不滅の焔、煌々と燃ゆ   作:ユータボウ

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拭えぬ不穏

 塵が夜風に宙を舞う。

 鬼であったものが虚空へと吸い込まれるように消えていく。

 

 鬼は死んだ。

 私が殺した。

 連鎖はここに断たれたのだ。

 

「見事だった」

 

 後ろからかけられた声に意識が引き戻される。

 

 そうだ、感慨に耽っている場合ではない。

 私一人の力では成し遂げられなかった。

 助太刀があったからこそ、鬼の頸に刃が届いたのだ。

 

 振り返った私は、ようやくその人物の姿をはっきりと捉えた。

 

 額に一本の傷痕が刻まれた男性だ。

 南無阿弥陀仏の文字が書かれた羽織を身につけ、首からは数珠を下げている。

 そのたくましい背丈は私より一尺*1以上もあり、見上げるほど大きかった。

 

 鬼の手を一蹴する凄まじい斬撃も、これだけ肉体が屈強であれば納得がいくというものだ。

 

「人を多く喰らった異形の鬼、生半可な剣では傷一つつけることの出来ないであろう体躯を、一撃のもとに吹き飛ばした。見事と言う他ない」

「……ありがとうございます。ですがあの鬼を討つことが出来たのは、ひとえに貴殿の助力があってこそです。重ねて感謝致します」

「鬼を狩らんとする者に手を貸すのは当然のこと。君が気にすることではない」

 

 厄除の面を外して頭を下げる私に、ジャリジャリと数珠を鳴らし、男性は「南無阿弥陀仏……」と念仏を唱える。

 

 なんとも独特な雰囲気の人だ。

 信の置ける人物だということは間違いないだろうが、こうも何を考えているか分からないと、果たしてどう接していいものやら。

 

「私は穂群静里といいます。名を伺っても?」

「これは失礼した。私の名は悲鳴嶼行冥。最終選別も佳境に入り、最早生きているのは私だけかと思っていたが……君という生き残りがいたことが実に喜ばしい」

 

 虚ろな目から涙を流し合掌する悲鳴嶼殿は、やはりその心中を読み取ることが出来ない。

 

「悲鳴嶼殿は、これからどのように動かれますか?」

「これまでと同じように鬼を探し、殺そうと思う。最終選抜はまだ終わっていない。気を抜くには早かろう」

 

 ……なるほど、その通りだ。

 

 異形の鬼を、恐らくこの山で最も強い鬼を倒したとはいえ、それで選抜が終わった訳ではない。

 悲鳴嶼殿の言う通り、ここで気を緩めていては足元を掬われてしまうだろう。

 

「では、私は行く。また会おう、穂群」

「はい。御武運を」

 

 闇夜に消える悲鳴嶼殿の背中を見送り、私もまたくたびれた体に活を入れて立ち上がった。

 

 そうして迎えた、二日後の朝。

 あれから何事もなく夜を乗り越えた私は藤襲山を下り、最初に集まった広場に戻ってきた。

 

「やはり君は生き残るだろうと思っていたよ、静里」

「……お館様」

「ふふっ、もう前のようには呼ばないのかい?」

「鬼殺隊の一員となる以上、相応しい呼び方と態度があると思いましたが故」

「そう。私はどう呼ばれても構わないのだけど、君がそう決めたのであればこれ以上言うことはないよ」

 

 七日前と同じ場所で、白い髪の女性──奥方のあまね様というらしい──と並び立つお館様の前に跪く。

 

「さて、あらためて久しぶりだね。彩は元気かな?」

「はい。未だに声は戻っていませんが、煉獄家にて日々健やかに過ごしています」

「それはよかった。静里も大変だっただろう? 最終選抜を前に槇寿郎があんな状態になってしまって」

 

 煉獄師範(せんせい)の名前が出たことに、私は思わず頭を上げる。

 だが、よくよく考えてみれば疑問はすぐに氷解した。

 

 煉獄師範(せんせい)は九人しかいない柱の一人、鬼殺隊の誇る最強戦力の一角だった。

 当主であるお館様なら、そんな師範(せんせい)が剣を捨てた理由や、柱を退いた現在はどのように過ごしているのかを把握していたとしても不思議ではない。

 

「間が悪かった、とでも言えばいいのかな。任務の失敗と妻の病死、畳みかけるように起きた二つの出来事に、槇寿郎は酷く打ちのめされてしまったんだ」

「任務の失敗……ですか……?」

 

 初耳だ。

 私はてっきり、瑠火様の死だけが煉獄師範(せんせい)を苛んでいるのだとばかり思っていた。

 

「十二鬼月が出たんだ。それも上弦の伍の鬼が」

「っ!?」

 

 十二鬼月。

 鬼舞辻無惨直属の配下とされる十二体の鬼である。

 そして上弦とは十二鬼月の上位六体を指しており、上弦の伍ということはすなわち、存在する鬼の中で五番目に強い鬼ということだ。

 

