●緑谷家…(出久が退院して1週間後)
緑谷出久 side
お母さんとの新居の生活に少しずつ馴染めてきたその日の夕方、相澤先生が訪ねてきた。
訪問内容は勿論、明日から開始される《僕の教育と特訓》についてだ。
でも、僕はてっきり相澤先生は数日前には来て《例のトレーニングメニュー》を教えてくれるんじゃないかと思っていたんだけど…
相澤先生は現在隣に住んでいるとはいえ、ヒーローと教師の仕事を両立して忙しいから来られなかったんだろうと僕は考えながら、リビングのテーブル椅子に相澤先生と向かいあって座っていた。
因みにお母さんは、料理中に大事な物を買い忘れたとのことで、相澤先生が来る少し前にスーパーへ出掛けていった。
「今、お茶をいれてきますね」
「いや出さなくていい…お前に伝えることだけを伝えたらすぐに帰る…」
「そ…そうですか…」
相澤先生はこの前と同じく素っ気ない態度で返答してくる…
根津校長がこの前病院で言ってたように、ヒーローを目指すのなら《まずは相澤先生に認めてもらうこと》が目先の目標だと、僕は再認識した。
「で?どうだ緑谷…新居での生活はなれたか?」
「はい、お母さんや根津校長達のおかげで十二分にリラックスした日々を送ることが出来ました。…とはいっても…まだお母さんとはギクシャクしているところがあります…」
「そうか………記憶の方はどうなんだ?あれから何か思い出したことはないのか?」
「記憶については…これといって何も思い出せてないですね。《昔のこと》も、まだ思い出せていない《植木さん達との過ごした日々》や《植木さんから教えて貰った七ツ星以上の4つの神器の情報》も…思い出せてはいないです…」
今の僕は六ツ星神器の情報までは覚えているけど、七ツ星から十ツ星神器の4つの神器についてはまだ何も思い出せてはいない…
精神世界で何度か植木さんから《十種類の神器》の情報を聞いた筈なのに、七ツ星以上の神器が《どんな形状》で《何が出来る武器》なのかは未だに思い出せないんだ…
「まぁ…根津校長も催促はしてない…一応は確認のために聞いただけだ。もし少しでも思い出せたなら、俺を含めた例の面子の誰かに伝えろ…」
「はい」
「それじゃあ切り替えて…早速明日から始めるお前の《トレーニングメニュー》の詳細を教える…」
「来週の月曜日から転校先の学校に通いながらの特訓となると、学校が終わった後や土日祝日はトレーニングの時間になると?」
「……いや緑谷…悪いんだが…お前が思っているような予定にはならないぞ…」
「え?どういうことですか?」
「俺からのトレーニングメニューの説明の前に、まずは今日は別件で来られない根津校長からの伝言を先に伝える…」
「根津校長から?」
「緑谷、転校先の学校については根津校長から聞いているな?」
「はい、ラグドールさん達の山で植林活動を行った前の日に根津校長から説明がありました。僕がこれから通う《火野国中学校》で必要な制服や教科書などを相澤先生が持ってきてくれるとも」
「ああ…本来ならその予定だったんだがな…」
「だった?」
何だろう…
相澤先生からの返事を聞いた時点で何か嫌な予感がしてきた…
「結論から言おう、緑谷……お前は《火野国中学校》へは通えない…」
「…え?…え!ええっ!!?学校に通えない!?ど、どうしてですか!!?」
「落ち着け…順を追って説明してやる…」
「は……はい…」
「まず最初にことの原因は、先日根津校長と俺がヒーロー公安の本部にてお前の個性《循環》…つまり【ゴミを木に変える能力】を正式に登録するのと同時に、お前が《オールマイトに夢を否定された子供》だと知っている《教育委員会》と《ヒーロー協会》と《ヒーロー公安委員会》の上層部の人達と行った会議だ」
「教育委員会とヒーロー協会とヒーロー公安委員会!?しかも上層部!?…そんな凄い人達までが僕の転校に関与しているなんて……やっぱり《昔の僕が1ヶ月前に自殺を図ったことが問題視されている》…ということなのでしょうか?」
「俺はそう思っていたんだが、各上層部のお偉いさんにとっては、それは大した議題じゃなかったらしい…
(まぁ…もしコイツの自殺について咎めようものなら、教育委員会は《折寺中学校での一件》と《全国の学校で発覚した無個性差別》を…ヒーロー協会と公安委員会は《オールマイトの失言》と《ヘドロヴィラン事件でのヒーロー達の愚行》そして《エンデヴァーを筆頭に明るみにされた個性婚をしたヒーロー達》を…立場が上の人間から叩かれて今の立場じゃ居られなくなるだろうからな。無個性にだって権力者はいる。彼らがその気になれば…例えヒーロー公安委員会の責任者だろうと解雇させることは可能だと根津校長は言ってたからな…)」
「え?では何が原因で、僕は中学校に通えなくなってしまったんですか?」
「お前が中学校へ通えなくなった原因……それはお前が発現した《突然変異の個性》、正確にはお前が夢の中で授かった【ゴミを木に変える能力】の詳細を各上層部が知ったからだ…。当然《植木耕助のこと》や《別世界の超能力》であることは伏せ、個性《循環》としての説明だがな」
「……ということは、以前根津校長が話してくれた個性《循環》の将来的な活用方法を把握した上層部の人達が、僕の個性を世間へ公にしないための情報漏洩防止として、僕を学校に通わせないことを決定した……ということですか?」
「察しが良いな……正にその通りだ。根津校長からお前の個性の合理的な使い方の説明と一緒に、お前の個性を金目的で狙う輩(やから)が現れる可能性の話もされただろ?」
「はい、僕の【ゴミを木に変える能力】…個性《循環》を狙って、脅迫や誘拐や人質…あと…けっ…結婚などの可能性もあると話されました」
「前例が無い訳じゃないからな…。過去に《珍しい個性》や《希少な個性》を持った一般人達を誘拐していたヴィラン組織だって存在した、だからその可能性は十分に考えられる…
(それに《個性婚》ってのはヒーロー限定って訳じゃない…過去には政界が関与した事例もある…。お前の個性が公になろうものなら、確実に世界中が欲しがるだろうな……先代No.1ヒーローの時のように…)」
「話は分かりました。でもそれなら…中学の間は僕が個性《循環》の詳細を黙っていればいいのでは?」
