「しつこいぞ、お前」
「どこまでも追いかけるぞ。お前の頸を刎ねるまでは」
「ちっ。面倒な奴め。これじゃあ静かに食事も出来やしない」
ふっと息をつき、その鬼は仰々しく肩をすくめる。
「まぁいい。夜は長いんだ。お前を殺してからゆっくり楽しむとしよう」
血鬼術
串刺し隆起
──来る!
足元に生じた違和感に駆け出した瞬間、私の立っていた地面が盛り上がる。
その切っ先は槍のように鋭く、棒立ちのままなら確実に穿たれていた。
「クククッ、踊れ鬼狩り!」
鬼の声に呼応してあちこちから土の槍が突き出す。
足を止めることは一瞬たりとも許されない状況、目を動かし続けて見つけた空間に体を滑り込ませる。
「馬鹿が。──砕ッ!」
瞬間、轟音と共に槍が炸裂し、大小様々な大きさの破片が辺りに降り注ぐ。
全集中・炎の呼吸
捌ノ型──渦巻く業火
「ふっ!」
身を捻り、斬撃と共に回転。全方位から飛来する破片を全て叩き落とす。
土煙が晴れると周囲には惨状が広がっていた。
地面には破片が刺さり、抉られ、木々は折れて倒れている。
もし今の血鬼術が人々の暮らす村や町で放たれていれば、決して少なくない被害が出ていたことだろう。
しかし幸いにもここは林道、護る人命は自分のものだけでいい。
「さっさとくたばれ!」
疾駆。
息つく間もなく襲いくる血鬼術を躱し、最短距離で鬼との距離を詰める。
難しく考える必要はない、私のすべきことは最初から決まっている。
どんな鬼であっても頸を斬れば絶対に仕留めることが出来るのだ。
炎の呼吸
壱ノ型
血鬼術
「──不知火」
「──厚土の層壁!」
振り下ろされた刃の前に、血鬼術で作られた土の壁が立ちはだかる。
怯むな。
私なら、斬れる!
刀身から迸る焔が勢いを増し、壁と、その向こうにいる鬼の体を焼き焦がす。
「グァッ!? この、人間風情が!」
炎の呼吸
陸ノ型──灼撃・三連
生み出された二本の土槍、それらを最初の二振りで退け、踏み込んで頸を間合いに捉える。
最後の一閃を振りかぶる私に、鬼の目がカッと見開かれた。
「──」
鬼が何かを言ったような気がする。
だがその言葉は頸を断つ音に遮られ、耳に届くことはなかった。
頸を斬ったからといってすぐに気を抜いてはならない。
かつて日輪刀が届く寸前で自ら頸を落とし、あたかも決着がついたかのように見せかけ、気を緩めたところを奇襲してきた鬼がいた。
当時はどうにか事なきを得たが、それ以降、亡骸が完全に消えるまでは臨戦態勢を解かないようにしていた。
「……鴉、
「承知。最モ近イ藤ノ花ノ花紋ノ家ハココカラ南ダ。次ノ任務マデ待機シテオケ」
「分かった」
鎹鴉を通して事後処理を依頼し、この場を後にする。
私が鬼殺隊に入隊してから、早いもので半年が過ぎようとしていた。
伝達された任務に赴き、暇を見つけては煉獄家に帰る。
この半年の間で私がしていたことと言えば、その繰り返しに他ならなかった。
ただ、最近はその暇すらもなかなか作ることが出来ないでいた。
仕事を一つ終えればまたすぐに別の指示を言い渡され、東奔西走することが増えてきている。
最後に煉獄家に帰ったのはもう一ヶ月も前の話だ。それから今日に至るまで、ひたすら任務に従事している。
鬼殺隊の現状は一隊士に過ぎない私でもある程度は把握している。
最終選別を合格して入隊する者は一年でたった数人、一方で負傷者や死傷者が絶えることはない。
しかし鬼による被害は毎日のように報告され、対処は新人や熟達の隊士を問わず、全て動ける者へと回される。
この半年で
階級が上がり実力ある者として認められたことも、割り振られる任務の量と関係があるのだろう。
多忙であることが悪いとは言わない。
いや、鬼を狩ることが彩や他の誰かを護ることに繋がるのだと考えれば、むしろ望むところですらある。
もし私が本当に独りであったなら、全てを擲って鬼狩りの使命を全うする、そんな選択肢も選べた筈だ。
だが、私には彩がいる。
まだ小さいあの子の傍には、唯一の肉親である私がなるべく寄り添ってあげなければならない。
数日に一度は手紙も出しているし、杏寿郎殿と千寿郎殿だっていてくれているが、やはりきちんと顔を見せてあげられることが一番だ。
たった一人の妹が寂しい思いをしていないか、それだけが気がかりだった。
……それを分かっていてなお鬼狩りを優先してしまう私は、我ながら全くもって度しがたい。
「穂群静里、コッチダ」
