狩人の頂 作:ばるむんく
シェンガオレンが天から爪を振り下ろした。一瞬にして高台は破壊され、瓦礫が地面へと散乱していく様子を見ながら、バアルは走ってくるジークたち四人のハンターに気が付いた。
「早くしろ」
「無事だったか」
「当たり前だ」
バアルとヴィネアは、ジーク、ベレシス、パイモン、ティナが自分たちへと追いつくことを待っていた。ジークたちが最初に指揮していた砦が破壊されてから数分後、バアルたちがいた高台も破壊されて、第四防衛線に残っているのは最後の砦だけである。しかも最後の砦はシェンガオレンの進行方向にあっても完全に道を塞いでる訳ではないため、シェンガオレンが破壊せずにそのまま通過する可能性の高い砦でもある。しかし、第四防衛線最後の砦にはハンター側にとって最後の切り札である撃龍槍が装填されていた。
「急ぐぞ」
「は、はいぃ……」
ジークとベレシスに振り回されて疲労困憊状態のティナに憐れみを抱きながらも、バアルは四人に背を向けて最後の砦に向けた走り出した。
ここまで多くの攻撃を受けてきたはずのシェンガオレンだが、歩みが止まることはなかった。一歩ずつ前へと進むシェンガオレンは、既に普通の大型モンスター程度ならば何体も討伐できる程の大砲の弾やバリスタを受けながらも進んでいるが、その歩みは少しずつゆっくりになっていた。
「このまま順調にいけば……撃龍槍で撃退ができるはずだ」
「…………本当ですか?」
「撃退できなきゃそれでドンドルマは終わりだ」
ジークの言葉に疑問を抱いたのはティナだった。数え切れないほどの砲撃を受けながらも進み続け、自らの放つ弓もまともに効かず、ジークとベレシスの攻撃もあまり効果があるように見えなかったティナは、本当にこの怪物が倒れるのかに疑問を持っていた。誰も知らないだけで、この世には不死身の生物も存在するのではないかとティナは考えてしまっていたのだ。ジークもティナの不安と絶望感を理解していたが、必要以上に声をかけることはしなかった。それは将来的にはこんな理解の外に存在するモンスターを狩ることも多くなるだろうことを考えてのことだった。
ただひたすらに走って最後の砦までやってきた六人のハンターたちは、必死の形相で兵器の装填を繰り返すハンターたちに鬼気迫るものを感じていた。
「ジークかッ!?」
「ネルバさん?」
「シェンガオレンがもうすぐこっちに来る……そろそろ何とかしねぇとやべぇんだよッ!」
慌ただしく準備を進めるハンターたちの中で指示を出していたのはネルバだった。梯子を昇って砦にやってきたハンターの姿を見て、それがジークだと気が付いたネルバは焦った様な表情のままジークの元までやってきて危機感を煽っていたが、ジークはそれを少し冷めた目で見ていた。
「……落ち着いてください」
「この状況で落ち着いてられっかよッ!」
「それでも落ち着いてください。指揮官がそんなに慌てて何ができるって言うんですか」
「それはッ……でもこのままじゃドンドルマがっ!」
ネルバの焦りの原因は彼のトラウマにあることをジークは見抜いていた。彼がドンドルマに所属していた頃、シェンガオレン撃退戦で何もできずにただシェンガオレン相手に恐怖を抱いた過去を、彼は知っていた。その過去が今でも彼をこうして追い立て続けている。
「まだ後ろには防衛線があります」
「防衛線があってもっ! どうなるかわからねぇだろっ!」
「ちょっと黙ってろ」
「っ!?」
恐怖に縛り付けられていたネルバの声を遮ったのはバアルだった。聞くに堪えない弱音の連続に対して、バアルは呆れた様な表情のままネルバを押しのけて、周囲の声を飛ばしていたダルクへと近づいた。
「状況を端的に説明しろ」
