不滅の焔、煌々と燃ゆ   作:ユータボウ

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無限列車編を見て熱が入りました。


束の間の

「検査の結果ですが、前回から特に変化はありません」

 

 彩を連れて部屋から出てきた先生は、待っていた私にそう告げる。

 煉獄家に来て以来、定期的に彩のことを診察してくれている人の言葉を今更疑うようなことしない。

 

「何か新しい異常らしきものもなく、体は健康そのものです。なのに声だけは一切出ない。こちらも似たような症状や治療法を探してはいますが、なかなか難しいですね」

「そうですか……。分かりました。ありがとうございます」

「いえ。こちらこそ力及ばず申し訳ありません。もし何かあればいつでもお待ちしています」

 

 頭を下げる先生に彩とお辞儀をし、診療所を後にした。

 

 鬼に家族を奪われたあの夜から、そして彩が声を失ってからもうじき四年となる。

 鬼殺隊に入隊してからはあまり傍にいることの出来ていない私ではあるが、そんな私から見ても彩は健やかに成長しているように思う。

 文字の読み書きも少しずつ覚えてきているようで、鎹鴉の運んでくる彩の手紙がここ最近の私にとって最も大きな楽しみとまでなっているくらいだ。

 

 だがそれでも、声が戻ることは一度もなかった。

 

 かつてお館様は彩の症状に対し、原因は心に負った傷にあると仰られた。

 目の前で大切な家族を惨殺されたこと、そして目前まで迫った死の恐怖が、あの夜から彩の心に影を落とし続けている。

 

 彩自身の抱える問題に私が出来ることは限られている。

 恐怖の根源である鬼を滅ぼすこと、そしてなるべく彩の傍にいてあげることだ。

 この世でたった一人の家族のために、やれることを精一杯やるしかない。

 

 ──私は、お姉ちゃんなのだから。

 

「さて、何か甘いものでも買って帰ろうか。彩は何が欲しい?」

 

 少し高い体温を確かめるように、彩と繋いだ右手に少しだけ力を込めた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 辺りはしんと静まり返っている。

 風の音も鳥の鳴き声もしない、静寂がこの場を包み込んでいた。

 

 そんな空気を破る呼吸音。

 低く重い、聞き慣れた息遣いが目の前の人物から発せられる。

 

 一秒。

 二秒。

 三秒。

 

 弛んでいた糸が張られるように、その気迫が徐々に研ぎ澄まされていく。

 

 そして──。

 

 全集中・炎の呼吸

 伍ノ型──炎虎

 

「はっ!!」

 

 踏み込みから放たれる一太刀。

 焔の気配を纏った刃が束ねられた巻藁を両断、同時に生じた衝撃が大気を叩き震わせる。

 

 彼は──杏寿郎殿は刀を構え直すと、たった今斬った巻藁の断面をじっと見つめた。

 綻びのない、切り口同士が寸分のずれなく合わさるであろうその断面に、やがて彼は「うむ!」と満足げに頷いた。

 

「静里殿、いかがだったか!」

「ええ、お見事です。お見事ですが、理想は今よりも更に早く型を出せるようになることですね。鬼を目の前にして一秒も二秒もかけている暇はありませんから」

「なるほど! 確かにその通りだ!」

 

 杏寿郎殿は真面目で向上心の高い人だ。

 改善すべき点を率直に述べたとしてもそれを受け止め、次へと着実に繋げていくことが出来る。

 剣術を指南する立場にある私としても、そんな杏寿郎殿の姿勢は非常にありがたいものだった。

 

 それにしても、やはり杏寿郎殿と炎の呼吸は抜群に相性がいい。

 煉獄師範(せんせい)曰く、呼吸への適性は私も一定以上のものがあるとのことだが、杏寿郎殿のそれは私を優に越えている。

 

