怪我が治り、鬼殺隊に復帰した私は正式に炎柱となった。
柱の仕事は鬼を狩るだけではない。
広大な担当地区の警備、鬼の情報収集、柱合会議への出席を筆頭に様々な役目がある。
当然ながら休日も設けられているが、やるべきことの多さに返上して駆け回ることもしばしばだ。
柱となったばかりの私がこれらを不備なくこなせているのは、もとより多忙な日々を送っていただろう。
私は鬼殺隊に入ってからの半年で、最下位の
療養が必要となるような大きな傷も負わなかった私は、煉獄家に帰るとき以外はひたすら任務に従事していた。
斬った鬼の数は五十に届かずとも三十は堅い。
そんなあちこちを毎日のように奔走していた甲斐あって、柱となってからも以前の調子のまま与えられた任をこなすことが出来ていた。
やがて季節は巡り、秋。
杏寿郎殿の鍛練に付き合う私のもとに、その手紙は届けられた。
秋晴れの空を飛んでいく小さな影こと鎹鴉、その案内に従ってあぜ道を進んでいく。
初めて訪れる場所の眺めを見回しながら、私は先刻届けられた手紙の内容を思い出す。
差出人は私と共に柱となった無二の同期にして戦友、悲鳴嶼行冥。
なんでも自らを尋ねてきた鬼殺隊志望者について相談したいことがあるらしい。
曰く、尋ねてきたのはまだ幼い姉妹らしく、二人揃って鬼殺隊への入隊を希望しているとのこと。
厳めしい外見ながらも存外に優しい彼のことだ、いくら鬼殺隊が常に人手不足とはいえ、小さな子供がこの血塗られた世界に踏み入れることをよしとは思わなかったのだろう。
「ふふっ、らしいと言えばらしいな」
急な話ではあったが、私は迷わず引き受けた。
これまであの人には何度もお世話になっているのだ、逆にこうして頼られることが嬉しいくらいである。
何かを頼まれるということは、すなわち信を置かれている証拠に他ならないのだから。
軽い足取りであぜ道を抜け、緑豊かな山を奥へ奥へと進んでいく。
およそ中腹の辺りだろうか、木々や茂みばかりだった視界が開け、一軒家が目の前に現れた。
塀に沿ってぐるりと回り玄関の方に出ると、一人の少女が箒で落ち葉を掃いている様子が見えた。
蝶の髪飾りをつけた髪の長い少女だ。
文に記されていた件の姉妹、そのどちらかだろう。
「失礼、少しいいかな」
つけていた厄除の面を──右頬の火傷痕を隠すように──ずらし、ゆっくりと近付く。
少女が私に気付くと、箒を持つ手が止まった。
「あの……どちら様ですか?」
「ここの主に呼ばれてやってきた者だよ。悲鳴嶼行冥殿はいらっしゃるかな?」
「は、はい。少々お待ちください」
駆け足で家に戻っていく少女の背を見送り立ち尽くすほど数分、閉まっていた戸が開け放たれ、大柄な体躯がやや狭そうにしながら出てくる。
「こんにちは、
「ああ、よく来てくれた。わざわざすまない、
「気にすることはない。貴殿の頼みなら喜んで力になるとも」
「感謝する。さあ、上がってくれ」
挨拶もそこそこにしつつ、通された部屋で私は行冥と向かい合う。
「文にあったことは把握している。それを踏まえて、もう一度説明をしてもらえないだろうか?」
「無論、そのつもりだ。事の始まりは半月ほど前になる。私はその日、一体の鬼を討伐した」
語られる行冥の回想に耳を傾ける。
「鬼が現れたのはとある民家だった。私が駆けつけたときには既に二人の大人が喰われ、犠牲となってしまっていた。助けることが出来たのは部屋の隅で震えていた、娘と思わしき二人の子供だけだった」
「それが件の姉妹、という訳だ」
「……もう会うことはないと思っていた。だから必要以上に言葉を交わすことも、名前を訊くこともしなかった。だが数日前になって突然、二人が私を尋ねてきたのだ。鬼の頸を斬る術を教えてくれ、教えてもらうまでここにいる、と」
「因果なことだね。鬼に襲われさえしなければ、今も平穏な日常を送っていただろうに」
身内を鬼に殺された遺族が鬼殺隊を目指す、それ自体はさほど珍しいことではない。
