狩人の頂 作:ばるむんく
この日、ラティオ活火山では既に数回の揺れが発生していた。火山を爆発させるような大きなものではないが、洞窟の天井から細かい石が降ってくる程度の揺れが数回連続でラティオ活火山にて発生。火山に駐留していた古龍観測隊はその原因を既に知っており、本部報告用の日報に書き記していた。「ラージャン変種の攻撃により、ラティオ活火山の洞窟一部が破壊。雷撃によって大きな穴ができた」と。
ラージャンの口から放たれる電撃から逃れながら動くジークは、既にボロボロとなった洞窟の新しくできてしまった穴から外へと飛び出した。追いかけるように飛びついてきたラージャンの体毛は金色に変色し、飛びついた勢いのまま外にあった岩を粉々に破壊。ゆっくりとジークへと向き直ってから、牙を見せた。
「ちっ……攻撃が当たらない」
闘気を開放して一気に身体能力が上がったラージャンの動きはジークの想定よりも遥かに早く、隙だと狙って振るった片手剣はことごとく反応されて避けられていた。更に闘気によって上昇した身体能力は当然ながら腕力にも影響を及ぼし、腕を振るっただけで地面を抉り、殴り掛かれば岩を容易く粉砕する。雷撃能力も更に強くなり、闘気を織り交ぜて放たれる直線状のブレスは人間が受けていい威力をしていなかった。
硬直状態のまま動けないジークなどお構いなしに、ラージャンは怒りのまま腕を振るう。今まで紙一重で避けていたラージャンの攻撃も、ジークは全力で回避していた。まるでクシャルダオラのブレスの様に、紙一重で避けるだけでは風圧で動けなくされる剛腕を警戒しての行動だった。
「ジークさん!」
ジークとラージャンを追って洞窟から出てきたティナは、矢を構えてラージャンへと狙いを付けようとするが、ラージャンが破壊した岩の破片が飛来し、集中して狙いを付けられる状況ではなかった。しかし、狙いをつけられないことを言い訳にしてこのまま機会を窺い続けても、ジークが剛腕に捉えられるのは時間の問題だった。
「僕がいきます。正面から受けれはしませんが、注意を逸らす程度なら」
「……はい。ウィルさんお願いします」
「私に任せて頂戴。ウィルの安全は守って見せるわ」
「頼もしいです」
後ろからやってきたウィルの言葉に、ティナは一瞬無謀だと言おうとしたが、それ以外に今のラージャンに対応することができないことを悟って頷いた。瓦礫を超えてやってきたエルスはウィルの作戦に頷いて、すぐに弾を装填した。エルスの準備が終わったのを見届けてから、ウィルは盾を構えずにラージャンへと向かって突撃した。ラージャンの膂力を考えて、正面から受け切ることなど不可能だと判断したウィルは、視界を塞ぐだけになる盾を構えずにランスでの一突きに狙いを定めていた。
岩を破壊しながら迫るラージャンの攻撃を避け続けているジークは、一撃でも貰えば死が待っている攻防に体力切れを感じていたが、ウィルがラージャンの背後から迫ってきていることに気が付いて気合を入れ直した。
「くっ! このッ!」
いつまでも避け続けるジークに怒りを溜まっていたラージャンは、無造作に両手を振り下ろして地面を吹き飛ばした。拳を中心に二つの小さな穴ができる中、なんとか避けることに成功したジークは反撃の為に前へと踏み出してから片手剣を振るおうとして、口から放たれた直線ブレスを間一髪で避けた。周囲の地形を変えながら放たれたブレスは、頭の動きに合わせて火山の空に一本の柱の様に上方向へと伸びてから消えていった。ブレスを避ける為に倒れこんだジークは、すぐに横たわったまま転がってラージャンの拳を避けたが、地面を叩き割る拳の衝撃で簡単に吹き飛ばされた。
「くそッ!」
「やぁぁぁぁぁぁ!」