「会議では根津校長がそんなことを言ってたんだが、上層部のお偉いさんはいくら当人であるお前が黙っていたとしても、世の中にはラグドールさんの《サーチ》のように直接聞かずとも《相手の情報を知ることが出来る個性》はいくらでも存在する。万が一にその類いの個性によってお前の個性が外部に知られようものなら、直ぐ様に《さっき話した悪い可能性》が起こりかねない。今の時代、情報の拡散なんてあっという間だ…」
「それで…中学の間は学校に通ってはいけないと?」
「ああ…お前が将来何処のヒーロー高校へ入学するにしても、一般の中学校よりは設備の整ったヒーロー高校に入学した後で、お前の個性を世間に公表した方が良いんだとよ…。だから中学校へは通わせることが出来ないって訳だ…」
「………」
「これについては俺がお前のご両親に説明しておく。補足として言っておくが…根津校長はお前の記憶が少しでも早く戻るためにと《火野国中学校》には通わせるべきだと会議では意見してくれていた……だが、頭の堅い上層部達は《お前の個性情報を探られる可能性》を危惧して『高校生になるまでは大人数との接触は避けるべき』だの…『ヒーローの誰かが近くで監視しておくべき』だのと示唆していたな…。根津校長は粘ってくれたが…結果としてお前は中学生の間は学校へは通わせず、基本の勉強は俺が《お前の監視役》を含め《全科目の家庭教師》を担当することになった…」
「相澤先生が家庭教師に!?じゃあ相澤先生…僕のことを認めて…」
「勘違いするな…俺はまだお前のことを認めた訳じゃない…。勉強面でも特訓面でも、お前がこれから伝える《俺のトレーニングメニューを達成できた時》にどちらも引き受ける予定だった…。だがお前が中学校へ通えなくなった以上、個性特訓の件はともかく、勉強面は俺が監視を含めて家庭教師を仕方なく引き受けることとなった…。お前の事情を全て知っている教育者は《俺》と《根津校長》しかいない…。根津校長は立場上、つきっきりでお前の勉強を見ることは出来ない…となればお前の勉強を見てやれる教育者は消去法で《俺》しかいないって訳だ…。だからお前が俺のトレーニングメニューをクリア出来なかったとしても、来年の高校受験までは俺が家庭教師をしてやる…。俺がお前の個性特訓を引き受けるかどうかはお前の努力次第だ…。
(本当なら…復学させたアイツらと緑谷の教育を交互に見ていこうと思ってたんだが…根津校長がアイツらの今後の教育については山田達に交代で任せると言ってたし、俺は来年までコイツ1人の面倒を見るのが要(かなめ)になったって訳だ…。根津校長……まさかこうなることも視野に入れて、俺を緑谷一家の護衛がてらこのマンションに引っ越させたのか?…あの人はいったい何処まで先を読んでるんだか……)」
「わ…分かりました。でも学校に通えないとなると…僕は《火野国中学校の生徒》としては登録されないんでしょうか?」
「それについては心配いらない…。《長期の休学》扱いとなるがお前は列記とした《火野国中学校の生徒》として既に登録されている…」
「?火野国中学校の先生達は、僕が休学することに納得してくれているんですか?」
「お前が火野国中学校に転校するのを知っているのは、現状の火野国中学校内じゃ《校長先生》だけだそうだ。今日、根津校長が火野国中学校に赴いて、火野国中学の校長先生と話をしてくるそうだ…。以前、根津校長が電話で火野国中学の校長先生に《お前の休学についての事情》を説明した際は二つ返事で了承してくれたらしいぞ…」
「そんなにアッサリと了承してくれたんですか、火野国中学の校長先生は?」
「ああ…というより…超人社会になってからは《個性が原因で休学する生徒》は別に珍しくは無い…。例えば《生まれ待った個性によっては日常生活に支障が出ている生徒》や《自分の意思とは関係無しに他者に危害を加えてしまう危険性のある個性の生徒》などは、専門の施設や病院に通うことが多いために長い期間を休学することもやむ無しとされている…。そしてお前の場合は表向き…つまり火野国中学の校長には《発現したばかりの突然変異の個性のコントロールが不安定であるため、専門の教育者をつけて勉強と個性の教育を教えていく》…という筋書きになっている。まぁ《当たらずとも遠からず》ってところだ…。それとコレは俺もさっき知ったんだが、根津校長と火野国中学の校長先生は《古い友人》らしく、向こうの1つの学校の校長先生なのか…こちらの意図を察して詮索などは一切せずに了承してくれた…」
「それじゃあ、僕は《火野国中学校》には絶対に通えない…ということになるんですね?」
「いや…根津校長が電話で『卒業式には出してほしい』と火野国中学の校長先生に話していた、火野国中学校の生徒としてな…。さっき説明した《個性が原因で休学する生徒》達も、中学までの卒園式や卒業式には出してもらえてるらしいぞ…。だからお前が火野国中学校へ行けるのは…今のところ《卒業式の1日》だけだな…。体育祭や修学旅行などの学校行事には出られないだろう…」
「卒業式の…1日だけ…」
「詳しいことは…今日根津校長が火野国中学の校長先生と色々話しをつけてくるそうだ…。後日、根津校長がここを訪れた時にでも色々聞いてみろ…」
「はい…」
「さて…話が随分逸れちまったが、今日俺がここに来たのは、お前にやらせる《トレーニングメニュー》を説明するためだ…」
「そ…そうでしたね、すっかり頭から抜けてました…」
新しい中学校での学校生活をスタート出来るとばかり思っていた僕は…出鼻を挫かれた気持ちになった…
前に通っていた折寺中学校での生活の記憶については、そこで学んだ《勉強》や《知識》は覚えてるけど《僕の近くにいた生徒や先生達の顔どころか存在》も思い出せていない…
だから残り少ない中学校生活を、火野国中学校で楽しく過ごしたいと僕は思っていた…
もしかしたら…火野国中学での学校生活を通して…失った記憶が少しでも戻るんじゃないかと期待していたんだ…
でも…植木さんから授かった【ゴミを木に変える能力】…個性名《循環》を根津校長や公安委員会などの人達が重要視されてしまったことで…僕は結果的に中学校生活を送れなくなってしまった…
皮肉なもんだよ…
昔の僕は《個性が無く》ても学校に通えたのに…
今の僕は《個性がある》のに学校へ通えないなんてさ…
でも…クヨクヨはしてられない!!!
