狩人の頂 作:ばるむんく
剛種シェンガオレンの撃退に成功し、メゼポルタ広場に帰ってきてからいつも以上に長い休養を取ったジークは、パローネ=キャラバンが拠点を立てているメゼポルタから少し離れた海岸まで来ていた。
「どうもキエルさん」
「おぉ! 確か……ジーク、だったかい?」
「名前を覚えて貰って光栄です」
「あっはっはっはっ! 人の名前を覚えるのは得意でね」
飛行船のメンテナンスをしている横でキャラバンメンバーたちに大きな声で指示を出していた大柄の女性は、ジークの顔を見て愉快そうに笑みを浮かべた。まさか名前を覚えられているとは思っていなかったジークは、キエルに名前を呼ばれて驚いたような顔をしていたが、パローネ=キャラバンとして各地を回ってきたキエルは初対面の名前を覚えるのは慣れたものだった。
キエル=アルバーロはアルバーロ三兄弟の長女であり、引きこもって研究ばかりをしている長男アシエル=アルバーロに代わってパローネの民をまとめる「カシラ」である。開放的な衣装を着ている姉御肌の若い女性だが統率力と判断能力はとても優れており、パローネの民やパローネ=キャラバンに協力するメゼポルタのハンターたちからも慕われているカリスマなカシラ、それがジークのキエル=アルバーロへの大まかな評価である。
「先日は助かりました」
「先日……シェンガオレンのことかい? そんなこと気にしないでいいのさ。アタシらだってアンタらには助けられてるんだ……お互い様ってやつさ」
「そう、ですか」
豪快に笑いながら懐の深さを見せるキエルに、ジークは確かなカリスマ性を感じ取っていた。この女性ならば確かに後ろについていきたくなるだろうな、と思いながらジークは小さく笑みを浮かべた。
「それで? ただ礼を言いに来た訳じゃないだろう?」
「……どうして?」
「目を見ればわかる。アンタはアタシと話している最中も、ずっと狩人の目をしてたよ」
「あはは……そうですか」
キエルは笑みを浮かべながらも優男のような言葉を発しながらも、凄腕ハンター特有のギラギラとしながらも静かに澄み切った目をしているジークに興味津々だった。カシラとして民をまとめているだけあり、キエルはジークと顔を合わせた瞬間から彼がなにか目的があってここにきているのだと理解していた。
「実は……詰まっている航路があると聞いて」
「あぁ……
「そうです」
ジークの詰まっている航路と聞いて、キエルはすぐに頭の中から航路の番号を弾き出した。700番台の航路はパローネ=キャラバンにとっても頭が痛くなるようなほどモンスターが多発する航路だが、その中でもジークが言う709航路は変種モンスターも複数出ている危険な航路だった。
「ヒルデのお嬢ちゃんから聞いたのかい?」
「世間話をしていたら、少し」
キエルはジークが今まで航路クエストを受けたことが無いことを知っていた。パローネ=キャラバンとの関係が今まで薄かったジークが709航路を知っている理由は、メゼポルタ内でのキャラバンクエストを取り仕切っているギルド受付嬢のヒルデ以外にないだろうと考えていた。ヒルデは他の受付嬢たちと比べて年齢が低く、ジークとは近しい年齢であるため以前からなにかと会話することが多かったが、先日パローネ=キャラバンと協力して剛種シェンガオレンを撃退した話をした時に、ジークはヒルデに709航路にキエルが頭を悩ませていると教えてもらっていた。キエルはヒルデの太陽の様な明るい笑顔を頭に思い浮かべながら苦笑いを浮かべていた。
「確かに、709航路には苦労してるよ。『円卓』も『プレアデス』も各地の変種・奇種に忙しいみたいだし、主力メンバーに至っては古龍種を追いかけてるって話だ。流石に頼めないしね」
「その709航路……俺たちに受けさせて欲しいんです」
「アンタが?」