「偉そうですね……まぁ、ジークさんが待っているからいいですけど。端的に説明がお望みなら端的に言います……撃龍槍の装填は完了しましたが、発射を指揮する人がいませんね」
「それはいい。ジークでも俺でも、やれる奴が必要な時にやる」
バアルと違い、シェンガオレンに対して全く恐怖など抱いていないダルクはバアルが一番知りたいのであろう撃龍槍の装填状況を話した。
「あとは大砲とバリスタですが、大砲が一門だけ整備不良で動きませんが残りは全て正常に。弾は半分以上が装填済みで、追加の弾を運んでいる最中です。シェンガオレンが射程に踏み込む頃には全ての装填が完了した上で二発目にかかる時間も装填時間だけで済みます」
「そうか……わかった」
まだ上位ハンターではあるが、的確な状況分岐と指揮能力を発揮するダルクに感心しながら、バアルはジークの方へと振り向いた。
「流石に最後は突っ込みませんよ。俺が撃龍槍を中心とした指揮系統を担当します」
「あぁ……俺は残り全てを担当しよう」
「……俺、は」
「頭を冷やせ」
ジークとバアルの決定を聞いて、ネルバは縋るようにジークへと視線を向けるが、今のネルバでは戦力にならないどころか足を引っ張るだけだと考えて首を振った。バアルはシェンガオレンに対する恐怖心を少しでも克服するためにも頭を冷やせと言ったが、ネルバは自分が役に立たないと言われていることに気が付いて走り出した。
「ネルバッ!」
「放っておけ……克服できなきゃそれまでだ」
丁度バリスタの弾を運んでいたスロアは、ネルバが走り出した瞬間にその場を目撃してすぐにネルバを追いかけようとするが、バアルにそれを阻まれた。それでも副猟団長として追いかけようと一瞬考えたが、今度はジークに視線で止められた。バアルもジークも、モンスターへの恐怖を克服できずに無理やり狩りに出て死んでいったハンターを何人も見て来ていたからこそ、彼が立ち上がれる最後の機会だと考えていた。
「最後の大勝負になると思います。全員気を引き締め直してください」
「了解だ」
「……わかったよ」
ジークの言葉に無理やり頷いたスロアは、一瞬だけネルバが走っていった方向へと振り向いてから頭を振ってジークの背を追って歩きだした。
焦燥感を砦全体に漂わせていたネルバに代わってやってきたジークとバアルは、全く動じることも無く冷静にハンターたちに指示を出していた。指揮官の冷静さを見て焦っていたハンターたちも次第に落ち着きを取り戻していき、順調にシェンガオレンを迎え撃つ準備が完成していた。
「放てッ!」
シェンガオレンが射程へと踏み込んだ瞬間に、バアルはバリスタを一斉に発射させた。大砲より威力が下がる代わりに連射性と射程の優れているバリスタは、一斉にシェンガオレンへと降り注いだ。大部分が硬い装甲に弾き飛ばされているバリスタ弾だが、数百発と放たれる中で数十発程度がシェンガオレンへと効果的なダメージを与えてもいた。ハンター同様、もうなりふり構わずに進軍することしかできないシェンガオレンは、バリスタを迎撃することも無く顔の前で爪を交差させながら進行速度を上げていた。
「……想定以上にシェンガオレンは弱っている、のか?」
シェンガオレンの行動に違和感を覚えたのは、攻撃指示を飛ばしながらシェンガオレンの行動をずっと観察していたバアルだった。二度の巨大な爆発を受けながらも進軍しているシェンガオレンには大した攻撃は効いていないと考えていたが、バリスタに反応していないのではなくリスク覚悟で突破しようとしている姿を見て、バアルは想像以上に弱っている可能性へと至った。
「撃龍槍一発でなんとか沈められる可能性があるって訳か……それなり余裕ができるか」
バアルは自分の推測が合っている可能性も考えて行動を始めようとしていた。ラオシャンロンの頭骨を攻撃させていたバリスタ部隊にシェンガオレン本体を狙うように指示を出し、同様の指示を射程にやってくることを待っていた大砲部隊にも告げた。
