狩人の頂 作:ばるむんく
広大な夜の砂漠に巨大な咆哮が響くと、爆発の様な音と共に巨大な砂塵が上空に向かって巻き上げられた。砂塵の中から逃げるように飛び出した四つの人影は、背後を確認しながら砂漠の中を走っていた。
「はぁッ、はぁッ……」
「まだ来るぞッ!」
洞窟の先にあった川の近くでの戦いは、ヴィネアに角へと一撃を叩き込まれたディアブロス奇種が怒り狂ったことで痛み分けに近い形になっていた。怒り狂って暴れ回るディアブロス奇種を手に負えないと判断したジークたちは一度、洞窟を挟んだ広い砂漠へと下がって態勢を立て直そうとしていた。しかし、広い砂漠に出て呼吸を整えていたハンターたちの立つ地面の下から、黒い砂漠の死神は唐突に現れたのだ。
膝に手をついて荒い息をしているフルトに声を上げたジークは、砂塵の中から水色の瞳を輝かせながら飛び出してくるディアブロス奇種の姿を見ていた。ハンターたちとは比べ物にならない速度で飛び出してきたディアブロス奇種は、最後方にいたフルトに狙いを定めて走っていた。
「くぅ……もう限界ですぅ……」
「くそッ!?」
膝が笑っているフルトは、まともにディアブロス奇種の突進を避けることができない状況になっていた。そのまま放置すれば、当然ディアブロス奇種の突進を正面から受け、大変なことになってしまうのは明白である。ジークはフルトを庇うように前に出て大剣を構えた。
「俺が受けるからフルトさんは逃げてください!」
「で、でも……」
「私もやるよ」
ジークが大剣を構えたままフルトに逃げるように伝えた横から、ヴィネアがディアブロス奇種へと突っ込んでいった。それに続くようにダルクが走り出し、ディアブロス奇種は突然方向転換してきたハンターたちに動揺することもなく、真っ直ぐに突進していた。
「ぐぅッ!?」
「ジークくん!」
大剣で無理やりディアブロス奇種の突進を受け止めたジークは、砂漠の砂の中に両足を突っ込んでなんとか踏ん張ろうとしていたが、そのままディアブロス奇種に押し続けられていた。大剣から伝わる衝撃も骨が砕けるのではないかというほどのものだったが、ジークの背中をフルトが支えることで、なんとか引きずられながらも立ったまま耐えていた。ジークとフルトがなんとか奇種の突進を受け止めたことで、ディアブロス奇種の速度が緩んだ隙に、横からヴィネアがハンマーを角へと向かって叩きつけた。
「うぉッ!?」
「うわぁッ!?」
角にハンマーを叩きつけられたディアブロス奇種が、衝撃を受けて頭を咄嗟に振り上げたことで、ジークとフルトは少しの間だけ空中に打ち上げられたが、下が砂だったこともあり無傷で地面に着地していた。角を傷つけられることを酷く嫌うディアブロス奇種は、三度も角を攻撃したヴィネアに殺意の視線を向けたまま尻尾のハンマーを振り回した。
「単調……怒り過ぎ」
驚異的な怪力を発揮して、砂漠の地面に跡が残るような跳躍をしたヴィネアは尻尾を上に避けて、空中で態勢を立て直しながらハンマーをディアブロス奇種の頭に叩き込んだ。二本の角の間にある眉間にハンマーを叩き込まれたディアブロス奇種は、威嚇する様なドスの利いた声ではなく、痛みから逃れるような甲高い声を上げながら後ろに倒れこんだ。倒れこんだ隙を逃さないように、ダルクが急接近して太い尻尾の先、ハンマーになっている部位の付け根へと双剣を突き立てた。ディアブロス奇種の狩りが始まって、初めての好機とも言える状況で、ダルクは咄嗟に相手の武器を奪う選択を選んだ。当然、双剣を突き立てた程度ではディアブロス奇種の尻尾は切断できないが、またとない好機にダルクが一撃で満足するつもりはなかった。
「追撃する」
「俺も行きます!」
「ぼ、僕も!」
ダルクが双剣を続けて振るう間にジーク、ヴィネア、フルトがそれぞれの武器を手にしながらディアブロス奇種へと接近した。立ち上がろうとしていたディアブロス奇種の足にヴィネアがハンマーを叩き込んだことで、足をもつれさせて立ち上がれずにいた。同時に、ダルクとは逆方向からジークが尻尾に大剣を振り下ろし、フルトは狩猟笛で音色を奏でてから角へと向かって狩猟笛を当てていた。
「か、硬い!」
「でも折れば大分楽になる」