片手剣の盾を使ってなんとか受け身を取ったジークは、すぐに立ち上がって再び横へと転がる。容赦なく放たれる連続の拳を避けるジークだが、ラージャンが破壊した地面や壁から弾き出された岩の破片は、着実に小さな傷をジークの体に蓄積させていた。そんなジークを救うため、ウィルがラージャンの背後から近寄ってガンランスを突き出した。声を上げながら迫るウィルへと視線を向けたラージャンは、突き出されたガンランスを掴み、へし折ろうとして砲撃を顔に受けた。
「まだまだ!」
連続で砲撃を放つウィルに、ラージャンは鬱陶しそうにしながら腕を振り上げた瞬間、ウィルを守るように飛んできた弾丸を腕で弾いた。
「貫通弾が弾かれた!?」
エルスの放った貫通弾を平然と弾いたラージャンだが、全く傷がついていない訳ではない。腕から少しだけ垂れる血を見て、ラージャンは怒りを露わにして再びウィルを叩き潰そうと腕を振った。ガンランスの砲撃を放ち切ったウィルは、横から迫ってくるラージャンの腕を見てガンランスを手放して避けようとしたが、ジークがヘルファングを掴んでいた腕に攻撃したことで武器と共にウィルとジークは地面に倒れ込んで腕を避けた。
「くるぞッ!」
腕を傷つけられ、ウィルを捉えた攻撃を繰り出すこともできなかったラージャンは、ティナの放った矢を避けながら雄叫びをあげて上に飛び、上空で体を丸めて回転し始めた。闘気を高めながら回転しているラージャンが電撃を纏った姿を見たジークは、すぐにウィルを立ち上がらせた。ラージャンの動きに反応できるように注意深く観察していたジークは、異変にすぐに気が付いた。
「まずい! ティナッ! エルスッ!」
「ッ!?」
次の矢を準備しようとしていたティナはジークの叫び声を聞き、空中で回転していたラージャンが自分とエルスを狙っていることを悟った。同様に理解していたエルスもヘヴィボウガンを背負い直し、ティナと共に横へと全力で走った。回転速度が徐々に上がり、電撃を纏ったままエルスとティナがいる場所目掛けて落下してきたラージャンは、一際大きな咆哮を上げながら地面に激突した。
「きゃぁっ!?」
今までのどの攻撃よりも強大な威力を持っていたラージャンの攻撃は、地面を粉砕して大きなクレーターを生み出した。落下した衝撃で飛び散った岩の塊を避けていたエルスとティナは、ラージャンが地面に激突した衝撃で隆起した地面に足を取られ、上空へと打ち上げられた。
「ぐぅ!」
「エル、スさん!」
想像を絶するような威力によって隆起した地面の勢いは凄まじく、体の芯まで響く衝撃によってエルスとティナは空中で身動きが取れない程の怪我を受けていた。特に、ヘヴィボウガンを背負ってティナよりも動き出しが遅れたエルスは、喉をこみ上げてくる血を留めることができずに吐血していた。しばらく空を飛んでいた二人は、受け身を取ることもできずにそのまま地面へと叩きつけられて転がった。そんな二人へと狙いを定めたラージャンは、容赦なくとどめの一撃を放つために口を開いていた。
「くそッ!」
重量武器であるガンランスを持つウィルでは間に合わないと判断したジークは、武器を抜刀しながら全力で走り出した。軽量級の武器を持っているとは言え、ハンターとして身を守る防具を身に着けながらも、凄まじい速度で駆けるジークの身体能力にウィルは驚愕していた。
「げほっ……」
「エルスさんっ! しっかりしてください!」
「間に合ってくれっ!」
口の中に留まらず、顔の前にまで雷属性の塊が噴出し始めているラージャンを見て、ティナは立ち上がれなくなっているエルスを引っ張ろうとするが、自分自身も足に力が入らず、エルスを引っ張り上げることができなくなっていた。ジークは自身の限界を超えるような走りをしていたが、それでもラージャンの位置までは遠くとても間に合う距離ではなかった。しかし、その程度で仲間の命を諦めるつもりなどジークにはない。
