狩人の頂 作:ばるむんく
「す、凄い!」
アクラ・ヴァシムが大きなダメージを受けて転がって行くのを見ながら、フルトはジークとヴィネアの動きに感動していた。狩猟笛しか扱うことのできないフルトだが、彼も太刀や大剣などで華々しい活躍をしてみたいという思いがあった。狩人ならば誰でも一度は考える、モンスターの攻撃を軽やかに避けて反撃を繰り出す究極の狩りが目の前で行われたことに目を輝かせていた。
「あれ?」
アクラ・ヴァシムが痛みにのたうち回っている間に追撃をするのだと思っていたフルトだったが、ジークたちはアクラ・ヴァシムがハンターから距離を取った瞬間に後退を始めた。武器が破損したりでもしたのかと顔を青褪めたフルトだが、すぐに近くまで寄ってきたジークたちの武器には変化がなかった。
「ど、どうしたんですか?」
「悪い……今は、ちょっときつい……」
寒い砂漠の中でジークが吐いた大きな息は真っ白だった。遠くから見ていたフルトからすればアクラ・ヴァシムと三人の狩りはハンターたちに優勢な状況に見えていたが、実際はなにか一つでも噛み合っていなかったら全滅していたと確信できるほど危ない橋を渡っていた。
「ふぅ……アクラ・ヴァシムの動きが変わった。両方の爪を壊したから、今度は死に物狂いで向かってくる」
「でしょうね……流石にこのままじゃきついですね」
「そ、そうですね」
三人のハンターは多少の違いはあっても、全員が肩で息をしていた。特にアクラ・ヴァシムの攻撃を双剣で受け止めて、応急処置だけをしてから再び戦っていたダルクの消耗は激しく、握力が低下したことで双剣もまともに握れない状況である。ジークとヴィネアは武器を持てない程の消耗ではなかったが、力の限り放った攻撃を尻尾や爪で何度も防がれていることもあり、狩りの序盤ほどの力を出せない。フルトは狩猟笛を奏でながらも隙を見て攻撃しようと何度も機を窺っていたが、アクラ・ヴァシムとジークたちの動きは、途中で狩猟笛を抱えて割り込めるような次元の攻防ではなかった。
「ダルクは少し休んだ方がいい」
「でもっ!」
「鬼人化も使ってまともに体力ないだろ」
「っ……すみません」
まともに双剣が握れない状況でアクラ・ヴァシムと戦闘を再開すれば、ダルクの身が危ない。ジークはダルクのことを心配して彼女に休んでいろと言ったが、ジークの役に立ちたい一心で戦っていたダルクからは戦力外であることを通告されたような気分だった。ヴィネアもジークの言い方が少し悪いと思ってはいたが、ダルクが今のままでは役に立たないことが事実なので特に何も言わずに水分を補給していた。
「……代わりに僕が行きます」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。僕だってジーク君の先輩ハンターです」
フルトは年下の女の子が悔しそうに俯いている姿を見て、覚悟を決めたのだ。ジークはフルトのハンターとしての腕を全く疑っていない。今からフルトが前線に参加してくれることによる大きなメリットも理解していた。それでも狩猟笛という武器の特性から考えて、非常に強力なモンスターであるアクラ・ヴァシム変種と正面から戦えるのかと聞いていたのだが、フルトは一も二もなく頷く。
「いいと思う。フルトが加わってくれるなら私も大分楽ができる」
「……わかりました。じゃあ俺は頭狙いですか」
「そうなる」
既に両爪と頭の結晶を破壊されているアクラ・ヴァシムは、斬撃に極端に弱くなっている。逆に言えば両爪と頭は既に打撃が通りにくいことになっているので、メインの火力がヴィネアからジークに変更されたことになる。この状況でダルクが動けなくなることは、パーティーの斬撃役が一人減るのだが、ジークもヴィネアもあまり気にしていなかった。なにせ、アクラ・ヴァシムの動きが変化して以降はジークもヴィネアもダルクも、まともに攻撃を与えられたのは右爪を破壊した時だけである。
「アクラ・ヴァシムももう待ってくれないみたいだし、行くか」