角へと狩猟笛を当てていたフルトは、手に返ってくる感触からディアブロス奇種の角が想像以上に硬いことに驚いていたが、横からヴィネアが文字通り飛んできて、重力と体重を乗せてハンマーを短い方の右角へとハンマーを叩き込んだ。
「い、今……メキって……」
「折れそう」
ハンマーを叩き込んだ瞬間に、ディアブロス奇種の角から異音がしたことに気が付いたフルトとヴィネアは、一瞬顔を見合わせてから二人同時に右角へと向かって武器を振り下ろした。フルトの狩猟笛が当たると同時に異音が再び鳴り、ヴィネアが下から打ち上げるようにハンマーを角へと当てると、根元から折れた右角が上に飛んでいった。
「痛いッ!?」
「な、なんだ?」
角が吹き飛ぶと同時に、ディアブロス奇種が倒れ込んだままその場で暴れ回り始め、尻尾を攻撃していたジークとダルクはなにが起こったのか分からないまま暴れるディアブロス奇種の尻尾に当たって、地面に倒れこんだ。
「ヴィネアさんがなんかしたのか?」
「じ、ジークさん!」
暴れると言うよりものたうち回るような動きを見せるディアブロス奇種を見て、頭の方でなにかしていたヴィネアとフルトがディアブロス奇種に影響を与えた結果なことはジークも理解していたが、ヴィネアとフルトがなにをしたのかは理解していなかった。ディアブロス奇種から少し離れて様子を見ていたジークの下に、ダルクが黒っぽいなにかを抱えて走ってきた。
「なんだそれ?」
「こ、これ……角ですよ!」
「…………折ったのか」
太く大きく成長していた左角ではなく小さかった右角だが、ディアブロスの角がどのような硬度なのかをよく知っていたジークは、それをこの短時間でへし折ったヴィネアに頬を引き攣らせていた。のたうち回っていたディアブロス奇種がゆっくりと起き上がると、折れた角を持っているダルクとジークへと水色の瞳を向けた。
「なぁ……これ、濡れ衣じゃないか?」
「そう、ですね……」
明らかに二人を狙って動き始めているディアブロス奇種に、ジークとダルクは呆然としていた。黒く大きな身体を立ち上がらせたディアブロス奇種は、怒りの咆哮を上げながら右足で地面を何度も引っかき、尻尾のハンマーを地面に叩きつけた。それはディアブロスが見せる威嚇行動であり、それを向けられた相手は次の瞬間には突進を受けている。立ち上がったディアブロス奇種の足の間から見える向こう側では、ヴィネアが肩を竦め、フルトが何度も頭を下げていた。
「仕方ない……やるぞ!」
「は、はい!」
砂塵を巻き上げる程の咆哮を放ち、持ち前の瞬発力を発揮したディアブロス奇種は突進を初めて一瞬でジークとダルクの前まで接近していた。角をいからせながら突進するディアブロス奇種は、角を持ったまま横に逸れたダルクを追いかけるのは不可能だと判断し、大剣を構えるジーク一人に狙いを絞った。
「さぁ……来いッ!」
ディアブロス奇種の突進に対して、大剣を盾にして受け止めるのではなく、ジークはタイミングを狙ってディアブロス奇種の頭に向かって大剣を振り下ろした。身体にディアブロス奇種の角が届かないギリギリの距離で振り下ろした大剣により、ジークは物凄い勢いで後ろに押されながらも、ディアブロス奇種の眉間に刃を食い込ませた。眉間に刃を突き立てられたディアブロス奇種は突進でジークを吹き飛ばそうとしていたが、ジークを押せば押す程眉間に刃が食い込むことに気が付き、足を止めて頭を横に振って残っている左角でジークを側面から攻撃した。
「おっと……やべ」
急に突進が止まったことで一瞬の浮遊感と共に前に倒れ込みそうになっていたジークは、角が横から向かって来ていることに気が付いてそのまま前に倒れ込むことで攻撃を避けたが、頭を振った勢いのまま身体を半回転させたディアブロス奇種は、倒れ込んで動けないジークに向かって尻尾を叩きつけた。
「ぐッ!?」
身体を横に転がすことで直撃は避けたが、大剣で防ぐこともできずに飛び散る砂と共にジークは横に吹き飛ばされていった。地面に横たわったままゴロゴロと転がされたジークは、頭から被った砂を振り払うように頭を左右に振りながら立ち上がる。ディアブロス奇種はその隙にもう一度突進をしてジークを始末しようとしていたが、横からダルクとヴィネアが突っ込んできていた。
