狩人の頂 作:ばるむんく
唐突ですが、一応プロット通りに進んでます
フォンロン地方の南部はバテュバトム樹海が大半を占めている。高温多湿の気候により、人が簡単に入ることもままならない鬱蒼とした森の光景は、メゼポルタハンターにとって日常的な風景である。そんなバテュバトム樹海の北部に位置するメゼポルタ広場、更にその北部には大きな建造物が天へと向かって聳え立っている。誰が作ったのか、どの時代に建てられたのか、何の目的で作られたのか、どのようにして作られたのか。その一切が不明のまま調査の成果も芳しくない謎の古代文明によって建てられた雲を貫くほど巨大な建造物は、いつしか『塔』と呼ばれるようになった。塔はメゼポルタ広場に近い場所にある故に、その調査の大部分をメゼポルタギルドが行っている。しかし何の進展も見られないのは、その謎すぎる文明故ではなく、住み着いているモンスターがどれも強大なことに起因する。と言うのも、塔は大型の古龍種となるモンスターがよく発見されるのだ。一匹で天災級の被害をもたらす存在であるはずの古龍種が、あり得ない程の頻度で発見されるのが塔の危険性を物語っている。
塔の頂上に居座ったモンスターの狩猟を、ギルドマスター直々に依頼されたジークたちは、その続きを促すようにギルドマスターを椅子に座るように勧めた。
「すまんの」
「いえ。それで……塔の頂上に住むモンスター、とは?」
椅子に腰かけたギルドマスターは、持っていた依頼書を四人に見えるように置いてから、パイプをふかした。四人は乗り出すようにその依頼書を見て、全員が驚くような顔をした。
「エスピナス、亜種?」
「
「随分と、面倒くさいモンスターね」
依頼書のモンスター名を見て、エルスは大きなため息を吐いてからギルドマスターの顔を見た。棘茶竜エスピナス亜種と言えば、危険度だけで言うのならば古龍級と言っても差し支えないモンスターである。エルスも討伐の経験がないモンスターではあるが、メゼポルタ広場に出回っている書士隊の編纂したモンスター図鑑を読む限り、上位ハンターに頼むようなモンスターではない。
「ふむ……お主らなら討伐できると考えての依頼じゃ」
「それにしても、随分と急に言うのね」
エルスはギルドマスターのどこか飄々とした風の言葉に警戒心を露わにしていた。通常ならば上位ハンターにそうそう古龍種や古龍級のモンスター討伐など任されるものではない。塔の調査の為にエスピナス亜種が邪魔だったとしても、通常ならば凄腕ハンターに依頼する様な重要なものを、ギルドマスターがわざわざ零細猟団の猟団部屋まで直々に赴いていることに疑問を持っていたのだ。しかし、ジークは一人で笑みを浮かべていた。
「まぁ、いい機会じゃないですか?」
「いい機会?」
「どっちにしろ、俺たちはさっさと実績を作って凄腕ハンターになる必要がある。その過程に、ギルドマスターからの依頼がってもいいって話ですよ」
「それは……そうね」
ギルドマスターのやっていることが怪しいの事実だが、とにかく早く凄腕ハンターになる必要があるジークたちには、今は依頼を選り好みしている余裕が無い。エルスもそのことは理解しているので、ジークの言葉には頷いた。
「ほっほっほ……当然、この依頼をクリアすればそれ相応の評価はさせてもらうぞ」
「約束してくださいよ。ギルドマスター」
「うむ。わしもその為にこの依頼を持ってきたのじゃからな」
強く頷いたギルドマスターの言葉に笑みを深めたジークは、ティナとウィル、そしてエルスに視線を向けてから依頼書を手に取った。
「塔頂上でのエスピナス亜種の討伐、受けますよ」
「任せたぞ」
「せ、精一杯頑張ります」
「頑張りましょう!」
「……私も、できることはするわ」
全員が頷いたのを確認したジークは、メゼポルタ広場にやってきてから初めてである四人での依頼に気分の高揚を抑えきれなかった。
ギルドマスターからエスピナス亜種の依頼を受け、即日狩猟準備をしてメゼポルタ広場を出発したジークたちは、不自然なほど静かな塔を登り切り、頂上へと出る穴の外で装備の点検をしていた。
