不滅の焔、煌々と燃ゆ   作:ユータボウ

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進むべき道

 走る。

 重りでしかない刀を手に、霧に包まれ、先の見えない山道を一気に駆け抜ける。

 

「!」

 

 ギィ、と軋む音を耳が拾い、即座に姿勢を低くする。

 直後、縄で吊るされた丸太が頭上を通過していった。

 

 体勢を保ったまま、辺りに視線を走らせる。

 霧で見落とさないよう、目を凝らして観察すれば、周りにはまだたくさんの罠が仕掛けられていることが分かった。

 それらに当たらないよう慎重に、しかし出来るだけ速く移動し、麓を目指す。

 

「フー……! フー……!」

 

 この狭霧山は空気が薄い。麓と比べて、異常なまでに呼吸がしにくい。

 故に、普段している呼吸では駄目なのだ。たくさん空気を取り込めるような特別な呼吸を──全集中の呼吸をしなければならない。

 

「戻り、ました……!」

「うむ。ではいつも通り、素振りをしなさい」

 

 罠の包囲網を突破し、麓の小屋まで下りると、そのまま次の鍛練が始まる。

 

 山下りでの疲労が抜けていない状態で素振りをすれば、すぐに腕と足腰が怠さや痛みを訴え出す。

 素振りの速度、声の大きさ、姿勢などが維持出来なくなってくると、背中を叩かれたりして気合いを入れ直させられた。

 

 徐々に慣れてきたとはいえ、やはり厳しいものは厳しい。

 鱗滝師範(せんせい)のもとに来ておよそ二ヶ月、筋肉痛に苦しまない日は皆無だ。

 

「!」

「あ、おかえりなさい、静里」

「ただいま……。彩、真菰」

 

 鍛練を終え、疲労困憊となって小屋に戻ってきた私を、二人の女の子が迎えてくれる。

 

 妹の彩と、ここで鱗滝師範(せんせい)と暮らす真菰という子だ。

 

向井(むかい)殿と錆兎殿は?」

「鱗滝さんが呼びに行ったよ。もうすぐ戻ってくるんじゃないかな」

 

 真菰は答えながら、私の隣に座り込む。

 

「今日も山下りと素振り?」

「うん。山下りはいいとしても、素振りはまだ厳しいところがあるかな。前に比べたら慣れてきているんだけど、休みなしで何百何千とするから大変だよ」

「そうなんだ。私も早く出来るようになりたいな」

 

 真菰は七歳。私や兄弟子たちがしているような鍛練をするには早すぎると、鱗滝師範(せんせい)から止められているらしい。

 来る日のためと体力作りはしているそうだが、本人は早く刀を握って鍛練したいと語っている。

 

「おーい、戻ったぞー」

 

 響く声と共に戸が豪快に開け放たれる。

 その音に、ビクリと彩の肩が跳ねた。

 

「向井殿、戸はもう少し静かに開けるようお願いします。彩が怖がってしまいますので」

「ああ、そうか。そりゃ悪かった」

 

 戸を開けて最初に入ってきた兄弟子、向井殿は苦笑しながら頭を掻いた。

 その後ろに宍髪の少年、錆兎殿が続き、最後に鱗滝師範(せんせい)が入ってきて、全員が揃う。

 

「ご飯はできてるから、すぐ持ってくるね」

「手伝うよ、真菰」

「──!」

 

 立ち上がった私と真菰の後ろを、彩が早足でついてくる。

 

 私が鍛練に出ている間、彩を見ているのは主に真菰だ。

 そのため二人はすぐに仲良くなり、今では姉である私から見ても姉妹のようだと思うほどになっている。

 

 家族を亡くしたあの夜から、彩は酷く臆病になってしまった。

 そんなあの子と打ち解け、心の拠り所となってくれている真菰には、いくら感謝しても足りない。

 

「静里、どうしたの?」

「いや、なんでもないんだ」

 

 人数分の夕餉を用意して居間へと運び、鱗滝師範(せんせい)の一言で食事が始まる。

 鍛練後はいつも空腹だ。それは向井殿と錆兎殿も同じで、決まって私たち三人の箸の進みは早い。

 

 よく食べ、よく動き、そしてよく寝る。

 鬼殺隊として鬼と戦う上で丈夫な体は大切だと、鱗滝師範(せんせい)も言っていた。

 こうしてたくさん食べることも、ある種の鍛練とも言えるだろう。

 

「今日はどうでしたか、向井殿?」

「んー……少し試してみたが、やっぱりあれはまだ斬れないな。もっと腕を磨くしかなさそうだ」

「俺も見たが、あの岩は生半可な剣では到底斬ることが出来ないだろう。最後の課題だけあって、一筋縄ではいかないということだな」

 

 夕餉を終え、就寝までの間の時間を、私たちは今日あったことを話して過ごす。

 今日あったことといっても、買い出しなどを除けば大抵が鍛練についてだ。

 

