狩人の頂 作:ばるむんく
苦戦しながらもなんとか棘茶竜エスピナス亜種を討伐したジークたちは、ひしゃげた防具や武器を抱えながらメゼポルタに帰還した。
「随分、苦戦した様じゃの」
「そりゃあ……そうですよ」
死ぬ直前までいったジークは、エスピナス亜種を思い出しながらギルドマスターの言葉に苦笑していた。亜種と呼ばれるモンスターが原種よりも危険なことはジークも理解していたが、まさかあんなに強大な力を持つモンスターだとは思っていなかった。
ジークの返答に笑みを浮かべているギルドマスターに、エルスが無表情のまま顔を近づけた。
「マスター」
「わかっておるよ」
無表情のまま圧をかけてくるエルスに押されながらも、ギルドマスターはエルスの言いたいことを理解していた。エスピナス亜種を討伐すればそれ相応の評価をすると約束したギルドマスターだが、そもそもエスピナス亜種など上位ハンターに狩猟を依頼する様なモンスターではない。剛種ほどとはいかなくとも、凄腕ハンターが狩るようなモンスター並みの強さを持っているのは事実なのだ。
「評価は勿論させてもらうが……最近、気になる猟団があるな」
「気になる猟団?」
エスピナス亜種狩猟において一番深い傷を負っていたジークだが、ギルドマスターの言葉に反応して猟団長として前に出た。
「なんでも派閥に所属しない大きめの猟団があるらしいな」
「それって……」
「老いぼれの独り言じゃよ」
元々はメゼポルタギルドが生み出した亀裂とは言え、ギルドそのものがどこかの勢力に肩入れすれば当然軋轢より大きなものになり、取り返しのつかない事態になってしまう。その現状をなんとかしようとする『ロームルス』と『ニーベルング』はギルドとして好ましいものではあるが、ギルドマスターはあくまで独り言を装うように肩入れはしていない体を貫く。
「猟団名は?」
「ユニスよ……『ゴエティア』は相変わらず実力だけは一級品じゃの」
「……あれはもう少し協調性が必要」
「ほっほっほ……それは無理じゃろう」
ギルドマスターはすっとぼけたように受付嬢のユニスに向かって猟団名を口にするが、ユニスには件の猟団に対して冷たい反応をしていた。
「……ありがとうございます」
「なんのことかわからんが礼はいらんよ。なにせ、エスピナス亜種の討伐を無理に受けて貰った恩があるからの」
感謝の言葉に笑いながらジークたちから離れていくギルドマスターに、エルスは呆れた様な顔をしながらジークに視線を向けた。
「私も『ゴエティア』は名前と噂だけは聞いたことあるわ」
「そうなんですか? じゃあなんで……」
ジークたちよりも前からメゼポルタ広場でハンターをしているエルスは、『剣』と『盾』どちらにも属していない猟団である『ゴエティア』のことも名前は知っていた。知っているのならば勧誘すればいいのに、と思って声を上げたウィルに、エルスは大きなため息を吐きながら首を振った。
「その『ゴエティア』は……面倒くさいハンターの集団なのよ。前々から問題ばかり起こしている猟団よ」
「え」
エルスの言葉に情けない声を上げたジーク、ウィル、ティナは互いに顔を見合わせてから首を傾げた。
「お疲れ様です。ネルバさん」
「おう……エスピナス亜種、だったか?」
「はい。とんでもない物を狩らされましたよ」
エスピナス亜種の激闘による疲労を癒す為、ジークたちは数日間の休養期間を設けた。他の三人が休養の為に部屋に籠っていたり、職人街に出て防具の修理などを頼んでいる間、ジークは『ロームルス』の猟団長であるネルバと会っていた。まだ同盟は結んでいないが、将来的に同盟になることが確定している仲であるため、定期的にジークとネルバは顔を合わせていたのだ。そんな定期集会の議題は、当然ギルドマスターから渡された情報だった。
「『ゴエティア』か……確かに悪い手じゃないとは思うぜ」
「そうですか」
「まぁな。主力メンバーは凄腕ハンターしかいない猟団だ」
