狩人の頂 作:ばるむんく
「マスター」
「ん? ジークか……もう動けるようになったのか?」
「結構、回復は早い体質でして」
「そうか」
古龍クシャルダオラに遭遇し、大怪我を負いながら大した時間もかけずに復帰してきたジークに呆れ気味な表情を見せるギルドマスターは、手元にある依頼書を見た。
「それで、復帰したら顔を見せろってなにかあったんですか?」
「うむ……当初はお主がいつ復帰するのかを確認したかっただけじゃが、丁度いいところに来た」
「丁度いい?」
ジークが首を傾げたのを見てから、ギルドマスターは持っていた依頼書を手渡した。
「お主に、公式狩猟試験を依頼しよう」
「それって……」
「凄腕ハンターへの、昇格試験じゃ」
凄腕昇格の試験と聞いて、ジークはすぐさま渡された依頼書を確認した。そこに書かれているモンスターは
「死地を超えたばかりのお主に依頼するのもどうかと思ったが、凄腕昇格試験に相応しいモンスターと言えるじゃろう……今再び、四人で死地を超えて見せよ」
「……望むところです」
ラージャンの名を見ても笑みを浮かべるジークに、ギルドマスターは大きく頷いた。本来ならばラージャン変種など凄腕ハンターの昇格試験に任せるモンスターではない。古龍級の危険生物とされるラージャン、その変種ともなればまさしく剛種に近しい能力を持つモンスターである。凄腕ハンターの中でも更に上位のハンターでなければ任せられないモンスターだが、ギルドマスターは不思議とジークたちに渡すべきだと思っていたのだ。
「死ぬなよ」
「わかってますよ」
超危険生物ラージャンの存在は、ドンドルマ管轄地域のハンターならば誰でも知っている。古龍級危険生物の名は伊達ではないが、ジークとて古龍種であるクシャルダオラを撃退しているのだ。実力としてはもう凄腕ハンターと遜色ない。
依頼書を片手に離れていくジークを見送りながら、受付嬢であるユニスからもう一つの依頼書を受け取った。
「さて、もう片方は……やはり『ロームルス』かの」
もう一つの凄腕昇格試験の依頼書を片手に、ギルドマスターは繁殖期に行われる狩人祭のことを考えていた。
「こんにちはー」
「ジークさん!? もう動いていいんですか?」
「ダルクか……もう大丈夫だよ」
猟団部屋へと顔を出したジークの姿に、ダルクは驚いたような声をあげてからすぐにジークの傍まで走り寄ってきた。本当に犬みたいだなと思いながらも、ジークは猟団部屋にいる数人に視線を向けた。まだ猟団として大きくないため仮設テントのような猟団部屋ではあるが、猟団を立ち上げた当初はいなかった猟団仲間が数人いた。
「団長、無事で良かったな」
「えぇ……まぁ、なんとかって感じですよ」
「よせよ。団長ならどしっと構えて、団員にはため口でいいだろ?」
「どうですかね? アキレスさんだけじゃないですか?」
豪快に笑いながらジークの肩を叩く巨漢の男、アキレスはジークよりも長くメゼポルタにいるハンターである。以前は『円卓』に属する猟団に所属していたが、腑抜けた連中に飽き飽きしていたところをジークに勧誘された上位ハンターである。ジークの見立てでは、猟団員の中でも一番凄腕昇格が近い『ニーベルング』主力メンバーである。とはいえ、彼はパーティーでの狩りに慣れていないこともあり、今は主に上位昇格したばかりの猟団員や、下位の新人ハンターの手伝いをメインにしている。
「私も、ため口でいいと思うわ」
「エルスさん」
「久しぶり、でもないかしら」
アキレスとダルクに囲まれているジークを助けに来たのは、ジークと同じように怪我を負っていたエルスだった。彼女はクシャルダオラの攻撃によって装備を破壊されたため、現在はエスピナス亜種の素材を使った防具を使用している。
「大丈夫ですかね」
「そんな小さなこと気にする奴はいねぇよ。革命を起こす、なんて肝っ玉のでけぇ猟団に入ってる奴はな!」
「私は元々、貴方の可能性が見たいから猟団に入った。今更敬語なんていらないわ」
「そうです……か」