「やぁッ!」
距離が近かったことで、ヴィネアよりも先にディアブロス奇種の足下にまで到達したダルクは、ディアブロス奇種の軸足になっている左足を斬りつけた。砂漠の暴君ディアブロスとは言え、足を双剣で斬りつけられてなんの痛みも感じない訳ではないが、今のディアブロス奇種には立ち上がろうとするジークしか見えていなかった。ダルクの攻撃も無視して突進しようとしたディアブロス奇種の視界に、小柄な女ハンターの姿が入り込んだ。
「やぁ」
やる気のなさそうな掛け声と共に、ハンマーを頭に叩き込まれたディアブロス奇種は、その衝撃を受けて自分の角を折ったハンターが大剣を持っている男ではなく、目の前にいる小柄な女のハンターであることを理解した。同時に、ディアブロス奇種は頭に受けて衝撃など忘れて歪な角を振り回した。
「よっと……貰うよ」
空中にいてまともに身体が動かせないはずのヴィネアは、迫りくる角にハンマーを当てることで空中で態勢を変えて綺麗に着地し、角を振るったことでできた隙だらけなディアブロス奇種の下顎をハンマーで打ち上げた。あまりにも人間離れしたような動きにダルクとフルトが驚愕している中、いつの間にかジークがディアブロス奇種に接近していた。顎を打ち上げられて怯んだディアブロス奇種の腹に大剣を突き刺したジークは、その状態のまま尻尾に向かって走り出す。大剣を突き刺したまま尻尾に向かって走れば、当然のようにディアブロス奇種の皮膚が切り裂かれて大量の血が砂漠の地面にまき散らされる。
「じ、ジークさん!?」
「あ、大丈夫ですか?」
全身をディアブロス奇種の血液で真っ赤にしながら尻尾の下から飛び出したジークは、折れた角を持たされているフルトの所までやってきた。フルトの前で急停止したジークは、呑気に挨拶する様なトーンでフルトに声をかけながら髪から滴っている血液を片手で振り払っていた。
おおよそ人間のする動きではないことをしていたヴィネアと、誰もが目を離した一瞬の隙にディアブロス奇種に接近していたジークに、フルトは驚愕したまま動くことができなかった。自分に過剰な自信を持っている訳ではないフルトだが、凄腕ハンターとしての実力と少し小さいが確かにハンターとしてのプライドを持っていた。しかし、二人の動きはフルトには理解できるものではなかったのだ。ダルクも似た様な物であり、凄腕ハンターとしてジークに少しは実力が追い付いてきていると思っていた彼女は、アクラ・ヴァシムとディアブロス奇種との狩りの中で、まだまだジークの足元にも及んでいないことを突き付けられていた。
「おっと……元気だな」
二人のハンターが改めてメゼポルタの壁の厚さを感じたことはお構いなく、ディアブロス奇種は大きな傷を負いながらも全く戦意も殺意も衰えることなく咆哮を上げた。ディアブロス奇種とて、全く攻撃が効いていない訳でも痛みを感じていない訳でもないが、ディアブロス奇種は既に精神が肉体を凌駕していた。痛みを感じるよりも、自分に害をなすハンターを殺すことの方が優先されているのだ。
「フルトさんは折れた角をどっか置いてきてください……流石に三人だけだとキツイと思うので」
「わ、わかってるよ!」
ディアブロス奇種特異個体の折れた角は大変貴重な物であり、ハンターとしても捨て置くことができないのでヴィネアはフルトに角を預けていたのだが、ジークはディアブロス奇種の特異個体が想像以上に手強いことを考えて、一人でも戦力が増えることを重視していた。ハンターにとってもっとも大切なものは素材ではなく、命なのだ。
ジークが血を拭いながら大剣を背負うと同時に、ディアブロス奇種は目の前にいたヴィネアに向かって左角を叩きつけるような動作を行う。簡単な角の動きなど当たるはずもないヴィネアは、軽々とその攻撃を避けながらも反撃はせずに冷静にディアブロス奇種の動きを観察していた。既にジークの攻撃に大した反応を示していない時点で、ディアブロス奇種は尻尾を切断されるような傷でなければ隙もできないことを理解していたヴィネアは、ディアブロス奇種の角にハンマーを叩きつけることができる隙をわざと見逃した。
「こいつでどうだ!」
