狩人の頂 作:ばるむんく
「なんでこんなことに……」
「まぁまぁ、なんとかなりますよ!」
広いセクメーア砂漠を歩くハンターたちの一人であるフルトは、大きなため息を吐いていた。まさか同盟の長であるジークに誘われてアクラ・ヴァシムの変種特異個体を狩らされることになるなど全く想像していなかったフルトは、今から出会うであろう強力なモンスターを思い浮かべてげんなりとしていた。フルトの暗い雰囲気とは反対に、ダルクはジークとともに狩りにでられることが嬉しくて仕方がなかった。凄腕ハンターとしての経歴は殆ど変わらないフルトとダルクだが、二人のテンションは全くの反対だった。
「アクラ・ヴァシム、広い場所にいる」
「そうなんですか?」
「身体に結晶を纏ったモンスター。尻尾の先に大きなのを付けてて、それだけ表に出して捕食してる」
尾の水晶で獲物を引き寄せてその相手を捕食する。生物としてはとても合理的な捕食の仕方だが、そこら辺の生物と違うのはアクラ・ヴァシム自体が強力な生物であるため、獲物が誘引されることがなくとも自分で狩りができるという点である。
「アクラ・ヴァシム、砂漠中心の砂の下に陣取ってることが多い。暑いのがそこまで得意じゃないから夜にしかいないみたい」
「へぇ……甲殻種らしいと言えば甲殻種らしいか」
砂の下に身体を埋めて水晶の先だけで獲物を誘引して捕食する。故にセクメーア砂漠で取れる素材を扱ったり、セクメーア砂漠を横断する様な商人たちの間には「地より出ずる水晶には近づくな」という教訓が存在している。これは安易に目先の利益に飛びついてしまうと後悔することになるという言葉で商人たちが使っているが、最初はアクラ・ヴァシムを指している言葉だったのだろう。大衰退期と大繁殖期を繰り返すアクラ・ヴァシムの生態を考えれば、過去の商人が残した警告が別に意味に捉えられることになる理由もわかる。
「アクラ・ヴァシムの出す体液に当たるのはだめ。あれは受けると身体が動かなくなる」
「麻痺毒ですか?」
「違う。体液がすぐに固まる」
尻尾の先端から放たれるアクラ・ヴァシムの体液は空気と反応して即座に個体へと変質する。身体に浴びると関節どころか身体全体が結晶に覆われて動くこともできなくなり、そこをアクラ・ヴァシムは狙ってくる。水晶に近づいてきた獲物を拘束するために体液を噴射して動きを制限することもあるが、外敵に対して噴射することで動きを阻害して反撃の手段にも扱う。
「因みに、アクラ・ヴァシムの体液と血液は目まぐるしく色を変える」
「色が変わる?」
「そう。黄色の体液だったり、蒼色の体液だったりする。死ぬと体液の色変化が止まって、珍しい色だと高値でギルドが引き取ってくれる。染色に使いやすいみたい……変幻って言われる理由は体液が変わるから」
ジークはヴィネアの語るアクラ・ヴァシムの生態に感心していた。アクラ・ヴァシムの特異な生態にも驚いていたが、ハンター業にあまり積極的ではないヴィネアがモンスターの生態に詳しいことにジークは驚いていた。ジークよりも長くメゼポルタでハンターをやっているからなのか、アクラ・ヴァシムにだけ興味があるのかはジークにもわからないが、これほどまでに生態を知っているハンターがいるならこの狩りも勝機はあるだろうと考えた。
「……いつまでやってんだ?」
「だってフルトさんがいじいじしてるから……私は楽しみなんですよ?」
