狩人の頂 作:ばるむんく
猟団『ゴエティア』との交渉から数日後、『ニーベルング』の猟団部屋には猟団員全員が集まっていた。実は勧誘してからも全員が同時に集まったことはない猟団だったのだが、新人ハンターの手伝いをしたついでに全員が集まる話になっていた。
「えー、猟団長のジークです。まずは入団ありがとうございます。色々立て込んで挨拶が遅れましたが、これから繁殖期の狩人祭を目指して頑張りましょう」
ジークの緩い挨拶にそれぞれの反応を示しながらも、団員全員が頷いたのを見て、ウィルとティナは身が引き締まる思いを感じていた。二人は、自分よりも年上のハンターたちが、副猟団長である二人よりも下の立ち位置にいることがプレッシャーになっているのだった。そう言うことに関して言えば、ジークは実力主義的な思想を持っているので相談してもあまり参考になる意見は出てこない。それはエルスも同様のものであった。そもそもエルスは副猟団長の立場を嫌ってティナに押し付けたのだが。
「とりあえず何か質問ある人」
「はいはーい!」
「じゃあダルク」
元気よく手を挙げた少女、ダルクに苦笑しながらジークは質問内容を促した。
「革命って『ニーベルング』と『ロームルス』だけでやるんですよね?」
「最近もう一つ同盟相手が見つかったところです。まだ同盟結んでくれるかはわからないけど、交渉中ってところです」
「ほぇー……猟団名はなんですか?」
「相手の名前は『ゴエティア』です。凄腕ハンターが束ねるギルドなので、知ってる人は知ってると思います」
「ありがとうございます!」
「はい。他に何か質問ありませんか?」
猟団に入る事前の説明として、ジークたちは全員にメゼポルタの現状と打倒方法を話している。当然その話を聞いて『ニーベルング』の勧誘を断ったハンターも多くいたが、猟団部屋に集まっているメンバーたちは全員その話を聞いて入団している。
ダルクの質問に答えたジークは、『ゴエティア』の名前を聞いた瞬間に目の色を変えた猟団員が何名かいるのを確認していた。ネルバのように恐怖に似た感情を出す者もいれば、ジークのように喜色満面の者もいた。どちらも三年前のメゼポルタ防衛戦で『ゴエティア』をみた者たちだろうことは明白だった。
「温暖期も残り一ヶ月ありません。寒冷期に入ると古龍種が活発になるそうなので、上位ハンターは下位ハンターの手伝い頻度を増やしてもらいます……あとなんかあったっけ?」
「砂漠と雪山の話ですよ」
「あー……寒冷期になるとフラヒヤ山脈には立ち入りできなくなるので、素材目当ての方はお早めに。逆に温暖期が終わるとセクメーア砂漠への立ち入りができるようになるので、昼の場合はクーラードリンク、夜の場合はホットドリンクを忘れずに……終わりかな?」
ギルドからも通達されている情報だが、フラヒヤ山脈とセクメーア砂漠の立ち入りは温暖期と寒冷期で制限される。ドンドルマ所属のハンターも変わらないが、猟団内にはジークと同じくタンジア・ロックラック方面から来た人もいる為、一応の連絡をしていた。
「以上で集会は終わりです。一応、これからも集会は月に一度ぐらいやるつもりなので、今言った報告内容と一緒に日程は猟団部屋の掲示板に貼っておきます。狩りやらなにかしらの事情やらで参加できない人は事前に掲示板に記載してください。それじゃあ解散で」
業務連絡を終えたジーク、ウィル、ティナは、それぞれ掲示板に必要な紙を貼り付けていた。
「団長、私も上位ハンターになったばっかりなんですけど、なにからやればいいですか?」
「別に好きな依頼でいいんじゃないか? 俺も気になる依頼適当にこなしてるだけだし」