突然の敬語不要論にジークは少しばかり唸っていたが、猟団長という立場にいるのならばそれ相応の態度を見せるべきなのだろうと勝手に納得していた。
「よし、じゃあ敬語はなしにさせてもらうよ」
「それでいいわ」
「ジークさんの自然体、いいと思います!」
「おう」
敬語を取り払ったジークの言葉に三人が頷き、なんとなく猟団としての結束感が生まれた。
「それはそうと、ウィルとティナはどこにいるのか知らないか?」
「副猟団長? えーっとね……」
「さっき二人でギルドの新しい依頼書を貰いに行くって言ってたな」
「そっか……エルスにも関係ある話なんだけどな」
「私?」
ウィルとティナを待つためにとりあえずで椅子に座ったジークは、エルス机の上にギルドマスターから預かった依頼書を見せた。三人が覗き込んだ依頼書は、金獅子ラージャン変種の狩猟依頼書だった。
「ラージャンの、変種か!」
「らーじゃん? ってなんですか?」
「超危険な古龍級生物。破壊の権化なんて呼ばれることもあるわね」
「しかも変種ともなれば大陸のG級ハンターでも相手になるかどうか……嫌な相手だな?」
ロックラックギルド出身のダルクは、ジークと同じくラージャンに対してそこまで詳しくないが、元ドンドルマハンターであるエルスとアキレスは、ラージャンについてよく知っていた。
「これがどうしたの?」
「凄腕ハンターの依頼書だろ? 変種なんてのは」
「……俺、エルス、ティナ、ウィルの凄腕昇格の公式狩猟試験相手だ」
「っ!?」
「本当かよ。随分な相手を選ばれたな」
凄腕昇格の公式狩猟試験と聞いてエルスは息を呑み、アキレスは危険生物のクエストを公式狩猟試験に指定されたことに少し羨ましそうな反応を示していた。
「復帰していきなりきつい相手で大丈夫ですか?」
「あぁ……慣れてる」
ダルクの心配する声に、ジークは端的に返した。G級ハンターとしてタンジアギルドで活躍していたジークは、無茶に無茶を重ねる程度のことは慣れていた。なにしろ大陸に限られた数しか存在しないG級ハンターは、危険なモンスターは兎に角全てを狩らせられるのだ。それが上位管轄モンスターであろうと、複数頭現れると基本的にG級ハンターが処理する。凄腕ハンターが繁殖期に大量発生した上位クラスのモンスターを狩人祭でひたすら狩猟するのと同じである。
「それで?」
「いや……出掛けるなら早い方がいいと思ってな。もうほぼ寒冷期だろ?」
「団長が動けない間にな」
ジークが傷を癒す為に動けなかった間に大陸全体が冷え込み始め、フラヒヤ山脈でも吹雪が度々確認されるようになってきている。近々正式にフラヒヤ山脈周辺の閉山が宣言され、同時にセクメーア砂漠の気温がそれなりに落ち着きを見せて狩猟地として開放されるだろう。
「今凄腕になっておけば、寒冷期中に猟団員も集められる。古龍種が活発になると考えれば、無所属ハンターの多くがどこかしらの猟団に属したくなる季節だ」
「新人は減るが、そのぶん上位ハンターが増える、か……なるほど間違ってはねぇ」
ジークの言葉にアキレスは頷いた。上位ハンターとして最高峰の実力を持っているアキレスだが、古龍種が活発になる中でも一人で狩りがしたいとは思えなかったからだ。
「それに、凄腕ハンターになれば『ゴエティア』も交渉の席に着いてくれる……寒冷期中に味方につければ、そのままの勢いで狩人祭までいける」
「……悪くないわ」
エルスは元々『ロームルス』に所属していたこともあるので、所属している『ニーベルング』と合わせて大体の猟団員の人数と実力を把握していたが、このまま二つの猟団でけで『プレアデス』と『円卓』に対抗できるようになるのは数年後であると考えていた。しかし、剛種クシャルダオラをたった四人で退ける『ゴエティア』がいれば、話は別である。
「わかったわ。とりあえずウィルとティナを待ちましょう」
何はともあれ当事者である残りの二人がこなければ話は進まない。ジークたちは二人が依頼を持って帰ってくるまで雑談と近況報告をしながら時間を潰していた。
