不滅の焔、煌々と燃ゆ   作:ユータボウ

9 / 14
下弦の弐

 真紅の刃が空を切る。

 私が日輪刀を振り下ろしたときには、鬼は既にその場から姿を消していた。

 

「やはり、こうなってしまうのね……」

 

 なら仕方がないわ、と。

 着地した鬼の両手に紫色の炎が灯った。

 

「では、貴方も焼き尽くしてあげましょう。肉片一つ残さず、ね」

 

 血鬼術

 紫炎滅却

 

 放たれる二つの火球。

 唸るような音を立てて直進するそれらに対し、大きく横に跳んで回避を試みる。

 

 が──予想通り、火球は私を追尾してくる。

 

「ふふっ、逃がさないわよ?」

 

 ならば、叩き落とすまで。

 

 全集中・炎の呼吸

 伍ノ型──炎虎

 

 地面を踏み締め、向かってくる火球へと日輪刀を振り下ろす。

 二つの炎がぶつかり合い、やがて炸裂しては周囲に衝撃と火の粉を撒き散らした。

 

「くっ……!」

 

 受け身を取って即座に立ち上がった私は、ちらと手元に視線を落とす。

 日輪刀は無事だ。刀身は溶けても歪んでもいない。

 一方でそれを握る私の手には火傷が走り、ヒリヒリとした痛みを発していた。

 

 開始早々、小手調べ程度の血鬼術を迎え撃っただけでこれだ。

 侮っていたつもりはないが、これが十二鬼月の力か。

 

「痛そうね、鬼狩りさん」

「別に。この程度、大した怪我じゃない」

 

 呼吸を整え、鬼に向かって疾駆する。

 「馬鹿な人」と嘲笑と共にこぼした鬼から、再び火球が撃ち出された。

 

 研ぎ澄ませ。

 伍ノ型は敵を抉り斬る一撃、あれでは力が強すぎて爆発させてしまった。

 もっと小さく、もっと鋭く、そしてもっと速く。

 洗練した刃でもって、斬り捨てる!

 

「はぁっ!」

 

 一閃。 

 真っ二つに斬り裂かれた火球は勢いを弱め、虚空へと霧散する。

 続けて迫る火球も同様にして無力化し、一気に距離を詰める。

 

「へぇ、やるじゃない」

 

 血鬼術

 爛れの吐息

 

「っ!」

 

 警鐘を鳴らす直感に従い、刀を振りかぶっていた状態から強引に身をよじる。

 直撃は辛うじて免れたものの、羽織の一部が息に触れる。

 

 炎上する。

 咄嗟に一部を斬り離そうとした私だが、予測とは裏腹に羽織が燃え上がることはなかった。

 

「……?」

 

 耐火性のある隊服──それでも十二鬼月の攻撃に耐えられるようにはなっていない──ならばいざ知らず、ただの羽織すらも燃やすことの出来ない技。

 そんな無意味な攻撃を十二鬼月であるこの鬼がする訳がない。

 

「……まさか」

 

 衣服には効果がなかった。

 では人体にはどうだろうか?

 

 あれが命を奪うための技ではなく、痛みを与えるための技だと考えれば合点はいく。

 

 あの息に当たってもそう簡単に死にはしない。それでも肌は灼かれ、激痛に襲われる。

 まるで自らに戦いを挑んだことを後悔させるように、殺さず痛みと苦しみを与え続ける。

 

 私たちが鬼を倒すには日輪刀で頸を斬るしかない。故に、どうしてもある程度の距離まで近付く必要がある。

 奴が先の技を使うのは、恐らくそういった瞬間だ。

 勝てる、そう希望を抱いた剣士を絶望に突き落とす、まさに鬼畜の一手。

 

「随分と陰湿な手を使う」

「身の程知らずに分からせるには痛みが一番なの。鬼狩りさんと戦うのは嫌いだけど、隔絶した差に気付いて絶望したときの姿を見るのは嫌いじゃないわ」

「……下衆め」

 

 本当なら今すぐにでも斬りかかりたいが、むやみやたらと突っ込んだところで勝ち目は薄い。

 炎の操る血鬼術、その脅威は短い応酬からでも十分に感じ取れることが出来た。

 加えてまだ温存している手もあると考えれば、どうしても迂闊に動くのは憚られる。

 

 ならばどうすればいい? どうすれば奴の頸を落とせる?