ゆっくりと作戦を練りながら体力を回復したいと考えていたジークだったが、先程まで薄れていたアクラ・ヴァシムの殺気が濃厚になってきているのを感じ取って立ち上がった。痛みにのたうち回っていたアクラ・ヴァシムは動きを止めて、しっかりと四本の脚で立ち上がりながら、大きな爪を振り上げて咆哮をあげた。ジークたちもかなりの苦戦を強いられている状況だが、アクラ・ヴァシムも自分の身を守る結晶を三ヶ所破壊されたうえに甲殻を切り裂かれている。ハンターとアクラ・ヴァシムの状況は現状は五分であり、これからの行動次第とも言える。
「今度は私が囮。ジークとフルトは火力」
「頑張りますよ!」
「了解です……なんとか頭叩き斬ってやりますよ」
ヴィネアの言葉にフルトとジークが頷いた瞬間に、アクラ・ヴァシムが動き出した。最初の頃に見せていた余裕など全て投げ捨て、一秒でも早く外敵を殺してやると言わんばかりの殺気を周囲にまき散らしながら砂を蹴ってハンターたちに接近して来ていた。囮役を引き受けたヴィネアが駆け出し、アクラ・ヴァシムと戦闘を始めると、ジークは機を窺うためにフルトの後方に控えた。
「行きます!」
ヴィネアはアクラ・ヴァシムの攻撃を防ぎながらも、フルトが介入できるようにアクラ・ヴァシムの攻撃を誘導していた。全身の結晶を砕かれたことで打撃武器を持つヴィネアに対して臆することなく接近戦を仕掛けるアクラ・ヴァシムだが、誘導されて開いた左側の空白から突っ込んできたフルトに意識を取られて視線を向けた瞬間、ヴィネアが頭を思い切り叩いた。これまでの戦いでフルトが殆どアクラ・ヴァシムに攻撃を加えていなかったことが空白を生み出した。変種特異個体のアクラ・ヴァシムは通常のアクラ・ヴァシムよりも知能が高く、ハンターを顔で認識していたのだ。ヴィネアは打撃、ダルクは斬撃、そしてジークも斬撃である。しかし、フルトがアクラ・ヴァシムに攻撃を加えたのは一回のみであり、激しい攻防戦の中でフルトの存在を一瞬で思い出すことなどできなかった。
「一気にいくよ」
空白を突かれて頭に重い一撃を受けたアクラ・ヴァシムだが頭の甲殻はハンマーの打撃を確実に防ぎ、眩暈を起こす程の衝撃にはなっていなかった。最早ヴィネアは敵にはならないと考えたアクラ・ヴァシムは、フルトの狩猟笛を爪で受け止め、それが打撃武器であることを認識してから尻尾を振るった。フルトへと尻尾が振り払われるのはまずいと考えたヴィネアは、ハンマーを構えてなんとか尻尾を受け止めようとしたが、勢いは止まらずにフルトと共に横に吹き飛ばされる。同時に、ジークが尻尾を飛び越えてドドン・ジェノサイドを振るったが、アクラ・ヴァシムはそれを爪で挟み込むことで防ぎきった。
「くそッ!?」
「ジークくんっ!?」
ダメージの少なかったフルトがすぐに立ち上がってアクラ・ヴァシムの方へと視線を向けると、大剣を爪で挟み込まれて動けなくなっているジークがアクラ・ヴァシムと睨み合っていた。ジークは二つの爪によって大剣を封じられているが、アクラ・ヴァシムは三本目の武器とも言える尻尾が残っている。ここで大剣を手放せばアクラ・ヴァシムに決定的な一撃を与える術がなくなるため、ジークはどんな状況でも大剣を手放すことができない。今すぐにジークを助けなければ、とフルトとヴィネアが走りだそうとした瞬間に、アクラ・ヴァシムは尻尾の先から体液を二人の方向へと発射した。
「うわっ!?」
「くっ!?」
地面に向かって放たれたアクラ・ヴァシムの体液は今までのように周囲にばら撒かれるのではなく、一点に集中して発射された。アクラ・ヴァシムはその一点集中発射を数回自分周囲に向かって行ってから、尻尾の先をゆっくりとジークに向けた。
「た、助けに行きましょう!」
「待って。今その体液が噴射された場所に近寄っちゃだめ」
「なんでですかッ!」
「よく見て」
一刻も早くジークを助け出さなければいけないのはヴィネアもわかっていたが、アクラ・ヴァシムが発射した一点集中の体液は、地面に結晶を浮かび上がらせる程度ではなく、その場に大きな結晶を生み出していた。大きさはハンターの半分だが、カチカチと音を鳴らしながらゆっくりと成長している結晶を見て、フルトは息を呑んだ。
