狩人の頂 作:ばるむんく
次こそヒプノック繁殖期書きます
「ふぅ……」
「お疲れ様です!」
「あぁ……対して疲れてもいないがな」
クルプティオス湿地帯でショウグンギザミを狩猟していたベレシスは、倒れ伏したショウグンギザミに目もくれず、首を回していた。『ゴエティア』に所属している上位ハンターを三人ほど連れながら、上位個体のショウグンギザミを狩猟したベレシスは、心底つまらなさそうな顔をしていた。強敵と命を削り合うような戦いこそが至上であると考えるベレシスにとって、明らかに格下である上位個体のショウグンギザミなど毛ほども興味はなかった。それでも彼女が上位ハンターを連れてショウグンギザミを狩りに来ている理由は、単純に狩人祭に勝つためである。
「これならばジークとでも狩りに行けばよかったかもしれんな……あれは危険な依頼が舞い込んでくるタイプだからな」
上位個体のモンスターを多く狩るのが狩人祭というものなのだが、ジークならば平然と変種やら奇種を狩っているであろうという確信がベレシスにはあった。狩人の中にもたまに、危険な依頼がいくつも舞い込み、それでも生き続けているハンターというのが存在する。ジークは間違いなくそれである。
「ベレシス団長……また一人で笑ってる」
「あの人、実力は確かだしカリスマもあって付いていきたいって思わせる人なんだけど……怖いんだよなぁ」
洞窟の中で一人笑っているベレシスの横顔を見ながら『ゴエティア』のハンターたちは頷いていた。
「ハルファス、ショウグンギザミの解体は任せる」
「は、はい!」
ベレシスと共にショウグンギザミの狩猟に来ている上、位ハンターの一人である女性のハルファスに、死体の解体を任せたベレシスは洞窟の壁に浮き上がっている結晶に触れながら、次の獲物をどうするか考えていた。
「はぁッ!」
「うわっ!?」
溶岩の海の中から飛び出してきたヴォルガノスに向かって強烈な一撃を繰り出したバアルは、そのまま地面に着地してから、ちらりと撃ち落とされたヴォルガノスの方へと視線を向けた。何度か痙攣した後に絶命したヴォルガノスを見て、ついてきていた三人のハンターが安堵の息を吐いた。
「怪我はないか?」
「だ、大丈夫です……」
「そうか。今のうちに休んでおけ」
片手剣を納刀したバアルは、ヴォルガノスの上位個体には目もくれず、溶岩の海へと視線を向けた。ドンドルマを中心としたラティオ活火山で、バアルは上位ハンターを三人連れてヴォルガノスを狩猟していた。本来ならばアクラ・ヴァシムやリオレウスなどを狩りに行きたいと思っていたバアルだが、ドンドルマで付いて来てくれる凄腕ハンターを探していた『ラグナロク』のハンターを見かけてついてきたのだ。
「ラーマ、だったか……次の狩猟の予定はあるのか?」
「え? あ……森丘のリオレイアとリオレウスのクエストがあって……」
「そうか。ならそれにしておこう……狩人祭で必要なのは依頼を達成する速度だからな」
ラーマと呼ばれた『ニーベルング』所属のハンターは、バアルの言葉に頷いていた。
ラーマは元々、ジークに勧誘される形で『ニーベルング』に所属することになったハンターだが、ヴォルガノスとの狩りでバアルの見せた荒々しくもありながら、美しさを垣間見せる片手剣技に惚れ込んでいた。
「俺もいつか、バアルさんのように片手剣を扱って見せます」
「……よくわからんが、やってみせろ」
本当に何が言いたいのかわからないといった顔をしながらも、バアルはラーマの言葉に曖昧に頷いた。
「……マルク」
「任せてくれ姉さん!」
強い吹雪が起きているフラヒヤ山脈の一角で、エルスがヘヴィボウガンから弾丸を放ちながら、横を走り抜けていったマルクに名前だけを呼びかける。それだけでエルスの意図を察知したマルクは、対面する金色の毛を揺らすラージャンへと急接近した。
「貰った!」
「流石に前に出過ぎ。ウルフ、支援してあげて」
「わかったよッ!」