「まさかこんなに早くまたエスピナスとやり合うことになるとは思わなかったな」
「そうですね」
周囲に気を配りながら支給品の分配と武器の点検をしていたジークの言葉に、共に原種のエスピナスを狩りに行ったウィルは苦笑を浮かべていた。
「エスピナスは危険なモンスター。だけど亜種はもっと危険よ」
「わかってます」
エルスの言葉に頷いたジークは、今回エスピナス亜種と相対する為に背負ってきた武器を見た。ティナが上位昇格試験を受ける前にウィルと共に狩猟していた「
「私は準備万端です!」
「こっちも大丈夫」
ティナは前回の狩りに使用していた『怒髪弓【夜霧】』を更に強化した『怒髪弓【氷雨】』を持ち、エルスは愛用武器であるヘヴィボウガンの中でも、エスピナス亜種の苦手とする水属性の弾丸である水冷弾が放てる武器『ガノスクリーム』を背負っていた。「
「よし、行くか」
全員が武器の点検を終えたことを見たジークは、轟爪【虎血】を両手に持ちながら、塔の頂上へと続く道に視線を向けた。
謎の古代文明によって建設されたとされている塔は、雲の上までも続いていた。他の三人はどこか緊張しながらジークの後ろを歩いていたが、ジークはこの塔にやってくるのが初めてではない。かつてタンジアギルドでG級ハンターとして活動していた時、塔の中腹にある開けた場所で狩猟を経験したことがあるのだ。星の瞬く夜の中、無色の衣を纏って襲い来る月迅竜との死闘を思い出したジークは、口許に笑みを浮かべていた。今回狩猟するエスピナス亜種は、月迅竜にも劣らない程の危険生物。優れたハンターと言うのは得てして強敵を前にして高揚感を覚えるものである。
「さて、頂上まで来たが……予想通りだな」
「あはは……エスピナスですからね」
塔の頂上へと警戒しながら登り切った四人の前に見えたのは、頂上広場中央で堂々と眠っているエスピナス亜種の姿だった。エスピナス種は、その硬い甲殻と全身に存在する毒の棘で、普段は全く周囲に気を配ることもなく眠っていることが多い、圧倒的捕食者の頂点に位置するが故の生態だが、ジークたちの目の前にいるエスピナス亜種においては、その異常性を強く感じさせる生態である。この「塔」という地には、エスピナス亜種の外にも強力なモンスターが集いやすい地である。それこそ、身一つで天災を巻き起こすような古龍種なども現れるのがこの「塔」の特異性と危険性を知らしめている。そんな天災すらも降りかかりかねない場所で、あろうことかエスピナス亜種はゆっくりと睡眠を取っているのだ。
双剣の柄を強く握ったジークは、声を出さずに三人へと視線を送った。言葉を交わさないジークの視線の合図に三人は同時に頷くと、それぞれ武器を構えた。
「いきます!」
エスピナス亜種の目の前に陣取ったウィルはヘルファングを構え、上位昇格試験時にジークがやったように、銃撃機構に装填されている爆発弾を全て起動させ、更に穂先の一部を開いて空気を急速に吸収する。ガンランス自体が悲鳴をあげるような熱を発しながら放たれた『爆竜轟砲』は、反動によってウィルを数歩分後ずさりさせる程の火力を見せ、眠気覚ましに爆竜轟砲を浴びせられたエスピナス亜種は、のっそりとした動きで、立ち上がりながらも怒りをその瞳に宿していた。
体中に血管が浮き上がっていくの見たティナとエルスは、武器を構えてエスピナス亜種の頭へと狙いを定めた。瞬間、エスピナス亜種の爆発のような咆哮によって生じた風圧を受けてウィルは尻餅をつき、そのあまりにも大きい音にティナ、エルス、ジークは咄嗟に耳を塞いだ。茶色の甲殻に赤い模様が浮かび上がり、爆竜轟砲の爆炎の中からゆっくりと歩く姿に、ジークは汗を流していた。
「ウィル! 一回離脱しろ!」
「は、はい!」
ウィルへと狙いを定めてゆっくりと前進していたエスピナス亜種に、ジークは轟爪【虎血】で視界を遮るように攻撃をしかけていた。爆竜轟砲は超強力な技ではあるが、内部に装填されている弾丸全てを消費し、ガンランスのランスとしての切れ味もその爆発による熱で急速に劣化させてしまう技である。ウィルには少しだけ戦線を離れて準備する時間が必要だと考えたジークは、エスピナス亜種に傷をつけることを目的とせず、かく乱するように武器を振るっていた。視界の外から現れたジークへと一瞬だけ視線を移動させたエスピナス亜種は、双剣による攻撃に対して、小さく頭を振ることで回避し、そのまま口から燃え滾る炎の塊を放った。