ジークが猟団部屋に現れてから一時間も経たないうちに、副猟団長二人はすぐに戻ってきた。凄腕ハンターが所属していない猟団であるため下位と上位のクエストだけを持って帰ってきた二人は、掲示板近くの机を囲んで喋っているジークたちをすぐに見つけた。
「ジークさん?」
「もう治ったんですか!?」
ジークがいることに少し呆れ気味なウィルと、あれほどの傷がすぐに治ったことに驚愕しているティナを手招きした。
「どうしたんですか?」
「ついに凄腕昇格の依頼を貰ってな」
「本当ですか!?」
「本当だよ。クシャルダオラを撃退する実力があるなら申し分なしって評価らしい」
新たな公式狩猟試験にウィルとティナは嬉しさを滲ませながら、ジークの持っていた依頼書を覗き込んで表情を強張らせた。ドンドルマ管轄地域で生きてきたウィルとティナは、ラージャンと言えば近寄ってはいけないモンスターの代表格である。そんな危険モンスターの変種ともなれば、どれほど危険なクエストかなど想像するのは容易かった。
「大丈夫なんですか?」
「そもそも、俺らはこれから変種奇種、剛種みたいなモンスターを狩っていかなきゃいけないんだ。ラージャンの変種だって今狩るか、後から狩るかの違いだけだろ」
「団長は豪快だな!」
かなり無理のあるようなジークの言い分だが、アキレスは気に入ったようで大笑いしていた。だが、ジークの言っていることも全てが間違っている訳でもなく、メゼポルタでハンターとしてやっていこうと考えているのならば遅かれ早かれ、強力なモンスターや未開拓地域の調査に駆り出されるのだ。ラージャンの変種だからといって萎縮していては凄腕ハンターとしてはやっていけない。
「わたしは問題ないと思うわ」
「……はい。僕も覚悟を決めます」
「四人なら、倒せますよね!」
「あぁ。必ず成功させて見せる」
力強く頷く四人を見てアキレスは楽しそうに笑い、ダルクはジークの不敵な横顔を見て、少しだけティナたちを羨ましく思っていた。
灼熱の大地にやってきた四人は、クーラードリンクを手に持ちながらベースキャンプとなる海岸で机の上に地図を広げていた。
「ラージャンは基本的に火山の中でならどこでも活動できるらしいな……もしかしたら火口付近にいるかもしれない」
「まぁ、ラージャンはフラヒヤ山脈にも出現することがあるらしいですし、体温が一定で保たれる身体機能でも備わっているんじゃないですかね?」
「羨ましい限りだ」
ハンターはラティオ活火山で活動を維持するには、氷結晶とにが虫を調合したクーラードリンクを飲まなければ歩いているだけで全身火傷になって焼死してしまう。遮熱性が高いモンスター素材で作られた装備を着込めば無事でいることもできるようだが、ジークたちの中にそんな防具を着込んでいる者はいない。
「でも、ラティオ活火山のラージャンは基本的に麓の洞窟にいることが多い」
「……あの洞窟の先ですよね」
エルスの言葉を聞いて、ティナは奥から少しだけ赤い光が見える洞窟の入り口を見た。
「あそこはマグマが周囲を覆っているけど、歩ける地面は多いわ」
「それはラージャンも同じ、と」
「そうね」
飛竜種に比べると少し大きさの小さいラージャンは、火口の洞窟内であろうと楽々と歩きまわる。当然マグマの中に飛び込むことなどできないが、洞窟内でマグマを飛び越えながら走るラージャンは、広い場所を狩りの場所とすることが多い。
「じゃあ行くか。いつまでも待ってられないしな」
「わかりました」
ジークが地図を小さく折り畳み、四人全員が武器を手に立ち上がった。それぞれが今回の狩猟で自分の身を預ける武器を手にして、ラージャン討伐へと向かう。黒狼鳥の素材で生み出された片手剣『ツルギ【狼】』を手にしているジークは、クーラードリンクを飲み干してから三人の後から洞窟へと入った。
ヘルファングの盾で体を半分隠しながら移動するウィルを先頭に、クシャルダオラに破壊されてしまったガノスクリームの代わりにボルペラビリントを背負っているエルス、ソニックボウⅤを持つティナ、そして最後尾にジーク。どこからラージャンが現れても対応できるように四人で四方を警戒するハンターたちは、熱気の籠る火山洞窟を進んでいた。
