不滅の焔、煌々と燃ゆ   作:ユータボウ

3 / 14
煉獄家での日々

 全集中・炎の呼吸

 壱ノ型──不知火

 

「ふっ!」

 

 短く息を吐いて一歩踏み込み、刀を斜めに、人間でいうところの袈裟を斬る要領で振り下ろす。

 渾身の力を込めて振るった刀はうっすらと、しかし確かに焔の揺らめきを纏っていた。

 

 手応えは悪くない。

 もしかすると、これまでで一番の出来かもしれない。

 

 地面を転がる巻藁とその断面を一瞥し、刃を鞘に納める。

 

「いい太刀筋だ。飲み込みが早いな、静里」

「ありがとうございます。これも師範(せんせい)のご指導あってのことです」

「そう謙遜するな。鱗滝の爺さんは正しかった。お前には炎の呼吸がよく合っているんだろう」

 

 にやりと笑い、煉獄師範(せんせい)が肩を叩く。

 その褒め言葉が少しくすぐったくて、無言で頭を下げた。

 

 煉獄師範(せんせい)の言う通り、炎の呼吸は私の体に合い、よく馴染んだ。

 元々、鱗滝師範(せんせい)のところで基礎を身につけていたということもあるのだろうが、それを考慮しても鍛練は順調そのものだった。

 あまりに順調なせいか、師範(せんせい)から「あまり浮かれるなよ」と釘を刺されることもしばしばだ。

 

「父上、素振りが終わりました!」

 

 そんな私たちのところにやってきたのは煉獄師範(せんせい)の嫡男、杏寿郎殿だ。

 息を荒らげ、それでも顔を上げて大きな声を張る彼の姿に、師範(せんせい)はどこか嬉しそうに目を細める。

 

「次は、何をすればいいでしょう?」

「いや、ひとまずここまでにしよう。瑠火のところにでも行って少し休んでいなさい」

「はい!」

 

 一礼を残した杏寿郎殿は縁側に座っていた煉獄師範(せんせい)の奥方、瑠火様と次男の千寿郎殿、そして彩のもとへ行き、腰を下ろす。

 

 快活。

 その言葉が何よりも当てはまる、まっすぐで清々しい少年だ。

 煉獄師範(せんせい)の子息、兄弟子、そういった部分を除き、個人として見ても、杏寿郎殿は尊敬に値する人物だと思っている。

 

「ご立派ですね、杏寿郎殿は」

「自慢の息子だ。将来は俺を超える剣士になるだろう」

 

 「さて……」と、杏寿郎殿の背中を見送った煉獄師範(せんせい)が、私へと向き直る。

 

「お前の鍛練は終わっていないぞ。むしろこれからだ。上達はしているが及第点にはまだまだ遠い。気を緩めるなよ」

 

 ああ、分かっているとも。

 

 こんなものではない、煉獄師範(せんせい)の剣技はもっと力強く、洗練されていた。

 そこにはあたかも本物の炎が燃え盛っているかのような、見る者全てを圧倒する迫力があった。

 

 あれぞ、まさしく炎の呼吸。

 私の目指すべき剣士の在り方だ。

 

 つくづく私は恵まれている。

 鱗滝師範(せんせい)のときも、今現在も、目標となる人物がすぐ近くにいて、剣をつけてさえくれる。

 腕を磨くにはこの上ない環境、それを生かさずしてどうするというのか。

 

 私は強くなる。

 そして彩を護る。

 一体残らず鬼を滅し、あの子が平穏に生きていける世界にしてみせる。

 

 誓いを思い出せば灯った熱が全身を走る。しかし頭だけは冷静に、すぅと呼吸を整える。

 やがて集中力が限界まで高まったところで、ゆっくりと鯉口を切った。

 

「よろしくお願いします、師範(せんせい)

 

 ゴォォォォォォォォォ、と。

 炎の呼吸特有の、唸るような低い音が漏れる。

 

 稽古は日が暮れ、夕餉の支度ができるまで続いた。

 泥だらけの汗まみれ、更には木刀で打たれて襤褸(ぼろ)のようになった体を湯で流し、着替えを済ませて居間に向かう。

 

 煉獄師範(せんせい)、瑠火様、杏寿郎殿、千寿郎殿、そして彩と私。

 皆で揃って食べる夕餉には空腹だけでなく、心も満たされる。

 家族を失った身であるからこそ、こうした何気ない時間に尊さを覚える。ここに来たばかりの頃はふとした瞬間につい泣きそうになってしまって、師範(せんせい)たちに心配をかけたことも間々あったものだ。

 

 食事を終え、思い思いの時間を過ごした後は、明日に備えて床に就く。

 朝の鍛練は日の出と共にと決めている。今日の疲労を持ち越さないためにも、早めに就寝することが習慣となっていた。

 

「大丈夫。大丈夫だよ。お姉ちゃんがいるからね」

 

