狩人の頂 作:ばるむんく
密林は異様な程静まり返り、小型のモンスター一匹すらも姿を見せていない。ただ暴風雨の音だけが響く密林の中、自然の猛威を龍の形とした存在が、ハンターたちの前に立ち塞がっていた。
「援護します!」
クシャルダオラの存在に圧倒されていたティナだったが、ジークとエルスが攻撃を避けた姿を見て正気に戻り、弓を構えた。イャンガルルガとの戦闘で全ての強撃ビンを使い果たしていたティナだが、ビンがなくとも矢を放つことはできると考えていた。しかし、ティナが武器を向ける先にいるのは通常のモンスターではなく、生態系の頂点に君臨する古龍種である。
「そんなっ!?」
「ティナさん!」
強く引き絞った弓から放たれた三本の矢は、真っ直ぐにティナの狙った頭部へと飛んでいき、クシャルダオラの巻き起こす風によって体に届く前に吹き飛ばされた。風の鎧を突破できなかった矢が周囲に落ちていくのを呆然と見ていたティナに向かって、クシャルダオラは口から風の塊を放った。咄嗟の判断でティナを押し倒したウィルの頭上を通り過ぎていったブレスは、横たわっていた気球の木造部分を容易く粉砕しながら消えていった。
「エルスさん!」
「わかってるわ」
すぐにカクトスフェーダーを構えてクシャルダオラに突っ込んだジークは、クシャルダオラを中心に吹き荒れる激しい暴風に逆らいながらも刃を振り下ろした。エルスはジークを援護するように、目くらましの為にクシャルダオラへと散弾を放つが、当然の様に全てを風に吹き飛ばされた。エルスの攻撃など全く気にもしていなかったクシャルダオラは、ジークの攻撃をそのまま体で受けた。
「ッ!?」
クシャルダオラに一太刀浴びせてから次の行動へと移ろうとしていたジークだったが、右脚へと振り下ろした太刀は鋼の体に一切の傷をつけることもなく、クシャルダオラは前脚をジークの脇腹へとめり込ませて風と共に吹き飛ばした。ジークが吹き飛ばされたのを見ていたエルスは、すぐにジークの元へと向かおうとした瞬間に、振り払われた尻尾を避ける為に地面へと這いつくばった。エルスの体を狙って振り払われた尻尾は、密林の大木数本を鋼の刀剣で切断する様に綺麗に真っ二つにしていた。
「はぁぁぁぁぁ!」
ジークとエルスが一瞬であしらわれた姿を見て、ウィルは大剣を手にクシャルダオラへと突撃した。明らかに冷静さを欠いたウィルの突撃によって振り下ろされた大剣は、当然の様にクシャルダオラの体には傷一つ付けることはできなかった。自身を傷つけられない相手などまともにする気もなく、クシャルダオラは雑に尻尾を振り払い、大木と同じようにウィルの肉体を切断しようとした。
「伏せろ!」
「ッ!」
死が目の間にまで迫っていたウィルは、横から飛んできた指示通りにその場で伏せた。自分の身だけを伏せたウィルは、ティガレックスの素材によって作られた轟大剣【王虎】を地面に横たえることもできなかった。ガリガリと武器を削るような不快音を立てながらも大剣は辛うじて折れることなく武器の形を保っていたが、尻尾の勢いに腕を持っていかれそうになっていたウィルは本能的に武器を手放した。形を保っていた轟大剣は、ウィルが手を放したことで、先程のジークと同じようにそのまま風に乗って吹き飛ばされた。
「こっちだ!」
「くっ!」
「まだまだッ!」
クシャルダオラの近くと言う、最も風の強い場所にいることで倒れ伏したまま動けないウィルを狙う様に前脚をあげたクシャルダオラに対して、木をクッションにすることで大きな怪我を受けていなかったジークが飛び出し、エルスとティナはジークに合わせるように武器を構えた。普通に武器を振り回しても全く傷がつかないことを理解したジークは、比較的柔らかい部分を見極めていた。クシャルダオラが圧倒的な力を持っているとはいえ、全く傷がつけられないはずがないのだ。何故ならば、クシャルダオラは歴史上幾度か討伐された記録が存在するのである。撃退ではなく討伐された記録があると言うのならば、必ずどこか攻撃の通る部位が存在するとジークは考えていた。
「まさか実戦で試す時が来るとは……人生はわからないものね」