双剣を持ったまま意気揚々と急接近していったマルクに、エルスはため息を吐きながらランスを持つハンター、ウルフにマルクの援護を頼んだ。ウルフは『ニーベルング』に所属する男のハンターであり、ランスの扱いに長けている支援型のハンターである。『ニーベルング』に所属している上位ハンターの中で、次に凄腕ハンターになるだろうとジークが目星をつけているハンターであり、その実力は既に凄腕ハンターと大差はない。
無謀にも急接近してきたマルクに対して、我武者羅に腕を振り回していたラージャンは、横から入ってきたウルフに攻撃を受け止められたことで生まれた隙に、マルクの双剣によって致命傷を受けた。叫び声を上げながら雪の上に倒れ伏したラージャンを前にして、マルクは完璧なキメ顔を見せていた。
「どうだ! これが凄腕ハンターの実力だ!」
「すごい、かしら?」
「何故疑問形なんだ!? 目を逸らすなディアナ!」
マルクにディアナと呼ばれた女性ハンターは、マルクの言葉を完全に無視してウルフに軽く会釈してからラージャンの死体に近寄った。ディアナは『ロームルス』所属する上位ハンターだが、年齢がマルクよりも上なこともあり、マルクの調子に乗った言葉を軽く受け流していた。
「エルス、解体しますわよ!」
「ディアナさん、興奮しすぎよ」
お調子者のマルクを軽く受け流したディアナだが、実はモンスターの死体を解体するのが大好きだという変わった女性であり、解体の話となるとエルスですらあまり近寄りたくないと思うようなハンターである。
「……誰か変わってくれ」
当初はハンター業界の中でも美人として認識されるであろう女性ハンター三人とのパーティーと聞いて、狩りを楽しみにしていたウルフだが、実際は三人の個性が強く、しかも三人とも我が強く振り回されっぱなしである。男の夢であるハーレムパーティーを実現させると意気込んでいたウルフは、数度の狩りで既に精神的にボロボロだった。
「おわぁっ!?」
「ね、ネルバぁ!?」
「……なにしてるんですか?」
シルクォーレの森とシルトン丘陵からなる森丘の崖を歩いていたネルバが、足を踏み外して落ちそうになっていた。咄嗟に手を伸ばしてネルバの手を掴み取ったスロアは、なんとかして顔を青褪めているネルバを引き上げようとしていた。横でその様子を見ていたメルクリウスは、大きなため息を吐きながら一人で進み始めた。
「がっはははは! まぁいいじゃぁないか……団長もたまには道を踏み外すものよ!」
「いつも踏み外していますけどね」
メルクリウスは、自分の後ろで豪快に笑っているユピーの言葉に呆れていた。年齢も三十を超えるベテランハンターであるユピーは、メルクリウスが見上げるような巨漢の男だが、普段は気のいいただのおっさんである。
「大体、あの程度の段差を落ちた所で怪我をする訳でもありません」
「それはそうだ」
「あ、そっか」
「いてぇっ!? 急に手を離すな!」
メルクリウスの言葉に納得したスロアは、ネルバから手を離した。ほんの少しだけ落下したネルバが、尻を擦りながら抗議の声を上げる。しかし、メルクリウスは心底呆れたようなため息を吐くだけだった。
「リオレイア変種、どこまで逃げたのやら」
「そうですね……麓の方まで逃げたのかもしれません。それか森に身を潜めているかと」
「厄介だな……森は狭いからな」
四人は森丘で依頼を受けているがミナガルデではなく、ココット村を拠点にリオレウス変種の討伐に来ていたのだが、飛竜の巣で相対していたリオレウス変種は、ほんの少しの交戦で自らの危機を察知して早々に逃げて行ったのだ。飛竜の巣がシルトン丘陵の頂点にあるため、逃げていったリオレウス変種を追っている四人は、必然的に崖を最短距離で降りるか、遠回りをして安全に下山するかの選択肢を迫られた。狩人祭のクエスト効率を考えたパーティーのリーダーであるネルバに全員が納得する形で崖を降りている最中に、ネルバが足を踏み外して落ちた所である。