 頭を使え。思考を放棄すればその瞬間に敗北する。

 

「もう来ないの? なら、今度はわたくしからいかせてもらおうかしら」

 

 掲げた手より次々と燃え上がる火球。

 あっという間に生成されたその数は、ざっと見ただけでも十は超えている。

 

「さぁ、これはどう?」

 

 額から一筋の冷や汗が流れる。

 

 だが、やるしかない。

 要領は先程と同じだ。爆発させないよう、一発一発を研ぎ澄ました刃で斬る。

 迅速かつ正確に、でなければ後続の火球に呑み込まれかねない。

 

 一つ、二つ、三つ、四つ。

 日輪刀を振るう毎に火球が消え、その度に新たな火球が押し寄せる。

 斬って捨てた回数はじきに十に達し、それからも増え続けた。

 なんということはない、私が火球を消す一方で鬼もまた生み出しているのだから、いつまで経っても終わらないのも道理だ。

 

 今に見ていろ。

 火球を斬る(コツ)はおおよそ掴んだ。すぐにでも今あるこれらを消し去り、お前に刃を届かせてやる。

 

 私の中に小さくとも確かな望みが生まれた、そんなときだった。

 

「っ……!?」

 

 鋭い痛みと、熱。

 火球の間を縫うように伸びてきた何かが下腹部を数ヶ所ほど貫いていた。

 

 いや、何かではない。

 これは炎だ。

 細い紫色の炎が私を穿っている。

 

「さようなら」

 

 そこから先を考えるより早く、日輪刀で炎を斬る。

 切断した直後、糸のように細かった炎が勢いよく燃え盛った。

 一瞬でも判断が遅れていれば、あの炎によって内側から燃やし尽くされていただろう。

 

「あら残念。でもいいのかしら?」

 

 鬼の一言と共に火球が押し寄せる。

 

 間に合わない。

 

 悟った私は柄を強く握り締め、短く息を吐いた。

 

 炎の呼吸

 肆ノ型──盛炎のうねり

 

 刀を振り抜く。それと同時に後ろへ飛び退く。

 爆発した複数の火球が視界を白く染め、訪れた衝撃と熱が全身を叩きつけた。

 僅かに意識が途切れ、地面に全身を打ちつけたところで再び覚醒する。

 

「ガッ……ハッ……!」

 

 痛い。

 熱い。

 苦しい。

 

 一度取り戻した意識も、少しでも気を抜けばまたすぐに手放してしまいそうになる。

 

 それでも、立ち上がらなければ。

 勝負はまだついていないのだから。

 

 呼吸だ。呼吸を整えろ。

 全集中の呼吸を応用すれば、全身を走るこの激痛だって和らげることが出来る。

 息を吸って、吐いて、起き上がるのだ。

 

「ぐっ……おぉおお……!」

「見かけによらずしぶといのね。けど、これで本当に終わりよ」

 

 血鬼術

 紅蓮火葬

 

 燐光を帯び始める地面。合わせて私の周囲を熱気が包んでいく。

 逃げなくては死ぬ、頭では分かっていても体はちっとも言うことを聞いてくれない。

 

 ……死ぬのか?

 私はここで、このまま焼き尽くされて。

 悲願も、責務も、何一つ満足に果たせていないというのに。

 こんなところで、終わってしまうのか? 

 

 ふざけるな。

 まだだ。まだ死ねない。

 成さなくてはならないことが残っているんだ。

 

 彩を、彩の生きる未来を、そして戦えない全ての人々を護る。

 

 誓った。

 他でもない、私自身に。

 

 だから動け。動けよ。

 動け、動け動け動け──!!

 

「う──あああぁあああああぁああああああぁあああああああああ!!」

 

 獣のような咆哮が大気を震わせる。

 

 そして、火柱が上がった。

 家一軒程度なら余裕で呑み込めるほどの巨大な火柱が、夜の闇をかき消して星空へと伸びる。

 それは内側にあった悉くを灰に還し、やがて音もなく消え去った。

 

 訪れる沈黙。

 先程までの戦闘が嘘のように静まり返ったこの場で、怪訝な顔をした鬼がぽつりと呟く。

 

「……なんで動けるの?」

 

 火柱を避け、地に突き立てた日輪刀を支えに肩で息をする私に、鬼は信じられないものを見るような目を向ける。

 

「そんな襤褸(ぼろ)みたいな有り様になって。これまで戦った鬼狩りさんなら、間違いなく今の血鬼術で死んでいた筈なのに……訳が分からない。まだわたくしを殺す気でいるというの?」

「愚問、だな……」

 

 たとえ痛みに悲鳴を上げていたとしても、この手も足もまだ動く。

 ならばその頸を斬ることは出来る筈だ。

 

