不滅の焔、煌々と燃ゆ   作:ユータボウ

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 主人公、キレる


吐露

「煉獄師範(せんせい)、静里です。少しよろしいですか?」

「……」

 

 返事はない。

 だが、気配はある。

 

 部屋に煉獄師範(せんせい)が間違いなくいることを確かめてから、「失礼します」と戸を開けた。

 

「……帰ってきたのか」

「はい。穂群静里、最終選別を突破し、ただいま戻りました」

「……そうか」

 

 布団に寝そべる煉獄師範(せんせい)は、こちらには目もくれない。

 素っ気ないその態度は言外にどうでもいいと言われているようで、分かってはいたが少しだけ悲しくなった。

 

 ……いや、今は気落ちしている場合ではないな。

 

「用はそれだけか? 済んだならさっさと出ていけ」

「お訊きしたいことがあります。何故、千寿郎殿に手を上げんとし、そして杏寿郎殿を殴ったのですか?」

 

 私の問いに、煉獄師範(せんせい)の肩がかすかに揺れる。

 

「……お前には関係ない」

「尊敬する恩師が、我が子を殴ったのですよ? 杏寿郎殿も千寿郎殿も、私にとっては家族同然です。これが口を挟まずにいられましょうか」

 

 落ち着け、熱くなりすぎるな。

 あまり感情的になってはいけない。

 冷静に、言葉を選べ。

 

「千寿郎殿が瑠火様の部屋で泣いていたと聞きました。それに師範(せんせい)がお怒りになられたとも。一体、何がいけなかったというのですか?」

「……泣き声が耳障りだっただけだ。いつまでもめそめそとして、お前の妹のように静かであればいいものを」

「彩は、っ……いえ、それよりも千寿郎殿はまだ四つです。他界された瑠火様を恋しく思うのは当然のことではありませんか! 何もそこまで腹を立てなくとも──」

「うるさい」

 

 遮られる言葉。

 同時に溢れた怒気が部屋に満ちる。

 

「子供のくせに知ったような口を利くな。この俺に説教を垂れようなど、一体何様のつもりだ。分を弁えろ」

 

 おもむろに布団から起き上がり、振り返った煉獄師範(せんせい)が鋭い眼光を放つ。

 鬼殺隊の最高位まで上り詰めた人だけあって、その迫力は尋常なものではない。

 

 張り詰める緊迫した空気に息をすることも、身動ぎすることも儘ならない。

 この煉獄家に来て初めて、私は煉獄師範(せんせい)を怖いと思った。

 

 怯むな。臆するな。

 目を逸らしては負けだ。

 なんのためにここにいるのか思い出せ。

 

「なんだ、その目は? 俺に言いたいことでもあるのか?」

「……最終選別終了後、お館様より直接お話を伺う機会がありました。瑠火様が亡くなる少し前、師範(せんせい)が向かった最後の任務について。そして……そこで何があったのかも」

「っ!」

 

 私を睨みつけていた煉獄師範(せんせい)の目が、驚愕に見開かれる。

 

「当事者ではない私に師範(せんせい)の気持ちは分かりません。出来るのは精々、酷く大変な思いをされたのだろうと推測することぐらいです」

「……」

「風柱様を含めた多数の犠牲に、妻である瑠火様の死。立て続けに起きたこれらの出来事に師範(せんせい)が苦しみ、憔悴されてしまうのも……無理はないことと愚考します」

「……れ」

「ですがそれでも、ただ寂しさに泣いていただけの我が子に怒り、暴力を振るうなど、いくら煉獄師範(せんせい)とはいえ看過出来ません……! 私には師範(せんせい)の行動が、八つ当たり以外の何物にも思えない。今回の件は師範(せんせい)から謝罪を──」

「黙れッ!!」

 

 瞬間、左頬を衝撃と痛みが走る。

 殴られたのだと頭が認識したのは、少し遅れてからのことだ。

 

 乾いた音が部屋に響き、吸い込まれるように消えていった。

 

「知ったような口を利くなと言った筈だ! お前に、俺の何が分かる!?」

 

 額に青筋を立て、眉を吊り上げた煉獄師範(せんせい)が、怒声を吐きかける。

 