ヴィネアの語りを聞いていたジークだったが、後ろから聞こえてきた大きなため息の音に苦笑を浮かべながら振り返った。予想通り、絶望したようなフルトと元気にフルトを励まそうとしているダルクの姿があり、そろそろアクラ・ヴァシムも出てきそうな場所にやってきているのにいつまでもため息を吐いていることに半分呆れていた。
「僕、役に立てるかな……」
「大丈夫ですよ。俺とヴィネアさんで頑張るんで」
剛種パリアプリアの素材で作られた大剣である「ドドン・ジェノサイド」を掲げながら笑うジークの横で、幻雷槌【雷電】に手をかけたヴィネアの視線の先には、砂漠のど真ん中にある不自然なほど大きな青い水晶があった。ヴィネアの雰囲気が変わったことを理解したジークは、すぐに振り返って淡く輝く水晶へと目を向けた。
「もしかしてあれが……」
「アクラ・ヴァシムの尻尾……やっぱり砂漠の中心にあった」
砂漠のど真ん中に水晶があっても大体の生物は近づいてこないはずだが、怪しい水晶は全く動くことなくその場に堂々と存在していた。水晶に頼らなくても獲物を仕留めることができる自信の表れなのか、そもそも狩りをする気などなく身体を隠しているだけなのか判断がつかないほど、怪しくもありながら揺るがない水晶は、確かに何も知らない人間が見れば美しいと感じるほどの精巧さだった。
「私が様子見で水晶を叩く」
「え? 危なくないですか?」
「アクラ・ヴァシムの水晶はまず切れない。貴方の剣でも」
剛種の素材で作られているだけあり、ドドン・ジェノサイドもかなりの切れ味を持っている。しかし、アクラ・ヴァシムの水晶には傷が少し付く程度であろうとヴィネアは予想していた。凄腕ハンターとしての歴がジークよりも長く、アクラ・ヴァシムとの戦闘経験悪あるヴィネアの言葉にジークは頷いた。
「フルトさん」
「うん……わかってる」
アクラ・ヴァシム変種特異個体と戦うことをまだ恐れているが、凄腕ハンターまで昇格した実力は確かな物であり、狩猟対象であるアクラ・ヴァシムを見つけた瞬間に目の色が変わって既に狩猟笛を手にしていた。
「すごい……こんな綺麗な狩猟笛の音、聞いたことないです」
「そうだな……俺も初めてだ」
フルトの奏でる狩猟笛の音色にダルクとジークは聞き入っていた。岩竜の素材から生み出されたとは思えないほど透き通るような音色を響かせるフルトの腕に、ジークはどうやっても自分ではこんな音は出せないと感じていた。
「ありがと。みんな危険だから下がってて」
狩猟笛の演奏が終わるのを待っていたヴィネアは、フルトの奏でた音にアクラ・ヴァシムの尻尾が少し反応していたことに気が付いていた。アクラ・ヴァシムも近くに狩るべき獲物がいることを把握しながらも、水晶に反応することを待っているのだ。ヴィネアはそれを知りながら幻雷槌【雷電】構え、水晶に向かって振り下ろした。水晶を叩き割るような音が響くと同時に、水晶の根元から黒い尻尾が飛び出し、先についている結晶を振り回して尻尾を攻撃した外敵を追い払うように、尻尾をしならせてハンマーのように扱っていた。水晶にハンマーを振り下ろしてから即座に後退したため、ヴィネアはアクラ・ヴァシムの攻撃に巻き込まれることがなかった。
「こ、これがアクラ・ヴァシム……」
「……思ってたよりでかいな」
水晶と尻尾が地面の中に引っ込んだかと思えば、砂の中から本体が姿を現した。光沢のある黒い甲殻と二つの大きな鋏。金色の体毛を揺らしながら赤い四つの目でハンターを睨みつけるその姿は「砂漠の悪魔」と称されるアクラ・ヴァシムに違いなかった。
「来る」