「おい……名前は知らんがジークに伝言を頼む」
「ダルクです。伝言内容は?」
せっせと働いていたダルクを捕まえて、バアルはジークへの伝言を頼もうとしていた。『ロームルス』と『ニーベルング』の凄腕ハンター八人の名前は覚えている。しかし、上位ハンターであるダルクの名前は覚えてなかったバアルは、詳細な報告をしていた女ハンターであることだけを覚えていた。いきなり名前を知らないが伝言と言われて青筋を立てたダルクだったが、ジークに対する伝言だと聞いてとりあえず話だけは聞いてやろうと考えた。
「シェンガオレンが想像以上にダメージを負っている可能性がある。撃龍槍を確実に身体に当てて欲しい」
「シェンガオレンが? わ、わかりました」
怒りながらバアルの伝言を聞いていたダルクだったが、話された内容に彼女は目を見開きながらシェンガオレンへと視線を向けた。第四防衛線へと入って来た時からなにも変わっていないように見えたダルクだが、バアルはジークが信を置いているハンターであることは知っていたので、少し詰まりながらも了承の趣旨を伝えてジークの元へと向かって走った。
撃龍槍の準備が完全に終了していることを確認していたジークは、動力部分への燃石炭の運び込みを手伝いながらも発射タイミングを考えていた。
「ジークさんっ!」
「ダルク?」
燃石炭を運んでいたジークの元へと肩で息をしながら走ってきたのは、バアルが指揮する場所で大砲の整備を手伝っていたダルクだった。普段からあまり落ち着きのない方ではあるが、いざという時にはカリスマの片鱗を見せるダルクの焦ったような姿に、ジークはバアルたちの方で何かあったのかと考えた。
「ば、バアルさんがっ……シェンガオレンがっ……」
「落ち着け、ひとまず深呼吸だ。なにがあった?」
息も絶え絶えになりながら報告をしようとするダルクをなんとか落ち着かせようとしたジークは、肩に手を置いて呼吸をさせ、ゆっくりとなにがあったのかを質問しようとしていた。ジークのお陰でなんとか呼吸がしっかりとできるようになったダルクは一度咳払いをしてからバアルの言伝を口にする。
「シェンガオレンが想像以上に弱っている可能性があるので撃龍槍を身体に当てて欲しい、と」
「……わかった。バアルさんがそう判断したってことは多分あってる」
バアルの目を信じているジークは、剛種シェンガオレンが自分たちの想像以上に弱っていることを飲み込んだ。ジークの言葉を聞いて、彼がどれだけバアルというハンターを信頼しているのかを察したダルクは、少しだけ悔しそうな顔をしながらも、伝言を届けられたことに安堵していた。
「ダルクは持ち場に戻ってくれ。あとはこっちでなんとかする」
「は、はい!」
「無茶はするなよ?」
「っ! わかりましたっ!」
「…………本当か?」
気をつかわれただけで嬉しそうにしながら全速力で走っていくダルクの背中を見ながら、ジークは呆れた様なため息を吐いてから撃龍槍の発射準備を進めている技術者たちとハンターたちへと視線を向ける。ドンドルマを守りたいといという気持ちで撃龍槍の準備をする彼らに応えなければと考えたジークは、シェンガオレンの身体に対して撃龍槍を確実に当てる為の作戦を考え始めた。
ジークが撃龍槍の最終的な調整を済ませようとした時に、連続した爆発音が砦に響いた。シェンガオレンに対する攻撃に大砲が加わった音だと気が付いたジークは、撃龍槍を当てる為にシェンガオレンを監視していたハンターの元へとやってきた。
「どうなってる?」
「大砲が連続して命中して、シェンガオレンの進行が一時的に止まりました」
「止まった? やはりバアルさんの予測は……撃龍槍の射程に入りそうになったら知らせてくれ」