「にしても、森丘はいつも通りだねぇ……」
「そうだな。ここは昔から変わらん」
スロアの言葉に頷いたユピーは、前を歩くメルクリウスが勢いよく下に飛び降りたのを見て笑みを浮かべ、我先にとスロアよりも早く飛び降りた。
「ゆっくりと蔦を頼りに降りるより効率的です」
「がっはははは! 確かにな!」
「えぇ……流石に怖いよ?」
「慣れてください」
「俺を置いて行くなぁっ!」
崖の上でやかましいハンター四人に反応して、崖の下にいたブルファンゴたちが唸り声を上げていた。
「やぁッ!」
「ティナさん! そっちに行きました!」
「っ! 了解です!」
太陽の照り付ける昼間の砂漠で、ティナが弓を片手に持ちながら躍動していた。目の前に迫るダイミョウザザミの爪を掻い潜り、的確に急所へと矢を放ったティナは、ウィルの言葉に反応して背後から近寄ってきていたもう一頭のダイミョウザザミの爪を避ける。
「はぁッ!」
ガンランスの銃砲をダイミョウザザミへと向けたウィルが、装填された弾丸を発射する。ダイミョウザザミが背負っている、途轍もなく硬いモノブロスの頭骨を傷つけるような砲撃を受けて、ダイミョウザザミはその場で大きく上に跳躍した。
「後ろは任せなさい!」
「はい!」
跳躍したダイミョウザザミに狙いをつけて矢を引き絞ったティナは、背後からの攻撃を、ランスを持つ女性に託して前にのみ意識を集中させた。ウィルを狙って落ちてくるだダイミョウザザミへ、落下してくる速度を考慮して放たれた矢は的確に顔面に突き刺さった。横から衝撃を受けた様に空中で吹き飛ばされたダイミョウザザミは、勢いよく砂塵を巻き上げながら墜落し、それを追撃する為にウィルが駆ける。
「甘い!」
「グローセさん、ありがとうございます!」
「蟹一匹程度なら問題ないわ。オルクス!」
「聞こえてるっ!」
ティナへと当たりそうな攻撃を全て防いでいたグローセは、盾で爪を弾いたことで生まれた隙に突っ込むようにもう一人のハンターへと指示を出していた。太刀を両手に、グローセの指示よりも先に突っ込んでいたオルクスは、ダイミョウザザミの爪へと太刀を突き刺し、そのまま甲殻の一部を引き剥がすように横へと滑らせた。紫色に近いような甲殻種特有の血液が噴き出すと同時に、グローセが接近してダイミョウザザミの顔の下へとランスを突き刺した。深々と突き刺さったランスから血液が垂れ流しにされたまま、ダイミョウザザミが力なく砂漠に横たわるのを確認してから、グローセとオルクスはもう一匹のダイミョウザザミへと視線を向ける。
「こっちも終わりました!」
「流石、凄腕ハンターね」
「全くだ……大した腕だよ、二人ともな」
自分よりも後輩であるはずのウィルとティナの実力に、感心したように呟くグローセの言葉に、オルクスは同意するように頷いていた。オルクスとグローセはティナとウィルよりも前からメゼポルタに所属していたが、上位ハンターで止まっている。それだけで二人の異常な程の成長率だとわかる。
「まぁ、私たちの猟団長はもっと化物だけれどね」
「ジーク、か……あれは時代に名前を残す傑物の器だろう」
二人から見ても天才としか表すことができないウィルとティナ。その中心にいる人物はいつだって『ニーベルング』猟団長であるジークなのだ。メゼポルタの時代の中心とも言うべき場所にいる、ジークの存在にグローセは惚れ込んで『ニーベルング』に所属しているのだ。
「……さぁ、早く片付けて次の狩りに行きますわよ」
「そうするか」
「はい!」
「よーし! この調子でもっと狩りますよ!」
ダイミョウザザミ二頭を狩猟した程度では止まれない。『ラグナロク』が相手をしている二つの猟団は人員の数も質も勝っているのだ。残るのは個々人の実力と根性くらいである。ティナとウィルは、ジークが率いる『ラグナロク』を勝たせるために気持ちを入れ替えて次のクエストを考えていた。
