不滅の焔、煌々と燃ゆ   作:ユータボウ

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別離を越えて

 時間の流れは私たちのもとにいくつかの別れを運んできた。

 

 年が明けた冬のある日、伊黒殿がこの煉獄家を去っていった。

 理由はかつての私と同じだ。自らにより適した呼吸法を身につけるため、別の育手に師事を仰ぐことを決めたのである。

 それが水の呼吸だと聞いたときは、こんな偶然もあるのだなと人知れず驚いたものだ。

 

 伊黒殿がいなくなったことに一縷の寂しさを覚えつつも、私たちは変わらず鍛練を続けた。

 

 そして数ヶ月が経過したその日。

 

 瑠火様が亡くなった。

 

 六月のよく晴れた日のことだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 瑠火様は儚く、されど強かな女性であった。

 

 私たちが来た時点で既に余命は長くなく、病に蝕まれた体は決して丈夫なものではなかった。状態がいい方へ向かうことはなく、やがては一人で立って歩くことすら儘ならなくなっていた。

 

 しかしそれでも──少なくとも私は、瑠火様本人から弱さを感じたことは最後の瞬間まで一度たりともなかった。

 

 瑠火様は大木のように太く、揺らぐことのないまっすぐな芯を持っていた。

 死というすぐ近くに迫った運命にも悲観することなく、ありのままを受け入れ、成すべきことを成さんとする、強い心の女性だった。

 

 ──弱き人を助けなさい。

 ──それが天からの才に恵まれた、あなたたちの果たすべき責務です。

 ──二人の力が正しく使われることを、私は願います。

 ──千寿郎を、彩さんを、槇寿郎さんを、どうかよろしくお願いします。

 

 病床に伏せる瑠火様から、私と杏寿郎殿は後を託された。

 その意志を絶やしてはならない。必ず受け継ぎ、引き継いでいこう、と。

 二人で話し合い、決めた。

 

 死別は悲しい。

 家族に続く二度目とはいえ、慣れるものではない。

 だからといって、立ち止まって何になるというのか。

 

 情熱を灯せ。

 心の炎を燃やし続けろ。

 

 瑠火様が亡くなって、彩と千寿郎殿は泣いていた。

 私たちの分の涙は二人が十分に流してくれた。

 まだ幼いあの子たちのためにも、私たち年長者は強く在らねばならなかった。

 

 煉獄師範(せんせい)が変わり果ててしまったが故に、なおのこと。

 

 煉獄師範(せんせい)はあの日から失意に沈んでいる。

 厳しさと優しさ、何よりも情熱に溢れていたかつての姿は消え去り、漫然と日々を過ごす様子は、まるで燃え尽きた灰のようだった。

 柱の席も返上し、剣を捨て、部屋にこもって酒を呷ることが増えた。

 私と杏寿郎殿に稽古をつけてくれることもなくなった。

 

 今の師範(せんせい)に声は届かない。

 一介の教え子でしかない私はもとより、嫡男である杏寿郎殿のものですらだ。

 

 なんとかならないものかと考えたが、結局私たちにはどうすることも出来なかった。

 時間が煉獄師範(せんせい)の傷を癒してくれることを祈りつつ、己が役目を果たすべく鍛練に打ち込む。

 

 師のいなくなった私たちが頼ったのは、書庫に眠っていた炎の呼吸の指南書と歴代炎柱の残した書物だ。前者は三巻しかないが、役立つことに変わりはない。

 杏寿郎殿と二人、書を何度も何度も読み返し、得られたものを糧としていく。

 

 その中でも私が特に目をつけたのは、全集中・常中という技だ。

 書物によれば、全集中の呼吸を四六時中続けることにより、基礎体力を飛躍的に上げることが出来るのだという。

 

