狩人の頂   作:ばるむんく

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テオ・テスカトルの剛種です


狩人祭⑪(フェス) 炎王龍(テオ・テスカトル)

 ドンドルマを出発してクルプティオス湿地帯のベースキャンプへと辿り着いたジークは、真剣な表情で沼地を見つめていた。普段はどこか飄々とした表情で狩りの準備をしているジークが、真面目な表情のまま沼地を見つめているのを見て、ネルバは首を傾げた。

 

「どうかしたのか?」

「……いえ、ネルバさんは感じませんか?」

「感じる? 確かに気温はいつもより高いなと思うけどな……」

 

 日中は殆ど常に雨が降っている状態になっているクルプティオス湿地帯だが、夜のクルプティオス湿地帯は雨が降っている方が稀である。その代わり、夜のクルプティオス湿地帯は濃霧が発生することが多い。また、地面に含まれている毒素は、日中は雨によって影響は抑えられているが、夜は雨が止まってしまう影響で毒沼を地面に形成している。毒沼の毒素は、ハンターだけでなく大型モンスターですらも足を踏み入れて長時間留まれば命にかかわるものである。

 日中は雨、夜には濃霧という気候の影響で多湿であるかわりに気温が上がらないクルプティオス湿地帯だったが、現在は湿度以上に温度を感じていた。ネルバはジークのいう感じるという言葉を、気温のことかと思って返事をした。

 

「気温の話ではない。確かに私も感じるぞ……テオ・テスカトルがこちらに殺気を放っている」

「テオ・テスカトル!? いや、まだベースキャンプに入ったばっかりだぞ!?」

「テオ・テスカトルは縄張り意識の非常に強いモンスターです。俺たちハンターが足を踏み入れたことくらい、既に気が付いていますよ」

 

 ジークの言葉に、ネルバは絶句していた。ネルバとて古龍級の生物と言われるシェンガオレン剛種や、かつてはまだ剛種とすら呼ばれていなかった、クシャルダオラ剛種とも相対したことがある。しかし、シェンガオレン剛種はそもそも古龍種ではなく甲殻種であり、クシャルダオラ剛種もネルバ個人など然程も気に掛けずに暴れていただけだったため、個人として古龍種に立ち向かうのはこれが初めてだった。

 

「ふむ。それにしても古龍の剛種はやはり凄まじいな……」

 

 周囲を見渡しながら、ベレシスは呟いた。古龍の剛種とも何度か戦ったことがあるベレシスだが、何度相対してもその生物としての圧倒的な力には感心せざるを得なかった。つい最近まで狩人祭で、クルプティオス湿地帯を中心に狩猟をしていたベレシスは、他の大型モンスターを狩りに来た時に感じる小型モンスターやモンスター以外の生物の存在を感じられなかった。

 

「湖にも魚がいない。鳥も鳴いていないし、虫一匹も飛んでいない……小型モンスターの気配も感じない」

「夜だから毒沼が出てると思ってたんですが……全部干上がってますね」

 

 テオ・テスカトル剛種との戦闘を前に、周囲の安全確保のために狩猟地近くの偵察を行っていたジークとベレシスは、テオ・テスカトルの影響で異様な静けさに満ちた沼地を歩いていた。普段ならば少し歩くだけでランゴスタやイーオス、ブルファンゴやコンガなどの小型モンスターと出会うことが多いのだが、今は存在の欠片も感じ取れなかった。

 

「おーい、ジーク君! 団長!」

「ベリアル?」

 

 洞窟方面を偵察していたはずのベリアルが、何故かジーク、ベレシス、ネルバの真正面から走ってくることに首を傾げながら、ベリアルの話を聞くために近づいた。

 

「洞窟の方には小型モンスターはいなかったんだけど、ギルドナイトの人が怪我して逃げ込んでたんだ」

「ギルドナイトが? 無事だったんですか……」

 