「こいつで、どうだッ!」
ハンターを消し飛ばすには充分すぎる雷撃を溜めていたラージャンは、それを口から解放しようとした瞬間に横から飛んできた片手剣の盾に気を取られた。ジークの投げた盾は、真っ直ぐ飛んで頬へとぶつかり、ラージャンの意識をジークへと向けさせた。この期に及んでまだ邪魔をしてくるジークに怒りを感じているラージャンは、標的をエルスたちからジークへと変えて、最大火力のブレスを放った。
「くっ!?」
「うわぁぁぁ!?」
放たれたブレスを紙一重で避けたジークの背後で、ウィルはラージャンがジークを狙って拳の力で作り上げたクレーターの中へと非難して難を逃れた。真上すれすれを通って行くブレスに命が幾つあっても足りないと思うウィルだったが、狙われた当の本人はブレスが放たれる直前に横に避けていた。ラージャンは闘気によって体毛を変色させてから幾度も放ったブレスだが、ジークはラージャンがブレスを吐く直前、必ず自身がブレスの反動によってその場から移動しないように、足で体を支える予備動作があることを見抜いていた。エルスとティナを当初狙っていたブレスだが、ジークへと狙いを変えて顔の向きを変えた時に、もう一度だけその予備動作を行ってからラージャンはブレスを吐いたのだ。ジークはその予備動作を完璧に見切り、ラージャンがブレスの方向を変えられないタイミングで横に避けた。加えて、ラージャンの直線ブレスを強力な威力且つ圧倒的な速度だが、弱点としてブレスを放つとあまりの巨大さにラージャン自身の視界が塞がれる。つまり、ラージャンはジークが事前に横へと避けていることにすら気が付くのは避けられた後である。
「ティナ!」
「は、はい!」
なんとかブレスを避けたジークは、ティナにエルスのことを頼んでからラージャンの剛腕を避けながら、下に落ちていた盾を回収した。迷いのない動きでラージャンの拳をすり抜け、頭の下を通り抜けていったジークに対して怒りを爆発させ、もう一度ブレスを吐こうと口を開いたラージャンだが、金色へと変色していた体毛の色が少しずつ黒色へと戻り、完全に元の姿に戻ってしまった。結果、口から放たれたブレスは直線的な形状ではなく、球体のゆったりとした威力の低いものへと変貌していた。
「こいつ、活動限界か」
体毛が戻ったラージャンは、それでもお構いなしにジークの方へと拳を振り上げるが、明らかに狩猟開始直後の状態よりも動きが遅く、振り下ろされた拳の威力も低い。一振りでクレーターを容易く生み出していたラージャンの拳も、今では周囲の地面を少し揺らす程度である。
ラージャンの体毛が変色する理由は諸説あげられているが、一番有力な物は身の内の闘気と呼ばれるエネルギーを開放しているという説だった。興奮状態になることで真の力を開放して、発電能力と身体能力を大幅に向上させるのだが、当然そのような行動がなんの危険もなくできる訳ではなく、闘気を開放するとエネルギーを著しく消費してしまう。ラージャンの肉体はその限界ギリギリを察知して、興奮状態を一気に冷めさせる防衛本能が存在しているのだ。ジークの目の前で、突然興奮状態ではなくなった理由は、防衛本能によるものなのだ。
「はぁ!」
運動能力が低下しているのを見て、ジークは振るうだけで豪風を巻き起こしていた腕をかいくぐり、ラージャンへと片手剣を振るう。硬質化していた筋肉も軟化し、片手剣で傷をつけることが簡単になったことを確認して、ジークはラージャンの角へと盾を叩きつけた。斬撃ではなく打撃によって頭を攻撃されたラージャンは、直接的な痛み以上の鈍痛を受けて暴れ始めた。しかし、無理やりに身体能力をあげた反動で動きの鈍っているラージャンの攻撃を避けることは容易く、ジークには掠りもしない。
「もう大丈夫、ティナはジークの援護をしてあげて」
