狩人の頂   作:ばるむんく

30 / 40
ようやく狩人祭まで来ました


狩人祭①(フェス)

 普段は人通りがそれほど多いと言えないメゼポルタ広場だが、今は職人もハンターも商人もメゼポルタ広場を歩いていた。人々の喧騒が聞こえるメゼポルタ広場と言うのも珍しいことであり、ジークもそんな喧騒の中でベンチに座っていた。

 

「もうすぐ狩人祭か……」

「やはり狩人祭が近づくと広場も活気が満ちてくるな」

「そうですね」

 

 軽食を口に運びながら忙しそうに動いている人々を眺めているジークとベレシスは、狩人祭前の休みだった。709航路を開拓する航路クエストを終えたジークたちはそのままの勢いで、凄腕ハンターを中心にして『ラグナロク』所属のハンターたちの底上げを実施した。最近になって『ラグナロク』に参加するために『ニーベルング』や『ロームルス』に所属したハンターを除けば、下位ハンターは殆ど存在せず、上位ハンターの上澄みにいたハンターたちも多くが凄腕ハンターへと昇格していた。そうこうしているうちに寒冷期も終わりが見えてきた時期、つまり狩人祭の開催が近くなった時期にジークとベレシスは休みを設けていたのだ。

 

「この狩人祭で我々の未来が決まることになるな……口だけの集団なのか、メゼポルタの頂点を掴む集団なのか」

「後者にしたいですね」

 

 ベレシスは『ラグナロク』を率いるジークの、ハンターとしての腕も集団のリーダーとしての手腕も気に入っていた。猟団長であるベレシスの性格故に、好き勝手に狩ることだけを目的にして活動していた『ゴエティア』を『ラグナロク』の参加猟団としてまとめ上げたのもジークなのだ。しかし、ベレシスから見ても相手は強大で無謀であると言える程の戦力差が存在する。

 

「正直どう思います?」

「さぁ? 全く勝てない訳でもないと思うぞ」

「意外ですね……無理って言うと思ってました」

「ふっ……知らないかもしれないが、無謀な宣戦布告を聞いていた中にも馬鹿はいたらしいからな」

「馬鹿?」

「じ、じーくさぁん!」

 

 ベレシスの言う馬鹿が誰なのか全く理解できないジークだったが、息を切らせながら走ってきたウィルへと視線を向けた。慌てた様子で走ってくるウィルの姿など見慣れたジークだが、今回は肩で息をしながらも顔は満面の笑みだった。

 

「今、ギルドマスターから聞いたんですけど……ジークさんが二大猟団に対決姿勢を示したのがメゼポルタ広場に伝わって、狩人祭で中立を宣言する猟団が増えてるらしいんです!」

「……普通のことじゃないか?」

 

 中立を宣言して狩人祭に参加するのは正直に言ってしまえば当たり前のことだとジークは考えていた。なにせ大きな猟団を巻き込んだ権力闘争の様なものであり、自分から首を突っ込んで痛い目を見てもメリットが存在しないのだ。ジークとしても最初から分かり切っていた結果であり『ラグナロク』に付かなかった猟団が多いという宣言だと思っていた。

 

「違いますよ!」

「なにが違うんだよ」

「なんと『プレアデス』と『円卓』の傘下だった同盟も宣言してるんです! しかもそれなりの数ですよ!」

「それは……確かに違うし喜ばしいことだな」

 

 ウィルの宣言を聞いて、ジークは一つ頷いた。同盟は三つの猟団までしか所属することができず、一つの猟団に入団できるハンターの数は六十人である。つまり一つの同盟が囲えるハンターの数は百八十が限界なのだが、同盟の傘下の同盟というものが今のメゼポルタでは横行していた。別に大きな繋がりがあるとか実益を兼ねた様なものではないが、大きな猟団三つを一つの同盟として、更に『プレアデス』や『円卓』の傘下と宣言することでその規模を大きくしている。『プレアデス』と『円卓』は実質的に多くの猟団を同盟に加入させているようなものなのだ。つまりウィルが喋っていた傘下の同盟が中立を宣言すると言うのは、実質的に二大猟団の傘下から離脱したことを宣言するものである。