ほんの少しの間睨み合った両者、先に動き出したのはアクラ・ヴァシムだった。通常のモンスターのように咆哮威嚇する様なこともなく、淡々と大きな爪を右の爪を振り下ろした。爪を振り下ろしただけで巨大な砂塵が巻き上がる中、丁度良く巻き上げられた砂塵に隠れながらヴィネアは素早く距離を詰めて左の爪にこびりついている結晶へとハンマーを当てた。
「行くぞ!」
「はい!」
不意の一撃で爪に付着していた結晶の一部が欠けたのを見送りながら、ヴィネアは冷静にアクラ・ヴァシムの太い尻尾をしゃがみ込んで避けた。アクラ・ヴァシムの攻撃からヴィネアの反撃までの速度に驚きながらも、ジークはいつでも大剣を抜けるように手を伸ばしながらダルクと共に走り出す。変種特異個体ともなれば放たれる殺気は尋常ではなくジークも冷や汗を流していたが、そんなもを全く気にせずに突っ込んでいったヴィネアの存在が逆にジークを冷静にさせていた。
「やぁっ!」
大剣を背負うジークよりも先に飛び出したのは、双剣を背負うダルクだった。
「か、硬いっ!?」
ザザミシザーが弾かれることは無かったがアクラ・ヴァシムの肉を断つほど深く斬ることもできず、切り口からも薄い紫色の体液が少し流れる程度だった。しかし、アクラ・ヴァシムは少しの攻撃すらも許す気などなく、攻撃してきたダルクの方へと赤い目を向けてもう片方の爪を振り上げた。
「ダルク!」
「任せて」
素早く後退しようとしたダルクだったが、アクラ・ヴァシムはハンターの動きに合わせて横に素早く移動してダルクに追いついた状態で爪を振り下ろした。避けることができないと悟ったダルクは双剣を交差させて身体への直撃を防ごうとしたが、間に入ったヴィネアのハンマーによって助けられた。
「はぁっ!」
ダルクがハンマーを思い切り振り上げて爪の威力を相殺すると同時に、ジークが大剣をアクラ・ヴァシムの胴体に振り下ろした。金属音と共にジークはアクラ・ヴァシムの甲殻の硬さに顔を顰めた。まともに傷の入らないその硬さに対処法を考えようとしたジークだが、アクラ・ヴァシムが二人のハンターの攻撃を受けたことで獲物を狩る動きから外敵を撃退する動きに変わった。そのことにいち早く気が付いたヴィネアは、尻尾の動きを見ていた。つい先程までは獲物を仕留める為に振り回していた尻尾の先が、ハンターに狙いを定めて止まっていた。
「下がって!」
「っ!?」
普段のヴィネアからは考えられない大きな声を聞いて、ジークとダルクは反射的に後ろに飛んだ。一瞬の間を置いて、ヴィネアが爪を振り払ってから頭へとハンマー叩き込んでから離脱する。同時に、アクラ・ヴァシムの尻尾の先にある水晶がヴィネアに狙いをつけて、透明な液体を噴射した。
「くっ!?」
「これが……アクラ・ヴァシムの体液か」
右左に動きながらなんとか噴射された液体を避けたヴィネアは、なんとか難を逃れたが、体液が噴射された砂漠の地面には既に小さな結晶が沢山できあがっていた。空気と反応して即座に固まる性質の体液を噴射したということは、アクラ・ヴァシムはジークたちをただ黙って狩られる獲物ではないのだと認識したという事実にほかならない。赤い瞳をぎょろぎょろと動かしながら三方向に別れたハンターを観察していたアクラ・ヴァシムは、唐突にジークの方へと向かって走り出した。
「俺のところか……来るならこい」
「ぼ、僕も援護します」
最初の攻防を後ろで見ていただけのフルトが、いつの間にかジークの背後に近寄っていた。変種モンスターが恐ろしいと思っていても、フルトは凄腕ハンターなのだ。
「頼みます!」