何故かジークのことを犬の様に慕っているダルクは、すぐさまジークの元へと近づき質問していた。下位ハンターだった頃にジークと狩りに行った時、ダルクは命を助けて貰った過去があるのだが、他人の命を救うような行動はジークにとってタンジア時代から数え切れないので、本人はすっかり忘れていた。加えて、メゼポルタ広場には数少ない同郷出身でもあるので、ダルクはジークのことを慕っているのだ。
「じゃあ適当にメンバー選んで上位モンスター狩ってます!」
「身の丈以上を選ぶなよ」
「はい!」
元気よく返事をして走り去っていく背中を見て、同年齢ハンターのお転婆さに苦笑を浮かべていた。
「貼り付け終わりましたよ」
「なにを狩りに行きますか?」
掲示板に猟団員名簿と集会の出席表、フラヒヤ山脈やセクメーア砂漠の注意事項などを貼り終えたウィルとティナはジークの元に集まり、猟団に配られている依頼書リスを広げた。
「……遠い場所が多いな」
寒冷期が本格的に近づいてきたことで、依頼内容も入山できなくなるフラヒヤ山脈が普段よりも多く、他にも古龍種が活発になることを危惧して、今のうちに遠出を済ませておきたいと考えている商人たちの安全確保もあった。早急にHRを上げたいと考えるジークは、移動時間が長い場所の依頼を受け、一回の狩猟依頼に時間をかけることをしたくない考えがあった。
「丁度良く密林とか樹海の依頼があるといいんだが……」
「これがいいと思うわ」
ジークの背後から一つのクエスト依頼書を落としたのはエルスだった。猟団長と副猟団長が出席することになっていた『ゴエティア』との話し合いの場にはいなかったが、ティナから大体の事情は聞いたエルスも、早急に凄腕にあがりたいと考えていた。
「
「そうよ」
エルスが三人の前に見せた依頼書は、黒狼鳥がテロス密林で暴れているので討伐して欲しいとの依頼だった。依頼主はメゼポルタギルドであり、成功すれば他の依頼よりも評価が上がりやすいのは誰の目にも明らかだった。問題は、ジークには全く馴染みのない名前のモンスターであることだったが、ウィルはすぐに思い至ったのか携帯用のモンスター図鑑を捲り、ジークにそのページを見せた。
「えーっと……遠目のシルエットがイャンクックに酷似している為、近年までイャンクックの亜種だと思われていた? しかも、遠目にイャンクックだと思ったから依頼したらイャンガルルガだったせいで重傷を負ったハンターがいる?」
イャンガルルガの図鑑説明文を読んだジークは、なんだか面白そうな失敗談などが書かれているのを見て呆れていた。そもそもイャンクック亜種は
「まぁ面白い話も載ってますけど、問題はイャンクックと比べて格段に危険な生物なことなんですよ」
「ふむ……確かに」
ウィルに勧められるままもう少しイャンガルルガの説明文を読めば、自然にその脅威性が感じ取れた。
「相手がどんなモンスターであろうと戦いを挑み、知能も高くハンターが使用する罠を踏み壊すことがある、か……厄介なモンスターだな」
ジークはイャンクックの討伐経験はあるが、イャンガルルガの説明を読む限り全くの別種だと言えるだろう。イャンクックよりも強力なブレスを吐き、しかも戦闘に特化した習性を持つ。常日頃から狩りをしているハンターが強いのと同じく、常日頃から戦闘に明け暮れているのであろうイャンガルルガの危険度が高いのは当然のことだった。
「ま、依頼場所も密林だしいいかもしれませんね」
「そう。それにジークはイャンガルルガとは戦ったことないだろうと思ってね」
「はは……」
エスピナス亜種との戦闘や『ゴエティア』猟団長ベレシスとの会話を思い出して、ジークの戦闘狂な部分を考えたウィルは頬を引き攣らせていた。ウィルの表情に気が付きながら、全く無視して依頼書を手に取ったジークは、ティナとエルスに視線を向けた。
「じゃあ明日出発ということで、いいかな?」
「はい! 今回も頑張りますよ!」
「任せて。イャンガルルガの狩猟は得意なの」
「僕も行きますよ?」
三人の反応を見て満足気に頷いたジークは、依頼書を手に取ったまま狩りの準備を進める為に解散の号令を下すのだった。