鎹鴉の案内に従い、太陽が昇っている間に目的地へと足を運ぶ。
今回は他の隊員との合同任務だそうで、協力者との合流を優先する手筈となっている。
そうしてやってきた場所にあったのは、数ヶ月ぶりの再会となる同期の姿だった。
「お久しぶりです、悲鳴嶼殿」
「その声、穂群か。では、此度の協力者というのは……」
「ええ。どうやらそのようです。よろしくお願いします」
「うむ。こちらこそ頼りにさせてもらおう」
再会を喜ぶこともそこそこに、私たちは早速任務について情報を交換する。
「今回の任務、最初に向かった隊士と連絡が取れなくなったと聞いていますが」
「私もそうだ。経験を重ねてきた
私も悲鳴嶼殿も連絡が取れない、消息不明という言葉を使ってこそいるものの、件の隊士の生存が絶望的であることは口に出さずとも理解している。
その気持ちを代弁するように、悲鳴嶼殿の目からつぅと一筋の涙が流れた。
「……十二鬼月という可能性は?」
「ないとは言えまい。だからこそ、階級上位の我らに指示が下ったのだろう」
なるほど、やはりか。
仮に今回の敵が十二鬼月であった場合、下弦ならばともかく、上弦ならば勝ち目は万が一にもない。
悲鳴嶼殿の強さは私もよく知るところではあるが、上弦中でも下位である伍に煉獄
この先、何が待っているかは確かめてみなければ分からない。願わくは上弦の鬼であってほしくないものである。
「では行くぞ」
「はい」
情報のすり合わせを終え、いよいよ鬼の潜む渓谷に足を踏み入れる。
捜索にあたって、私たちは二手に分かれることを選択した。
二手に分かれてしまえば、鬼との戦闘を一人でせざるを得なくなり、各個撃破される危険も出てきてしまう。
既に先行した隊士がやられてしまっている以上、行動を共にする方が無難ではあるだろう。
だが、固まって行動するより別々に動いた方が、鬼や鬼の痕跡を見つけやすいというのもまた事実だ。
犠牲者を増やさないためにも一刻も早く鬼を発見して討たなければならず、あまり時間をかける訳にはいかないのである。
何かあれば鎹鴉ですぐに連絡するよう決め、私たちはそれぞれ別々の方向へ進んだ。
悲鳴嶼殿は大丈夫だろう。
あの人は強い、私よりも遥かに。
恵まれた体格と高い身体能力、そして鉄球と斧を鎖で繋いだ特殊な武器を使いこなし、鬼の頸を頭部ごと叩き潰していた。
最後に会った数ヶ月前ですら凄まじい力を発揮していたのだ、当時より実戦を経た今、どれほどの実力を秘めているのか計り知れない。
もし私が先に鬼を見つけ、そしてその鬼が私の手に余ったときは、悲鳴嶼殿の加勢を待つことになるだろう。
あの人が合流するまでの間、なんとしてでも生き残らなければならない。
相手がどれだけ強くとも、必ず。
ただ一口に強い鬼と言っても、そういった鬼には主に二つの種類がある。
一つは単純な身体能力や経験でこちらを上回ってくる鬼、もう一つは対策なしには苦戦を強いられる強力な血鬼術──幻覚や毒など──を使う鬼だ。
今回の敵がどちらなのか現時点では不明だが、厄介なのは圧倒的に後者である。
最悪の場合、何も抵抗出来ないまま一方的に殺されることになる。それだけは私としても願い下げだ。
直感に身を任せ、鬼を探すこと一時間ほど。
やがて辿り着いたその場所は、木々の生い茂る周囲に比べて不自然なほどに開けた空間だった。
微かに残留する臭いは、何かが焦げたときのそれとよく似ている。
怪しさに目を凝らした私は、雲の切れ間から射す月明かりが何かに反射するのを見逃さなかった。
「……見つけた」
薄い青色をした刃物の欠片。
間違いない、日輪刀の刀身だ。
となるとこの空間は、鬼との戦闘によって生まれたのか。
理解した刹那、その場から即座に飛び退く。
「アァ? なんだ、バレてたのかよ」
鬼。
左右と、背中からも二本、合計で四本の腕を持つ鬼だ。
その腕が伸縮し、鞭のようにしなって私へと迫る。
「まぁいい。とりあえず、大人しく死んでくれよォ!」
「っ、鴉!!」
頭上を旋回する鎹鴉に向かって叫び、前へ飛び出す。
炎の呼吸
肆ノ型──盛炎のうねり
焔が猛り、鬼の腕を複数本まとめて斬り飛ばした。
だが、次の瞬間にはまた別の腕が振るわれ、近付こうとする足が止められる。
巧い。
戦法としては最終選抜で戦った異形の鬼に通じるところがあるものの、速度や狙いの正確性は全く比にならない。