狩猟笛使いに背後を守ってもらえると聞いたジークは、接近してくるアクラ・ヴァシムに対して強気に前進した。ヴィネアから聞いたアクラ・ヴァシムの特徴から考えて、最も警戒すべき攻撃は尻尾の先から放たれる相手を結晶で動けなくさせる体液だけである。一振りで砂漠を揺るがす爪の威力なども侮れるものではないが、それも体液の束縛効果があればこその産物。体液の危険性さえなければ並みのモンスターと変わらないと判断したジークは、アクラ・ヴァシムに強きに攻め込んだ。
「私たちも!」
「黙ってる訳ない」
ジークの大剣がアクラ・ヴァシムの爪とぶつかる前に、ダルクとヴィネアが両方向から接近した。ジークが左の爪を抑えている間に、ヴィネアが右の爪を上からハンマーで叩きつけた。爪の上に付着していた結晶が一部剥がれ、同時にアクラ・ヴァシムが尻尾のヴィネアに向かって叩きつけるように動かす。ダルクは尻尾が右側に移動した隙に左斜め後ろ方向から近づいて尻尾の根元に双剣を突き立てた。
「硬い、けどッ!」
ハンターの扱う武器の中で、双剣という武器の最も優れている部分は圧倒的な手数の多さである。武器に宿る属性の強さは片手剣には及ばず、斬撃の威力ならば太刀の方が明らかに強い。リーチは武器の中でも最も短く、一撃の重さもハンマーと比べてると一目瞭然の差である。それでも双剣が多くのハンターに利用される理由は、その身軽さと手数の多さをもって時にモンスターを圧倒することができるからである。加えて、双剣には鬼人化と呼ばれる特殊な集中状態で気力を開放することができる。具体的な理論は全く不明で、双剣を打ち鳴らすことで気分を高揚させているという説や、双剣を持っている時の独特なリズム感での特殊な呼吸によって能力が上昇しているという説などあるが真偽は定かではない。確信を持って言えることがあるとすれば、鬼人化状態の双剣つかいの火力は普段の倍以上に膨れ上がるということのみである。
「はぁぁぁぁっ!」
一撃ではアクラ・ヴァシムの甲殻に小さな傷しか与えられない双剣だが、鬼人化したダルクは恐ろしいほどの気迫で目にも止まらなぬ斬撃を繰り出し続けていた。一回で小さな傷ならば十回なら百回なら、アクラ・ヴァシムの甲殻を切り裂けるのか。その答えはアクラ・ヴァシムすらも知らない。故にアクラ・ヴァシムは、この場で最も危険なのは自分の尻尾の付け根を攻撃している女だと即座に判断した。
「まだまだッ!」
アクラ・ヴァシムの目が自分の方へと向いていることに気が付きながらも、ダルクは双剣を振り続けていた。既に尻尾付け根の甲殻はボロボロに破壊されていたが、ダルクの手は止まることはない。アクラ・ヴァシムはダルクを攻撃するために右の爪を持ち上げようとしたが、ヴィネアがそれを受けから叩くことで抑え込み、左の爪を動かす前にジークが大剣を振り下ろした。
「フルトさん!」
「うん!」
両方の爪が封じられた状況で、アクラ・ヴァシムは身体全体を使って密接しているハンター全てを弾き飛ばす為に脚に力を入れた。それを感じ取ったジークは、全体重を乗せて爪を抑えている状態のまま後ろにいたフルトの名前を呼んだ。ジークの背後で笛を揺らして音を奏でていたフルトは、ジークの叫びに反応してアクラ・ヴァシムへと一気に距離を詰め、クレイターロックを頭に叩き込んだ。狩猟笛はハンマーと同じように相手に打撃を与える武器であり、その衝撃によって頭に付着させていた結晶が一部割れた。しかし、アクラ・ヴァシムはフルトの一撃を受けても動きを止めることなく、尻尾を起点にしてその場で身体を回転させた。
「くっ!?」
「うわぁっ!?」
