狩人の頂 作:ばるむんく
一応Fオリジナルモンスターだったはずなんですけどね……
ティナが猟団『ニーベルング』に加入した数日後、ジークとウィルは二人でラティオ活火山に来ていた。
ラティオ活火山は温暖期に気温が高くなって立ち入れなくなるセクメーア砂漠と違い、年中通して入れる場所だが、活火山のエネルギーで常に気温が高い場所でもある。クーラードリンクを飲んでいないとまともに動くこともできない暑さの大地に、二人は降り立っていた。
「船旅も楽しいもんだな」
「結構疲れましたけどね、僕は」
火山のベースキャンプに降り立ったジークは、
「今回の依頼対象は……
「はい。溶岩の中を水のように泳ぐ魚竜種のモンスターです」
ジークたちが狩りの対象として選んだ、ラティオ活火山に生息するモンスターは、溶岩竜ヴォルガノス。ウィルの言葉通り、灼熱の溶岩を自由に泳ぎ回る生態がよくわかっていないモンスターである。魚竜種でありながら水ではなく溶岩で生活し、生息範囲が極端に狭いにもかかわらず、個体数が安定して見つかるという不思議さ故に検体としての調査討伐が、ギルドの研究所から出されていた。ヴォルガノス自体は人間の生活範囲に大きく被ることがないので、依頼主は基本的にギルドである。
ギルド直属研究機関からのヴォルガノスの討伐依頼は、狩人祭に向けてギルド内での立場を上げたい『ニーベルング』としては、まさしく渡りに船だった。
「炎吐くんだよな」
「それは、まぁ……溶岩竜ですし」
「そっか……硬そうだなぁ」
船の中で事前にヴォルガノスの情報を頭に入れていたジークは、ヴォルガノスの溶けた鉱石を身にまとうという習性に頭が痛そうだった。以前ジークがハンターとして生活していたタンジアで依頼が出回っていた、ウラガンキンに似ている習性故に彼は頭を抱えそうだった。
「取り敢えず溶岩の海みたいな場所まで移動するか」
「西方向ですね。了解しました」
ウィルの持っていた地図を横から見て、ジークは支給品ボックスの中から必要なアイテムを取り出して、目的に向けて歩き始めた。ウィルもそれに追従するように、地図を懐にしまってからクーラードリンクを片手に取り出して移動を始めた。
ラティオ活火山は、年中活動している火山なだけあってそこかしこに噴石が落ちてきている跡が残っている。通常の人間はまず立ち入ることのない場所だが、かなり歴史がある火山故か、そこら中から質の高い鉱石が大量に手に入る。下位ハンターが活動を許されている範囲だけでも、マカライト鉱石や鉄鉱石の様な基本的な鉱石から、燃石炭や大地の結晶といった下位ハンターにとっては貴重な鉱石まで豊富に存在している。まさしく金の宝庫とも言える狩猟場である。しかし、それ相応の危険が付きまとうのがこの火山という場所。多くの凶暴な大型モンスターや、劣悪とも言える環境がその鉱石採掘を難しくしている。
しばらく火山の熱が届きにくい外を歩いていたジークとウィルだが、横へと火山の西側へと移動できる細い山道を見つけて、同時にクーラードリンクを飲んだ。一瞬、調合元であるにが虫の苦味を感じながらも、瓶一本全てを飲み切ったジークとウィルは、氷結晶から抽出された冷却成分によって身体が急速に冷え始めたのを感じて火山地帯へと足を踏み入れる。
「うっ……クーラードリンク飲んでてもすごい熱気だ」
「流石に、ここまでの量の溶岩ともなるとすごいですね……」
ヴォルガノスが生息している領域にやってきた二人は、溶岩の海から発せられる熱気を浴びて、額に汗をじんわりと浮かばせていた。クーラードリンクを飲んでいるから汗を浮かべる程度で済んでいるが、飲んでいなければ人体が自然発火してもおかしくない程の温度である。
汗を拭いながら、注意深く溶岩の海を見つめる二人だが、独特な光り方をする溶岩に目を当てられて、二人は同時に溶岩から目を逸らした。