イャンガルルガはテロス密林に居座ったまま周囲のモンスターに襲い掛かり続けているらしく、即刻の討伐を求められたジークたちは朝早くからメゼポルタ広場を出てテロス密林へと船で向かっていた。
「それにしても、雨ですか」
「前日までは晴れてたのに……」
船内で外の景色を見ながら呟くウィルの言葉に、髪の手入れが大変になるのにと思っているティナは大きなため息を吐いた。一方、それなりの期間ハンターをやっている為、雨天狩猟後の髪の手入れにも慣れているエルスと、タンジアギルドでは海に潜ってモンスターと渡り合っていた過去のせいで、水に濡れることに全く抵抗のないジークは静かに空を眺めていた。
「いくらなんでも雨が強くないですか?」
「そうね……なんというか、妙なのよね」
天気が急に変わったことにさほど違和感を覚えていないウィルとティナだが、エルスとジークは季節や前日の天気、密林近くの雲の動きなどから違和感を探していた。
「そもそも、いくら戦闘を好むイャンガルルガとはいえ、見境なくそこら中の草食竜に襲い掛かりますか?」
「……ないとは言い切れないけど、正直依頼内容からしてきな臭いのは事実ね」
急に天気が崩れて雨が降りやすい密林での雨。自然界では戦闘狂として恐れられているイャンガルルガの暴れ具合。まるで全てが仕組まれているかのように真実を覆い隠す違和感に気付けと、ハンターの勘が囁いていた。
「用心するのに越したことは無いわ」
「そうですね!」
エルスの呟きに反応したティナは元気よく返事をした。唐突に横から入ってきたティナに苦笑しながらジークはもう一度だけ日の光を遮断する分厚い雲を見上げた。
密林に辿り着いたジークたちは、止むどころかどんどんと強くなる雨に降られながらも海沿いを歩いていた。エスピナス亜種の素材を使って生み出された太刀『カクトスフェーダー』を背負うジークは、イャンガルルガには毒が効きにくいことを承知していた。イャンガルルガは自身の尻尾から、リオレイアのように毒を分泌している。体内に毒を持つモンスターは総じて毒が効きにくいものだが、それを加味してもカクトスフェーダーの持つ圧倒的な切れ味は魅力的だった。エルスはエスピナス亜種に引き続き、イャンガルルガ弱点である水冷弾を放てる『ガノスクリーム』を、ティナも水属性を持つ『怒髪弓【氷雨】』を背負っていた。ウィルは前回のジークと同じ轟竜ティガレックスの素材で生み出された『轟大剣【王虎】』という大剣を持っていた。イャンガルルガが凶暴なモンスターだと聞いて得意な武器を選択した結果だった。
「一通り密林の外側は歩いたけど……見つからないわね」
「うーん……林の中で他のモンスターと戦っているかもしれませんよ」
雨で視界が悪い中、安全性を考えて見通しのきく海岸沿い先に探索していた一行だったが、痕跡も雨で流れてしまっているのか中々イャンガルルガが見つからず、浜辺で立ち往生していた。エルスの言葉にイャンガルルガの生態を思い出したウィルは、鬱蒼とした林の方へと足を踏み入れた。
「うぅ……ただでさえ雨で視界が悪いのにこの森の中ですか」
「随分と苦労させられそうね」
遠距離武器を持つティナは視界が悪いことを嘆きながら、エルスと共にウィルに続いて森の中に入り、落ちている枝葉を踏みながら、開けた場所を探しながら歩き始めた。雨の音に紛れるようなゆっくりとした進軍だったが、雨の中でもウィル、ティナ、エルスの足音聞き逃さなかったのは、一人と
「うわぁっ!?」
無言で先頭を歩いていたウィルの首を掴んで後ろに引っ張り、エルスとティナのいる方向へと投げたのはジークだった。何事かと三人がジークの方へと視線を向ければ、樹々の中から飛び出してきた特徴的な体躯をしたモンスター。
「イャンガルルガ!?」