 ギルドナイト壊滅の報から既に数日が経過しているため、ジークはギルドナイトは全員死んでしまったものと思い込んでいたが、ベリアルの言葉を信用するのならばギルドナイトは生き残っていたことになる。三人がベリアルの誘導の元、共に洞窟の中へと入っていくと、ギルドナイトの正式装備であるギルドナイトGを纏った人間が三人洞窟の壁にもたれかかっていた。

 

「大丈夫ですか?」

「う……ハンター、か? 立ち入り禁止のはず、だが?」

 

 ギルドナイトが派遣される前から、既に立ち入り禁止になっていたはずのクルプティオス湿地帯に、ハンターがいることに驚く男は、傷を抑えながらも、ギルドナイトとして違法者疑いのあるハンターへと敵意の籠った視線を向けた。

 

「私たちは依頼を受け、テオ・テスカトル剛種を狩りに来たハンターだ」

「剛種……メゼポルタの凄腕ハンターかっ!?」

 

 ベレシスはギルドナイトの男を見下ろしながら、ギルドナイトを襲って壊滅させたモンスターの正体を口にした。ただ強力なテオ・テスカトルだと思っていたギルドナイトの男は、自分を襲ったテオ・テスカトルが剛種であることを聞き、それをギルドの依頼で狩猟に来たというハンターがメゼポルタのハンターであることを察して、身体から力を抜いて敵意を鎮めた。

 

「……俺たちの仲間は?」

「一人はドンドルマに報告に戻っていますが、残りの四人はまだ……」

「……そうか。俺たちも覚悟を持ってこの仕事をしている。気にするな」

 

 悩まし気な表情でギルドナイトに仲間のことを伝えたジークに対して、男は苦笑いを浮かべながらジークの気遣いに感謝していた。

 

「テオ・テスカトル剛種は俺たちが討伐します。だからもう少し待っていてください」

「頼む……あいつに屠られたハンターたちの、仲間の仇を」

「必ず」

 

 ハンターにとって、モンスターとの戦闘の末の死というのはありふれた話である。それでも自分たちの仲間や、同じギルドに所属しているハンターたちを殺された仇を取りたいと思うのは、人間として当たり前の感情であった。ギルドナイトの懇願に力強く頷いたジークは、立ち上がってからベレシスの方へと視線を向けた。

 

「……行きましょうか」

 

 ジークの目には絶対に狩ると言う意思が宿っていた。ベレシスはジークの瞳を見て楽しそうに笑みを浮かべ、ベリアルとネルバもジークの言葉に頷いた。

 

 


 

 

「……気温が上がってきたな」

「テオ・テスカトルが近い証拠、ですね」

「あんまり近寄り過ぎると駄目だからね? 僕、それで痛い目見たことあるから」

 

 洞窟を出て沼地の奥へと向かって歩いていたジークたちは、周囲の気温がどんどんと上がっていることに気が付いていた。まだ火山や砂漠のように肌を焼く様な温度ではないが、既に沼地としてはあり得ない程に気温が上昇していた。存在するだけでその一帯の環境を変化させる古龍種の力に、ジークたちは知らず識らずのうちに警戒度を上げていた。

 

「それにしても、ジーク君は情に厚いところがあるんだね」

「情に、ですか?」

「ギルドナイトに言ってたじゃないか。仇は取るって」

「あぁ……普通じゃないですか?」

 

 自分の狩猟対象であるモンスターが、人に対して大きな害をもたらしている時点で、ジークとしては当然の義憤であると思っていた。

 

「長くハンターをやっていると、そういうところが麻痺してくることもある。強大なモンスターも自然の一部……犠牲になったものは運が無かっただけだとな」

「……それもまた一側面ではあるでしょうね」

 

 ハンターがどれほど自然との調和を掲げて戦っていても、やっていることは人間のエゴにすぎない。むやみやたらにモンスターを狩ることは問題だが、ハンターとしてモンスターを狩ることを調和の名の下に正義とするのは、ジークとしては賛同できる意見ではなかった。

 

「所詮、俺たち人間も自然の一部ですよ」

「それでいい。余計なことを考える必要などありはしない」

 