爪を抑えていたジークとヴィネア、頭をこうげきするために張り付いていたフルト、そして鬼人化していた影響で反応しきれなかったダルク。全員がアクラ・ヴァシムの攻撃を受けて四方に吹き飛ばされた。爪と頭の結晶を一部剥がされたことに怒りを見せるアクラ・ヴァシムは、後ろ方向に飛んでいったダルクの方へと身体を向けて尻尾の先から体液を噴射した。
「きゃっ!? このっ!」
鬼人化の影響で全身が悲鳴をあげるように身体が軋んでいるダルクは、間一髪で一度目の体液を避けたが、再び放たれた体液に左足を取られた。足にかかった体液が急速に固まっていく中、ダルクが動きを制限されたことを察したアクラ・ヴァシムは素早い動きでダルクの方へと接近していった。
「ダルク!」
「あわわわ」
ダルクとは反対方向に飛ばされた三人のハンターは、仲間に危険が及んでいる中でも必死に走ることしかできなかった。フルトは完全に動転していてまともに狩りができる状態ではなく、ジークとヴィネアが全速力で走っていたが、それよりも早くアクラ・ヴァシムの爪がダルクに振るわれる。なんとか双剣で爪の直撃を防ごうとしたダルクだが、アクラ・ヴァシムの攻撃は一撃で砂漠の地面を揺らして抉るような威力であり、双剣を重ねて受け止めたところで止まるものではなかった。防御した双剣ごと身体にめり込んでいく爪を感じながら、ダルクは紙屑のように横に吹き飛ばされていく。斬撃の通りが悪いことを察していたジークが進路を変更してダルクを助けに行き、打撃の通りがいいことを知っていたヴィネアはアクラ・ヴァシムの足を止める為にダルクとアクラ・ヴァシムの間に立ち塞がった。
「しっかりしろダルクっ!」
「げほっ……だ、大丈夫、です……」
装備の脇腹部分が大きく破損している代わりに、ダルクの肉体には衝撃しか伝わっていなかった。ダルクはアクラ・ヴァシムの攻撃を受ける際に、双剣を重ねて防御すると同時に爪が向かってくる方向とは反対に向かって飛んでいた。その程度ではアクラ・ヴァシムの攻撃の前には殆ど変わらないが、致命傷にはならずに済んだ理由の一つではあった。
ダルクはジークから手渡された秘薬を口にしながら、ゆっくりと身体を起き上がらせた。
「だ、大丈夫なの?」
「なんとか、まだ行けます……ジークさんは、ヴィネアさんの援護を」
「わかってる。フルトさん、お願いします」
吹き飛ばされた双剣を回収しながら近寄ってきたフルトにダルクのことを任せて、アクラ・ヴァシム相手に一人で戦っているヴィネアの元に走った。
足を体液に取られただけであそこまでの攻撃を受けるモンスターであることを理解したジークは、アクラ・ヴァシムに対する警戒度を上げながら急速に接近していった。ヴィネアはハンマーでアクラ・ヴァシムの身体に付着している結晶を剥がしたいらしく、先程から爪と頭を中心にハンマーを振るっていた。
「ヴィネアさん!」
「っ! 任せる」
ジークが声を上げるのと同時に、ヴィネアは丁度アクラ・ヴァシムの左爪に付着していた結晶を全て叩き割っていた。結晶で守られていたアクラ・ヴァシムの爪の甲殻を見て、ジークは尻尾や足と比べて甲殻の筋がくっきりと浮き出ていることに気が付く。筋が浮き出ているということは、爪の甲殻は他の部位に比べて甲殻が薄いということ。
「はッ!」
振るわれた左爪を紙一重で避けたジークは、勢いのまま左爪の甲殻へと大剣を振り下ろした。ドドン・ジェノサイドの威力を持ってしても、アクラ・ヴァシムの甲殻や結晶には刃が通らないと思っていたジークだが、垣間見えた勝機を確かに手繰り寄せた一撃は、アクラ・ヴァシムを大きく傷つけた。甲殻を真っ二つにする勢いで刃が通ったことに、ジークは目を開きながらも、悲痛な叫びをあげるアクラ・ヴァシムを見て有効な一撃になったことを察した。