 無論、それは炎の呼吸の原点を鑑みれば至極当然のこととも言えた。

 現在より数百年前、戦乱の時代に炎の呼吸を生み出したのは杏寿郎殿の、そして煉獄師範(せんせい)のご先祖様だ。

 炎の呼吸とはすなわち煉獄の呼吸であり、初代炎柱直系の血族である杏寿郎殿が極めて高い適性を持っているのも道理である。

 

 加えて、杏寿郎殿は剣の才にも恵まれている。

 然るべき経験や年月を重ねればきっと素晴らしい剣士になることだろう。

 もちろん、私などあっという間に抜き去られてしまうに違いない。

 

「焦る必要はありません。杏寿郎殿は着実に強くなっています。早ければ次回の最終選別にも間に合うかもしれませんね」

「なんと! それは本当か!?」

「はい。ですが、これはあくまでも可能性の話です。剣術と身体づくり、これらが両立出来なければ許可は出せません。引き続き頑張っていきましょう」

「承知した! そのように言われると俄然やる気も出るというもの! 次回の選別を必ず突破し、静里殿のご友人に続いてみせよう!」

 

 力強く言いきった杏寿郎殿に思わず笑みが浮かび、そしてふと今年の選別に行った二人の顔が脳裏を過った。

 

 錆兎殿と冨岡殿。

 鱗滝師範(せんせい)より送られてきた文によると、二人は見事に最終選別を生き残った。

 それどころか錆兎殿の奮闘で藤襲山の鬼が狩り尽くされた結果、なんとたった一人の死者も出なかったそうだ。

 鱗滝師範(せんせい)が言うには、最終選別参加者が全員生存したという例は過去を見ても滅多にないらしく、綴られた文字からも驚きと喜びが混合している様子が伝わってきた。

 

 そんな大活躍をした錆兎殿の一方で、残念ながら冨岡殿は結果が振るわなかったようだ。

 なんでも、選別が始まって間もなく現れた鬼に怪我を負わされ、そのまま一体の鬼も倒すことなく七日間を終えたのだという。

 満を持して迎えた本番で不甲斐ない有り様となったばかりか、親友が華々しい偉業を成したということもあり、選別より戻ってきてからは随分と塞ぎ込んでしまっているらしい。

 

 一生懸命努力をしたからといってそれが必ずしも報われる訳ではない。

 実力があるからといってそれが必ずしも然るべき場面で発揮出来る訳ではない。

 世の中には、とりわけこの鬼狩りの世界には、そういった無情な現実が溢れている。

 どんなに後悔をしても過去が戻ることはないのだ。

 

 冨岡殿の無念は推して知るべしである。

 それでも、私たち鬼狩りに立ち止まっている時間など一秒たりともありはしない。

 最終選別を生き残り正式に隊士となったからには、近いうちに最初の任務が伝達されるだろう。

 それまでにはどうにか立ち直ってもらいたいものである。

 

 ……まあ、私が心配せずとも恐らくは大丈夫な筈だ。

 

 第一、あの錆兎殿が塞ぎ込む冨岡殿をそのままにしておくなど考えられない。

 彼の性格からするに多少荒っぽくはなるかもしれないが、親友の叱咤激励以上に効果的なものもないだろう。

 それにあそこには真菰やしのぶだっているのだ、決して悪いようにはならない筈だ。

 

「あっ! 父上!」

 

 声を上げた杏寿郎殿に意識が引き戻される。

 駆け出した背中を追って目を動かせば、縁側に立ち尽くす煉獄師範(せんせい)の姿が映った。

 

「父上、どうかされましたか?」

「む、いや……別に何かある訳ではないが……」

 

 少し困った顔をしながら、不意にこちらへと視線を投げかけてくる煉獄師範(せんせい)

 なんとかしてくれと言わんばかりの様子に私は苦笑をこぼし、そして首を横に振った。

 

 やがて、「……はぁ」と。

 観念したように深いため息をついた煉獄師範(せんせい)は杏寿郎殿に尋ねる。

 