「……アプケロスの死骸?」
「ジークさん!」
全員の最後尾を歩いていたジークは、地面から時折噴き出す火山ガスを避けながら周囲に視線を向けていたが、先程までなにもなかったはずの場所に、いつの間にか置かれている草食竜アプケロスの死骸を見て、警戒しながら視線を巡らそうとして、ティナに背後から突き飛ばされた。
「いつの間にっ!?」
「気を付けてウィル。真正面から防御すれば吹き飛ぶわよ」
「……わかりました」
ティナに突き飛ばされた瞬間、先程までジークが立っていた地面に筋肉質で黒い毛に覆われた剛腕が突き刺さり、勢いよく火山ガスが噴き出した。すぐに態勢を整えたジークは、自分を突き飛ばしてバランスを崩したティナを引っ張りながら、突然現れた凶暴な外見を持つ大型モンスター……ラージャンに対して武器を構えた。前方を警戒していたウィルは即座に反転しガンランスを構えて様子を窺う姿勢を見せ、エルスの忠告を聞いて頷いた。
「不意を突かれたが、開戦だな」
ティナが背後で立ち上がるのを感じながら、ジークは目の前の敵であるラージャンを見て冷や汗を流した。背後を取られた上に、初撃が洞窟の地面を叩き割るような威力だったのだ。ジークでなくとも冷や汗が止まらない状況で、むしろ武器を構えて立ち向かう姿勢を示しているだけジークの精神力は強いと言える。ジークはラージャンの瞳にある圧倒的な殺意と破壊衝動を見て、かつて相対した
「ふぅ……っ!」
最初に動いたのはやはりラージャンだった。初撃を避けられて囲まれていることを理解しているラージャンだったが、そんなものは関係ないと言わんばかりに洞窟に響く雄叫びをあげてからジークへと殴り掛かった。牙獣種の中でも特に前脚が発達し、人間の様に敵を殴れるラージャンの攻撃に対し、ジークは冷静に余裕を持って躱してから、刃をラージャンの腕へと滑らせた。流麗な動きによるカウンターで繰り出されたジークの攻撃は、ラージャンの皮膚を問題なく斬り裂き、黒い毛が散るのと同時に血が噴き出す。しかし、ラージャンは痛みを感じていないかのようにその場でもう片方の拳を振り上げて地面を叩き割る。火山ガスが噴き出して視界が塞がれ、嗅覚に鋭い痛みが走るのと同時にジークはなんとか横に転がってガスの向こう側から飛んできたラージャンの三撃目を避け、一端距離を取った。
「ウィル、ジークが近距離戦闘しているから中距離から砲撃中心でお願い」
「わかりました」
「私はティナと一緒にラージャンの牽制ね」
一瞬の攻防を見てジークに問題が無いことを理解したエルスは、すぐにウィルを突撃させてボルペラビリントに氷結弾を装填する。エルスの動きを見てティナはすぐに弓を構え、牽制の為に力を大して込めずにラージャンへと矢を放った。
「ナイス」
放たれた矢を見て後ろに飛んだラージャンを追いかけて、ジークは走り出した。左手に逆手で持っていた剣を回転させながら近づくジークに、再び腕を振り上げたラージャンに、横からウィルの砲撃が浴びせられた。攻撃する為に二本の足で立っていたラージャンは、砲撃によってたたらを踏むように怯み、その隙にジークは攻撃範囲内まで接近していた。力任せに振られた腕の下をくぐり抜け、ジークはラージャンの腹に一筋の傷を与えてから再び危険域から離脱する為に横へと転がった。ラージャンは、再び飛んできた矢を無造作に振るった腕で粉々に粉砕し、ウィルとジークから距離を取る為に大きく洞窟内を跳躍した。
「おいおいッ!?」
跳躍した勢いだけで天井に後ろ脚が当たったラージャンは、そのまま力いっぱい天井を蹴ってジークとウィルが立っていた場所へと弾丸の様に飛んできた。天井がラージャンの膂力によって一部崩落し、エルスとティナも動けない中、ラージャンは勢いのまま両腕をウィルとジークへと向けて着地した。周囲の地面に亀裂を生み出し、火山ガスどころかマグマすらも噴き出す威力の無茶苦茶な動きを二人はなんとか回避することに成功した。