 肺を酷使する全集中の呼吸を維持することは難しい。試してみたが、現状では一刻*1ほどしか出来なかった。

 しかし考えてみれば、鬼との戦いは長い場合で一晩に渡ることもあり得る。

 日没から夜明けまで。最低でもこれだけの時間、全集中の呼吸を続けられるようにならなければ、一人前の剣士とは言えない。

 いや、呼吸を続けるだけでは駄目だ。戦闘を想定するのであれば、更に技を放って動き回れるようになっておく必要もあるだろう。

 

 最終選別まで残り半年と少し。

 一日足りとも無駄には出来なかった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 臙脂色の襟巻きをつけ、紅葉のあしらわれた羽織に袖を通す。

 最後に鬼を殺すための武器、日輪刀を腰に差せば用意は完了だ。

 

 体調は良好、天気も快晴だ。燦々と輝く太陽が眩しい。

 出発するにこれ以上いい日もあるまい。

 

「静里殿、準備は終わったのか?」

「はい。これから師範(せんせい)のところに挨拶をしようかと」

「……そうか。なら、我々は待っているとしよう」

 

 杏寿郎殿に頭を下げ、煉獄師範(せんせい)の私室へと足を運ぶ。

 

 煉獄師範(せんせい)はあの日から変わりなく、今もまだ瑠火様の死から立ち直っていない。

 そんな師範(せんせい)のところに行ったところでまともに相手してもらえるのかさえも怪しいが、かといって黙って出発する訳にもいかない。

 

「煉獄師範(せんせい)、静里です。少々よろしいでしょうか?」

「……入れ」

 

 戸の向こう側から聞こえた声に「失礼します」と断りを入れ、入室する。

 

 煉獄師範(せんせい)は私に背を向けるようにして座っていた。

 中庭を眺める師範(せんせい)の傍には、大きな徳利が置いてある。

 

「……一体なんだ?」

「これから最終選別に行きます。出発の前に、師範(せんせい)に報告をと」

「……どうでもいい。そんなことは」

 

 吐き捨てるように告げる煉獄師範(せんせい)の表情は窺えない。

 

「お前が鬼殺隊に入ったところで、成せることなどありはしない。所詮俺たちは、日の呼吸の後追いでしかないんだ」

 

 日の呼吸。

 それは全ての呼吸の祖となる呼吸だ。

 歴代炎柱の書にあった。全ての呼吸は日の呼吸から派生し、枝分かれしていったものである、と。

 

「才能のない塵芥が何をしようと……無意味だ」

「……私は、そうは思いません」

 

 水の呼吸も、炎の呼吸も、原点である日の呼吸を越えることは出来ないかもしれない。

 だがそれらは等しく鬼を滅し、人を護るための技だ。

 一番重要な根幹が変わることは絶対にない。

 

「私は、師範(せんせい)が護った命があることを知っています。伊黒殿を覚えているでしょう? 師範(せんせい)だからこそ、伊黒殿を助けられたんです。鬼を殺して誰かを護る、それ以上に大切なことなんてありません」

 

 無意味なんかじゃない。

 たとえ煉獄師範(せんせい)が否定しようとも、私は何度だって言ってやる。

 師範(せんせい)によって護られた命が、幸福があるのだということを。

 

「私は鬼殺隊に入り、己が責務を全うします。弱き者を助ける、それが他ならない瑠火様の教えですので」

「……もういい。さっさと行け」

「はい。行って参ります」

 

 一礼を残し、部屋を後にする。

 

 杏寿郎殿は玄関を出たところで待っていた。

 隣には千寿郎殿と、そして彩の姿がある。

 

「お待たせしました。わざわざすみません」

「問題ない! 俺たちに出来ることは静里殿を見送り、無事を祈ることくらいだからな! むしろ、このくらいはさせてもらわねば!」

「ふふっ、感謝します」

 

 今一度礼をし、次にしゃがんで彩たちに目線を合わせる。

 

「あの、しずりさん、がんばってください!」

「──!」

「二人共、ありがとう。必ず帰ってくるから」

 

