五十里啓とかいう勝ち組に転生した件について 作:カボチャ自動販売機
時が経ち、しかしぼくの悩みは解消されることなく、無様にも引き延ばしていた。
夕歌さんに相談しても適当な返事しかないし、結局は自分で決めるしかないことなわけで、そのためにぼくが選んだのが延長という、へたれとも、意気地無しとも、何と呼ばれても甘んじて受け入れるしかない行為で。
高校卒業まで。
それがぼくに与えられた猶予にして、花音とエリカ、二人がぼくを巡って争う期間ということ。ただ、あの二人はぼくなんかよりはずっと強いから、何やら二人で協定らしいものを結んでいるらしく、二人の仲は意外な程に悪くない。このままこういう関係が続いていけばいいのに、なんてことも考えたりするが、一人の男として、ここまでさせておいて、決断をしないというのは無しだろう。
ぼくは未来の自分に期待しつつ、一先ず平和に過ごしていた。
悩みを解決できなかったのなら、司波兄妹との出会いがリスクだけの無駄だったかと言われれば、そんなことはなくて、ぼくは達也くんという得難い友人を得ることが出来たし、そのおかげで新魔法が完成したりもした。主人公にして世界的に有名な魔工師トーラスシルバーのシルバーでもある彼は、中学生であってもやはりそのスキルは超一級。彼がぼくをリスペクトし、先輩として尊敬してくれていることは何より誇らしい。
――今日はそんな達也くんが主人公であり、物語の主な舞台である一高、その入学式に新入生として参加していた。
一高に、一科生として合格することの出来たぼくと花音は自由席であるはずなのに、明らかに規則性のある席順に特に逆らうことなく、講堂の前半分、前から三列目の真ん中辺りに並んで座った。
どうやらこの頃から、前半分が一科生、後ろ半分が二科生、という風に別れていたようだ。
ぼくとしては、退屈な入学式なんて後ろの方で寝ていたい、というのが本音なのだけど、そんな理由でわざわざ後方に座って、反感を買うのも馬鹿らしい。いや、それを言ったらそもそもこの明確に別れている席順そのものが馬鹿らしいのだけど。
「えっ、小学生?」
新入生総代による答辞。
舞台の横からちょこちょこと現れたのは、花音が思わず声に出してしまうくらい、小さな少女。
中条あずさ、というらしい彼女はガチガチに緊張しているのが丸分かりの表情で、一生懸命に答辞を読み上げている。噛み噛みなのも、その一生懸命さと愛らしい容姿で、微笑ましいものとなり、痛々しくはならない。これも一種の才能といえるだろう。彼女は最後にマイクへ頭をぶつけるという、なんとも古典的なドジをかまして、真っ赤な顔で袖へと消えた。
本人にとっては大失敗、黒歴史かもしれないが、見ていた側からすれば、なんとも微笑ましいものを見ることができて、緊張が和らいだ。このお陰で、クラスメイトに話しかけられず、高校デビューに失敗、なんてことも少なからず減ったのではないだろうか。
「啓、さっさと行きましょ」
式の終了に続いてIDカードの交付がある。
花音がぼくの手を掴んで、席を立つように促した。ぼくとしては、混んでいる今は待って、空いてきた頃に行けばいい、と思うのだけど、せっかちな花音さんは、待ってはくれない。
IDカード交付のための窓口には、やはり列が出来ていた。
この列ですら、一科生と二科生で綺麗に分かれていて、呆れを通り越して笑ってしまいそうになる。
IDカードは予め各人別のカードが作成されている訳ではなく、個人認証を行ってその場で学内用カードにデータを書き込む仕組だから、どの窓口に行っても手続きは出来るし、結果も同じだというのに。
「啓!何組だった?」
キラキラとした目で見つめてくる花音。
1学年200名が、1クラス25名の8クラスに分かれており、一科生がA~D組、と二科生がE~H組となっている。つまり、同じクラスになる確率は四分の一。
「B組だよ。花音は?」
ぼくが発言した途端、目に見えてキラキラが無くなっていた。
「なんで啓と私が同じクラスじゃないのよ!」
どうやら花音はA組であったらしい。
大きめの声で叫んだ花音に周囲の視線が集まっていたので、ぼくは宥めることに徹する。
「まあ、こればっかりは運だよ。ランダムなんだからさ」
「なんで啓はそんなに冷静なのよ!」
こっちに怒りが飛び火した。咎めるような目は、私と同じクラスが嫌なの!?と問いかけてくる。
「そんなことないよ、ぼくだって花音と同じクラスが良かったけど、それは来年の楽しみにしておくよ」
