狩人の頂 作:ばるむんく
「はぁ……なんでこんなことに……」
「まぁまぁ」
季節が巡り、ドンドルマギルドから正式に大陸が寒冷期に突入したという宣言が出された。ラージャンとの死闘からそれなりの時間が経った頃、ティナは竜車に揺られながらため息を吐いていた。ことの発端は『ゴエティア』の猟団長であるベレシスの言葉である、一度だけ共に狩猟に出て欲しいというもの。ジークが誘われたものだが、ベレシスとバアル以外に人が必要だと言うことでジークが副猟団長であるティナを誘ったのだ。
「剛種も、一回体験してみないとわからないだろ?」
「それは……そうですけど」
ベレシスたちと
「そう緊張する必要はない。剛種と言えど生物だ……斬れば死ぬ」
「あ、あはは……」
純白のクォーツFX装備を纏い、エール=ダオラを背負ったベレシスの言葉にティナはどんな反応をすればいいのか困っていた。一見するととてもそれっぽいことを言っているように聞こえるが、暴論極まりないことを言っている。
「……お前、ロックラック方面から来たのか?」
「え?」
ベレシスとティナのやり取りを見て苦笑しながら、通常の武器とは全く違う特殊リーチ武器である氷の極超槍、バーシニャキオーンの手入れしていたジークに、ベレシスと同じく純白の装備であるガーネットFX装備を纏っているバアルが問いかけていた。ロックラックと言えば、ジークがG級ハンターをしていたタンジアの港の比較的近くに存在していた砂漠に位置するギルドである。バアルの問いかけは、ジークが向こう側の大陸がからやってきたのかを聞いていた。
「そうですね……タンジアでG級ハンターを名乗ってました」
「そうか……懐かしいな。俺も、ロックラックでハンターしてたことがある」
「本当ですか?」
ロックラックやタンジア管轄の大陸出身のハンターがメゼポルタにいるのは珍しく、ジークも『ニーベルング』に所属しているダルクにしか同郷出身には会ったことが無かった。そんな珍しい同郷のハンターがまさか同盟を結ぼうとする相手であるとは思っていなかったがジークは、なんだか少し嬉しそうにしていた。
「なんで分かったんですか?」
「人に言っても伝わりにくいんだが、砥石の使い方が微妙に違う」
「そう、ですか? 意識したことはありませんが……」
「お前の研ぎ方は海に潜ることを想定した……言わば丁寧な研ぎ方だ」
伝統的にロックラック、タンジア管轄のハンターは海に潜って大型モンスターと相対するのが一般的である。ドンドルマ管轄ハンターからすると理解不能な伝統だが、伝統として存在するその狩猟方法故に、バアル曰く砥石で武器を研ぐさいに研ぎ方が微妙に違うらしい。
「海で狩りをした後に、塩水で武器が錆びないように武器を研ぐんだよ。それが染みついてる」
「……確かに」
タンジアでハンターとしての研修を終えているジークは、教官から必ず武器が錆びないように研げと教えられていた。ハンター生活の中で染みついた動作のため、気にしたことは全く無かったが、メゼポルタのハンターは切れ味が確保できればいいと考えて効率的な研ぎ方をする。
「どちらがいいって訳じゃねぇけどな」
自身の武器である怒髪突剣【慕情】の研ぎ澄まされた刀身を見てから、バアルはジークに背を向けて離れていった。
「……同郷、か」
ほとんど出会ったことのない同郷出身のハンターとの出会いは、ジークに過去のことを思い出させるには充分な出来事だった。
峡谷へと降り立った四人は、吹き抜ける風から寒冷期特有の冷たさを感じていた。ジークたちが以前に峡谷へと訪れたのはパリアプリアを狩猟した温暖期の時である。以前来た時よりも気持ち植物の数が少ないことを感じながら、ずんずんと前を歩くベレシスを追いかけるようにジークとティナは歩き始めた。