 ハンターとして何が正しいのかなど考えるだけ無駄である。ジークとベレシスは元G級ハンターとして、そのことをよく理解していた。少なくとも、大自然の中では生き残った者こそが真の正義でしかない、弱肉強食の世界なのである。

 ハンターとしてのあり方を語りながら歩いていたジークたちは、沼地の奥から突然やってきた熱波に足を止めた。

 

「……これは、向かって来ているか?」

「どうやら、こっちが討伐する為に近寄っているのに気が付いたみたいですね」

「今のは最後の警告、かな?」

「まじかよ……怖すぎだろ」

 

 明らかに指向性のある熱波が送られてきたことに、ジークたちは足を止めていた。ここから先に一歩でも足を踏み出せば、テオ・テスカトルは容赦なく攻撃を加えてくるであろう。ジークは足を踏み入れる前に武器を抜いて状態を確認することにした。

 

「……いつでも戦えますよ」

「私もだ」

 

 ベレシスは、テオ・テスカトルに対抗する為に背負っていた「ドドン・トウ」を振るった。一振りするだけで周囲の気温が少し下がるほどの水気を帯びている、パリアプリア剛種の太刀に、ジークは感心していた。

 

「僕もいけるよ」

「おぅ……なんとかして見せる」

 

 ベリアルは「天狼銃槍【極光】」に弾丸をリロードしながら、排熱機構のチェックも終えていた。剛種のゴウガルフ素材から生み出されたそのガンランスは、存在するだけで白い冷気を漏れ出させるほどの力を持っていた。

 ネルバはいつかくる古龍種との戦いに備えて、前々から武器を準備していた。スロアやメルクリウスに意味はあるのかと散々言われ続けていたが、こうしてテオ・テスカトル剛種と相対することになり、用意していた武器を凄腕ハンターの得られる素材で強化してもらっていた。それが「裏封龍剣【絶一門】」であった。ベレシスやベリアルの持つ剛種武器と比べると各は落ちてしまうが、古龍の力を相殺することができると言われている龍属性を持つ武器に、ジークは驚いていた。

 

「じゃあ、行きますか」

 

 ジークは「怒髪大鎚【巨浪】」を背負い直してから、大きく一歩を踏み出した。テオ・テスカトルが最後の警告を放った熱波が届いた場所を簡単に跨いだジークは、そのまま勢いでずんずんと沼地の奥へと向かって歩き始めた。遠慮なく進み続けるジークの背中に唖然としているネルバを置いて、ベレシスとベリアルも特に臆することも無く、そのままテオ・テスカトルがいるであろう奥へと向かって歩き続けていた。

 

「お、俺も……危ねぇっ!」

「っ!?」

 

 ジークたちに追いつこうと前を向いた瞬間、ネルバの視界には森の中から炎を纏った赤い龍が映っていた。その姿を見ると同時に、咄嗟に叫んだネルバの声に反応して、ジークは横に転がった。ジークが横に転がるのを見てから、ベレシスは太刀を抜刀し、ベリアルはベレシスを守るように盾を構えながら前に立った。

 

「テオ・テスカトル、やはりこちらを視認していたようだな」

「……既に暑いですね」

 

 飛び出してきたテオ・テスカトルをジークが避け、現れたことで発生した先程とは比べ物にならない熱波を盾で受けているベリアルは、サファイア装備の下で汗を流していた。

 王と呼ばれる古龍種の佇まいとその存在感に、ネルバは圧倒されていた。燃える炎のようなモンスターであるリオレウスとは格が違う、正しく地上に現れた太陽の様な威圧感と存在感に、ジークも今までメゼポルタで狩ってきたモンスターの中で最も強いことがすぐに理解できた。

 

「来るぞ!」

 

 ハンター四人に囲まれる形になっているにもかかわらず、ゆっくりとハンターたちを見下ろしていたテオ・テスカトルは、おもむろに口を開いて息を吸い込んだ。同時にベリアルとベレシスが直線状から離れるように動き始め、テオ・テスカトルはそれを追いかけるように頭を動かし、ジークがその頭を横から狙った。