 護るべきものがある。そのためならどれだけ傷つこうと、この命がある限り足掻き続ける。

 お前たちがこの世からいなくなるまで、私の胸の灯火が消えることは決してない。

 何度打ちのめされようとも、必ず立ち上がってみせる。

 

 人間の覚悟を、舐めるな。

 

「……くだらない。大層なことを言っているようだけれど、結局は満身創痍の体を無理に動かしているだけではなくて? 取り繕っても無駄よ」

「なら、試してみればいい……。本当に無駄かどうかを……!」

「安い挑発ね。でもいいわ、乗ってあげ──ッ!?」

 

 ぐしゃり、と。

 生々しい音が響くと共に鬼の目が見開かれ、口から血の塊が吐き出される。

 

 あれは、鉄球だ。

 どこからか放たれた鉄球の一撃が、鬼の胴を食い破っていた。

 

「遅くなった」

 

 私の前に現れる巌のごとき屈強な体躯。

 その背中から溢れる逞しさに、こんな状態だというのに笑みがこぼれる。

 

「いえ……。それよりもありがとうございます」

「ここからは私が引き受けよう。手負いの君にあれは荷が重い」

 

 そう言うや否や、地を蹴って飛び出す悲鳴嶼殿。

 鎖で繋がった鉄球が、斧が唸り、紫炎を打ち払って本体まで肉薄する。

 

 凄まじい戦いだった。

 金切り声を上げる鬼の生み出した炎は、何もかもが先程までを上回っている。

 その勢いはまさに嵐。一度でも呑まれたが最後、命はない。

 

 だが、悲鳴嶼殿は臆さない。

 鈍重そうな見た目にそぐわない俊敏さで荒れ狂う熱の凶器を躱し、手にした得物を自在に操って焔を薙ぐ。

 鉄球と斧、それら二つを繋ぐ鎖すらも攻撃に利用する悲鳴嶼殿は、私には引き出すことも出来なかった本気の十二鬼月を相手に、一歩も退かない互角の立ち回りを演じていた。

 

 時間にすればほんの数秒にも満たない間のことだっただろう。

 それでも私は、目の前で繰り広げられる戦闘に圧倒された。

 この場にいる意味も忘れて、ただただ見入ってしまっていた。

 

「……何をしているんだ、私は」

 

 不甲斐ない。

 悲鳴嶼殿が、仲間が戦っているというのに呆けるとは何事か。

 私の立ち上がった理由は、あの鬼を殺すためだろうが。

 

 武器を取れ。そして戦え。

 この剣が届かずとも、せめて悲鳴嶼殿(あのひと)の役に立て。

 

 日輪刀を引き抜き、傷だらけの体に鞭を打って走り出す。

 渦巻く炎を断ち、灼熱の戦場へと足を踏み入れる。

 

「悲鳴嶼殿!」

「……やれるのか?」

「はい。足手まといにはなりません」

「死にかけの分際で! まだわたくしの前に立つとは!」

 

 押し寄せる業火に散開、悲鳴嶼殿の投擲に合わせて前に出る。

 行く手を阻むように展開された火球が斧に落とされ、鬼までの道が開かれた。

 

 炎の呼吸

 壱ノ型──不知火

 

 蛇のごとくうねる焔を一刀のもとに消し去り、怒りの形相をした鬼を一瞥する。

 にやりと不敵に笑ってみせると、鬼は眼を血走らせて炎の灯る掌を突き出した。

 

 全集中・岩の呼吸

 肆ノ型──流紋岩・速征

 

 迎え撃つと見せかけ、すかさず体を横にずらす。

 そこへ間髪入れず勢いをつけた鉄球が叩き込まれ、暴発した血鬼術が一気に燃え上がった。

 

「穂群、その体であまり前へ出すぎるな」

「すみません。ですが、近付かねば奴を斬ることすら出来ませんので」

 

 譲るつもりはないと言外に告げると悲鳴嶼殿は眉をひそめたが、それ以上何も言うことはなかった。

 直後、立ち込めていた煙が払われ、その向こうから右半身を抉られた鬼が姿を現す。

 

「この、わたくしがァ!! 人間ふぜいにィイイイイイ!!」

 

 血鬼術

 轟火の顎門(あぎと)

 

 収束した紫炎で作り上げた巨大な顎門(あぎと)が牙を向く。

 恐らくはこれまで使ってきたどの技よりも強力な一撃を前に、私は正面から日輪刀を構え直した。

 

 自棄になった訳ではない。

 言うなればこれは、やられっぱなしでは終われないというちっぽけな意地だ。

 

 信じろ。

 一片の疑いも抱くことなく、己が勝利を信じ通せ。

 私が教わり磨いてきた煉獄の炎は、こんな奴の炎になど絶対に負けない。

 

 これが私の、全心全力──!

