五十里啓とかいう勝ち組に転生した件について 作:カボチャ自動販売機
急激に文字数も増え、今話からこの物語が本当の姿を現します(笑)
「あたし、やっぱり啓兄と花音さんが婚約するの、許せない。ごめん、我慢できなかった」
そう、エリカに言われたのが3日前。
「花音とエリカ、どちらかでも泣かせたら、あたしはお前を許さない」
そう、摩利さんから脅されたのが昨日。
「千葉家から、エリカちゃんとの婚約が申し込まれた」
そう、親父からどうしよう、という顔で言われたのが今日。
どうしようも何も、考えるまでもなくどうしようもないので、ぼくは取り合えず家を出た。
特に行く宛もなく、フラフラと街をさ迷って、夕方になっても、何か良い案が思い付くわけでもない。
ふと気がつくと、人気のない静かな公園にいて、無駄に歩き疲れたぼくはベンチに座った。
携帯端末で調べてみたところによると、街からそう離れてはいないようで、帰ろうと思えば何時でも帰れるのだが、逆にその何時でも帰れる、というのが、ぼくをここに引き留めた。
とりあえず、今は帰りたくなかった。
考えるのはエリカのこと。
出会って十年、今までの関係が変わろうとしている。
ぼくはたぶん、人の気持ちに鈍感なのだろう。
十年も一緒にいて、エリカの気持ちなんてこれっぽっちも分からなかった。ぼくなんかを好いてくれている、そんな事実はあるはずがないから、考えもしなかったのかもしれない。エリカは妹だった。
千葉の道場に通い始めてすぐに、見つけた小さな少女。門下生達は彼女の生い立ちを知っているのか、腫れ物を扱うかのように、遠巻きに彼女を見ているだけで、誰も彼女と関わろうとはしない。
家から学校以外で出ることも許されず、家の中でさえ、まともに接してくれる人間は実の母と修次さんくらい。
この娘には、何の罪もないというのに。
許せないとか、可哀想とか、そんな気持ちより、一人で剣を振る彼女の姿が悲しくて、ぼくは彼女に言った。
「ねぇ、ちょっと試合しない?」
結果は惨敗。
まだまだこの道場に入門したばかりの初心者だったとはいえ、一つ年下の幼い少女相手に手も足も出ない。
本当は、ちょっと体を鍛えておこう程度の気持ちで入門したのだけど、このままじゃ格好悪いと、一念発起。それから週一くらいでエリカに挑んでは、ボコボコにされるという毎日を繰り返した。
「ねえ、あんまりあたしと一緒にいると、破門にさせられちゃうよ?」
実際はそんなことはないし、エリカと一緒にいることで、千葉の人間から文句を言われたこともないのだが、エリカは幼いながら自身の『立場』を理解していた。いや、理解させられていた。
「ぼく、友達がいないから、エリカが一緒にいてくれないと、一人で練習することになっちゃうんだよね」
彼女には自由がない。
剣を振るっているのも、彼女の意思によるものだけではないだろう。
「それともエリカはぼくと一緒にいるのは嫌?」
そんな彼女に、少しでも自由を与えられたのなら。
「嫌……じゃない、けど」
「なら、何も問題ない」
自己満足なのかもしれない。
ただ、彼女のことを
「また、負かしちゃうよ?」
「どうかな、ぼくも日々進化しているのだよ、今日という今日は勝たせてもらうさ」
勿論、また惨敗した。
「あたしの勝ちー」
でも、この笑顔が見れるのなら、それも良いかなって思ってしまう。
ぼくが彼女と一緒にいることで、一瞬でもこの笑顔を引き出せるのなら、それで良いって思うことにした。
自己満足でも何でも、彼女が笑顔でいてくれる事実に代わりはないのだから。
――その、笑顔を、ぼくは自分自身の手で摘み取らなくてはならなくなるかもしれない。
ぼくにとって、エリカは妹で、そりゃ、かけがえのないものの一つだと思うし、でも、花音とエリカ、どっちが大切かなんて選べない。
最初から答えなんて出るわけがない。
だって、どちらかを選べば、どちらかが傷つく。どちらも傷つけない、泣かせない、なんて不可能だ。
ぼくは主人公じゃない。
やれるだけのことはやってる。原作とか関係なしに、自分に出来る最大限を常に。
それでも、ぼくの手は小さなものだ。
掴めるものは限られてる。
沈む夕日に手を伸ばして、指の隙間から漏れる光を何となく眺めた。
どうしたら良いか、考えたって答えなんてないのだと、分かっていても考えずにはいられない。
「君、何を見てるの?」
思考の海に浸かっていたからか、彼女の問いに答えるまでには相当間があったと思う。なのに、ぼくの返答をじっと待っていた彼女は、変わっているというか、変だ。
「夕日、ですかね?」
「なんで疑問系?」
「ぼく自身、何を見ているのだか分からなくて」
肩に掛かる程度のストレートの黒髪を6:4分けのワンレングスにし、露にした右耳にピアス。
年上であろう二十歳くらいの女性は、何故かぼくを見てくすくす笑っている。
「貴女、変ね」
「ぼくも、同じ事を考えていました。貴女、変ですよ」
良く笑う人だ、と思いながら、目尻に涙さえ浮かべつつも上品に口許を隠して笑うこの人は何がそんなに面白いのだろうか。
楽しそうで何よりではあるが、ぼくの方は置いてけぼり感がハンパない。
「ふふ、久し振りに思いっきり笑っちゃった。貴女こんなところで何しているの?」
「黄昏ているんですよ、一人、このゆったりとした時間に浸っていたんです」
「つまり暇していた、と?」
「……そう取ります?」
ぼくが意識して、ジトッとした目を向ければ、彼女は肩をすくめて、大袈裟に反応した。
「冗談よ、何か悩み事?」
ちゃっかり、ぼくの隣に腰かける女性。コクッと首を傾げている様子は可愛らしいのだが、これは話を聞かせるまで帰ってくれそうにない。
「二人の女性から迫られているものの、どちらかに決められない、という大変クズで贅沢な悩みです」
ぼくの自虐気味な告白に、何故かハテナを浮かべて困惑している女性。何を困惑することがあるのだろうか?
