狩人の頂 作:ばるむんく
シルクォーレの森とシルトン丘陵からなる森丘で、二頭の火竜と戦っていたジークたちは、強大な火竜のブレスを避けながらその命を刈り取っていた。ヴァシムホーンを突き刺されたリオレウスは、大量の血を流しながら地面に倒れ込んだ。
「ふぅ……お疲れ様です。ネルバさん」
「おう……何度やってもリオレウスの圧力にはまいるな」
「空の王者ですからね」
空の王者と恐れられるリオレウスを狩猟したジークたちは、近づいてくるメルクリウスとユピーに視線を向けた。
「リオレイアも終わったぜ」
「お疲れ様です。これでクエスト完了、ですね」
二手に別れてリオレウス変種とリオレイア変種を分断し、各個撃破することで火竜討伐の負担を減らそうとしたジークたちの作戦は、結果的に上手くはまっていた。二頭の火竜を合流させることなく討伐することができた結果に、ジークは笑顔で頷いていた。
ミナガルデでリオレイアとリオレイアの討伐が完了したことを報告したジークたちは、情報収集をしてくれていたスロアと合流して、五人でドンドルマへと戻ることになった。
「そろそろ狩人祭も終わりか……正直、俺たちがここまでできると思ってなかったぜ」
「信じてなかったんですか? 俺は最初から勝つつもりでしたけどね」
「俺はお前ほどハンターとして成功したことがねぇんだよ」
元々、ドンドルマで活動していたハンターであったネルバは、ジークのようにG級ハンターになることもできずに、力不足を体感してメゼポルタにやってきたのだ。今では凄腕ハンターを名乗れるほどの実力を手に入れたが、それでもまだ自分の理想とする姿には追いつけていないネルバにとって、ひたすら前に進み続けるジークの存在は、眩しく見えるものだった。
「このまま勝てるといいのですが……」
「メゼポルタの双璧だって伊達で名乗ってる訳じゃあねぇからな」
メルクリウスが不安そうな顔で呟いた言葉に、ユピーが同意していた。メゼポルタの現状が気に入らないハンターが入団している『ロームルス』だが、なんだかんだと言っても二大猟団の巨大さは理解していた。ユピーも二つの猟団から勧誘されたことがある程度の実力者だが、二つの同盟を率いる親猟団の猟団長は別格の実力を持っていることは知っていた。
「おっさんにこの連戦はキツイが、メゼポルタの未来のためと思えばな」
「おっさんっていう程の歳じゃないですよ、ユピーさん」
「そうかい? 三十は充分おっさんだと思うけどな」
既に年齢が三十を超えているユピーにとって、狩人祭のように連続した狩猟が求められる状況はかなり身体に無理をさせていた。世の中には六十を超えてもハンターとして第一線で活躍するハンターもいるが、そんなことができるのは、長く現役を続けながらも致命的な怪我を一度たりとも受けたことがない、一握りの存在だけである。
「お話中悪いんだけど、ちょっとよくない噂を聞いたんだ」
「スロアさん? よくない噂って言うのは……猟団のことですか?」
ドンドルマへと向かう竜車の上で談笑していた中、スロアが真面目な顔で集めた情報をまとめた資料を開いた。先程から談笑に加わることなく、真面目な顔で資料を眺めていたスロアを気にしていたジークは、彼の持ってきた情報に関して興味があった。
ジークに情報をことを聞かれたスロアは、猟団のことではないと首を振って否定しながら、木箱を机代わりにして資料を見えるように置いた。
「ちょっと前にクルプティオス湿地帯が立ち入り禁止になったらしいんだ」
「沼地が? 立ち入り禁止ってなにがあった?」
「それをドンドルマの直轄であるギルドナイトが調査していたらしいんだ」
ギルドナイトの名前を聞いて、ネルバとメルクリウスが身体を固くした。G級ハンターとは違う方面で優れた、ドンドルマ大老殿直轄のエリート組織であるギルドナイト。そのメンバーが調査に赴く様なこととなれば、考えられるのは密猟者が出たことぐらいである。
「でも、密猟者じゃないみたいなんだ。立ち入り禁止になった理由は明かされず、調査に出たギルドナイトもまだ帰ってきてないみたい」
「数日前に調査に出たギルドナイトが帰ってきていない? それってもう……」
