狩人の頂 作:ばるむんく
爆発音のような衝撃と揺れによって砦全体が軋み始めた瞬間に、砦の外で偵察していたハンターたちが大きな声をあげた。
「シェ、シェンガオレンが来たぞぉッ!?」
「ば、馬鹿なッ! 一体どこからやってきたッ!?」
第三防衛線を突破した連絡が届いてから、第四防衛線へと移動している間にその姿を消していたシェンガオレンが突如第四防衛線のすぐ近くに現れたのだ。いくら神出鬼没で生態すらよくわかっていないモンスターとはいえ、瞬間移動する様なモンスターがこの世にいるなど考えにくく、その巨体を何処に隠して何処から現れたのかわからない現状に、多くのハンターがうろたえていた。しかし、そのうろたえをいつまでも続けさせないのが現場指揮官としてのジークの働きだった。
「うろたえるな! いつか来ることは分っていたはずだ! 全員作戦通りに行動して、シェンガオレンを撃退しろ!」
すぐに指示を飛ばしたジークの言葉に反応したのは『ラグナロク』の同盟員たちである、メゼポルタのハンターだった。各々決められた役割を果たす為に迅速な行動を始めたメゼポルタのハンターたちを見て、ギルドナイトが動き始め、それに追従するようにドンドルマのハンターたちも動き出した。シェンガオレンが突如現れたと言っても、砦が密集しているど真ん中に現れた訳でもないと考えていたジークは冷静に地図を広げてシェンガオレンが現れた地点にピンを刺した。
「どんな生態かもわかってないモンスターだ……何をしてきてもおかしくないが、まさか突然現れるとは」
「恐らくだが、あれは地中を進んでいたのだろう」
「地中を?」
ジークの独り言を拾ったのは、ジークと同じく現場指揮を担当することになっていたベレシスだった。誰にもその巨体を見つかることなく移動する方法など存在しないと考えていたが、ベレシスの言う地中を移動する手段ならば、確かに見つかることなどそうそうない。
「ありえるな。甲殻種であることを考えると、ダイミョウザザミやショウグンギザミのように地中を移動している可能性もある」
「そうでもないと説明つかないですね」
ベレシスに同意するバアルの言葉に、ジークは苦笑しながら頷いていた。地中を移動できるシェンガオレンが何故砦を破壊しながら地上を進むのかは理解できないが、人間に被害が出ないように撃退するのがハンターであるジークたちの役割である。
「正面の砦を突破されたら東に進行していくと思います。古龍観測隊からいただいた、過去のシェンガオレンとラオシャンロンの進行ルートからの推測ですが」
シェンガオレンが背負っている頭骨の正体である
「東に……やはり、進行方向はドンドルマの市街方面か」
「そう、なりますね」
かつて栄華を極めた王国であるシュレイドの中心であるシュレイド城跡地から、ドンドルマ方面へと移動してくるシェンガオレンとラオシャンロンは、ドンドルマを超えて何処へ行こうとしているのかは誰にもわからない。しかし、その情報を得る頃にはドンドルマの市街値は地獄となっているであろう。
「予定通り、俺とベレシスさんは現場指揮をしながらシェンガオレンの様子見として、バアルさんはパイモンさんが率いてる遠距離部隊をお願いします」
「わかった」
地図を畳んだジークは双剣を背負って、ベレシスと共にバリスタや大砲が備え付けられている高台まで移動した。姿は見えても砲台の射程圏内には未だに入ってこないシェンガオレンに、その場にいる全員が歯痒く思いながらも進行してくるその巨体を見つめていた。
「アキレス」
「ん? 団長か」
「物資の運び込みは終わったのか?」
「ここは拠点から近いからなんとかな……だが、後方はまだだ」
「そうか」
正面砦にはひとまず物資を運び終えたことを確認したジークは、双眼鏡を持ってシェンガオレンを見つめているベレシスへと視線を向けた。
「どうですか?」
「……特に気にしている様子はないな。パイモンたちの姿も見えるが、攻めあぐねている」