 

「日頃の行いのお陰か……はたまた急成長する『ラグナロク』の行く末が見たいのか。兎に角、今の二大猟団に飽き飽きしていたのは私たちだけではなかったと言う訳だな」

「……こうなれば打ち崩す勝機はありますね」

「そうだな。この分裂は止まらないだろう」

 

 本当は二大猟団に属するのが嫌でも、狩人祭やその他メゼポルタでの猟団運営のことを考えてしまえばどちらかに属することで得られるメリットが大きすぎた。傘下と宣言するだけで一定以上の価値として見られ、その恩恵にあやかることができるのだ。しかし、今回『ラグナロク』という対抗馬が出てきたことで単純なメリットとして成り立たなくなってしまった。新興の同盟とは言えメゼポルタの中でも随一の実力派であった『ゴエティア』が所属した『ラグナロク』の台頭により、狩人祭は蒼竜組と紅竜組のどちらに転がるか分からなくなった。こうなれば嫌々所属していた同盟たちが離脱宣言をするのは当然だった。大きな組織を動かしているとはいえ所属しているのは全員がハンターなのだ。多少のリスクを背負ってでも冒険する文字通りの馬鹿が多くても不思議ではない。

 

「思ったよりも早く分裂が始まったようだが、当然吐いた唾は飲み込めない」

「飲み込むつもりもないですよ」

 

 二大猟団に亀裂ができたとはいえ、それはまだま小さいものである。あれだけ肥大化した猟団を崩すには蛮勇を振りかざすものや使命感に駆られる者だけが離反するだけでは足りず、もっと根本的な部分から突き崩す必要があった。

 

「とりあえず、これからのことまた考えなければいけませんね」

「明日にしておこう……折角の休みだろう?」

「そうですね」

 

 今すぐにでも猟団運営に走りそうなジークだったが、ベレシスのゆったりとした言葉に動きを止めて苦笑いを浮かべた。今の休みが終われば次からはもう狩人祭に向けて止まることなく突き進みことになり、今のようにゆっくりとした休みも取れなくなる。ウィルもそれがいいと言わんばかりに大きく頷いてから、ジークの隣に座った。

 

 


 

 

「と、言う訳で相手の戦力は大体半分の半分……四分の一ぐらいは離反したことになる」

「思ったより多く離反したな」

 

 翌日、猟団部屋に集まっていた『ラグナロク』の主力メンバーとなる凄腕ハンターたちは、ジークとウィルからの説明にそれぞれ違った反応を見せていた。バアルは興味深そうに頷き、ネルバは今までの行為がようやく実を結んだことに目尻から涙が溢れそうになり、ベレシスは不敵に笑っていた。

 

「四分の一が離反したとはいえ、相手はメゼポルタを牛耳っている巨大な同盟であることには変わりありません。幸いなことに、狩人祭のシステムの関係でどれだけ傘下が多くても相手にするのは親である『プレアデス』と『円卓』です」

「え? じゃあ離反しても意味ないんじゃ」

「狩人祭の勝敗にはあんまり意味はないな」

 

 ウィルの説明に真っ先に声を上げたのは『ニーベルング』で凄腕ハンターへと昇格したダルクだった。ウィルの説明通りならば傘下の同盟が離脱したところで二大猟団が率いる同盟との勝負にはなんの影響もない。

 

「勝って終わりな訳じゃない。これは俺たちを認めさせる戦いだ」

「そうですね……離反したということは、それだけ私たちのやりかたを支持する者が増えるということ。一概に離反した同盟全てがと言う訳ではありませんがね」

 

 アキレス、パイモンの補足を聞いて一応の納得を見せたダルクは、ジークとウィルに続きを促した。

 