黒狼鳥イャンガルルガはいつの間にか四人の元へと近寄ってきていたのだ。視界が悪いと感じていたのはハンターたちだけではなかったようで、尖った特徴的な耳をピクピクと動かしながら木の幹から顔を出したイャンガルルガは、カクトスフェーダーに手をかけているジークが視界に入った瞬間、耳を劈くような咆哮を放った。
「くっ!」
メゼポルタで広く普及している耳栓はイャンガルルガの咆哮を軽減し、本来ならば耳を抑えて動けないような咆哮を防いでいた。それでも、樹々の間からいきなり現れたイャンガルルガに即座に対応するのは難しく、イャンガルルガが近づいてくる音を把握していたジーク以外は武器を取り出すのが一歩遅れた。その僅かな時間の隙に、イャンガルルガは既に交戦を始めていた。
「お前もかよッ!?」
カクトスフェーダーを抜き、斬りつけようと間合いを詰めたジークに対いしてイャンガルルガは躊躇することなくブレスを吐いた。エスピナス亜種戦でもいきなりブレスを吐かれたジークは、エスピナス亜種にもそうしたように紙一重でブレスを避ける。ジークが避けたブレスはウィルたちの横を掠めて砂浜に着弾した。態勢を崩されたジークはカクトスフェーダーを一旦鞘に納め、前触れなく飛び掛かってきたイャンガルルガの嘴を転がりながら避け、続くブレスを反対に転がることで再び避けた。
ジークが避けたブレスが明後日の方向へと飛んでいくのを見ながら、ウィルは柄に手を伸ばしながら駆け出し、ティナとエルスは射線の通る場所まで移動していた。
「はぁっ! ジークさん!」
「わかってる」
このまま林の中で戦ってもティナとエルスの攻撃力が半減してしまうことを危惧したウィルは、ジークが立ち上がれる隙を作る為に大剣を振り下ろしてイャンガルルガへと牽制をしていた。軽い身のこなしで大剣を避けたイャンガルルガは、毒の分泌されている尻尾を一振りしてから飛びつく様な動作で二人に向かって突進した。それほど速くない突進とはいえ、周辺の樹木をへし折りながら走ってくる姿を見る限り、まともな防御もせずに受ければ軽い怪我では済まないだろう。
「ティナ! エルスさん!」
ウィルは大剣を手に持ったまま横へと転がり、ジークは林を盾にしながら浜辺へと向かって走った。名前を呼ばれた二人は、すぐさまジークの意図を察してイャンガルルガを追いかけるように走り出し、大剣を背負い直したウィルも浜辺へと向かった。
多少の樹々など全く気にせずに走り続けるイャンガルルガは、浜辺に出た瞬間にジークを見失って勢いのまま砂浜で急停止しようとして、そのまま滑り込んだ。ジークを探そうと首を動かした。イャンクックと同じように優れた聴覚を持つイャンガルルガは、林の中から三人が走って近づいてくる音を聞き取り、音のする方向へとブレスを吐こうとして、尻尾に走った痛みに反応して咆哮をあげながら翼を使って上に飛んだ。
「馬鹿でかい声出しやがって」
耳栓をしていても肌を通して空気が震えているのが分かる程の咆哮を放つイャンガルルガに、顔を顰めながら少量の血が滴る太刀を手にしたジークが、いつのまにかイャンガルルガの背後にいた。急に消えたと思ったら急に現れたジークに傷つけられ、怒りの矛先を向けたイャンガルルガだが、空気を切り裂きながら飛んできた矢の音に反応して体を捻った。
「嘘ッ!?」
まさか空中にいる状態で矢を躱されると思っていなかったティナは驚きの声をあげた。すぐさま標的をティナへと移し替えたイャンガルルガは、翼をはためかせてティナの元へと飛び、襲い掛かる直前に林の中から現れたウィルの大剣に反応して空中で急停止した。
「えっ? うわぁ!?」