中学校に通えなくなったのは非常に残念だけど、逆に考えれば《学校生活をする筈だった時間をトレーニングや個性特訓のため》に費やすことが出来るということだ!
ヒーロー高校の入試まであと《8ヶ月》、受験勉強もだけど、僕は《同い年の個性持ちの生徒》からすれば10年も個性の発現が遅れている!
だから、根津校長がくれたチャンス(プロヒーロー9人からの指導)を十分に生かさないと!
正確には、精神世界で《1年足らず》は植木さんとウールさんからの指導されてきたとはいえ、それでもまだ同年代の人達とは《9年以上》の差がある…
中学校に通えないと言うのなら、その時間も大いに活用して一刻も早く同年代の個性持ち達の実力に追い付かないと!!!
「お前が中学校へ通えなくなったことを考慮し、トレーニングメニューを組み直して考えてきた。今のお前がヒーロー高校の入試を受けるまでに必要な基礎となるトレーニングメニューを纏めた物が…コレだ…」
そう言うと相澤先生は、僕に重なった2枚の紙を差し出してきた。
1枚目の紙に書いてあった内容は…
・1枚目の紙
◯1日のスケジュール(6月8日~30日)
AM 5:00 起床
AM 6:00~7:00 ジョギング
AM 8:00~12:00 勉強(日曜日以外)
PM 13:00~22:00 基礎体力トレーニング
PM 23:00 就寝
※基本的に勉強は、自宅もしくは相澤宅での個別指導カリキュラムとする。
※夕食は弁当などを持参し、休憩はトレーニングの合間を見て摂る。
1枚目の紙に書いてあった内容は《日程》だった。
《基礎体力トレーニング》の時間が異様に長時間な気がしたけど、根津校長から相澤先生は《厳しい先生》だと聞いているから、恐らくは相澤先生は短期間で僕を鍛えるよう考えているんだ。
2枚目の紙に相澤先生が考えてきた《僕を審査するトレーニングメニュー》が書いてある筈…
今の僕は記憶が無いとはいえ…一度自殺を図った人間だ…
相澤先生は《命を粗末にする人》を嫌う人…
そんな相澤先生が僕に用意してくれたトレーニングメニュー…
いったいどんな内容が書かれているだろう?
僕は覚悟を決めて1枚目の紙をめくり、2枚目の紙に目を通した…
「…………………………え?」
相澤先生から渡された2枚目の紙に書かれた内容を拝見した僕は…
思考が止まってしまった…
どうして思考が止まったのかって?