「幼少期から欠かさず鍛練をしてきた。今は亡き先代のような剣士にならんと、努力を怠ったことは一度もなかった。隊士となってからも、そして炎柱まで上り詰めてからも、日々研鑽を続けた! 全ては無辜の民を護る、そのために!」

 

 それなのに、と。

 煉獄師範(せんせい)は爪が掌に食い込むほど強く手を握り締める。

 

「俺の磨き上げてきた技は通じなかった! ()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 絶叫と共に、一筋の涙が頬を伝う。

 

「多くの者が死んだ! 民が、部下が、そして友が、俺が無能なために命を落とした! その挙げ句、瑠火までもが……!」

 

 止まらない。

 胸の内に秘められていた煉獄師範(せんせい)の苦悩が、堰を切ったように流れ出す。

 

「護るべきものを何一つ護れなかった俺の気持ちが、お前などに分かって堪るものかッ!!」

 

 その叫びはどこまでも悲しく、そして痛ましく。

 私の心に入り込んでは、強く揺さぶる。

 

 己が長きに渡って磨き続けてきた剣が届かないと思い知ったとき、どれほどの絶望が煉獄師範(せんせい)を襲ったのだろうか。

 

 上弦の鬼は強い。

 歴代炎柱の書には、百年以上前から上弦の鬼による被害が記されていた一方、上弦の鬼が討伐されたという情報は一切書かれていなかった。

 つまり、上弦の鬼は百年以上前から現在に至るまで生き残っているということだ。

 

 煉獄師範(せんせい)の戦った上弦の伍も詳しいことは分からないが、恐ろしく強大な相手だったに違いない。

 現に鬼殺隊の最高戦力である柱が二人がかりでも倒せず、逆に犠牲が出てしまった。

 

 だがそんな相手ですら、鬼の中では上から数えて五番目なのである。

 

 ならばこれよりも強いとされる上弦の肆は? 参は? 弐は? 壱は?

 棟梁たる鬼舞辻無惨は?

 

 煉獄師範(せんせい)も同じことを考えた筈だ。

 そうして、刻まれた無力感と敗北感に打ちのめされた。

 ほどなくして瑠火様も亡くなり、唯一無二の支えすら失って、失意の底まで沈んでいった。

 

 ……苦しかった。

 ……悲しかった。

 

 煉獄師範(せんせい)の味わった思いを分かるだなんて言うことは絶対に出来ないけれど、溢れ出た感情は痛いくらいに伝わってきた。

 

 誰も責められない。

 大切なものを矢継ぎ早に取りこぼし、絶望した煉獄師範(せんせい)を、一体誰が批難出来ようか。

 そんなことが出来るとすれば、それこそ師範(せんせい)の最愛の妻であった瑠火様くらいなものだろう。

 

「……ええ、分かりませんよ。話を聞いただけの私に煉獄師範(せんせい)の胸中が分かるなど、軽々しいことを言える訳がありません」

 

 だから──()()()()()()()

 

「しかし師範(せんせい)……お言葉ですが、それとこれとは話が別です。今のお話が杏寿郎殿らに手を上げていい理由には決してなりません。お二人に、謝っていただきたい!」

 

 言い放った私は、平手ではなく今度こそ拳で殴り飛ばされた。

 

 血の味がする、どうやら口の中を切ったようだ。

 殴られた頬と打った背中が痛い。

 

「静里、もう一度言ってみろ……!」

「ゲホッ……! ええ、何度でも言いましょう。杏寿郎殿と千寿郎殿に、謝ってください」

 

 胸ぐらを掴まれ、引っ張られる。

 激怒した煉獄師範(せんせい)の顔が、目の前にあった。

 

「煉獄師範(せんせい)は先程、護るべきものを何一つ護れなかったと仰いましたね? その護るべきものの中に、杏寿郎殿と千寿郎殿はいないのですか!?」

 

 煉獄師範(せんせい)の胸ぐらを掴み返し、引き寄せる。

 

 額と額がぶつかり合い、鈍い音と痛みが生まれた。

 

「杏寿郎殿たちは師範(せんせい)の御子息でしょう!? 師範(せんせい)の愛した瑠火様がお腹を痛めて産んだ、お二人の血を分けた我が子なんです! 瑠火様が亡くなった今、彼らはあなたにとって、何よりも大切な忘れ形見ではありませんか!!」