「何処にいるのかわからないんですか?」
「ベルキュロスは高い所にいる」
「大体、な」
迷いなく進み続ける姿に問いかけたジークだったが、断言のようにベレシスは返答して、そのフォローをするようにバアルがため息を吐きながら情報を付け加えた。
「舞うように空を自由自在に飛び、雷を纏って峡谷の生態系の頂点に君臨する絶対的な飛竜種。だから舞雷竜……大体は空を飛びまわって上から獲物を探してる」
「そうですか……」
ベルキュロスの情報がバアルの口から出てきたこと自体に感心していたジークは、改めて『ゴエティア』の主力メンバーである凄腕ハンターは、メゼポルタにいる他の凄腕ハンターとは格が違うことを理解した。情報戦はハンターの基礎だとしても、ウィルの様にモンスターの生態にまで興味を示して習性を把握しようとするハンターは多くない。粗暴そうな見た目と喋り方をしているバアルだが、中身はかなり頭の切れる参謀役であり、見た目は穏やかな美人なベレシスこそ、中身はただの血に飢えた戦闘狂である。ハンターとしてどちらが優秀かで言えば、人間としてはバアルの方が優秀だが、生物としてはベレシスの方が優秀である。
「峡谷の高台に開けた場所があってな……そこで待ってれば大体通りかかる」
「そこでベルキュロスを狩ると言う訳だ……楽しみだな」
「……そんなに強いんですか?」
「一応、古龍級生物であると判断されたから、剛種って枠に収まってる訳だ」
強いモンスターにしか興味が無いと言っていたベレシスが、楽しみだと言っているモンスターなのだから危険生物だろうと考えていたが、バアルの口から出てきた古龍級生物との言葉にジークはため息を吐いた。
「古龍級生物……メゼポルタに来てから何回聞いたことか……」
「諦めろ。メゼポルタは古龍級生物の宝庫だ」
ジークのぼやきにバアルは冷たく突き放す様でありながら、かつての自分を思い出すような同情を醸し出していた。
峡谷の強風にあおられながら進んでいた一行は、洞窟を抜けた先にある高台へと辿り着いた。以前にジークたちがパリアプリアを狩猟した鍾乳洞の入り口が、下の方に小さく見える高台で、ベレシスとバアルは同時に上を向いた。
「……もう来たな」
「流石に反応が早い」
「え?」
羽音など全くしないにもかかわらず、二人はベルキュロスがやってきたことを察している姿に、ティナは一人で困惑してジークの方へと視線を向けた。ジークはティナと同じように、ベルキュロスがどんな羽音を立ててやってくるのか気にしていたが、最初に耳に入ったのは空中で雷が弾ける音だった。二回目の雷の音は先程よりも大きく、ティナにも聞こえてすぐに空を見上げた。大きな翼を広げながら降下してくるモンスターの影に、ティナは目を見開いた。
「縄張りの侵入者には容赦ないからな、気を付けろよ」
「わかってますよ」
雷の弾けるような音だけで、羽音を立てずに降下してくるベルキュロスを警戒しながら、ジークはバーシニャキオーンを構えた。通常のランスの二倍程度のリーチを誇るバーシニャキオーンは、空を飛び続けるベルキュロスには有効な武器だった。
深い緑色をした外殻に、赤や緑の彩色豊かな鱗と燃えるような金色の鬣を持つ飛竜。大きな翼の後部から触手のような器官が生えている特殊な姿のベルキュロスに、ジークは未知への期待感と不安感が混ざった感情を味わっていた。
降下しながらハンターたちへと視線を向けるベルキュロスは、小さな咆哮を上げながら体の発電器官を活性化させた。
「よし!」
極長ランスによって先制攻撃を仕掛けようと動いたジークは、盾を構えながら上に向かってバーシニャキオーンを突き出した。距離的にはバーシニャキオーンの射程内であった攻撃は、空中でふわりと軽く上昇したベルキュロスの動きによって避けられ、代わりにベルキュロスは翼の後部から長く伸びる鉤爪を地面に叩きつけた。