ジークの考えとは関係なく、エルスはクシャルダオラに対抗するための手段は考え続けていた。三年前の剛種クシャルダオラ襲撃事件当時、エルスもネルバ、スロア、マルクと共にその防衛戦に加わっていたのだ。当時まだメゼポルタ広場では下位ハンターだったエルスたちは、バリスタ弾などでクシャルダオラ撃退に加わっていたが、一度だけバリスタ近くまでやってきたクシャルダオラと武器を構えて直接相対している。結果は言うまでもなく惨敗であり、翼をはためかせたことによって発生した竜巻一つで意識を失った。その時、エルスはいくつもの弾丸を放ったが、一つとしてクシャルダオラの肉体に届くことは無かった。しかし、クシャルダオラに対してガンナーが何もできないとは考えていなかった。何故ならば、剛種クシャルダオラを撃退した『ゴエティア』のメンバーの中には、ライトボウガンを扱っていたものがいたのだ。以来い、エルスはずっとガンナーでクシャルダオラに対抗する手段を考え続けていたが、それを実践で試す時が来たのだ。
「はぁッ!」
「…………」
エルスの視界内ではティナが闇雲に矢を放っているが、風の鎧を貫くことは一向にできず、存在ごと無視され、虎視眈々と命を狙ってくるジークにばかり意識を向け、他の三人に等まるで興味すら見せていなかった。しかし、エルスは闇雲に放たれ続けるティナの矢を見て、ガノスクリームに貫通弾を装填して構えた。
「行動予測は……私の得意分野よ!」
クシャルダオラの動きと肌で感じる風の感触、放たれたティナの矢が散らばる方向と角度、暴風から逃げるように立ち回るジークの動き。全てを見極めて銃口を向けたエルスは、一発目の貫通弾を放った。風に削られながら弾かれた貫通弾を見て、計算の誤差を修正したエルスは再び貫通弾を放つ。先程よりも奥へと食い込んだが、クシャルダオラが横に移動したことであえなく弾き飛ばされる。
「風はもっと速い……ならッ!」
透明で見えない壁を突き崩そうとするエルスの動きを察知したジークは、クシャルダオラのブレスを避けながらある一つの法則に気が付いていた。ジークが命を狙う様に太刀を振るう瞬間、傷つかないはずのクシャルダオラが必ず避ける部分がある。そしてそこは、同時にもっとも危険でもっとも風の影響が薄い場所であることを、命をかけた攻防の中でジークは理解していた。
「ッ! エルスさん!」
爪が胴体を掠る感覚に表情を歪めながらも、ジークはエルスの方へとクシャルダオラの顔を誘導していた。一説によると角で暴風雨を操っているとされているクシャルダオラは、角周辺の風の影響が薄い。ジークは短い攻防の中でそれに気が付き、幾度か角に向かって攻撃しようとしていたが、その度にクシャルダオラはブレスを吐いて顔に近づけないようにしている。傷一つつかないはずの体を持つクシャルダオラが避ける部分とは、すなわち攻撃されたくない部分だと言える。
「ッ……見えたわ。ジークの示した道!」
ジークの誘導によってエルスの正面へと顔を移動したクシャルダオラは、ヘヴィボウガンを構えているエルスを見てブレスを吐こうと空気を吸い込んだ。風の結界の動きをある程度見切っていたエルスは、ジークによって与えられた角付近の弱さと、ブレスを吐く為の息を吸い込む動きを利用して、針に糸を通すような正確さでその空気の穴に向かって貫通弾を放った。三つの要因が重なった貫通弾は、風の鎧を貫いてクシャルダオラの頬を削った。全身鋼であるクシャルダオラにとって、貫通弾の一発程度は表皮が傷つく程度のものではあるが、本来風によって肉体まで届くはずのない弾丸が頬を掠めたことで、一瞬動きが止まった。その隙をジークが逃すはずもなく、姿勢を低くして風を突破したジークはカクトスフェーダーを角に向かって突き立てた。
「くそッ!」
生物に武器を突き立てたとは思えないような鋼同士がぶつかり合う金属音が鳴り響き、ジークはクシャルダオラの動きを見てすぐさま頭を蹴り上げて後退した。ジークを振り落とす為に頭を振ろうとしたクシャルダオラは、察知したジークが逃げたことを理解して着地した方向へとブレスを吐こうと顔を向け、三度飛んできた貫通弾を体ごと避けた。
「頭でも駄目か……武器の方が負ける」