地上から弓、ライトボウガン、ヘヴィボウガンで攻撃しているパイモンたちの姿を見ていたベレシスは、地上からの攻撃をシェンガオレン自体があまり気にしていないことに気が付いていた。攻撃を避けられているのではなく、真正面から受けて特に気にされていないことにパイモンたちもどう攻めればいいかと攻めあぐねている姿がベレシスには見えていた。
「ここまで来るのにもう少し時間がかかる……なんとか踏ん張ってくれよ」
元々、剛種シェンガオレンを人の担ぐ遠距離武器程度でなんとかできるとはジークも考えていない。そんなことができるのならば、既にG級ハンターたちが束になって撃退している。それができない強さがあるからこそ、剛種シェンガオレンはこうしてジークたちの目の前に存在しているのだ。
ジークの立てた作戦は即興ではあるが、かつて果ての海で相対した獄炎の巨神との戦闘経験から考え出したものである。不死の心臓をも持っていたモンスターすらも退けた過去のあるジークは、シェンガオレンの一匹程度追い返せると考えていた。その為にも、地上部隊にはシェンガオレンをなるべく誘導してもらう必要があった。
「無理に攻撃しようとしないでください! 回避を最優先でッ!」
シェンガオレンの足元で号令を飛ばしながら前線を駆けているパイモンは、頭上から降ってきた落石を避けながらライトボウガンを構えた。天狼砲【北斗】から反動を抑え込みながら貫通弾を超速射するパイモンは、皮膚に少しの傷を与える程度しかできないことに舌打ちしたい気分だった。パイモンがジークから受けた指示は、命を優先しながら東側から射撃を行うことだった。シュレイド地方からドンドルマへと向かって南東に移動しているシェンガオレンを真っ直ぐに移動させれば、そのまま第五防衛線を経由せずにドンドルマ市街地へと向かってしまう。それを防ぐ為に、パイモンたちは東側から射撃を行っていた。
移動するだけで地を揺らし、周囲の崖から落石を発生させるシェンガオレンに苦労しながらも、パイモンは部隊率いてなんとかうまく行動していた。パイモンの背後に追従するのはティナ、ウィル、エルス、メルクリウス、そしてドンドルマのギルドナイトたちである。
「はぁッ!」
「助かります!」
「いえ、私たちにはこれくらいしかできませんから」
ランスを持っていたギルドナイトが、ティナたちの方へと襲い掛かろうとしていたイーオスを貫いた。この砦近くにもモンスターが生息しているため、遠距離武器を持つハンターたちがシェンガオレンに集中できるように、ジークはランスを持っていたギルドナイトを数人護衛に付かせていた。射撃中やリロード中に降ってくる落石を防いだり、乱入してきたイーオスやランゴスタを撃退するのが護衛としてランスを持っているギルドナイトたちの役割だった。当然、遠距離武器を持っているギルドナイトのメンバーはパイモンたちと共にシェンガオレンに向かって射撃をしていた。最初こそパイモンの放つ超速射に驚愕していたギルドナイトのメンバーだが、それでもまともに傷がつかないシェンガオレンに対して抵抗を続けていた。
「こんな怪物、どうやって倒すんですかッ!?」
「それをジーク君が考えてくれているんでしょう!」
ヘヴィボウガンを放ちながら叫ぶウィルの声に、パイモンが答えた。今回初確認された剛種のシェンガオレンは、パイモンたち『ゴエティア』の面々の想像をはるかに超えていた。多くの剛種を討伐してきた『ゴエティア』だが、超大型モンスターの剛種と遭遇するのは初めてである。本当に人間が挑みかかっていい生物なのか疑問に思ってしまうほどの巨体を前にしても、パイモンは作戦をたててなんとかすると言っていたジークをそれなりに信じていた。
ジークがなんとかするという言葉にいち早く頷いたのはティナだった。彼女はジークのことを心から信頼しており、本当に彼ならばこの怪物すらも討伐できてしまうのではないかと考えていた。
「兎にも角にも、シェンガオレンを誘導しないとドンドルマが崩壊するのは確かです」
「……わかりました!」