 

「今は近づくなジーク!」

「なっ!?」

 

 炎のブレスを吐くと予想して死角である横方面から頭を叩こうと近づいたジークを、ベレシスが止めた。少しの間を置いて、テオ・テスカトルの口から放たれた爆炎は狙われたベリアルの後ろにあった大木を数本、一瞬で焼き尽くした。盾を構えながら姿勢を低くして、ブレスをなんとか避けたベリアルは、お返しとばかりにテオ・テスカトルの顔面に向かって砲撃を放つが、テオ・テスカトルは特に気にする様子もなく前脚を振るった。

 

「ベリアルさん!?」

 

 避けきれなかったベリアルが前脚を盾で受け止めると、その勢いを殺しきることができずに後方へと吹き飛ばされていった。軽く前脚を振ったようにしかに見えなかった攻撃が、ベリアルのような実力のあるハンターを吹き飛ばす光景を見て、ネルバとジークは唖然としていた。

 

「このっ!」

 

 ベリアルを吹き飛ばしたテオ・テスカトルは、すぐさま方向転換してジークとベレシスへと顔を向けた。二人を同時にやらせる訳にはいかないと、ネルバは片手剣を抜刀したまま、盾を持っている右手で閃光玉を取り出してテオ・テスカトルの顔の前に放り投げた。ジークとベレシスはすぐさま顔を腕で覆い、瞬く光を防ぐ。テオ・テスカトルは閃光玉をもろに受け、視界を潰された。

 

「今のうちに!」

「わかっている。叩くぞ!」

 

 同時に武器を持って走り出したジークとベレシスは、ハンターが近づいてくる気配を感じて腕を振るうテオ・テスカトルへと接近した。ジークが頭にハンマーを叩き込み、ベレシスはテオ・テスカトルの頭に生えている角へと向かって太刀を振るう。テオ・テスカトルの角は、先程から放ち続けている熱波や、大木を一瞬で燃え尽きさせるほどの炎を操るための機能を持っていると言われている。そのため、テオ・テスカトルを狩猟する際に真っ先に狙うべきなのは、頭から後方に向かって伸びている王冠のような角であるとされている。

 

「こいつ……本当に効いてんのか?」

「……当たり所が悪かったか……傷一つ、ついていない」

 

 同時にテオ・テスカトルの顔に向かって攻撃したジークとベレシスは、顔面に攻撃を受けても大した反応を示さないテオ・テスカトルに困惑していた。大して攻撃の効果がないとは言え、王たるテオ・テスカトルに向かって攻撃を仕掛けたという行為が、既にテオ・テスカトルの機嫌を損ねるものだった。雄大な赤い翼をはためかせるテオ・テスカトルを、黙って見つめていたジークは、周囲に飛んでいた火の粉の色が変わっていることに気が付いた。

 

「これは……鱗粉?」

「塵粉か? だとするとマズいな」

「なにがマズいんですか?」

「テオ・テスカトルの放つ粉塵は、着火することで強大な爆発を起こすことができる」

 

 テオ・テスカトルが周囲にまき散らしている塵粉の正体は、身体の古くなった組織片である。身体から離れた組織片は、テオ・テスカトルが着火することで爆発を起こし、その衝撃はまともに人間が受け止められる様な威力ではない。

 閃光玉によって視界を塞がれているテオ・テスカトルは、周囲に塵粉をまき散らすことで、目が見えない状態でも敵を殺そうとしているのが、今の状態である。

 

「……それ、やばくないですか?」

「そうだな。受けたら死ぬかもな」

「えぇ……」

 