角を避けられたディアブロス奇種は、予想通りと言わんばかりに地面に角を突き刺したまま両足を思い切り踏み込んで、ヴィネアへと軽く突進を行った。軽く行われたと言っても、ディアブロス奇種の足の力を最大にして踏み込んだ突進は、短距離ではあったが故に角を振るった衝撃だけで砂漠の砂が巻き上がるような風圧を生み出していた。仮に真正面から受けていたら、防具を身に纏っていたとしても全身の骨が砕けるような痛みを味わっているであろう突進である。ヴィネアは角が折れたことでできるディアブロス奇種の右側の死角へ逃げ込むことで、難を逃れた。ディアブロス奇種がヴィネアにしか目を向けていない間に尻尾を切断してやろうと大剣を抜刀したジークだが、視線を後ろに向けることもなく半歩横に移動しながら尻尾を少し持ち上げることで攻撃を避けたディアブロス奇種に、ジークは苦笑いを浮かべた。
「ん? 無視されてるね」
「……避けやがった。奇種特異個体にもなると、後ろに目玉でもついてんのか?」
苦笑しながらも悪態を吐くジークは、無造作に振り払われた尻尾を転がって避けながら腹の傷に向かって走り出していた。背後のジークが走り出した気配に気が付いたディアブロス奇種は、目の前で微動だにせずにハンマーを構えるヴィネアを無視して、左方向から走ってきていたダルクへと視線を向けた。
「気付かれたッ!? くッ!」
「っ!? 視界の妨害かよッ!?」
ヴィネアとジークに警戒が向いている間ならば、気が付かれずに横に貼り付けると考えていたダルクは、ディアブロス奇種の頭が勢いよく自分の方に向けられたことに驚愕していたが、今更勢いを止めたところで何かできる訳ではないため、そのままディアブロス奇種へと向かって走り続けていた。ジークの攻撃を避けながら近づいてくる敵を排除しようとするディアブロス奇種は、足で砂を巻き上げて自分の腹の下にいるジークに目くらましをしてから、ダルクに向かって走り出した。
「……仕方ない」
ディアブロス奇種は、ジークが一瞬とはいえ動きを止められ、ダルクは突進を避けることができない状況を作り出した。仲間を助ける為には、ヴィネアが動かなければいけない状況だった。ダルクを助けるために足に力を込めたヴィネアは、ダルクの背後から走って向かってくるフルトの姿を見て、飛ぶ方向をダルクとディアブロス奇種の間から、ディアブロス奇種の背中へと変更した。
視界を妨害する砂煙から逃れたジークが目にした光景は、フルトがディアブロス奇種の角を狩猟笛で受け止め、ヴィネアが宙を舞いながら背中の甲殻にハンマーを叩きつける瞬間だった。状況をある程度理解したジークは、すぐさまディアブロス奇種に向かって走り出す。角を受け止められて背後から甲殻を叩かれた衝撃で、ディアブロス奇種はその場で少しふらついた。
「やぁぁぁぁぁぁッ!」
ジークが駆けだすよりも速く、ヴィネアのハンマーが当たった瞬間に走り出していたダルクは、角を受け止めているフルトの横から抜け出してディアブロス奇種の首筋に双剣を滑らせるように振るう。ハンター教習所の教官に習う双剣の基本的な型を繰り出すダルクの動きは流れる動作だった。ジークの扱う双剣は独自性の塊だが、ダルクの動きは基本の型に忠実な動きであり、その姿はまさしく流麗に舞い踊るかのようである。流れるような動作のまま双剣を振り、首筋にいくつかの切り傷をつけていくダルクだが、最後の一歩を踏み込んで致命傷を与えることはしなかった。今はまだフルトと鍔迫り合いのようにして動かなくなっているディアブロス奇種だが、少しでも深い傷を残せばすぐさま地面に潜るなりして、自分の命を脅かすハンターを攻撃するだろう。ダルクはディアブロス奇種が反応しないギリギリの傷を与え続けていた。
「俺も続くかっ!」
ダルクが舞い踊るような動きを見せている中、ジークは振り払われる尻尾を避けながらディアブロス奇種に接近して大剣を抜刀した。度重なる攻撃で与えたディアブロス奇種の血液によって赤く染まっているドドン・ジェノサイドは、またしてもディアブロス奇種へと牙を剥いた。ダルクがディアブロス奇種を刺激しないギリギリを攻めているのを理解していたジークだが、背負う武器が大剣である彼はそんなせせこましい攻撃をすることなどできない。故に、彼が狙うのは一撃でもっとも大きなダメージを与えられる場所である。背中の甲殻を蹴って砂の上に着地したヴィネアを横目、ジークはずっと邪魔だと思っていた尻尾を切断する為に、根元に向かって大剣を振り上げた。本当に一撃で最も効果的な攻撃ができる場所は腹の下にジークがつけた傷痕だが、後ろからの攻撃に対する迎撃手段として使われている尻尾を切断すれば、ディアブロス奇種は大きく弱体化すると考えて尻尾を狙った。