「……わかりました」
ジークが一人でラージャンと渡り合っている間に、ティナはエルスに秘薬を飲ませた。ティナ自身も地面に叩きつけられた衝撃で全身が痛んでいたが、エルスの傷が酷かったため、ジークに言われたとおりにエルスを介抱していた。秘薬を飲んで大分落ち着いたエルスは、ジークが一人でラージャンと戦っているのを見て、ティナに援護するように言った。この狩猟中に立ち上がれるかどうかわからない自分よりも、今まさに決着を付けようとしているジークを助ける方が、結果的な生存率が上だと判断しての指示だった。ティナはちらりと、ラージャンの方へと視線を向けてから頷き、弓を手に取って走り出した。
「おっと」
咆哮をあげながら全身で押し潰そうとするラージャンに対し、ジークは身軽な動きで攻撃を避け、無防備な脇腹に片手剣を押し当て、そのまま下半身へと向けて滑らせた。流れるような裂傷をつけられたラージャンは怒りの声をあげるが、疲弊状態にある体は言うことを聞かずに体毛が変色することはない。
「ふぅ……このままいければっと」
「援護します」
「助かるよ」
腕を振ってもジークに当たることがないことを悟ったラージャンは、その場で回転しながら周囲全てに攻撃した。しかし、どれだけ広範囲を攻撃しても攻撃速度が遅くては意味が無く、ジークは簡単にラージャンの範囲から離脱して回復薬を口にした。ラージャンの命もそう長くないことを悟っているジークが、最後の休憩だと思いながら回復薬を口にしていると、いつの間にか横にティナが立っていた。少し痛むのか脇腹を抑えながらも、ティナは毅然とラージャンへと視線を向けて弓を構えた。ティナが弓で援護するのならば、もっと大胆に動くことができると判断したジークは、遠くから走ってきているウィルの姿に笑みを浮かべながら前に出た。
「さぁ……最後のひと踏ん張りだ!」
「はい!」
ジークの掛け声に大きく頷き、ティナは矢を放った。同時に放たれた三本の矢に対して、ラージャンは横に避けるように小刻みなステップをした。既に駆けだしていたジークを視界に収めながら三本の矢全てを避けたラージャンは、そのまま四本の足を使ってジークの方へと全力疾走を始めた。人間では到底考えられない速度の走りだが、ジークはその動きに対してなんの対策を取ることも無く片手剣を構えていた。
「隙だらけです」
ジークは全力で向かってくるラージャンに対して、単純に角を狙う様に剣を構えていた。当然、全力疾走している大型モンスターに対してなんの対策もなくそんなことをすれば、質量の大きなモンスターに轢かれて悲惨なことになってしまうが、先程までとは違いジークには頼りになる遠距離からの援護があった。ジークしか視界にないラージャンの疾走は、再び飛来した三本の矢によって止められることとなる。放たれた矢に反応しようとしたラージャンだが、先程よりも数段速く放たれた矢を全力疾走状態だったラージャンは避けきれず、三本全てが腕に刺さった。
「ふッ!」
「やぁ!」
ラージャンの速度が緩んだ瞬間に、ジークは飛び上がって片角の根本へと片手剣を突き立てる。古龍の鱗すらも貫くとされるラージャンの角だが、頭部から生えている角に伝わる衝撃は脳神経まで響く。瞬間的に平衡感覚を失ったラージャンの突進は完全に停止。背後から迫っていたウィルのガンランスは的確に、その隙をついてラージャンの尾を貫いた。
「ウィル、とどめだ」
「はい!」
頭を揺らされ、尾を貫かれたラージャンは完全に動きが止まった。その隙を逃さず、ジークは盾を思い切り眉間に叩き込むと同時に、ウィルに最後の攻撃を任せて直線状から逃れる。ガンランスを構えなおしたウィルは、再装填した砲撃弾全てを放出し、ヘルファングの冷却機能によって冷え切っていた銃身に熱を灯していく。特有の青い光と共に放たれた爆竜轟砲は、ラージャンの体全てを包み込んで大きな爆発を起こした。