「へっ!?」
「貰った」
ベルキュロスの空中での動きに即座に反応したのは、やはり剛種との戦闘経験が多いベレシスとバアルだった。バアルは後退しながら弓を構えようとしていたティナを後ろに引っ張り、ギリギリで鉤爪を避けさせた。盾で鉤爪を防いだジークの視界の端から、ベレシスが太刀を構えて猛然と突進を始めていた。向かってくるベレシスを見て、叩きつけた鉤爪から地面を走るような雷をベルキュロスは放った。
「くっ!?」
ハンターを狙いすますような走り方をする雷撃を、ジークはなんとか盾で受け止めてやり過ごしていたが、ベレシスは完全に見切ったように前方から来る雷撃を避けた後に、背後の死角から迫っていた雷撃を避けて、エール=ダオラを振るった。クシャルダオラ剛種の素材によって生み出されたエール=ダオラの凍てつく刀身は、綺麗にベルキュロスの副尾に切り傷を与えた。
「構えろ」
「は、はい!」
ベレシスが無鉄砲に突っ込むのはいつものことなのか、バアルは特に気にした様子もなく片手剣を構えてから、ティナに弓を構えるように指示した。ベレシスの我儘によって狩猟に来たベルキュロスだが、バアルも危険性は理解していた。ライトボウガン、ヘヴィボウガン、そして弓を扱う所謂ガンナーと呼ばれるハンターは、リロードや矢の構えなどの邪魔にならないために近接武器を扱うハンターよりも防具が薄く作られている。剛種モンスターの攻撃ともなると、一撃受けるだけで致命傷となりかねないモンスターばかりであるため、ティナを守るようにバアルは動いていた。
「いいか? ベルキュロスは基本的に空を飛びながら行動するが、怒ると発電器官が活発になって地に足をつける。そうなれば動きはもっと機敏になるから、お前はその動きを見極めて動け。じゃねぇと死ぬぞ」
「わ、わかりました」
思ったよりも親切に物を教えてくれる人だと思いながら、ティナはソニックボウⅦを構えてベルキュロスの動きを慎重に観察し始めた。
「こいつッ!」
「ほう……」
追撃を加えようとするベレシスの動きを察知して再び上空へと逃れたベルキュロスに、ジークはバーシニャキオーンによる刺突を試みたが、ギリギリ届かない範囲でベルキュロスは滞空していた。一瞬でバーシニャキオーンの射程を見抜き、ベレシスの攻撃を避けるのと同時にジークの攻撃範囲から逃れていたのだ。
「来るぞ」
「わかって、ますっ!」
ベルキュロスの知能の高さに驚きながらも、全身に雷を纏って降下しながらの突進を、ジークは盾で正面から受けた。常に滞空している関係なのか突進自体の威力はエスピナスの上位個体にも到底及ばないような衝撃だったが、全身に纏っている電撃が盾越しにジークの体に傷を与えていた。
「任せろ」
歯を食いしばりながらベルキュロスの突進を耐え続けるジークの横から、ベレシスが駆け抜けた。太刀を手に持っているとは思えない速度で走るベレシスは、ベルキュロスの尾と副尾に向かってエール=ダオラを振り下ろした。ベレシスに回り込まれていることを察知したベルキュロスは、エール=ダオラが振り下ろされるのと同時に、鉤爪を振り回してベレシスを牽制しようとしたが、頭を少し振っただけでベレシスは全て避けた。
「はぁ!」
ベルキュロスの注意がベレシスに向いた瞬間、ジークは構えていた盾を頭部へと叩きつけてから、バーシニャキオーンのリーチを利用して、ベレシスを攻撃しようと動いていた鉤爪の根本へと突き刺した。前方にいるはずのジークに体の後方を攻撃されたベルキュロスは、混乱しながら安全確保のために上空へと逃げた。
「撃て」
「はい!」