キエルもジークが剛種シェンガオレンを撃退したことは知っているが、それは多くのハンターの力を借りてのことであり、ジーク本人の実力を正確に知っている訳ではない。凄腕ハンターであることを考えればそれなり以上の実力を持っていることは知っていても、彼がどこまで通用するかはまだ未知数だった。
「今回『ラグナロク』のメンバーはパローネ=キャラバンに多くの支援をしてもらいました。その恩返しに……と言うと少し変ですが、航路クエストを受けたいのです」
「それはいいけど……別に気負う必要はないんだよ? アンタらにした支援だって、元はメゼポルタギルドに援助してもらった物資さ」
丁寧な言葉を重ねているジークだが、キエルは彼の目に灯っている火が消えていないことに気が付いていた。
「大丈夫です。単純に……俺が航路クエストに行ってみたいと言うのも、ありますから」
「……そっちが本音かい?」
「そうです」
「あははははっ! 気に入ったよジーク……いいだろう。詰まっている709航路、アンタら『ラグナロク』に依頼させてもらうよ」
どれでけ取り繕ってもハンターとしての本能が見え隠れするジークを、キエルはとても気に入っていた。キエル自身も豪快な性格をしているが、ジークの己の欲望と好奇心に従おうとする態度が面白いと思っていた。
「しっかりと準備しな。709航路はかなりの遠出だよ」
「はい、失礼します」
離れて行くジークの背中を見ながら、キエルは口に浮かんでいる笑みが消えていなかった。パローネ=キャラバンのカシラとして、多くの土地を巡ってきたキエルは、相応に多くの人間と触れあってきた過去があるが、ジークの様な人間と出会う機会はとても少なかった。穏やかさの中に荒々しさを兼ね備えた天性のハンターであるジークに、キエルは今まで見たことのあるハンターの中でも才能はピカイチだと確信していた。
「ギルドマスターが気にいる訳だ」
以前からギルドマスターに何回か話を聞いていた『ニーベルング』の猟団長ジーク。実際にあってみて、キエルの中での評価は概ね固まりつつあった。
「と、言う訳で……709航路に行くことになった」
「……どういう訳だよ」
「自分が行きたいだけですよね……」
猟団部屋に戻ってきたジークは、その場にいたバアルとティナに航路クエストを受けることを告げたが、ティナには呆れた様な顔をされ、バアルはもはや馬鹿を見るような目をしていた。バアルも航路クエストの700番台が上手く開拓できていない話は聞いていたが、そもそも『ゴエティア』が剛種ばかりを相手にしている猟団であり、パローネ=キャラバンとの関りはとても薄かった。ジークと同様に、航路クエストそのものに興味はあっても、いきなり行きたいからと言って出かける程ではなかった。
「一緒に来てくれる奴いないかなーって」
「それは……いるでしょうけど」
メゼポルタのハンターは良くも悪くも皆好奇心旺盛な連中である。未だ開拓が上手くいっていない709航路に出たい奴と言われれば、多くのハンターが目を輝かせながら手を挙げるだろう。ティナもジークの突発的な考えに呆れてはいても、凄腕ハンターでも開拓が難しい709航路には興味があった。
「ベレシスさんは?」
「さっさと狩りに行った。シェンガオレンじゃ消化不良だったらしい」
「まぁ……気持ちは分かりますけど。タフですね」
「全くだ」
剛種シェンガオレン戦でもあれだけの大立ち回りをしながら、基本は砦に籠って兵器を使った戦いだった為に消化不良だとしてすぐさま狩りにでかける体力はジークから見ても異常だった。
「パイモンは戦闘狂だが神経質な奴だからな。どうせ装備の手入れで引きこもってる」
「エルスさんは腕の怪我を早く治したいからしばらく休養するって言ってました」
「ウィルも破壊された武器の修復でしばらく出られないって言ってたな」