エルス同様、ネルバも『ゴエティア』の存在を知っていたことでジークはある程度の実力を持っていることを判断したが、まさか凄腕ハンターの集団だとは思いもしなかった。
「特に、猟団長は化物みたいなハンターだって話だ」
「化物?」
「腕利きのハンターってことだよ」
優秀なハンターというのは得てして尊敬を集める物だが、化物と畏怖されるハンターは多くない。実力を畏怖されるハンターはよっぽどの実力者か、よっぽどの問題有ハンターである。
「メゼポルタにギルドナイトっていませんよね」
「あー……そっち系じゃないから安心しろ」
ジークの口から出たギルドナイトという言葉に、ネルバは苦笑を浮かべていた。ギルドが直接的に組織するギルドナイトは、モンスターの討伐に関する腕は勿論のこと対ハンターとしての腕前も重要となる、言わば法の執行者だ。問題の有るハンターであるのならば通常はギルドナイトが裁くものだが、メゼポルタギルドにはギルドナイトが存在しない。単純に、犯罪率よりも死亡率の方が高いからである。
ギルドナイトが関与する様な危険人物ではないと聞いたジークは、ならば何が問題なのだろうかと余計に首を捻るが、ネルバは大きなため息を吐いてから口を開いた。
「何て言うか……協調性のない奴らでな。実力だけは一級なんだがギルドの優先依頼はすっぽかすわ、戦闘狂のようにモンスターに向かって突っ込むわ、同じハンター相手にも喧嘩を売るわで、やりたい放題な訳だ」
「えぇ……」
もはやそれはハンターですらないのでは、と思ったジークだが、ネルバは言葉を続ける。
「それでもあいつらが猟団として存続を許されているのは、猟団長と周辺の主力メンバーがまだまともだから。そして……あいつらがいなかったらメゼポルタ広場はとっくに崩壊してたからだ」
「崩壊、してた?」
ネルバは話しにくそうにしながらも、ぽつぽつと『ゴエティア』について喋っていたが、『ゴエティア』がいなければメゼポルタ広場が崩壊していたという言葉に反応したジークに、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
「結構昔に、な……それこそ俺らがメゼポルタにやってきたばかりの頃の話だよ」
数年前のことを思い出しながら、ネルバはため息を再び吐いた。
「メゼポルタ広場は立地的な条件なのか、はたまたなにかがあるのかは知らないが、モンスターに襲われやすい土地にあるんだよ」
「……ドンドルマみたいに、ですか?」
「似てるっちゃ似てるかな。でもドンドルマが襲われるのは通り道だからって理由が多いだろ」
大陸の中心地であり、ハンターたちの本拠地にして聖地とも言えるドンドルマだが、多くの古龍モンスターが近くを通る危険地帯でもある。危険を隣り合わせにした方が発展すると言うのは、メゼポルタ広場も似たものではあった。
「メゼポルタはなんでモンスターに襲われるのかは謎なんだ。ドンドルマみたいに古龍だけじゃないしな」
「それで、『ゴエティア』がいなければ崩壊していた、と言うのは?」
「……数年前メゼポルタ広場の西部に位置する迎撃拠点まで古龍種が近づいてきたことがあってな。そいつはいとも容易くハンターたちを蹴散らして、迎撃拠点を好きなだけ破壊していきやがった。結構な人間が命を落とした事件だった」
「そんなことが……」
通常、古龍種とは人間が真正面から相対することすらも無謀な存在である。大自然の脅威を龍の形に押し込めた存在とも言われるその力の前で、多くの人間が命を落とすのは珍しい話でもない。
「あの頃はまだ『カリバーン』も『アイギス』もそこまで強い力は持ってなかったからな。迎撃拠点を破壊されたらメゼポルタ、そしてその先にある街にまで被害がってところで出てきたのが『ゴエティア』だった」
同時は凄腕ハンターという区分がまだなく、ただ
「『ゴエティア』の連中は四人だけでその古龍変種……今でいう剛種に挑んで、撃退しやがったのさ」
