追記 映画無限列車編にて『参ノ型 気炎万丈』が登場したため、一部描写を変更しました。
人数はおよそ二十といったところか。
最終選別の行われる藤襲山、その中腹にある広場に到着した私は、既に集まっていた入隊志願者たちを一瞥する。
果たしてこの中の何人が生き残るのかと、そんなことを考えていたそのときだった。
「最終選別にようこそ」
聞き覚えのある声が耳を打った。
「この藤襲山には鬼殺の剣士が生け捕りにした鬼が閉じ込められている。山の麓からこの中腹にかけて、鬼の嫌う藤の花が咲き乱れているんだ」
見て分かる通りね、と。
およそ三年前、初めて会ったときと変わらない笑みを浮かべて、輝哉君は私たちに告げた。
……いや、もうそんな馴れ馴れしく呼んではいけないな。
彼は鬼殺隊の当主だ。私も今後はお館様と呼び、敬意を払わなくてはならない。
「しかし、ここからは藤の花が咲いておりません。なので、これより先には鬼共がいます。その中で七日間を生き抜くこと、それが最終選抜の合格条件です」
言葉を引き継いだのはお館様の隣に立つ、真っ白な髪の美しい女性だ。
同姓でも見蕩れてしまいそうになるその美貌に、説明よりも気を取られそうになってしまっている者も多い。
合格の条件は生存すること。
極端な話、鬼を一体も殺さずとも生きてさえいれば、鬼殺隊への入隊が叶うという訳だ。
無論、私は七日間を逃げ回って過ごすつもりなど欠片もないが。
「それでは七日後、また会えることを祈っているよ」
その言葉と共に、私たちは藤襲山に足を踏み入れた。
いよいよ最終選別が始まる──。
「ぎゃあぁあああああ!!」
悲痛な叫びが聞こえた。
最終選別が始まり、これからどのように動こうかと考えていた私は、その声に弾かれたように走り出した。
全集中の呼吸で増強された身体能力を活用し、己の出せる最速でもって疾駆する。
だが──間に合わなかった。
「へへっ、また餌が来やがった。しかも女とは……!」
鬼。
こうして直接前にするのは、家族を亡くしたあの夜以来だ。
鬼を前にした私は、自分でも不思議なほどに落ち着いていた。
怒りや憎しみ、そういった類いの感情を忘れた訳ではない。
倒さなくては、と。
使命感にも似た思いが、心の内側で静かに燃えていた。
「女の肉は美味いんだ。柔らかくて、何よりいい声で哭くんだよなぁ……!」
鬼は千切れた腕を捨て、現れた私に気味の悪い嗤いを浮かべる。
足元には片腕のない血まみれの少年が転がり、恐怖と痛みで顔をぐしゃぐしゃにして息絶えていた。
「なあ、お前も──」
喋るのは結構。
だが隙だらけだぞ、化け物。
全集中・炎の呼吸
壱ノ型──不知火
一刀のもとに頸を刎ね、刀身の血を払う。
日輪刀によって分かたれた頭部と体は、
「間に合わなくてごめんなさい」
物言わぬ骸となった少年の瞼を下ろし、そっと合掌する。
鬼に喰われた遺体をこのまま野晒しにはしたくない。
しかし、それらに割く労力と時間がないこともまた事実。
聞こえるのだ、今まさに誰かがどこかで戦う音が。
「どうか、安らかに」
立ち上がり、最後にもう一度黙祷を捧げてからこの場を去る。
見敵必殺。
山中を駆け、目についた鬼を殺して回る。
幸いにも全集中・常中を身につけた私には、それが出来るだけの体力と負けないだけの強さがあった。
殺して、
殺して、
殺して、
やがて、ゆっくりと白んでいく空にようやく足を止めた。
「夜明けか……」
鬼は陽光を弱点とするため、日中に姿を見せることはない。
故に、これから日没までは夜に備えて英気を養うための時間となる。
昨夜が最終選別の一日目。
つまるところ、あと六度の夜を乗り越える必要がある。
最初の少年を含め、昨夜の間に五つの亡骸を目にした。
それが犠牲者の全てかと問われれば、答えは否だ。
私が見ていないだけで実際はもっと多くが命を落としているに違いない。
過酷。
何よりも無情だ。
大切な人を鬼に殺され、復讐のために鬼殺隊を目指す者は少なくない。
この選別にもそういった思いを胸に、厳しい鍛練を経て挑んだ者が大勢いる筈だ。
だが、力が及ばなければ鬼に喰われて死ぬ。
崇高な志も、悲願も、強大な力の前には容易く踏みにじられてしまう。
ここはまさにそんな世界だ。