メルクリウスのドンドルマが崩壊するという言葉に息を呑んだウィルは、頭を振ってからもう一度自分の精神を奮い立たせていた。どれほど強大なモンスターが相手でも、少しでも傷が付けられるのならば必ず倒すことだってできるはずだと無理やり自分を納得させてから、ヘヴィボウガンをシェンガオレンへと向けた。ウィルが吹っ切れたのを横で見ていたエルスは、苦笑を浮かべてからジークたちがいるであろう砦方面へと視線を向けた。
「踏ん張りましょう。もう少しで砦の射程圏内に入るわ」
エルスの目による正確な距離分析を信じたウィルとティナは大きく頷き、落石を避けながら再びシェンガオレンへと接近していった。
「バリスタの準備をしろ! そろそろ射程圏内だぞ!」
「……姉さんは大丈夫だろうか」
「大丈夫だと思うよ。だってエルスだし」
シェンガオレンが進行する先、ジークたちがいる砦よりも手前にある高台にネルバ、マルク、スロアの姿があった。その場にいるハンターたちに準備を呼びかけながら、三人もバリスタの準備をしながら狙いをつけていた。
「マルク、エルスの心配してる暇があったらバリスタの弾もっと持ってきてくれ」
「まだ足りないのかい?」
「足りる訳ねぇだろ。シェンガオレンだぞ?」
バリスタを触りながら姉の心配をしていたマルクに対して、ネルバは周囲を見てバリスタの弾を持ってくるように要求していた。壁には既に大量のバリスタが用意されているにもかかわらず、次のバリスタを要求するネルバに眉をひそめるマルクだったが、過去の撃退戦を思い出していたネルバは呆れた様な声を出していた。横から見ていたスロアはため息を吐きたい気分だったが、安易にため息を吐いてしまえばハンターの士気に少しでも関わるかもしれないと飲み込んだ。マルクはシェンガオレンのことを甘く見ていたし、ネルバはシェンガオレンに対するトラウマが強すぎてピリピリしていた。
「二人とも言い争ってないで準備してよ?」
「言い争ってはない」
「そうだ」
「その連携力を是非シェンガオレンに発揮して欲しいね」
スロアの言葉にすぐ反応した二人は、顔を見合わせてからスロアの言う通りに準備を始めた。そうこうしているうちに、シェンガオレンは高台の有効射程まで近づいてきていた。
「狙いは頭骨とシェンガオレンの本体だ! 絶対爪は狙うなよ! 全員、撃てぇッ!」
有効射程以上にバリスタは飛んでいくが、命中率がぐっと下がってしまうことを考えてネルバはしっかりと射程をマーキングして待機させていおいた。そのマーキングよりもこちら側にシェンガオレンの身体が入った瞬間に、ネルバは号令を飛ばした。一列に並べられたバリスタから無数の弾が発射され、シェンガオレンの頭骨に刺さる。背負っているだけの頭骨なので当然シェンガオレン本体に痛みがある訳でもないが、自身の弱点を隠す頭骨を攻撃されたシェンガオレンはそれを嫌がって脚を折り畳み始めた。
「手を休めるな! 弾が切れた奴は三人がかりで弾を補充して、交代しろ!」
一人で発射して、一人で補充して、一人で再び発射するのではあまりにも非効率的かつ、集中力の部分でどうしても速度が落ちてしまうと考えたジークによって言いつけられている指示をそのまま出したネルバは、頭骨を狙ってバリスタを放っていた。鋼をも容易く斬り裂く爪にバリスタを当ていても大した傷にもならないのならば、攻撃されるのを嫌がる頭骨を狙った方がマシという考えでの攻撃だが、結果的にそれを嫌ったシェンガオレンは脚を折り畳んで身体部分を下げたことにより、地上部隊がその無防備な本体を狙うことできる。
「よし、地上部隊は本体を攻撃できているみたいだな」
「このままいけば撃退もなんとかできそうじゃない?」
今まで全く嫌がる素振りも見せずに進行していると聞いていたネルバは、自分達の攻撃を嫌って地上部隊の集中砲火を受けているシェンガオレンを見て、ハンターとしての自信を取り戻そうとしていた。シェンガオレンと剛種クシャルダオラに砕かれたハンターとしての自信とプライドを取り戻すための戦いに、ネルバは興奮していた。ジークの常に冷静でいろとの指示をも忘れて。