現在『ラグナロク』に所属している凄腕ハンターの数は二十人に到達するかしないかである。元々凄腕ハンターだった『ゴエティア』のメンバーに加えて、『ニーベルング』と『ロームルス』の主力八人が現在の戦力である。その中の四人が既に出られない状態と聞いて、ジークは誰と共に709航路に行こうかと思案していた。
「ネルバさんたちでも誘うか」
「メルクリウスさんは猟団の仕事で忙しいって」
「ネルバさんが書類仕事できる訳ないし、どうせ暇でしょ」
大分失礼なことを言っているジークだが、実際普段から『ロームルス』の書類を捌いているのはメルクリウスである。ネルバは大雑把な性格故に書類に向かず、スロアは不器用な所が多く猟団運営を任せるのは心もとないとしてメルクリウスが担っている。
「バアルさんとティナは?」
「……行きますよ」
「そうだな。俺も航路クエストには興味がある」
やっぱり二人もメゼポルタのハンターだな、と他人事のように考えながらもジークは頷いてからネルバを探すために立ち上がった。剛種シェンガオレン戦でトラウマをほんの少しだけ克服したネルバを、とことん狩りに引っ張ってトラウマなど考えられないようにしてやろうともジークは考えていた。
「よし、ではそれぞれ準備して……二日後にパローネ=キャラバン集合で」
「わかった」
「わかりました!」
「あ、ネルバさん」
「おう」
バアル、ティナと別れたジークは一人で工房まで来ていた。折角、ギルドマスターが交渉して剛種シェンガオレンの素材を多く手に入れたため、ジークはなにか作れる武器はないかと親方に頼んでいた。攻防に入って最初にジークが目を向けたのは、工房の人と話しているネルバだった。
「丁度ネルバさんに用事があったんですよ」
「そうなのか? 今はちょっと取り込み中だが」
「別に後でいいですよ」
「助かる」
ジークとの会話を切り上げて、ネルバは再び工房の職人と話を再開させていた。ジークはそのまま工房を進み、職人たちに指示を出している親方の元までやってきた。
「おうジーク。シェンガオレンの素材、こいつは凄いものができたぜ」
「できた? 早くないですか?」
「ちょっと職人魂が疼いちまってな。俺が直々に作ったのよ!」
テンションが高い親方の言葉にジークは驚いていた。武具工房の親方は基本的には部下の職人たちなどに指示を出しながら技術を伝え、ギルドから直接依頼されたものだけを作成するのが仕事である。しかし、剛種シェンガオレンの素材を持ち込んだのも、いい感じに装備を作って欲しいと依頼したのも今回はジーク個人であり、親方自らが武具を作るとは考えていなかった。それだけ剛種シェンガオレンの素材が親方の職人魂に火を点けたのか、或いは部下の職人たちには任せられない程の素材だったのか。
「基本的にラオシャンロンの頭骨が素材だったが、シェンガオレンの力も随分と残っていた。強酸で溶かされた跡とかもな」
「そう、なんですか?」
剛種シェンガオレンの素材だと渡したジークは、実際はほぼラオシャンロンの素材だろうと考えていたが、職人である親方にははしっかりとシェンガオレンの素材に見えていたらしい。
「古龍種の汎用素材が多いが、骨は貴重な素材だ。撃退じゃ手に入らないしな」
「確かに」
「そんで、骨が多かったんで長物がいいだろうと考えて加工した結果が、これだ」
親方が自信満々といった表情で持ってきたのは、無骨なデザインながら確かな強さを感じさせる通常よりもリーチの長い太刀だった。
「こいつの銘は「
親方から渡された殻王獄刀【鋼】を手にしたジークは、通常の太刀よりも重みを感じていた。リーチが長いから重いのは当然とは言え、それ以上にジークは殻王獄刀【鋼】から剛種シェンガオレンの気配を強く感じ取っていた。黙って太刀を見つめるジークを見て、親方はしきりに頷いていた。ハンターの武器はハンターの手に渡って初めて完成する。親方は剛種シェンガオレンの素材によって生み出された殻王獄刀【鋼】が、ジークの手に渡った瞬間に生き返るのを感じた。