 兄弟子である向井殿は、一年ほど前から鱗滝師範(せんせい)に師事を仰ぎ、今は最後の課題である岩を斬るべく奮起している人だ。藤襲山での最終選別に来年こそは行ってみせると、努力を続けている。

 もう一人の兄弟子である錆兎殿はまだ十歳だが、鍛練の段階では私よりも先にいる。ただ、やはりその年齢が枷となっているところもあり、真菰同様、早く成長して大きくなりたいと思っているようだ。

 

 二人の話、特に向井殿の経験談は身になるものが多い。

 彼の話を聞く度に、全集中の呼吸が大切なのだということを痛感する。

 全集中の呼吸が出来るのと出来ないのとでは、それこそ実力に天と地ほどの差がある。女である私が鬼の頸を斬るには、なんとしても身につけるしかない。

 

 夜になると話を聞き、次の日にはそれを実践する。

 そんな日々を繰り返しているうちに、あっという間に月日は流れていった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「静里、お前には水の呼吸より合った呼吸があるかもしれん」

 

 それは私が鱗滝師範(せんせい)のもとに来てから、九ヶ月が経とうかという頃のことだった。

 全集中の呼吸をなんとか形にし、壱から拾まである型を体得せんと刀を振るう私を、師範(せんせい)が不意に呼び止めた。

 

「……詳しく、聞かせてください」

 

 鱗滝師範(せんせい)が語ったのは、炎の呼吸という呼吸法だった。

 

 曰く、水の呼吸を柔とすれば、炎の呼吸は剛。

 変幻自在の脚運びから繰り出される水の呼吸とは異なり、力強い踏み込みから一撃を見舞う炎の呼吸は、まさに正反対という言葉が当てはまる。

 また、その歴史も水の呼吸と並んで長く、いつの時代も柱には炎の呼吸の使い手がいたとされるほどなのだそうだ。

 

 そんな炎の呼吸が、水の呼吸より私には合うとは、一体どういうことなのだろうか?

 

「どうして、私には水より炎の呼吸の方が合うと?」

「水の呼吸、その特徴である体捌きを気にするあまり、逆にぎこちなさが出てしまっている。お前は自分の力を出しきれていないだろう?」

「……」

 

 心当たりは、ある。

 

 押し黙った私に、鱗滝師範(せんせい)は「やはりか……」と天狗の面の下で唸った。

 

「私は……師範(せんせい)の教え子として失格ですか?」

「そうは言わん。呼吸を変えたり派生させたりすることは、さして珍しいことではない。基本的な動きに沿った型が多い水の呼吸は、特にそうだ」

「……もし炎の呼吸を学びたいと言えば、どうなるのでしょう?」

「儂が紹介状を書こう。幸い、炎の呼吸を使う一族には(つて)がある。決して無下にはされることはないだろう」

「……少し、考えさせてください」

 

 一礼をし、踵を返す。

 

「静里」

 

 立ち去ろうとして動かした足が、その声に止まる。

 

「お前が鬼殺隊を目指す理由はなんだ?」

「……鬼を滅ぼし、妹と、妹の生きる未来を護るためです」

「それを本気で叶えたいと思うなら、全てを利用しろ。水の呼吸も、炎の呼吸も、全てを糧とせよ。強くなるとはそういうことだ」

 

 振り返ったときには、鱗滝師範(せんせい)の姿はなかった。

 

 全てを利用しろ。糧とせよ。

 

 頭の中を、先の言葉が反響する。

 

「──全集中」

 

 水の呼吸

 壱ノ型──水面斬り

 

 私は刀を振るう。

 流麗かつ滑らかな太刀筋となる筈の一閃は、力強く荒々しいものだった。

 

「彩を、彩の生きる未来を、護る」

 

 今しがた口にした言葉を思い出し、柄を固く握り締める。

 

 彩を護る。

 そのためには強くならなくてはならない。

 強くなるために何をすべきか、答えは既に出ていた。

 

 その夜、私は鱗滝師範(せんせい)に昼間持ちかけられた提案を受ける旨を伝えた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 涙と共に首を横に振る彩をどうにか宥め、鱗滝師範(せんせい)たち四人に別れを告げて、私たち姉妹は新しい師のもとへと歩き出した。

 藤の香を焚いて夜をやり過ごし、日の昇る昼間のうちに移動する。時には親切な人たちが助けてくれたこともあり、道中は想定していたよりも苦しくはなかった。

 

 そして、東京都荏原郡駒澤村。

 鱗滝師範(せんせい)から向かうように言われた先で私たちを待っていたのは、それまで暮らしていた小屋がちっぽけに思えるほど、大きな屋敷だった。

 

「これは、気圧されるな……」

 

 いかんせん、ここまで大きな屋敷だとは思っていなかっただけに、敷居を跨ぐことが憚られる。

 