ドンドルマで存在が確認されていた古龍種と比べても、明らかに強すぎるそのモンスターをギルドは古龍変種と名付けた。後に古龍変種と同レベルの危険なモンスターでありながら、古龍種ではないモンスターが出現した時点で「剛種」に名前を変更されている。
「それがメゼポルタ崩壊の危機、ですか」
「そうさ……だから、ギルドとしてはあの連中を手放したくない。だけど、あの時の生き残りは『ゴエティア』を心のどこかで畏れてる……俺みたいにな」
最後の言葉に驚いた顔をしたジークを見て、ネルバは苦笑を浮かべた。元々、ドンドルマで
「別に『ゴエティア』との同盟を蹴るって話じゃない。ただ、あいつらは気まぐれな狩りしかしない連中だからな……正直上手くいくかどうかはわからんぞ」
ひとしきり話した後に、手元の水を一気に飲み干したネルバの顔をジークは見ていた。疲れた様な表情とどこか諦めの見える瞳を見て、ジークは立ち上がった。
「ネルバさん。『ゴエティア』との交渉、来てくれますよね?」
「そりゃあ……いくけどよ」
同盟を結んでほしいと頼みに行くのに、まさか「トラウマになっているから会いたくない」などと言うこともできない猟団長は、嫌そうな顔をしながらも頷いた。温暖期の終わりである現在から、繁殖期である狩人祭までの間に寒冷期が挟まることを見越して、ジークはネルバのトラウマ脱却を考えていた。これから凄腕ハンターになり、二大猟団を脅かそうとする過程では、古龍種討伐は避けては通れない。古龍種と相対した経験もある自分が、どうにかしてやろうとジークは考えていた。
ネルバと都合も合わせたジークは、副猟団長であるウィルとティナを連れて会談場所へと訪れていた。ジークは先に『ゴエティア』側へ手紙で連絡を取り、向こうの都合に合わせて話し合いをしたい趣旨を伝えてあった。指定された場所は当然、人目の少ない交流酒場であった。
「よう」
「ネルバさん。先に来ていたんですね」
「久しぶりー」
「スロアさん。お久しぶりです」
交流酒場へとやってきたジークたちは、中央のテーブルで軽食をつまみながら飲み物を飲んでいるネルバに視線を向けた。ネルバの横には『ロームルス』副猟団長であるスロアともう一人、眼鏡をかけたジークの知らない女性が座っていた。
「初めまして。私は『ロームルス』副猟団長、メルクリウスと申します」
「おぉ……初めまして。『ニーベルング』猟団長のジークです」
ネルバとスロアとは違い、とても物腰丁寧なメルクリウスの挨拶に、ジークは少しだけ感心していた。
「メルクリウスはしっかりしてるから、俺らの代わりに猟団運営してくれるんだよ」
「そうそう。僕ら、結構いい加減だから」
「見ればわかります」
「そうですね。ジークさんの見る目は正しいです」
笑いながら発言している『ロームルス』猟団長と副猟団長の言葉に、ジークが呆れながら返答すると、それに便乗する形でメルクリウスの冷たい視線を言葉が突き刺さった。
「ま、まぁ座れ。『ゴエティア』の連中が来るまでもうちょい時間あるだろ」
「そうですね……ウィルとティナも」
「は、はい!」
「よろしくお願い、します」
ネルバの言葉に従い、横に座ったジークに促されたウィルとティナは、何故か緊張した面持ちで椅子に座った。そんな三人を見て、メルクリウスは一瞬だけ目を細めた。
「随分と、若いですね」
「え? まぁ……メルクリウスさんも十分若いと思いますよ?」
「それは当然です。まだ20にもなっていませんので」
眼鏡を押し上げながら応えるメルクリウスに、感心しながらジークはウィルとティナへと視線を向けた。
「えーっと……『ニーベルング』副猟団長のウィル、です」
「お、同じく『ニーベルング』副猟団長のティナです!」
「エルスを含めて四人なのか?」
「もう少しだけ増えましたよ。まだ十人にも満たないですけど」
