五十里啓とかいう勝ち組に転生した件について 作:カボチャ自動販売機
千葉エリカ。
ぼくの幼馴染みにして妹分。
明るい栗色の髪で、十人が十人とも認めるだろう陽性の美少女。数年前から突然髪を伸ばし始めて、今では肩口くらいまである髪をポニーテールにしている。
千葉家の当主、千葉丈一郎とその愛人だったアンナ・ローゼン・鹿取の間に出来た娘、という複雑な立場故に、母の死後も千葉家の離れに一人で住んでいて、千葉家の次男である修次さん以外との兄弟仲が悪い。
長男の寿和さんは悪い人ではないのだが、エリカとは合わないことは確かだ。エリカとは異母姉妹となる千葉家の長女、早苗さんは数度しか会ったことがないけど、エリカを露骨に嫌っているという話だから論外だろう。
「啓兄、来てたんだ」
そんなエリカとの付き合いも、もう何年になるだろうか。確か、ぼくが千葉道場に入門した、五歳の時からだから十年以上だ。もう妹分というより、ぼくの中では妹である。
家庭内で修次さん以外とはあまり上手くいっていないようだからついつい甘やかし過ぎてしまう。
だって、こうやって久しぶりに道場に訪れれば、とことこと寄ってきて、笑顔を向けてくれるのだから。可愛くないわけがない。
「受験生なのに余裕だね」
「はは、ちゃんと勉強はしているよ?」
だから、というわけではないが、結構なついてくれている、と思う。
啓兄という愛称がその証拠だ。
「そっか。でも啓兄が進学したら中々会えなくなるね、向こうで暮らすんでしょ」
「ああ、それ無くなったから。ぼく四高受験するの止めたの」
「へー……って、えー!?なんで!?」
「それがさー……」
ぼくの愚痴を興味深そうに聞いているエリカ。
女子中学生が本気で駄々を捏ねて、それにぼくがタジタジになって、親父がデレて、ぼくは一高に進学することになった、という実に馬鹿馬鹿しい話。身内の恥も良いところなのだが、ぼくの話にエリカが笑ってくれるなら、全く問題はない。
そもそもエリカには散々親父の愚痴を溢しているから、あいつの威厳なんて微塵もないだろう。
「花音さんは相変わらずだね、啓兄、ずっと一緒にいて疲れないの?」
「ずっと一緒ってわけでもないよ、中学校もクラス違うし……まあ、疲れることもあるけど、見てて飽きない」
「前から思ってたけど……啓兄って実は花音さんのこと馬鹿にしてるよね?」
「馬鹿にはしていないよ……アホの娘だとは思っているけど」
「それって一緒じゃ」
エリカがジトッとした目で見てくるが、頭を撫でて、誤魔化す。
司波達也直伝、『撫で術』は色々なところで応用の効く素晴らしい技術だ。
「あたしはもう子供じゃないんだけど」
「ぼくの中ではいつまで経っても大事な妹だよ」
エリカは頭を撫でられるのは好きなようで、頬を膨らませてはいるが、ぼくの手を振りほどくことはない。
こういうところもまた、可愛らしい。
「そうだ、啓兄。久しぶりに試合しようよ」
「え、普通にぼくがボコボコにされて終わりだよ?」
「良いの、ほらやるよ!」
唐突にそんなことを言い出したエリカによってもう、今日の稽古は終わっているというのに、無理矢理道場の中に引っ張り込まれた。
この好戦的な所だけは、直して欲しいと思わないこともない。ぼくの体のためにも。
「おっ、エリカさんと啓ちゃんの試合か」
「エリカさんの何連勝だっけ?」
「200くらいじゃないか?」
うるさい、まだ197連敗だ。
そんな風に、ニヤニヤしながら集まってきた他の門下生に、心の中で反論してみるが、四捨五入したら余裕で200なため、何の意味もなかった。
実際、ぼくは一度もエリカに勝ったことがない。ぼくが五歳の時からエリカは強かったし、子供の頃からボッコボコである。
それなのに、エリカは結構ぼくと試合したがるんだが、これってストレス解消に使われてるってことなのかな。そうだったら、お兄さん悲しい。
「今日は魔法なしで頼むよ、これでも受験生なんで」
「うわ、こういう時だけそれ言い訳にするんだ」
またも、エリカからジトッとした視線を浴びることになったが、魔法ありだと、間違いなく全身隈無くボロボロにやられることが決定するため、何も言わずに試合の位置についた。
千葉道場、というかエリカは本当に容赦ない。
昔、まだエリカが幼かった頃に寿和さんに散々ボコボコにされたらしいからその影響なのかもしれないけど、良い迷惑である。おかげでぼくは『エリカ専用サンドバッグ』として千葉家の門下生に、エリカの機嫌が悪い時招集されるようになってしまった。
ぼくは剣の腕はそこそこだと思うのだが、エリカのような天才と比べると、やっぱり凡人の域を出ないのだろう。毎回ボッコボコだ。
「じゃ、行くよー」
正式な試合でもないし、審判もいない。
開始の合図はこんなゆるーいエリカの声だった。
「ハッ!」
ただ、それで試合の質が落ちるかといえばそんなことはなく、緊迫した空気の中で相変わらず微塵の手加減もないエリカの剣が一瞬にして、ぼくに迫ってきた。
試合だから使っているのは木刀だけど、当然、当たったらめちゃめちゃ痛い。
「――ッ!」
剣の才能では足元にも及ばないのは勿論、速さでもとても勝てない。ぼくが唯一エリカに勝てるとしたら、それは力。
だからぼくはあえてエリカの木刀を自分の木刀で受けて、そのまま前に出る。
超近距離で戦い、エリカの技術と速さを使う余地のない単純なパワー勝負に持ち込むことで、僅かばかりの勝率を生み出す。
「甘い!」
まあ、そんなことはもう何年も前からやっているわけで。
エリカがしゃがんだ、と思った次の瞬間には後方に回り込まれていて。
「くっ!」
なんとか回避するも、これで僅かばかりの勝率は無くなった。
「ヤッ!」
その後、数十秒の攻防で、ぼくはいつも通り道場の冷たい床に転がされていた。
はぁ、これで198連敗。
キラキラと汗を輝かせながら、あたしの勝ちー、と笑っているエリカの笑顔を見るのも当然、198回目だった。
完結まで基本毎日投稿ですが、大幅な修正とかあったら止まります。