不滅の焔、煌々と燃ゆ   作:ユータボウ

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少年たちと少女たち

 冬。

 空気の冷たさに吐く息は白くなり、雪が降るのも珍しいことではなくなったこの季節に、『それ』は行われる。

 

 すなわち、藤襲山での最終選別だ。

 

 藤の花に包まれた鬼の潜む牢獄で七日間を生き抜く。

 そうして残ったごく一部の者だけが鬼殺隊の剣士となることを許されるのだ。

 

 私の受けた選抜にはおよそ二十名近くの志願者が参加し、しかし突破出来たのは私と行冥のたった二人だけだった。

 逆に言えば、私たち二人以外の志願者は全て選抜でその命を落としたのである。

 

 そんな過酷な試練にこれから挑む、一時とはいえ苦楽を共にした兄弟子に対して、何か力になりたいと思うのは人としてごく当然のことだろう。

 

「こちらの準備は出来ています。いつでも構いませんよ」

 

 場所はかつて鍛練を積んでいた狭霧山。

 間もなく行われる最終選別に向かうこととなっている二人──錆兎殿と冨岡殿へと木刀を構え相対した。

 

「よし、いくぞ義勇!」

「あ、ああ!」

 

 まず前に出たのは錆兎殿、僅かに遅れてその後ろに冨岡殿が続く。

 臆せず果敢に突っ込んでくる二人に、こちらも加減せずに大きく踏み込む。

 

 全集中・水の呼吸

 

「陸ノ型──ねじれ渦!」

「弐ノ型──水車!」

「はあっ!」

 

 ぶつかり合う二本と一本の木刀。

 同時に強い衝撃が生まれ、大気がビリビリと震えた。

 

「う、ぐっ……!?」

「やはり凄まじい力だな……!」

 

 息の合った二人の攻撃はなかなかのもので、型の完成度自体も高いと言える。

 しかし、まだ隊士にもなっていない者に正面から打ち負かされるほど私も脆弱ではない。

 先程の技とてかつて戦った下弦の弐の猛火に比べればずっと軽いものだ。

 

「これで終わりですか?」

「まだまだ、これからだ!」

 

 水の呼吸

 玖ノ型──水流飛沫・乱

 

 流れるような足捌きで撹乱しながら距離を詰めてくる錆兎殿と、それに合わせて冨岡殿が回り込んでくる。

 迫る挟撃の気配に私はすかさず動き出し、先んじて冨岡殿に木刀を振るった。

 すんでのところで冨岡殿はその一撃を止めるが、体勢を崩して大きくよろめく。

 一秒が生死を分ける鬼殺の戦場において、それはあまりに致命的な隙だった。

 

「がはっ!?」

 

 ほとんど間を置かずして放たれた二振り目が無防備な脇腹へと吸い込まれ、勢いよく地面を転がっていく。

 

「うおおおおおお!!」

 

 背後からの振り下ろしを振り向き様に防ぎ、そのまま至近距離での打ち合いに持ち込む。

 連続する剣戟の音、それらは全て激しい錆兎殿の攻めを私が捌いている音だ。

 水の呼吸の名に恥じない流麗な剣技の一つ一つを確実に対処していく。

 

「いい攻撃です、が」

 

 視野が狭まっているなと感じたところで木刀を躱し、さっと足を払ってやる。

 攻撃に意識の大半を割いていた錆兎殿が反応出来る筈もなく、「なっ!?」という驚愕の声と共に倒れ込んだ。

 

「くそっ……こんなもので!」

 

 水の呼吸

 肆ノ型──打ち潮

 

 立ち上がり、構え、錆兎殿が得物を薙ぐ。

 カァン、と一際高い音が周囲に響き渡った。

 

「……」

「こ、の……!」

 

 ぶつかり合った二本の木刀は動かない。

 渾身の力を込められた錆兎殿の木刀を、私のそれが完全に止めているのだ。

 錆兎殿はどうにか押し込もうと歯を食い縛るがびくともせず、かすかに刀身の擦れる音がするばかりである。

 

「ふっ!」

 

 木刀を弾き、がら空きの胴体に一閃を見舞う。

 続いて手首を返し、もう一閃。

 最後にぐっと体を捻り、振り抜く。

 

 一息の間に叩き込まれた三連撃に錆兎殿が宙を舞い、そして背中から落ちていった。

 

「が……ぁ……!」

 

 加減したとはいえまともに打ち込まれたためか、痛みに悶える錆兎殿はすぐには起き上がれそうにない。

 私はそんな彼から視線を外し、木刀の切っ先を復帰したばかりの冨岡殿に向けた。

 

「行動は迅速に。私が鬼なら錆兎殿の命はありませんよ」

「! っ、ぉおおおおおおおお!!」

 

 その言葉に、冨岡殿が弾かれたように駆け出す。

 

 水の呼吸

 拾ノ型──生生流転

 

 回転、更に回転。

 二撃目よりも三撃目、三撃目より四撃目と、回転を重ねれば重ねるほど斬撃は強くなる。

 それが水の呼吸最後の型、生生流転である。

 