それは…相澤先生が考えてきたというトレーニングメニューの内容に、僕は我が目を疑い思考が追い付かなかったからである…
正直、僕が想定していたトレーニングメニューの何十倍もキツイ内容がそこには記されていた…
相澤先生が考えてきたトレーニングメニューの内容…
・2枚目の紙
〔ヒーローを目指すなら出来て当たり前の軽~いトレーニングメニュー〕
・軽~いランニング 42㎞
・軽~い腕立て 100×100回
・軽~い腹筋 100×100回
・軽~い背筋 100×100回
・軽~いスクワット 100×100回
※最終的には《5㎏のウェイト》を着込み、以上のトレーニングメニューを達成すること。
※6月以内に上記のトレーニングメニューを全て時間内(13:00~22:00)に達成すること。
※筋トレの回数は、ランニングで走った距離と残り時間を照らし合わせて決めることとする。
※基礎体力トレーニング期間中の《個性》の使用は禁止。
(例:マラソン中【電光石火(ライカ)】の使用)
2枚目の紙に記されたトレーニングメニュー表の内容を全て理解した僕は相澤先生に…
『なんじゃコリァーーー!!?どこが軽いんですか!!???』
…っと大声を言いそうになったけど、既(すんで)の所で僕はその言葉を呑み込んだ…
コレが相澤先生が…僕に与えた試練…
敢えて【能力】も【神器】も使わせずに《僕自身の体力》だけで審査するつもりなんだ…
今の僕のヒーローを目指す覚悟が《本物》なのかを測るために…
「どうした緑谷?急に黙って…始める前から怖じ気づいたか…?」
「い…いえ…書いてある内容に驚いてしまいました。僕の見間違いでしょうか?どのトレーニングメニューにも『軽~い』と記されているように見えるんですが?」
「緑谷…残念だがそれは見間違いじゃない…。急遽《火野国中学校へは通えなくなったこと》と、《精神世界での特訓の話》と、リカバリーガールから聞いた《今のお前の身体状況》を交え、今のお前に最も見合った特訓メニューがそれだ…」
「僕の身体状況と言いますと…植木さんから【能力】と【神器】を授かった際に身に付いていた《天界人の回復力と頑丈さ》のことですね?」
「あぁそうだ。普通、病み上がりの人間がこんなトレーニングをしたなら、次の日は《酷い筋肉痛》で動けなくなる…。だが今のお前は《天界人の異常な回復力》とやらのおかげで、一晩睡眠をとればお前の身体は全回復する。先日プッシーキャッツの山で植林活動をした日、俺はてっきり次の日のお前は《筋肉痛》に悩まされるとばかり思っていたが…退院日のお前は《前日の疲れなんて何処へやら》の状態でケロッとしていた…。その尋常じゃない回復力は存分に生かすべきだと俺は判断した。常人には無理でも…お前なら《どんなに厳しいトレーニング》をしても、次の日の《筋肉痛》と《倦怠感》に苛(さいな)まれることなく、毎日鍛練に励むことが出来る、実に合理的だ…」
「…《このトレーニングメニューを僕がやり遂げるか否か》が…《僕がヒーローの目指す資格に値するのか》を審査する試練ということなんですね?」
「そういうことになるな…。これは俺の同僚の言い分だが『筋繊維は酷使する事により壊れ…強く太くなる。それは《個性》も同じ、使い続ければ強くなり、でなければ衰える』ってな…。どんな個性にしろヒーローを目指すってんなら、まずは基礎体力が出来上がってなけりゃ意味がない…。ヒーローの現場において最後に便りとなるのは《自分の体力》だけだ…。その上で《お前のヒーローの覚悟を審査するため》と《お前の身体づくり》を兼ねた合理的な特訓をさせ、その過程でお前の筋繊維を何度も破壊し…バランスのとれた栄養を摂取し…そしてお前が持つ《天界人の異常な回復力》によって…トレーニングメニューで壊されたお前の筋肉を短期間で《より強い筋肉》へと成長させる…。正にお前にしか出来ない合理的なトレーニング方法だ…」
相澤先生の言い分は良く分かった。
こんな《ハイパースパルタ体育会系のトレーニング》でも、相澤先生は『軽い』と思ってるらしい…
僕の常識が間違っているのかな?
このトレーニングメニューを《厳しい》と思ってしまうのは?
それともヒーローを目指している人達は、これくらいの……いや、これ以上のトレーニングを毎日当たり前にやっているのかな?…と僕は考えさせられた…
でも考えようによっては、相澤先生の言う通りこのトレーニングメニューは利に叶っていた…
僕は他の同い年の人達からすれば《10年》も出遅れている…
だから…頑張らないといけないんだ!
他人(ひと)の何倍…いや10倍も100倍も努力をしないと!
きっとそれは…僕を助けてくれた《リカバリーガール》や《根津校長》への恩返しになる。
そして…植木さんとウールさんへの恩返しにも繋がる…
『お前は最高のヒーローになれる!俺が保証する!』
精神世界で別れの最中に、植木さんが満面の笑みで僕に言ってくれたあの言葉!
その言葉を言われる前に…僕が植木さんとウールさんに何を言ったのかは思い出せないけど、その言葉を言われた時に僕が心に刻んだ決意は覚えている!
次に植木さん達と会うまでに、必ず《植木さんのような正義のヒーロー》になってみせると!
そして相澤先生から出されたこの試練は、謂わば僕が《植木さん》という目標に近づくための道筋なんだ!