 死ぬかもしれないと言いながら、やはり笑っているベレシスに、ジークは一歩引きたくなっていた。その間にも翼を何度も揺らし、身体から大量の塵粉をまき散らしているテオ・テスカトルは、ハンターの気配が一切動かないことを訝しげに観察していた。視界を塞がれているため、ハンターの動きを正確に理解できている訳ではないが、それでもテオ・テスカトルには明確な敵意のないハンターの位置ですらも多少は把握できていた。今まで彼の前に現れたハンターたちは、皆一様に逃げ惑うか生を諦めていたが、目の間にいるハンター二人はテオ・テスカトルに臆することも無く、武器を構えたまま止まっていた。

 

「……そろそろか」

「はい」

 

 テオ・テスカトルとハンター二人が動きを止めた状態のまま、少しの時間が経過した。視界が回復してきたテオ・テスカトルは、前にいるジークとベレシスが気配の通りに全くなにもせずに、武器を抜刀した状態のまま止まっている姿を見て、警戒の色を強めた。

 本来、剛種であるテオ・テスカトルにとって襲ってくるハンターを殺すことは、縄張りを侵す他のモンスターを駆逐するよりも遥かに簡単な動作である。ブレスを吐けば炭化し、塵粉を爆発させれば消し飛ぶ、文字通りにゴミの様な存在でしかない。しかし、テオ・テスカトルは今、二人のハンターを目の前にして動けずにいた。古龍種としての誇りよりも生物としての本能が、目の前のハンターを甘く見ていると命を刈り取られると警告を発しているのだ。

 

「大丈夫か!?」

「……少しびっくりしただけだよ」

 

 ジークとベレシスがテオ・テスカトルと睨み合っている間、吹き飛ばされたベリアルの下へとネルバが大慌てで近寄っていた。茂みの中に頭から突っ込んでいたベリアルは、ネルバの姿を見て苦笑を浮かべながら平気だと応えたが、想像以上の威力で吹き飛ばされたことに関してはあまり大丈夫ではなかった。

 

「ガンランスの盾で防いで、あれだけ吹き飛ばされたのは始めてかな」

「俺だってあんな簡単に人が吹き飛ぶのを見たのは始めてだよ」

「そっか……でもあの二人なら……きっと狩れる」

 

 ベリアルは、最初の攻防の時点で既にテオ・テスカトルとまともに相対することを諦めていた。人間の膂力ではまともに戦える相手ではないのはいつものことだが、それ以上にテオ・テスカトルという存在にベリアルは圧倒されていた。秘伝防具を持ち、数多の剛種を屠ってきたベリアルから見ても、テオ・テスカトルの剛種は異常な強さを持っていた。

 ベリアルの言葉にネルバがテオ・テスカトルに視線を向けた瞬間、ジークとベレシスが立っていた周囲が一斉に爆発した。

 

「あれが、テオ・テスカトルか」

「……助太刀、行くよ」

「お、おう! 俺だってもう逃げてばっかりいられるかよ!」

 

 塵粉爆発によって周囲の木々や岩、自然環境が弾け飛んでいく中、ジークとベレシスは爆発を掻い潜って武器を振るっていた。テオ・テスカトルが歯を打ち鳴らした瞬間に出た、少量の炎に反応して爆発した塵粉を見切ったジークは、テオ・テスカトルに近づくように前に回避して頭に向かってハンマーを振り上げた。しかし、テオ・テスカトルはジークが振るったハンマーと同じように頭を動かすことで躱し、背後から襲い掛かってきたベレシスを空中に飛ぶことで回避した。

 

「反応するか……楽しませてくれる!」

「気を付けてくださいよッ!?」

 

 テオ・テスカトル剛種を目の前にしても楽しそうに戦っているベレシスに、ジークが心配そうな声を上げている中、テオ・テスカトルは自身の下にいる二人のハンターを焼き殺そうとブレスを真下に吐く。すぐさま真下から逃れるように移動したジークは、地面に叩きつけられる炎のブレスから感じる圧倒的な熱量に唖然としていた。

 

「やっぱり古龍種ってのは……どいつもこいつも!」

 