数日間でなんの成果も得られなかったとしても、報告一つせずに戻ってこないことなどあり得るはずがない。その時点で、ジークは調査に赴いたギルドナイトが既に死んでいるか、撤退することもできない状況に陥っているかのどちらかであると考えた。
「確かにきな臭い話だな」
「……ドンドルマに戻ったら最優先でその話、追ってみましょうか」
「そうだな」
普通ではないことが狩人祭の最中に起きていると考えると、不謹慎ながらも解決すれば二つの猟団を出し抜くほどの功績に成り得るとジークは考えていた。
竜車を少し早めに動かしてもらい、時間を短縮してドンドルマへと辿り着いたジークたちは、竜車から荷物を降ろしている間にも、ドンドルマのハンターたちから緊張したような表情を感じ取っていた。
「やはりなにかあったみたいですね。みんな緊張した顔つきです」
「あぁ……かなりやばい感じだな」
「ようやく帰ってきたか、ジーク」
道行くハンターたちの表情からなにかを察していたジークは、突然後ろから声をかけられて肩を跳ねさせた。振り向いた先にいたのは、緊張した顔つきをしているドンドルマのハンターたちとは正反対の、とてもいい笑顔を浮かべている絶世の美女ベレシスだった。
「げッ!?」
「ど、どうも」
見るだけで魅了されるような笑顔を浮かべている絶世の美女を前に、ネルバは顔を青褪め、ジークは頬を引き攣らせていた。ベレシスがいい笑顔浮かべている時など、碌なことがないのを知っているからである。
「クルプティオス湿地帯の話は聞いたか?」
「立ち入り禁止になったことだけは……」
「そうか。なら続きも話そう……酒場まで来い」
笑顔を浮かべたまま踵を返したベレシスの背中を眺めていたジークは、ネルバと顔を見合わせた。ベレシスの性格ならば、周囲のことを気にせずにこの場で全てを話してしまいそうだと思っていたが、それをせずに人目の少ない酒場まで来いと言われたことに驚いていた。
黙って見つめ合っていても話が進まないと考えたジークは、すぐにベレシスの背中を追いかけた。ドンドルマには幾つかの酒場があるが、ベレシスが入った酒場が裏通りにあり、人が滅多に入らなさそうな場所にあった。
「知られたくないことに使うには、持って来い場所だろう」
「バアルさん?」
ベレシスを追いかけて入ったアングラな酒場には、既にバアルを含めて何人かの『ラグナロク』メンバーが集まっていた。酒場のマスターも気を利かせて、人数分の酒を用意すると店の奥に引っ込んでいった。
「それで、ベレシスからどこまで聞いた?」
「いえ、何も聞いていません」
「……今日は我慢できたのか」
ジークよりもベレシスとの付き合いが長いはずのバアルでさえ、ジークと同じ反応をしたことに、ジークが苦笑いを浮かべていると、待ちきれないと言わんばかりにベレシスが立ち上がった。
「沼地に標的が出た。狩りに行くぞ」
「単純に言うとそうなんだがな……」
「狩りに? ギルドナイトが調査に出たと聞きましたが?」
激しく興奮しているベレシスの言葉に、疑問符を浮かべたメルクリウスがバアルに向かって質問すると、ギルドナイトの名前を聞いてバアルが一つため息を吐いた。
「ドンドルマはギルドナイトを八人派遣して、クルプティオス湿地帯の調査に乗り出したらしいが、一人しか帰還していない」
「一人!? あとは……全員死んだのか?」
「えげつねぇな……あのギルドナイトだぞ?」
元々ドンドルマに所属したハンターにとって、ギルドナイトとは神聖視されることもあるほどの実力派集団である。バアルの一人しか帰還していないという言葉を聞いて、ネルバとユピーが驚いたような声を出していた。自分の持っていた情報よりも更に深刻な事態になっていることに、スロアも息を呑み、ことの重大さを聞いたメルクリウスは呆然として言葉が出ない状態だった。
「……どうせ全員は死んでないんでしょう?」
「よくわかったな。帰ってきたギルドナイトの証言だと、出会い頭に一人が重傷を負わされたらしいが、それ以降は散り散りで消息不明だそうだ。ただ、襲ってきたモンスターは逃げる獲物を追わなかった」
「王の余裕って、やつですか?」
「慢心に近いな。だがそれだけの力を持っている」
ジークはバアルが出してくれた今までの情報で、クルプティオス湿地帯が立ち入り禁止になるほどのモンスターが何者であるかを既に察していた。