紙一重で大剣を避けたイャンガルルガは、そのまま体を縦に回転させて毒の棘が飛び出している尻尾を振り上げた。雌火竜リオレイアの行動に似た尻尾を使った攻撃に、大剣を外して硬直していたウィルは直撃を覚悟したが、エルスが冷静にウィルを背後に引っ張った。顔の前ギリギリを通って行く尻尾を見ながら後ろに倒れたウィルを横目に、ティナは後ろに向かって一歩下がってから再び弓を構えた。尻尾が空振りで終わったイャンガルルガは、そのまま地面に着地してからエルスに嘴を突き刺そうとして再びジークに尻尾を斬りつけられた。
「ウィル、今のうち」
「は、はい!」
「ティナも遠慮なく撃って」
「はい!」
イャンガルルガは自分の体に傷を与えているのはジークであることを視認し、すぐさま怒りの声をあげて尻尾を左右に振った。毒を振りまく尻尾を見ても、ジークはとくに恐れることもなくそのまま懐に潜り込んだまま、尻尾のつけねへと太刀を振るった。
「硬いなッ!」
弾かれることはなかったが、カクトスフェーダーの切れ味でも手に痺れが残る程の硬さに顔を顰めながら、ジークはイャンガルルガの股下から一転がりで脱出し、同時にイャンガルルガは再び上昇してから股下に向かって嘴を突き刺した。
「貰った!」
「いきます」
転がって脱出したジークへと視線を向け、追撃しようとしたイャンガルルガにウィルとティナの攻撃が襲い掛かった。しかし、イャンガルルガという種族の戦闘能力と知能の高さは二人の予想を遥かに超えていた。最初に飛んできた矢を啄むように空中で粉砕し、飛び出してきたウィルの振り下ろしをジークのように紙一重で躱し、そのまま尻尾をウィルの横腹に叩き込んだ。更に飛んできた矢を、頭を振ることで避け、水冷弾を発射しようとガノスクリームを構えたエルスにブレスを吐いた。
「そんなっ!」
「んっ……少し厄介ね」
明らかに戦い慣れているイャンガルルガの動きにやり辛さを感じながらも、エルスはしっかりブレスを避けてガノスクリームの銃口をイャンガルルガの頭に向けていた。
地面に転がされていくウィルに、急いで解毒薬を飲ませようとしているティナへちらりと視線に向けながら、背後から襲い掛かってくるジークの太刀をイャンガルルガは身軽に避けた。エルスはその行動を読んで水冷弾を二発放つが、それも硬い翼に叩き落される。
「遅いっ!」
「貰ったわ」
ジークに注意を向けながら三人をあしらっていたイャンガルルガだが、二発の水冷弾を弾くために注意を一瞬エルスへと向けた。その瞬間にジークは振り下ろした太刀をそのまま振り上げ、イャンガルルガの尻尾を狙った。尻尾を動かしてその攻撃を避けようとしたイャンガルルガだが、雨によって普段よりも更に状態が悪くなっている砂浜に足を取られ、三度尻尾を斬りつけられる。それと同時にエルスの放った三発目の水冷弾がイャンガルルガの耳の片方を貫通した。
「おっと」
「ジーク!」
分が悪いと判断したイャンガルルガは、大きな咆哮をあげながら翼をはためかせて風圧を生み出した。大きな音と共に放たれた風圧に体を持っていかれそうになったジークは、太刀を砂浜に突き刺してその場に留まったが、ジークが態勢を立て直す前にイャンガルルガが着地し、そのままブレスを吐いた。
「ちっ!」
太刀を手放して避けようとしたジークの前に、大剣を構えたウィルが立ち塞がった。ブレスを大剣の腹で受け止めたウィルは衝撃で滑るように後退したが、背中にジークが手を伸ばしたおかげですぐに止まった。
「大丈夫か?」
「なんとか、ですね」
脂汗を浮かべながら笑顔を見せるウィルに苦笑しながら、ジークはカクトスフェーダーを抜いてウィルの背後から飛び出し、イャンガルルガへと向かって走り出した。向かってくる敵へとブレスを数発放つイャンガルルガだが、笑顔を浮かべながらジークはそれを全て避け、すれ違いざまに嘴へと太刀を振るってから尻尾に向けて前進し続けた。ジークを追いかけようと顔を背けた瞬間、イャンガルルガは背中に矢が数本刺さり、水冷弾が再び耳を貫通した。
「はぁぁぁぁぁぁ!」
弾丸と矢が飛んできた方向へと怒りの籠った視線を向けたイャンガルルガは、大きな音を立てて大剣を掲げるウィルが目の前に、弓とヘヴィボウガンを構えるハンターが二人視界に見えた。