エスピナス亜種の討伐後、ネルバと話合ってから『ゴエティア』との話し合いができるようになる今日まで、ジークとエルスは猟団員集めに励んでいた。結果的には数人の新人ハンターと、猟団を探していた上位ハンター数人を勧誘することに成功していた。まだ十人にも満たない人数でしかないが、ようやく四人から人が増えただけでも進歩と言えた。
「俺らもそろそろ凄腕ハンターが……
「やっぱりそこ、ですか」
下位ハンターが上位ハンターになる為に必要なHRは30である。HRが30に達した、もしくはすぐにでも達するような状態になったハンターに対して、ギルドマスターから直接言い渡された昇格試験である「公式狩猟試験」をクリアすることで上位ハンターとなる。下位ハンターが上位ハンターになるのはそこまで難しくなく、凶悪なモンスターを狩猟することが多くない下位ハンターは、それなりの期間ハンターとして活動していれば誰しも上位ハンターになる。しかし、凄腕ハンターになるのはそう簡単な話ではない。
「HRが100近くなろうとも、凄腕ハンターとしてやっていけるだけの見込みがなければ、まず公式狩猟試験すら受けられない。それはメゼポルタギルドの定めた規則です」
「そうなんだよ……だから実績を考えてるんだろ?」
軽食を口にしながら、メゼポルタギルドの規則を淡々と説明したメルクリウスの言葉に、ネルバは項垂れるように机に倒れ伏した。
凄腕ハンターに最も必要な物はHRではなく変種、奇種、その先に位置する剛種を狩る実力である。理論上は、下位ハンターがチマチマとイャンクックの依頼だけを探して、こなし続けても上位ハンターにはなれるが、上位ハンターがイャンクックをチマチマと狩り続けてもメゼポルタギルドは腕を認めてはくれない。
「なにしろ古龍級危険生物の依頼が日常のように飛び込んでくるランクですから。そうそう凄腕ハンターには上げて貰えませんよ」
「やっぱり古龍級、か……」
「ネルバ……」
ジークの言葉に物憂げな雰囲気で呟くネルバに、スロアは心配そうな顔をしていた。スロアはドンドルマにいた時からネルバと共に活動していたハンターである為、彼の過去も知っていた。ネルバの脳裏にはいつだって一度だけ相対した古龍変種の恐怖がこびりついているのだ。
「他人を呼んだにしては、随分と辛気臭い雰囲気だな」
「っ!?」
突っ伏してたネルバがため息を吐いた瞬間、突然背後から声をかけてきた男に、全員が驚いていた。ネルバは即座に振り向き、そこにいた男の顔を見て硬直した。
「お前、は」
「俺のことを知ってるのか?」
「俺たちが待ってた『ゴエティア』の副猟団長、でしょう?」
ネルバが固まったまま驚愕の表情をしている姿を見て、不敵な笑みを見せる男に対し、ジークは水を口にしてから静かに言った。初対面の相手にいきなり副猟団長だと断言された男は、先程までのどこか人を見定めるような雰囲気を消し、無表情のままジークの方へと視線を向けた。
「誰だお前?」
「それはこれからいくらでも知れることですよ。そちらの方と一緒に、話し合いの席に座ってくださるのなら、ね」
見定めるような雰囲気を漂わせていた時とは違い、狩人としての威圧感と殺気を全開にする男だったが、ジークは小さく笑みを浮かべながら背後へと振り返った。
「重役出勤ですか。猟団長さん」
ジークの言葉に全員が振り返った瞬間、男もまた面倒くさそうな表情のままジークと同じ方向へと視線を向けた。あれほどの殺気を放っていた男がそれを霧散させて振り向いた方向からは、男の放っていた押し潰すような威圧感とは違う、刺し貫くような鋭い存在感を放つ音が歩いてきていた。
「そこまで遅れてしまった自覚はないが……問題でもあったか?」
「いやいや」
そもそも『ゴエティア』のハンターを呼び出したのはジークたちであるので、その猟団長たちが遅れてくること自体に文句を付けることは無かったが、ジークはその圧倒的な存在感に汗が頬を伝わるのを感じていた。
「さて、自己紹介しようか」
「おい、人を無視するな」
「うるさいな……静かにして」
「なんだと? そもそもお前が昼寝なんぞしているから悪いんだろうが」