「現状『ラグナロク』で活動している凄腕ハンターは四十人程度だ。狩人祭の大体の相手が上位個体であることを考えれば十分な戦力だが、向こうは百八十人ほぼ全てが凄腕ハンターで構成されている関係上、数で勝つのはほぼ不可能だ」

 

 凄腕ハンターの全員がトップであるエインやセティのように化物みたいな実力をしている訳ではないが、凄腕ハンターとして活動できる者は上位個体に後れを取ることは無い。そうなれば数で不利な状況である『ラグナロク』はやはり勝つことが難しいだろう。

 

「だから、功績で効率よく狙っていく」

「功績?」

「あぁ……狩人祭は繁殖期に増えるモンスターを狩る為のものだが、やっぱり厄介なモンスターだったり、数の多いモンスターを狩ればギルドの心証もいい」

 

 狩人祭の最中、モンスターの狩猟、討伐、捕獲及び卵の運搬などをすればそれに応じた「魂」と呼ばれるアイテムが貰える。それを一番多く集めた者が狩人祭での頂点になる。あくまでも狩人祭は蒼竜組と紅竜組の二つに分かれて行うものであり、仮に『ラグナロク』が一番多く入魂しても一人勝ちになることはないが、勝利した組にも貢献度というものが当然ある。それの頂点を狙えば、自ずと二つの同盟を打ち破ることができる。入魂するために必要な「魂」というアイテムが、事前に狩猟するモンスターの種類ごとに決まっているのだ。貰える「魂」が多く設定されたモンスターは、その狩人祭中に大量発生することが予見されているモンスターであり、討伐すればするほどギルドへの貢献度が高まるモンスターなのだ。

 

「今回俺たちが狙っていくモンスターはこれくらいだ」

 

 狩人祭への参加登録を行った際に、同盟や猟団の長は設定された「魂」の数を見ることができる。それをまとめ、狙いを定めたモンスターを抽出した資料をジークは全員に見えるように猟団部屋の壁に貼り付けた。

 

「基本的な狙い目はやっぱりリオレウスとリオレイアだ。繁殖期は若いリオレウスが多いし、リオレイアも気が立っているから依頼も多い」

「基本中の基本だが、変種なら効率も悪くない」

 

 狩人祭でいつも討伐対象としてあげられるのがリオレウスとリオレイアの夫婦である。ジークが言った通り、繁殖期には若いリオス科の夫婦が多く、リオス科の夫婦が住まう地域の周辺は危険な状態になるので討伐依頼が多くなる。

 

「あとはディアブロスの亜種とヒプノック繁殖期……亜種だな」

黒角竜(こっかくりゅう)ディアブロス亜種と蒼眠鳥(そうみんちょう)ヒプノック繁殖期……どっちも繁殖期にしか現れない」

 

 次にジークが上げたディアブロス亜種とヒプノック繁殖期は、どちらも繁殖期になったことで体色が変化した姿である。ディアブロス亜種は繁殖期の雌が変色し、ヒプノックは求愛行動の為に雌雄関係なく体毛の色が変化する。どちらも繁殖期の時期にしか現れることはないが、繁殖期のために気性が極端に荒くなっている時期でもあるために討伐依頼が多く出される。

 

「他には?」

「他は……フルフルが今年は多いみたいだな」

「フルフルかぁ……雪山か沼地ですよね……嫌だなぁ」

 

 繁殖期に多くなるモンスターはリオス科の飛竜種やディアブロス亜種とヒプノック繁殖期以外には、年毎に違ってくる。今年の繁殖期は雪山を中心にフルフルが多く出現する傾向にあるとギルドは判断し、既に多くの依頼の準備をしていた。

 

「最後なんだが……これは俺たち凄腕ハンターが相手しなきゃいけないな」

「最後は……アクラ・ヴァシム?」

「確かに厄介だな」

 