「……終わりだな」
爆竜轟砲を背後から受けたラージャンは、爆炎の中からゆっくりと歩いてジークの元へと向かう途中で、倒れ伏した。倒れた状態からもう一度立ち上がろうとしたラージャンだが、そこで完全に力が尽きてそのまま絶命した。火山の環境を大きく破壊し回ったラージャン変種が、ジークたちの手によって討伐された。
ラージャンを討伐したジークたちは、すぐにメゼポルタ広場へと帰還した。ようやく凄腕という高みの一つへと到達したジークは、寒冷期にどうやって猟団を大きくしていこうとかと考えていた。約束通り凄腕ハンターへと昇格したジークは、第一に『ゴエティア』との同盟を結ぶことを考えていた。『ロームルス』と『ゴエティア』二つの猟団と連携しながら、開催まで半年を切っている狩人祭に向けて同盟、猟団の強化。そして、最も重要なことが『円卓』に対抗する為に『プレアデス』とはあらかじめ話し合っておかなければならない。狩人祭の性質上、二つの猟団を同時に倒すことができる訳ではないのだ。
これからのことを考えていたジークは、船が大きく揺れるのを感じて窓の外を見た。見慣れた樹海が遠目に見える海岸に接岸した振動だと気が付いたジークは、どたどたと音を立てながら近づいてくる足音を聞いて、これからの行動案を記していた日記を閉じた。
「着きましたよ!」
「おう」
甲板の上で外を眺めていたウィルが興奮したような声をだしながら扉を開けた姿に苦笑しながら、ジークは眠気眼を擦っているエルスとティナを横目にゆっくりと立ち上がった。
「ふぅ……エルデ地方は遠いな……セクメーア砂漠はもっと遠いって言うんだから、広い大陸だ」
行きの時は感じなかった船旅の長さに感じ入りながら、甲板へと上がったジークは横に停泊していた大きな船へと視線を向けた。船の帆に大きく印されたマークはジークたちが乗っている船と同じものであり、メゼポルタギルド所属の船であることを示している。ハンターが長距離移動へ使用する大型の帆船は数隻存在するが、ジークの目を引いたのは船から降りているハンターたちの姿だった。
「ネルバさん?」
「ん? ジーク! お前らも今帰りか?」
「えぇ……遠くまで行ったんですか?」
「いや、俺らは狩りの帰りに、調査に出ていた奴らの船にたまたま乗せてもらっただけだよ」
ネルバの言葉に納得しながら頷き、船から降りてくるギルド調査員と、装備と立ち振る舞いからして凄腕ハンターと思わしきハンターたちの姿を見ていた。メゼポルタギルドは未開拓地域の調査の為に、凄腕ハンターに協力を募って海を航海し続けることがある。今の所あまり調査の進捗は良くないようだが、潮の流れなどから考えて、フォンロン地方の南の方に大きな島がある仮説を元に動いているらしいことは、ジークもメゼポルタギルドのハンターとして知っていた。
「それにしても……ネルバさんは随分とやられましたね」
「まぁな……」
再びネルバの方へと視線を向けたジークは、頭に巻いてある包帯を見て苦笑を浮かべた。ネルバたちが狩りから帰ってくる姿はジークも何度か見たことがあるが、ここまで露骨に怪我を負っている姿を見るのは初めてだった。とは言え、ハンターとしては見慣れた光景なので特に驚きもしないが、丁度同じタイミングで帰ってきたから喋りかけただけである。
「俺らは凄腕昇格試験を受けててな」
「え。ネルバさんたちもですか?」
「も? お前らもか?」
凄腕昇格試験と聞いて反応したジークの言葉に引っかかりを感じたネルバは、まさか同じタイミングで凄腕昇格試験を受けさせられたのかと考え、ジークの背後で船から降りてきたエルスが包帯を体に巻いている姿を見て察した。
「姉さん!? 怪我は大丈夫なのか!?」