「はぁ? 私にとって昼寝は必要なものなの」
「二人共、静かにしろ。それと自己紹介だ」
ハンターとしての経験とでも言うべきか、ジークは初対面の人間でもじっくりと観察すれば所作や視線、表情だけでハンターのおおよその実力を理解できるという特技を持っている。
「私の名前はベレシス。この問題児たちをまとめる『ゴエティア』の猟団長だ」
「わたし……ヴィネア。副猟団長」
「……バアルだ。それと問題児は俺ではなくベレシス、お前本人だ」
目の前に座るベレシスと名乗った女ハンターの実力は、ジークには見ただけでは底が理解できなかった。つまり、
「なるほど、味方にすればこれほど心強いものはないな」
ギルドマスター、エルス、ネルバの言葉を聞いてどんなハンターがやってくるのかと期待していたジークだが、目の前に現れたハンターはネルバのの言う通り、間違いなく
「『ニーベルング』猟団長のジークです」
「副猟団長のウィルです」
「ふ、副猟団長のティナです」
圧倒的な風格に気圧されないようにと意識しながら挨拶しているジークと、無意識的にジークの緊張感を悟ったウィルとティナが共に自己紹介という形で自らの名前を明かした。三人が自己紹介をしても、ベレシスは中心に座るジークにしか視線を向けていなかった。ベレシスは基本的に他人に対して興味を抱くことがなく、自分よりも実力で劣る人間の名前を覚えないが、目の前にいるジークからは目を離せずにいた。それと同時に、目の前の男が自分の実力を見抜いたうえで言葉を交わしている事実にも気が付いていた。
「……俺は」
「君の自己紹介、いらない……『ロームルス』でしょ?」
ジークにばかり視線を向けるベレシスに、自分の存在を誇示するように名前を告げようとしたネルバを遮ったのは、ベレシスの横に気怠そうな顔で座っていたヴィネアだった。
「猟団長のネルバに、副猟団長のスロア……君は知らないな」
「副猟団長をしています。メルクリウスと申します」
「ふーん……君はあの時いなかった」
ヴィネアの「あの時」という言葉に反応して、ネルバは露骨に表情が凍り付いた。ヴィネアの言葉にベレシスとバアルは訝し気にネルバたちを見るが、その顔に全く見覚えがないようだった。
「おい、誰だそれは」
「『ロームルス』は三年前に私たちが倒し損ねた『ヤツ』の防衛戦、生き残り」
「……あの時か」
ヴィネアの言葉にようやくベレシスは当時のことを思い出した。弱いモンスターにも弱いハンターにも興味を示さないベレシスだが、三年前メゼポルタ広場を襲った事件のことは鮮明に覚えていた。
「防衛戦? あー……
「っ!」
「そう。あの時の、生き残り」
「そうか。それはすまなかったな」
表情を凍り付かせていたネルバは、バアルの口から出てきたクシャルダオラの名前に体を震わせ、スロアは心配そうにネルバを見つめていた。三年前の防衛戦という言葉が理解できていなかったウィルとティナだが、剛種クシャルダオラの名前を聞いて驚愕に目を見開いていた。
ヴィネアの生き残りという言葉を聞いて、ベレシスは申し訳なさそうな目をしてネルバとスロアに頭を下げた。
「
「は、はは……」
どこまでも傲慢なベレシスの言葉に、ネルバの口からは渇いた笑いが出た。本来ならば古龍種であるはずのクシャルダオラ、その剛種のもたらした被害に対して被害を減らせていたはずとの発言自体が傲慢そのものであるが、ネルバは三年前にその目でしかと見ていたのだ。炎上していた迎撃拠点の中、剛種クシャルダオラに決定的な一撃を与えて撃退に追い込んだまま、涼しい顔をしていたベレシスの姿を。
ジークはちらりと横目にネルバの顔を見て、彼はもうこの交渉においてなにもすることができないほど萎縮していることを察した。どうにかトラウマを越えて欲しいと考えていたジークだが、あの様子では当分無理だろうと冷たく考えていた。
「それで、手紙の件は本気なのか?」
「勿論……そうでなきゃこんな所まで来ませんよ」
