狩人の頂 作:ばるむんく
メゼポルタから荷車によってフォンロン地方最大の港へと向かったジークと教官は、そのまま船に乗り込んでテロス密林へと向かっていた。
「それ、メゼポルタのハンターに支給されるルーキー装備だ」
「おわっ……結構いい材質なんですね」
「そのぐらいの装備など、メゼポルタではちょっと金を払えば買える」
教官から投げ渡されたルーキー装備に触れた瞬間、柔らかさの中に感じる確かな防御性能を実感して、ジークは感嘆の息を漏らしていた。
「今から向かうのがテロス密林――まぁ密林と呼ばれる場所だ」
「メゼポルタに来る途中で寄りましたよ……と言うか、俺メゼポルタに来たばかりなのにすぐに密林に帰るって……」
「ハンターは移動が多いのは知っているだろう? 特に、メゼポルタがあるフォンロン地方で出回るクエストも基本はドンドルマを中心にした大陸になるから、あの港はハンターである限り使い続けることになると思え」
フォンロン地方に位置するメゼポルタにあるクエストでも、結局は大陸を中心にして依頼がある以上フォンロン地方から出ないで済むのはバテュバトム樹海と古塔の調査程度だろう。
「基本はフォンロン地方南部に広がるバテュバトム樹海、大陸東部に位置するテロス密林、ゴルドラ地方北部に位置するフラヒヤ山脈、アルコリス地方に位置するシルクォーレの森とシルトン丘陵、ドンドルマ付近に広がるクルプティオス湿地帯、エルデ地方に位置するラティオ活火山、そして大陸西南部に位置するセクメーア砂漠。これらがドンドルマで扱われる大まかなクエストの行先だ」
それぞれ樹海、密林、雪山、森丘、沼地、火山、砂漠と略称が付けられている場所は、大型のモンスターが跋扈する危険地帯である。やむを得ない場合以外は、ハンターですら避ける程モンスターの遭遇率が高いのが特徴の広大な自然地帯。それがドンドルマが管轄とする狩猟場である。
「それに加えて、メゼポルタ北部にある先史時代の遺跡である古塔にはドンドルマ管轄のハンターも立ち入ることが許されているが、それ以外にもメゼポルタで活動するハンターのみに立ち入ることが許可されている場所も幾つかある」
ここまでは、ドンドルマで管轄される大陸の大勢のハンターが立ち入ること許されている狩猟場である。しかし、メゼポルタが新天地や最前線と呼ばれる理由は、メゼポルタハンターには特別な許可によって通常のハンターでは立ち入ることが禁止されている場所の調査が含まれているからだ。
「ゴルドラ地方に位置する峡谷、そして大陸南東部に位置する高地。この二つが今の所メゼポルタハンターが立ち入ることができた新天地だ。どちらも強力なモンスターが縄張りとしていることもあり、未だにドンドルマハンターは立ち入ることが許されていないのだ」
数年前にようやく立ち入ることができた峡谷は『舞雷竜ベルキュロス』が縄張りとする場所であり、少し前に新種が生態系を築いていることが分かった高地では『蛮竜グレンゼブル』が頂点として君臨している。どちらも生態系の頂点に立っているモンスターが並ではないことが分かってからは、ドンドルマの調査団も近づくことができずにメゼポルタへと一任されている。
「これからもそういう場所は増えていくかもしれないんですか?」
「それは勿論そうだろう。人類が到達していない地域はまだまだ多い。その中には峡谷や高地のように、強大なモンスターが縄張りとしていればメゼポルタの管轄となる」
人類が足を踏み入れたことのない場所は、大陸の中にも数多く存在している。熱砂の地帯であるセクメーア砂漠周辺も全てを知っている訳でもなく、ゴルドラ地方に至っては辛うじて足を踏み入れることができたのが峡谷程度である。