「……私も、手伝う」
尻尾を狙って振り上げられたドドン・ジェノサイドは、綺麗に尻尾の根本部分に刃を食い込ませていたが、振り上げるのは振り下ろすよりも当然威力が落ちるために尻尾を切断することはできない。ジークもそのことを理解していたが、何度か攻撃を繰り返せば切断できると無理やりなことを考えていた。ディアブロス奇種は尻尾に与えられた痛みを感じて尻尾を振り回そうとするが、意識が背後に向いた瞬間に角を抑えていたフルトが後ろに下がってディアブロス奇種のバランスを崩し、横から現れたヴィネアが再びディアブロス奇種の下顎を打ち上げる。
「うひゃぁッ!?」
「あ、ごめん」
「だ、大丈夫ですか!?」
首筋に向かって双剣を振るっていたダルクは、ヴィネアが最大の力で振り上げたハンマーの風圧を受けてその場に転がった。おおよそ人間の出せる力ではないことを肌で感じたダルクは、小さく謝るヴィネアの怪力に呆れたような表情のまま立ち上がった。顎を打ち上げられたディアブロス奇種は数歩だけ後ろに下がってから、再びヴィネアに殺意の全てを向けて角を揺らして串刺しにしようと足を進めようとしていた。
「はぁッ! まだまだッ!」
「準備完了。丁度いいタイミング」
背後で一人大剣を振り回していたジークは、下顎を打ち上げられた反動で尻尾が地面付近まで迫ってきた時に、大剣を上から振り下ろしていた。ディアブロス奇種の太い尻尾の中心にある頑丈な骨まで刃が達していたドドン・ジェノサイドを抜いたジークは、抜いた反動を利用してもう一度最大の力で尻尾に大剣を振り下ろした。岩をも容易く切断することができるドドン・ジェノサイドは、ディアブロス奇種の頑丈な骨すらも切断して、見事に武器である尻尾を切り離すことに成功したのだ。尻尾を切断されたディアブロス奇種が痛みと衝撃で数歩だけ前にでた瞬間に、ヴィネアが砂塵を巻き上げる程の膂力に遠心力を加えたハンマーをディアブロス奇種の左角に叩き込んだ。
「え、えぇっ!?」
「おわぁっ!?」
ディアブロス奇種が突然悲鳴を上げながら前に歩いたと思った瞬間に、ヴィネアが途轍もない膂力でハンマーをディアブロス奇種の角に叩きつけたと思ったら、歪に成長して大きくなっていた左の角が半ばから折れて天に舞った。月が照らす夜の砂漠に、折れた角がそのまま突き刺さった様子を見て唖然とするダルクとフルトは、ジークが尻尾を切断したことにすら気が付いていなかった。
「これでもう瀕死」
「流石にそろそろ終わらせたいな……」
尻尾を切断され、残っていたもう片方の角もへし折られたディアブロス奇種は痛みで転げまわりながらハンターから距離を取っていた。咄嗟の判断で距離を取るディアブロス奇種の動きに舌を巻きながらも、ジークは既にディアブロス奇種との戦闘が九割は終わっていることに気が付いていた。両角をへし折られ、腹や首筋に大量の切り傷を与えられ、尻尾も切断されている。ディアブロス奇種は既に虫の息と言ってもいい。
「……すっごい威圧感出してないですか?」
「ん……全然やる気満々」
誰がどう見ても瀕死の重傷を負っているはずのディアブロス奇種は、それでも二本の足でしっかりと大地を踏みしめながら、夜の砂漠に響く大きな叫びをあげた。今までで一番大きな咆哮を口から出しているディアブロス奇種に、ジークは呆れ半分敬意半分を示すように背筋を伸ばした。
「ディアブロス、最期の大暴れ……付き合ってやりますか」
「そうね」
「わ、わかりました……私も頑張ります」
「うぅ……なんで瀕死なのにこんな怖いの……」
水色の瞳を揺らしながらも、砂漠の暴君としての威圧感を全く衰えさせる気配のないディアブロス奇種を前に、ジークとヴィネアは笑顔を浮かべたまま武器を構えた。黒い死神は、たとえ自分が瀕死であろうともハンターを前に一歩も退かない。それを証明するように、ジークたちが動くよりも先にディアブロス奇種が駆けだした。
