には伝えておきたいことなんだ」

 

 ぎゅっと、膝の上に置かれていた拳が握り締められる。

 

「……お前は、昔の俺によく似ている」

「私が、師範(せんせい)に?」

「ああ。俺もかつてはそうだった。先祖代々受け継がれてきた煉獄の意志に恥じぬようにと……お前と理由は違えど、同じ人々を護るために剣を振るっていた」

 

 懐かしむように語る煉獄師範(せんせい)だが、すぐに真剣な面持ちに戻った。

 

「柱となり鬼と戦い続けていれば、これまで以上に多くの苦難や悲劇に直面するだろう。現実は非情だ、時には己の無力さに打ちひしがれることもある。だが──」

 

 煉獄師範(せんせい)の目が、私を正面から捉えた。

 

「心が折れてしまえば全て終わりだ。これまで積み重ねてきたものは水泡に帰し、生き恥を晒すだけの脱け殻に成り下がる」

 

 「今の俺のようにな」と煉獄師範(せんせい)は最後に付け足し、自嘲する。

 

「静里、お前はすごい子だ。俺が師事を放棄してからも鍛練を続け、最終選別を突破した。そしてそれから僅か半年で下弦の弐を倒し、柱にまで上り詰めた。お館様の仰られた通り、お前なら柱に相応しい剣士になれる」

 

 一言ずつはっきりと、まるで言い聞かせるように煉獄師範(せんせい)が言葉を紡ぐ。

 

「諦めるな、静里。どんなに打ちのめされても前に進み続けろ。お前が人々を、護り通すんだ」

 

 きっと、これは願いだ。

 煉獄師範(せんせい)が長きに渡って抱き続け、そしてとうとう叶えられなかった願い。

 その願いが今、託されようとしている。

 

 不意に、在りし日の瑠火様の言葉が脳裏を過った。

 

「──はい。煉獄師範(せんせい)

 

 弱き者を護る。

 そして最後の一瞬まで戦い抜く。

 

 煉獄師範(せんせい)の願いは、瑠火様のそれと似通っている。

 拒む理由はどこにもなかった。

 

「お前には、これを渡しておこう」

 

 おもむろに立ち上がった煉獄師範(せんせい)は戸棚を開けると、そこから何かを取り出した。

 綺麗に折り畳まれたそれは、師範(せんせい)の愛用していた炎の意匠があしらわれた羽織だ。

 

「煉獄家の炎柱に引き継がれてきたものだ。ここで寝かせておくよりはずっといい。使ってくれ」

「これは……杏寿郎殿に渡すべきものではないのですか?」

「杏寿郎はまだ鬼殺隊に入ってすらいない。お前が譲るのは構わんが、然るべきときでなければあの子は納得しないだろうな」

 

 なるほど、それは確かにあり得る話だ。

 

 恐らく杏寿郎殿はこれがどのような代物かを知っている。

 煉獄家の歴代炎柱に引き継がれてきた羽織を煉獄師範(せんせい)の子息だからと渡されたところで、彼が素直に受け取るとは考えにくい。

 

「本当に、よろしいのですか?」

「ああ。もちろんだ」

「……ありがとうございます。大切に使わせていただきます」

 

 差し出された羽織を受け取り、そっと胸に抱いた。

 




今回以降、静里はしばらくの間、
・髪型変更(肩口の辺りまでのミディアムヘアー)
・頬を中心とした顔面右側、両手に火傷
・↑を隠すために厄除の面(キツネ)、白手袋を装備
・炎の羽織(原作の煉獄さん同様、袖を通さず肩にかけるだけ。身長の関係で足元くらいまで届く)
でお送りします。
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