バーシニャキオーンで追撃しようとするジークの先、ベルキュロスが上昇した場所へとティナの矢が放たれ、片方の副尾に突き刺さった。予想外の方向から攻撃を受けたベルキュロスは、空中で態勢を崩したが、圧倒的な飛行性能を持っているベルキュロスはその程度では落ちることも無く、飛んだままティナの方へと視線を向けた。
「こっからは俺らの仕事だな」
「が、頑張ってください」
「お前も援護しろよ」
ベルキュロスの視線がティナへと向けられたのを確認して、バアルは挑発する様に片手剣を振り回した。スライドするように空中を移動するベルキュロスは、小さな羽ばたきだけでバアルの元まで辿り着き、両翼の鉤爪を振り回した。
「ふッ!」
交互に繰り出される鉤爪を盾でいなし、剣で弾き、姿勢を低くして掻い潜る。ジークのような身軽な片手剣の使い方ではなく、定点から移動せずに攻撃を捌く姿はティナから見ても紙一重で成り立っていると感じる凄腕だった。鉤爪を振り回しているだけでは当たらないことを悟ったベルキュロスは、足をバアルに叩きつけるようにしながら雷撃を放った。
「悪いが、俺はお前の動きなんて見えてんだよ」
叩きつけられた足から放たれた電撃が、地面に残り続けて周囲へと電流を迸らせていた。バアルはベルキュロスの行動を読み切り、足だけではなくその後の電撃まで避けていた。攻撃全てを避けられたベルキュロスは、すぐに追撃しようとして背後から迫ってきている二人のハンターを察知して、副尾と尾の三本を背後に叩きつけて雷撃を放った。
「おっと」
「このっ!」
「余所見か?」
突如背後に放たれた雷撃球は地面を物凄い速度で地面を走り、ジークとベレシスを的確に狙っていたが、ベレシスは軽い動作で簡単に避け、ジークは盾を地面に突き刺して雷撃を受け止めた。背後に向かって攻撃を繰り出したのを見て、バアルはすかさず間合いを詰めて片手剣を振りぬいた。バアルが狙っていたのはベルキュロスの角。ベルキュロスの角は、生物を容易く焼き殺すような強力な電撃を操る繊細な器官であり、そこが傷つけば雷撃の威力も下がると考えての攻撃だった。当然、重要な器官であるということは、ベルキュロスも攻撃されることを嫌う器官でもあり、角へと傷をつけられたことでベルキュロスは三度上空へと逃げた。
「ふぅ……はぁ!」
前後をハンターに挟まれたベルキュロスの動きを冷静に見ていたティナは、バアルの攻撃が角に当たるのと同時に弓を構え、上空へと逃げたのと同時に尾へと矢を放った。背後に攻撃する為に地面に叩きつけたのを見て、ティナはベルキュロスの尾は独特な形状から見て飛行能力と発電器官の性質を備えたものだと考えていた。尾に矢を刺されたベルキュロスは、ティナへと視線を向けて降下しようとしたところで、ジークがバーシニャキオーンを伸ばして鉤爪へと攻撃した。知能の高いベルキュロスが今更バーシニャキオーンの射程内に留まることはなかったが、ジークは防具を着込んだまま上へと思い切り飛んでバーシニャキオーンの射程を無理矢理伸ばしたのだ。
「ベレシスが興味を持つだけはある、か」
破天荒に見えても、しっかりとした考えの元に行われているジークの動きは、モンスターの危険性を理解しながら真正面から突っ込んでいくベレシスと同じタイプのものである。よく言えばハンターとしての常識にとらわれない柔軟な攻撃であり、悪く言えば型にはまらない応用性の効かない危険な行動である。しかし、ハンターという職業は何処まで行っても結果論の世界であり、なんだかんだ苦戦しながらも初見のモンスターである剛種ベルキュロスの動きに対応している姿に、バアルもベレシスと同じくジークの実力を認め始めていた。
「これでっ!」
着地したジークは、空中で予想外の攻撃を受けて怯んでいるベルキュロスに向かってもう一度追撃しようとして、金色の鬣が赤く染まっているのを見た。再び跳躍して繰り出した一撃をひらりと躱され、ベルキュロスは全身に強大なスパークを発生させながらベレシスとジークに狙いをつけていた。