 水竜を伴っているかのごとく激しい勢いをまとい、木刀が力強く振り下ろされる。

 冨岡殿の全力を込めて放たれたそれを私は真っ向から受け止め、伝わる衝撃を技で分散、体外へと流した。

 

 失敗すれば木刀が折れて一太刀を浴びせられることになるが、おおよその要領は頭を使うまでもなく肉体が覚えている。

 鬼の膂力は大抵の場合においてこちらを凌駕しているものだ、戦闘の中で強大な暴力に対する備え方は否が応にも身につく。

 それが出来なければ死ぬ他ないのだから。

 

「なっ……!?」

「──いきます。構えて」

 

 すっと木刀を上段に振り上げた私に、冨岡殿が血相を変えて守りの姿勢を作る。

 

 彼には聞こえたのだ。

 燃え盛る炎を思わせる、この重い呼吸音が。

 

 踏み込み、半円を描くように下ろされた一振りが守りの上から冨岡殿を吹き飛ばす。

 まともに受け身も取らずして地面を滑る冨岡殿は、静止してもぐったりとして動かない。

 どうやら体だけではなく意識も先の一撃で飛んでしまったようだった。

 

 冨岡殿は気絶した。

 錆兎殿もどうにか立ち上がろうとしているが遅々として進まず、呻き声がするばかりである。

 

「……ひとまずはここまでかな」

 

 呟き、構えを解く。

 

 しかし私の想像とは裏腹に、鍛練はここから日が暮れる手前まで続くこととなった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ただいま戻りました」

「あ、おかえりなさ……って、二人とも、どうしたの?」

「どれだけやられてもめげずに向かってくるものだからつい熱くなってしまってね。流石に酷い怪我はさせていないから安心してほしい」

 

 目を丸くする真菰に苦笑を返し、気絶した錆兎殿と冨岡殿を小屋に運び込む。

 酷い怪我はさせていないと言ったが二人は体のあちこちが傷だらけであり、以後数日は痛みが続きそうな様子だ。

 

「戻ったか」

「──!」

「おかえりなさい、静里さん……」

 

 竈に薪をくべている鱗滝師範(せんせい)

 私の姿を見るなり駆け寄ってくる彩。

 疲れ果てた様子で壁に背を預けているしのぶ。

 

 私は彩を抱き止め、鱗滝師範(せんせい)に頭を下げる。

 

「ありがとうございます。彩の面倒を見ていただいて」

「気にすることはない。儂こそ彩の元気な姿を見ることが出来て安心した。やはり手紙だけでは分からないことも多い」

「──、──!」

「ふふっ、彩も師範(せんせい)と一緒にいれてよかったみたいです」

 

 しのぶをここに連れてきた際に顔を出した私と違い、彩はこの狭霧山を去ってから約三年も鱗滝師範(せんせい)や真菰らに会っていなかった。

 今回、せっかくの機会ということで彩も連れてきた訳だが──もちろん事前に許可はもらっている──双方のためになったようで何よりである。

 

「お疲れ様。今日もよく頑張ったね」

 

 しのぶの隣に腰を下ろし、膝の上に彩を乗せる。

 

「あれからもう二ヶ月くらいか。調子はどうだい?」

「少しずつ慣れてはきてるの。でも……ふぅ、やっぱりまだ肺が苦しいわ。最初の頃より罠も増えているし、もう大変よ……」

「鬼殺隊を目指すとはそういうことさ。たくさん鍛練を積んでたくさん努力する。でないと鬼には勝てないから、辛くても乗り越えなくちゃいけないんだ」

「……うん。分かってる」

 

 小さく頷いたしのぶ、その頭を私はそっと撫でた。

 

 そんな私たちのもとへ真菰が軽い足取りでやってくる。 

 

「ねえ静里。錆兎と義勇、どうかな? 最終選別を突破出来そう?」

「んー、そうだね……」

 

 真菰の言葉に思案する風を装いながら、私は横目で鱗滝師範(せんせい)の様子を伺った。

 師範(せんせい)はこちらに背を向けて黙々と夕餉の用意をしているが、今も私たちの会話に聞き耳を立てていることは間違いない。

 

「可能か不可能かで言えば可能だと思う。錆兎殿も冨岡殿も基礎はしっかりしているし、型の完成度についても申し分ない。大して力のない鬼であれば問題なく対処出来るだろうね」

「そうなんだ。よかった……」

「ああ。ただ、それは持てる力を十全に発揮出来た場合だ。練習と実戦ではまるで勝手が違う。少しの油断や躊躇が命の危険に繋がる以上、絶対に大丈夫とは言えない」

 

 本番で力を発揮出来るかどうか。

 こればかりは最終選別に挑む当人以外にはどうしようもないことだ。

 