「おいベレシス。俺たちはその手紙とやらを何も知らされていない……説明しろ」
ネルバの様子など全く気にする素振りもなく、ベレシスはジーク方へと視線を向けた。話を勝手に進めようとするベレシスに抗議する形で、バアルが声をあげると、同調するようにヴィネアも横からベレシスの方へと視線を向けた。
「そうだったか? まぁ単純な話、私たち『ゴエティア』と、目の前にいる『ロームルス』『ニーベルング』と同盟を結ぼうと言う話だ」
「はぁ? なんで今更同盟なんだ……必要を感じねぇぞ」
「それは同感」
ベレシス説明に異議があると言わんばかりに立ち上がったバアルを鬱陶しそうに見ながらも、ヴィネアは同意見だと言った。ここまで団内の意識がバラバラな猟団も存在するのかと思いながらも、ジークはベレシスが少しだけ同盟に対して前向きなことに意外だと思っていた。
「別に同盟を結んで不利益もないだろう?」
「お前はなにも考えてないのか? こんな格下と手を組んでこちらの評価が落ちるのはごめんだぞ?」
「わたしたちに味方はいらない」
「別に仲良し子吉をするのが目的な訳ではない。あくまで『プレアデス』と『円卓』に対抗するためだ……彼らが、な」
ジークは、手紙野中には同盟を結んでほしいと提案することしか書いていなかった。その一文から全ての意図を容易く暴かれたことに内心舌打ちしながらも『ゴエティア』の動向を探っていた。
「『プレアデス』と『円卓』に対抗? つまり、俺らは後ろ盾に使われるってことか? 確かにアイツらは目障りになってきたが」
「……一理ある」
ジークの予想とは反対に、バアルは忌々し気に呟いた。バアルという男を最初に見た時に、ジークは一番同盟に反対するならこの男であるとは思っていた。ただ、ジークが思っていたよりも『プレアデス』と『円卓』の巨大派閥は、実力派である『ゴエティア』にとっても目障りな存在であった。
「私は別にこの話受けてもいいと思っている」
「……条件は?」
「ジークさん?」
なんだかんだ言って同盟を受け入れるような雰囲気に安堵の息を吐いた五人に対して、ジークは真剣な表情のままベレシスを見つめていた。ベレシスもまた、緊張が緩んだ五人に視線など向けず、自分を見つめるジークだけを見ていた。
「『ゴエティア』になんの得もない同盟、条件をつけますよね?」
「……面白い男だ。うちの猟団員たちよりも数段、な」
無表情だったベレシスの顔に垣間見えた狂気に、ジークは頬を引き攣らせた。ネルバは『ゴエティア』の主力メンバーはまだまとま人間が多いと言っていたが、ベレシスの顔に一瞬だけ浮かんだ狂気は明らかにまともな人間ではなかった。
「凄腕だ」
「は?」
「凄腕ハンターになってから、また話を聞こう」
「……わかりました」
ネルバたちの情けなく聞き返すような声の中、ジークはやはりその条件を突き付けられるか、と内心で苦虫を噛み潰したよう表情をしていた。ジークの内心など関係なく、ベレシスはそれだけ言い残して席を立ち上がった。
「君がここまで来るのを、待っているよ」
「狂人になるつもりは、ありませんね」
「ふふ……君は私と同族さ」
「勝手に話を進めて勝手に立ち上がるなッ!」
去り際、ジークの肩に手を置いたベレシスは小さく呟いた。最早隠すつもりもないのか、顔を見なくとも分かるほどの狂気が込められた言葉を残してベレシスの後を追って『ゴエティア』の面々は去っていった。
「お前、最後なんか言われたのか?」
「……別に、大したことじゃないですよ」
ネルバの恐る恐るといった態度に苦笑しながら、ジークは適当に誤魔化した。想像の遥か上を行くであろうと狩人としての実力。そして、久しく見ていなかった実力者特有のどこか狂った雰囲気を正面から浴びて、ジークは心の奥からせり上がってくる歓喜の感情を抑えるのに苦労していた。
次は狩り行きます
(多分)イャンガルルガです
ちなみに、今回初登場のベレシスさんも主人公のジーク君も本質は戦闘狂です
2022.5.20
話の展開を修正しました