「はっ?」
シェンガオレンのその行動は突然だった。地上部隊が接近した瞬間に勢いよく爪を振り下ろし、そのまま体を回転させてネルバ達の方へと顔を向け、先ほどとは比べ物にならない進行速度で高台に接近していた。通常のシェンガオレンは幾ら攻撃されてもハンター個人のことを狙う個体は存在しないが、この剛種シェンガオレンはその常識を覆す行動をしていた。接近してくるシェンガオレンに対してその場にいる全員が恐怖を感じ、バリスタと大砲をむやみやたらに放った。
「ネルバッ! しっかりして!」
物凄い速度で近づいてくるシェンガオレンを見て手が震えていたネルバは、スロアに肩を掴まれて我に返った。接近してくるシェンガオレンに対して我武者羅に攻撃を繰り返すハンターたちを見て、ようやくネルバはジークから言われたことを思い出した。
「全員、この高台から撤退だ!」
「なッ!? 今こそ絶好の攻撃機会だろう!」
「馬鹿野郎ッ! 死にたいのかッ!? まだ砦は後ろにある……今ここで死ぬ訳にはいかねぇだろうが!」
撤退指示を出したネルバに掴みかかったドンドルマのハンターは、メゼポルタ所属のハンターならドンドルマの街が破壊されても気にしないと考えていた。余所者の力を借りること自体が不本意であり、命をかけてもドンドルマを守ると意気込んでいたにもかかわらずシェンガオレンに接近されただけで撤退指示を出すネルバに怒りがこみ上げていた。しかし、そんな命知らずの行動をしようとするハンターをネルバは殴り飛ばした。ハンターがもっとも優先するべきものは命である。依頼を達成するために自らの命をかけるのは三流のやることであり、優秀なハンターは長生きするハンターであるとハンター教習所で初めに習うことだ。ネルバはスロアに掴みかかられ、ジークの言葉を思い出したことでようやくそれを行動に移した。
「お前の考えているより剛種シェンガオレンは強力なモンスターだ。だがな、お前が考えている以上に……後方にいる俺らの仲間は強力だ……だからここは撤退だ。お前らの命は、最終防衛線にかけろ」
ネルバの言葉に頷いたスロアとマルクは、即座に撤退の詳細指示を細部にまで飛ばした。運べるだけの物資を運びだし、残りの砲台や砲弾は放棄する考えだった。
慌ただしく撤退を始める姿を遠くから眺めていたジークは、横のベレシスにハンドサインでそれを伝えた。シェンガオレンがネルバたちのいた高台へと向かって直進していることを知ったベレシスは、バリスタを構えていたギルドナイトの元へと近づいた。
「シェンガオレンがあの高台を攻撃したらあの倉庫を撃て」
「倉庫、ですか?」
「あぁ……ジークが色々と仕掛けてくれている」
ベレシスの指令を受けてギルドナイトは首を傾げながらも、肉眼でシェンガオレンの動きを見ていた。しばらくすると、高台から大勢のハンターが脱出している姿が確認できた。シェンガオレンは足下のハンターたちには目もくれずに、高台に向かって大きく爪を振り上げていた。
「……パイモンさんたちなら大丈夫だろう。バアルさんにも状況を伝えておくか」
今にもシェンガオレンが高台を破壊しようとしている中、ジークは手に持っていた信号弾を空に打ち上げた。それを見ていた後方のバアルは、ヴィネアへと視線を向けた。
「おい」
「見えた。一個目、突破されたみたい」
「らしいな……想定の二倍は早い」
信号弾を確認したバアルは、シェンガオレンの移動速度をおおよそ把握したが、その巨体からは考えられない進行速度に頭を抱えたい気分だった。ただでさえ巨体ゆえに攻撃の効き目が薄いシェンガオレンの剛種個体であるというのに、進行速度から考えても通常のシェンガオレンよりも攻撃機会は半分以下である。ご丁寧に砦や高台を破壊しながら進んでいく関係上、背後から攻撃することも難しい。
「ジークが仕掛けた策で何とかなってくれればいいがな」