「相澤先生!明日からご指導の程!よろしくお願いします!」
「良い返答だ……最初に言っておくが…俺は根津校長やラグドールさん達のような《優しい教育》をするつもりは毛頭ないぞ…」
「はい!」
「俺がマンツーマンで教える以上、お前にはヒーロー高校の受験において《主席》もしくは《次席》で合格してもらう…。そして来年俺が勤めるヒーロー高校をお前が受験するなら…俺は《主席》か《次席》以外での合格は認めず不合格とする…」
「主席と次席以外は不合格……」
「それくらいの意気込みでトレーニングに励めと言うことだ…。乗り越えていけ…緑谷…。俺が勤める根津校長のヒーロー高校では《こんな校訓》がある…」
「校訓?」
「あぁ…俺の煩い同僚が毎年の入試で受験者達へ言ってるからもう耳タコだ…『かのナポレオン=ポナパルトが言った「真の英雄は人生の不幸を乗り越えていく者のことである」』ってな。根津校長はそのナポレオンの名言を基として《こんな校訓》を作った…
『" 更に向こうへ!PLUS ULTRA! " 』…とな」
「PLUS…ULTRA…」
「努力を怠るなよ緑谷…。今のお前が憧れるヒーロー《植木 耕助》になりたいなら…強くなれ…」
「はい!相澤先生!」
それから小一時間、僕は相澤先生から特訓をするに与っての細かい注意点などを説明を受けた。
「ただいま~」
相澤先生との話を一通り終えた頃、玄関からお母さんの声が聞こえてきた。
「あっ!お母さんが帰ってきました」
「みたいだな…」
「ごめんね出久~レジが混んでて遅くなっちゃった。ってあら?相澤先生、いらしてたんですね!」
「お邪魔してます…」
「お母さんと入れ違いで来てくれたんだよ?」
「あらそうなの?すいません、ちょっと買い物に出掛けていたもので~」
「いえ…問題ありません…丁度話しも終わったところですから…私はこれでお暇(いとま)させていただきます」
「ああ!待ってください相澤先生!折角ですし、一緒に夕食でもいかがですか?」
「いや…そういう訳には…」
「大丈夫ですよ、後はカレー粉を入れて煮込むだけですから、ちょっと待っててくださいね」
「いえ…お構い無く、私はこれで失礼しますので」
「遠慮しないでください、これから息子がお世話になるんですから、これくらいの気遣いはさせてもらわないと」
「しかし…」
相澤先生はお母さんの夕食を誘いを断って帰ろうとしてたけど、最終的にお母さんの圧に負けたのか、夕食を食べていくことになった。
今日の夕食は《カレーライス》と《サラダ》と《味噌汁》だった。
夕食後、相澤先生はお母さんにも断片的に《僕が火野国中学校へ通えないこと》と《明日からの僕のトレーニングメニュー》や《それに対する食事の献立》などを説明してくれた。
僕のトレーニングメニューを知ったお母さんは危うく気絶しそうになってたけど、なんとか受け入れてもらえた。
話が終わり、相澤先生が帰ろうとしたので僕は玄関まで見送った。
「すいません相澤先生、なんだか強引に夕食を食べさせてしまって…」
「構わない…俺としては久々にマトモな食事を味わえたよ…。あれが世間で言うところの《おふくろの味》ってやつなんだな…」
「(相澤先生…普段何を主食にしてるんだろう?)」
「緑谷、念のために明日からのスケジュールをもう一度伝えておく…。朝走るジョギングはさっき話したコースを走り、それが終わったら朝食などを済ませて8時前の7時50分には隣の俺の自宅へ来い…。8時から12時まで勉強をし、昼食を済ませたら13時にマンションのエントラスに集合…。スタート地点はこのマンションとし、マラソンのゴール地点は毎回場所を変える…。さっきも説明したが、マラソンをする際はお前に《専用の腕時計》を貸す。その腕時計には発信器が内蔵させており、お前が6時間以内に42キロ先のゴール地点へ到達できるならそれでいいが、到達できないと俺が判断した場合は車でお前を迎えに行く…。そして、ゴール地点で残りのトレーニングメニューをやらせる…。その時の腕立てや腹筋などの回数は…《残り時間》と《お前が走ったマラソンの距離》で俺が決める…分かったか?」
「はい!明日からよろしくお願いします!相澤先生!」
「おぅ…じゃあな」
相澤先生を見送った後、僕は入浴と明日の準備を済ませてすぐに布団へ入った。
明日から本格的に頑張らないと!
植木さんのような正義のヒーローになるために!
…
●次の日…
None side
本日よりイレイザーヘッドによる緑谷出久の教育が始まった。
しかし…相澤の教育は…出久が想定していたもの以上に辛く厳しいものだった…
前日、相澤から聞いたスケジュール通り、出久は《早朝のジョギング》《相澤宅での全教科の勉強》という午前のスケジュールを終えた。
午前中はこれといって出久に不憫なことはなかった。
記憶を失う前の出久は、普段から自分なりにトレーニングをしていたのと、学校での待遇こそ酷かったが成績は優秀だったため、午前のスケジュールは難なく過ごすことが出来ていた。
だが…午後になって出久は思い知ることとなった…
相澤消太という…鬼教師の指導方針を…
自宅で昼食をとった後、トレーニングに適した服装に着替え、母から夜食のお弁当をもらい、マンションのエントラスに向かった。
エントラスでは相澤が出久のことを待っていた。
「来たか…緑谷」
「お待たせしました、相澤先生!」
「12時45分、指定された時間ギリギリではなく…時間に余裕も持った行動…合理的だ」
相澤に手に持っていた《腕時計》の時刻を見ながら話を切り出した。
「相澤先生、その腕時計が例の?」
「あぁ…昨日説明したお前がマラソン中につける《発信器付き腕時計》だ…」
相澤はそう言いながら持っていた腕時計を出久に渡した。
出久は手渡しされた腕時計を利き手とは逆の手首に巻き付けた。
「その腕時計に内蔵させた発信器は、俺の車に積んであるノートパソコンと連動していて、お前の位置を常に把握できるすることが出来る…。だからお前がサボったり怠けたりすれば一発で分かる…《やる気がない》と俺が判断したらならどうなるか…それは聞かなくてもいいな?」
「即座に僕の教育者から下りる…ですよね?」
「分かってるじゃないか…」
「が…頑張ります!」
「ヨシ…なら今日のマラソンの目的地を教える。今日の目的地は…」
相澤は出久に地図を見せて、マラソンのゴール地点を出久に教えた。
万が一迷った場合は、手持ちのスマホで道を調べても良いと相澤は許可をした。
「あと1分でスタートだ…俺は先にゴール地点に行って待ってる。早く来いよ、緑谷…」
相澤は自分の車に乗り込むとマンションの駐車場から即座に出ていった。
出久は腕時計の時刻を見ながら少し興奮していた。
「あと30秒、遂に始まるんだ!僕の…ヒーローになるための《第二歩目》が!」
不安はあるが…それ以上に出久はワクワクしていた!
自分がヒーローになるための試練(相澤のトレーニングメニュー)…
それを達成できた時、自分は恩師である《植木 耕助》に少しでも近づくことが出来ると思うと、出久は走る前からドキドキしていた!