「上手く使ってやってくれ」
「はい……折角なので、次の狩りで使わせてもらいます」
「ほう……次は何にいくつもりだ?」
凄腕ハンターになってからのジークは、危険度の高いモンスターを相手にすることが多く、持って帰ってくる素材も相応に価値が高い物が多くなっていた。ジークが持ち込む素材の多くを中堅に差し掛かったような職人たちが扱い、その技術を磨いていた。親方はジークが持ち帰ってくる素材を楽しみにしながらも、何を狩りに行くのが気になっていた。
「特定のモンスターではなく、709航路に行こうかと」
「709航路……パローネ=キャラバンか」
ジークの示す709という数字が航路クエストを表しているのだと気が付いた親方は、感心したように頷いていた。メゼポルタのハンターですら手を焼くことが多い航路クエストの、9番目と言えばあまり詳しくない親方にもその困難さは理解できていた。
「パローネ=キャラバンには技術提供でも助けられてるからな。なんとか手伝ってやってくれ」
「勿論です。この殻王獄刀【鋼】も使わせてもらいます」
「使用感の感想も楽しみにしてるぜ」
笑顔で手を振る親方に会釈しながら工房から出たジークは、殻王獄刀【鋼】をしっかりと背負いながら視線をあげて、そこにいたハンターと目が合った。
「ネルバさん?」
「……709航路に行くって本当か?」
「え、はい……」
先に職人との会話を終わらせていたネルバは、ジークが親方から殻王獄刀【鋼】を手渡された後に口にした709航路に行くと言う言葉に反応していた。ジークは曖昧に頷きながらも何故か険しい顔をしているネルバに首を傾げていた。
「あの航路は変種モンスターが多く出現してる危険な航路だぞ」
「だからじゃないですか。危険を冒さなきゃギルドの評価なんて夢のまた夢ですよ」
「……それは」
革命を起こすと言いながら安全第一の考え方をするネルバに、前からジークは矛盾を感じていた。安全第一を掲げてハンターをやることはジークも否定はしない。むしろ、安全第一にやっていないと簡単に死んでしまうのがハンターという職業であり、相手がどんなモンスターでも油断せずに全力でかかるのがハンターである。しかし、既にメゼポルタを支配している二大同盟に対して真っ向から革命を起こすとなると、危険を冒さなければならないことも承知のはずだった。
「……ネルバさん。一緒に行きませんか?」
「はぁ? 今の流れでなんで俺が709航路に行くと思うんだよ」
「いいんですか? 踏み出す勇気がなければ、貴方はそのままですよ」
「っ!?」
ネルバの言っていることは至極真っ当なことである。危険だと知りながら709航路に突っ込むジークは、傍から見ればただの狂人でしかない。しかし、ジークはネルバをしっかりと見つめながら厳しい言葉をぶつけた。一瞬、怒りに支配されかけたネルバは拳を握りこんだが、ジークが言っていることは真実だった。剛種シェンガオレンと相対して、自分は凄腕ハンターになったはずなのに昔と同じく手も足も出なかった。結局、ネルバに足りないのは挑戦する勇気だったのだ。
「正直、俺は自分のことを無茶無謀をするタイプだと自覚しています。けど、貴方はしなさすぎる……そんな平凡なハンターではこの先、生きていけませんよ」
「……わかってるよ」
ジークの言葉はメゼポルタの凄腕ハンターとしてでも同盟の仲間としてでもなく、元G級ハンターからの言葉だった。ネルバは過去、必死に足掻いても一生追いつけないのではないかと考えさせられたほどのハンターたちがドンドルマにはいた。ネルバは剛種クシャルダオラにあしらわれた時ではなく、シェンガオレンに何もできなかった時でもなく、そのG級ハンターたちに出会った時から及び腰が始まっていた。