 夜闇に震える小さな体を抱き締め、髪を梳く。

 やがて震えが止む頃には、すぅすぅと穏やかな寝息が聞こえ始めた。

 

 家族を亡くしたあの夜に感じた恐怖は、月日が流れた今でも彩の中に根強く残ってしまっている。

 夜中に突然半狂乱となり、疲れて眠るまでずっと泣いていたこともあった。それに比べれば、今は随分落ち着いた方だと言えるだろう。

 

 ──私が護らなくてはならない。

 

 彩の安らかな寝顔を見る度に、内に秘めた使命感が膨れ上がる。

 そうして生まれた思いが、明日の私の原動力になる。

 

 この子のためなら恐れるものは何もない。どんな困難でも乗り越えてみせる。

 

「おやすみなさい、彩」

 

 瞼を閉じ、睡魔に身を委ねる。

 

 こうして、私の煉獄家での一日は今日も終わりを迎える。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 夏が過ぎ、季節は秋へと移り変わった。

 紅葉と銀杏(イチョウ)が鮮やかに染まり、屋敷を彩るようになったその時期、煉獄家にまた一人鬼殺隊を志す者が加わった。

 

 伊黒小芭内。

 煉獄師範(せんせい)が任務中に鬼から保護し、そのまま家で預かることとなった少年だ。

 

 そう、少年である。

 煉獄師範(せんせい)から紹介されたときは、長い黒髪や白い肌、線が細く小柄な体格といった外見から同性なのではとも思ったが、話をすればすぐに男性だと分かった。

 

 左右で色の異なる瞳や包帯で隠された口元、いつも蛇──名前は鏑丸というそうだ──を連れているなど、伊黒殿はなんとも風変わりな容姿をしている。

 それ故か、最初に彼を見た彩は警戒するように私の後ろに隠れてしまった。

 

 尤も、あくまで外見にはどこか得体の知れなさがあるというだけで、人柄自体はごく普通の範疇に収まるものだ。

 むしろ課せられた鍛練に真摯に打ち込む姿勢には好感すら覚えるほどで、数日もすれば私も杏寿郎殿も伊黒殿といて変に気を遣うことはほとんどなくなった。

 ただ、煉獄師範(せんせい)から彼の過去について子細を訊くことは止められていたので、そこはしっかりと守るようにしていたが。

 

 人間、過去を無闇に詮索されていい気はしない。鬼殺隊を目指すような者であればなおのことだ。

 家族を鬼に殺された私同様、伊黒殿の過去も聞いていて気持ちのいい話ではないだろう。

 そんなものをわざわざ知りたいとも思うほど、私は物好きでも暇がある訳でもない。

 

 とにもかくにも、私と杏寿郎殿の二人だったところに新しく伊黒殿が加わったことで、いつもの鍛練が少し新鮮になった気がした。

 

「はぁ……! はぁ……!」

「伊黒殿、大丈夫ですか?」

「問題、ない……! こんなところで音を上げていては、鬼殺隊に入ることなど……!」

「いい心構えだ! しかし伊黒殿、体力のついていないうちから無理はしない方がいいぞ! 体を壊してはしまっては元も子もないからな!」

「杏寿郎殿の言う通りです。あの辺りで少し休憩しましょう」

 

 走り込みで訪れた山道、その途中にあった切り株まで伊黒殿を連れていき、杏寿郎殿と二人で座らせる。

 口では平気だと言ってもやはり限界だったのだろう、荒い呼吸はしばらく整いそうにない。

 

 伊黒殿はまだ体ができていない。一目見ればすぐに分かることだ。

 それでも煉獄師範(せんせい)は私たちと一緒に走り込みをするよう指示した。どこかで彼がついていけなくなることも分かっていた筈だ。

 少しくらいの中断と休憩は、大目に見てもらいたいところである。

 

「……俺のことはいい。お前たちは、先に行ってくれ」

「何を言うのです。伊黒殿一人を置いていくなど出来ません」

「その通りだ! 我らは同門、ならばこういうときこそお互いに助け合い、支え合うべきだろう!」

「……すまない」

 

 頭を下げる伊黒殿に、私と杏寿郎殿は目を見合わせ、小さく笑う。

 

 休憩を終えると走り込みを再開する。

 伊黒殿に足を合わせつつ険しい山道を進み、やがて屋敷へと戻ってくる。

 

 走り込みの次は素振りだ。

 足腰が震え、ふとした拍子に倒れてしまいそうな伊黒殿に二人で声をかけながら、決められた回数をきっちりこなす。

 

 伊黒殿を見ていると昔の自分を思い出す。

 今でこそ走り込みや素振りで力を使い果たすことはなくなったが、一年ほど前であればとっくに体力が限界を迎えていた。

 そしてそれは、兄弟子の杏寿郎殿も通った道の筈だ。

 だからこそ、苦悶の表情を浮かべる伊黒殿の気持ちは痛いほどによく分かった。

 