 両手を広げ、二つの小さな体をぎゅっと抱き締める。

 

 もしかするとこれが今生の別れとなる可能性もある。

 未練が残らないよう、その温もりをしっかりと刻み込んだ。

 

「では、行って参ります。杏寿郎殿、二人をよろしくお願いします」

「うむ、任せろ! 帰ってきたらご馳走だ! 好物の湯豆腐も用意してもらおう!」

「しずりさん、いってらっしゃい!」

「──! ──!!」

 

 杏寿郎殿、千寿郎殿、彩。

 三人に向かって大きく手を振る。

 

 死ねない理由がまた一つ増えた。

 

 さて、意気揚々と出発した私ではあるが、最終選別の前に寄るべき場所がある。

 鱗滝師範(せんせい)たちの住まう、狭霧山だ。

 

 一年以上前とはいえ、お世話になった恩師には挨拶をしなければ無作法というもの。

 日程に少し余裕を持って出発したのもこのためだ。

 

 彩がいない分、道中を存分に走ることが出来たため、到着まで以前ほど時間はかからなかった。

 私の身体能力がかつてより上がっていたことも、早く到着した理由の一つだ。

 

「久しいな、静里。大きくなった」

「お久しぶりです、鱗滝師範(せんせい)。ご息災なようで何よりです」

 

 一年以上の時間が経っても、鱗滝師範(せんせい)は変わらず私を迎えてくれた。

 それからしばらくして鍛練から帰ってきた錆兎殿や真菰とも再会し、旧交を温めた。

 

「錆兎、この人は?」

「ん、そうか。義勇は知らないんだったな」

「義勇が来たの、静里がいなくなって少ししてからだもんね。すっかり忘れてたよ」

「確かに、そちらの彼とはこれが初見となりますね」

 

 ただし、鱗滝師範(せんせい)と定期的に手紙のやり取りをしていた私は、一方的にだが知っていた。

 一年ほど前にここへ来た、錆兎殿と同い年の黒髪の少年のことを。

 

「私は穂群静里。以前、鱗滝師範(せんせい)にお世話になっていた者です」

「冨岡義勇、です。よろしくお願いします……」

「よろしくお願いします、冨岡殿」

 

 思っていたよりも控えめな性格なのかな、と。

 それが初めて言葉を交わした冨岡殿の印象だった。

 

 同性であり、更には同い年でもある冨岡殿がこうなら、錆兎殿が黙っていないに違いない。

 例えば、そう──。

 

「義勇、声が小さいぞ。背中を伸ばせ。男ならもっと堂々としろ」

「さ、錆兎……」

 

 ちょうどこんな感じに、だ。

 

「そうだ。静里、よければ俺と手合わせをしないか?」

「ふむ。手合わせですか……」

「ああ。この一年と少しの間にどれだけ強くなったのか、そして炎の呼吸がどのようなものか、興味がある」

「もちろん。喜んで、と言いたいところではありますが……」

 

 真剣な眼差しを向けてくる錆兎殿から視線を外し、腕を組む鱗滝師範(せんせい)を一瞥する。

 

「今日はもう遅い。やるなら明日にしなさい」

「はい。……決まりですね」

「そうだな。明日が楽しみだ」

 

 育手である鱗滝師範(せんせい)に言われた以上、この場は大人しく引き下がるしかない。

 その代わり、手合わせの許可自体は下りた。

 

 高揚する心を抑えつつ夕餉を済ませ、就寝。

 そして翌日の朝、私と錆兎殿は木刀を手に相対した。

 

「双方、準備はいいな?」

 

 立会人を務める鱗滝師範(せんせい)の確認に、私たちは無言で頷く。

 

 静寂。

 しんと静まり返った空気の中で、集中力を研ぎ澄ませる。

 

「──始めっ!」

 

 全集中・水の呼吸

 漆ノ型──雫波紋突き

 