「うーん……やはり私の肌には合いませんね。弱い敵というものは」
「また始まったな……お前さんのそれはなんとかならんのか?」
「そうは言ってもですね……私は血沸き肉躍る戦いを求めるハンターなんですよ。ガープさん」
「そうかいそうかい」
パイモンの言葉に辟易とした様子を見せる男の名はガープ。元はドンドルマでG級ハンターをしていたほどの実力者であり、年齢も四十を超えているというのに未だに超人的な動きをする『ゴエティア』の古参ハンターである。
「まぁ、貴方の様に気のいい老人を気取りながら、モンスター相手にはネチネチと狡猾な狩りをする人にはわからないかもしれませんが」
「変な言い回しをするな! 俺はただ安全策を取ってるだけだろう!」
このガープという男、普段は気のいいオヤジであり、同じ猟団や同盟の仲間を家族同然に考える温かい性格をしているのだが、狩猟スタイルは一変して相手の嫌がることを続ける、陰湿とも言えるような狩りである。これは経験に裏打ちされた、仲間にも自分にも被害が少なくなるように狩る技術なのだが、どうみても嫌がらせにしか見えないような狩り方をすることから、共に狩りに行ったハンターからは、実は腹黒なのではないかと噂されている。本人はそのことは悲しくて仕方がないのだとか。
「しかし、このベルキュロスは大した敵ではなかった……ベルキュロスと聞いて少し期待したのですが」
「上位個体程度だろうな……凄腕ハンター四人で狩るような相手じゃあない」
「ですね」
パイモンは峡谷に横たわるベルキュロスの死体へと目を向けた。ジャンボ村に滞在していたパイモンたちに、峡谷に出現したベルキュロスを速やかに討伐して欲しいと依頼が舞い込み、ベルキュロスと聞いてパイモンが興奮気味に頷いたことで峡谷に狩りに来ていたが、若い個体なのか力は上位程度でしかなく、がっかりすることになっていたのだ。
「おう。大体片付いたぜ」
「はぁ……周辺の片づけを人に任せる気が知れん」
ベルキュロスの横で、大きなため息を吐きながら座り込んでいたパイモンの下に、二人のハンターが近寄ってきた。ベルキュロスを討伐したついでに、周辺の肉食小型モンスターの掃討をしていたゴエティアの凄腕ハンター二人である。
「すまんな。パイモンはやりたがらんからな」
「当然ですよ。弱い敵の掃討などごめんです」
「……て、訳だからよ。悪いな、アッシュ、ヴァサゴ」
「気にすんな、ガープのおっさん」
「はぁ……」
アッシュとヴァサゴと呼ばれた二人は、対照的な反応を見せていた。歯を見せるような笑みで気にするなと口にするアッシュと、心底呆れた様なため息を吐くヴァサゴ。二人共『ゴエティア』の中で十指に入る実力者である。
「他の連中は上手くやってんだか」
「俺らの団長は心配いらんだろう。パイモンよりも厄介な戦闘狂であることを除けば」
ベレシスなんて何をさせても生き残るとしか考えていないガープの、自分達の猟団長を差したとは思えない言葉に、三人とも同時に頷いた。その強さに惚れ込んで入団したというハンターは『ゴエティア』には多いが、主力団員として活躍しているパイモンたちの様なハンターは、流れでたまたま入団しただけである。
「……他の猟団のハンターは?」
「それもそこまで心配いらんと思うがな。特に『ニーベルング』の猟団長が率いる連中はな」
ヴァサゴも『ゴエティア』のメンバーの心配などしていなかったが、彼は『ロームルス』と『ニーベルング』のハンターたちのことを気にしていた。同盟を結んでまた季節が一つ進んだ程度の時間しか経っていない現状では、あまり他の猟団のことも詳しくない者が多い。ヴァサゴの言葉に心配いらないと断言したのはガープだった。寒冷期の間に一度だけ、ジークと共に狩りに行ったことがあるガープだが、既に『ニーベルング』猟団長であるジークの実力を完全に認めていた。
「彼の腕は惚れ惚れしますよ。一緒に狩りに行けばわかります」