ぽんぽんと頭を撫でてやれば、それで花音の怒りは引いていく。基本的に花音はちょろいので、こうしておけば大概収まる。
残念なのは、こうして頭を撫でるのに少し背伸びしなくてはならないということだ。
「啓、ホームルームいくでしょ?」
すっかり機嫌の直った花音の興味は新しいクラスメイト達へと移っている。花音は人見知りとは無縁の性格であるし、友達ができないということもないだろう。その点は心配していない。
「そうだね、じゃあ、終わったら待ち合わせようか」
「分かったわ、どこで待ち合わせる?」
「まだ校内を把握できてないし、校門にしよう」
こうして、花音とは再び集まることにして一旦別れる。というより、花音がさっさとクラスに向かってしまった。別に、クラスは別でも隣同士なのだから、クラスまでの道のりは一緒なのに。
彼女のこうした極端な思考回路を可愛いと思えてしまうぼくは、花音に甘いのだろう。
「ぼくも向かわないと」
今日はもう授業も連絡事項もない。手続きが終わったところで帰っても良かったのだが、花音のワクワクとした様子を見るに、彼女がホームルームへ向かうことは分かっていたし、何より、新しい友人を作るのに、今日という日は無駄にするべきではない。
ぼくはもう見えなくなってしまった花音の背中を追うようにして、B組のホームルームへ向かう。
ホームルームこそ存在するが、古い伝統を守り続けている一部の学校を除いて、今の高校に担任教師という制度は無い。
事務連絡に一々人手を使う必要はなく、そんな人件費の無駄遣いをする余裕のあるところも少なく、全て学内ネットに接続した端末配信で済まされる。
学校用端末が一人一台体制になったのは、何十年も前のことらしい。
個別指導ですら、実技の指導でなければ、余程のことでない限り情報端末が使用される。
それ以上のケアが必要なら、専門資格を持つ複数多分野のカウンセラーが学校には必ず配属されているから、そこに頼りましょう、ということだ。
では何故ホームルームが必要かというと、実技や実験の授業の都合ということになる。
それに、自分用の決まった端末があった方が、何かと利便性が高いという理由もある。
背景はどうあれ一つの部屋で過ごす時間が長ければ、自然と交流も深まる。
担任制度が無くなることで、クラスメイトの結びつきは寧ろ強くなる傾向にあった。
そんな、時代によって移り変わる学校の様子を考えていると、目の前に小さな背中が見えた。
扉の前で何やら深呼吸をしている。先程、新入生総代を務めていた中条あずささんだ。原作において、生徒会長を務めることになる彼女は、やはり原作通り小心者のようで、一向に扉の先へと向かおうとはしていない。
いたずら心が、湧く。
「入らないの?」
「ふぁぁあああ!?」
あえて後ろから急に話しかけたのだが、予想以上に面白い反応を見せてくれた。二メートルは後ずさっただろうか、素晴らしい反射神経だ。
「中条あずささんだよね、新入生総代を務めてた」
「し、しし新入生総代の件は忘れてください!」
どうやら、既に彼女は入学式の答辞が黒歴史になっている様だった。これから散々弄られることになると思うので、そのピュアなリアクションを忘れずにいて欲しいところだ。
「おでこ、大丈夫?」
「だからっ、忘れてくださいと言ってますよね!?」
涙目で訴えてくる彼女はとても愛らしく、もっと意地悪をしたくなってしまうが、今日のところはこの辺にしておいてあげよう。
「緊張、解れたでしょ?」
「え、まさか、そのために……?」
胸の前で手を組んで、きょとんとした顔をしている彼女に、ぼくは笑顔で言う。
「中条さん、後ろ見て」
「へ?」
ぼくらは教室の出入口で、今のやりとりをしていたのだ。教室の出入口は二つあるが、今日に限っては、手続きを終えた人間が先に通りかかる一つ目の出入口、つまりは中条さんが深呼吸をしていた出入口に集中する。
ぼくらの後ろでは、クラスメイト達が興味深そうにこっちを見ていた。
ぷるぷると震える中条さん。
「さあ中条さん、今日の新入生総代の話をしてあげるんだ!」
顔を真っ赤にした中条さんが、クラスメイトの波に飲み込まれていく。
ぼくは凄く良い仕事をした満足感でいっぱいだ。
「さて、花音より先に駅に向おう」
ぼくはこの場を去ったが、この後中条さんは何度も答辞を弄られることとなった。
そうしてぼくの尽力もあり、中条さんが、クラスのマスコットになるのに、そう長い時間はかからなかった。
もう後2話で一旦は完結の予定です。