「こ、これは?」
「触れると爆発する。迂闊に近寄ると、怪我じゃすまない」
「そんなっ!?」
ヴィネアの説明を聞いて、フルトは悲鳴に似た様な声を上げた。アクラ・ヴァシムはこの結晶を自分の周囲にばら撒いているのだから、近寄ってはだめとなるとジークを助け出すことが不可能になってしまうのだ。アクラ・ヴァシムがこれを狙って起こしたと言うのならば、ヴィネアが想定していたよりも知能は高いと言える。
「どうするんですか!」
「落ち着いて。ハンターは焦ったら終わり」
フルトの焦った様な声に対して落ち着くように言ったヴィネアだが、彼女も内心はかなり焦っていた。チラッとジークの方へと視線を向ければ、彼は抑え込まれたはずの大剣を横に動かすことでアクラ・ヴァシムの爪に傷をつけて、不用意に動けないようにしていたが、そんなものは焼け石に水にしかならず、すぐにアクラ・ヴァシムは結晶の体液をジークに向かって噴射するだろう。身体の一部ならまだしも、全身にアクラ・ヴァシムの体液を浴びてしまえばまず間違いなく殺される。それだけの殺気と怒りが今のアクラ・ヴァシムからは放たれていた。
「自爆覚悟でジークを助けるしか、ない」
「ぼ、僕が」
「勿論、私が行くに決まってる。貴方より私の方が上」
勇気を振り絞って自分が助けに行くと言おうとしたフルトは、ヴィネアに睨みつけられて言葉を失った。彼が振り絞ろうとした勇気はヴィネアからすればただの蛮勇であり、もっとも確率の高い方法は自分が行くことだった。
「フルト、君は私が助けた後のジークを頼む」
「で、でも今のアクラ・ヴァシムに打撃は……」
「大丈夫。どんなモンスターでも叩けば死ぬのは変わらない」
冗談なのか本気なのかわからない言葉を残して、ヴィネアは地面から結晶がいくつも生える中走り出した。迷いなく直進していくヴィネアはハンマーを強く握り締め、アクラ・ヴァシムに向かって飛び掛かった。
「ヴィネアさんっ!?」
フルトの言葉には一つ間違いが存在していた。今のアクラ・ヴァシムに打撃が効かないと言っていたが、打撃で破壊できる結晶はまだ存在している。ジークに狙いを定めて体液を噴射しようとしていた尻尾の先にある一番大きな結晶に向かって、ヴィネアはアクラ・ヴァシムの頭を踏み台にして飛んだ。突然の乱入者にアクラ・ヴァシムが迎撃しようとする前に振るったハンマーは、アクラ・ヴァシムの尻尾にある結晶を大きく破損させたが、同時に放たれようとしていた体液が結晶から溢れ出してヴィネアを襲った。
「くっ!? ヴィネアさん!」
尻尾に与えられた衝撃によって爪の力が緩んだ隙に、すぐさま大剣を引き抜いたジークは、上空でアクラ・ヴァシムの体液を受けてしまったヴィネアを受け止める為に顔を空に向けていた。ジークの腕の中に落ちてきたヴィネアは身体の半分程を結晶が覆い、まだ大きくなろうと蠢いていた。
「だ、いじょうぶ……それより、アクラ・ヴァシムからはな、れる」
「わかりました!」
アクラ・ヴァシムの周囲に展開されていた複数の結晶も人間ぐらいの大きさまで成長しており、ヴィネアは時間がないことを理解していた。ヴィネアを抱えたままジークはフルトの元へと向かって走り出したが、背後からアクラ・ヴァシムが物凄い勢いで追いかけてきていた。
「くそ! フルトさん!」
「ヴィネアさんが!? ど、どうすれば……」
結晶に覆われそうになっているヴィネアを手渡し、ジークは一人でアクラ・ヴァシムと対面することになった。ほぼ仕留めた様な状態であるヴィネアを無視して、現在自分にとってもっとも危険であるジークを狙うアクラ・ヴァシムは、ヴィネアに破壊された尻尾の結晶を少しずつ育てていた。
「……フルトさん、ヴィネアさんの結晶は叩けばある程度取れると思います」
「だ、打撃に弱いから? でもちょっと無理やりじゃ」
フルトがジークの案にあまり賛成できないと伝えようとした瞬間、周囲に展開されていた結晶の一つが爆発した。砂漠の地面を抉る程の爆発を立て続けに起こす結晶を見て、ジークはアクラ・ヴァシムの結晶がある程度の大きさになると爆発するのではないかと考えてヴィネアの方へと慌てて視線を向けた。