「来るぞ!」
「ちっ!」
ベルキュロスが怒った。それだけでベレシスとバアルの警戒度は最大まで上昇し、バアルはティナの方へ、ベレシスはジークとの距離を開けるように走り出した。ベレシスとジークがばらけた姿を見て、ベルキュロスは警戒すべき相手としてベレシスを狙いすまし、電撃を全身から発しながら急降下した。自身の体を地面に叩きつけるような速度で降下するベルキュロスの姿に、ジークとティナが呆気にとられた瞬間、ベルキュロスの足が地面に激突するのと同時に周囲に特大の稲妻を走らせて、峡谷の大地を破壊した。
「うぁ!?」
「きゃっ!?」
急降下攻撃によって放たれた雷撃は、ベルキュロスから狙われていたベレシスが三人と距離を取っていたため、ジークにもギリギリ当たっていたなかったが、極大の閃光を生み出してジークとティナは思わずその光に目を閉じた。峡谷の大地を抉り取るようなその一撃は、ジークたちが戦ったラージャン変種の攻撃よりも明らかに強かった。その暴力的なベルキュロスの破壊痕を見て、ジークは肌が粟立った。
「いくぞ」
「え? べ、ベレシスさんは?」
「あいつは生きてるに決まってんだろ」
ベルキュロスの圧倒的な攻撃力を見ても、全く気にすることなく走り出したバアルに対し、ジークはベレシスの安否を確認しようとしたが、バアルは特に興味もなさそうに適当な返答だけでベルキュロスに急接近していた。破壊痕に立ち、ベレシスを探していたベルキュロスは、背後から急速に近づいてくるバアルに気が付いて顔を向けた。バアルの後で躊躇いながら走り出したジークは、ベルキュロスがバアルの方へと視線を向けた瞬間に、ベルキュロスの背後から飛び出してきたベレシスを見て目を見開いた。
「今のは死ぬかと思ったなぁ!」
「戦闘狂が……」
完全には避けきれなかったのか、血を流しながら楽しそうに笑うベレシスの姿にバアルは呆れてものも言えなかった。これが『ゴエティア』にとってはごく当たり前の狩猟風景であり、ベレシスにとってもっとも楽しい狩猟の時間だった。
「やはり剛種はいい! 最近は歯ごたえのあるモンスターも少なかったからな!」
飛び出してきたベレシスの存在に動揺することも無く、ベルキュロスは全身からスパークを発生させてバアルとベレシスを自身から遠ざけ、地面を疾走する雷撃を口から吐き出した。走る雷撃を横に転がって避けたバアルは、雷撃を飛び越えながらエール=ダオラを振ってベルキュロスを攻撃するベレシスを援護するように、ベルキュロスがベレシスに集中しきれない状態を作り出していた。
「すごい……」
ベレシスが突撃と紙一重の回避を続け、バアルがそれを援護するように動いているのを見て、ジークは自身の役割が中距離での一撃離脱であることを瞬時に悟り、すぐに実行していた。極長のリーチがあるバーシニャキオーンであれば、一撃離脱に余裕を持てると判断したジークは、ベルキュロスが振り向いた瞬間や、雷撃を放とうとした瞬間に副尾を攻撃していた。ベレシスを中心に、最初から計画されていたかのように鮮やかな動きを見せる三人のハンターに、遠距離から隙を窺って矢を放っていたティナは感嘆の声を漏らしていた。同時に、バアルの動きこそが『ニーベルング』の絶対的なリーダーであるジークを中心とする、自分たちの狩りに最適な動きであることを悟り、その技術を盗もうと必死で観察していた。
「下がれ!」
「はい!」
「はっははははぁ!」