「……悩んでいても仕方ないか。──ごめんください!」

 

 一歩を踏み出し、声を張り上げる。

 辺りはしんと静まり返り、少しして戸の向こうから足音が連続した。

 

「どちら様でしょうか!」

 

 勢いよく戸を引いて現れたのは、錆兎殿と同じか、少し年下くらいの男の子だった。

 

 大きく開かれた目、溌剌とした声、それらからは非常に活発な印象を受ける。

 明るい色合いの髪の毛は、まるで揺らめく炎を彷彿させた。

 

「はじめまして。穂群静里といます。こっちは妹の彩。鬼殺の剣士を志し、煉獄槇寿郎様に師事を仰がんとして参りました」

「なんと! では少しお待ちください!」

 

 そう言い残し、男の子はそそくさと屋敷の中に戻っていく。

 やがて戻ってきた彼の隣には、父親と思われる背の高い男性の姿があった。

 

 この人が、煉獄槇寿郎。

 鬼殺隊の誇る九人の剣士、柱の一角。

 炎の呼吸の使い手、炎柱か。

 

 なんという存在感だろう。この人の前では、自分が路傍の石にでもなったような気さえする。

 

「穂群静里だな? 鱗滝の爺さんから話は聞いている。教え子を一人、こちらに寄越すとな」

「はい。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します」 

「うむ。では早速だが、今のお前がどの程度の腕か、確かめさせてもらおう」

 

 ついてこい、と。

 歩き出した背中を追いかけ、やってきたのは屋敷の中庭だ。

 当然のようにここも広い。鍛練には最適な場所だろう。

 

「難しいことは言わん。お前はただ、全力で俺に打ち込んでくるだけでいい」

「っ、はい」

 

 用意した木刀を構え、煉獄師範(せんせい)は淡々と告げる。

 彩を下がらせ、あの子が十分に離れたことを確認してから、私もまた木刀を手に相対した。

 

 全く隙がない。

 ただ構えているだけだというのに、どこから攻めていいのか分からない。

 

 鱗滝師範(せんせい)のときもそうだったが、前に立ってみればあらためて痛感する。

 鬼殺隊の頂点、柱まで至ることの出来る人たちとは、こんなにも大きくて強いのだと。

 

「──いざ、参ります!」

 

 同時に、こんなにもすごい人たちから剣を教えてもらえる自分は、とても幸運なのだと思う。

 

 自然と口角が上がるのを感じながら、地を蹴って一息の間に肉薄した。

 

 全集中・水の呼吸

 壱ノ型──水面斬り

 

 勢いをつけての横薙ぎは、空を切るだけで手応えがない。

 たった一歩、それだけの動きで完璧に躱されてしまった。

 

 水の呼吸

 肆ノ型──打ち潮

 

 技を繋げ、追撃。体を捻り、振りかぶった木刀を首筋目がけて振るう。

 が、これも当たらない。

 素早く屈むことで回避した煉獄師範(せんせい)が、軽く私の足を突く。

 たったそれだけのことで、私は体勢を崩して地面を転がった。

 

「実力差のある相手にもその思いきりのよさは悪くない。が、足元が留守になっているぞ?」

「っ……! まだまだ、これからです!」

 

 水の呼吸

 漆ノ型──雫波紋突き

 

 型の中で最速を誇る突き技を、踏み込みと共に繰り出す。

 その一撃を半身にして避けた煉獄師範(せんせい)が、横腹へと木刀を払う。

 私は──上に跳んだ。

 

 水の呼吸

 捌ノ型──滝壺

 

「せぇあっ!!」

 

 体重を乗せた渾身の振り下ろしが、煉獄師範(せんせい)の木刀と衝突して鈍い音を立てる。

 

 重い。

 大木の幹に打ち込んだような、凄まじい重量感だ。

 こちらの型を受け止めても全く動じていない。むしろ、打ち込んだ私の方が弾かれそうだ。

 

「ふっ!」

「くっ!?」

 

 間もなく押し返され、空中で体勢を立て直しながら着地する。

 そこから更なる型を出さんと立ち上がった私だったが、煉獄師範(せんせい)は既に木刀を下ろして構えを解いていた。

 

「十分だ。長旅の疲労もあろう、これ以上はいい」

「私に、炎の呼吸を学ぶ資格がありますか……?」

「ああ。特に最後の一撃はよかった。然るべき鍛練を積めば、お前は必ず強くなれる」

 

 ……そうか。

 私は、強くなれるのか。

 

 煉獄師範(せんせい)の一言に、胸の内が燃えるように熱くなった。

 

「ありがとうございました。これからよろしくお願い致します」

「うむ。しっかり励むことだ」

 

 浮かんだ涙を拭い頭を下げる。

 ごつごつとした大きな掌が、そんな私の頭を不器用に撫でた。

 

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