なんと残酷で、無慈悲なのだろうか。
「全く、儘ならない……」
木の幹に背中を預け、目を閉じる。
余力は残っているとはいえ、一晩中あちこちを走り回ったせいか、意識はすぐに遠くなっていく。
数時間程度の仮眠から目を覚ました後は食料調達を始める。
目的地は昨日見つけた川だ。そこには魚も棲んでおり、何よりも水がある。
火を起こし、焼いた魚で腹を満たした後は、日が暮れるまで時の流れと共に表情を変える空の様子をぼんやりと眺めた。
「そろそろか」
西の空に日が沈み、じきに夜が訪れる。
鬼の時間がやってくる。
やるべきことは昨日と同じだ。
頸を斬って、鬼を殺す。
ただ、それだけ。
「女ァ! その肉喰わせ──」
「待、待っ──!」
「ひぃいいいい!?」
厄除の面で顔を隠していても匂いで分かるのか、自分から寄ってくる鬼も多い。
当然、それらは全て返り討ちだ。複数同時でも関係ない。
揺らめく焔が片端から鬼を焼き尽くし、頸を斬り落としていく。
二度目の夜も私は生き残った。
ただし、その夜の間に生きている人間と出会うことは一度もなかった。
誰も彼も、私が駆けつけたときには鬼に喰われて死んでいた。
そこには昨日助けた人もいた。
もう私以外、全員殺されてしまったのかもしれない。
脳裏を過る予感が現実味を帯び始め、天を仰いだ。
ああ、それでも──。
ここで終わる訳にはいかない。
私は生きる。生きて責務を全うする。
彩を、人々を護るのだ。
再燃する誓いを力に変えて、三度目の夜も、四度目の夜も、私はひたすら鬼を狩り続けた。
そうして迎えた五度目の夜、私はあることに気付く。
「
日が落ちてから一時間以上が経過するが、いまだに数体しか鬼を見つけられていない。
これまでは探すまでもなく遭遇することも珍しくなかったというのに、である。
理由として考えられるのは、藤襲山にいる鬼のほとんどが殺し尽くされたということ。
既に最終選別は折り返しを過ぎている、私自身もかなりの数の鬼を殺してきているため、可能性としてあり得ないことではない。
しかしだ、いくら私が多くの鬼を屠ってきたとはいえ、それが山にいる鬼の大半であるとはとても思えなかった。
「……いるのか、まだ生きている人が」
私以外にまだ生きている人たちがいて、その人が私と同様に鬼を殺し続けていたとすれば、辻褄が合う。
だがそれは生き残りがいるという希望的観測に基づく推測、全く異なる理由──それが何かは見当もつかないが──で鬼が姿を見せないということも十分にある。
油断は出来ない。むしろ、残り半分を切ったここからこそ気を引き締めていかなくては。
「見つけたァ」
瞬間、背筋を悪寒が走り抜ける。
この最終選抜が始まって初めて感じた死の予感に、即座にその場から飛び退いた。
暗闇から伸びてきたのは──無数の手!
「ちっ、逃げられたか。速いな、お前」
「っ……」
現れたのは異形の鬼だった。
見上げるほどの巨躯、その全身から数多の手を生やした醜い鬼だ。
こいつは、強いな。
これまで相手にしてきた鬼とは、纏う空気からして違う。
十か二十か、たくさんの人間を喰らい成長した鬼、それがこいつだ。
「娘ェ、今は明治何年だ?」
問いかけは無視し、観察を続ける。
鬼であるからには弱点が頸であることに間違いはない。
問題はやはり、鬼の手だ。
私が日輪刀の届く間合いまで近付くには、数えるのも億劫になるほどの手をどうにかする必要がある。
持久戦に持ち込まれてはこちらが不利、勝負はなるべく早く決めるのが最良だ。
「その面、よぉく知っている。鱗滝の弟子だろう?」
「! ……何故、お前がその名を?」
「知っているに決まっている! 俺を捕らえ、この山に放り込んだのは、誰でもないあの男だからなァ!」
鱗滝、鱗滝、と。
全身を震わせ、鬼が叫ぶ。
「だから決めているんだよ。この山に来たあいつの弟子は、一人残らず殺してやるってな」
「……なんだと?」
「お前で十二だ。
……そうか。
お前のせいだったのか。
最終選別に行った向井殿が帰ってこなかったのは。
「目印なんだよ、その面が。厄除の面だかなんだか知らないが、それをつけてるせいで皆喰われた。鱗滝が殺したようなもんだ」
黙れ。
黙れ黙れ黙れ黙れ──!