 ガッ、と。

 木刀同士がぶつかり合い、乾いた音を立てる。

 

 ()()()

 確実に捉え、防御出来た。

 

 雫波紋突き(ななのかた)は水の呼吸の中でも最速の型だ。

 それに対処出来たということは、錆兎殿の速度についていけるということに他ならない。

 

「ならば!」

 

 水の呼吸

 参ノ型──流流舞い

 

 巧みな足運びから放たれる流麗な剣は、あたかも本物の水流を伴っているように錯覚する。

 それらを流し、捌き、受け止める。

 

 これほどまでの完成度、私では決して辿り着くことの出来なかった域だ。

 まだ十二の齢でそこまで至っている錆兎殿には尊敬の念を覚える。

 

「随分と余裕そうだな。だが、守っているだけでは勝てないぞ!」

 

 水の呼吸

 壱ノ型──水面斬り

 

「では、遠慮なくいかせてもらいましょう!」

 

 全集中・炎の呼吸

 壱ノ型──不知火

 

 何千と繰り返し磨いた踏み込みからの一撃を、錆兎殿に合わせて振り抜く。

 

「え……?」

 

 そんな気の抜けた声を上げたのは真菰か冨岡殿か、果たしてどちらだったのか。

 いや、目の前の光景からするに、両方ということだって考えられる。

 勢いよく地面を転がった錆兎殿本人ですら、半ば放心して目を見開いていた。

 

「っ、まだだ!」

 

 が、それもほんの僅かな間のこと。

 すぐさま起き上がり、駆け出した錆兎殿が地を蹴り、木刀を大きく振り上げる。

 

 何が来るのか、この時点で理解した私もまた、構えを取ってぐっと力を溜めた。

 

 水の呼吸

 捌ノ型──滝壺

 

 炎の呼吸

 弐ノ型──昇り炎天

 

 互いに渾身の力を込めて打ち合った衝撃が大気を震わせる。

 されど拮抗は一瞬、叩きつけるような水流を業火が押し返し、弾き飛ばした。

 

 私と錆兎殿、大きく空いた両者の間に降ってきた木刀が落ちる。

 

 真っ二つに折れたそれは──錆兎殿のものだ。

 

「……勝負あり」

 

 鱗滝師範(せんせい)の低い声が、立ち込めた沈黙を破る。

 

 私は木刀を下ろし、尻もちをつく錆兎殿に手を伸ばした。

 

「錆兎殿、怪我は?」

「い、いや……大丈夫だ」

 

 手を取り立ち上がった錆兎殿。

 その表情はどこか暗い。

 

「……錆兎殿?」

「……完敗だと思ってな。ずっと鍛練をしていて、俺も強くなったという自負があったが……手も足も出なかった。不甲斐ない限りだ」 

「錆兎、何もそう気落ちすることはない」

 

 穏やかな声色の鱗滝師範(せんせい)が錆兎殿に歩み寄る。

 

「先の負けにはお前の未熟もあっただろう。だがそれ以上に静里の成長が著しかった。ここまで力をつけていたとは、儂も本当に驚いたぞ」

「鱗滝師範(せんせい)……」

「強くなったな、静里。今のお前なら必ず、最終選別を乗り越えられる」

「あっ……」

 

 鱗滝師範(せんせい)にそっと抱き寄せられる。

 

 認められた。

 強くなったと。

 他でもない鱗滝師範(せんせい)に。

 

 嬉しい。

 感極まって涙が出そうだ。

 

 ああ、でも──。

 

 煉獄師範(せんせい)にも、そう言われたかったな。

 

「どうか、生きて帰ってくれ」

「はい……必ずっ……!」

 

 その後、鱗滝師範(せんせい)から厄除の面を受け取った私は、いよいよ最終選別に出発した。

 

*1
約二時間




 ※最終選別の行われる時期を勘違いしていたため、一部内容を修正しました。
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