 

 動揺がありありと浮かぶ瞳に向かって、精一杯吼える。

 

 どの口が言うのだと、耳元で何かが囁く。

 

 分かっているさ。

 こんな大口を叩けるほど大した人間ではないことくらい、私自身が一番よく理解している。

 

「不条理に立ち止まったことについて、私は何も言えません。ですがどんなに辛くても、どんなに苦しくても、他ならない師範(せんせい)があの子たちを傷つけちゃいけないんです! 父親であるあなただけは、絶対に!」

 

 だが煉獄師範(せんせい)にこう言えるのは、恐らく私だけだ。

 

 家族のようでありながら、私と師範(せんせい)はどこまでも他人でしかない。

 血の繋がりが一切ないからこそ、外から見た家族の大切さを説くことが出来る筈なのだ。

 

 お館様はこう言っていた。

 私だからこそ出来ることもある、と。

 

 今なら分かる、お館様は遠くないうちにこうなることを見通していた。 

 だから煉獄師範(せんせい)の弟子である私にあの言葉を託したのだろう。

 そのときになって迷うことのないように。

 

「今を生きている二人のことも、ちゃんと見てあげてくださいよ! 亡くなった人たちだけではなく!」

 

 ここで黙っていては、また同じようなことが繰り返される。

 杏寿郎殿たちは強くて優しいから、理不尽な仕打ちでもきっと受け入れてしまう。

 

 そんなのは、あまりにも悲しすぎる。

 

「俺は……俺は……」

 

 胸ぐらを掴む手が、ゆっくりと(ほど)ける。

 私もまた手を離せば、煉獄師範(せんせい)はその場に力なく座り込み、項垂れた。

 

 そこには怒りも熱もなく、ただただ諦観と虚しさだけが漂っていた。

 

「俺は……もう駄目なんだ。あの子たちにどんな顔をすればいいのか分からない。無様に生き恥を晒すことしか出来ない俺が、今更どう向き合えばいいと言うのだ……」

 

 一滴、また一滴と、嗚咽と共に涙が落ちては畳に染みを作る。

 

「もう放っておいてくれ……。俺にはあの子たちの前に立つ資格はない」

「……親が子の前に立つのに資格なんて必要ありませんよ。杏寿郎殿たちは、煉獄師範(せんせい)のことを待っているんです。あなたが挫けてしまったあの日から、ずっと」

 

 だから、

 だからどうか──、

 

「歩み寄ることを恐れないでください」

 

 最後に礼をし、私は部屋を後にした。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 最終選別から二週間、杏寿郎殿と鍛練に打ち込む私のもとにその人はやってきた。

 

「穂群静里という子はおるかな?」

 

 ひょっとこの面をつけた、声色から推測するに高齢の男性。

 私の知り合いにこんな怪しい風貌をした人物はいないが、しかし最終選抜を終えた今は一つだけ心当たりがあった。

 

「……もしや、日輪刀の」

「うむ。儂の名前は鉄井戸という。お前さんの使う刀を打った者だよ」

「なんと……。遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます」

 

 ついに、ついにこのときがきた。

 待ち望んでいた瞬間がようやく訪れた。

 

 面の男性、鉄井戸さんに頭を下げ、早速屋敷に上がってもらう。

 

「日輪刀は猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石を原料に作られる。陽光山という一年中陽が射す山でしか採ることが出来ないこれらは、陽の光を吸収する特殊な鉄でね」

 

 だからこそ鬼を殺すことが出来るのさ、と。

 鉄井戸さんは語りながら、私たち四人の前で背負っていた木箱をゆっくりと開けた。

 

 黒い鞘に収まった一本の長刀。

 これが、私の日輪刀か。

 

「さぁ、刀を抜いてみなさい」

 

 頷き、日輪刀を抜き放つ。

 光を反射して微かに輝く鋼色の刀身は、素人目から見ても相当な業物であることが伝わってくる。

 

 そして、()()()()()()()()

 

 私たちの見守る前で、鍔から切っ先にかけてがみるみるうちに染まっていく。

 

 鮮やかな赤より深い、血のような真紅へと。

 