「……調子はどうだ?」

「はい! とてもいい調子です! 全集中の呼吸を半刻*1ほど維持出来るようになり、剣術も上達を実感しています! 走り込みの距離も伸びました! それから──」

 

 嬉々として自らの成果を語る杏寿郎殿に、硬い表情だった煉獄師範(せんせい)も徐々に力を抜き始める。

 目尻を下げ、かすかに口元を緩ませ、時折頷きを交えながら耳を傾けるその姿は、紛うことなき父親としての師範(せんせい)だった。

 

 少しずつ、けれど確実に。

 親子の間にあったわだかまりはなくなりつつあった。

 

「──!」

「わわっ、彩さん!?」

 

 千寿郎殿の驚いた声に振り返ると、彼の手を握った彩がこちらに向かって駆け寄ってきていた。

 どうかしたのか、そう尋ねようとした私は、彩が久しく見せたことのなかった晴れやかな笑みを浮かべていることに気付いた。

 それはまるで、まだ瑠火様が存命だった頃のようで──。

 

「……そうだね。本当に、あのときみたいだ」

 

 膝をついて頭を撫でると彩はくすぐったそうに目を細めた。

 それから私は一人落ち着かない様子の千寿郎殿へ声をかける。

 

「自分の気持ちを素直に伝えることも時には大切ですよ、千寿郎殿」

「え……? で、でも……その、いいんでしょうか……?」

「ええ。今の師範(せんせい)ならきっと大丈夫です。私もついていますから、ね?」

 

 微笑みかけ、千寿郎殿の背をそっと押す。

 戸惑いながら、しかし一歩、二歩と前に踏み出した千寿郎殿に、煉獄師範(せんせい)と杏寿郎殿が振り向く。

 

「あ、あの、父上っ……! ぼ、ぼくも、ぼくも兄上や静里さんのように、け、剣を学びたいですっ!」

「!?」

「よもや! うむ、だがそれでこそだ千寿郎! 兄はとても嬉しいぞ!」

 

 喜びを露にする杏寿郎殿、一方で煉獄師範(せんせい)は何やら思うところがある様子だ。

 そのまま師範(せんせい)が難しい顔をして黙り込んでしまうと、辺りにはあっと言う間に沈黙が訪れた。

 

 不安げな表情の千寿郎殿はきっと怒られるのではないかとでも思っているのだろう。

 だが一年ほど前までならばいざ知らず、今の煉獄師範(せんせい)はそんな真似はしない。

 きっと今、師範(せんせい)は自分自身に問いかけているのだ。

 

 沈黙の中で、揺れる眼差しがかすかに私へと向けられた気がした。

 

「……千寿郎。俺は、剣を捨てて酒に溺れたどうしようもない男だ。父と呼ばれることすら相応しくない。剣を学びたいのであれば静里や杏寿郎の方がよほど適任だろう。それでも、それでもお前は俺を選ぶというのか?」

「っ……はい。静里さんも兄上も、とってもすごい人です。でもぼくは、やっぱり父上から剣を教わりたいです!」

「俺から教わりたい、か。ふっ……」

 

 苦笑を浮かべ、煉獄師範(せんせい)は肩をすくめた。

 

「……元炎柱として、生温い鍛錬をつけるつもりはないぞ?」

「! は、はいっ! よろしくお願いします!」

「よかったな千寿郎! 父上、ありがとうございます!」

 

 喜びを分かち合うように杏寿郎と千寿郎殿が抱擁を交わす。

 そんな二人の姿を見つめる煉獄師範(せんせい)は、視線をゆっくりと空へと向けた。

 

「瑠火……もう一度、俺は……」

 

 青空へと消えていく呟きを私と彩はしっかりと捉えていた。

 

*1
約一時間




色々書きたいお話はあるんですけど全部書いていたら一生終わらなさそうなので、とりあえず必要そうなところだけ書いて原作の時間軸に辿り着けるよう頑張ろうと思います。
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