ふざけるな。戯れ言だ。
お前が向井殿を、兄弟子たちを殺したんだ。
お前のせいで、鱗滝
「……す」
「あァ?」
「お前は──私が殺す」
炎の呼吸
弐ノ型──昇り炎天
鬼の体を刃が走り、一瞬遅れて血が吹き出す。
目を丸くして「は?」と間抜けな声を上げる鬼を尻目に、振るったばかりの日輪刀を構え直した。
殺す。
許さない。許してはいけない。
この鬼だけは、ここで絶対に仕留める。
ゴォォォォォォ、と。
燃焼を思わせる低い息が、ゆっくりと吐き出される。
怒りが煮えたぎり、殺意が迸る。
全身が燃えるように熱い。
どくん、どくん、と、心臓がこれまでにない早さで拍動する。
駆け巡る激情の奔流が吼え、私を内側から突き動かそうとしている。
「この、ガキがァ!」
目を血走らせた鬼が同時に複数の手を伸ばす。
速度はあまりない。
だが掴まれば確実に骨を握り潰される。
片腕ならまだ分からないが、足をやられればおしまいだ。
炎の呼吸
伍ノ型──炎虎
地面を踏み締め、迫る拳を喰い破りながら一気に突破、鬼との距離を詰める。
炎の呼吸
肆ノ型──盛炎のうねり
踏み込みと共に体をひねり、一閃。
行く手を阻む腕を薙ぎ払いで斬り伏せ、生まれた空間に身をねじ込ませる。
一瞥した鬼の目は、驚愕によって見開かれていた。
炎の呼吸
参ノ型
「ッ、こいつ……!?」
「──気炎万象ッ!!」
爆音が轟き、地面を揺らす。
確かな手応えを覚えつつ視界を遮る土煙を払えば、右半身を断たれ夥しい量の血を流す鬼の姿があった。
「知らない! 知らない知らない知らない!! これまで喰った鱗滝の弟子は、そんな技は使わなかった!」
そうはそうだろう。
鱗滝
もしこの鬼の中に『鱗滝
腕は斬れた、刃は通る。
炎の呼吸は初見、技を見切られる心配はない。
何より鬼の動きにも対応出来ている。
こいつを殺す材料は十分に揃った。
地を蹴り猛進、再生途中の右側から一気に突き崩す。
手数の減っている今が好機、迎撃に向けられた手を捌きつつ狙いを頸に定めて肉薄する。
炎の呼吸
陸ノ型──灼撃・四連
一息の間に繰り出される四度の斬撃が立ち塞がる肉壁を斬り裂き、巨体を支えていた手まで届く。
ぐらりと鬼の体が傾き、攻撃の勢いが弱まる。
「終わりだ」
炎の呼吸
壱ノ型
「お前がなァ!」
鬼が嗤い、勝ち誇ったように叫ぶ。
だが、笑わせる。
気付いていないとでも思ったか。
迷うことなく構えを解き、跳躍。
直後、数瞬前まで立っていた地面から手が突き出した。
地中からの奇襲とは、なんとも厄介なことだ。
避けることはおろか気付くことすら困難な攻撃、まともに受けていれば戦闘継続に支障をきたすことは想像するに難くない。
私が察知出来たのは、ひとえに炎の呼吸の特徴故であろう。
基本である構えと踏み込み、そのために地に足をつけること。
これにより足元を走る違和感にいち早く気付き、対処することが出来た。
「くっ、そぉおおおぉおおおおおおおお!!」
咆哮した鬼が選んだ行動は、逃走だった。
先程までと同じように伸ばした手で私を牽制しつつ、本体は背を向けて離脱を開始する。
「逃がさない──!」
疾走。
迫る手を悉く焼き払い、逃げる鬼の背中を追いかける。
殺す。
必ず殺す。
絶対に逃がさない。
どこまででも追いかけて、その頸を刎ねてやる。
距離は目測でおよそ五間*1。
速さなら間違いなく私の方が上ではあるが、次から次へと押し寄せる妨害で思うように差が縮まらない。
移動しながらの戦闘は炎の呼吸の苦手とするところ。強力な型を出すために足を止めてしまえば、鬼との距離が逆に開きかねない。
膠着状態の今、有利なのは鬼の方だ。
いくら全集中・常中を身につけているとはいえ、このままでは確実にこちらが先に消耗する。
こいつはここで殺すと決めた。
一手でいい、現状を打開する何かがあれば。
「しつこいんだよぉ! ガキィ!」
怒声と共に襲いくる手の群れ。
体の再生が終わったのか、数が今まで以上に多い。
これでは型を使わなくては捌けない。
足を止めたくはないが……やむを得ない──!
「──岩の呼吸」
それは静かで、しかし力強い声だった。
刹那、凄まじい衝撃が鬼の手を吹き飛ばす。
「助太刀する。私が道を開こう」
「っ、感謝を!」
隣に立つ人が何者かは分からない。
だが、今はそれより奴を斬ることが先決だ。
長らく縮まらなかった鬼との距離が、ここにきてようやく詰まっていく。
依然として数多くの手が私に向けられるが、それらは全て隣の剣士の斬り落とされ、届くことはない。
「来るな! 俺に近寄るんじゃねェ!!」
仕留める。
兄弟子たちの無念を、鱗滝
炎の呼吸
奥義
玖ノ型──煉獄
紅蓮を纏う日輪刀が唸りを上げ、抉り斬った鬼を跡形もなく燃やし尽くした。