「っ!?」
紙一重でブレスを避けたジークは、続く頭の角を小さく振るような攻撃を双剣でいなしてから懐へと入り込んだ。原種のエスピナスとの戦闘で、もっとも柔らかい部位は腹部であることを知っていたジークは、躊躇いなくエスピナス亜種の足下へと入り込んだ。無謀とも言える接近戦をしかけるジークだが、超接近戦を可能とする要因はもう一つある。
「ティナ、合わせて頂戴」
「はい!」
事前の準備で水冷弾を装填していたエルスは、足下にいるジークを援護するようにガノスクリームを構えてから角に向かって的確に水冷弾を発射した。角の一部を削りながら飛んでいった水冷弾に反応したエスピナス亜種はすぐさまそちらに視線を向けるが、反対方向から翼の棘を狙って飛んできた矢に反応して翼を動かして弾いた。二人の遠距離ハンターに意識を向けた瞬間、腹部に向かってジークは双剣を突き立てていた。
「流石に四人相手にするのは、厳しいだろっ!」
「ティナ!」
「わかってます!」
腹部に傷を与えた勢いのまま、エスピナス亜種の両足へと双剣を振りぬいたジークに合わせて、エルスとティナも両翼に向かって弾丸と矢を発射した。瞬間的に三方向から攻撃を受けたエスピナス亜種は、尾を振り回して矢と弾丸を弾き、一歩大きく退いてから腹の下にいたジークを噛み砕かんと牙を向けた。エスピナス亜種のかみつきを横に転がって避けたジークを援護するように、エルスは的確に頭付近へと水冷弾を放ち、ティナがエスピナス亜種の注意を惹き付けるように数歩近づいて足に向かって矢を放った。
「悪い!」
「交代します!」
エルスとティナに援護の礼を口にしたジークは、後ろから聞こえてきたウィルの声に反応して一瞬視線を向けた瞬間、ゆっくりと上体を起き上がらせたエスピナス亜種の姿が視界に映った。先程までのかみつきや、弾丸を的確に弾き落すような動作に比べて極めて緩慢な動きをするエスピナス亜種だったが、四人の中でハンターとしての経験が豊富なエルスとジークは、一見すると隙だらけなエスピナス亜種の緩慢な動きに対して、確実な死の予兆を感じ取っていた。
「下がれッ!」
ジークの声に乗っている焦燥感を理解したウィルは、すぐさまエスピナス亜種から距離を取るように地面を転がった。エルスも、ハンターとしての勘から来る警告に従ってヘヴィボウガンを背負い直して、エスピナス亜種から視線を外さずに離脱していた。ただ一人、ティナだけは状況がわからずにエスピナス亜種に向かって矢を構えていた。腹すらも相手に見せるほど上体を起こした姿に、チャンスであると考えての行動だった。
「くッ!」
「な、なんですか!?」
双剣を鞘に納め、エスピナス亜種の足下から即座に離脱しようとしたジークは、ティナが状況を理解できていない姿を見て、すぐさまティナの方へと走った。急にエスピナス亜種との戦闘を放棄する様な行動をして、自分の方へと向かってくるジークの姿に困惑していたティナの視線の先で、エスピナス亜種は口元から紫色の炎を溢れさせていた。緩慢な動きで起こした上体を下に移動させる勢いのまま、翼をはためかせてエスピナス亜種が上に飛んだ瞬間、ジークはティナに飛びついて押し倒した。
「きゃぁっ!?」
「ぐっ!?」
ティナは押し倒されたことに意識が動転していたが、視線はエスピナス亜種から移動していなかった。故にティナはエスピナス亜種が何をしているのかを全て見ていた。上に飛び上がった勢いのまま、真下にエスピナス亜種が炎を放った。初撃にジークに向かって放ったブレスの数倍は大きい炎塊は、塔の地面に着弾すると同時に、周囲全てを巻き込むような爆発を起こした。耳を抑えたくなるような程の大きな音と共に爆発したブレスの衝撃と熱は、ティナが先程まで立っていた場所まで瞬時に到達し、意思の上に生えていた苔を全て焼き尽くした。