 

 炎の呼吸

 奥義

 玖ノ型──煉獄

 

 突進。

 強く握り締めた日輪刀に全ての力を乗せて一太刀を放つ。

 

 そして、()が訪れた。

 

 何も見えない。

 何も聞こえない。

 何も感じない。

 

 ありとあらゆる感覚が途切れて空白に放り出された私は、この得体の知れない状態に困惑を隠せなかった。

 

 だが、それもほんの僅かな間の出来事で──。

 

 我に返った私を襲ったのは、爆風と火炎。

 その状況を自覚した瞬間、破壊の奔流が意識を揺さぶり身を灼き焦がした。

 

「く──ぅ──」

 

 まだだ。

 まだ、こんなものじゃない。

 この胸に宿る煉獄の炎は、これしきのことで消えたりなんかしない。

 

 もっと強く、もっと大きく。

 燃え上がれ。

 私の命を糧に、熱く煌々と──!

 

「うぉおおおおぉおおおぉおおおああああぁあああああああぁああああああ!!」

 

 日輪刀を振り抜いた。

 それと同時に顎門(あぎと)が両断され、跡形もなく消滅する。

 

 かかる反動に私は動けなかった。

 そして鬼もまた、半ば放心したように口を開いて立ち尽くしていた。

 この場で最も素早く行動出来たのは、先の血鬼術を余波まで回避していた悲鳴嶼殿だった。

 

「南無、阿弥陀仏!!」

「なっ!?」

 

 咄嗟に身をよじる鬼だが、避けるには動き出しがあまりに遅すぎた。

 振り下ろされた斧が袈裟を裂き、鬼は崩れるように体勢を崩す。

 

 そこを目がけて、疾駆する。

 

 鬼の注意は今、全て悲鳴嶼殿に向けられている。

 意識から完全に外れたこの瞬間を逃す訳にはいかない。

 

 体の限界が近い。そんなものは承知の上だ。

 それでも、ここで動かずしていつ動くのか。

 唯一無二となる絶好の機会、逃せば次はない。

 この手で頸を落とすことが叶わなくなってしまう。

 

 だから──今だけは、どうか。

 

「ッ!? この、死に損ないがァ!」

 

 私の接近に気付いた鬼が掌から火炎を放射する。

 

 直線に伸びるだけの単純な攻撃、平時であれば余裕をもって対処出来たであろう。

 だが、満身創痍の私にはそれで十分すぎた。

 

 躱しきれなかった焔が肌を灼く。

 右の顔面が爛れていき、歯を食い縛った口から苦悶の声が漏れる。

 

 それでも、足だけは絶対に止めない。

 

 火傷だらけの震える腕で日輪刀を振りかぶる。

 霞む視界の中で、鬼の両目が大きく見開かれる。

 

「──惡鬼」

「う、ぁあああぁアアアアア!!」

「滅殺ッ!!」

 

 刀身から伝わる肉を斬る手応え。

 いつものように上手く斬れないのは、日輪刀にも限界がきているからだ。

 故に、力を込めて強引に押し込む。

 

「あ──」

 

 無限にも引き伸ばされた時間が終わり、私は地面に倒れ込んだ。

 

 視線の先にあるのは、()()()()

 頸を斬り落とした、紛れもない証拠だ。

 私が見つめる前で、その頭部がゆっくりと崩れて消えていく。

 

「穂群」

「……悲鳴嶼殿」

「我々の勝ちだ。君のおかげで勝ったのだ」

 

 ……そうか。

 勝った、勝ったのか。

 十二鬼月をこの手で討つことが出来たのだ。

 

 告げられた言葉に少し遅れて実感が伴い始める。

 込み上げる不思議な高揚感に思わず頬が緩む。

 

 ごろりと体を転がし、うつ伏せから仰向けへと体勢を変えた。

 墨を落としたような黒の中に鏤められた星々が、眩しいほどに輝いている。

 傍らに立ち私を見下ろす悲鳴嶼殿は、見た様子では特に大きな怪我を負っていないようだ。

 

「今、鎹鴉で(かくし)を呼んでいる。もうしばらくの辛抱だ」

「ありがとう、ございます……。ふぅ……」

「少し眠るといい。その傷で起きているのは辛いだろう。後のことは私が引き受ける」

「いえ……それはやめておきます」

 

 涙を流す悲鳴嶼殿に笑いかける。

 

「だって、今はこんなにも気分がいいんですから」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。