「ジーク、クシャルダオラの牽制は任せて」
「……頼みます」
所々刃毀れしているカクトスフェーダーを見てため息を吐くジークだったが、背後から聞こえたエルスの声に静かに頷いて、ウィルとティナへと視線を向けた。クシャルダオラの注意が逸れている間に大剣を回収していたウィルは、ジークの視線に気が付き無事を知らせるように手を振り、ティナは自分の弓が全く通じないことに悔しさを滲ませながら頷いていた。
「いきます」
ゆっくりと太刀を構えたジークに対して、クシャルダオラは警戒心を見せていた。弾丸が自身の風を突破し、傷つけられていないとはいえ角に刃を突き立てたのだ。生態系の頂点に君臨し、自然界に天敵など存在しないクシャルダオラにとっては十分な脅威であった。
「ふぅ……ッ!」
息を吐いてから一気に加速したジークは、クシャルダオラの一挙手一投足を見逃さないように最大限の警戒をしていた。ジークが駆けだしたのを見てから、ウィルは大剣を構えてクシャルダオラの隙を窺い、エルスはジークとクシャルダオラの動きから再び風の動きを予測し始めていた。
「きます!」
クシャルダオラがブレスを吐こうとしていることに気が付いたウィルは、すぐにジークへと知らせるように叫んだ。
「見えてる!」
「ここッ!」
クシャルダオラの動き全てを見ていたジークも当然その行動は予測済みであり、ブレスが放たれる前に射線上から移動して危険を回避した。不可視の弾丸であるクシャルダオラのブレスを避けているジークだが、避けたブレスが横を通り過ぎるだけで防具に細かい傷が付き、体も風圧に吹き飛ばされそうになるほどの圧を感じていた。文字通り生物としての格が違うクシャルダオラだが、幾度も致命傷を避けるジークに対して徐々に本気を見せ始めていた。その証拠に、当初は揺れ動くだけで済んでいた密林の中にも風圧に耐え切れず、半ばからへし折られている木も存在していた。
ジークがブレスを避けるのと同時に、エルスは再びガノスクリームの引き金を引いた。エルスの放った弾丸に反応して風を強めたクシャルダオラだが、放たれた弾丸は貫通弾よりも速く風を切り裂いてクシャルダオラの角へと到達し、起爆した。
「残念、徹甲榴弾よ」
唐突に至近距離で爆発を受けたクシャルダオラは一瞬怯む様子を見せるが、すぐさま前方に風を集中して爆炎を消し飛ばした。爆炎によって視界を塞がれたクシャルダオラは、すぐにジークの位置を把握しようと先程まで走っていた場所へと視線を向けた。
「やぁぁぁぁぁぁ!」
しかし、ジークを探していたクシャルダオラの視線の行きつく先にいたのは、渾身の力で大剣を振り下ろそうとするウィルだった。前脚を出してウィルの大剣を鋼の肉体で受け止めたクシャルダオラは、そのまま体に不釣り合いな程大きな翼をはためかせて空に飛んだ。
「うわぁッ!?」
「届かないッ」
翼を羽ばたいた風圧だけでウィルを数歩後退させたクシャルダオラは、口から空気を吐きだした。空へと逃げるように動いたクシャルダオラを撃ち落とそうと徹甲榴弾を放ったエルスだが、ブレスに阻まれ、そのまま地面へと落ちていった。極限まで圧縮された空気の塊ではなく、薄く延ばされた空気のブレスは周囲の熱を一気に奪って地面を凍らせ、徹甲榴弾すらも起爆しない温度へと冷やされていた。今までとは全く違う性質のブレスを吐きだしたクシャルダオラに驚愕しながら、ウィルはなんとか氷のブレスを避けて態勢を立て直していた。
「頼むぞ」
「は、はい!」
ウィルとエルスがクシャルダオラと相対している間、ジークはエルスの一度目の徹甲榴弾の爆発に紛れてティナの元へと走っていた。ティナにしかできないことを頼んだジークは、再び太刀を手にクシャルダオラの背後から飛び掛かった。
「狙うべき場所は……頭、だな」
クシャルダオラの大きな翼にどれだけ刃を向けた所で、傷などつけられるはずがないと考えたジークは、やはり頭を狙うべきだと考えていた。空に浮いたまま、ウィルとエルスに向かってブレスを吐き続けているクシャルダオラの背後にいるジークは、揺れ動く尻尾に向かって太刀を横に振り切った。一振りで大木を切断する尻尾に、太刀の一振りなど効くはずもなく金属音を鳴らすだけの結果となった。