「どこま橙色で目が痛い」
「本当ですね……でも、ヴォルガノスが見つかるのはこの辺だけなんですよね……どうにか出てくるのを待つしかないですかね」
溶岩の海周辺の温度は、クーラードリンクを飲みながら汗を拭っている二人を見ればすぐに理解できる。このまま数分間待ち続けていたら、ジークとウィルはもう一本のクーラードリンクに手を出す必要性が出てくる。
「……移動しますか?」
「いや、あっちから来てくれたみたいだ」
このまま無意味に待ち続けるよりは、見つからなかったとしても探し回った方が精神的にいいだろうと思ったウィルは、片手剣の盾を軽く叩いて洞窟の方向を指さすが、ジークは溶岩の海の中にヴォルガノスを確認していた。つられてウィルも海の方向へと視線を向けるが、特にヒレなどが出ている様子もない。
「溶岩の流れが微妙に変わった個所がある」
「流れ、ですか?」
「流れだ。ちょうど大型モンスター一頭ぐらいの変化だ」
ジークの言っていることはウィルも理解できていたが、実際に溶岩の流れを見てその変化が見極められるかというと、まだ発見できていないことからもわかる通り、その変化を見つけるだけの技術がなかった。
「顔を出すと思うから、その時に音爆弾頼む」
「わ、わかりました」
言われるまま音爆弾を腰から取り出したと同時に、ヴォルガノスの頭が溶岩の中らから飛び出した。本当にジークの言葉通りに現れたことに驚きながらも、ウィルは冷静にアイテムポーチから引き抜いた音爆弾をヴォルガノスの頭上に向かって全力で投げた。周囲を警戒しているのか、左右に頭を揺らしていたヴォルガノスは自身の頭上に向かって飛んできた音爆弾を見て、悠々と溶岩の中に潜るが、空中で破裂した音爆弾の大音量に鼓膜を揺らされて軽いパニック状態になって全身を溶岩から飛び出した。
「で、かくないか!?」
「な……なんなんですかあれ」
溶岩から上空へと飛び上がったヴォルガノスの全長は、ジークとウィルが想像しているよりも遥かにデカかった。溶岩をまき散らしながらそのまま海へと落ちたヴォルガノスは、すぐさま溶岩から顔を出してジークとウィルを認識すると、突然の爆音を当てられたことに怒ったまま地上へと向かって飛び上がった。
「離れろ!」
「うわぁっ!?」
溶岩の中から地面のある方向へと飛び出してきたヴォルガノスは、全身から溶岩を垂らしながら上下に跳ねてから、当然のように二本の足で立ち上がってから、足下へと向かって走ってくるジークを見下ろしていた。
助走をつけて振り下ろされた大剣ジークリンデは、ヴォルガノスの覆っているマグマの甲殻を引き裂いて傷を与えた。そこまで大きくない傷でも、マグマで固められた外殻を引き裂けるのならば、いくらでも狩る方法はあると考え、ジークは笑みを浮かべた。自分よりも遥かに小さい生き物に傷つけられた怒りなのか、ジークのことを視界に収めたヴォルガノスは、その巨体をしならせて横タックルを繰り出した。
「うぉッ!?」
恵まれた巨体から放たれたタックルを大剣の腹で受けたジークは、予想以上の衝撃に地面を滑るように後ろに移動させられた。タックルで相手を仕留められていないことを悟ったヴォルガノスは、口を開いて溶岩を吐こうとして、反対から迫っていたウィルのプリンセスレイピアに左足を傷つけられて大きく怯んだ。
「いい感じだなっ」
怯んだヴォルガノスに追撃を重ねるウィルを見て、大分ハンターとして成長し始めているのを確認したジークは、ウィルから逃れるように地面を這いずり始めたヴォルガノスの頭に向かって大剣を振り下ろす。対して力を込めている訳ではないただの振り下ろしだが、痛みから逃れようとしていたヴォルガノスには効果絶大だった。逃げた先でも血をまき散らすことになったヴォルガノスは、ジークから逃げるように頭を上げて尻尾を振り回す。巨体から放たれる尻尾の膂力はそれなりの威力を持っているが、巨体故に胴体真下にまで尻尾が届かずに、ジークにはすんなりと避けられる。