ジークは初見であるはずのベルキュロス相手に時に危ない攻撃を防御し、時に攻撃を見定めて避けることができていたのは、ハンターとしての天性の勘だけでなく、片手剣を持って攻撃しながら逐一指示を飛ばしているバアルがいたからである。司令塔として優秀な指示を出すバアルの言葉に合わせて動くことで、ジークは初見であるベルキュロスに上手く対応していた。バアルもまた、指示した言葉を的確に受け取り、指示した動きの最適解を見つけ出すジークの存在にいつも以上のやり易さを感じていた。バアルは大声で指示を出しているが、基本的にベレシスに関しては何も言っていない。そもそも何か言って聞く様な性格もしていなければ、こうして昂ったまま武器を振るっているベレシスに言葉など全く届かないからである。
「ここでっ!」
「む?」
雷を纏わせた牙でベレシスを噛み砕こうと顔を振り上げたベルキュロスに対して、ジークは地面についた足を攻撃して、ベレシスの方へと振り向かせないようにした。ベルキュロスの動きが一瞬鈍った瞬間に、バアルが飛び出して雷を操る角へと攻撃し、怯んだ隙にベレシスはエール=ダオラを振りぬいて尻尾をばっさりと切断した。一瞬の攻防でベルキュロスの尻尾が飛んでいったことに驚きながら、ティナは矢を放った。
「ふむ……」
後方から飛んできたティナの矢が体に刺さるが、ベルキュロスは尻尾を切断したベレシスに対して執拗な程に殺気を振りまいていた。剛種として峡谷の生態系に君臨していたであろうベルキュロスは、自身の体を傷つける者が許せなかったのだ。唐突にふわりと宙に浮いたベルキュロスは、追撃しようと近づいてきたジークとバアルを遠ざけるために体の近くでスパークを起こした。事前にその動きを察知したジークは、バアルの正面に移動して盾でスパークを防ぎ、盾を構えるジークの肩を蹴ってバアルはベルキュロスへと跳躍した。
「はぁッ!」
スパークを乗り越えて飛んできたバアルに鬱陶しさを感じたのか、ベルキュロスは両翼の鉤爪を振り回しながら空中に雷球を生み出した。罠の様に空中に留まり続けるその雷球は、空気中の塵に対してベルキュロスの圧倒的な発電器官によって生み出された雷を纏わせたものである。突然空中に現れた雷球にバアルは驚いたような顔をしていたが、すぐに盾で無理やり雷球を防いでベルキュロスの角を切り裂いた。角が破壊されたことに怒り狂うベルキュロスは、その場で回転しながら上昇し、急降下して再び峡谷の大地を破壊した。誰かを狙うようなものではなかったが、その圧倒的な破壊力と雷撃範囲に多少の衝撃を空中で受けたバアルは、地面に盾を向けて無理やりな受け身を取ってすぐに立ち上がった。
「なるほどな……いい感じだぞバアル」
「なにが、だッ!」
ジークとバアルの動きを見ていたベレシスは、ベルキュロスが切断された尻尾の断面とバアルが破壊した角から時折発生するスパークに気が付いていた。そして、そのスパークは今、ジークが貫通させた翼膜からも発生していた。
「ははは……行くぞバアル! 遅れるなよ!」
「ちッ!」
回復薬を口にしたバアルの事情など全く考えもせずに、ベレシスは走り出した。ティナの放った矢と共に片翼をズタボロにしたジークは、舌打ちをしたい気分だった。リオレウスなどの飛竜種もそうなのだが、翼をズタボロにした程度では、飛行能力自体はあまり変わらなかったりするのだが、ベルキュロスは少し浮いた状態から落ちることも無い。古龍種なのではないかと思うほど謎の生態を見せるベルキュロスに、ジークは苦戦しながらもなんとか致命傷を避けて動いていた。鉤爪をなんとか防いだジークは、背後から装備を着込んだハンターとは思えない速度で走ってくるベレシスを見て、ジークは盾を前に突き出してベルキュロスの牙を防いだ。
「ジーク! 君が破壊した翼を追撃しろ!」
「ッ!」
「バアルは角だ!」