「体液が、変わった?」
ジークは爪の甲殻を切り裂いて中の肉まで刃を届かせていたが、溢れ出してきた体液が先程までの無色に近い色から黄色に変色していることに気が付いた。同時に、ヴィネアの言っていたアクラ・ヴァシムの体液が変色することを思い出し、自分の一撃がアクラ・ヴァシムの体液を変色させるほどのものだったのだと考えた。
「ジーク、そのまま私が結晶を剥がした甲殻をお願い」
「わかりました……あいつは自分の弱点を結晶で覆ってた訳ですか」
「そういうことになる」
大きく後退しながらも殺気を込めた視線を向けてくるアクラ・ヴァシム相手に、ヴィネアを前にしてジークはドドン・ジェノサイドを背負い直した。
アクラ・ヴァシムの体液によって生み出される結晶は剣で切り裂くことができないほど直線的な攻撃には強い性質をしているが、打撃によって簡単に崩れる性質をもっていた。アクラ・ヴァシムがわざわざ打撃に弱い性質の結晶を頭と爪の甲殻に纏わせている理由だが、実は結晶の下に隠れている甲殻が直線的な斬撃に滅法弱く、逆に衝撃には強い性質をしているのだ。アクラ・ヴァシムは剣で甲殻を攻撃されることを嫌い、結晶覆うことで自分を守ろうとしていたが、ジークとヴィネアのように打撃と斬撃で使い分けられると両方の弱点を突かれてピンチに陥るのだ。
「来るよ」
「結晶は任せますよ!」
「じゃあ甲殻は任せる」
既に左の爪では斬撃を受け止められないアクラ・ヴァシムは、尻尾でヴィネアとジークを迎え撃とうとしていた。しかし、弱点が明確になった敵に対してそこを重点的に攻め込まないほどジークもヴィネアも甘い狩人ではない。迫る尻尾を上に飛ぶことでジークは避け、空中でドドン・ジェノサイドの柄に手をかけて左爪へと狙いを絞った。大剣を左爪で受けることができないアクラ・ヴァシムは、咄嗟に右爪を盾にしてジークの攻撃を弾き飛ばした。同時に無防備になった頭に向かってハンマーが振り下ろされ、アクラ・ヴァシムは大きく怯む。
「もう一回」
ヴィネアの言葉に頷いたジークは、再び左爪に向かって走り出した。頭を叩かれたアクラ・ヴァシムはふらふらと力のない動きをしていたが、ジークが砂を蹴る音を聞いて再び尻尾をしならせた。今度は縦に叩きつけるように尻尾を動かしたアクラ・ヴァシムに対して、ジークは抜刀することなくその場で横に回転して尻尾を避けてから尻尾を踏みつけて左爪へと向かって跳躍した。体液を噴射してジークの動きを止めたいアクラ・ヴァシムだが、今から体液を噴射したところでジークの大剣止めることはできない。苦肉の策としてアクラ・ヴァシムは再び右爪でドドン・ジェノサイドを防ぎ、ヴィネアによって頭を殴られる。
「隙だらけ」
「上手く行きましたね」
二度のヴィネアの攻撃によって頭を守っていた結晶が引き剥がされたアクラ・ヴァシムは、今までのような余裕のある動きではなく、自分の命を脅かす相手から逃げるようにジークとヴィネアから距離を取った。攻撃を掻い潜り、身を守る為に付着させていた結晶を剥がして甲殻に傷をつける。アクラ・ヴァシムは砂漠において生態系の頂点に近い存在であり、他のモンスターの命を奪うことはあっても他のモンスターに命を狙われることはないのだ。そのアクラ・ヴァシムが今、自分よりも遥かに小さい生物に追い詰められている。警戒するには充分すぎる状況だった。
「すみません。私もまだまだいけます」