どうやら四本の腕の内、二本は正面から、そしてもう二本は死角や足元を狙っているようだ。
距離を取り、日輪刀の届かない場所から手数で正確に攻める。
鬼殺隊と戦う上で、思わず悪態をつきそうになるくらいには理に適った戦い方だった。
「どうだ! 近付けねぇだろ! このまま嬲り殺してやるぜェ!」
「っ、やれるものなら!」
正面の腕を斬り、再生までの僅かな隙に前進。回り込むように左右から来る攻撃を、地面を転がり回避する。
炎の呼吸
弐ノ型──昇り炎天
立ち上がりから続けて日輪刀を振り上げ、左胸から肩口にかけてを斬り裂く。
頸から頭部にかけてを狙って放ったつもりだったが、既のところで反応されてしまったらしい。
「グッ!? この……!」
距離は取らせない。このまま張りつき、至近距離での戦闘に持ち込む。
日輪刀の間合いの内側にいるというこの状態は、鬼にとっても一歩間違えればすぐさま死に繋がる。
安全圏から攻撃していた先程までとは桁違いの緊張を、今の鬼は感じている筈だ。
思い知るといい。
命懸けで戦うということの重みを。
「畜生ッ! こいつ!」
一度接近して懐に入ってしまえば、流れはこちらへと傾き始めた。
手数の多さは変わらないが、距離が近すぎて鞭のごとき自由自在な使い方が出来ておらず、付け入る隙が多くなっている。
激しい攻防に意識を向けすぎるあまり、他のものへの注意が疎かにもなり始めているようだ。
……ならば、一つ試してみようか。
炎の呼吸
漆ノ型──陽炎
それはこれまでとは明らかに異なる、緩急のついた一撃。
常に力強く、真っ直ぐな剣ばかりに気を向けていた鬼は、この型を前に調子を狂わされる。
日輪刀が揺らぎ、次の瞬間には鬼の頭は宙を舞っていた。
「なん……だとォ……!?」
地面に落ちた鬼の表情は見えない。
それでも、どんな顔をしているのかは大方想像がついた。
やがて崩れ出し、塵へと還る鬼の体に、私は小さく息をつく。
鬼は倒した。とはいえ、決して油断してはならない。
私の予想が正しければ、恐らく──。
「うふふ、大したものね」
ほら、やはりだ。
この場に相応しくない喜色に満ちた笑い声に振り返り、日輪刀を構える。
少し離れた木の上、その太い枝に座って、
「こんばんは、綺麗な鬼狩りさん。今宵はいい夜ね」
トン、と地に降り立った
白い少女の鬼だった。
背中の半ばまで伸びた髪も、肌色も、その着物も全てが白く、儚げな雰囲気も相まって幽霊のような印象を受ける。
その左目に刻まれているのは、『下弐』の二文字。
「……十二鬼月」
「ええ、ご名答。わたくしは
答えない。
名前を訊き出すことが条件の血鬼術、という可能性がないとは言えない以上、不用意に喋るのは自らの首を絞めることとなりかねない。
「ふふっ、警戒しているのね。女の子の鬼狩りなんて久しぶりだったから、少しお話をしてみたかったのだけど」
「……」
「まぁいいわ。それより、貴方には感謝しましょう。わたくしの縄張りに土足で上がり込んだ不躾な鬼を退治してくれて、どうもありがとう」
鬼はそう言って頭を下げる代わりに妖艶な笑みを浮かべた。
先程からずっと隙を窺っているが、無防備に見えてもやはり十二鬼月だけはある。
どれだけ速く刀を振るおうが、この状態から仕留められる想像が全く出来ない。
「やめておいた方がいいわ。貴方にわたくしは倒せないもの」
「……やってみなければ分からない」
「そうね、少し前に来た鬼狩りさんも同じことを言っていたわ。でもやっぱり、わたくしには敵わなかった」
夜空を見上げ、鬼はふっと息をつく。
「もし鬼狩りさんが手を引くのであれば、わたくしは大人しく見逃しましょう。貴方はわたくしに勝ち目がなく、わたくしも無駄に命を危険に晒したくない。お互い、今ある生を大切にすべきではなくて?」
「そうしてお前は、また無辜の人々を喰らう訳か」
笑止千万。
やはり鬼はどこまでいっても鬼だ。
「見くびられては困る。私が自分の命が惜しいだけの人間だったなら、そもそも鬼殺隊になど入ってはいない」
「……理解出来ないわ。自分の命より大切なものが、この世にあるとでも?」
「あるさ。お前にはなくとも、私には」
彩を。
彩が平穏に生きていける未来を。
戦う術を持たない全てのか弱き人々を。
この手で護るためならば、この命など躊躇わずくれてやる。
「惡鬼滅殺。お前はここで倒れろ、十二鬼月」
燃え盛る意志を力に変えて、大きく一歩を踏み込んだ。