「ふぅ……」
力なく倒れ伏しているディアブロス奇種の横で、ジークはドドン・ジェノサイドを地面に置いて肩を回していた。アクラ・ヴァシム変種特異個体とディアブロス奇種特異個体の連戦は、ジークの身体にも大きな負担をかけていた。幾ら狩人祭だからと言っても、変種や奇種を連続して狩猟するものではないと考えながらも、やはり凄腕個体は戦っていても楽しいと思っていた。
「ジーク、次はどうするの?」
「そうですね……一回、メゼポルタに帰るのもありだと思います」
「めぼしい依頼が無かったら?」
「まぁ、そんなところです」
満点の星空を見てはしゃいでいるダルクを横目に、ジークはヴィネアの言葉に頷いた。狩人祭の最中に、拠点を何度も移動させて狩りをするのは効率があまり良くない。しかし、アクラ・ヴァシム変種特異個体とディアブロス奇種特異個体を連続で狩猟したことで、狩人祭のスタートダッシュとしては十分な程の「魂」を獲得しているジークは、これを機に拠点を移動させてもいいかもしれないと考えていた。
「メゼポルタにもまだ面白そうな依頼があるかもしれませんし、そっちで色々考えてみますよ」
「そう。私は活動し慣れているから、しばらくドンドルマに残るつもり……実家もあるし」
「そういう人も多いですよね」
ヴィネアのように、狩人祭の最中についでに実家に顔を見せたりするハンターを多い。多くのクエストをクリアしなければならない関係上、色々な拠点に分散して狩りをすることになる狩人祭中に、拠点近くに実家があるようなハンターは、住み慣れている実家で休養を取ることもある。ヴィネアのようにドンドルマに実家があるようなハンターも少なくない他、セクメーア砂漠、クルプティオス湿地帯、ラティオ活火山と三方向に行先のあるドンドルマは、狩人祭の最中でも人が集まる場所なのだ。
「フルトさんはどうします?」
「え? 僕は……ドンドルマで団長たちを探そうかな……ドンドルマに行くって聞いてたし」
フルトが所属している『ロームルス』の猟団長、ネルバがドンドルマで活動していることはジークも把握していた。かつてドンドルマに永住するつもりで買った家が残っているらしく、ドンドルマではそこを拠点にして狩りをすると宣言していたので、ジークも覚えていた。
「ダルクは……」
「私はジークさんについていきますよ?」
「……そうか」
ほぼ同い年であるはずのダルクが、自分の信奉者であることに未だ慣れていないジークは、笑顔のまま即答されてたことに一瞬詰まったが取り敢えず頷いておくことにした。ハンターの狩猟に置いて信頼関係というのはとても大事なものであるが、ここまで大きな感情の矢印を向けられた経験がジークにはないので困惑していた。
それぞれ全員が行く場所を決めたことで、この四人パーティーは解散されることになる。とは言え、メゼポルタでは一度きりのパーティーなどなんら珍しいことではない。しかも、四人は同じ同盟に所属する仲間なのだからすぐにでもパーティーを組む機会があるので、全員が対して気にしていなかった。
「じゃあこれからの狩人祭の健闘を祈りますよ」
「任せて。バシバシモンスター倒すから」
「僕も微力ですけど……なんとか頑張って貢献してみます」
「任せてください! そもそも、この狩人祭の為にこの同盟に所属しているんですから!」
ダルクの言葉に頷いたジークは、腰にぶら下げていた飲料水の入った瓶を取り出した。ジークがなにをしようとしているのか察した三人も、飲料水が入っている瓶を取り出し、全員が同時に瓶を前に突き出すことで、小さな音を鳴らした。
「乾杯」
「かんぱーい!」
これまでの健闘を称え、これからの健闘を祈るジークの乾杯の音頭に合わせて、三人も水を口にした。本来ならば狩猟を終えた後に豪勢な食事をしながら酒でやるようなことなのだが、場所は夜の砂漠のど真ん中のため、水だけで行われていた。水だけでしか行われていない小さな宴だったが、狩りが終わったばかりの高揚感を乗せた宴は、ギルドの回収班がやってくるまで続いていた。
ディアブロス奇種終了です。
次は多分ヒプノック繁殖期になると思います。