 地面を溶かす程の熱量を口から吐きながら、涼しい顔して地面に降り立つテオ・テスカトル剛種に、ジークは冷や汗をかいていた。テオ・テスカトルからすれば特別なことはなにもない、ただのブレスでしかないが、ジークのような普通の人間にとっては、ブレスだけで骨も残らずに消し炭にされてしまう。しかし、テオ・テスカトルにとってもブレスを簡単に避け、まだこちらに対して武器を向けてくるハンターも危険な相手として認識されていた。

 

「まだ来るぞ!」

 

 テオ・テスカトルの様子を見るためにハンマーを構えたジークの背後から、ベリアルの言葉が飛んできた。同時に、テオ・テスカトルがなんの前触れもなく突進を始めた。助走もなく唐突に最高速で走り始めたテオ・テスカトルは、横に逸れたジークを追いかけるよう曲がり始めた。

 

「はぁッ!」

 

 ジークが逃げる速度よりも速く走るテオ・テスカトルに対して、ベリアルが横から爆竜轟砲を放った。身体に爆竜轟砲を受けたテオ・テスカトルは、その衝撃を受けて一瞬よろけた後に、ベリアルとネルバのいる方向へと飛んだ。

 

「頭を借りるぞ」

「えっ!? いてぇ!?」

「空中で迎え撃つんですか!?」

 

 何故か背後から聞こえてきたベレシスの声に、ネルバが振り返る前にベレシスに頭を踏まれて悲鳴を上げた。ネルバの頭を踏んで上に飛んだベレシスは、空中のテオ・テスカトルに向かって太刀を突き出した。確実に片目に向かって突き出された太刀を、空中で翼を使って避けた。

 

「避けたッ!?」

「マジかよ……」

 

 ベレシスの人間離れした動きに対して、テオ・テスカトルも常識外れの動きで対応していた。勢いのままハンターたちの頭を飛び越えたテオ・テスカトルは、ネルバたちの背後に降り立つと同時に歯をかち合わせた。空中で塵粉が爆発し、その眩しい光でネルバとベリアルが目を閉じた。二人が目を閉じるのを確認してから、テオ・テスカトルは再び初速から最高速の突進を始めた。

 

「ちっ!?」

 

 ベリアルとネルバはまだテオ・テスカトルの動きが見えていないのを理解したジークは、ハンマーを持って、テオ・テスカトルの射線上に入った。突進するテオ・テスカトルの前に飛び出す行為は、あまりにも無謀なことだったが、ベレシスが間に合わない距離にいる現状ではジークが迎え撃つ以外の選択肢はなかった。

 

「はぁッ!」

 

 ジークが飛び出してきた姿を見ても、テオ・テスカトルは一切スピードを緩めずに走り続け、特になにかをすることもなくテオ・テスカトルという質量だけでジークを押し潰そうとしていた。タイミングよくハンマーを振り下ろそうと構えたジークは、テオ・テスカトルが目の前で横にステップすることで突進を止めたことに目を見開き、そのまま迫る尻尾を防御することもできずに脇腹に受けた。

 

「あぐっ!?」

「ジーク君!」

 

 テオ・テスカトルの尻尾は、ディアブロスやアクラ・ヴァシムのように武器として使うような形状をしていないが、古龍種の膂力で振るわれれば全てが人間にとっての脅威になり得る。ジークは沼地の地面を転がりながらも、なんとか態勢整えようと腕に力を入れて動きを止め、すぐさま回復薬グレートを口にした。テオ・テスカトルは横に転がっていったジークへと追撃を試みるが、ベリアルが踏み込んでガンランスを突き出したことで、テオ・テスカトルはジークへの追撃をあっさりと諦めた。

 

「このテオ・テスカトル、複数人のハンターを相手にするの、慣れてるね」

「幾度となく討伐依頼が出された、というところだろう。実際、ギルドナイトも壊滅しているしな」

「……とんでもないモンスターを狩りに来ちまったな」

「今更だな。怖気づいたなら逃げてもいいぞ? 今ならギルドナイトの保護という大義名分もある」

 