「隙だらけだ」
一瞬の硬直の後、ウィルの大剣を避けてから反撃に尻尾を振り上げようとした瞬間、イャンガルルガは激痛と共に尻尾を切断された。激痛に喘ぐような声をあげてたたらを踏んだ結果、イャンガルルガの目の前には避けられない大剣の一撃が見えていた。
「やぁぁぁぁ!」
振り下ろされたウィルの大剣は、エルスが的確に撃ち抜いていた両耳の傷を抉り、二つの尖った耳を斬り飛ばした。途方もない痛みに甲高い声をあげるイャンガルルガに、ウィルは勢いのままその場で回転し、大剣をもう一振りして、嘴に大きな傷をつける。ウィルから逃げるように背後に向かって飛んだイャンガルルガだが、その隙を背後にいるハンターが見逃すはずもなく、振り上げられた太刀はイャンガルルガの翼膜を切り裂いて撃墜した。
「終わりよ」
地に落とされたイャンガルルガの硬い甲殻を削り取るように、エルスの放った一発目の貫通弾が刺さり、二発目の貫通弾が甲殻で止まった一発目を押し、体外へと貫通させた。尻尾を切断され、耳を斬り飛ばされ、嘴を傷つけられ、翼膜を切り裂かれ、体には穴を開けられた。既に瀕死の状態であるイャンガルルガだが、その瞳は決して生を諦めてもいなければ、生き残る為に逃げようとも考えていなかった。
「知ってるよ。お前なら死ぬまで戦うだろうと思ってた」
しかし、ジークはイャンガルルガの生態から考えて逃げることはあり得ないと確信していた。故に、痛みに苦しみ悶えている間に、ウィルとジーク、そしてティナは攻撃の準備を終えていた。立ち上がった瞬間、左足には矢が刺さり、ウィルとジークが挟み込むように武器を振り上げていた。イャンガルルガの声は暴風雨の音に飲まれ、次第に小さく消えていった。
狩りを終えたジークたちは、各自失った体力を戻すために携帯食料を口にしていた。通常の狩りでも相応の体力を消耗するが、雨の中での狩りは普段以上に四人へと疲労感を与えていた。狩猟中は特に気になることはないが、狩猟を終えて立ち止まってしまえば、雨によって段々と体温を奪われていく。それを補う為に洞窟の入り口で雨宿りをしながら携帯食料を食べていた。
「この雨だと……ギルドの迎えも遅くなるかもしれませんね」
「勘弁してくれ」
岩陰から空を見つめていたウィルの言葉に、ジークは大きなため息を吐いた。砥石を使ってカクトスフェーダーを研いでいたジークは、最低限の手入れだけを終えてからポーチの中身を確認した。幸いなことにイャンガルルガ相手にはそこまで消費していなかったが、それでも数本分の応急薬は狩猟後に使っていた。特にウィルの怪我は大きかったため、回復薬グレートまで使っている。
「それにしても……大分雨が強くなってきたわね」
「イャンガルルガ狩猟中にも強くなってたのに……どうしてこんなに強いんでしょうか」
これ以上強くなることはないだろうと思っていたティナだったが、狩猟中にも狩猟後にもどんどんと雨脚が強まり、樹々が折れるのではないかと思うほどの風も吹き始めていた。体温を奪われないように岩陰で起こしていた火も、外から入ってくる風によって不安定に揺らめいている。
「……ギルドの迎えも、時間的にはもう来てもおかしくない頃だな」
「そうですね」
「少し外の様子を見てくる」
「私も行くわ」
カクトスフェーダーを背負い直し、しっかりと背中に固定したジークが立ち上がり、岩陰から顔を出した。天候や狩猟場所によってギルドの迎えが来る時間は多少前後するが、基本的にはモンスター討伐を確認してから回収地点に向かってゆっくりとギルドの気球が迎えに来る。ジークたちが雨宿りしている洞窟は回収地点である海岸沿いが視界に入る場所にあるが、雨で視界が効きにくいと言え未だに気球が来ないことをジークは訝しんでいた。
「少し外に出るだけだから一人でも大丈夫ですよ」