「だが、メゼポルタ管轄になることが特別に悪い訳ではない。峡谷では特殊な仙人掌や岩塩が特産であるし、高地にはその標高故に珍しい植物や菌類が特産とされている。危険も多いが、利点が無い訳ではないのだ」
「まぁ、そうですよね」
そもそも利点が無ければ人々はその地に行くことも無いだろう。危険なモンスターが多く生息する場所とは、即ち自然が豊富な場所なのだ。
「と、まぁ長々と話してしまったが、君もいつか新しく発見された場所などに赴くこともあるだろう。その予習だと思いたまえ。君はタンジアのハンターだったということは、テロス密林も初めてなのだろう?」
「そうですね」
「後は、イャンクックの情報か……これは口で説明するよりも、王立古生物書士隊の資料でも読んだ方がいいだろう」
タンジアでも普及している王立古生物書士隊の資料は、モンスターについて生態や行動までも細かく記されている資料である。金を払えば誰にでも買うことができる為、ハンターではない人でも資料を持っている人が少なくない。しかし、モンスターにつき一冊もの分厚い本を書き上げる書士隊はかなりの執念なのだろう。
「怪鳥、ですか……耳が発達して大きな音に弱い?」
「うむ。音爆弾を使えば簡単に眩暈を起こす程、聴覚が過敏なモンスターだ。頭があまり良くないから、音爆弾を投げられると怒り狂うのがデメリット、だな」
「まぁ、充分ですね」
教官の言っていた通り危険度は低いモンスターらしく、ドンドルマ周辺ではハンターとして大成できるかどうかとしての登竜門としての役割を持っているモンスターらしいことが書かれていた。ジークはその文章を読んで、腕試しには丁度いいという言葉の意味を理解した。
「よし、では吾輩は武勇伝を聞きたい」
「え、俺のですか?」
「それ以外に誰がおる。船員の皆も聞きたそうにしているぞ」
多くのハンターを乗せたことのある船員たちだからこそ、これから有名になるかもしれない新人ハンターの話を聞きたがっていた。
「あ、あはは……面白い話はあまりないと思いますが……」
控えめに始めたジークの体験談は、教官も含めて多くの船員が聞きながらの食事会と化していった。
ジークと教官はベースキャンプと名付けられる安全地帯に立っていた。小型の船で岸までやってきたジークと教官は、一応周囲にモンスターがいないことを確認してから、青いアイテムボックスの中にある支給品を確認していた。
「ん……ちょっとジメジメしてますね」
「テロス密林は年間を通して雨が降っている時期が長い。爆弾を使いたいと思っても、雨で使えないことも多いから気を付けろよ」
「あ、そうですね」
ジークが活動していたタンジアでは水中のモンスター相手にも狩猟をする文化があるせいで、防水仕様のタル爆弾が普通だったのだが、ドンドルマ地域では一般的ではないと本の知識で持っていた。最も、ハンターになりたてのジークでは爆弾など持てるほどの財力も材料もないのだが。
「密林は初めてだろう。これがここの地図だ」
「上の方は結構……水が多いんですね」
「あぁ。ここら辺はガノトトスが現れることも多い」
「ガノトトスですか……確かに、好みそうな環境ですね」
水竜ガノトトスが現れると聞いて、ジークは海の中で死闘を繰り広げたことを思い出して少しだけ苦い顔をしていた。水中で俊敏に動き回るガノトトスに苦戦した思い出しかないジークとしては、もう顔も見なくても済むかもしれないと思っていた相手ではあったのだ。
「イャンクックは……ここだな。この上が丁度陽が差し込む穴のある洞窟でな。その洞窟から出た場所にイャンクックは食事を求めてやってくることが多い」
「成程……」
「ここにいなかったら、恐らく洞窟の中でゆっくり睡眠でも取っているだろう。よし、行くぞ」
モンスターの特性や習性までも把握している教官に心底感心しながら、ジークはアイアンランスを背負ってから迷いなく進む教官の背を追った。