「マルク? どうして……あぁ、貴方達も」
「お久しぶりです、エルスさん」
「えぇ。元気そうねメルクリウス」
船から降りたエルスの包帯を見て、マルクは血相を変えて姉であるマルスの元へと駆け寄った。姉に対して少し過保護で崇拝している節があるマルクだが、エルスは特に自分の怪我にもあまり大きな興味はなかった。命があれば大抵なんとかなると考えての思想だが、妹であるマルクはあまり気分がよくない。エルスは心配性なマルクをあしらいながら、久しぶりに出会ったメルクリウスと言葉を交わしていた。
「こ、こほん……エルスも無事そうで良かったよ」
「……別に姉さんでいいのよ?」
「そうはいかないんだよ」
芝居がかった話し方をするマルクはエルスのことを名前で呼ぶのだが、ふとした時に素である「姉さん」呼びが口から出て来てしまう。物語の主人公の様に、ありとあらゆるモンスターに毅然と立ち向かい、多くの危険な大型モンスターを狩猟する。それをハンターとしての目標としているマルクにとって、芝居がかった喋り方は理想のハンターへの小さな一歩なのだが、現実主義な姉にはあまり伝わっていない。
「やぁウィル君とティナ君。君らも凄腕昇格試験だったのかい?」
「スロアさん……そうなんですよ!」
「あはは……死んでしまうかと思いましたけどね」
勝手に盛り上がっているエルスとマルクを置いて、スロアは『ロームルス』副猟団長として『ニーベルング』の副猟団長二人へと挨拶をしていた。スロアの言葉に、興奮気味に頷くウィルと大変な思いをしたと体全体で語るように疲れた表情を浮かべるティナ。二人の正反対の反応に、スロアは笑みを浮かべていた。
「そんじゃあ……帰るか」
「ですね」
船に積んであった積み荷なども全て降ろし終わったのを確認して、ネルバとジークは互いのパーティーメンバーへと声をかけるのだった。
「うむ。見事じゃ」
それぞれに依頼していた凄腕昇格試験の成功報告を受けて、八人のハンターに対してギルドマスターは満足気に頷いていた。
「ジークたちはラージャンの変種、ネルバたちはティガレックスの変種、よくぞ格上の存在を打ち倒した。これで正式に、お主らは凄腕ハンターとなる」
「凄腕、ハンター」
感慨深そうに呟くネルバに、ギルドマスターは力強く頷いた。ギルドマスターもネルバたち『ロームルス』のハンターたちが、喉から手が出るほどに欲していた称号であることも、理解していた。
「凄腕になったお主らには、ギルドからの優先依頼を受ける時もあるじゃろう。そして、基本的にお主らがこれから相手にするのは、変種、奇種そして……
「……はい」
凄腕ハンターともなれば、メゼポルタギルドとしても自由に依頼を受けさせるほどの余裕が無くなる。凄腕ハンターは現在メゼポルタに3000人程度いると言われているが、変種・奇種・剛種の危険度を考えて四人行動が大原則となっているため、750パーティー存在するとされる。当然、人間である以上休息を挟まなければ行動できないことや、クエストだけではなく未開拓地域の調査なども含めると、まともにメゼポルタに残っているハンターは多くない。
「繁殖期の狩人祭では、最前線で連続狩猟を行ってもらうことにもなる」
「狩人祭……遂に、か」
狩人祭が行われる繁殖期は危険度の高いモンスターの行動が活発ではなくなる。結果として若い個体や、繁殖しようとするモンスターが多くなり、放っておけば大陸がモンスターで溢れることになる。故に凄腕ハンターは狩人祭の期間中、上位相当のモンスターを高い頻度で狩ることになる。
「長々とすまんの。これは凄腕ハンターを証明するギルドバッチじゃ……では、これからも諸君らの狩りの腕前、期待している」
「はい」
「任せてくれ、爺さん」