バアルは更に言葉を重ねていった。そもそもギルドナイトが調査をすることになった理由は、クルプティオス湿地帯に狩りに行っていたドンドルマのハンターが、狩猟中に討伐対象のモンスターごと爆破させられて死亡した事件が起きたことである。共に狩りに行っていた仲間がすぐに逃げ帰ってきたことで事件が発覚し、ドンドルマがギルドナイト派遣を決定させた。そして、派遣したはずのギルドナイトが帰還したのはまさかの一人だけであった。生き延びるために毒の沼地の中に潜んでいたらしく、全身を毒に侵されながらも帰還したギルドナイトが一般のハンターたちにも目撃されたことで、ドンドルマは一時騒然となっていた。
「出たモンスターは、なんなんだよ。そんなの普通じゃねぇぞ!?」
「普通ではないさ」
事の経緯を聞かされたネルバは、震えた声で叫んでいた。大型モンスターと共にハンターの命が軽く消し飛ばされ、派遣されたはずの優秀なギルドナイトも一人しか帰還していない。普通のモンスターでは有り得ない被害の数であることに声を荒らげるネルバに対して、笑みを浮かべたままのベレシスが普通でないことを強調する。
「クルプティオス湿地帯に姿を現したのは
「古龍の……剛種っ!?」
「テオ・テスカトル……」
クルプティオス湿地帯に現れ、瞬く間にハンターたちへと被害を出したモンスターの名を聞いて、ジーク以外のネルバたちは驚愕に目を見開いた。古龍種の剛種が複数種類存在していることは、ネルバたちも知識として知っている。なにより『ゴエティア』のメンバーが、何頭かの古龍の剛種を狩猟した過去があることも、同じ同盟にいる以上話には聞いていた。それでも、自分たちにとって遠い世界の話であると思っていたモンスターの脅威が、間近まで迫っているという非現実感に誰もが付いてきていなかった。
「それ、狩れば狩人祭勝てますかね?」
「馬鹿ッ!? ジークっ、お前なに言ってるかわかってんのか!?」
「あぁ……勝てる。今からアクラ・ヴァシムの変種を狩りに行くことの十倍以上は約束してくれたよ……ギルドマスターがね」
「なら行きましょうか」
テオ・テスカトル剛種を狩れば狩人祭に勝てる。それを聞いたジークは、迷うことなくテオ・テスカトル剛種を狩ることに賛成した。古龍の剛種であろうとも、全く迷うことなく頷いたジークに『ロームルス』のメンバーは、目を見開いていた。
「テオ・テスカトルの剛種だぞ!?」
「聞きましたよ?」
「なんでそんな簡単に頷いてんだよ!?」
「なんでって……勝てるからですよ、狩人祭に。それだけを目標に今までハンターをやってきたのでは?」
ジークの言葉に、ネルバは言葉に詰まった。狩人祭で二つの猟団を超えて、メゼポルタ広場に革命を起こすと宣言したはずのネルバが、ジークの言葉に押されていた。
テオ・テスカトル剛種が想像を絶するような、強力なモンスターであることなどジークも理解していた。それでも、僅差で『円卓』と『プレアデス』に負けている中で、取れる選択肢など存在しない。狩人祭に勝つためだけに活動してきた一年を考えれば、ジークは簡単に頷いていた。
「決まりだな。当然、私は行くぞ」
「俺も行きますよ」
「……俺は行かんぞ?」
「私には無理ですよ」
「うむぅ……装備が少し心許ないな」
狩猟することが決まったのならば、早めにメンバーを集めてしまわないと、それこそ二つの猟団にテオ・テスカトル剛種を狩猟されてしまうだろう。現在の状況ではどちらかの猟団に、テオ・テスカトル剛種を狩られてしまえば『ラグナロク』は敗北を喫してしまう。
強敵との戦いを望んでいたベレシスは、当然テオ・テスカトル剛種との戦いを望み、同盟親猟団の猟団長としての責任を果たさねばならないジークも、テオ・テスカトル剛種と戦うことを望んでいた。ジークに視線を向けられたバアルは、肩を竦めながら不参加を公言。メルクリウスとユピーも別々の理由で不参加。
「……解った。なら俺が行く」
「ね、ネルバ?」
「狩人祭に勝つためなんだ。ここで腹くくってやる!」
かつてシェンガオレンとの戦いで心を折られ、クシャルダオラ剛種襲撃事件でハンターとしての自信を失った。それでも前向いて歩き続けながらも、再び相まみえたシェンガオレン剛種に、ハンターとしてのプライドを粉々に破壊され、既にネルバにはなにも残っていない。それでも、キャラバンクエストでジークやバアルを見て、一歩踏み出す勇気を貰っていたネルバ。自らが始めたはずの革命ならば、自らの手で終わらせるのが理想である。