「心配だから言ってるのよ。この雨はどう考えても異常だから、なにかあってからじゃ──」
心配し過ぎだと苦笑するジークに対するエルスの反論は、最後まで続かなかった。暴風雨が樹々に打ち付けられる音が全てを打ち消していく中、空気を切り裂く様な咆哮が密林に響き渡った。聞くだけで鳥肌が立つような恐ろしい咆哮に、ジークたちは即座に武器を手に取った。
「ジーク」
「わかってます」
イャンガルルガ狩猟前に話していた嫌な予感が当たってしまったジークとエルスは、すぐに荷物を整えて警戒を最大にしながら外へと出た。ウィルとティナもすぐに武器を背負い直してジークの背中を追うように岩陰から外へと出て、異常な程強くなっている暴風雨にバランスを崩しかけた。
「こ、こんな強い風初めてです!」
「目は閉じるなよ!」
暴風雨でまともに声も通らない中、大声で互いの位置を把握しながら密林を進む四人は、前さへ見えない状態でも密林の回収地点へと指定されている場所までやってきたが、そこにあったのはなにかに墜落させられたのであろう気球の姿だった。
「っ!?」
無残にも破壊されている気球を見て、すぐさま駆け付けた四人は気球の中にいたであろうギルドの人間を探した。
「だ、大丈夫ですか!?」
「誰か秘薬を!」
「や、やめろ……」
気球内部へと入ったジークたちは、倒れているギルド職員であろう人間を見てすぐにポーチから秘薬を取り出して飲ませようとして、意識を取り戻したギルド職員に止められた。墜落した時にできたであろう傷から血を流しながらも秘薬を断る姿にジークは焦りを感じていたが、ギルド職員は自分の懐から回復薬グレートを取り出していた。
「秘薬は、取っておけ……」
「でもっ!」
「外に、なにか……いる」
「なにかって一体──」
回復薬グレート一本では足りない程の傷を負っているのは明白であるのに、ギルド職員がジークの秘薬を断ったのは外にモンスターがいることを知っていたからだった。気球は巨大な弾丸に貫かれたように破壊されていたのをジークは見ていた。そんなことができるモンスターなどジークの記憶にはなく、もしいるのならばそのモンスターがどのようなものであるのかを知る必要があった。しかし、ジークの質問は再び密林に響き渡った空気を切り裂く様な咆哮によって遮られた。
「まちがい、ない……やつだ……」
「やつってなんなんですかッ!」
「きゃぁっ!?」
「くっ! エルスさん、この人を頼みます!」
「だめ、ジーク!」
ジークへ警告しようとギルド職員が名前を口にしようとした瞬間、気球が傾くほどの突風が巻き起こり、その場にいた全員が床に転がされた。明らかになにかが近づいてきている足音を聞いたジークは、エルスに職員を預けて気球から飛び出し、顔を上げた先に黒い影があった。
「なんだ……こいつ」
まともに立っていられないような暴風雨の中、悠然と気球に向かって歩いてくるその姿を見て、その圧倒的な存在感に対してジークは武器を抜けなかった。ハンターとしての本能ではなく、人間としての本能が目の前の生物に歯向かうことを良しとせず、今すぐに走って逃げるべきだと警鐘を鳴らしていた。
「ジーク、さん……」
「そんな……」
ジークを追いかけて気球の外に出てきたウィルとティナも、嵐の中歩く黒銀色の龍の存在感に圧倒されていた。二人の背後からガノスクリームを構えながら飛び出してきたエルスは、一瞬その黒銀色の龍を見てからジークの隣に立った。
「ジーク、こいつは」
「今わかりましたよ。こいつが……クシャルダオラ、ですよね」
進行方向に立ち塞がるようなハンター二人をようやく視界にいれた黒銀色の龍──クシャルダオラは、ゆっくりと足を開き、口から極大の咆哮を放った。天災の化身であるクシャルダオラは、道に落ちている小石を排除する為に牙を剥いた。
次回はクシャルダオラ戦です。