「む……かなり硬い。フルト、手伝って」
「わ、わかりました!」
結晶の爆発をフルトも見ていたのか、青褪めたような表情でヴィネアに目を向けていた。体液を身体で被っただけで特に身体的なダメージを受けていなかったヴィネアは、自分の身体に付着している結晶を叩き割っていたが、成長スピードが想定よりも速いせいで手間取っていた。放置しておけば爆発するのを見ていたフルトは急いで手伝い始めた。
「おっと……こいつ、結構焦ってるな」
ヴィネアに向けていた視線をアクラ・ヴァシムに戻すと同時に、振り下ろされた爪を避けたジークは、アクラ・ヴァシムが思ったよりも追い込まれていることに気が付いた。最初ほどの余裕を感じさせていないのも理由だが、度重なる攻撃を受けてアクラ・ヴァシムは既に弱り始めている。振り下ろされる爪の勢いを最初をほど感じなかったジークは、左爪を踏み台にして頭に大剣を振るう。
「やっぱ庇われるか」
なんとか頭の甲殻を叩き割ろうと大剣を振るったが、アクラ・ヴァシムは捨て身の覚悟で右爪をドドン・ジェノサイドと頭の間に差し込んだ。斬撃を防げる状態ではない右爪からは当然大量の血液が飛び散るが、アクラ・ヴァシムは頭の甲殻を未だに破壊されずにいる。しかし、右爪を更に傷つけられたアクラ・ヴァシムは、ジークをなんとかしなければいつか必ず頭の甲殻を叩き割られることになる。
「ん?」
ヴィネアに叩き割られたはずの尻尾の結晶がもう復活していることに気が付いたジークは、尻尾がハンターに狙いを定める訳でもなくゆらゆらと揺れている姿に違和感を覚えた。アクラ・ヴァシムが弱っているから尻尾の動きが安定していないのかと最初は考えたが、揺れている尻尾の先にある結晶がヴィネアに割られる前よりも大きくなっているのを見て半ば確信した。
「フルトさん! この場から離れろ!」
「え? でもヴィネアさんの結晶が……」
「ん……アクラ・ヴァシム、尻尾の結晶投げるつもり」
「えぇ!?」
自分の結晶をなんとか半分程度割っていたヴィネアが、ジークの言葉に顔を上げてアクラ・ヴァシムへと視線を向けた。尻尾がゆらゆらと左右に揺れながら結晶が大きくなっていくのを見て、ヴィネアは冷静にアクラ・ヴァシムがなにをしようとしているのかを一瞬で見抜いた。尻尾の結晶を思い切りジークに向かって投げつけて爆発させるのだろうと頷き、この距離では自分たちも巻き込まれると冷静に呟くヴィネアにフルトは大慌てだった。
「ちっ!?」
後ろではフルトが一人で大慌てしていることなど知らないジークは、尻尾の結晶をなにかしらの手段で爆発させるのだろうと考えて大剣でアクラ・ヴァシムを攻撃して止めようとしていたが、ゆらゆらと尻尾だけではなく全身を揺らして不規則に動くことでジークの大剣をひらりと躱していた。これ以上の追撃をすればアクラ・ヴァシムの尻尾の結晶が爆発した場合に直撃が免れないジークは、ドドン・ジェノサイドを背負い直してヴィネアを運んで逃げるためにアクラ・ヴァシムに背を向けた瞬間、アクラ・ヴァシムが爪を振り下ろした。
「くそッ!? 嫌がらせみたいことしやがって!」
武器を納刀した途端に強気に前に出て爪を振り下ろすアクラ・ヴァシムに悪態を吐くジークは、もう一度ドドン・ジェノサイドを抜刀しようとしたが、大剣は抜刀から攻撃して納刀するまでの時間が他の武器よりもかかってしまう。今からそんな手順を踏んで大剣を抜刀したところで、アクラ・ヴァシムは再びふらふらと動いてジークの攻撃を避けるだろう。もう一度攻撃を避けられてしまえば、尻尾の結晶を避けることなどできない。ジークに残された選択肢は背後の危険を顧みずにひたすら逃げることだけであった。
「フルトさん!」
「う、うん! 今すぐ逃げよう!」
「私も、ちょっと走れるようになった」
脚に付着していた結晶を粗方叩き割ることができたヴィネアは、上半身に付着している結晶がまだ爆発直前ではないことを確認してから立ち上がり、アクラ・ヴァシムから逃げるように走り出した。ジーク、ヴィネア、フルトが揃って逃げ出したのを見て、アクラ・ヴァシムは自分が何をしようとしているのかを見抜かれていることに気が付き、尻尾を揺らしたまま全速力でハンター三人を追いかけ始めた。