 ジークが最後に指を差した資料には尾晶蠍(びしょうかつ)アクラ・ヴァシムの姿があった。大発生期と大衰退期を繰り返す奇妙な姿をしている大型甲殻種のモンスターである。セクメーア砂漠を中心に生息を確認されているが、その凶暴性は同じ甲殻種の大型モンスターである火山の将軍、鎌蟹(かまがに)ショウグンギザミを遥かに超え、常に獲物をつけ狙うような生態故に高い危険度を誇るメゼポルタにしか狩猟許可の出ていないモンスター。近年になってから大発生期に入ったことが王立古生物書士隊によって公式に発表されたことで狩猟対象になったモンスターだが、やはり大発生期に入った影響なのか繁殖期にはかなりの数のアクラ・ヴァシムが狩猟対象に指定されるのだがその危険性は高く、上位個体相当であってもメゼポルタギルドは可能な限り凄腕ハンターに討伐を依頼している。

 

「メインで狙っていくモンスターはこんなもんだな」

「リオレウス、リオレイア、ディアブロス亜種、ヒプノック繁殖期、フルフル、アクラ・ヴァシム。面倒なのが何種類かいるが、大きな問題はないだろう」

 

 その場にいる『ラグナロク』の凄腕ハンターたちはバアルの強気な発言に頷いた。元々、狩人祭で二つの同盟を引きずり落とす為に『ラグナロク』に入ったハンターが多い。今更面倒なモンスターがいるからといって怖気づく様なハンターなどこの場にはいなかった。

 

「各自パーティーを組みながら目標のモンスターを狩る。上位のクエストに向かう時は同盟内の上位ハンターを二人程度連れて行ってくれ。勿論、三人連れて行って一人で面倒見れるならそれが理想的ではある。そこは自由にしてくれ」

「それでは今回の集会はこれで終わりです。各々、自分が狩ると決めたモンスターに対する準備は怠らないようにお願いします」

 

 狩人祭の間はなるべく多くのクエストをこなすために、メゼポルタ広場に帰ってくることなくドンドルマに仮拠点を置くハンターも多い。狩人祭が始まればこのように集会することもできなくなることを知っていたジークは、これが狩人祭前最後の集会であることを事前に通達していた。

 

「……ようやく戦争が始まったな」

「物騒なこと言わないでくださいよ……」

「でも、実際戦争ですよ?」

 

 ジークの呟きに嫌そうな顔をしたウィルだったが、ダルクは首を傾げながら二つの同盟に喧嘩を売る行為は既に戦争なのだと言っていた。ウィルも自分たちがやろうとしていることが革命というよりも戦争になっていることは理解していたが、ハンター同士で戦争など考えたくもなかった。

 

「そう気にするな。これが終わればメゼポルタだってもう少し生きやすくなる」

「……そうなるといいですね」

 

 近年、モンスターの危険度や『プレアデス』と『円卓』の亀裂によって人手不足が加速しているメゼポルタだが、ジークたち『ラグナロク』がその絶対性を崩せば、多くの猟団が大きな同盟の傘下にならずに生まれ、新米ハンターがゆっくりと育つことができる環境も出来上がるだろう。将来的なメゼポルタのことを考えるのならば、やはりメゼポルタ全てを支配しかねない大きな猟団など必要無いのだ。

 

「ま、勝った後のことを今から考えてもしょうがない。俺たちはできることをやるだけだ」

「その通りだな!」

「うるさい……もう少し声抑えて!」

 

 ジークの言葉に豪快に笑いながら同意したアキレスに対して、ダルクはいつも通り噛みつく様な言動をしていた。普段通りの猟団風景に目を細めたジークだが、椅子に座ったまま思い詰めた様な表情をしているティナに視線が向いた。

 

「……大丈夫か?」

「え? あ、あー……大丈夫です」

「そうは見えないけどな……姉のことか?」

「っ……はい」

 

 ため息を吐きながらティナの横に座ったジークは、何気なくティナの悩んでいることに触れた。ティナが思い詰めたような表情をしている理由などジークには最初から理解できていたのだ。ジークとベレシスが宣戦布告をした時、姉であるセティに冷たく突き放されたティナは、自分がメゼポルタでハンターをしていることが正しいのかどうかわからなくなっていた。

 