「う、そ…………じ、ジークさんっ!」
上体だけ起き上がったティナが見た景色は、まさしく地獄のような光景だった。何かが溶けるような音を立てながら石の上を炎が燃え盛り、周囲の気温が一気に上昇しているのを肌で感じていた。こんなブレスなどまともに受けていたら、身体を覆う装備ごと消し飛ばされていたことを理解したティナは、自分を庇ったジークを思い出して、未だティナの身体の上にいるジークを揺り動かした。
「だ、大丈夫だ……ちょっと意識が飛びかけてたけど、なんとか、生きてる」
「ごめんなさい! 私の為にっ」
「謝るのは、後だ」
ティナによって揺り動かされたジークは、頭を抑えながら立ち上がり、エスピナス亜種の方へと視線を向けた。燃え盛る炎の中を平然とした顔で歩くエスピナス亜種に、ジークは苦笑いを浮かべることしかできなかった。
「こいつは、確かに古龍級だな」
タンジア時代に相対した火山の如き巨龍を思い出したジークは、ウィルとエルスが逃げていた方向へと視線を向けた。ウィルとエルスも爆発の範囲からは間一髪で逃げ切り、爆発の余波による熱も身を屈めてやり過ごしていた。ジークたちはエスピナス亜種の危険性を考えて、四人で包囲しながら誰か一人に集中的な攻撃ができないように動きを制限しながら狩猟を優位に進めようと、塔の頂上にやってくる前に作戦を立てていた。しかし、エスピナス亜種はジークたちの予想を遥かに超える怪物であった。包囲網を認識した瞬間に、エスピナス亜種は巨大な爆炎を吐いて全員を弾き飛ばすことに成功したのだ。
「っ!? ウィル!」
「ぐぅぅぅっ!?」
エルス、ウィル、ジークとティナの三方向へと分断されたハンターたちを俯瞰しながら、エスピナス亜種は炎の中をゆっくりと歩いていたが、急加速してウィルの方へと突進を始めた。ゆったりとした動きからの緩急により、実際の速度よりも早く見えたウィルは咄嗟に盾を構えるが、途轍もない膂力から放たれた突進を受け止めきれずに後ろに転がされていた。
「だ、大丈夫です!」
「ジークっ! そっちに行った!」
「ティナ、右に飛べ」
衝撃を受け止めきれなかったウィルだが、エスピナス亜種の体には一切触れることなく吹き飛ばされたことで、毒を受けることも無くすぐに立ち上がり、エスピナス亜種へと意識を向けることができた。追撃を警戒して盾をもう一度構えようとしたウィルの耳に聞こえてきたのは、ウィルを助けようとガノスクリームを構えていたエルスの切羽詰まった声だった。あろうことか、エスピナス亜種はその膂力によって無理やり突進方向を真反対へと切り替え、ジークとティナの方向へと地面を削るような勢いで走っていた。ジークたちが狩猟したパリアプリアが可愛く見えるほど突進と方向転換に舌を巻きながら、ジークはティナに冷静に声をかけた。
「来いよ」
「ジークさん!?」
ジークの言葉に頷いたティナは、右方向へと転がるようにしてエスピナス亜種の進路上から外れた。しかし、ティナに逃げるように指示を出したジーク本人は、エスピナス亜種の突進に真正面から双剣を構えていた。互いに左右に飛ぶことによって難を逃れようとする提案だと思っていたティナは、驚愕の声をあげるが、遠くで見ていたエルスはジークの判断が最適解であることを理解していた。エスピナス亜種は真っ直ぐ突進しているように見えて、狙った獲物を感知して追いかけ続けているのだ。ジークがティナと同じように左に飛んでいればジークかティナ、どちらかの方へと曲がり、最悪命を落としていた。
「信じてますよ、エルスさん」
「任せなさい」
決して聞こえるような声では喋っていないジークだが、その動きだけでジークの言いたいことを察知したエルスは、すぐさま水冷弾を装填してジークとエスピナス亜種の間に銃口を向けた。
「偏差射撃は、得意なのよ」
「今だ、なっ!」