「任務中に上弦の伍と鉢合わせた剣士(こども)たちが応援を要請、槇寿郎は当時の風柱と共に現場へ急行した。だが彼らが到着した頃には、剣士(こども)たちは鬼の言う()()として惨殺されてしまっていたそうだ」

「……それから、どうなったのですか?」

「槇寿郎たちは上弦の伍と交戦したよ。けれど倒すことは出来ず、鬼の生み出した手勢によって多くの人々が犠牲となった。何より……長い戦友だった風柱が槇寿郎を庇って命を落としてしまった」

 

 言葉が出なかった。

 

 惨殺された仲間。

 護れなかった人々。

 己を庇い、散った戦友。

 

 追い討ちをかけるように届いた、瑠火様の訃報。

 

 そうして煉獄師範(せんせい)は、折れてしまった。

 瑠火様だけではない、もっと多くの人の死が、師範(せんせい)をあそこまで追い込んでいたのだ。

 

「静里、どうか槇寿郎を気にかけてあげてほしい。君だからこそ出来ることもあると思う。言われるまでもないかもしれないけれど、当主である私からのお願いだ」

「……御意」

 

 私はどうにか声を絞り出し、静かに頭を垂れた。

 

 お館様との話が終わって数分後、悲鳴嶼殿が下りてきた。

 どうやら悲鳴嶼殿もお館様とは面識があるようで、私と同じようにお館様の前に跪いては、親しげにかけられた言葉に涙していた。

 

「お館様、刻限です」

「そうか。では、これにて最終選別を終了する。静里、行冥、合格おめでとう」

 

 最終選抜の終了がお館様より告げられる。

 

 二十人近くいた受験者で、生き残ったのはたったの二人だけだ。

 合格した喜びより、あれだけの人が死んだという事実に胸が痛む。

 

「まずは君たちに隊服を支給しよう。寸法を測り、それから階級を刻む」

「階級、ですか?」

「うん。鬼殺隊には階級が十段階あってね、上から順番に(きのえ)(きのと)(ひのえ)(ひのと)(つちのえ)(つちのと)(かのえ)(かのと)(みずのえ)(みずのと)となっている。二人は選抜に合格したばかりだから、一番下の(みずのと)ということになるね」

 

 階級か。

 実力を示す客観的な指標にはなるだろうが、それ自体に意味はないと考えていいだろう。

 大切なのは本人の強さだ。(みずのと)でも鬼を倒し、人を護ることが出来るのなら、私にとっては階級の上下は関係ない。

 

「次に、隊士となる君たちには鎹鴉をつけさせてもらうよ。任務の連絡などは全て鎹鴉を通して行われるから、扱いは大切に」

 

 パンパンとお館様が手を叩けば、空から二羽の鴉が私たちの肩に降りてくる。

 

「では最後に……あちらから刀を作る鋼を選んでおくれ」

 

 ずらりと並べられた数々の鋼を前に、質の良し悪しなど分からない私はむぅと唸る。

 ちらりと横に目を向ければ、悲鳴嶼殿もどの鋼にするか迷っているようだった。

 

 悩むこと約十秒、おもむろに一つの鋼へ手を手を伸ばした。

 

 明確な理由はない。

 直感に従って選んだが、この場合はそれが最適解だと思えた。

 

「私は、これにします」

「では、私はこれを」

 

 それぞれ鋼を選んだ私たちに、お館様は「決まったようだね」と微笑む。

 

「刀は十日から十五日で出来上がるから、完成次第すぐに届けよう。そうすれば任務も通達される。期待しているよ、静里、行冥」

 

 御意、と。

 私と悲鳴嶼殿、二人の返事が重なった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 体の寸法を測り、隊服が支給されると、私たちはそれぞれの帰路についた。

 

 悲鳴嶼殿とはあれ以降、特に言葉を交わすことなく別れたが、あの人の実力なら遅れを取ることなどそうそうないだろう。

 同期であるなら合同で任務に赴くこともある筈だ、生きていれば近いうちにまた会える。

 

 煉獄家の屋敷に帰りたい気持ちを抑えつつ、先に狭霧山の鱗滝師範(せんせい)のもとへ足を運ぶ。

 

 帰ってきた私を見るなり、真っ先に飛びついてきたのは真菰だ。

 続いて鱗滝師範(せんせい)が「よく帰ってきた!」と真菰ごと私を抱き締め、遅れてやってきた錆兎殿と冨岡殿も加わり、涙と笑顔とで大騒ぎとなった。

 

 皆が落ち着いた頃合いを見計らい、私は藤襲山で起きたことを話した。

 異形の鬼が鱗滝師範(せんせい)の教え子を喰らっていたこと、そしてその鬼を討ち兄弟子たちの無念を晴らしたこと、それらを全て伝えると、師範(せんせい)は嗚咽混じりに感謝を告げた。

 また、このとき私は初めて師範(せんせい)の素顔を見た。

 天狗の面に長らく隠されていた顔は、想像よりもずっとずっと優しかった。

 

 その日は狭霧山で一夜を明かし、翌日の早朝、私はあらためて煉獄邸へと出発した。

 