第四防衛線の後ろにある第五防衛線、そして最終防衛線のことを考えると剛種シェンガオレンの体力をできるだけ削っておきたいが、相手は過去に一度も確認されたことのない剛種シェンガオレンである。どれだけ攻撃を加えれば倒せるのかも不明である。
「とりあえず砲撃準備」
「……そうだな」
通常の大砲よりも飛距離を伸ばすように改造された大砲を横に並べた高台にいるバアルは、ハンターたちに大砲の弾を装填しておくように指示を飛ばした。
全員が慌ただしく動き始めた直後、シェンガオレンは爪を振り下ろして高台を破壊した。紙屑の様に石組みの高台を破壊するシェンガオレンに誰もが息を飲みながらも、ベレシスの指示を受けていたギルドナイトは同時にシェンガオレンの足元にあった倉庫をバリスタで破壊した。倉庫はバリスタが着弾した瞬間に凄まじい轟音と共に巨大な爆発を起こした。突然背後で爆発が発生したネルバたちは必死に崩れてくる瓦礫を避けながら、ジークが仕掛けた策の一つが成功したことを祈っていた。
「い、今のは?」
「倉庫に大砲の弾と対巨龍爆弾を仕掛けておいた。無理言ってラオシャンロン用に保管してあった対巨龍爆弾を出して貰ったんだが……正解だったな」
撃った本人であるギルドナイトも驚いた表情悪していたが、ジークは対巨龍爆弾の威力を見て感心していた。今までどんな攻撃を受けても不快感を露わにしていた程度だった剛種シェンガオレンが、爆発を受けて明確に怯んだ。
「あの高台を破壊できたってことは射程圏内だ。全員撃てッ!」
対巨龍爆弾の衝撃と轟音を受けて動きの止まっていたシェンガオレンに対して、大砲とバリスタが雨のように降り注いだ。爆撃の豪雨の中でもシェンガオレンは動き続けていたが、対巨龍爆弾を受けた反動か動きが明らかに鈍っていた。シェンガオレンが集中砲火を浴びている中、破壊された高台から逃れてきたハンターたちは背後の爆発音を聞きながらジークたちが待っている砦まで到達していた。
「ジーク、シェンガオレンはどうだ?」
「……どうですかね。あまり効いているようにも見えませんが」
「そうか……どうやればあれを倒せるんだよ」
「倒す……倒す、ですか……」
剛種シェンガオレンの存在は極めて危険である。大量のバリスタと大砲を受けても平然と動き続け、ドンドルマに保管されていた対巨龍爆弾をほぼ全てつぎ込んでも大きなダメージにはなっていない。動くだけで周囲を破壊し、一度その爪を振り下ろせば砦を真っ二つにする災害。しかし、その災害がドンドルマに向かっているから問題なのであり、シェンガオレンの存在自体が人間に及ぼす影響はさほど大きくないと言えるだろう。
「シェンガオレンを倒すのではなく、通るのは困難だと思わせれば撃退できるはずです。シェンガオレンだってただ歩いているだけで妨害されるのはストレスでしょうし」
「撃退って言ったって……あんな危険なモンスターを放置する訳にもいかないだろ?」
「別にいいじゃないですか。古龍種だって人間の街に近づかなければ討伐しないのと同じですよ」
討伐に拘るのならばシェンガオレンの命を奪う為に、あの鋼鉄の身体を貫く方法が必要だが、撃退するだけなら現在の戦力だけでも十分可能だろうとジークは判断していた。そうと決まれば、必要なのはシェンガオレンの妨害である。
「全員シェンガオレンの殻を極力狙え! 甲殻種にとって生命線ともいえる甲殻を破壊すれば、シェンガオレンも逃げ出すはずだ!」
ジークの言葉に全員が一瞬戸惑いを感じていたが、すぐに内容を理解してラオシャンロンの頭骨を狙い始めた。頭骨と言えども古龍種の骨である以上、破壊することは困難ではあるだろうが、このままシェンガオレンの命を奪うよりはよほど簡単だろうとジークは理解していた。事実、攻撃がラオシャンロンの頭骨に集中していることに気が付いたシェンガオレンは、爪を振り回して空中で幾つかの砲弾を迎撃していた。
「パイモンさんたちが背後から攻撃してくれれば……」
「シェンガオレンの攻撃を受けていただろう。無事でいても動けるかわからないだろう」
「……そうですね」