困惑する余地もなく最低だと思うのだが。
「……あれ?ちょっと待って?貴女……女の子よね?」
「…………男ですよ」
ところが、困惑の理由は予想外のところから飛んできて。ぼくに、これでもかと突き刺さった。
うん、そういえば、ぼくのことについてあまり話していなかったね。
ほら、エリカがポニーテールだったり、エリカと摩利さんの仲が良かったり、『ぼく』という存在は一応世界に影響を与えているようで。
これは所謂、バタフライ効果という現象。
バタフライ効果っていうのは、蝶の羽ばたきのような、ほんの些細な事が、徐々にとんでもない大きな現象を引き起こす引き金に繋がるのではないか、という考えで、日本のことわざでいうなら『風が吹けば桶屋が儲かる』といったところだ。
そのバタフライ効果は、この世界での蝶の羽ばたき、イレギュラーたる『五十里啓』にも当然影響を与えていて。
『五十里啓』は原作以上の女顔になっていた。
そりゃ、『ぼく』が五十里啓に成り代わったわけだから、原作の五十里啓とは全く違う人生を歩んできているけども……それによって、ここまで容姿に変化があるものですか?
エリカに言われて伸ばしている髪を短めのポニーテールにしているから、だけではない。
言い訳のしようもないくらいの女顔。
いや、そこは良い。良くはないが、百歩譲って仕方がないと諦めよう。
でも、どうしても諦められない、将来的にどうにかなるんじゃないかと毎日願っているものがある。
それは――身長。
原作の五十里啓はそこそこ身長があったはずだ。少なくとも花音よりは大きかったはずなのである。なのにどうだ、今のぼくは。
もうすぐ高校生だというのに、160㎝もない。いや、強がった、ギリ150㎝もない。
黙っていたが、千葉道場では完全にマスコット扱いである。
だから、エリカ以外と試合することはないし――啓ちゃんと試合すると小さな子をいじめているようで嫌だと断られる――昔、エリカと一緒にいても何も言われなかったのにはそんな訳があって。実は微笑ましい気持ちで見られているだけだったということ。今じゃエリカにも身長で抜かれ――それに気がついた日には当然、枕を濡らした――頭を撫でるのにも背伸びしなくてはならないくらいだ。
うん、きっと原作に入れば身長伸びるよね!あれだよ、急激な成長期がやってくるんだよ!そうだよね、『五十里啓』!