「これで三人。あとは誰かいませんかね」
「う、うーん……流石に自信が」
ネルバが参加すると聞いて、ジークはスロアが参加してくるかと思っていたが、やはり古龍の剛種というものにトラウマを持っているハンターは多いのか、誰もが一歩を踏み出せそうにない空気だった。
「あ、なら僕が行こうか?」
「……ベリアルか」
「なんですか、その久しぶりに顔を見たって反応は」
手を挙げ辛い雰囲気の中、いつもの変わらない様子で手を挙げたベリアルに、ベレシスは視線を向けた。『ゴエティア』の中でも主力メンバーとして最高峰の腕前を持つベリアルだが、キャラバンクエストを受けていたりで、メゼポルタ広場を長期的に空けていることが多いため、ベレシスも会うこと自体が久しぶりだった。
「趣味でキャラバンクエスト受けてたら、狩人祭に乗り遅れたからね。最後ぐらい役に立ちたいんだ」
「ベリアルさん、頼みます」
「これで四人。明朝でいいな……早めに解決しておきたい」
「そうですね……横からクエスト掻っ攫われるかもしれませんし、クルプティオス湿地帯にいつまでも入れない状況はドンドルマのハンターも困るでしょうから」
テオ・テスカトル剛種が現れ、それを狩りに行くと決まったにもかかわらず、いつもと変わらない調子で喋るジークの胆力に、ネルバは半分呆れながらもその頼もしさに笑っていた。
夜、ドンドルマの市街を上から眺められる高台で風を浴びながら、ジークは一人で明日のことを考えていた。風を浴びながらテオ・テスカトル剛種の対策を頭で練っていたジークは、背後から近づいてきた足音に笑みを浮かべた。
「どうしたんですか? ネルバさん」
「おうジーク……悪かったな」
ジークの隣に腰かけたネルバは、酒場のことを思い出してバツが悪そうな顔をしていた。
「なにがですか?」
「びびって前に出られてなかった俺に発破、かけてくれただろ?」
「……本当になんですか?」
年下であり、ハンターとしても後輩であるはずのジークに発破をかけられたことに、ネルバは気恥ずかしさと申し訳なさを感じていたが、ジークにはなんのことかさっぱりわかっていなかった。
「俺に発破かけてくれたんじゃねぇのかよ……」
「してませんよ、そんなこと」
ジークが喋った言葉に、自分で勝手に勇気を出しただけであることを知ったネルバは項垂れていたが、それでも充分だった。
「お前がガンっと言ってくれなかったら、俺はまたうじうじしてたと思う……だから、自覚が無かったとしてもありがとうよ」
「……まぁ、感謝してくれるって言うなら貰っておきますよ」
ジークとしてはあの酒場でも普通のことしか発言していなかったが、ネルバにとっては勇気づけられる言葉になっていた。数多くの強大なモンスターとの戦いで失ったハンターとしてのプライドや、自信をとりもどすために、ネルバはテオ・テスカトル剛種へと挑むことを決めた。シェンガオレン剛種の時のように、もう二度と情けない姿を晒さないように。
「頼むぜジーク。俺にとってお前が頼りなんだからよ」
「なんですかそれ。テオ・テスカトル剛種との話なら、普通にベレシスさんを頼った方が安全ですよ」
「いや……あいつは安全じゃないだろ」
停滞しているメゼポルタに革命を起こすと息巻いておきながら、ジークが来るまで実行に移そうともしなかった。ネルバは心のどこかで、狩人祭にあの巨大な猟団に勝つことなどできるはずないと思っていた。しかし、ジークという破天荒な英雄のような男が現れてから、メゼポルタに革命を起こす計画は一気に加速していった。それがネルバにとっていいことだったのか、悪いことだったのかは、革命が終わってからわかる話でしかない。
「兎に角、お前のお陰でここまで『円卓』と『プレアデス』を追い詰められたんだ……感謝してるぜ」
「追い詰めるんじゃなくて、勝つんですよ」
「……そうだな!」
どうな状況であろうと目指す場所が変わらず、いつも強気で二つの同盟に勝つと断言するジークに、羨ましさを感じながらもネルバはその輝きに目を細めた。きっとジークはこの先、自分の考えているハンターとしての高みすらも、簡単に乗り越えて行ってしまうのだろうと考えたネルバは、呆れながらもその偉業を横で見ていたいと思ってしまった。