「こんなのじゃいつ崩壊してもおかしくないですよ!」
「全くだ」
「援護するわ! 走って!」
土煙とマグマでラージャンがよく見えていないジークとウィルは、ラージャンを挟んで向こう側から聞こえてきたエルスの声に反応して左右に走り出した。ラージャンを中心に背後にはエルスが、右方向にジーク、左方向にウィル、正面にティナが弓を構えている状況を生み出した。
「ティナ! くるわよッ!」
「は、はい!」
すぐに氷結弾を三発放ったエルスは次弾装填しようとして、ラージャンが口を開いたのを確認し、ラージャンの正面にいるティナへと警告を飛ばした。氷結弾が一発だけラージャンに着弾するのと同時に、ラージャンの口から電撃が迸り、球体の形で雷撃が放たれ、ティナの横を通り抜けて洞窟の壁に消えた。
「こいつ、攻撃効いてるのかわからん」
着弾した氷結弾はラージャンの片腕に霜を生み出しているが、軽くラージャンが腕を振るとその霜も飛び散り火山の熱気ですぐに蒸発していく。ウィルの砲撃による攻撃も、ジークの攻撃による裂傷にも大した反応も動きの鈍りも見せないラージャンに、ジークは心底面倒くさそうな顔をしていた。
「僕がいきます!」
「閃光投げるぞ!」
ティナへと再び雷撃を放とうと口を開けたラージャンに、ウィルが盾を構えながら突撃した。左側から突撃してくるウィルへと視線すらも向けずに雷撃を放とうとするラージャンに、ジークは閃光玉を投げた。閃光玉による光を盾で防ぎながら接近したウィルは、視界を焼かれたラージャンの首筋を狙って穂先を突き刺そうと踏み込んだ。しかし、視界を焼かれたラージャンは少しだけ怯みながら、口に溜めていた雷撃を足元に放ちながら後方へと飛び上がった。
「くっ!」
「はぁ!」
ラージャンの非生物的とも言える唐突な行動に驚愕しながらも、盾を構えていたウィルは雷撃をなんとか盾で防いだが、標的のラージャンは随分と離れてしまっていた。ラージャンの後方で狙いを定めていたエルスは、突然降ってきた巨体から離れる為に後方へと転がった。当然、目が上手く見えていないラージャンはエルスの動きなど見えていないが、ラージャンはその場で腕を振り回しながら高速で一回転した。大地を割るような膂力で行われた高速の回転によって生じた風圧に押されながらも、ジークはすぐにラージャンの頭部へと接近していた。見るからに硬そうな角を避けて頬へと片手剣を突き出したジークに対して、ラージャンは退くどころか前進した。
「なッ!? こい、つ!」
「ジークさん!?」
頬に片手剣が突き刺さりながらもラージャンはぼやける視界の中、動き回るジークの体を的確に左腕で掴んだ。全身を掴まれたジークは必死に拘束から逃れようともがいていたが、凄まじい握力を持っているラージャンは、ジークを掴んだ手にそのまま力を込めていった。
「ぐぅッ!? こ、のッ」
必死に抵抗しようとするジークだが、当然人間の膂力でラージャンの握力を跳ね返すことなどできずに、全身の骨が軋むような音を出してい。しかし、ラージャンもジークの纏っているククボF装備が想像以上に硬く、またジークが自分の胸を守るように突き出していた盾も思うように砕けずにいた。ラージャンがジークを握りつぶすのに手間取ったほんの一瞬の間に、ティナは神経毒を含む麻痺ビンを装填した矢をラージャンの顔に向かって放っていた。普段のラージャンならば空いている右手で矢を弾いたり俊敏に動き回って矢を避けていたが、閃光玉の影響が無くなっていなかったラージャンは飛来する矢が見えずにそのまま眉間に突き刺さった。
「が、はぁ……助かった」
ハンターの扱う神経毒が大型モンスターの体全体に影響を及ぼすには、それなりの量を摂取させる必要がある。ティナは同時に三本の矢を放っているが、ラージャンがいかに大型モンスターの中でも体躯が小さくとも体全体に回るには量が足りない。しかし、神経毒自体が少量でも全く効いていない訳ではなく、眉間に刺さった神経毒は鈍痛としてラージャンに伝わり、ジークを開放させた。空中に放り出されたジークは、全身の痛みに耐えながらウィルと交代する様に入れ替わり、回復薬を口にした。