「姉は……お姉ちゃんはいつも私に優しかった。なのにあんな風に言うなんて……」

「……そうだな」

 

 実を言うと、ジークはティナの姉であるセティが何を思って妹を冷たく突き放したのかなどわかり切っていた。ジークはセティがティナに向けていた視線に含まれる熱を、ハンターとして活動している中で何回も見たことがあったのだ。しかし、今の段階でジークがそれを伝えていては意味がない。自分で気が付くか、相手が素直になるしか方法はない。

 

「ティナは姉を見返したいとかは思わないんだよな」

「そうですね……私は、ただお姉ちゃんが心配だっただけで……」

「……そうか」

 

 ジークは特に中身もない言葉をティナに投げかけていた。今のティナに必要なのは慰めの言葉でも姉の真意である答えを示すことでもなく、ただ自分の考えを整理する時間だった。

 

「すみません……こんなこと聞いてもらっちゃって」

「いいさ。どうせすぐに時間がなくなる」

 

 ティナがどれだけ思い悩もうが時間は待ってはくれない。狩人祭が始まってしまえば、ティナは『ラグナロク』の主力団員として各地に赴いてモンスターの狩猟することになる。

 

「悩み過ぎるなよ……答えは自分の近いところにあるかもしれないしな」

「そうします」

 

 立ち上がってひらひらと手を振りながら去っていくジークに、ティナは苦笑いを浮かべていた。性格通りに交友関係もさっぱりしているところがあるジークだが、面倒見の良さも性格通りと言える。ティナは彼が自分の悩みに対する答えを持っていることを薄々気が付きながら聞くことが無かった。

 

 


 

 

 登録祭が終わってすぐに入魂祭が始まろうとしている中、ジークは自身の装備を点検しながら猟団部屋で寛いでいた。変に緊張しても特に意味はなく、始まってしまえばひたすらモンスターを狩るだけだと軽めに考えているジークに対して、対面に座るダルクはカチコチに身体が固まっていた。

 

「……どうしたんだ?」

「い、いやー……その……ジークさんについていきたいなぁって」

 

 全身で緊張しているダルクは、机の上に置いてあるアクラ・ヴァシム変種の討伐依頼をちらちらと見ていた。アクラ・ヴァシム変種の討伐依頼書はジークが持ってきたものではなく、ベレシスが面白半分に置いていった者だが、それを目敏く見ていたダルクはジークに突撃していたのだ。

 

「確かにアクラ・ヴァシムの変種ともなれば狩人祭にはいいスタートダッシュになると思うが、本気で受ける気か?」

「はい!」

 

 ジークはアクラ・ヴァシム変種の討伐にあまり乗り気ではなかった。なにせ今まで出会ったのことのない初見のモンスターなのだ。それの変種をいきなり狩れと言われてもジークとしても厳しいと言わざるを得ない。しかもこの依頼書には続きがあり、それの部分が余計に簡単に承諾することを躊躇わせていた。

 

「……変種特異個体だぞ?」

「わ、わかってます!」

「初めての特異個体が変種でいいのか……」

「じ、ジークさんだってリオレウス奇種じゃないですか」

 

 依頼書の最後の一文には、アクラ・ヴァシム変種は特異個体と思われると記されていた。初見モンスターの変種個体の更に特異個体となれば行きたくないと考えるのも当然である。しかも狩人祭は序盤であり、急いで「魂」を集める必要もない。

 

「うぅ……ジークさんと一緒に狩りに行きたいんですぅ……」

「はぁ……わかったよ。メンバー集めとくから」

「いいんですかッ!? ありがとうございます!」

 

 目に見えて落ち込むダルクを見て、ジークは大きなため息を吐きながらもアクラ・ヴァシム変種特異個体の討伐依頼を引き受けることにした。普段から慕ってくれている仲間の期待には応えたいと考えて受けることを決めたジークだが、依頼書をもう一度読んでから大きくため息を吐いた。

 