「これを登るぞ」
「……え、この蔦をですか!?」
見上げれば高度の限界は見えるものの、かなりの高さから植物の蔦が地面まで伸びていた。ハンターの様に身体を鍛えている人間ですら高すぎて登り切れるかどうか分からないような蔦を指さして、そのまま平然と登ろうとする教官にジークは大きな声をあげて驚いていた。
「元G級ハンターならば何度も経験したことがあるだろう」
「い、いやありますけど……この高さをですか」
「安心しろ。吾輩がハンターになって何十年経つが、未だに枯れる様子も千切れる様子もない。むしろ年々太くなっている気もする」
勿論、ジークもハンターとして三年も生活していただけあり、無茶な壁登りも蔦登りも散々とやってきたが、この高さをまさかいきなり登らされると思っていなかった故に驚いて固まっていた。そんな風に驚いている間にも、教官は意味不明なことを言いながらもひょいひょい、と効果音が聞こえてきそうな程気軽に上に登っていた。
「た、確かに壁に根を張ってて簡単に千切れなさそうですけど……ハンター歴の違いかなぁ」
なんの躊躇いもなく簡単に上へと登って行く教官に首を傾げながら、ジークも蔦を登り始めた。
「あ、結構丈夫だ。足も掛けやすいし」
一度腕力で自分の身体を引っ張ってみても全く動じない蔦に驚きながら、ジークは全身の筋肉を使ってそれなりの速度で蔦を登り始めた。
「ふっ! 頂上だな」
「わ、止まらないでくださいよ教官」
「お、すまんな。ここまで早く登って来れるとは思っていなかったのでな」
一足先に頂上まで登った教官は、自分の武器である片手剣の調子をもう一度狩りの前に確かめようとして、ジークがさっさと上がってきたことに驚いていた。幾人ものメゼポルタへとやってきたばかりのハンターと狩りに出掛けた教官であっても、初めて来るフィールドでここまで早く蔦を登ってくるハンターを見るのは初めてだった。
「よし、ここを抜ければイャンクックは恐らくいるだろう。その前に、狩りの直前で武器の様子は見ておけ。命取りになるぞ」
「狩りは事前の準備が大事、ですね」
「ははは! 育成学校で習う基礎だな」
愉快そうに笑う教官につられてジークも微笑みを浮かべながら、アイアンランスを背中から降ろして槍の穂先を見ていた。実力のあるハンターは自分の武器にある極微小の刃毀れを目で見ると言われている。ジークも教官も砥石など取り出さずに目だけで刃毀れが無いことを確認して武器を背負いなおした。
「では早速イャンクック討伐と行くか」
「よろしくお願いします!」
自分は今狩人として立っている以上に、教官から教えを乞う立場にいるんだと言い聞かせるように少し大きめな声でジークは決意を固めた。
岩で囲まれた少し細い道を植物の蔓をどけながら歩いていると、少し開けた場所に出た。そのままの勢いで草を掻き分けて顔を出した瞬間に、教官とジークは同時に顔を草むらに引っ込めた。
「見えたか? あれが怪鳥イャンクックだ」
もう一度音を立てないように草むらから視線を見せると、地面を穿りながら小さな虫を口にしている少し大きめの生物がいた。体色は薄い桃色で、小さな鱗と動きに合わせて揺れ動く柔らかめの外殻が見て取れた。翼膜は青く、小さめな尻尾が左右に動いていた。
「この距離でも少し大きな音を出せばイャンクックの聴覚は気付くだろう。一気に走って近寄った方がいいかもしれないな」
「音爆弾は持ってますか?」
「勿論だ。私が先に走って音爆弾を投げる。反対方向から回り込むようにして走り、脚を重点的に狙え」
「分かりました」
地面に潜む虫を食べるのに夢中のイャンクックは、ジークと教官に気が付かずにそのまま別の場所で地面を啄み始めた。
「行くぞ!」