モンスターの動きを先読みすることが得意なエルスは、エスピナス亜種の突進速度を考慮してジークの目の前へ向かって水冷弾を放った。一見無駄撃ちの様に見える水冷弾は、ジークへと狙いを定めて突進していたエスピナス亜種の首筋へと当たり、突進速度を若干緩めることになった。その機会を逃すことなく、ジークはエスピナス亜種の突進進路上から移動しながら、岩をも容易く斬り裂く轟爪で傷をつけた。全身で風圧を感じながらもエスピナス亜種の首筋へと刃を走らせたジークの姿に、ティナとウィルは息を呑んでいた。予想外の反撃を受けたエスピナス亜種は、少し怯みながらもすぐさま頭を振り、強力な毒を含む角で外敵を貫こうとした。避けられるではないことを悟ったジークは、近づいてくる角が体に当たらないように双剣を重ねて防御した。当然、双剣程度では衝撃を防ぐこともできずに宙を舞うほど吹き飛ばされるが、双剣による防御には間に合っているので、直接的に傷はつけられていなかった。
「くっ!」
ジークがエスピナス亜種の攻撃によってエルスの方向へと吹き飛ばされていくのを見て、ウィルは咄嗟にエルスとジークをエスピナス亜種から庇うように盾を構えた。ジークやエルスのような経験から来る予測を立てた行動ではなかったが、結果的にエスピナス亜種の次の攻撃であったブレスから二人を守ることに成功する。右手に構えた盾に再度大きな衝撃を受けたウィルだが、足に全ての力を込めてなんとか耐え抜いていた。
「助かった……ありがとうな、ウィル」
「いえ……無事で良かったです」
咄嗟の判断だけで、角による攻撃の直撃を避けていることが見えていたのは、エスピナス亜種とジーク本人だけで、エルスたちにはジークが毒の角に刺されて吹き飛ばされたようにしか見えなかったのだ。
「大丈夫なの?」
「なんとか……ですけどね」
エルスに支えられながら立ち上がったジークは、再び突進態勢に移行しているエスピナス亜種を見て笑った。メゼポルタ広場に来てからも危険な狩りなど幾多も乗り越えてきたジークだが、ここまで明確に死の予兆を感じ取った相手は久しぶりだったのだ。強敵を前にしてジークが笑うことは多いが、今日の笑みは一段と深く、味方であるはずのウィルとエルスも寒気を感じるほどの迫力があった。彼は若き天才としてタンジアギルドでも頼りにされていたが、こうした戦闘狂な面には誰も付いてこられなかった過去がある。
「ウィル、しっかりついてこいよ。エルスさんも、ティナのフォローしながらでいいからなるべく援護頼みます」
「わ、わかったわ」
「ジークさん!? 無謀ですよッ!」
エルスの手を離れて立ち上がったジークは、轟爪に傷がないことを確認してからエスピナス亜種が突進を始める前に突っ込んだ。超広範囲のブレスを吐き、突進でガンランスすらも吹き飛ばすほどの膂力を発揮するエスピナス亜種。ウィルには突破口が見えていなかったが、ついてこいと言ったジークが走り始めたのもを見て無謀だと叫びながらもその背を追った。重量武器を持つウィルは当然ジークよりも遅く、エスピナス亜種が何を狙っているのかがよく見えていた。突進しようとしていたエスピナス亜種は、突如接近してきたジークに対してブレスを一つ吐いた。
「ウィル!」
「はい!」
前の背中を必死に追っていたウィルは、ジークと同じ動きでブレスを避けてからガンランスをエスピナス亜種の目の前に突き付けて砲撃を行う。爆発によって視界を奪われ、大きな体を半歩後ろに退いてたじろいだ隙に、ジークは再び腹下へと潜り込んで双剣を振るう。単純ではあるが、確実にエスピナス亜種へとダメージを蓄積していく二人の動きを見逃さないように把握しながら、エルスは一度に装填できる限界数である三発の水冷弾を隙だらけの身体へと撃ちこみ、ティナの傍まで移動していた。
「弓を取りなさい。狩りは続いているのよ」
「は、はい」
エルスの声をかけられて動き出したティナは、ジークに突き飛ばされて手放していた怒髪弓を手にし、矢に強撃ビンを取り付けて頭に向けて放った。広範囲ブレスによってエスピナス亜種が崩壊させた包囲網を、ジークの無謀とも言える突撃によって再度展開したハンターたちは、着実にエスピナス亜種の体に傷を増やしていた。包囲網を再び嫌っているエスピナス亜種だが、前と同じように広範囲ブレスを撃とうにも目の間に居座られているガンランスを扱うハンターを振り払えず、足元にいるハンターの姿も見えない。加えて位置を変えながら遠距離攻撃をするハンターの位置も正確に把握できず、尻尾と角を振って威嚇しながら突進の機会を窺うことしかできなかった。