「こんな所で隠し事の相談か?」
「ベレシスさん?」
高台の上で『ニーベルング』と『ロームルス』の猟団長が語っている中、髪を揺らしながら『ゴエティア』の猟団長が姿を現した。普段、狩猟時以外になにをしているのか見当もつかないベレシスの登場に、ジークもネルバも驚いていた。二人が驚いたような表情のまま固まっているのを見て、ベレシスは自分がどう思われているのかを理解した。
「私とて、常に戦闘を求めて生きている訳じゃない。こうしてなにもないところで精神を落ち着かせることだってある」
「そりゃあそうでしょうけど……」
「本当かよ……」
狩猟中に化物染みた動きをするベレシスと言えども、同じ人間なのだから少し考えれば当たり前だとわかることなのだが、今まで『ゴエティア』のメンバーに聞いても、全くプライベートが分からなかったベレシスの一端が見えてしまったので、ジークは曖昧に頷くことしかできなかった。横で話を聞いていたネルバはそれすらも疑っていたが。
「……ジーク、君の手腕には惚れ惚れする」
「手腕、ですか? 俺、今回の狩人祭は前線で狩ってただけなんですけど」
「いやいや。あの目障りな同盟二つと比べて、私たちは凄腕ハンターの数が圧倒的に足りない中で、ここまで善戦できたのは君のカリスマと戦略のお陰だろう」
何故かジークがベレシスに褒められるのは今に始まったことではないのだが、今回の話に関してはジークとしては全く身に覚えがなかった。
「私には猟団を率いる力はあっても、猟団をまとめる力はないのでな」
「それは俺も無理。ジークのそういうところは、俺も尊敬してるぜ……初めて会った時は生意気なガキだなとか思ってたけどな!」
「は、はぁ?」
同盟の子猟団の猟団長二人から褒められて、ジークはなにがなんだかわからないうちに頷いていた。同時に、ジークの頭の中にある冷静な部分が、ベレシスとバアルの言っていることが正しいことであるのを理解していた。圧倒的なハンターとしての実力で猟団を率いるベレシスと、人との繋がりで猟団を率いるネルバには、一つの猟団を率いることができても、同盟を率いるには少し軋轢を生むやり方である。
「まぁ、狩人祭が始まる前に狩猟対象を明確にしてくれただけでありがたかったぜ? 今までの狩人祭はただ右往左往してたからな」
「私は今までの狩人祭は不参加だった故に、狩人祭というシステムをイマイチ理解していない」
「本当に肝心な所で適当な人たちですねぇ……」
胸を張って今までの狩人祭を思い出している二人を見て、ジークは完全に呆れていた。以前までは人も練度もなにもかも足りなかったために、実績を積むこともできずに右往左往していた『ロームルス』と、もはやギルド直属の剛種討伐猟団と化していた『ゴエティア』は、狩人祭の勝利からは程遠い猟団ではあった。
「実際、狩人祭に参加しないからという理由で抜けていった猟団員もいたな。弱くて気にしていなかったが」
「ベレシスさんからすれば大体弱い人ですよね」
「そもそも俺の所は俺が弱いから入ってくれなかったしな……」
「ネルバさんは勧誘が下手くそなんですよ。口下手なエルスさんの方が上手いってどういうことなんですか……」
ジークが率いている『ニーベルング』以外の『ラグナロク』参加猟団は二つとも一癖ある、不思議な猟団である。団長を筆頭に戦闘狂が集まるが故に、実力不足を痛感した者が自主的に退団していく、来る者は拒まず、去る者も追わない『ゴエティア』と、団長を筆頭に実力が物足りないと判断され、猟団員同士の仲がいいことすらも実力の伴わない馴れ合いとして嫌われることもある『ロームルス』である。
「私とこの男が協力するようになったのは、間に君がいるからだ」
「……協力してくれたことあったか、この女?」
ベレシスの言葉に、ネルバは首を捻った。ジークも内心では、ベレシスは他人と協力していることはないだろうと思っていが、彼はベレシスを上手く扱うことで狩人祭を優位に進めていた自覚があるので、口にせずに黙っていた。
「君が震えて動けないような敵を、私がしっかりと打ち倒している。これは協力だろう?」
「お前が俺ことをどう思っているからは理解した。絶対明日の狩りで見返してやるからな」