「ティナ!」
「はい!」
尻尾に伝わった感触でジークの居場所を把握したクシャルダオラは、空中で器用に反転してそのままジークへと向かって氷点下の息吹を食らわせようとして、ティナが力いっぱい投げた閃光玉に目を焼かれた。いくら古龍種として自在に空を飛ぶクシャルダオラと言えども、唐突に目を焼かれてしまえば前後不覚に陥って落下するのは避けられなかった。大きさからは到底考えられないような体重を持つクシャルダオラは、地面に落下するだけで破壊された気球が傾くほどの振動を起こすが、あらかじめ予測していたジークは落下してきたクシャルダオラの頭に向かって太刀を振り下ろした。
「こいつで、どうだッ!」
狙う場所はエルスが貫通弾で削り、徹甲榴弾で衝撃を与えた角の一部。振り下ろされた刃は的確に削られた角の一部へと当たるが、傷を与えるには少し足りない程度の硬度をクシャルダオラは有していた。しかし、前後不覚の状態で角に衝撃を受けたクシャルダオラは、傷を受けなくとも風を上手く操れずにもがいていた。
「もう一発!」
幅広い面を攻撃できる振り下ろしでは有効的ではないと考えたジークは、カクトスフェーダーを縦に持って傷がついている部位へと一点集中で体重をかけて刺した。金属が傷つけ合う不協和音を響かせながら、ジークは全体重をかけてクシャルダオラの角を折ろうと力を込めた瞬間、甲高い音を立ててカクトスフェーダーが真っ二つに折れた。
「ぐぁッ」
「ジークさん!」
唐突に武器が半ばからへし折られたジークは一瞬硬直し、その隙に視界が戻りつつあったクシャルダオラは爪を振ってジークを吹き飛ばした。防具が破壊されるような音と共に吹き飛んでいったジークを見て、悲痛な声を上げたティナに向かって、クシャルダオラはブレスを吐いた。
「させません!」
すぐさまティナとクシャルダオラの間に割って入り、ブレスを大剣の腹で受け止めたウィルは、大きく後退しながらもなんとかブレスを防ぎきった。
「ウィル避けて!」
反撃しようと顔を上げたウィルは、連続でクシャルダオラの口から吐かれた空気の塊を大剣の腹で受け止めるが、今度は踏ん張ることができずにそのまま森の中へと吹き飛ばされていった。エルスはウィルが飛ばされていくのを見て壊滅の危機を悟りながらも、最大威力の弾丸を込めてクシャルダオラへと向けて放つ。クシャルダオラが反転し、放たれた弾丸へと風がぶつけたが、弾丸はその場で三つに分裂し、そのまま連鎖爆発を起こした。衝撃を与えることで分散して爆発する拡散弾に対して、クシャルダオラは大したダメージにはならないと言わんばかりに無理やり爆炎を突破して、拡散弾の反動で動けないエルスをその圧倒的な体重で薙ぎ倒した。
「エルスさんっ!」
血を吐きながら砂浜を転がされたエルスは、全身の骨が砕けるような痛みを感じ、立ち上がれなかった。人間よりも遥かに巨大な鋼の塊に追突されたエルスは、既に動ける状態ではなかった。ゆっくりとエルスへと近づくクシャルダオラは、横たわるエルスの息の根を完全に止めようと前脚を上げて、飛んできた矢に額の傷を削られた。
「させません……絶対にっ!」
弓使いとしては無謀とも言えるほど接近して矢を放つティナの迫力に、クシャルダオラは無視できない存在だと認識して威嚇の咆哮をあげて風の鎧を纏った。
「矢が届かないっ! どうやれば……どうすればっ!?」
暴風によって矢を阻んだクシャルダオラは、すぐにティナを惹き潰そうと突進した。助走も無しに即最高速を出したクシャルダオラは、数秒も経たずにティナの目の前まで接近し、ティナの頭上を越えてきたジークによって角を砕かれた。
「えっ?」
全身から血を流し、明らかに瀕死の状態であるはずのジークは半ばから折れているカクトスフェーダーを片手にクシャルダオラの角をへし折ったのだ。狩りが始まってからずっとエルス、ジーク、ティナが削り、薄くなっていた角の一部分へと、ジークは太刀を突き刺していた。ジークが全体重をかけても傷つけられなかったクシャルダオラの甲殻を全員で削り、最後はクシャルダオラ自身の突進による衝撃を伝わらせることで、額に傷を与えた。