「了解です!」
ギルドナイトの中でも新人らしい男はジークの言葉に背筋を伸ばして了解の意志を伝えた。新人と言えども、年齢で言えばギルドナイト所属の男の方が確実に上であるはずが、何故か上司に相対する時のような独特な緊張感から彼は綺麗に背筋を伸ばしていた。ジークはそんな姿に苦笑しながら、気負い過ぎるなと伝える為に肩を一度叩いてから撃龍槍の方へと戻っていった。
ハンター全員が第四防衛線最後の砦に籠りシェンガオレンとの攻防を始めてから数分経過した頃、シェンガオレンは大きく動いた。バリスタと大砲をひたすら受けながら歩いていたが、いきなりその進行速度を上げた。突然の加速に防衛しているハンターたちに動揺が広がる中、バアルは冷静に指示を飛ばしてシェンガオレンへと攻撃を続けさせた。バアルの冷静さに連れらて動揺を落ち着かせたハンターたちは、すぐさまシェンガオレンを狙い撃ちにしていた。
「ジーク……俺にできることはないか?」
「ネルバさん?」
遂に撃龍槍を起動する時が来るかもしれない、と緊張感を漂わせている撃龍槍の準備をしていた技術者やドンドルマのハンターたちを見ながら、その時を待っていたジークの元へとネルバがやってきた。声に対して視線を向けたジークは頭からずぶ濡れのネルバに驚いていたが、そのお陰か頭が冷えたことを理解した。
「随分と物理的に冷えましたね」
「俺は馬鹿だからな。頭冷やすってのはこれしか思いつかなかった」
「……馬鹿ですね」
「自分で馬鹿って言ったろ!」
真面目な顔をして頭の悪いことを言っているネルバに、ジークは心底呆れた様な顔をしていた。普通の人間なら頭を冷やせと言われて、水を頭から被ることは無いだろう。ネルバにはそれくらいが丁度いいのかもしれないと思いながらも、やはり呆れることしかできなかった。
「できることですか……あり過ぎて困りますよ。あなたは『ロームルス』の猟団長なんですから」
「……そう、だな」
ジークがどんなカリスマを持っていても、やはり『ロームルス』に所属している団員たちが一番信頼しているのは団長であるネルバなのだ。多くの団員がシェンガオレン撃退の為に奔走している中、やはりネルバの存在は『ロームルス』猟団員たちの精神的な支柱となる。
「しっかりしてください。あなたが撃退できなかったシェンガオレンは、目の前にいるシェンガオレンとは違うんですから」
「……わかってる」
「はい……じゃあ、これ運んでくれませんか?」
決意を新たにしたネルバの目を見て、ジークは笑いながら燃石炭が限界まで積まれた木箱を見せた。かなりの重量なのが見てわかるほど燃石炭が詰められた木箱を笑顔で差し出されて、ネルバは頬を引き攣らせていた。
「ジークさんっ! シェンガオレンがそろそろ射程に到達します!」
「了解……ネルバさん、行きますよ!」
「俺は燃石炭抱えてんだよッ!」
シェンガオレンの監視をしていたギルドナイトからの報告を聞いて、ジークは撃龍槍発射台の方へと向かって走り出した。撃龍槍は大掛かりな仕掛けで準備にそれなりの時間を要する兵器ではあるが、発射するにはレバー一つで動いてしまう。シェンガオレンの身体に当てる為にはかなりの接近を許さなければならないため、下手をすれば発射と同時に砦を破壊され、そのまま瓦礫の下に埋もれることもありない話ではない。撃龍槍がしっかりと当たり、尚且つ自分たちが死なない程度の距離を考えて撃龍槍は放たなければならない。かつてタンジアギルドに所属していた時も、超大型古龍種に対して撃龍槍を放った経験はジークにもあるが、シェンガオレンのような甲殻種に向かって撃龍槍を放つのは初めての経験である。
「当たってくれよ……」