 辛いだろう。厳しいだろう。痛いだろう。

 そういった困難を乗り越えたとき、人は強くなるものだ。

 肉体はもちろん、何よりも心が。

 

 最後の一回を終えた直後、膝から崩れ落ちかけた伊黒殿を、慌てて杏寿郎殿が支える。

 「よくやり遂げた! 見事だったぞ!」と、自分のことのように喜ぶ杏寿郎殿の一方で、力を出し尽くした伊黒殿はだらりと項垂れていたが、髪の隙間から覗く目尻は確かに緩んでいたように見えた。

 

「よくやったな。今しがた、向こうでさつまいもが焼けたところだ。皆で食べるといい」

「なんと! すぐに参ります! 静里殿、伊黒殿、行こう!」

「ま、待て煉獄……! 手を、放せ……!」

「ふふっ。杏寿郎殿、芋は逃げたりしませんよ。そう急がずともよいではありませんか」

 

 そう言ってはみるものの、好物のさつまいもを前にして止まる杏寿郎殿ではない。

 手を引かれた私は苦笑をこぼし、大人しく彼の後ろについていく。

 

 焼き上がったばかりのさつまいもは実に見事なものだった。

 形、色、大きさ、全てが申し分ない。遠方より取り寄せた一級品なのだろう。

 味に関しても、推して知るべしだ。

 

「美味い! わっしょい!」

「杏寿郎、口にものを入れたまま喋ってはいけません。行儀が悪いですよ」

「申し訳ありません! ですがこれは……うむ、わっしょい!」

 

 瑠火様に窘められる杏寿郎殿だが、その気持ちはよく分かる。

 私の膝に座る彩も、さっきから一心不乱にさつまいもを頬張っていた。

 

 幸せそうに表情を綻ばせる彩の髪を撫で、口に広がる上品な甘さに舌鼓を打った。

 

「伊黒殿もいかがですか? 甘くて美味しいですよ」

「いや、遠慮しておく。俺は見ているだけで十分だ」

「それはもったいないな! このさつまいもは絶品だ! 伊黒殿にもぜひ味わってほしい!」

「っ、だが……」

 

 満面の笑みで差し出されたさつまいもを受け取るか否か、伊黒殿は答えを濁しつつ、包帯の上から口元をなぞる。

 

 煉獄家に来てから、伊黒殿は私たちの前で飲食をしたことがない。朝昼晩の食事も、彼だけはいつも独りで済ませている。

 

 その徹底ぶりを煉獄師範(せんせい)と瑠火様が黙認していることから、何かしらのやむを得ない理由があることは間違いなかった。

 故に、ここは杏寿郎殿を止めるべきなのだろうが──。

 

「……三人で背中合わせになる、というのは?」

 

 そこで私は提案する。

 

 もし伊黒殿が包帯の下を晒したくないという理由のみで拒んでいたとすれば、視界に入れないことで解決する。

 一方の杏寿郎殿も少し歪な格好にはなってしまうものの、好物を共に食べるという目的は達成される筈だ。

 問題は伊黒殿に先に挙げた以上の理由──例えば、体質的にさつまいもが食べられない、など──がある場合だが、そうなったときは大人しく諦めてもらう他ない。

 

「──と、こんな感じなのですが」

「うむ! それでいこう! 流石静里殿!」

 

 ぱっと目を輝かせた杏寿郎殿の行動は早かった。

 伊黒殿の空いている手にさつまいもを持たせると、自分は後ろ回り込んで腰を下ろす。

 

 そこに私が加われば、これで提案した形となる。

 お互いに背中を預け合い、真上から見るとちょうど三角形となっていることだろう。

 

「……理解出来ない。何故、そこまでしようとする?」

「俺が伊黒殿とも食べたいと思ったからだ! 一人で食べるさつまいももいいが、やはりこうして皆と食べると格別だからな!」

「……そういうものなのか?」

「はい。ですので一口だけでも食べてみてはどうでしょう?」

 

 伊黒殿からの返事はない。

 

 漂う沈黙に視線を前に戻すと、煉獄師範(せんせい)と千寿郎殿を抱いた瑠火様が、少し困ったような笑みを浮かべてこちらを見守っていた。

 

 やがて、しゅるりと包帯の解ける音が沈黙を破る。

 

「……やはり分からないな。この味が格別なのかどうかは」

「……」

「むぅ……」

 

 だが、と。

 伊黒殿はそこでふっと笑声をこぼした。

 

「この芋は、悪くない」

「! そうか! それは何よりだ!」

「ふふっ、よかった」

 

 伊黒殿の一言とそれに対する杏寿郎殿の反応に、思わず頬が緩む。

 

 背中合わせで誰の表情も見えない中で、それでも私たちは三人で笑い合った。

 




 伊黒さん好き
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。