ベルキュロスのブレスを防ぎながらベレシスの言葉に頷いたジークは、エール=ダオラが切断された尻尾の根本に追い打ちをかけるように振るわれた瞬間の隙に、バーシニャキオーンを突き出して翼を攻撃した。ベルキュロスの傷口からは血が出ると共に、雷撃による温度で急速に蒸発していく。自身の血液すらも蒸発させてしまうほどの雷撃に驚きながら、ベルキュロスの股下をくぐり抜けるバアルを守るようにジークは盾を構えた。
「すまん!」
互いにベレシスの無茶振りによって動かされているようなものだが、バアルは自分を守るように動いたジークに礼を言いながら跳躍し、ベルキュロスの角へと盾を叩きつけて片手剣を横に振るい、地面に降り立った。後ろから見ていたティナは、三人がどのような意図で破壊した部位に追撃しているのかは理解できていなかったが、三人が動きやすいように牽制していた矢を、一番攻撃機会が少ないであろう角へと集中させた。
「まだまだ! もっとだ!」
「くそッ! 大分きついぞっ!?」
振るわれる鉤爪を紙一重で避けながら尻尾の切断面に太刀を突き刺すベレシスに対して、攻撃が激しくなっていくベルキュロス相手に、ジークとバアルはギリギリのところで命を繋いでいる状態だった。振るわれる鉤爪は何回も体を掠め、放たれる雷撃を盾で受けても全てを防げる訳ではない。ティナも弓の撃ちすぎで指から血が出ていた。唯一元気なのは、何故か全てを避けきっているベレシスだけだった。
「我慢しろ!」
「マジかよッ!?」
洒落にならないキツさに弱音を吐きたくなるジークとバアルだったが、破壊された部位に追撃を加えていると、次第に傷口から血液ではなく電流が流れ始めていることに気が付き始めていた。飛び出す鮮血よりも、ベルキュロスの発電器官が生み出す電撃の方が強くなっているのだ。
「実はやばいんじゃないのかっ!?」
「バアルさんっ!」
四人に囲まれ執拗以上に傷口を抉られるベルキュロスも峡谷の絶対者としてのプライドを捨て、ただ生き残るために生物として必死の抵抗を見せていた。特大のスパークを体から発生させ、周囲を焼き尽くそうとするベルキュロスに、ジークはすぐさまバアルの前に出てスパークを全身で受け止める。盾から伝わってくる雷撃の痺れに歯を食いしばりながら耐えるジークの背後、ティナはありったけの力を込めて五本同時に矢を放った。既に指から流れる血によって足元に小さな血だまりができているティナだったが、決死の覚悟で放った五本の矢は翼に突き刺さり、一際大きな放電を発生させた。
「よし!」
その放電を確認したベレシスは、再びベルキュロスに急接近してエール=ダオラを尻尾に向かって振るった。ティナが翼を攻撃した時と同様に、大きな放電が尻尾から発生すると同時に、バアルがジークの影から跳躍し、両手で片手剣を角へと突き刺した。片手剣を通して雷がバアルの腕に伝わり、バアルは咄嗟に片手剣を手放してしまった。角に刺さったままの怒髪突剣【慕情】を見て、ジークは取り返そうと動いたが、ベルキュロスが片手剣を手放して吹き飛ばされたバアルに向かって口から雷撃を放とうとしているのを見て、再びバアルの前に立った。
「くそッ!」
「よ、よせ」
ラージャンのような雷撃を放たれたら盾で防ぎきれる自信など全く無かったが、ジークはなにがなんでも仲間を守らなければならないと考えて盾を構えた。自分を助けるためだけに、まさか死地に飛び込んでくるとは思っていなかったバアルは、ジークに逃げるように伝えようとしたが、まさに口から雷撃を放とうとしたベルキュロスは全身から大きな放電を放ってから、力なくその場に倒れこんだ。
「……は?」
「ふぅ……討伐成功だな」
状況が理解できていないジーク、バアル、ティナの三名は、倒れ伏したベルキュロスを見て満足気な顔をしているベレシスに言葉が出なかった。
死んだ理由は次回書きます
普通にベルキュロスのギミックなので多分知っている人も多いと思いますが……