「ネルバさんがトラウマを克服するために必要なのは力ではなく、未知に向かって走っていく無謀さですよ」
「そこは勇気じゃないのか?」
「なにもわからない、ただ危険だとわかっている場所に向かって行くことを人は勇気とは呼びませんよ」
「……違いねぇ」
ツッコミに対して苦笑するジークの言葉に、ネルバは笑みを浮かべた。確かに、ジークが言っていることは無茶で無謀で蛮勇で、明らかに頭がおかしいとしか言いようのないことである。しかし、ネルバにとっては一歩を踏み出そうと思える言葉だった。
「俺も行こう。709航路……どんなモンスターが待ち受けているのか知らないが……俺の限界を試す時だ!」
「……これでメンバーは四人、ですね」
ネルバの気合入れの言葉に、ジークは笑みを浮かべていた。
それぞれ準備を終えた四人のハンターたちは、パローネ=キャラバンが停泊する海岸まで来ていた。キエルは目の前にいる四人のハンターが709航路を開拓してくれれば、いよいよ800番台の航路を開拓することもできるようになると期待を顔に出していた。
「よろしくお願いします」
「こっちこそ。709航路の開拓と露払い、頼んだよ」
頭を下げる四人パーティー代表のジークに、キエルは逆の立場だろうと思いながらも彼がそういう性格の男であると知っているため深くは言わなかった。
「それにしても……秘伝防具持ちのメンバーとはね」
「……」
「知ってるよ。アンタ『ゴエティア』だろう?」
キエルはジークの後ろで黙っているバアルに視線を向けた。純白の秘伝防具に身を包むバアルの姿に、キエルは多少の驚きを見せていたが、剛種シェンガオレン撃退へと向かうジークたちの中に数人秘伝防具持ちが混ざっていたことに気が付いていたため、彼が『ゴエティア』のハンターであることは知っていた。
「秘伝防具、か……」
「ジークみてぇに武器を多種類使う奴は厳しいかもな」
「そう、なんですか?」
「まぁな……秘伝防具ってのは一個の武器を極めた奴に与えられる免許皆伝みたいなもんだ。お前ぐらいの腕前なら、一武器種で特異個体を多く倒せば手に入るだろうがな」
ネルバの言葉に頷きながらも、ジークはイマイチ理解しきれていなかった。そもそもまだ秘伝書と呼ばれるものをギルドマスターから貰っていないジークは、秘伝防具がなにかすらもあまり詳しくない。一つの武器種を極めた者に対して、その武器を使う上でもっとも動きやすいように親方が作り上げるらしいという噂話程度の情報しか知らなかった。
「メゼポルタに凄腕ハンターはそれなりの数がいるけど、秘伝防具を持っているハンターは二十人もいない」
「えっ……そうなんですか?」
「そうだよ。だから……バアルはこのメゼポルタでも上から数えて二十番以内にはいる」
想像以上にバアルが凄かったことに今更気が付いたジークは、一瞬だけバアルの方へと視線を向けた。
「……なんだ」
「いえ、なんでも……」
「そんな凄かったんですね……知らなかったです」
話を全く聞いていなかったバアルはジークとティナから向けられる視線に眉を顰めるが、二人は誤魔化すように笑顔を貼り付けた。ティナはパイモンとヴィネアも純白の秘伝防具を纏っていたことを思い出し、改めて『ゴエティア』がどれだけ優れたハンターの集まりなのかを再確認していた。
「準備できたっス!」
「よし……道案内はオリオールに任せてあるから、頑張るんだよ」
「は、はい!」
飛行船の整備をしていたオリオールから、必要な物資を全て積み込み終えた報告を受けたキエルはジークに向かって激励を飛ばすが、ジークは純白の秘伝防具に圧倒された雰囲気のままギクシャクと頷いた。
「709航路はかなり危険だ……命が危ないと思ったらすぐに帰ってくるんだよ。航路の開拓よりも命の方が大事だからね」
「それは……わかってます」