イャンクックが頭の向きを教官とジークが潜む草むらへと向けた瞬間に、大きな声を出して同時に飛び出した。突然草むらから飛び出してきたハンター二人に対して、ほんの瞬きの間止まったイャンクックだったが、すぐに外敵だと判断して威嚇のための咆哮をあげた。
真っ直ぐにイャンクックへと突っ込んでくる教官に視線を向けたイャンクックは、そのまま右脚を半歩後ろに下げて走り出す予備動作を見せると、教官はそれを狙ったかのように腰から音爆弾を投げた。
「っ!」
放り投げられた音爆弾が地面に当たった瞬間、その衝撃で爆薬が反応して音爆弾が炸裂した。地面に着いたと同時に耳を塞いでいたジークは、そのままイャンクックへと向けた走っていた。
唐突に足元で爆音を響かされたイャンクックは、その鋭敏な聴覚で大音量を拾ってしまい、方向感覚も分からなくなって千鳥足で数歩後方へと下がった。
「今っ!」
背中からアイアンランスを左手で持ったジークは、そのままイャンクックの左脚に向かってその鋭利な穂先を突き立てた。太陽の光を反射する銀色の槍によって脚を抉られたイャンクックは、悲痛な声をあげながらも徐々に平衡感覚を取り戻し始めていた。
「まだまだ……」
「ぬんっ!」
左脚を抉った槍を引いて再び前に突き出したジークは、的確にもう一度同じ部位を抉った。激痛にイャンクックがジークへと視線を向けた瞬間、教官は右手に構えていた盾で思い切りイャンクックの頭を叩いた。しなやかに鍛えられた筋肉から繰り出された、体重を乗せている鈍器による攻撃は頭に吸い込まれるようにして当たり、再びイャンクックの平衡感覚を僅かに奪った。
「畳みかけるぞ!」
「はい!」
周囲の音が上手く聞こえていないのか、イャンクックは呻きながらも痛みを感じる方向にしか視線を向けていなかった。しかし、左右から同時に痛みを感じているイャンクックは、ジークに左脚を刺されれば左に視線を向け、教官によって右の翼を片手剣で斬りつけられれば右へと視線を向けていた。
キュォォォ――ォォクアァァァ!
「ジーク! 下がれ!」
先程まで右往左往としていたイャンクックの目が、しっかりとジークを捉えた瞬間に教官は後ろに跳躍しながらジークへと警告の言葉を投げていた。丁度ランスをイャンクック左翼の甲殻を貫いていた瞬間に、右方向から飛んできた尻尾に、ジークは反射的に盾を構えた。
「か、るいっ!」
半回転もせずにその場でただ振っただけの尻尾を、盾で弾き飛ばしたジークはその勢いのまま槍の穂先を左脚の足首へと向けて突き刺した。攻撃したにも関わらず簡単に弾かれ、尚且つ手痛い反撃を意識の外から受けたイャンクックは、音爆弾を受けた時と同じような叫び声をあげてジークから逃げるように右に移動して、そのまま左脚の痛みに引っ張られるままに倒れた。
「よくやった!」
盾で弾いて反撃まで行うとは全く思っていなかった教官だったが、イャンクックが地に倒れ伏すの見た瞬間に動き出していた。左手に持つ剣で容赦なく翼に傷を増やしていく教官を見て、ジークは態勢を立て直して数歩を踏み込んだ勢いのままイャンクックの耳の一部を貫いた。しかし、イャンクックもただやられるだけの生物ではない。すぐさま起き上がってすぐにバックステップをするように翼をはためかせてかなり後方まで下がった。大型モンスターの中でも小さい方の生物とは言え、登竜門と呼ばれるモンスターだけあり、翼をはためかせて下がるだけでジークと教官は風圧を受けて動けなくなっていた。
「くっ!」
「不味いっ横に飛べ!」
怒り心頭と言った様子ですっかり興奮状態になっているイャンクックは、口から橙色の息を吐きながらジークの方へと視線を向けた。頭を引いたイャンクックがジークに向かって何かをしようとした瞬間、ジークは船の上で読んだ書士隊の情報を思い出して教官の言葉通りに横へと飛んだ。
ギュォォ!