「バアルさんもベレシスさんも狩人祭のためにドンドルマに行ったし、ネルバさんもスロアさんと上位ハンター引き連れて行くって言ってたし……誰がいるかなぁ……」

 

 狩人祭が始まった瞬間にクエストを受けられるように、主力メンバーの大半は既にメゼポルタ広場を離れていた。フラヒヤ山脈に狩りに行くハンターたちは近くのポッケ村へ、峡谷、テロス密林に狩りに行くハンターはジャンボ村へ、シルクォーレの森とシルトン丘陵に狩りに行くハンターはミナガルデへ、ラティオ活火山、クルプティオス湿地帯、セクメーア砂漠に狩りに行くハンターはドンドルマに向かっていた。メゼポルタ広場に残っているのはバテュバトム樹海を中心に狩りを進めようとするハンターと、猟団の運営や狩人祭の手続きなどで未だに狩りの準備が終わっていないジークと、それを待っていたダルクのようなハンターだけである。

 

「……ん? フルトさん?」

「あ、ジーク君……まだメゼポルタにいたんだね」

 

 頭を捻って残っているハンターを思い返していたジークは、猟団部屋に入ってきたハンターを見て、声をかけた。フルトは『ロームルス』に所属している寒冷期の間に昇格した凄腕ハンターの一人だった。狩猟笛をメインで扱う珍しいハンターだが、狩猟のセンスはピカイチの青年である。欠点を言えば少し臆病で人目を気にしがちなところがある程度だ。

 

「フルトさんは何か用事があったんですか?」

「い、いやー……そんなことはないんだけどね……僕は、その……人を誘うのが苦手、だから」

「あぁ……なるほど」

 

 凄腕ハンターは基本的に上位ハンターを連れて狩りに赴くのが『ラグナロク』の狩人祭での方針だが、人見知りで前に出ることが苦手なフルトとしては、年下の上位ハンターたちを誘うのが難しかったのだろう。

 

「丁度いいですね。一緒に狩りに行きませんか? アクラ・ヴァシムなんですが」

「う、うん……僕はアクラ・ヴァシムの狩猟経験があるから、なんとか役に立てると思う」

「ありがとうございます」

 

 なんとか人員を確保できたことに安堵の息を吐いたジークだが、なんとなく変種特異個体であることを伏せて伝えてしまったため少しの罪悪感があった。

 

「ふーん……変種特異個体」

「……ヴィネアさんはいつからいたんですか?」

「最初から」

 

 ジークがフルトに対する罪悪感で目を逸らした先で、ヴィネアが依頼書を片手に椅子に座っていた。ヴィネアがメゼポルタに残っていることはジークも知っていたが、まさか猟団部屋で休憩しているなど考えていもいなかった。しかし、面倒くさがり屋であるヴィネアがそんな簡単に狩りに行くはずもないことを考えればすぐにわかることではある。

 

「へ、変種特異個体……無理です無理です!」

「い、いけますよ!」

 

 既にダルクと約束して了承してしまったジークは引き下がることができずに、フルトに詰め寄った。まだ凄腕ハンターになって日が浅いフルトが、アクラ・ヴァシムのような危険なモンスターの変種特異個体を怖がるのはジークも理解できた。しかし、既にほとんどの凄腕ハンターがメゼポルタを出ていることを考えると、フルトを諦めて他のハンターをというのは考えにくかった。

 

「……うん。アクラ・ヴァシム程度なら変種特異個体でも大丈夫」

「そ、それはヴィネアさんだからですよぉ!」

「大丈夫ですよ。四人で行くんですから!」

「当然だよぉ!」

 

 はっきりと言えば軟弱な男であるフルトだが、ジークは彼を連れていかない選択肢が既にないので必死だった。凄腕ハンターの人数が足りないというのもあるが、フルトはその気弱さからは考えられないほどのセンスがあった。通常扱うのが難しいとされる狩猟笛を手足のように自在に動かすフルトのセンスは、全ての種類の武器を扱えるジークも驚愕するほどなのである。