いや、むしろ鬼殺隊自体、そういった者たちの受け皿であるとも言えるだろう。
とはいえ、だ。
鬼殺隊は鬼の手から人々を護る上で必要不可欠な組織だが、真っ当な人の歩む道からはおおよそ離れた位置にある。
両親を殺された姉妹の気持ちは分かる、だからと言って軽々しく受け入れてあげられるほどこちら側は甘くはない。
最悪の場合、救われた命を無意味に捨てることとなるのだから。
私たちの身を置く環境において、本来大切にすべき筈の命はあまりに軽い。
厳しい鍛練を積もうが最終選別で篩にかけられ、突破したとしてもより危険な任務が待っている。
それらに一度でも失敗すれば即座に死ぬ。
ここはそんな世界なのだ。
「で? やはり貴殿は反対なのだろう?」
「そうだ。あの娘たちはまだ幼く未熟。鬼殺隊を目指すなど、一時の激情に任せた短絡的な考えに過ぎない。たとえ剣を学ぼうとも最終選別を突破出来ずに命を落とすだろう。平和な日常の中で誰かと結ばれ、家庭を築いて生きていくべきなのだと……私は思っている」
行冥は合掌し、かすかに目を伏せた。
流れた涙が畳に落ち、点々と染みを作る。
「静里、君からもどうか二人を説得してもらえないだろうか? 女性隊士である君の言葉ならあの娘らも幾分か耳を貸す筈だ」
「ふむ、なるほど……」
軽く目を瞑り、思案する。
「年端もいかない子供を鬼殺の道に送り出すことに関しては、私としても本意ではないよ。何気ない日常の尊さも、こちら側がどれだけ残酷なのかも、隊士である私たちが一番理解している。いつ死ぬのかも分からない日々に身を置くより、貴殿の言うような人生を歩む方がよほど真っ当に生きていけるだろう」
「そうか。ならばやはり──」
「けど……姉妹の気持ちも分かる」
口を開きかけた行冥を遮り、言葉を紡ぐ。
「私自身、両親と弟たちを鬼に殺されている。唯一生き残った妹も、あの夜を境に声を失った。大切なものを理不尽に奪われて、自分の幸せより成すべきことを見つけて、そうして私は鬼殺隊を目指したんだ。過酷な道だと知っていても、ね」
「二人も同じであると? では認めろと言うのか、あの娘らに鬼狩りの術を教えることを」
眉をひそめた行冥に、私は首を横に振った。
「いいや、単に選択肢の一つというだけさ。行冥の言ったことが間違いだとは思わない。ただ、全てを捨て、辛い思いも苦しい思いもたくさんして、それでも何も成せず死んでいく……そんな末路を迎えてもいいと、姉妹が確固たる覚悟を決めているなら、望むようにさせてあげるのもいいんじゃないかな」
結局のところ、最終的に行き先を決めるのは当事者なのだ。
外野の私たちがどれだけ言葉を尽くそうとも、一度決心したことを覆すのは容易ではない。
「まあ、頼まれたからには出来る限りのことはしてみせるとも。入隊が本意でないと言ったのは事実だ。姉妹と話をして考え直させる、これでいいかな?」
「……ああ。そうしてもらえると助かる」
「よし。なら善は急げだ。行冥、姉妹とは今からでも話せるかい?」
一つ頷き、部屋を出ていく行冥。
彼が戻ってくるまでの間に私も座布団を並べるなど、少しばかりの準備をしておく。
そうして間もなく外から足音が連続し、戸が引かれた。
「失礼しま──あっ、あなたは」
「こんにちは。さっきはどうもありがとう」
「姉さん、知り合い?」
はっと驚いた様子を見せるのは、私がこの屋敷に来て最初に出会った少女だ。
その後ろには妹と思われる、少女によく似た顔立ちの女の子が続いている。
姉妹揃ってとても可愛らしい子たちだ。
姉はどこか儚く可憐で、されど凛とした印象を受ける一方、妹は幾分か気が強そうで活発であるように見える。
共通しているのは、二人が成長すれば誰もが振り返る美人になるということだろう。
「……お兄さん? あれ、でも声は女の人のような……。じゃあお姉さん? え? どっち?」
「もう。失礼でしょう、しのぶ」