「ぼ、僕も頑張ります……微力ですけど」
「助かる。ダルクは俺と一緒に結晶が剥がれた甲殻狙いだ」
「はい!」
アクラ・ヴァシムが少し弱気になっていることを察したジークは、一気に畳み掛けるつもりだった。ヴィネアが結晶を剥がした部分は刃が通りやすいことを考えれば、ジークとダルクが前に出ることは間違っていない。ヴィネアもそう思っていたが、弱気になっていたはずのアクラ・ヴァシムは目の色を変えて大きな咆哮を上げた。
「ッ!?」
その咆哮を聞いただけでジークの本能は危険を知らせる警鐘が鳴り響いた。咄嗟に走る速度を緩めたジークの目の前には、既にアクラ・ヴァシムの爪があった。今までからは考えられない速度で動いたアクラ・ヴァシムの爪を紙一重で避けたジークは、迫る尻尾の結晶を大剣の腹で受けた。先程のダルクのように吹き飛ばされることはなかったが、一瞬で走ってきた距離の半分ほどを強制的に戻されたジークは、本能が叫ぶまま横に転がって上から降り注ぐ体液を避けた。
「フルトは後ろで隙を見てて。できそうなら演奏もお願い」
「わ、わかりました!」
ジークが一瞬で三回の攻撃を防ぎ切った姿を見て、ヴィネアもアクラ・ヴァシムの様子が変わったことを察して走り出した。
「ダルク、上!」
「えッ!?」
ジークが吹き飛ばされながらも体液を避けた瞬間を驚愕の表情で見ていたダルクは、ジークから飛んできた指示で我に返って後退した。同時に、アクラ・ヴァシムが降ってきたことに目を白黒とさせていたが、続く尻尾を地面に伏せることで避ける。ダルクの頭上を尻尾が通り過ぎるのと入れ替わりに、ヴィネアがダルクを飛び越えてハンマーを振り下ろしたが、アクラ・ヴァシムは左爪の甲殻で幻雷槌【雷電】を軽々と受け止めた。
「っ……急にやるようになった」
「ヴィネアさん一回仕切り直しましょう……今のこいつに無策で突っ込むのはまずい」
弾き飛ばされる前に爪を蹴って後ろに飛んだヴィネアの着地点で、ダルクを片腕で起こしていたジークが一回下がることを提案した。結晶を割られたことで戦い方を大きく変えたアクラ・ヴァシムに対応するためには、ハンターたちも一度仕切り直す必要性がでてきたのだ。一端引いてしまえばいい流れも悪い流れも全て断ち切られてしまうため、その判断の是非はベテランハンターでも難しいことだが、ジークはあっさりと決断していた。ヴィネアはジークの天性の才能を信じて頷き、警戒したようにゆっくりと近づいてくるアクラ・ヴァシムへと視線を向けた。
「アクラ・ヴァシムに閃光玉はきかない」
「なら一回膠着に持っていきますか。ダルクは左側頼む」
「は、はい!」
ダルクが頷くのと同時に、ジークとヴィネアは同時に砂を巻き上げるような強さで踏み込んだ。ダルクが呆気にとられるような速さでアクラ・ヴァシムに近づいた二人は、右爪に向かって同時に武器を振るう。右爪にはまだ結晶が多く付着していることもあり、アクラ・ヴァシムはジークの攻撃など最初から警戒していなかった。ヴィネアのハンマーに対応する為、アクラ・ヴァシムは尻尾を動かした。アクラ・ヴァシムの尻尾は太く、ハンマーによる打撃が通りにくい。故にアクラ・ヴァシムはヴィネアのハンマーを尻尾で受けようとしたが、左方向からいつの間にか接近していたダルクが左爪に双剣を突き刺した。痛みによって動きが鈍ったアクラ・ヴァシムの尻尾を掻い潜り、ヴィネアはハンマーを力の限り振るった。右爪の結晶が破壊され、怯む間もなくジークがドドン・ジェノサイドを右爪の甲殻へと突き刺し、蒼色の血液が噴水のように宙に吹き上がった。