シェンガオレンの位置が見えやすいように、撃龍槍を発射するためのレバーは砦の一番上に備え付けられている。撃龍槍自体は砦の中腹から真っ直ぐに回転しながら飛び出していき、敵を刺し貫く。剛種シェンガオレンはジークの存在を認知しているのか左右に動かしていた爪を止めて、ゆっくりと上に向かって持ち上げた。あと数歩だけ近づいた状態でシェンガオレンが爪を勢いよく振り下ろせば、確実にジークの命は散っていくだろう。ネルバはその強大な姿を見ながら、シェンガオレンに対して全く物怖じしていないジークの背中に唾を飲み込んだ。
「ここだッ!」
「頼むっ!」
シェンガオレンが爪を振り下ろす為に一歩踏み込んだ瞬間に、ジークはレバーを手前に向かって倒した。砦全体に張り巡らされた歯車が軋むような音を立てながら回転し始め、ハンターたちが全力で運んでいた燃石炭を燃やして生まれた出力で撃龍槍が押し出される。祈るような言葉を口にしたネルバに対して、ジークは勝ちを確信したような笑みを浮かべていた。超大型古龍種すらも無事では済まない撃龍槍が放たれた瞬間、シェンガオレンは爪を振り上げた状態のまま身体を咄嗟に反転させた。
「なにっ!?」
撃龍槍が直撃する直前の行動に、その場にいた全ハンターが驚愕した。身体を反転させたシェンガオレンは、迫りくる撃龍槍を避けられないことを察してラオシャンロンの頭骨で受けたのだ。骨とは思えないような金属音を発しながら頭骨にぶつかった撃龍槍は、悲鳴を上げるように砦全体を揺らしていた。
「ジークの狙いは完璧だった……くそッ!」
撃龍槍がラオシャンロンの頭骨とぶつかり合う光景を見ながら、バアルは舌打ちをした。ジークが撃龍槍を放ったタイミングはバアルから見ても完璧なものであったが、結果はシェンガオレンが咄嗟に反応して自身を守った形になっている。これ以上ない状態で放たれたはずの撃龍槍が、シェンガオレンの命を脅かすものになり切らなかったことに対して、バアルは歯噛みしていた。
「このままではっ!?」
「落ち着け……決着はついた」
頼みの綱であった撃龍槍が防がれたのを見て、何としても剛種シェンガオレンを撃退する方法を考えなければならないと思考を巡らせようとしたバアルの肩を掴んだのは、楽しそうな笑みを浮かべているベレシスだった。剛種シェンガオレンの異常なまでの耐久力と、それに対抗するジークを楽しそうに見ているのだと考えたバアルは、今はそんなことをしている場合ではないと肩の手を振り払おうとした瞬間に、一際大きな音と共に砦が大きく揺れた。
「な、なんだと……」
大きな音の原因を知る為に誰もがシェンガオレンの方へと視線を向けると、万全に整備して放ったはずの撃龍槍が半ばから折れて粉砕されていた。最後の切り札であったはずの撃龍槍が破壊されたことに、多くのハンターが絶望の表情を浮かべた。どんな手を使っても傷つけられなかったシェンガオレンの頭骨に対しても、きっと撃龍槍ならばと思っていたハンターたちの心と共に折れてしまった。しかし、撃龍槍が折れるのと同時に、ジークは笑みを浮かべた。
「なんとか、間に合った」
バラバラに崩れて行く撃龍槍を横目に再び爪を振り上げたシェンガオレンは、その姿勢のまま固まった。破砕音と共に地面へと落ちていった撃龍槍と共に、白い破片がシェンガオレンから零れ落ちた。異変に気が付いたシェンガオレンはすぐさま爪を振り下ろそうとするが、砦を破壊する前に大きな音を立ててシェンガオレンが背負っていたラオシャンロンの頭骨が粉砕された。
「なんとっ!?」
「これはっ!」
シェンガオレンの動きを見ていることしかできなかったギルドナイトや、ジークを信じて戦っていた『ラグナロク』のメンバーは、崩壊していくシェンガオレンの背負った頭骨を呆然と見つめていた。撃龍槍による攻撃は、失敗ではなく相打ちであった。無論、全ての頭骨が破壊された訳ではないが、巨大なラオシャンロンの頭骨のうち半分以上が崩れている。シェンガオレンは自身の背負う最強の盾が破壊されたことを察して、砦に頭骨を向けてそのまま後退し始めた。