「……本当かねぇ……お嬢ちゃん、アンタがしっかりと見ておきなよ?」
「はいっ!」
剛種シェンガオレンから始まった短い付き合いしかないキエルだが、既にジークが危ないことをするハンターであると見抜いていた。命を天秤にかける狩りをしながら、驚異的な立ち回りで生き残っているハンターもキエルは知っているが、なるべくなら自分とギルドマスターが目を付けたハンターには長く現役でいて欲しいというのがキエルの想いでもあった。いきなり監視役に任命されたティナは、驚きながらも力強く頷いた。
「出発するか」
「航路クエスト……初めてだな」
「俺もだよ」
バアルは必要な荷物を自分で背負いながら、ネルバの好奇心と不安が混ざったような言葉に苦笑しながら返した。ネルバは一瞬だけ『ゴエティア』が航路クエスト初めてと聞いて驚いたような表情をしたが、元々剛種なんかを優先的に狩っている戦闘集団であることを思い出して、一人で納得していた。
「行くっスよぉ! 第一目標地点は砂漠っス!」
ハンターと乗組員が乗船したことを確認したオリオールは、勢いよく舵を切りながら飛行船を浮遊させ、パローネ=キャラバンの広場と繋いであったロープを外した。浮かび上がった飛行船の上で、ジークはテロス砂漠がある方角へと視線を向けた。
「さて……砂漠だったらしばらく時間はかかるから、もう少しゆっくりしていくか」
「そうだな」
オリオールの言葉と共に発進した飛行船の上で、ジークは荷物を整理してから砂漠に到着するまでに十分な休息を取ろうと考えていた。第一目標地点が砂漠であることを考えれば、飛行船がいくら古龍観測所よりも秀でていてもメゼポルタからはやはり数日はかかってしまうものである。今までパローネ=キャラバンが開拓してきた幾つかの場所で補給を受けながらの飛行船の旅となれば、余計に時間もかかる。
「航路クエスト……どんなモンスターが待ち受けているんでしょうか」
「さぁな……厄介なモンスターが多いのは確かだけどな」
航路クエストは飛行船で各地に移動しながらその場にいる危険なモンスターを狩って行く、行き当たりばったりに近いクエスト形態をしている。どのルートを通ってどのようにメゼポルタ広場に戻ってくるのかは事前に決まっているが、降り立った近場にいる危険なモンスターに臨機応変に対応するのが航路クエストについているハンターの役割である。
「砂漠の次は……」
「沼地を回って火山、そこから樹海に向かってメゼポルタに帰還するルートだ」
「……大陸を一周ですか」
ドンドルマから南に位置する巨大な砂漠であるセクメーア砂漠の次には、ドンドルマ北西部に存在するクルプティオス湿地帯を通り、ラティオ活火山を通ってバトュバトム樹海経由でパローネ=キャラバンへと戻る。言葉にするだけで大陸を一周していることを察したジークは、この709航路の開拓が上手く進んでいない理由をなんとなく理解してしまった。
「しかし砂漠とはな……ジークは砂漠の経験が少ないだろう」
「確かに、あまり回数行ってないですね」
バアルの言葉に、ジークは素直に頷いた。温暖期にメゼポルタにやってきたジークは、温暖期には立ち入り禁止区域になっているセクメーア砂漠に縁が無かった。初めて立ち入ることができるようになったのは、寒冷期に入ってからである。
「ちょっと色々と地形把握にいっただけで、あまり狩りもしていませんよ」
「だが、ロックラックの大砂漠と大して変わらん」
「あ、あはは……」
ロックラックの大砂漠は基本的に流砂で構成されているだろ、と心の中でだけツッコミを入れたジークは、表面上では愛想笑いを浮かべていた。
「武器の手入れは念入りにしておけよ」
「勿論ですよ」