「ブレスは正面から受け止めすぎるなよッ!」
「はいっ!」
ガンランスを使っている関係上、もっとも危険な顔の前に居座っているウィルだが、足元から尻尾にかけてを移動しながら攻撃を続けているジークの指示を聞きながら動いていた。その中の指示の一つが、時折エスピナス亜種が口から放つ紫毒のブレスを盾で受けすぎないことだった。ウィルは受け続ければ衝撃によって隙ができると考えての忠告だと思っていたが、ジークは周囲全てを吹き飛ばす勢いの広範囲ブレスを放った時からそのブレスの特性に気が付いていた。原種のエスピナスが放つブレスが出血性の毒と神経を麻痺させる毒を混ぜた炎のブレスを吐いていたのに対して、エスピナス亜種が吐いているブレスは神経に作用する毒ではなく、重酸が混ざったブレスを放っているのだ。塔の材質がなにかなど全く知らないジークだが、広範囲ブレスによって焼かれた頂上の地面は、薄っすらとだが熱とは明らかに違う溶け方をしている石を発見していた。いくらモンスターの素材からできている堅牢な盾であろうと、連続で受けてしまえば熱と重酸によってすぐにへし曲げられてしまうだろうと推測を立てていたのだ。
「よし、このまま――」
まともに動くこともできないエスピナス亜種を見て、このまま絶命まで持っていけると考えたジークだったが、振り回していた尻尾と角が先程から全く動いていないことに気が付き、ジークの思考が一瞬止まった次の瞬間。
「がっ!?」
「ぐぁっ!?」
「ジークさん!」
「ウィル!」
力を溜めていた反発力によって生み出された角を盾で受けた、ウィルは重酸によって脆くなっていた部分を的確に攻撃されて金属部分をへし曲げられながら吹き飛ばされ壁に激突し、足下にいたジークは急に移動して方向転換したエスピナス亜種の口から放たれたブレスを受け、ウィルと同じように軽々と吹き飛ばされた。
「ぐ、ぅぅ」
間一髪、盾での防御に成功していたウィルは、壁に激突した衝撃によって体中に痛みを感じてはいたが、なんとか秘薬を口に突っ込んだ。急速に体から痛みが引いていく感覚を思考の外へと追いやり、ウィルはボロボロになった盾を杖代わりに立ち上がって、ジークの方へと視線を向けると、そこには血を吐いて装備を溶解させられながらも立ち上がっていた。
「ジークさんっ!?」
「わるい、てぃな……ひやくくれ」
「は、はい!」
出血毒と火傷によって呂律もまともに回らないジークは、ティナに秘薬を飲ませて貰いながらもエスピナス亜種から意識を逃がさず、双剣を手から放していなかった。
張り付いていた厄介な相手を吹き飛ばしたエスピナス亜種は、二手に別れたハンターたちを見て近い方にいたウィルとエルスに向かって連続で三回のブレスを吐いた。重酸と出血毒の混合物である炎の塊を見て、ウィルはエルスを背中に庇うように動いてから盾を構えた。
「ぐぅっ……もう盾が持ちそうにありません。エルスさん……お願いします!」
「わかってるわ!」
エスピナス亜種の度重なる突進とブレスを受け続けたヘルファングの盾は、既に軋むような音を立てながら熱を完全に防ぎきれていなかった。熱を完全には遮断できず、盾を構えている右手に軽めの火傷を負いながらも決して下がることのないウィルに応えるように、エルスはブレスが止まった瞬間を見計らって盾の背後から飛び出し、貫通弾を角に向かって撃ちこんだ。
「ティナ、ここだ」
「はい!」
エルスが貫通弾を角から眉間に狙って撃ちこむと同時に、ジークはティナへと矢を放つように指示していた。秘薬を飲んだことによって命は繋ぎ止めたが、既に自分で突っ込むことはできないと判断したジークは双剣を放り投げ、エルスにあってティナに足りていない狩猟場全体の予測図を保管していた。ジークの判断に身を委ねて弓を引いたティナは、彼が見ている全体図の一端に触れた感覚があった。
「くっ、通り切らないか」