「どうするんですか!?」
「そのうち尻尾の結晶が待ちきれなくなって投げてくる。それを横に逃げて回避する」
「それで行きましょう」
「それでいいんですか!?」
ハンターの身体能力と反射神経に頼り切ったような無理やりな作戦に、フルトが悲鳴のような声をあげていたが、ヴィネアとジークは真顔で頷き合っていた。走っている最中も結晶を叩いていたヴィネアは、背後のアクラ・ヴァシムが育てている結晶がそろそろ限界であることを見抜いていたのだ。
「そろそろ来るよ」
「わかりました……」
「え? ちょ、ちょっと待ってよ!」
「今!」
ヴィネアの掛け声とほぼ同時に、アクラ・ヴァシムは上に大きく跳躍してから尻尾の先で育った大きな結晶を地面に向かって投げつけた。投げた方向はハンターたちが逃げて行った方向の予測変換地点だったが、ハンター三人は斜め後ろ方向へと自身の持てる最大の力で向かって飛んでいた。アクラ・ヴァシムが投げた結晶が地面に衝突すると今までの結晶爆発とは比べ物にならない規模の爆発が発生した。爆発した結晶の欠片から身を守る為に大剣を構えたジークは、欠片の一つが自分の頬に切り傷を残したことに苦笑を浮かべていた。
「勘弁してくれよ」
尻尾の先にある結晶を放り投げたアクラ・ヴァシムは、地面に着地してからジークたちへとゆっくりと視線を向けた。結晶の爆発に巻き込まれずに立っているハンターを見て、アクラ・ヴァシムはゆっくりと爪を持ち上げて戦闘の姿勢を見せたのだ。ジークは先ほど投げたばかりの尻尾の結晶が、既に少しずつできあがっているのを見て大きなため息を吐いた。三人が避けるのに必死になっていた結晶の投げつけは、アクラ・ヴァシムにとってはそれほど大技という訳でもないらしい。
「もう一発撃たれる前に頭叩き割ってやる」
「…………お供します」
ゆっくりと近寄ってくるアクラ・ヴァシムを見て大剣に手をかけたジークの横、ダルクが双剣を両手に並んだ。三人が危険な状況にある中でも体力の回復に努めていたダルクは、本調子とはいかなくてもまとも双剣を握って振るうことができる程度には回復していた。
「……ダルク、頭頼む」
「私が、ですか?」
ダルクが近寄ってきていたことに全く気が付いていなかったジークは、甲殻を切り裂くことができる人員が一人増えたのならば他のやり方があると考え、ダルクに頭を任せることにした。双剣を持っていて身軽なダルクがアクラ・ヴァシムの攻撃を引きつけて、その隙にジークが最大の力でアクラ・ヴァシムの頭を叩き割るものだと持っていたダルクは首を傾げるが、ジークの視線をアクラ・ヴァシムの尻尾に向かっていた。
「あの厄介な尻尾。根元から両断してやる」
「で、できるんですか?」
「さぁ? でも、生えてる尻尾が絶対に切れないことなんてないだろ?」
「それは、どうなんでしょうか……」
ジークの意味不明な理論に苦笑いのダルクだったが、ジークがやろうとしていることを否定するつもりは全くなかった。今までのアクラ・ヴァシムとの狩りで、最も障害になっていたのが体液を噴射し、ハンターを簡単に吹き飛ばすことができるあの尻尾であることは間違いないのだ。
「私が先行します」
「頼んだ」
アクラ・ヴァシムの巨大な尻尾を切断することなど本当に可能なのか半信半疑なダルクだが、本当に切断に成功することがあれば、この狩猟は終わったも同然である。アクラ・ヴァシムの尻尾はかなりの大きさであり、体液を噴射したり外敵を薙ぎ払う為に扱う武器でもあるのだが、そんな重要な部位である尻尾を切断されれば、身体のバランスも崩れてまともに戦うこともできないだろう。散々苦しめられたアクラ・ヴァシムに引導を渡すことができるのか、ジークもそれほど自信はなかったが、ヴィネアが体液を受けて実質的に戦闘不能になっている状況を考えて、なるべく早くアクラ・ヴァシムの狩猟を終わらせたいと考えていた。
「やぁっ!」