「それは期待しておこう。なにせ相手はテオ・テスカトルの剛種だから……久しぶりに、私も本気で死にかけそうだ」
死にかけそうだと言いながらも、楽しみで仕方がないという笑みを浮かべているベレシスに、ジークとネルバは引いていた。とは言え、強敵と戦うことが生き甲斐とまで公言するベレシスにとって、ここ数か月の狩人祭は些か刺激の少ない狩りだったのだろう。強敵と戦うこと自体は好きだが、ベレシスと違って命をかけることが楽しいとは思っていないジークにも、ベレシスの感性は理解されないものである。
「まぁ……折角ここまで、狩人祭の勝利目前まできたんですから。大きな怪我無く帰りたいですね」
「……確かにそうだな。強敵と死合うのも魅力的だが、勝利後の美酒というのも捨てがたい」
「しかもその勝利が、狩人祭の勝利ときた……酒は美味いだろうな……」
三度の飯より戦闘が好きなベレシスや、ビビりで根が小心者なネルバも、派手な勝利後の宴は嫌いではなかった。祭り好きなハンターらしい意見を聞いて、ジークは苦笑いを浮かべながらも、メゼポルタに帰ってからの宴を想像していた。
「準備はできたか?」
「完璧ですよ」
「僕も問題ありません。それにしても、強力な剛種なんて久々ですねー」
「……心の準備が」
「締まらない男だね、ネルバ」
朝の人通りが少ない時間帯に、ジークたちは準備を終えてドンドルマに集まっていた。いつでも狩りに行けると言わんばかりのオーラを、全身から放っていることで周囲のハンターから避けられているベレシスに苦笑しながら、ジークとベリアルが頷いた。ネルバはこのメンバーに混じって、テオ・テスカトルの剛種に挑むプレッシャーに、今更押し潰されそうなネルバに『ロームルス』のメンバーは呆れていた。
「ネルバさんは、あれはあれで独特なカリスマのある人ですよね」
「人を惹きつける人間ってのは色々と種類がいるもんなんだよ。ベレシスみたいな奴とかな」
ジークが一見すると情けない猟団長と呆れる猟団員という構図であるにもかかわらず、誰一人としてネルバが猟団長であることを疑わない『ロームルス』のメンバーを見て、カリスマ性に感心していると、バアルがベレシスを指してカリスマの種類について口にした。
「……確かに」
「失敬な。私はしっかりと皆を導いているぞ?」
「お前のは無理やり引きずってんだよ」
実力だけで猟団員を引っ張るベレシスのやり方もまた、それでついてくる人間がいるのならば一種のカリスマと言えるだろう。二大猟団の片側である『カリバーン』も、ベレシス率いる『ゴエティア』と同じように、猟団長であるエインがひたすら猟団員を引っ張っている構図である。ベレシスは引きずり、エインは背中で示しているという違いはあるが。
「世に言う一般的なカリスマはお前のことだと思うぞ」
「ジークはわかりやすいカリスマだな」
「そうですかね? 一般的なカリスマの感覚としては……そうですね」
今となっては巨大になりつつある『ニーベルング』の猟団長であり、同盟『ラグナロク』の頂点であるジークの持つカリスマは、王道的なものであると言える。
謙遜して自分にカリスマなんてないとは口が裂けても言えないジークは、自身の力をしっかりと認識していた。驕ることもなければ謙遜することもない。ジークは、ハンターとして身の丈に合った自信を持っていた。
「そろそろ行こうか。僕も待ちきれないよ」
「……もしかしてベリアルさんって」
「僕は戦闘狂じゃないからね。単純に、早く狩猟して狩人祭に勝つ瞬間が見たいだけさ」
ベリアルの狩人祭に勝つ瞬間という言葉に、その場にいた『ラグナロク』のハンター全員が頷いた。長く続いたような感覚もある狩人祭も、このテオ・テスカトル剛種で最後である。そして、そのテオ・テスカトル剛種を狩猟できるかどうかで、ジークとネルバが掲げた狩人祭による革命の成否が分かれる。
「……行きましょうか。勝ちに」
「任せておけ。お前たちが立てなくなっても、私が一人で狩ってやる」
「この人本当にやりそうだなぁ……」
狩人祭に勝つか負けるか、それを決めるための正真正銘最後の戦いに、ジークたちは挑むことになる。狩猟対象は、ドンドルマのギルドナイトを一瞬で壊滅させた炎王龍テオ・テスカトル剛種。狩人祭の最後には相応しすぎる相手だった。
次回はテオ・テスカトル剛種です