「よもや……!」

「わぁ……!」

「──」

 

 杏寿郎殿、千寿郎殿、彩の三人が揃って感嘆の念を示す。

 

「気に入ってもらえたかな?」

「──ええ、とても。素晴らしい刀を打ってくださり、ありがとうございます」

「それは何より。儂も苦労した甲斐があったというものじゃ」

 

 面をずらし、鉄井戸さんがふっと微笑する。

 

 ようやくだ。

 家族を喪い、鬼殺隊を志すようになったあの日からおよそ二年の時が流れた。

 そして今日、この瞬間、ようやく私は本懐を遂げるための第一歩を踏み出すことが出来るのだ。

 

 彩を、彩が平穏に生きていける未来を、戦う術を持たない全てのか弱き人々を、この手で護る。

 鬼を狩る者として、己が責務を全うする。

 

 そのために私は、ここにいるのだから。

 

「穂群静里、穂群静里」

 

 不意に名を呼ばれ、意識が引き戻される。

 視界の端、縁側に鎹鴉が舞い降り、開けていた戸から部屋に入ってくる。

 

「鬼殺隊トシテノ最初ノ任務を伝達スル。傾聴セヨ」

「!!」

 

 任務の伝達、その一言に部屋を緊張が走った。

 

「目的地ハ西。ソノ村デハコノ十数日で行方不明者ガ多発シテイル。直チニ向カイ、調査スルノダ」

 

 西の村で、行方不明者。

 告げられた内容を復唱すると、鎹鴉は肯定するように鳴いてから部屋を出ていった。

 

「行くのかい?」

「はい。日輪刀、大切に使わせていただきます」

「うむ。ただ、本当に大切なのは我が身だということを忘れてはならん。刀は儂がまた作ればいいが、お前さんの命はそうではない」

 

 鉄井戸さんは彩や杏寿郎殿らを一瞥し、そして私に視線を戻す。

 

「生きて帰ってきなさい。まだ幼いその子らのためにも」

「無論、そのつもりです」

 

 日輪刀を片手に一度自室に戻り、隊服へと着替える。

 

 身に纏う隊服は男性用のものだ。

 最初に渡された一式は何故か胸元や脚部の露出が多く、機能面に不安があったため変更してもらった。

 隊服は鬼の攻撃から身を守る防具でもある、必要以上の露出は合理的ではない。

 

 腰に日輪刀を差し、最終選抜のときに使った襟巻きと羽織を着用、これで準備は整った。

 

 鬼殺隊に入隊して初の任務、恐らく敵は最終選別で倒したような、ほとんど人を喰っていない鬼ではない。

 人を喰らえば喰らうほど鬼は力を増す、最低でも最後に戦った異形の鬼程度の力はあると考えていいだろう。

 鬼との戦いは命懸け、敗北はすなわち死を意味する。

 

 負けるつもりは毛頭ない。

 そのためにこれまで、血の滲むような鍛練を続けてきたのだから。

 

「……静里」

「……煉獄師範(せんせい)

 

 廊下を進み、曲がり角に差しかかったところで、向こうから歩いてきた煉獄師範(せんせい)と鉢合わせる。

 部屋で過ごしているのだと思っていた私は、その遭遇に少しばかり面食らってしまう。

 

「……任務に行くのか」

 

 ちらと隊服と日輪刀に目をやった煉獄師範(せんせい)が、おもむろに口を開く。

 

「はい。今しがた鎹鴉より伝令がありましたので、ただちに向かおうと思います」

「……そうか」

 

 その一言で話は終わった。

 

 私は頭を下げ、煉獄師範(せんせい)の横を通り抜ける。

 

「静里」

 

 足が、止まる。

 

「……生きて戻れ」

 

 振り返ったとき、そこに煉獄師範(せんせい)の姿はなかった。

 その場に立ち尽くすこと数秒、やがて込み上げてきた感情に口元が緩む。

 

「──はい。必ず」

 

 さぁ行こう。

 玄関で、彩たちが待っている。

 




 鉄井戸さんは時透君の刀を打ってた人です。病気で亡くなるけど。

 とりあえずこれで第一部的なものは終わりという感じです。次回からは不定期更新となります。
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