 藤襲山で行われる最終選別では毎回多くの参加者が命を落としている。

 忘れてはならないのは、そんな彼または彼女らも育手のもとで厳しい鍛練を積み、最終選別に行っても問題ないと判断された者たちだということだ。

 だが、繰り返すように最終選別では大勢が命を落とす事実を踏まえると、あの場所で自分の実力を遺憾なく発揮することがどれだけ困難か分かるだろう。

 

 油断、躊躇、緊張、迷い、恐怖、あるいは怒り。

 複雑に絡み合う要素はあまりに多い。

 

「う……うぅ……」

「っ……ここは……」

 

 真菰たちと話をしているうちに、どうやら錆兎殿と冨岡殿が目を覚ましたようだ。

 体を起こすことも辛そうな二人に手を貸し、用意した水を差し出した。

 

「すまない……ごほごほっ!」

「慌てずとも大丈夫ですよ。それより体の方はいかがですか?」

「問題ない。このくらいならすぐに治る。義勇、お前はどうだ?」

「ああ。大丈夫、だと思う」

 

 二人は答え、ふっと息をつく。

 

「しかし相変わらず静里は強いな。俺も義勇も、課題の岩は斬れても静里の守りは全く崩せなかったぞ」

「まるでとてつもなく太い幹に打ち込んでいるかのような……そんな手応えでした」

「全集中の呼吸をより扱えるようになればあのくらいは容易いものですよ。私だけに出来て二人に出来ないなんてことはありません」

 

 もしかすると水と炎という呼吸法の違いで多少の違いは生じるかもしれないが、それでも全集中の呼吸を使いこなせば並々ならぬ力を得られるということに変わりはない。

 とはいえ、今から二人があらためて呼吸法を鍛え始めても最終選別に間に合わせるには時間が足りないのだろうが。

 

「以前に比べてお二人も随分と強くなられた。これなら最終選別もきっと生き残れるでしょう」

「! ほ、本当か!?」

 

 勢いよく顔を上げた錆兎殿に首肯し、「ですが……」と言葉を続ける。

 

「最終選別では何が起きるか分かりません。私のときに現れた手の鬼のような例外がいないとも限らないのです。どんな状況に陥っても慌てず冷静に、場合によっては逃げることも選択肢の一つですよ」

「倒すべき敵に背を向けるなど、男としてそんなことは──」

「それは正式に隊士となった者がすべき行動です。最終選別で死んでしまっては元も子もありません。鬼と戦わず逃げ回れとは言いませんが、今はまだ命あっての物種ですよ、錆兎殿」

 

 何か言いたげな錆兎殿に先んじて口を開く。

 

「錆兎殿は意地になりがちです。確固たる心持ちは戦場において強い武器となりますが、場合によっては判断を誤る原因にもなります。今日も攻めに一辺倒で守りを疎かにしている場面が目立っていました。頭は冷静に、そして視野を広く保つことを意識しましょう」

「ぐっ……わ、分かった……」

「冨岡殿は些か判断が遅いですね。命のやり取りの最中では一秒の迷いが死に繋がります。実戦を経験していないため致し方ない部分もありますが、鬼も時間も待ってはくれません。行動は迅速にするよう心がけてください」

「は、はい……!」

 

 さて、言うべきことはこれで言い終えた。

 

 肩の力を抜き、姿勢を崩す。

 

「鬼殺隊最高位の剣士たる炎柱直々の助言だ。二人とも肝に命じておきなさい」

師範(せんせい)、お戯れを。私は決してそんな……」

「ふっ、儂は間違ったことを言ったつもりはない。お前が炎柱であるということも、今しがたの助言についてもそうだ」

 

 鱗滝師範(せんせい)の声音は穏やかで、天狗の仮面で分からないがその下には微笑みが浮かんでいるような気がした。

 

「久しく忘れていた。教え子が成長し、一人前の剣士となる喜びを。思い出させてくれたのは他でもないお前だ、静里。本当に感謝する」

「私の方こそ、師範(せんせい)にはいくら感謝しても足りません。……それに、私だけではありませんよ」

 

 私は振り返り、皆を見回す。

 

 錆兎殿。

 冨岡殿。

 いずれは真菰としのぶも最終選別に向かうだろう。

 

 そして、きっと全員が生きて帰ってくる。

 生き残り、成長し、ゆくゆくは柱に至る者だって現れるかもしれない。

 

 私は信じたい。

 この場にいる全員が悪鬼を討ち大勢の人々を護る、そんな素晴らしい剣士になることを。

 

「鱗滝さん。俺も義勇も、必ず最終選別を突破します。そしていつか柱になって、鱗滝さんの教え子に恥じない男になります!」

「俺も、錆兎と同じ気持ちです。もっともっと頑張って、先生みたいに強くなりたいです!」

「私たちだってそうだよ。ねえ、しのぶ?」

「……ええ、そうね。その通りだわ」

 

 力強く口を揃えた四人を鱗滝さんはしばし見つめ、やがて「そうか」と呟いた。

 

 その呟きは万感の思いに満ちていて。

 仮面の下の表情がどうなっているのか、私たちには手に取るように分かった。

 




今更ですが拙作では最終選別は一年に一回という設定でいきます。
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