シェンガオレンが高台を破壊する前に、地上で攻撃していたハンターたちに向かって爪を振るった姿をベレシスとジークは見ていた。その程度でパイモンたちが死ぬとは到底考えてはいないが、一振りで地面を抉り岩盤をひっくり返したその威力を見れば、しばらく動けなくなっていてもおかしくないとも思っていた。
「よい、しょっと……大丈夫ですか?」
「あ、あぁ……なんとかな」
岩盤をひっくり返すような攻撃を受けて、隊列をずたずたにされたパイモンたちは、全員で瓦礫をどけながら怪我人の救護をしていた。パイモンが大きな瓦礫をどかし、瓦礫に足を取られていたギルドナイトのガンナーを助け出していた。シェンガオレンの一撃をなんとか直撃せずに全員が避けたが、怪我もなく動ける人員は多くなかった。
「いっ……」
「あ、これ回復薬です」
「ありがとうティナ」
腕に怪我を負ったエルスは、ティナに渡された回復薬グレートを一口飲んでからため息を吐いた。利き腕である右手に傷を受けたエルスは、その時点で遊撃手としてヘヴィボウガンを持ってシェンガオレンの背後を追いかけるのは難しい状況になっていた。
「仕方ないですね……ティナさん、貴方と私だけでシェンガオレンを追います」
「えっ!?」
「危険すぎますよ!」
「到底賛成できません」
全員の状態を確認したパイモンは、傷一つなく動けるティナと自分だけでシェンガオレンを追いかけていくことを決めたが、ウィルとメルクリウスからは反対意見が出ていた。しかし、ウィルは身体に傷を受けてはいないが、武器であるヘヴィボウガンが瓦礫の重みによって歪み、弾丸が発射できるコンディションではなかった。メルクリウスも怪我を負っていないが、何故かパイモンからは除かれた。
「シェンガオレンは露骨に進行速度を上げました。先程の爆発音から考えて、一つ目の高台は破壊されたと考えていいでしょう。怪我人を連れて行く訳にはいきませんし、当然怪我人はドンドルマに送り届けなければなりません……そう考えると、怪我のなくて武器も無事である私、ティナさん、そしてメルクリウスさんの誰かが護衛として付かなければいけないんですよ?」
「……それはわかりますが、二人だけで行くのは危険です」
メルクリウスは自分が護衛として付かなければならない状況は理解していたが、あの攻撃を見た後に二人でシェンガオレンを追いかけることに難色を示していたのだ。
「大丈夫です。基本的にはシェンガオレンを背後から追いかけながら、ジークさんの策に従うだけですので。それに、少数で動けばシェンガオレンに狙われる可能性もぐっと低くなります」
「……私、行きます。行かせてください!」
メルクリウスとパイモンの間に入ったのはティナだった。メルクリウスを説得するように強い言葉を吐くティナに、一番動揺していたのはそれを聞いていたエルスだった。ハンターにしては我が強くなく、基本的にはジークやエルスの指示を受けて動くことが多かったティナの自己主張を受けて、メルクリウスは大きなため息を吐いた。
「なにかあったらジークさんたちがいる方向に向かってこの信号弾を使うこと……それだけは約束してください」
「……はいっ!」
メルクリウスの言葉を聞いて、ティナは自分の主張が通ったことを理解して笑顔で頷いた。まだなにか言いたげな雰囲気を醸し出しつつも、メルクリウスが認めたことでウィルはそれ以上口を挟もうとしなかった。どちらにせよ、シェンガオレンがこの第四防衛線のうちに倒せるとも思っていなかったからでもある。
「それは生きますよティナさん」
「はい……頑張ります」
「期待しています。なにせ、あのジークさんの補佐をする副猟団長なのですから、ね」
知り合ってからそこまで時間が経過していないにもかかわらず、パイモンからジークに対する信頼を感じ取れる言葉を聞いて、ティナは自分がそのジークに対する信頼を背負っていることを自覚して背筋を伸ばした。
「お姉ちゃんに……追いつくんだッ!」
見向きもされなかった過去を振り払い、ティナは決意を宿した目で砦へと進行するシェンガオレンへと視線を向けた。
まだまだ続きます