「そんなにか? かぁー……俺も剛種シェンガオレンとやり合いたかったぜ」
常に強者との戦いを求めているパイモンは、ベレシスと同じで弱者にはあまり興味がない。そんな彼が腕に惚れ込んでいるとなれば、外れであることはまずないだろう。
アッシュが剛種シェンガオレンの出現を聞いたのは、他の剛種を狩猟してメゼポルタに帰ってきた後である。始めて確認された剛種シェンガオレンの討伐に『ラグナロク』の凄腕ハンターが十二人向かったと聞いて、自分が気を逃したと気が付いた時にはそれなりに後悔していた。
「そのうちいくらでも狩りに行ける。あの男は時代の中心にいるような男だ」
「……面白い」
「ヴァサゴが興味を示すなんて珍しいな」
「私とて、興味の惹かれる者ぐらいいる」
ヴァサゴの言葉に同意するように頷くパイモンに呆れながら、ガープは峡谷の空に視線を向けた。
「ふぅ……帰ってきたはいいけど、殆ど誰も残ってないな」
「本当ですね」
ドンドルマからメゼポルタに戻ってきたジークとダルクは、最初に猟団部屋へと向かったが、そこには数人のハンターの姿があるだけで、殆どのハンターが各地に出払っていた。狩人祭としては正しい行動なのだが、ここまで人が少ない猟団部屋というのも珍しいことだったので、ジークは少しだけ寂しそうにしていた。
「誰か残ってないかなぁ……あ」
「ん? げっ」
「あ、ルーナ」
猟団部屋を見渡して誰か残っていないかと呟いたジークの視界に、女のハンターが入り込んだ。視線が合って相手がジークだと理解した瞬間に、心底嫌そうな顔をした女に対してダルクが笑顔で声をかけた。
「なによ?」
「人がいないか探してたの!」
ダルクに対して素っ気なさそうな返答をするルーナは、ロックラックギルドでダルクと組んでいた弓使いのハンターである。若くして上位ハンターへと昇格したルーナとダルクは、ロックラックギルド内でも天才であると持て囃され、数多くの依頼が舞い込んでハンターとして大成するはずだった。ルーナの目の前にいる男がいなければ。
「……あんたも一緒な訳?」
「そうなるな」
「絶対嫌だ!」
「なんでよぉ!」
ジークのことを個人的な理由で嫌っているルーナだが、彼女は『ロームルス』に所属しているハンターである。嫌っていると言ってもなにかをされた訳でもなければ、ジークに嫌がらせをしようという悪意があった訳でもないことはルーナを理解しているので、突っかかっていくはない。しかし、ジークのせいで苦労をしたことがあるのも事実なので、喋りかけられると噛みつくのだ。
「……あぁ、なんかどっかで見たことあると思ってたんだけど、ロックラックのルーナか」
「はぁ!? あんた……今まで知らずにあたしと話してたの!?」
「うん」
ジークとしては過去の話なのであまり深く思い出していなかったが、実は『ラグナロク』所属の凄腕ハンターの集会で顔を合わせるたびに、その顔に既視感を覚えてはいたのだ。当時のことを恨んではいなかったルーナだが、ジークのその態度に怒りで震えていた。
「あんたのせいでどんだけ苦労したと思ってるのよ!」
「いやぁ……すまん」
「ちょ、ちょっとルーナ。ジークさんだって悪意があった訳じゃないから」
何故ルーナとダルクがジークによって迷惑を被った過去があるのかと言えば、単純な話、運が悪かっただけである。
同じ大陸内で巨大な二つのギルドとして有名なロックラックとタンジアは、切磋琢磨するライバルなのだ。ロックラックのハンターが大きな功績を残せば、タンジアのハンターが負けじと功績を残す。そうやって二つのギルドは大きくなっていたのだが、ルーナとダルクがロックラックのハンターとして天才だと持て囃され始めた頃、タンジアではジークが異例の速度で昇級していた。結果的に、最初は天才だと持て囃されたルーナとダルクの噂は、同時期に現れて彗星の如き速さでG級ハンターまで駆け上がったジークに押しつぶされることになる。
「そもそも! こいつが