「…………ごめんね?」
「いいえ」
ぼくがかなり落ち込んでしまったからか、割と本気のトーンで謝罪してくる女性に、少し、涙目になってしまった。大丈夫だ、まだ原作まであと一年ちょっともある。それまでには大きくなっているさ。
「そ、そういえば、まだ名乗っていなかったわね、私は津久葉夕歌、夕歌でいいわよ」
気まずくなったのか、唐突に自己紹介を始める女性、津久葉夕歌さん。
名乗られたのだから、名乗り返すのが礼儀というもの。
「五十里啓です」
『五十里』、で『いそり』とは普通の人――魔法関係者以外――は読めないことが多いため、一応、漢字の説明をしておく。五十に里で『いそり』だと説明すると案の定驚かれた。
「それで、啓くんはモテ過ぎて困っているんだっけ?」
「そんな、俺イケてるぜアピールみたいな言い方はしていませんが、まあ、そうです」
すっかり自分のペースを取り戻したらしい夕歌さんは、悩みを聞いてくれるような雰囲気だが、ぶっちゃけ他人に話すようなことではない。
「当ててみようか?啓くんの悩み」
「どうぞ」
「ズバリ、許嫁でしょ!二人の女の子から婚約を申し込まれたってところね」
絶句した。
花音に、内緒でエリカと二人で遊園地に行ったことがバレた時くらい絶句した。
女の勘、という奴なのだろうか。今日はエリカと二人で楽しかった?、という花音の声がトラウマなのだが。この世界の女性というのは魔法師以上に特殊な技能か何かを持っているんじゃないかと常々震えているぼくとしては、恐ろしくて仕方がない。
「その顔、的中したみたいね」
「……なんで分かったですか?」
「女の勘……って言いたいところだけど、簡単な推理よ」
ぼくの心を読んでいるのではないだろうか、というタイミングでの『女の勘』に、一瞬、体が硬直してしまったが、どうやら違うらしい。
推理した、ということは何か判断材料があったのだろうが、この短い会話の中から何を見つけたというのか。
「魔法師の家系、それも、百家ともなれば、許嫁の一人や二人いてもおかしくないでしょ。政略結婚、なんてものが現代でも横行しているような世界だし。
そこに、『二人の女性から迫られているものの、どちらかに決められない』という情報が加われば答えは出たも同然よ」
どうやら彼女は、魔法関係者だったらしい。ぼくが百家の『五十里』の者である、と見抜いたようだ。
「どう?」
「概ね正解ですよ」
ドヤ顔は良いのだが、ツンツン頬を小突くのを止めてほしい。地味にうざいのだ。
「最近の小学生は進んでるなー、私なんて今まで恋人の一人だっていたことないわよ?」
「それはどうでも良いんですが、ぼくは中学生、四月からは高校生になるので、勘違いしないように」
流石に小学生は酷いと思う。
ぼくはまた、夕歌さんに泣かされそうになりつつも、なんとか自分を立て直す。落ち着け、ぼくはまだ時間があるだろ、原作の五十里啓は原作開始時にこそ、達也並みの身長だったが、今はその原作まで一年以上ある。成長期、圧倒的成長期が、ぼくにはあるんだっ!
「にしては、小さいよね」
「はい、もう夕歌さんとは口を利かないことが決定しましたー。お帰りください」
「まあ、それは置いといて、本題に行きましょうか」
ぼくを完全無視して、ぼく一番のコンプレックスをあっさり置きましたね、この人。
こういう強引なところ、花音より酷いかもしれない。
ぼくは、もう話すしかない、と悟り、悩みを打ち明けた。
妹のように可愛がっていた娘から婚約を申し込まれ、以前から婚約すると聞かされていた幼馴染みの少女とのどちらかを、選ばなくてはならなくなったが、ぼくにはそんなことは出来ない。
結局、どうすることも出来ないのだから、ぼくがどちらを選ぶか、ということに話は集約される。
話したところで何も変わらないし、選択肢が増えるわけでもないのだが、口に出す、ということは、脳内でぐちぐち考えているよりも、ぼくには合っていたのか、頭がスッキリした。
そう、最初から道はどちらかしかない。
どちらを選んでも、どちらかを傷つける。
それはぼくの責任で、ぼくが覚悟を決めて選ばなくてはならないのだ。
ぼくは悩むべきところを間違えていたんだ。
ぼくが考えるべきは、どうしたら良いのか、ではなく、どちらを選ぶか、だったのだ。
「君は、どっちが好きなの?」
そう、選ばなくてはならない。
例え、どちらか一人を傷つけたとしても。
「ぼくには、恋愛感情……というものが分かりません。二人とも可愛いと思うし、好きだと思いますけど、それは『異性』としてではなく、二人『個人』として好きなんです」
異性としての好き、がどういうものなのか、ぼくには分からない。五十里啓として生まれてから今まで、そんな感情は抱いたことがなかった。
たぶん、これはぼくの欠陥だ。
この世界をまだ、現実として、完全には認識出来ていないのかもしれない。
未だに彼女達を、『キャラ』だと心のどこかで考えてしまっている――そんなことはないだろうか?
ない、とは言い切れない。
そんなぼくに、誰かを愛する資格なんて――ない。
「んー、啓くんって、あれだね、難しく考えすぎなんだよ」
難しいに決まっている。
選択肢は二つしかなくて、でもどちらも選べなくて、だから土壇場になっても、こうして考えてる。
最高に難しいし、考えても答えは出ない。
「それに優しすぎるよ、向こうが勝手に君を好きなんだから、別に気にしなくて良いじゃない」
「そんなドライにはなれませんよ……二人とも大切なんです……」
そんな風に切り捨てられるなら、ぼくは悩んでなんていない。どちらの方が『家』の利益になるか、ぼくの役に立つかで選べば良い。
そんな最低な行為をあの二人にするなんて出来るわけがない。
「うん、啓くんは恋愛感情が『ない』んじゃなくて、『分からない』から、自分を責めるんだね。分からないから選べない、無いのならきっとそんなに悩まなかっただろうから」
「『分からない』んじゃ『無い』のと一緒ですよ」
「んー、私は違うと思うけど」
少し考える素振りを見せた後、夕歌さんが唐突に提案した。
「そうだ、啓くんの悩み、解決できる所に連れてってあげる」
この日、ぼくの運命は動き出した。
五十里啓、男の娘化。
もはやぼくの持病な可能性があるのですが、気がついたら男の娘になっていた……。書き始めた時、そんな設定じゃなかったのに、なんでだ。