「それはそうだけど、でも本当に分からないんだもの。姉さんは分かるの?」
「それは……」
こちらを横目で見ながら小声でひそひそと話し合う姉妹だが、残念なことにしっかりと聞こえているのである。
いやだが……確かにこれは初見で判断がつかないのも無理はないかもしれない。
男性用の隊服を着用していること。
女性にしては高めの身長と筋肉質な──付け加えるなら起伏もあまりない──肉体をしていること
厄除の面で顔の半分ほどを隠していること。
髪型も長さも、男性がしていなくもなさそうなものであること。
……なるほど。
外見上の特徴をいくつか挙げてみたが、これでは姉妹が迷うのも不思議ではない。
やはり下弦の弐との戦いで色々とやられたのが痛手だ。
長かった髪が燃えたのも、負った火傷で面が欠かせなくなったのも、全てあの激闘によるものである。
「二人共、座りなさい。そして静里は女性だ」
「は、はい。あの、すみません……」
「いやいや、別に気にしていないよ。私こそ混乱させてしまったようで申し訳ない」
これから大事な話をするというのになんとも締まらない空気となった中、私は咳払いをして一度仕切り直す。
「あらためて、私は穂群静里。行冥と同じ鬼殺隊の隊士をしている」
「胡蝶カナエです。こちらは、妹のしのぶです。よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします」
胡蝶カナエと胡蝶しのぶ。
名乗り、丁寧に頭を下げる姉妹の動きには淀みがなく、その育ちのよさを感じさせる。
良家に産まれ、特に不自由をすることなく育ってきたのだろう。
亡くなった両親のことも二人は愛し、何より深く愛されていたに違いない。
そんな子たちが血と怨嗟と悲しみに満ちた鬼殺の道を望むとは……実に嘆かわしい限りだ。
行冥が二人の入隊を頑ななまでに拒む理由が分かったような気がする。
「行冥、すまないが席を外してもらえないだろうか? 私一人で、この子らと話させてほしい」
「……承知した。だが、静里」
「分かっている。大丈夫さ」
目配せをすると行冥は頷き、部屋を出ていく。
彼の気配が遠ざかっていくことを確認してから、私は緊張した様子の姉妹にふっと笑いかけた。
「カナエとしのぶ、そう名前で呼ばせてもらっても構わないかな?」
「え? あ、は、はい」
「ありがとう。私のことも遠慮せず静里と呼んでほしい。私にも妹がいて、他の人からはいつも名前で呼ばれているからね」
「お姉さん……じゃない、静里さん、妹がいるの?」
「ああ。多分しのぶより年下の……今年で八歳になった妹が一人、ね」
「八歳ならしのぶの方がお姉さんね。しのぶは今十歳だから」
くすくすとこぼれる笑い声に、張りつめていた空気が少しずつ緩んでいく。
「ねえ、静里さん」
「なんだい?」
「私たち、鬼殺隊に入りたいの」
果たしてどう切り出そうか。
他愛のない話の中で考えていた私の不意をつくように、しのぶがその言葉を口にした。
「……理由を訊いても?」
「私たちと同じような思いを、他の人にさせたくないんです。まだ壊されていない幸せを、誰かの大切な人を護りたい。鬼によって繰り返される悲しみの連鎖を、止めたいんです」
次に答えたのはカナエだった。
その眼差しに込められた強い意志を見れば、最早真偽など問うまでもない。
他者のためにと語るカナエに比べると、しのぶからは鬼に対する憎しみや怒りの念が感じられる。
それもまだ齢が十に過ぎないことを思えば無理もないことであろう。
カナエとしのぶ、両者の根底に違いはあれども、決心の方は既についているらしい。
私の役目はそんな二人の決心を覆すことな訳だが、案の定、これはなかなかの難題である。
「さて、どうしたものかな」
真剣な面持ちの姉妹を前に、そんな呟きがこぼれた。
近日中に次話も書き上げます。このモチベーションが続いているうちにどこまで進められるか……!