「まぁ……それはそうだけど」
「あの時? もしかしてジエン・モーラン亜種の話してる?」
「それ以外にないでしょ!」
大砂漠の中心に聳え立つロックラックのギルドとしては、ジエン・モーラン亜種の素材や、可能ならば討伐することで大きな名誉を得たいという思惑もあった。ただ、ジエン・モーラン亜種は原種とは一線を画す危険性を持つモンスターであるため、正面から戦うのはG級ハンターに限られていたのだ。そこでやってきのが、タンジアで名を上げていた若きG級ハンターであるジークだった。彼はふらっとパーティーにも加わらずに一人でやってきたかと思えば、超人的な活躍によってジエン・モーラン亜種の素材と討伐の名誉をかっさらっていってしまった。ジエン・モーラン亜種討伐戦で活躍することで、G級ハンターに昇格しようと画策していたルーナとダルクはジークによって気を逃し、G級ハンターになるのは遠い未来の話になってしまったことで、心機一転としてメゼポルタへとやってきたのだ。
「まぁ……あれは悪かったよ」
ジークとしても、ジエン・モーラン亜種に関する話はロックラックのハンターたちに負い目を感じている事件である。なにせ、何十年と準備して今度こそはジエン・モーラン亜種を討伐するのだと張り切っていたものを、ライバルであるタンジアのハンターが横からかっさらっていったようなものである。いくらハンターが実力主義の世界であるとは言え、一攫千金を求めてやってくるハンターが多い中で、爆破属性の武器でなんの空気も読まずに、ジエン・モーラン亜種の牙を両方へし折ったことは反省していた。
「……わかってるわよ。ハンターなんて結局実力主義社会なんだから、あんたより活躍できなかったあたしらが悪いって」
「いや、そう言う訳じゃないだろ」
「そういうことなのよ。はぁ……」
情緒不安定だな、と口にしたら烈火の如き怒りを向けられるだろうことを流石に察したジークは、大人しく口を噤んだ。ルーナもジークに対して色々と思う所があり、今回は噛みつくことになったが、自分の力が足りない理由をジークに押し付けていることは理解していた。今となっては過去の出来事であり、二人共メゼポルタの凄腕ハンターでしかないのだ。
「……で? なんで人が探してた訳?」
「狩人祭でしょ? なにかいい依頼がないかなーって探しに戻ってきたの」
「そう……なら丁度よかったわね」
ダルクの言葉に納得したルーナは、懐から一枚の依頼書を取り出した。ルーナは元々狩人祭が始まった当初から、メゼポルタを拠点に塔とバテュバトム樹海をメインとしていた。上位個体のモンスター数頭狩猟していたルーナだが、何気なくクエスト一覧を眺めていた時にその依頼を見つけたのがつい数十分前の話である。
「……ヒプノック奇種、か」
「そ……あんたが言ってた評価の高いモンスターよ」
ヒプノック繁殖期の変種相当であるヒプノック奇種ともなれば、ジークとダルクが狩猟してきたアクラ・ヴァシム変種特異個体やディアブロス奇種特異個体と並ぶような効率なのは間違いない。奇種である以上危険度は高いが、アクラ・ヴァシムとディアブロス亜種と比べれば、相対的に危険度は低いと言えるだろう。
「確かに、ヒプノック奇種なら効率もいいが……もう一人集まるか?」
「そこなのよねぇ……」
「誰かいないかな」
効率のいいクエストが丁度手に入ったと言うルーナに賛同したジークとダルクだが、問題は奇種であるため、凄腕ハンターがもう一人は欲しいという点である。
「まぁ、俺も工房の方で新しい武器とか作ってもらいたいし、少しだけ時間を置こうか」
メゼポルタに帰ってきてから、工房に一度だけ顔を出して素材を渡してきたジークは、強力な武器が手に入ってからの方がいいかと考えていた。変種アクラ・ヴァシムの結晶などから新しい武器が作れるかもしれない、と事前に聞いていたジークは、その武器を頼りにしていた。