 転がっていったジークを庇うように立つベリアルと、太刀を手にしたまま立っているベレシス、テオ・テスカトルの圧倒的なまでの攻撃力と知性に上手く言葉も出ないネルバ。テオ・テスカトルは、今まで自分に向かってきたハンターとは違うことを察しながらも、敗北したことが無いという帝王の威厳によって退くこともなかった。

 

「優れた生物というのは、臆病と言われるほどの危機察知能力を持っている。自然の中で生きて行く中で、最も必要なのは力ではなく、自分の身に迫る危機をいち早く察知できる能力だ」

「……団長らしからない理論ですね」

「馬鹿を言うな。あくまで優れた生物の前提の力というだけだ……当然、その上で力が必要になる」

 

 ベレシスはこれまでのテオ・テスカトルの動きを全て思い返して、生物としての危機察知能力の高さを感じていた。空中で太刀を避け、突進の途中でハンマーを避ける。閃光玉で目を塞がれれば、視界に関係のない塵粉をばら撒いて相手を牽制する。どれも通常のテオ・テスカトルではあり得ない動きである。

 

「本当に久しぶりだ……ここまで敵とやり合えるのは」

「どうするんですか?」

「避けられない攻撃をするまでだ。私に続け!」

 

 テオ・テスカトルが威嚇をしながら塵粉を撒いている中、ベレシスは太刀を持ったままテオ・テスカトルへと向かって走り出した。塵粉を周囲にばら撒いている中を突っ込むなど、正気の沙汰ではない行為をしながら、自分に続けと言いながら走るベレシスに、ネルバは絶対に無理と首を振った。

 向かってくるベレシスを攻撃する為に歯を打ち鳴らしたテオ・テスカトルは、爆発の向こうから無傷で飛び出してきたベレシスに一瞬固まったが、すぐさま腕を振るってベレシスを迎撃した。

 

「温い! 避けられると思っていなかったか?」

 

 振るわれた腕を当然のように見もせずに頭を下げて避けたベレシスは、頭を下げた反発の力で上に飛んでテオ・テスカトルの顔に太刀を振るった。咄嗟に顔を横に逸らしたテオ・テスカトルは、頬に浅くない切り傷をつけられながらも、大きく後ろに飛んでベレシスの攻撃範囲から逃れた。

 

「ようやく一撃、だな」

「……今、どうやって爆発避けたんだ?」

「さぁ? 団長のやってることなんて二割も理解できないよ」

 

 塵粉爆発を何故か避けているベレシスに、ネルバは頭が追い付いていなかったが、ベリアルとてベレシスの行動を理解できる訳ではない。到底人間の動きとは思えない行動は『ゴエティア』の主力団員だろうと再現できるものではない。

 

「テオ・テスカトルの塵粉は、よく見ると色によって爆発する場所が異なるんですよ」

「ジーク……え、塵粉に違いなんてあったか?」

「あります……温度によって色が変わっているのかはわかりませんが、黄色に近ければ近いほど遠く、赤色に近ければ近いほど近くで爆発する。それさえわかれば避けられると思いますよ」

「…………お、おう!」

 

 吹き飛ばされていったはずのジークが、平気そうな顔をしたまま意味不明な塵粉の説明をしていることに、ベリアルとネルバ納得も理解もできていなかった。それでも受け入れることでしかテオ・テスカトルとは戦えないと前向きに考え、取り敢えず頷いていた。

 

「お怒りの様子だな……人間に傷をつけられたのは初めてか?」

 

 歯を剥き出しにした状態のまま、全身に炎を纏わせ始めたテオ・テスカトルを見て、ベレシスは笑みを浮かべた。

 立っているだけで周囲の草木を燃やす温度を纏いながら、帝王テオ・テスカトルは怒りの咆哮を上げた。その咆哮はクルプティオス湿地帯の全体に響き渡り、その声を聞いたものは全員が理解した。今まで牽制していた炎王が、自らに仇なす不敬者処刑するのだと。炎王の怒りは天をも焦がす炎となっていた。




かなり長くなりそうですが、多分シェンガオレンよりは短いです
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