走行している内に、スタート時間まで残り10秒を切っていた!
「これが僕の第二歩目!僕は絶対に!植木さんのような最高の正義のヒーローになるんだ!」
時計が13時になると同時に、出久は駆け出した!
植木とウールへ誓った決意を胸に!
相澤が向かうゴール地点へと走り出した!
そんな息子の走っていく姿を…
マンション最上階のベランダから…母親の引子が見送っていた…
「出久…頑張ってね…」
母の涙を浮かべた視線に気づくことなく…出久はマンションから走り去っていった…
…
●その日の夜…(22時前)
とある公園に《1人の教師》と《1人の生徒》がいた。
教師の方は《自分の腕に巻かれた腕時計》と《息が絶え絶えで今にも倒れそうになりながらスクワットをしている男子生徒》を交互に見ていた。
「残り10秒…9…8…7…6…5…4…3…2…1…0………終わりだ緑谷…」
「…うぅぁ……」ズサッ…
出久はガクガクしていた両足が限界を越えてしまい、そのまま地面に倒れ込んだ…
相澤の基礎体力トレーニングが開始されて9時間後…
今日のマラソンの目的地である公園は当に暗くなっており、公園の外灯の光がベンチに座る相澤と、クタクタになって倒れた出久を照らしていた…
生徒が倒れてしまったというのに、相澤は他人事のように出久へ語りかけた…
「緑谷…お前……やる気あるのか?」
「………」ゼー…ゼー…ゼー…
「いくら病院生活で鈍っていたとはいえ…初日でここまで酷い結果になるとは思わなかったぞ…。あれだけの啖呵を切っておきながら…今日走ったマラソンの距離は10㎞足らず……腕立て、腹筋、背筋、スクワットを全て100回にしてやったにも関わらず、最後のスクワットに至っては100回を終わらせることも出来ないでのタイムアップ……これじゃあ先が思いやられる…。6月以内、正確には残り期間は《22日》しかねぇぞ…」
「………」ゼー…ゼー…ゼー…
疲れきった出久は地面に倒れ伏せていた…
しかし相澤は容赦なく厳しい言葉を出久にぶつけた…
「そんなんじゃあ…目標である《植木 耕助》は程遠い…。仮にこのトレーニングメニューをやり遂げられたとしても、それは終わりじゃない。そこからが本当の始まりだ、クリアできたなら今度はこのトレーニングメニューを《準備運動》として当たり前に出来るようになり、それから個性の特訓に励んでもらう…。《自然災害》《大事故》《身勝手なヴィラン達》《いつどこから来るか分からない厄災》…ヒーローの仕事は理不尽でまみれてる…。そういった理不尽を覆(くつがえ)していくのが《真のヒーロー》だ…。いざという時に疲労で身体が動かないんじゃ話にならない…」
「………」ゼー…ゼェ…ゼェ…
「お前は中学校へ通わない分の時間がある…その時間を有効活用しろ…。精神世界で《1年足らず》鍛えていたとしても、まだお前は《9年以上》も同年代の奴等とは差がある…。1分1秒無駄にするな……ヒーローの現場においては…一瞬の判断と迷いが…人の命を左右するんだ…」
「………ぼ……僕は……」
「?」
「今の僕は……まだ…植木さんの足元にも…及びません…。同じ【能力】が…使えても……全然……全く……植木さんには…近づけていません…」
「………」
「でも…認めてくれたんです…」
「?」
「無個性故の理不尽に負けて…自殺を図ったこんな僕を…植木さんは受け入れて…そして認めてくれたんです。……『お前は最高のヒーローになれる』って……『俺が保証する』って…言ってくれました…」
「………」
「植木さんが応援してくれたのに……それなのに…僕は……気持ちばっかり焦って…成果を出せてない…」
「(やはり内心は切羽詰まっていたか…。1日でも早く周囲の同年代達に追い付くために……原点である《植木 耕助》に1歩でも早く近づくために…)」
出久は覚束無(おぼつかな)い足でフラつきながらも立ち上がった。
「なら…お前はどうする?」
「1日1日…少しずつでも…距離と回数を増やしていきます…」
「残りの期間は22日…それで間に合うのか…?」
「間に合わせてみせます…だって…今の僕は!」
「?」
「今の僕は…… "『頑張れ!!』って感じの緑谷出久" なんです!!」
今達成すべき目標と向き合う《自分自身》を出久は叫んだ!!