「それがいいわね……ダルク、久しぶりに買い出しに行かないかしら? 回復薬の在庫が心許ないのよ」
「わかった。じゃあジークさん、人を見つけたら誘っておきますね!」
「頼む。あ、ルーナとダルクの必要な物も経費で出しておくから、猟団員用の素材をついでに買ってきておいてくれ」
「りょーかい」
それだけ言い残して、ルーナとダルクは猟団部屋から出て行った。猟団部屋には、猟団員が全員使える共通のアイテムボックスが一つだけ存在している。万が一、必要なアイテムが足りなかった時などのために用意されているアイテムボックスだが、基本的には猟団員個々人が善意でアイテムを補充するか、今回のように猟団長や同盟の長が経費として金を後から払って入れておくためのボックスである。
猟団部屋に残っている数人のハンターに声をかけながら、ジークは椅子に座ってヒプノック奇種の依頼書に目を向けた。
「……ヒプノックか」
「ヒプノックが求愛するために、体毛を鮮やかに変色させた姿。分類的には亜種ではなく同一個体だが、体毛を変色させた繁殖期のヒプノックは凶暴性が増し、気性が荒くなるため、ディアブロス亜種と同じように亜種区分に分類されている」
「ん?」
ウィルと初めて狩りに行ったモンスターであるヒプノックの姿を思い出し、少しだけ懐かしさに浸っていたジークの耳に、ヒプノック繁殖期の詳細が聞こえてきた。落ち着いた男の声であることを認識したジークは、モンスターの生態に詳しいという点だけで誰かを察していた。
「ヒプノック繁殖期の特徴的な行動としては、肉眼でも視認できる程のフェロモンを発すること。これは、通常のヒプノックが口から吐く睡眠作用のあるブレスとは違い、一瞬でも吸い込めば人間がすぐに失神してしまう危険なフェロモン。失神する原因は特定されていないが、特徴的なピンク色のフェロモンを視認したらすぐに離れるべし」
「……詳しいですね、ベリアルさん」
注意点まで添えてくれた相手に苦笑いを浮かべながら振り向いたジークは、背後に立っていた眼鏡をかけた男性と目を合わせる。ベリアルと呼ばれた男は薄く笑みを浮かべてから、手に持っている本を閉じた。
「久しぶりだね。狩人祭前の集会には来れなくて悪かった」
「いえいえ……ハンターは常に忙しいですから」
狩人祭前の集会に来ていなかった『ゴエティア』所属の凄腕ハンターであるベリアルは、百人に聞けば百人が知的であると断言する様な優男の顔をしている。おまけに眼鏡をかけていて、モンスターの生態や大陸各地の環境にも詳しい、もはや研究員のようなハンターである。
「ヒプノック繁殖期、行くのかい?」
「そうです。集会では話したんですが、こいつは繁殖期になると依頼が増えますから」
「あぁ……一回の狩猟で得られるリターンが大きい、と」
「狩人祭の間は、ですけどね」
ベリアルはジークの言葉に頷いた。ヒプノックが繁殖期の間だけ体毛を変色させる亜種は、気性が荒くなり、求愛のために縄張りから出ることが多い関係上、クエスト数はどうしても嵩んでいく。
「奇種ともなれば効率も十分だろう。悪くない選択だね」
「そうですかね」
「そうだとも。是非ともスタートダッシュに遅れた僕も連れて行ってほしいな」
「大歓迎ですよ」
「感謝するよ」
パローネ=キャラバンの依頼を受けてメゼポルタを離れていたベリアルは、予想よりも長い間拘束されていたことで狩人祭に遅れてしまったのだ。いざメゼポルタに帰ってきてみれば既に狩人祭が始まり、猟団の主力メンバーも殆どが出掛けている状態であったため、誰かが帰ってくるまで休養していた。
「戦力になることは保障しよう」
「頼りにしてます」
新たな『ラグナロク』の凄腕ハンター参戦に、ジークは笑顔を浮かべていた。
結構な数のキャラを書きました。
以前から考えてあったキャラの名前は粗方出たので、設定を読みやすく書き直してから、なんらかの手段で投稿したいと思っています。
後書きに一人ずつ書くか、全部まとめて設定として投稿します。