「ふっ!」
頭を前に出すと同時に、イャンクックはその口から火炎の弾を吐きだした。火竜リオレウスの様に前方に勢いよく飛ぶブレスではないが、直撃すればルーキー装備のジークには致命傷になりかねない熱量だった。山なりに吐かれた火炎のブレスはそのまま地面に着弾して足元にあった草を焼いてしまっていた。人間が当たればひとたまりもないブレスを連続で放とうとするイャンクックを相手にどう動くか、教官はその様子を新人であるジークから見ようとして、視線を向けた。
「待て!?」
新人のハンターならば初めての大型モンスターを相手におっかなびっくりになって、かなり慎重な立ち回りになる。熟練のハンターならばまずはブレスが収まるまで様子を冷静に見てから、攻勢に転じるだろう。そんな中でジークがとった手段は、ブレスをやたらめったらと吐き続けるイャンクックへと突っ込むことだった。余りにも無謀すぎるその行動に、教官は慌てて静止の声をかけた。
「ば、馬鹿な……見切っているのか!」
降りかかるブレスをギリギリで避け、飛び散る火の粉を右手の盾で遮りながら、ジークはイャンクックの懐へと急速接近していた。初めて相対するモンスターであるはずのイャンクックに対して、余りにも常人離れした判断力と瞬発力を見せたジークに、教官は圧倒的なまでの狩りのセンスを感じて身震いしていた。
「これ程とはっ!」
容易くブレスをくぐり抜けて、アイアンランスをイャンクックの嘴に突き立てたその時、真にG級ハンターと呼ばれる者の圧倒的なまでの実力を教官は理解した。
口から火炎を迸らせて、再びブレスを吐こうとしてた嘴にランスを突き立てられたイャンクックは、その行き場を失った火炎を口内で暴発させて悲痛な叫びを上げながら後ろに倒れた。
「よし、もうひと踏ん張りだ!」
「教官! 頭をお願いします!」
イャンクックの甲殻は、飛竜や古龍の大型モンスターに比べれば柔らかいと言えるが、それでも普通の刃物ではまず傷一つつけられないぐらいに硬い。しかし、身体の全てがその硬い甲殻で覆われている訳ではないのが、モンスターが自然に生きる生き物であることを示していた。ジークが言ったイャンクックの頭は、その甲殻に覆われていない比較的柔らかい部分であった。
驚異的な実力の一端を示したジークの動きに合わせて、既に動き始めていた教官もまた、途方もない数の命のやり取りによって磨かれたセンスを感じさせる動きであった。天才とはいえ、ハンターとして狩りを初めてまだ数年のジークでは出すことのできない、荒々しさが極端まで削れた堅実な狩りは、年長者の賜物だった。
「うぉ!?」
口内を派手に火傷してのたうち回っていたイャンクックの頭には教官が、甲殻が既に剥がされている足にはジークがそれぞれ張り付いて攻撃していたが、突如イャンクックは翼を羽ばたかせて上空へと逃れた。
「ならばっ!」
上空へと逃げていったイャンクックをただ眺めることしかできないジークの横で、教官は懐から細長い何かを取り出した瞬間に、ジークは何を言われることも無く目を閉じた。ジークならば投げられた物を見てすぐに判断すると信頼して投げた教官は、自身もそのまま顔を手で覆って目を塞いだ。瞬間、爆発とも思えるほどの絶大な光が密林の一部を包み込んだ。効果は刹那であるが、その効果は見なくとも分かった。攻撃から逃れるために空へと飛んだイャンクックが叫び声をあげて地上に墜落した。
「閃光玉まで持ってきてたのか」
教官が投げた物は閃光玉と呼ばれるアイテムだった。光蟲を閉じ込めた特殊な管を炸裂させて、絶命時に途轍もない光量を放つ光蟲の習性を利用した物である。投げられたと同時に破裂した閃光玉は、閉じ込められていた光蟲の大半を死滅させて巨大な光を生み出した。それは、空中を飛んでいたイャンクックの視界をも白く焼き切りそうな程強く刺激する。
キュェ!