バアルの忠告を聞いてジークは力強く頷いた。ハンターとして武器の手入れを怠ったことはないが、バアルに言われたことでより丁寧に武器を手入れしようとジークは考えた。なにせパーティーの四人全員が初めて出発する航路クエストであり、どんな予想外の事態が起こるかもわからなかったからだ。
「ティナ、アイテムボックスに使わないものは入れておくぞ」
「あ、はい……えーっと、これは調合すると……」
「……ふぅ」
横で調合用素材などを数えながら並べているティナに一言声をかけてから、ジークは立ち上がって随分と遠ざかってしまった地面を見下ろしていた。横からジークに近づいてきたネルバは、ジークが地面を眺めていることに気が付き、笑顔のままジークの横に並んで水を差し出した。
「ありがとうございます」
「おう……飛行船とか気球の上から地面を見ると、結構楽しいよな」
「わかります?」
「そりゃあ俺は何時もやってるからな」
特になにもないはずの地面をじっと眺めるジークの行為は、ネルバとしても共感できる行動だった。飛行船の上から眺めた所で、地上で起きている事象を事細かに観察できる程の視力は持っていないジークだが、色で区切られた地形の中で動く物体を見つけるのが好きで、彼はいつも飛行船の下を眺めていた。
「森か……ファンゴかな」
「いえ、ランポスでしょう。どうやら群れのようですし」
飛行船の上から動く物体がなにかを予想する謎の会話を続けながら、ジークとネルバは水をちびちびと口にしていた。飛行船の高度がじょじょに上がってきたことによって、雲に遮られて地上が見辛くなるのと同時に、少しずつ気温が下がり始めていた。
「これから砂漠に行くってのに、空の上は寒いな」
「それはいつの時期も変わりませんよ」
温暖期であろうと、飛行船の走る空はいつだって肌を刺すような寒さを感じてしまうものだ。砂漠に向かう為にクーラードリンクの準備をしているのに、周囲の気温はどんどんと下がっていく感覚だけはネルバとしてはあまり好きではなかった。
「……俺はやるぞ。なんとか一歩を踏み出して見せる」
「……頑張ってください」
なんとなく空気を読みながら口数が少なかったジークに対して、ネルバは自分からトラウマを克服することについて触れた。危険だとわかりながら参加した航路クエストは、既に引き返すことが困難な場所まで来ていた。ネルバはそれを身体に感じさせるためにメゼポルタ方面へと視線を向けていた。
「709航路を成功させれば俺の何かが変わる、なんて簡単なことはない……それでも俺は、自分を変えてみせる」
決意の言葉を改めてジークへと向けたネルバは、真剣な顔を破顔させてから離れていった。何故自分に対して宣言するのだろうかと思いながらも、ジークは立ち上がった。
「砂漠に着くまでは数日かかる予定っス。今の内に休んだ方がいいっスよ!」
船の中心から聞こえてきたオリオールの声に反応したジークは、自分の背後に立てかけられた殻王獄刀【鋼】へと視線を向けてから、再び雲に阻まれて見通せない地上へと目を向けた。
「709航路は砂漠から始まる、か」
「最初は砂漠のオアシスで最近目撃情報の多いガノトトスの変種が相手っス。近隣の漁業関係にも被害が出ているらしいっス」
「ガノトトスか……楽しみだな」
ジークはメゼポルタ時代に海の中に潜りながら相対した
苦難の連続が待ち受けている709航路、その最初の目的であるガノトトス変種が潜む砂漠に向かって、パローネ=キャラバンの飛行船はオリオール=アルバーロの運転によって真っ直ぐに飛行していた。
実際の709航路は
ガノトトス変種 砂漠
ババコンガ変種 沼地
ヒプノック 樹海
グラビモス 火山
ディアブロス 砂漠
ドスファンゴ変種 沼地
の順番ですが、砂漠と沼地を行ったり来たりするのが不自然なので
ガノトトス変種 砂漠
ディアブロス 砂漠
ババコンガ変種 沼地
ドスファンゴ変種 沼地
グラビモス 火山
ヒプノック 樹海
の順番に勝手に変えます。