「ッ!?」
出久の発言を聞いた相澤は、過去の《ある記憶》が突然頭の中でフラッシュバックした…
それは相澤がまだ学生の頃…初めて自分1人だけで…ヴィランを倒した雨の日の出来事…
ヴィランとの戦闘中、何度も諦めそうになった相澤を…通信機を通して親友が《励まし》と《応援》をしてくれた…
親友の最後の言葉…
『頑張れショータ!』
『皆を守れるのはお前だけだ!』
『大丈夫だ!お前は行ける!』
『お前はやれる!』
『そうとも俺は知ってるぞ!』
『お前は強い!絶対負けない!』
『頑張れショータ!』
『負けるなショータ!』
『頑張れショータ!』
『頑張れショータ!!』
あの呼び掛けがあったからこそ…学生時代の相澤は…1人でヴィランを撃退することに成功したのだ…
事件後、相澤は自分を鼓舞してくれた親友にお礼を言おうとした…
しかし…相澤がその親友の声を聞くことは2度となかった…
ヴィランとの戦闘中に聞こえてきた親友の声を…周囲の人間は《幻聴》だと断言したのだ…
実際に…親友の通信機は壊れていただけでなく…倒壊した建物の中から《親友の遺体》が発見され…
相澤は《自分が聞いた親友の言葉が幻聴だということ》を否定できなかったのだ…
そんな亡き親友の面影を…相澤は出久に見た…
「…白……雲…」
「え…」
「…ハッ!………いや…なんでもない…」
「?」
「緑谷、取り敢えず今日は終了だ…家まで送ったらすぐに風呂に入って…明日の準備をしたらすぐ寝ろ…。例の《天界人の回復力》が本当なら、明日は今日よりも良い成果を出せる筈だ…」
「は、はい!」
相澤が無意識に呟いた言葉を不思議に思った出久だったが、スパルタトレーニングの疲れで気にしてる暇が無かった。
その後、相澤の車で自宅へ戻った出久は、入浴と明日の準備を済ませて就寝した…
…
●相澤宅…
イレイザーヘッド side
緑谷を自宅に送り届けて帰宅した俺は…電気を点けずに…リビングのソファーに座りながら…テーブルに置いた《写真立て》を見ていた…
写真立てに入れてある写真は…《学生時代の俺と友人2人が写っている写真》だ…
俺はその写真の前にガラスのコップを2つ置き、酒が無かったため代わりに冷たい麦茶を2つのコップに注ぎ、俺はコップを1つ持ち上げてもう1つのコップへ軽く当ててからお茶を飲んだ…
カツンッ
ゴクゴク…
「………緑谷出久…アイツを見てると…何故かお前のことを思い出すよ…白雲…」
俺は写真に写る《白髪の男》へ話しかけた…
「性格も容姿も個性も違うが…それでもアイツはお前に似てる…。なぁ…白雲、俺は生徒に厳しすぎると思うか?」
返事は返ってこない……そんなことは分かりきっているというのに……俺は一人言を続けた…
「俺が生徒に厳しくするのは…あの日のお前のような末路になってほしくないからだ…」
俺はいつの間にか…無意識の内に涙を流していた…
「未来あるアイツらには…お前のような…《誰かを引っ張っていけるヒーロー》になってほしい…。だから俺は…これからも自分の性分を変えずに…生徒と向き合っていくよ…。今隣に住んでる《記憶喪失の生徒》ともな…」
もう少し話をしたいところだが…眠気が俺を襲ってきた…
「アイツは将来…お前が目指していたヒーローになってくれるのかな?…白雲……」
眠気に負けた俺は…そのままソファーで眠りについた…
…
●同時刻のとあるBAR…
None side
「……………」
「黒霧……黒霧……黒霧!!?」
「……え?」
「『え?』じゃねぇよ!ちゃんと聞いてんのか!?」
「あぁ…すみません…ボーっとしていたので…聞いてませんでした」
「ちゃんと聞けや!アイツはまだ帰ってこねぇのか?もう日付は変わってるってのによぉ」
「ああ彼ならば、さっき貴方がトイレに行っている間に帰ってきましたよ?」
「は!?んでどうしたんだよ!?」
「どうしたもなにも…今は自室で寝ているんじゃないですか?」
「あのクソガキ……誰がリーダーが分かってのかよ!やっぱり気に入らねぇ!塵にして誰が上なのか分からせてやる!!」
「お!お待ちください死柄木 弔!それは流石に不味いです!?」
「気に入らねぇんだよ!いくら先生が連れてきた子供だろうが!俺に歯向かう奴は消すんだよ!」
「駄目ですって!それにまだ彼は年齢的には子供です!死柄木 弔!貴方は二十歳前の大人なんですから《大人の余裕》というものを…」
「ウルセェ!俺に従わねぇ奴は《大人》も《子供》も関係ねぇよ!そこ退けや黒霧!」
「だから駄目ですってば!?」
癇癪を起こした死柄木を、黒霧が必死に止めていた…
…
●6月21日のとある公園…(出久のトレーニング開始から2週間後)
トレーニング1日目から大きな挫折感を味わった出久だったが相澤からの鼓舞を受けて、よりトレーニングに励むようになっていった。
そのかいあってか、1日毎にマラソンの距離と筋トレの達成回数を少しずつ伸ばすことに成功し…
トレーニングが開始されてから14日目…
「9994…9995…9996…9997…」
「残り10秒…9…8…7…6…5…4…3…」
「9998…9999…10000!!!」バタッ…
スクワット10000回目を終えると、出久は足を伸ばしきった状態で背中から地面に倒れた。
「残りタイム1秒……ギリギリだが…俺が提案したトレーニングメニューを全てやり遂げるとはな……2週間前と同じ人間とは思えない成長っぷりだ…」
「あ…あぁ……ありが…とう……ござい…ま…す…」ゼー…ゼー…ゼー
出久は相澤からのスパルタトレーニングをやりきったことで達成感に満たされていた。
しかし、そんな出久の喜びに水を差すように…相澤は厳しい現実を突きつけた…
「あとは《5㎏のウェイト》を着込んで、同じことを達成するだけだな…」
「……はへっ?」ゼェ…ゼェ…