「逃げる気、か?」
「撃退できた……やったぞぉッ!」
自らの弱点を守るために背負っていたはずの頭骨を半分以上破壊されたシェンガオレンは、これ以上の進軍を危険だと判断して砦に背を向けたのだ。それは、ドンドルマに迫っていた滅亡の危機が終わったことを示している何よりの証拠である。
「うおおおおおおおッ!」
「やったッ!」
「い、生き残った……」
「これでドンドルマは……」
ある者は勝利に叫び、ある者は撃退に喜び、ある者は生き残ったことに安堵し、ある者はドンドルマの危機が去ったことに笑みを浮かべていた。剛種シェンガオレン撃退戦は、こうして第四防衛線で終結を迎えたのだった。
「……あ、ジークさんっ!」
「ウィル……ただいま」
武器を破壊されたウィル、腕に怪我を負ったエルス、撤退のために護衛としてついていたメルクリウス。先にドンドルマの中心広場に展開されている仮設キャンプへと戻っていた三人の元へとジークは顔を見せに来ていた。
「シェンガオレンは撃退できたって……」
「なんとか、な……背負っていた頭骨を破壊することで追い払えた」
「そうですか……」
ジークたちが無事に帰ってきたことに安堵しているウィルに苦笑しながら、ジークはエルスに視線を向けた。
「腕の怪我は大丈夫か?」
「なんとか……そこまで大きな怪我じゃないわ」
包帯を巻いている腕を振りながらエルスは小さく笑みを浮かべた。エルスは『ラグナロク』でも貴重な凄腕ハンターの一人であるため、怪我をしていたと帰り道にティナに知らされて心配していたが、本人は慣れているようで特に気にしていない様子だった。
「にしても……随分と無茶をしたなぁ……」
「撃龍槍壊しちゃいましたし」
「そうなんだよなぁ」
シェンガオレン撃退戦でジークはいくつかの砦を使い捨てた挙句、撃龍槍を半ばから粉砕してしまった。元々シェンガオレンの身体に当てるつもりで放った撃龍槍だったが、シェンガオレンが咄嗟に身体を庇ったことでとんでもない硬度を誇っていたラオシャンロンの頭骨と激突させてしまったのだ。幸い、足下で戦っていたジークはシェンガオレンが背負う頭骨の幾つかの部位に傷を確認していたため、シェンガオレンが頭骨で受けた瞬間に自らの勝ちは確信していたが、撃龍槍が折れた時は流石に冷や汗を流していた。
「ジーク……」
「ネルバさん。お疲れ様です」
疲れた様な顔をしたままジークの前に現れたのはネルバだった。左の頬だけ赤く染まっている顔を見て、ジークは誰かに叱責でもされたのかと思いながらも口にせずにいた。
「お前にも迷惑かけたな。悪かった」
「……トラウマは克服できましたか?」
「できてたら苦労してない……こんな頬を腫れさせてもない」
そうだろうな、と頷きながらジークはネルバの頬に視線を向けた。ハンターがモンスターに恐怖を抱くことは少なくないが、それが狩りの最中にも現れるようになればそれは危険な状態である。幸い、ネルバは今回の剛種シェンガオレンなどの強力なモンスターにしかその恐怖症は出ていないが、かと言って放置し続ける訳にもいかない難しい問題だ。
「参考までにだが……ジークはああいったモンスターが、怖くねぇのか?」
「全く」
「そうかい」
ネルバは自分の力が届かないモンスターが怖くて仕方がないのだが、ジークは剛種シェンガオレンに対しても特に恐怖など抱いていない。何なら、彼はどんなモンスターにも恐怖を抱かずに突撃していく命の短いハンターの動きをよくしている危険人物であるが、持ち前のセンスと第六感で大抵の危機を切り抜けている。そう言った意味でもベレシスとジークは同類と呼ぶべきハンター同士である。