ギルドマスターの締めの言葉にジークは頷き、ネルバは笑顔を見せた。人手不足が嘆かれる中での新たな凄腕ハンターの誕生に、ギルドマスターも安堵の息を吐いていた。
正式に凄腕ハンターとしてバッチを手に入れたジークたちは、メゼポルタ広場の上にある休憩スペースで机を囲んでいた。
「そんで、これからどうするよ」
「取り敢えずですが温暖期の終わりが近いので、季節の変わり目には狩りに出ず、猟団仲間の募集ですかね」
「凄腕ハンターになったし、僕らも人集めが捗りそうだ」
狩人祭に向けて本格的に動くことがようやくできることに、少し興奮が抑えきれていないネルバの言葉に、ジークは冷静に人を集めて猟団を強化することを提案した。
「それから、寒冷期に入ったら積極的に依頼を受けるのもそうなんですが……猟団員の育成もしたいですね」
「あー……」
「少なくとも上位ハンターにはなって欲しい」
繁殖期になればモンスターの数が多くなるのだが、実際にモンスター単体の危険度で見ると一番危険なのは寒冷期である。古龍種が活発になる時期に、外で堂々と活動できるモンスターは当然危険であり、そんな危険モンスターは殆どが凄腕ハンター管轄である。狩人祭で狩る必要のあるモンスターの多くは、上位相当の危険度である。故に猟団としては上位ハンターが多く鳴ればなるほど、狩人祭で有利に動けることになる。当然、凄腕ハンターであるに越したことは無いが。
「それじゃあ、俺ら八人を中心に二つの猟団の強化ってところか?」
「三つの猟団、ではないのか?」
「ッ!?」
ジークの言葉をまとめたネルバの言葉に反応して割り込んできた女に、全員が驚愕の表情を浮かべ、接近に気が付いていたジークは笑みを浮かべた。
「どうも、ベレシスさん」
「本当に凄腕ハンターになったようだな……とても、面白い」
ベレシスの表情は以前に会談した時とは全く違う、凶暴性を隠そうともしない獰猛な笑みだった。狩人としての本能を全開にしているベレシスの姿に、ネルバは唾を飲み込んだ。同じ凄腕ハンターになったはずなのに、未だ実力は天と地とであることを見ただけで理解できるほど、今のベレシスの雰囲気は圧倒的な強者のものだった。
「おい戦闘狂、話を拗らせるな」
「……すまないな。癖がでてしまった」
ベレシスの背後から現れたバアルの呆れた様な声で、今にも武器を抜きそうな物騒な雰囲気をベレシスは抑えた。
「それで、どうしたんですか?」
「惚けんな、同盟の話だ……受けることにした」
ジークの探るような言葉に舌打ちしながら、バアルは直球で結論から話し始める。面倒なことを嫌う性格であるバアルは、ジークたちのことを下に見ているのは事実だが、凄腕ハンターに昇格したある程度の実力は認めていた。同時に、目の前にいるジークが猟団長であるベレシスと同類であることも理解していた。
「同盟を受けてくれるんですか?」
「おう。ただ、うちの猟団長が我儘言って聞かなくてな」
実力があるハンターとならば同盟を結ぶことにデメリットはない。バアルはそう考えて同盟に賛成の意見を示したのだが、猟団長であるベレシスは更なる条件を付けたいと言い始めたのだ。
「ジーク、だったな……私は強いものしか名前も覚えられない性格でね……モンスターにしろ、ハンターにしろ。君は強いだろう? 一度だけ共に狩りに行って欲しくてね」
「一緒に、ってことですか?」
「そうだ」
雰囲気は抑えているが、目だけはいつまでも狩人として獲物を見定める目をしているベレシスは、ジークの言葉に頷いた。
「寒冷期になると、峡谷を騒がせるモンスターがいてね。それを狩りに行こう」
「……名前は?」
名前を聞くことで同意を示したジークに笑みを深くしたベレシスは、寒冷期に現れる峡谷の騒がせ者の名前を口にした。
「
ようやく凄腕ハンターになりました。
次回はベルキュロスの予定です。