「いきます!」
ジークを追いかけようと動いたラージャンの正面に立ったウィルは、背後から飛んできた氷結弾がラージャンの頭に着弾した瞬間に、同じ部位にガンランスを突き立て、続けざまに砲撃を放った。ドドブランゴの素材によって生み出されたヘルファングは、エルスの放った氷結弾に追い打ちをかけるように冷気武器から迸らせる。氷属性を嫌うラージャンはたまらず顔を振り回しながら距離を取るようにバックステップを小刻みに行ったが、移動先を予測していたティナとエルスの射撃を受けて態勢を崩して地面を転がった。
「はぁッ!」
「んぐっ……よし」
追撃をかけるよう為に走り出したウィルの背中を見ながら、ジークは飲み干した回復薬の空き瓶を懐に仕舞ってから片手剣を抜刀して走り出した。装備重量の関係でウィルを追い抜いたジークは、立ち上がろうとしていたラージャンの尻尾へと片手剣を振るい、ジークに追いついたウィルは顔面へと容赦なく竜撃砲を放った。リオレウスのブレスを参考に作られたガンランスの必殺技を受けたラージャンは、流石に痛みを感じた様な声をあげながらも無理やり態勢を立て直してジークへと向かって剛腕を振るう。
「とっ!」
ただ腕を振っただけの攻撃にジークが今更当たることも無く、地面を足で滑りながら片手剣を突き立ててラージャンの腕に切り傷を与える。痛みから腕を引っ込めたラージャンを追うように、ジークとウィルは踏み込んでから両方の後ろ脚へとそれぞれの武器を振るう。腕よりも筋肉の少ない後ろ脚はすんなりと武器が通り、地面へと鮮血をまき散らす。火山の熱によって血液が蒸発していくのを見ながら、ジークは更に筋繊維に沿って武器を縦方向へと走らせて傷を増やす。
「馬鹿力がっ!」
「ジークさん下がってください!」
痛みに耐えかねたラージャンは、遠くから飛んでくる矢と弾丸を片腕で弾き、その場で飛び上がって重力に身を任せて両腕で地面を叩き割った。後ろ脚を傷つけられたことで最初ほどの跳躍力は見せなかったが、腕力と体重だけで易々と地面を叩き割るラージャンに、ジークは文句を言いながら、ウィルの警告通り後ろに下がって足元から噴き出すガスを避けた。ラージャンが破壊した数か所の地面からは絶え間なくマグマとガスが噴き出しているのを見て、このまま続けていると足場がどんどんと無くなっていくことを危惧したジークは、ラージャンをどうにか誘導して外へ出そうと考えていた。
「来いよラージャン! お前の相手、は……」
ガスの中からゆっくりと出てきたラージャンの姿を見て、ジークの言葉は途中で小さくなっていき、最後まで続かなかった。四足でゆったりと近づいてくるラージャンの瞳は憤怒に染まり、黒かった体毛は徐々に色付いていく。
「これ、が」
「金獅子」
体毛が逆立ち、ほのかに電気が弾けるような音を立てながら歩くラージャンは、正しく金色の暴君、破壊の申し子と言える姿をしていた。呆然とするジークとウィルを援護するようにエルスが再び氷結弾を放つと同時に、ラージャンは本能的な恐怖を呼び起こす恐ろしい叫び声をあげてから、背後から迫る弾丸を見ずに避けた。
「なんでッ!?」
「まずいッ!」
怒りを解き放ったラージャンの常軌を逸する行動にエルスは驚愕し、ラージャンが口を開いた瞬間にエスピナス亜種の時と同様に、ハンターとしての本能がジークに死の足音を察知させていた。ジークを狙って開いた口から電撃音が鳴り響くと同時に、球体ではなく直線の形をした電撃の奔流が放たれた。地面を砕きながら放たれた雷撃は、容易く洞窟の壁を貫通して外への道を生み出した。
「これが、破壊の権化かっ!」
ハンターから畏れられる古龍級の力を開放したラージャンは、怒りの雄叫びをあげながら目の前にいるハンターたちへと向かって腕を振り上げた。
当分先の話ですが、覇種なんかもきっと分割するはめになると思います