 狩猟笛はその名の通り狩猟するための笛である。ハンマーよりも大きな鈍器として形作られた武器でありながら、空気を通す穴と音を響かせる空洞を作り出し、振り回す時に発生した風が穴を通ることによって特異な音色を響かせる。モンスターの素材によって生み出せる音は様々だが、狩人を鼓舞する旋律であることが共通している。ここまで聞くと仲間を鼓舞し、ハンマーと同じようにモンスターを叩くことができ、戦力にもなる強力な武器に聞こえるが、問題はその狩猟笛をまともに扱うことができるハンターが少ないという現実である。武器として振り回すだけなら誰にでもできるが、正しく音色を奏でる為には狩猟笛を振るタイミングや角度、力の調整や風の入る量の調節、ハンターを鼓舞する為に正しい楽譜に沿った旋律の順番に、武器ごとの穴に風を通してなる音の違い。大型モンスターとの狩猟との激しい攻防戦の中で並行して安定した旋律を奏でることができるハンターは殆どいない。加えて、楽器という特性上どうしてもハンマーよりも柄が長くなってしまうことで鈍器としても威力を出すのに力がいり、まともな思考をしているハンターならばまず選ばない武器種と言われている。

 

「フルトの狩猟笛を扱う技術がどうしても必要なんだ!」

「そ、それは嬉しいけど……」

 

 気弱な性格であまり自己主張をしないフルトだが、狩猟笛使うとしての誇りと自負はある程度は存在している。

 火力を重視するハンターからはあまり好く思われていないことがある狩猟笛だが、ジークはパーティーに一人いるだけでまるで環境が違うことを理解していた。

 

「ジークさん準備できました!」

「早すぎないかっ!?」

「久しぶりにジークさんと狩りに行けるんです! 張り切っちゃいますよ!」

 

 明らかに張り切った様子のダルクの登場に、フルトは既に断り切れない状況になっていることを理解してしまった。

 

「だ、大丈夫だ! アクラ・ヴァシム変種の特異個体を倒したらこれ以降はそんな強力なモンスターと戦うことは無いから」

「本当ですか!?」

「…………た、多分」

「やっぱりだめだぁっ!?」

 

 当然、ジークはモンスターの動きや生態を全て把握している訳ではないので、フルトの悲痛な声に対して断言して頷くことができなかった。ハンターとしては当たり前のことなのだが、まだ凄腕ハンターになったばかりのフルトとしては絶望的な言葉だった。

 

「大丈夫ですよフルトさん。普通の変種程度ならば死ぬことはありません!」

「そんなことないよ! 僕は凄腕昇格試験で大変な思いしたんだから!」

「あー……」

 

 フルトなどの『ロームルス』に所属している上位ハンターたちが凄腕昇格試験に選ばれた相手がグラビモスの奇種であったことを聞いていたジークは、フルトの切実な声になんとなく頷いてしまっていた。黒鎧竜(くろよろいりゅう)グラビモスの亜種の変種個体相当であるグラビモス奇種を想像して、ジークは苦笑い浮かべた。上位個体のグラビモスと戦ったジークとしても、あれの亜種の変種ともなればトラウマものだろうなと考えていた。

 

「大丈夫ですよ。私もリオレイア奇種でしたけどなんとかなりましたから。というかなんとかなったから今生きてるんですよね?」

「生きてる……うん、なんとか生きてる」

 

 ダルクのいうリオレイア奇種とは、桜火竜(おうかりゅう)と呼ばれるリオレイアの亜種、その変種相当である。凄腕昇格試験ともなれば誰もが危険なモンスターを狩猟しているハンターたちだが、フルトはその昇格試験の相手が恐ろしくしょうがなかった。それ以降変種モンスターを一度も狩猟していないフルトは、アクラ・ヴァシムの狩猟などいきたくなかった。何か一人で納得したように頷くヴィネアは、絶望したように項垂れるフルトを気にすることなく、珍しく高揚感を覚えていた。




ここから大体十話ぐらいは狩人祭の話で、シーズン10がようやく終わります
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。