 鱗滝師範(せんせい)曰く、順調にいけば来年にも錆兎殿と冨岡殿が最終選別へと向かうとのこと。

 それを聞き、あの鬼を仕留めることが出来てよかったと、心の底から安堵した。

 

 私が奴を逃したばかりに二人が犠牲になるようなことがあれば、どれだけ悔やんでも悔やみきれない。

 助力してくれた悲鳴嶼殿には、やはりもう一度礼を言わなければならないだろう。

 

 ただし、たとえあの鬼がいなくとも最終選別は困難を極める。

 経験や所感は余すことなく語ったが、無事に生き残り合格出来るよう、二人には最後まで鍛練を続けてもらいたいものだ。

 

 一年先の選別に思いを馳せつつ、休憩を挟むことなく帰路を駆ける。

 一秒でも早く彩のもとへ行き、あの子を安心させてあげなければならないと、内に灯る使命感が声を上げていた。

 

 最終選別を通して、全集中の呼吸も随分と淀みなく行えるようになった。

 同じ道を走っているにもかかわらず、行きと帰りとで感じる負担が全く違うのである。

 時間にすれば僅か七日だが、成長の度合いなら数ヶ月分の鍛練にも匹敵するかもしれない。

 

「……帰ってこれたな」

 

 周囲の景色が馴染みあるものへと変わっていくにつれて、胸の奥がじんと熱くなる。

 最初から死ぬつもりは毛頭なかったが、こうして帰ってくることが出来たとなると、やはり感慨深いものがあった。

 

 門をくぐり、敷居を跨ぐ。

 万感の思いを込めて、私は声を張り上げた。

 

「穂群静里、ただいま帰りましたっ!」

 

 思えば、最初にここへ来たときもこうして声を張り上げていたような気がする。

 

 不意に覚えた妙な既視感に苦笑をこぼしていると、バタバタという複数の足音が戸の向こうから響いた。

 

 そして、戸が開け放たれる。

 

 私の帰りを待っていた最愛の家族が今、胸に飛び込んでくる。

 

「──ただいま、彩」

 

 ああ、駄目だな。

 言いたいことが色々あって、ちゃんと考えていた筈なのに、全て吹き飛んでしまった。

 

 私は生きている。

 生きて、またここに帰ってこれたのだ。

 

「よくぞ戻ってきた! 静里殿!」

「しずりさん! おかえりなさい!」

「はい……! ただいま帰りました……!」

 

 彩の後に続いたのは、杏寿郎殿と千寿郎殿だ。

 視界が滲んでよく見えないが、声で二人を理解する。

 

「過酷な選別で疲れているだろう、今はゆっくり休んでくれ! 今夜はご馳走を作ってもらおう! 静里殿の帰還を祝って、美味いものをたくさん食べよう!」

 

 ありがとうございますと、目尻を拭い、杏寿郎殿の厚意に頭を下げる。

 そして顔を上げた私は、そこでようやく気がついた。

 

「杏寿郎殿……その頬は、どうされたのですか?」

 

 ()()()()()

 杏寿郎殿の左頬が、痛ましく腫れていたのだ。

 

「ん……ああ、これか。これは……そう……転んでぶつけたのだ! 鍛練で疲れていたからか、注意が疎かになってしまっていてな! 我ながら情けない限りだ!」

 

 嘘だ。

 転んでぶつけた傷ではないことくらい、誰が見ても一目で分かる。

 あの傷は、そう、まるで誰かに殴られたかのような──。

 

「……千寿郎殿、一体何があったのですか?」

「そ、それは……」

「静里殿! 千寿郎は関係ない! これは俺が──」

 

 ごめんなさい、杏寿郎殿。

 でも、私は訊かなくてはいけないのです。

 私がいない間に、この家で何が起きていたのかを。

 

「ぼくが、わるいんです……。ぼくがさみしくて、ははうえのへやでないたりするから……それで、ちちうえが」

「……煉獄師範(せんせい)が?」

「ちちうえが……おこって……。でも、あにうえがぼくのかわりに……!」

「うん……分かりました。辛かったでしょう? 教えてくれてありがとうございます」

 

 泣き出しそうになってしまった千寿郎殿をそっと抱き締め、慰める。

 

「杏寿郎殿、説明していただけますか?」

「……俺にも詳しいことは分からない。騒々しさに様子を見に行くと、父上が千寿郎に手を上げんとしていたのだ。千寿郎に怪我はなかったが、父上はすぐにいなくなってしまったからな……」

 

 その表情に影を落とし、苦々しげに語る杏寿郎殿。

 

 ギリッ、と。

 噛み締めた奥歯が音を立てた。

 

「……師範(せんせい)は部屋におられますね?」

「静里殿、何を……?」

「最終選別から戻ってきたことを報告と、少し話を窺うだけです。心配はいりません」

「なっ……!? 待ってくれ静里殿!?」

 

 杏寿郎殿の静止を振り切り、煉獄師範(せんせい)の私室に向かった。

 

*1
約三〇センチ




 この頃の悲鳴嶼さんは多分二メートルくらい。原作時点だと二メートル二十センチだとか。
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