「ジークさん!」
すぐに振り落とされたジークをティナが抱き留めるが、既に気を失っておりカクトスフェーダーもクシャルダオラの角に刺さったままだった。
この狩りで初めて傷を受けたクシャルダオラは、角から伝わる痛みに苦しみ悶えながらも、ジークとティナを確実に殺そうと風を操ろうとしてバランスを崩した。ジークがクシャルダオラの角に突き刺したカクトスフェーダーは、猛毒を持つエスピナス亜種の素材によって生み出された武器であり、その刃にはエスピナス亜種の猛毒が滴っている。クシャルダオラにとって毒は、自身の風を操る器官衰弱させる唯一といってもいい弱点であった。風を操ることもままならなくなったクシャルダオラは、頭を振り回して刺さっていた太刀を振り落とし、翼をはためかせて上空へと飛んでいった。
「あ…………え?」
ティナは視認範囲外までクシャルダオラが飛んでいった姿を見て、しばらく口を開けて呆けていたが、徐々に弱まる雨風を見て、クシャルダオラが去っていったことをようやく理解した。
「なんと……クシャルダオラを、撃退したのか」
気球から出てきたギルド職員は、樹々が薙ぎ倒され空気のブレスによって抉られた砂浜を見て、クシャルダオラの脅威を確認しながらも、弱まって行く暴風雨に撃退されたことを理解した。
「ぬぅ……こりゃあいかん。嬢ちゃん! 気球の中にある回復薬をありったけ持ってきてくれ!」
「は、はい!」
雨風が弱まったことで周囲を見渡せるようになったギルド職員は、倒れている三人のハンターを見て、急いで両手に持てる回復薬を手にしながら、ティナにもっと在庫を持ってくるように伝えた。密林を包んでいた暴風雨は既に消え、雲間から光が少しずつ見え始めていた。
密林でのクシャルダオラ出現の知らせを受けたメゼポルタギルドは、すぐさま手の空いている凄腕ハンターを派遣し、密林に取り残されている数人のハンター救出に向かわせた。緊急事態故に派閥も関係なく人を助けるために派遣された凄腕ハンターたちは、密林に辿り着いた時にクシャルダオラが遠くへと去っていく姿を確認していた。嵐が収まり始めていく中手分けして救出していた凄腕ハンターたちが最後に発見したのが、無残に破壊されたメゼポルタギルドの気球と、クシャルダオラを撃退した上位ハンターたちだった。嵐が止まったことで全員が無事にメゼポルタへと帰還したが、クシャルダオラを撃退したパーティーは四人中三人が意識不明まで追い込まれていた。
クシャルダオラが密林へと出現したことはメゼポルタギルド側の失態であったが、被害にあったハンターたちは誰も頭を下げるギルドマスターを責めることは無かった。それだけ、ハンターたちにとって古龍種とは突拍子もなく現れ、命を奪っていく理不尽な存在だという共通認識があった。謝罪巡りをしていたギルドマスターは、謝罪すべき最後のハンターのマイルームまで訪れていた。
「……無事か?」
「なんとか、ですね」
包帯に巻かれながらベットで苦笑するジークに、ギルドマスターは大きなため息を吐いた。ジークはギルドマスターが個人的にではあるが、注目している若手ハンターである。ギルド側の落ち度で危険に晒してしまったことに対する罪悪感は強かった。
「親方から聞いた。武器をへし折られたそうじゃな」
「えぇ……鋼の肉体を傷つけるには足りませんでした」
「そうか……修理費はギルド側で出すことはもう決まっておる。安心して療養するといい」
「……ありがとうございます」
笑みを見せるジークに再びため息を吐いたギルドマスターは、ベットの横に備え付けられていた椅子に腰かけた。
「お主は怪我に慣れておるな」
「まぁ……タンジアでは相当な無茶してましたから」
「そうか……」
ジークが元タンジアのG級ハンターであることはギルドマスターも当然知っている。そして、大陸でG級ハンターと呼ばれるようになるまでどれだけの苦労があるかも、ギルドマスターという立場であるが故に察していた。
「よいか、ジークよ……敵わぬと思った時は素直に退くのじゃ。お主のような将来有望な若者を失うのは……一人の老人として辛い」
「あはは……気を付けます」