猛攻撃を避けるために空中へと逃れたイャンクックの視界を容赦なく焼いた光蟲の光は、容易くその平衡感覚を奪い去って地上へと墜落させるものだった。大地を揺らしながらも地上へと落ちてきたイャンクックに、ジークと教官は再び攻撃を加え始めた。ジークがランスを突き出せばイャンクックの甲殻を剥がしながら鮮血を密林の大地へとまき散らし、教官が片手剣の盾でその頭を殴れば、充分な視界を確保していないイャンクックの視界を無造作に揺さぶる。
「これでっ!」
何とか平衡感覚を取り戻したイャンクックはふらふらとした足取りではあるが立ち上がり、満足に見えない視界の中、殴られる方向を元に教官に向かって尻尾を振るが、当然の様にその進行をジークの盾が防ぎ、そのまま教官がイャンクックの身体の中で最も柔らかい耳に剣を突き立てた。
「終わり、か」
今までの攻撃よりも更に大量の鮮血が耳から溢れ出たイャンクックは、血を失い過ぎたことによって遂にその身を大地に横たわらせ、命を散らした。小さな鳴き声を上げながらその命を終わらせる瞬間を、ジークと教官は見届けてから大きく息を吐いた。
「……いい動きだったぞ。これからが楽しみだ」
「そうですか。教官にそう言ってもらえて、良かったです」
結果的にはかなり楽に怪鳥イャンクックの討伐に成功した二人は、互いの健闘を称え合うかのように握手をしてからその場に座り込んだ。
一通り使えそうな素材をイャンクックの死骸から剥ぎ取ったジークは、何かを書き込んでいる教官に素材の選別が終わったことを告げた。
「さ、回収地点に行かんと行方不明扱いにされるからな」
「あはは……」
クエストが終了したのならば回収地点に向かう。そうでなければ行方不明扱いになって大事になる可能性まで出てしまうので、なるべく早く回収地点に向かうことが推奨されているのがハンター生活だった。
再びメゼポルタへと戻ってきたジークと教官は、二人して身体を伸ばしながらクエスト終了の達成感を味わいながら、ギルドマスターの元へと戻ってきた。
「ふむ、クエスト成功は聞いとるよ。見どころのある若者じゃったろう?」
「あぁ。あれは天才と呼ばれる類のハンターだ」
「え、何話してるんですか?」
ジークに聞こえないように二人で何かを話しているギルドマスターと教官に、ちょっとびくびくしながら訊ねたジークに、教官はいつもの様に豪快に笑って適当に誤魔化した。
「よし、ではメゼポルタで生きるための色々を教えるとしよう」
「武具工房には先に話を付けてある。そこから行くといい」
「そうさせて貰おう。では武具工房と猟団、それからマイハウスだな」
「は、はい?」
武具工房以外の聞き慣れない言葉に、ジークは言葉を傾げていたが、何となくそのまま頷いて教官の後ろをついていくことにした。
広場の右の方向にある洞窟を抜けると、巨大な工房へと辿り着いた。
「す、すごい……」
多くのハンターが工房の作業員と何やら話しながら素材を渡していたり、武器を渡してメンテナンスを頼んだりしている姿を見ながら、教官の後をついて行くと、一際大きな身体をした男性が待っていた。
「おぉ、待ってたぜ。そいつが新人か?」
「親方、待たせてすまん。取り敢えず一つ武器を見繕ってもらいたいと思ってな」
「おうおう、新人ハンターにはまず一つ武器をってのがうちの伝統だからな。坊主、何にする?」
教官に親方と呼ばれた男は、力こぶを見せながらも槌を手から放しもせずにジークへと視線を向けた。
「じゃ、じゃあ太刀で」
「よし来た。また後で来れば完成品を渡してやる。どうせまだ案内の途中だったんだろ?」
「あぁ。そうさせてもらうとしよう……行くぞジーク」
「は、はい。これからお世話になります」
頭を下げて工房から出たジークは、ずんずんと広場を進んでいく教官の背中を追いかけていた。階段を上がってそのまま何かの受付の様な場所まで歩いて行った教官は、立っていた男と話しながらジークを待っていた。
「こっちだジーク」