「エルスさん!」
渾身の貫通弾を放ったエルスだが、三発の貫通弾はエスピナス亜種の強大な角を貫通することはできず、角の半ばで止まってしまった。それでも充分な痛みを感じたエスピナス亜種は、怒りの矛先をエルスへと向けて角を突き出し、突き刺さんとする勢いで突進を始めた。ウィルはエルスを守る為に盾を持って間に入ろうとするが、先程の攻撃によるダメージが抜けきっていなかった為に足をもつれさせてそのまま倒れた。
「撃て」
「えっ」
エルスに命の危険が迫っているのえお、ティナは不思議と冷静な気分で見つめていた。それがジークに支えられているからなのか、放った矢が必ずジークの狙い通りに当たるのを確信していたのかはティナ本人にもわからなかった。結果的に、ティナの放った矢はジークの予測通りの場所に当たり、予測通りの結果をもたらした。
目の前まで迫ったエスピナス亜種に死を確信したエルスは、最後の抵抗とばかりにガノスクリームを構えた。弾も装填されていないヘヴィボウガンで何ができるのか、と自分で思いながらもハンターの本能として武器を構えたエルスは、不意に意識の外から飛んできた一矢が、貫通弾の刺さっているエスピナス亜種の角へと当たり、角が耐えきれずに血と毒をまき散らしながら砕け散るのを見た。
「ウィル! 爆竜轟砲!」
「はいっ!」
完全に意識の外から飛んできた矢に角を破壊されたエスピナス亜種は、大きな悲鳴を上げてエルスがいる方向から外れて塔の壁に激突して倒れた。その好機をエルスが見逃すはずもなく、すぐさまウィルに爆竜轟砲を撃てと指示を出してから、自分もポーチから徹甲榴弾を取り出して装填した。手に染みつく様な回数行ってきたヘヴィボウガンの装填即座に完了し、ウィルの爆竜轟砲よりも先に放った徹甲榴弾は、砕かれて上半分が無くなっている角に当たり、それとほぼ同時にウィルは爆竜轟砲を放った。エスピナス亜種を挟んで反対側にいるエルスに当たらないように、穂先を上空に向けながら放たれた爆竜轟砲は折られた角もろとも顔全てを巻き込んだ大爆発を起こし、エルスが差し込んだ徹甲榴弾を起爆させた。二重の爆発を頭に直撃させられたエスピナス亜種は、意識を朦朧とさせながら上体を起こして逃げようとしていた。
「はぁぁぁぁ!」
そこに再び飛んできた矢が、双剣によって攻撃されていた腹の傷へと刺さり、大量の血を吹き出させた。誰がどう見ても致命傷となる一撃を受けて、ようやくエスピナス亜種は倒れた。立ち上がろうとする気力が残っていても、既に血も失い傷も受けたエスピナス亜種は、ゆっくりと目を閉じて絶命した。
「ジークさん……私、やりました!」
「あぁ、ナイスな、狙撃だった、ぞ……ティ……ナ」
「ジークさん!? 大丈夫ですか!?」
ようやく倒れたエスピナス亜種の姿を遠目に見ながら、ジークはその場に倒れこんだ。秘薬によって傷は塞がりつつもあるが、失った血や消耗した体力が増える訳でもなく、ジークは安堵の息を吐きながら意識を失った。慌てたティナがジークを揺り動かそうとするが、呼吸をしっかりしている姿を見て意識を失っているだけだと理解してへたり込んだ。
「大丈夫、ですか?」
「は、はい」
満身創痍な姿で近づいてきたウィルと、漢方薬を口にしながら回復薬を手渡してきたエルスに、ティナは気の抜けた様な返事をした。ウィルとしてもここまで疲弊して倒れてしまったジークを見るのは初めてなので、ティナと同じように少しだけ戸惑っていたが、エルスは強敵との狩猟を終えたハンターなど大抵こんなものだと考えていた。
「ジークが起きたらエスピナス亜種をできる限り解体しないといけないわね」
「解体、ですか?」
「そうよ。こんな塔の頂上まで気球が来れる訳ないでしょ」
エルスの言葉は正しいことを言っているのだが、ティナとウィルはエスピナス亜種の大きな体へと視線を向けてため息を吐いた。
私は茶ナス、初見の時にすごい苦しんだモンスターでした
そもそも狩りに行く用事が殆どなくて、いきなり初見が奇種HCだったのが悪いんですが
おかげですごい苦手意識があります
GHCの茶ナスも大嫌いでした