双剣を両手にアクラ・ヴァシムへと接近するダルクは、休んでいる間もジークたちとアクラ・ヴァシムの戦闘をずっと見ていた。そんな短時間でアクラ・ヴァシムの行動全てを見切ることなどダルクにはできなかったが、ある程度の動きを把握することができていた。爪を振り上げる前にダルクは横に移動して爪の可動域の外へと逃げ、アクラ・ヴァシムはそれを追いかける為に身体ごと横に回転させる。ダルクを追いかけて右に回転したアクラ・ヴァシムの死角にジークが走り込み、大剣を振るう。
「っ! ダメかッ!?」
「まだです!」
力の限り振るわれたジークのドドン・ジェノサイドは、狩りの中盤にダルクが鬼人化して傷をつけていた尻尾の根本へと食い込んだが、切断できるほど深く切り込むことができなかった。想像以上に硬い尻尾に舌打ちしたい気分だったジークは、不協和音を奏でる大剣を一度引っ込めた。尻尾の切断が無理なのではないかと思ったジークの叫びに呼応するように、ダルクはアクラ・ヴァシムの爪を避けて頭の甲殻に双剣を二本突き刺した。
「割れてしまえぇッ!」
アクラ・ヴァシムが守り続けていた頭の甲殻を、身軽な武器とは言えジークが尻尾を攻撃した際にできた隙に爪を避けることで肉薄したダルクは、突き刺した双剣の刃を外側に向けて力いっぱい押し込んだ。頭の甲殻が双剣によって押し広げられていく痛みに暴れ出したアクラ・ヴァシムは、ダルクを頭から弾き飛ばしたが、勢いが止まらずにそのまま横転した。
「ここが最後のチャンスか!」
仰向けになったままもがいているアクラ・ヴァシムの頭からは紅色の鮮血がとめどなく流れていた。もがき苦しんでいるアクラ・ヴァシムはハンターの接近に対して迎撃行動をすることなどできず、ジークは容赦なく大剣を尻尾に叩きつけた。自身の体重と大剣の重さを利用した渾身の一撃を受けた尻尾は、大きな裂傷を生み出して紅色の血をまき散らしたが、切断するまでには至らない。ジークも一撃で切断できるなど全く思っていなかったため、そのままもう一撃を尻尾に向かって振り下ろす。
「はぁッ!」
「あっ!」
「うぉッ!?」
二度目の渾身の一撃を受けたアクラ・ヴァシムの尻尾は、異音を奏でながら胴体と切り離された。大量の血液が上空に向かって噴射され、砂漠の地面へと雨になって落ちて行く中、アクラ・ヴァシムは尻尾を切断されたことでダルクが弾き飛ばされた方向と同じ方向へと吹き飛んでいった。尻尾が切断できた勢いで地面に倒れこんだジークは、すぐに立ち上がってアクラ・ヴァシムの方へと視線を向けると、ゆっくりと起き上がったアクラ・ヴァシムは、尻尾がなくなったことでふらふらと力のない足取りをしていた。
「終わりだ!」
「いきます!」
視線を覚束ない状態でふらふらとしているアクラ・ヴァシムに引導を渡そうと近づいたジークは、突然横に向かって高速のタックルを繰り出したアクラ・ヴァシムに目を見開いて大剣でなんとか受け止めようとしてそのまま吹き飛ばされた。尻尾を切断されたことでバランスを失ったと同時に、身体が軽くなったアクラ・ヴァシムのタックルになんとか反応して大剣を盾代わりにしたジークは、地面を転がりながら自分が切断したアクラ・ヴァシムの尻尾に当たって止まった。
「ジークさんっ!? やぁぁぁッ!」
ジークが弾き飛ばされたことで少しだけ動揺したダルクだったが、アクラ・ヴァシムが横タックルの勢いを殺すことができずにそのまま仰向けになってもがいている姿を見て、あれが最後の力だったことを悟り、接近したダルクは自分で破壊した頭の甲殻に向かってもう一度を突き刺した。再び大量の鮮血をまき散らしたアクラ・ヴァシムは、ダルクの攻撃を受けてもがいたあとに糸が切れた人形のように急に動かなくなった。
「……死にましたよ、ね?」
「多分死んだと思うぞ」
最後の一撃を放ったはずのダルクは、アクラ・ヴァシムが狩猟中に見せて数々の意味不明な行動を思い返して、ゲリョスのように死んだふりをしているのではないかと疑っていたが、立ち上がりながら身体についた砂を落とすジークは苦笑しながら頷いた。
体液の色が変化することから変幻の異名を持つアクラ・ヴァシムは、最期までジークたちにしっかりとした輪郭を捉えさせなかった。