「ここは?」
「猟団に関係すること全てを管理している者だ」
「よろしく!」
キョロキョロと周囲を見ながら現れたジークに、受付の男は元気のいい声で挨拶をしていたが、ジークには猟団という言葉の方が聞き慣れないものだった。
「猟団は聞き慣れないだろうが、このメゼポルタでは入っているのが普通のことなのだ」
「ギルドとは違うんですか?」
「うむ。ギルドはハンターならば誰でも所属している物だが、猟団は実は入らなくても生きていけるのだ」
「一応だぞ? 絶対に入りたまえよ?」
教官の言葉に慌てて反応した男に、教官は苦笑しながらも頷いていた。
「このメゼポルタはハンター同士で協力することが重要なことは言ったはずだが、猟団はその一つだと思ってくれ」
「パーティー、みたいな?」
「それを大きくした感じだな。猟団長が猟団を立ち上げ、志を共にする者を誘ってギルドからその貢献度によって恩恵を受ける組織だ」
猟団に入ることでハンター同士で協力しやすくすることが、元々の目的だった。現在では少しばかり形が変わってしまっているが、猟団に入らずに活動するハンターは一人として存在しない程のものとなっている。
「新人が人を集めて猟団を作ることも多いのだが、この厳しい世界ではあまり長続きしないのが現状でな……悲しいことだが、大きな猟団と呼べるものはそれほど多くない」
受付の少しばかり悲しそうな顔を見て、本当に猟団を愛しているのだと理解したジークは、同時に猟団が長続きしない原因もすぐに理解できた。人間同士が何の問題もなく結束し合うことは難しく、人間関係で潰れる猟団も多いのだろう。
「しかも最近は、メゼポルタの二大猟団の仲が険悪でね……新しくできた猟団もどちらの派閥に着くかを決めなくては生きていけないとなれば、新たに猟団を作る新人も減ってしまう」
「二大猟団の仲が険悪?」
「あー……その話はまた後で吾輩がしよう」
どこかバツの悪そうな顔をした教官は、猟団受付へと視線を向けた。それを受けて、受付も少しばかり悲しそうな顔で目を伏せてしまった。メゼポルタへとやってきたばかりのジークには分からないことが多いが、それでもこのメゼポルタで今人間関係のトラブルが発生し、それがギルド全体に嫌な雰囲気をまき散らしているのだと理解できた。
「そ、それで……新人の俺でも入れるんですか?」
「猟団に興味があるのかい! それはいいことだ! 猟団はとても素晴らしいものでね? 人との出会い、別れ、そして協力の日々……あぁ……その全てが詰まっているのだ!」
暗いどころではない状態になっている空気を、何とか変えようと話題を出したジークに、受付は嬉々として飛びついた。いきなりテンションを上げて詰め寄られたジークは、身体を逸らして苦笑気味だった。
「すまんな。この男は猟団のことになると暑くなりすぎるのだ」
「い、いえ……愛があるのはいいことですよ」
何事にも情熱を注げない人間は多数いる。そんな中でも何か一つに情熱を注げる人間と言うのは、どこまでも輝いていてとても素晴らしいものだ。
「まぁ、今はまだ猟団のことは考えなくていい。取り敢えずハンターとしてやっていける目途が立ってからの方が良いだろう」
「そうだろうなぁ……取り敢えず猟団! と言ってそのままメゼポルタを去っていった者もいる訳だし」
「じゃあもう少しギルドの信頼を得てからにしますね」
「そうしたまえ」
猟団はメゼポルタでの狩りを助ける物ではあるが、そもそもメゼポルタで生きていけない者には用の無い物とも言える。メゼポルタで狩りのできない者は皆、ドンドルマへと帰って行ってしまうのだから。
「で、あの新人は見込みがあるのかね?」
「……あれは将来怪物と呼ばれる類の人間だ」
「そこまでか……将来は大猟団と同盟の団長だな」
「全く……お前は本当に猟団のことしか考えてないのか」
ただただ猟団のことしか考えていない受付の男に対して、教官はため息を吐き、ジークは苦笑することしかできなかった。