「とりあえず……悪かったな」
「まぁ、謝罪は受け取っておきますよ」
「おう」
ジークの言葉に頷いたネルバはそのまま背中を向けた。前途多難だと思いながらも、ジークは既に撃退したシェンガオレンの頭骨からできる武器や防具に興味が向いていた。勝ちに貪欲でありながら、勝利を振り返ることがないのがジークのハンター生活の基本的なルーティンなのだ。
「無事だったか」
「なんとか、ですけどね」
最低限の補給だけ受け、パローネ=キャラバンの飛行船でメゼポルタに帰ってきた『ラグナロク』を出迎えたのはギルドマスターだった。くたびれた様なハンターたちがメゼポルタに帰ってきたことに安堵している横で、ジークはギルドマスターと話していた。
「撃退された剛種シェンガオレンは姿を消したようだ」
「そうですか……やっぱり神出鬼没のモンスターに対応するのは辛いですね」
「そう言うな……ドンドルマの危機は世界の危機に等しい」
ハンターを統括するギルドだけでなく、人の生活圏や物流などあらゆる中心になっているドンドルマの危機は、誇張表現なしに人類の危機に等しいものである。ラオシャンロン、クシャルダオラ、シェンガオレンなどの襲撃を受けるドンドルマだが、一度も大きな被害が出たことが無いのは人類の絶対防衛線でもあるからなのだ。
「わしが古龍観測隊に交渉して、お主ら『ラグナロク』ために剛種シェンガオレンの素材を普段より多い配分で貰った。報奨金は危険度に比べて少ないかもしれんが、素材である程度我慢してくれ」
「充分ですよ」
実際、メゼポルタの凄腕ハンターともなれば金は幾らでも稼ぐことができる。ハンターではない一般人からは考えられないほどの金を持っていることが多いハンターだが、メゼポルタに所属する凄腕ハンターは通常のハンターからも考えられない程の金を持っている。そんなメゼポルタの凄腕ハンターからすれば、金よりも素材が多い方が基本的には嬉しいのだ。
「ドンドルマからもかなり感謝された……有能なハンターを何人か送って欲しいと言ったら断られたがな」
「そりゃあ……そうでしょうね」
自ら高みを求めてメゼポルタにやってくるハンターは意外なことにそれほど少なくないのだが、ドンドルマでG級ハンターをしているような人間は、逆にメゼポルタ広場のレベルを知っている故に訪れたくないものも多い。自分ではメゼポルタで通用しないとは口が裂けても言わないが、メゼポルタギルドに所属するハンターの生還率を考えればまずまともな人間は行きたいとは思わないだろう。それでもやってくるハンターたちこそイカれた戦闘集団であるメゼポルタの凄腕ハンターなのだ。
「人手不足も年々のことだ……お主の同盟からも新しい凄腕ハンターが多く現れることを期待しておるよ」
「そこは期待しておいてください。俺たち『ラグナロク』はメゼポルタの頂点まで駆け上がりますから」
「……そう遠くないじゃろうな」
ギルドマスターは贔屓目抜きに、ジークたち『ラグナロク』が近いうちにメゼポルタの頂点にやってくると考えていた。『円卓』と『プレアデス』の二大構造で凝り固まったハンターたちからは感じられない、時代のうねりとも言える大きな熱量を『ラグナロク』所属のハンターたちから感じていたのだ。ギルドマスターは、ジーク率いる『ラグナロク』が必ずメゼポルタに対して革命の風を吹かせ、それが大きなうねりとなって狩人祭に訪れるであろう大きな波乱を楽しみにしていた。
「ほっほっほ……もしかしたら、しばらくメゼポルタ広場は安泰かもしれんの」
メゼポルタに現れた超新星である『ラグナロク』トップであるジークの離れて行く背中を見ながら、ギルドマスターは独り呟いた。
ようやく終わりました。
討伐はできませんでしが、頭骨の素材で武器などを作れます。