「『はへっ』じゃねぇよ…俺が初日に渡したトレーニングメニューの紙に書いてあっただろ?『最終的には《5㎏のウェイト》を着込んで達成すること』ってな…」
「そ……そうでした…」
先程まで出久の中にあった達成感は…相澤の言葉を聞いた途端に消えてしまい…出久は深く落ち込んだ…
「残り期間はあと9日……今日のペースを忘れるなよ?下手に焦って無理をすれば逆効果だからな…」
「わ……分かりました…」
「ほら帰るぞ…さっさと腰を上げて車に乗れ…」
「はい…」
力ない返事をした出久は相澤の車に乗り込んで自宅へと向かった。
そんな帰り道、相澤は助手席で落ち込む出久に話しかけた。
「緑谷…突然だが《ヒーロー》は何のために存在するのか知ってるか?」
「え?《困ってる人や助けを求める人を助けるため》では?」
「あぁ…そうなんだが…お前のように迷うことなく馬鹿正直にそう答えられるヒーローは…現代ではメッキリ減った…」
「減った?確かに日本のヴィラン発生率は最近上下していたみたいですが、他の国からすれば基本的に安全な国の筈じゃないんですか?」
「いや、俺が言ってるのは《ヴィラン発生率》のことじゃない…」
「と…言いますと?」
「今年の4月頭まで…日本の現役ヒーローだった若手共の半分近くは《ヒーローの本質》よりも《私利私欲》…《名誉》や《金》を優先しヒーロー活動をしていた…。『誰かを守る…』『誰かを助ける…』なんて口に出すのは簡単だ……しかしなぁ…いざ自分の命が危険に晒された時に、助けを求める人を見捨てて自分の身の安全を優先するような《自己中な若手ヒーロー》が近年では増えちまってな…。まぁ、そんな《腰抜け共》の殆どは…最近あった騒ぎで自分からヒーローを辞めていったけどな…」
「…ヒーローとしての仕事をしていないヒーローが許せない…と?」
「そうだ。今のお前は記憶が無くても話くらいは聞いてるだろ?《ヘドロヴィラン事件》…昔のお前が自殺を図ったその日に発生したヴィラン事件だ…。その事件に関わったヒーロー達は…どいつもこいつも《ヒーローという存在そのものに泥を塗ったロクデナシ共》だ…。その一件が原因で…一時は日本のヴィラン発生率が《二桁》になっちまった…。30年以上も守られてきた《一桁》のヴィラン発生率がアッサリとな…。そのロクデナシ共の一部が…お前の教育者となる《シンリンカムイ》《デステゴロ》《バックドラフト》《Mt.レディ》だ…」
「…根津校長とリカバリーガールが入院中に教えてくれたので、僕が自殺を図った日に《昔の僕に何があったのか》全てを知っています。いったいその日に何が起きたのかを…あと相澤先生や根津校長、リカバリーガールやシンリンカムイ達以外には秘密となっている…《No.1ヒーローのオールマイトさんに僕の夢を否定されたこと》もです」
「………」
「でも…考え方によっては…僕も相澤先生が言っているロクデナシの1人になるんですよね…」
「……そうだな…お前にも日本の平和を壊した一端の責任はある…
(キッカケはどうであれ…日本の平和が脅かされた原因はコイツもある…。まぁ…コイツは《被害者》側だがな…)」
「僕が飛び降り自殺を図ったせいで…沢山の人達が迷惑をかけてしまいました…。しかも当の僕は記憶喪失になってしまって…無責任ですよね…」
「責任感があるならお前はまだマシな方だ…。さっき俺が言ったロクデナシ共は、ヘドロヴィラン事件での自分がとった行動に対して責任感の欠片も持っていなかった…根津校長の説教を受けるまではな…」
相澤も根津と同じく、ヘドロヴィラン事件後の後日に警察署へ集められたシンリンカムイやデステゴロ達の態度を見て、怒りの感情を持った1人だ…
今は心を入れ換えて、真剣にヒーロー活動に取り組んでいるシンリンカムイ達であるが、相澤は彼らのことを信用しきってはいない…
彼らが本当に《生徒を指導すること》が出来るのか?
特にMt.レディは、特訓とこじつけて借金返済のために出久の個性《循環》(【ゴミを木に変える能力】)を利用して金儲けをするんじゃないかと、相澤は疑心を持っていた…
Mt.レディだけじゃない、他の3人も現在は給料が半分になっていることもあって、同じことを仕出かすんじゃないかと相澤は思っている…
「緑谷…以前に勉強中に話したことだが…7月からのシンリンカムイ達との特訓の際に、あの4人の誰かが1人でも《お前の能力を金儲けに使う素振り》を見せたなら…すぐに俺へ報告しろ」
「は、はい…。でもシンリンカムイ達はヒーローですよ?そんなことする訳が無いんじゃ?」
「俺も考えたくはないが…あの事件でのアイツらの有り様を知ってるヒーローの立場から言わせれば、絶対に無いとは言い切れねぇ…」
「………」
「他人を騙して金儲けをするなんざ…それはもう《ヒーロー》じゃなくて…《ヴィラン》のすることだ…」
「ヴィラン…」
「《ヒーローは時として味方を疑わなきゃならない時もある》…7月からのシンリンカムイ達からの個性特訓を受ける際は、それも含めて特訓に励め…」
「…7月からの個性指導にも…相澤先生にはいてほしいです…」
「…そうなってほしいなら…さっさと俺のトレーニングメニューを完遂させることだ…。PLUS ULTRAの精神で達成してみせろ…緑谷…」
「ッ!?はい!!!」
半分以上は相澤のシンリンカムイ達に対する愚痴だったが、終盤の台詞によって出久は元気を取り戻した。
相澤先生が出久君へやらせたトレーニングメニューについてですが、《家庭教師ヒットマンREBORN!》の10年後の世界において、リボーンが山本武にやらせていたトレーニング内容としました。
ですが…原作の相澤先生がもしマンツーマンで1人の生徒を指導するとしたなら、本当にやりかねないトレーニング内容だと私は思います。
他にも今回の話では、漫画《ヴィジランテ》9巻の内容も入れ込みました。
期間は残りの8日…果たして出久君は相澤先生の課題をクリアすることが出来るのか?