ジークの返答に頷いたギルドマスターは、立ち上がってマイルームの扉の方へと視線を向けた。
「客人のようじゃな。ではな……怪我が治ったら一度顔を見せに来い」
「分かりました」
扉を開けて部屋を出たギルドマスターは、びっくりとしたような顔をしているティナとすれ違った。ギルドマスターが去っていくのを見送ってから、おずおずと部屋に入ったティナは、ジークが苦笑しているのを見て横に座った。
「ありがとうございます。ジークさんの怪我はどうですか?」
「運が良かったニャ。複雑な骨折とかもないから、怪我自体はすぐ治りそうだニャ。多分……温暖期の終わりギリギリには治ってるニャ」
飲み物を持ってきてくれた給仕ネコに礼を言いながら、ティナは怪我の状態を聞いた。幸いなことに受け身技術や防具性能のお陰で、ジークはそこまで時間をかけずに復帰できる状態だった。
「エルスさんとウィルは?」
自分と同じように意識不明までダメージを受けてしまった二人を心配していたジークだが、ティナは苦笑を浮かべていた。
「ジークさんが一番重傷ですよ。ウィルさんは大剣を盾にブレスを防いだ衝撃だけで、エルスさんは突進を受けた時に骨が折れる感覚がした、とか自己申告してましたけど腕の骨にヒビ程度で済んでましたから、ジークさんより少し早く復帰できるそうです」
「そうか……」
全員の無事を聞いて安堵の息を吐いたジークを見て、ティナはなにかを思い出したように手を叩いた。
「それより、ジークさんの防具……ククボ、ですよね?」
「あぁ……どうかしたのか?」
ジークは下位ハンター時点で作成したククボ防具を素材で強固にしながら使用し続けていた。そもそもククボ装備が素材で強固にしやすい素材である為、上位ハンターまでならこれ一つでなんとかなる、とメゼポルタで有名な装備ではあるのだが、今回のクシャルダオラはその対象外だった。
「ボロボロになり過ぎてもう直せないって親方さんが言ってましたよ」
「そっか。大分お世話になったからな」
「あ、でも……なんか職人魂がーとか言って勝手に改造してましたけど」
「は?」
武器とはまた違った相棒であったククボ装備に哀愁の念を感じていたジークだが、続くティナの言葉に疑問符が浮かび上がった。
「いや、直せないんじゃないの?」
「元の形には無理だって言ってましたけど――」
「――ジーク! できたぞ!」
首を傾げるティナの言葉を遮ってマイルームに突撃してきたのは、丁度話題に出していたククボ装備を手にした親方だった。興奮気味にやってきた親方は、明らかに元の形へと修復したククボ装備を片手にジークのベットまで近づいてきた。
「親方? ククボはもう直らないって……」
「おう。クシャルダオラの衝撃を防ぐほどの性能はククボには無かったからな」
ジークの言葉に頷きながらも、親方は手に持っていたククボ装備を高々と掲げ上げた。
「こいつはお前さんがボロボロにしたククボ装備に、お前さんが前に狩ってきたヒプノックとエスピナス亜種の素材を使った強化版ククボだ!」
「はぁ……え?」
「便宜上ククボFと呼ばせてもらうが、こいつならクシャルダオラの攻撃だって受けられるぜ! いやぁお前さんの装備が破壊されったって聞いてな……久方ぶりに職人魂に火が付いた!」
勝手に装備を強化されたことにどう反応して良いのか分からないジークは、助けを求める視線をティナに向けたが、安全性が高まったことに大きく頷いている姿を見て、無駄なことを悟った。
「安心しな。金はギルドマスターが払って、素材は『ロームルス』の連中が提供してくれた」
「ネルバさんたちが……」
「そう言う訳だから、復帰して狩りに行ったら是非感想を聞かせてくれ!」
最初から最後まで興奮気味だった親方は、ククボFと修復されたカクトスフェーダーを置いてマイルームから出ていった。急に静かになったマイルーム内で、ティナは苦笑しながら立ち上がった。
「じゃあ、怪我が治るまでは猟団長代理として、頑張りますね!」
「お、おぅ……頑張れ」
目を輝かせて燃えているティナに押されながら、千客万来のマイルームにジークはどうしてこうなったのかとため息を吐いた。
古龍種は強いってことは書きたかったです