「もう一発!」
「合わせます!」
大剣を片手に持ったまま、ヴォルガノスの足下に潜り込んだジークは、その勢いのまま大剣を振り上げてヴォルガノスの腹へと浅い切り傷を作る。そのタイミングに合わせるように、足元へと潜り込んできたウィルはプリンセスレイピアを持って、先ほど自分が付けた傷と同じ場所へと刃を突き刺す。いくら溶岩の甲殻を持っているヴォルガノスと言えども、一度剥がされた甲殻の上から再び鋭利なものが突き刺されば、その巨体を支えるバランスは崩れる。
「上手くなったなっ!」
的確にヴォルガノスの柔らかい部分を攻撃するウィルを見て、ジークは笑みを浮かべながら横になった巨体の腹めがけて大剣を強く振り下ろす。体重の全てをかけて、先ほど振り上げた時に傷つけた腹の部分へと向かって降ろされた剣先は、見事に腹の肉を切り裂いて大量の血しぶきを上げる。
「おっと」
「うわっ!?」
痛みに悶えるヴォルガノスは、二人のハンターによる猛追から逃れるように巨体を横にしたまま上下に飛び跳ねる。ハンターの数倍ではきかない巨体をしならせて飛び跳ねれば、大地は地震のように揺れてまともに立っていられなくなる。大剣を地面にさして身体を支えるジークに対して、片手剣しか持っていないウィルは地面に尻餅をついていた。
「おいおい、直立に立たれると足にしか当たらなくなるんだがな」
「ジークさんっ!」
「わかってる」
地面に突き刺していたジークリンデを引き抜いた勢いのまま振り抜くが、立ち上がって姿勢を高くしたヴォルガノスの腹を捉えることなく、虚空を刃が通り過ぎた。勢いのまま振りぬかれた大剣は、そのままジークの身体を後方へと引っ張る。
腹から血を垂らしながらも立ち上がったヴォルガノスは、怒りを感じているのかわかりにくい顔のままジークの方へと顔を向けて口から火山弾のような岩を吐きだした。大剣の勢いをそのまま使って後方へと飛んだジークは、紙一重で岩の直撃を避け、装備の端に当たる灼熱の石に舌打ちをしてから大剣を背負い直す。
「ウィル、こいつの注意引いてくれ」
「どれくらい、ですかッ」
「五秒でいい」
「わ、わかりました」
口から放たれた溶岩をジークが避けたのを見て、ヴォルガノスは身体で押し潰そうと地面を這いずって逃げる背中を向けるジークを追いかける。当然ヴォルガノスの巨体ならば走るジークよりも早く、徐々に距離が縮まって行く。
「やあッ!」
追いつきそうなジークをそのまま轢き潰そうと迫るヴォルガノスは、顔の部分に突如横からぶつけられた石に気を取られて視線を向ける。溶岩の海へとやってくる前に拾っていた石を投げたウィルは、ヴォルガノスの視線を向けられて全力で突進を始めた。
重量武器を普段から扱っているウィルだが、ハンター養成所にいる時はやはり片手剣を扱っていた。誰でも使いやすく、それでいて奥が深い武器である片手剣は、はっきり言ってしまえばウィルの得意武器ではない。それでも、ウィルはジークの動きから学んだ強さを生かす為に、わざと片手剣のまま重量武器のようにモンスターへと真正面からぶつかろうとしていた。
左手の剣をちらつかせながら、心臓を守るように右手に盾を持って突進するウィルの姿は、ランス遣いの突進さながらである。自分よりも遥かに小さい生き物が突進してくることに、ヴォルガノスは取り乱すことも無く地面を這いずって轢き潰そうと向かう。
「充分だ」
「はいッ!」
地面を這いずる為に身体を下げた瞬間、先程までヴォルガノスが追いかけていたジークは、無慈悲にジークリンデを尻尾へと向かって振り下ろす。全体重をかけた高威力の振り下ろしは、ヴォルガノスの尾の先を斬り飛ばした。予想していなかった方向からの攻撃に、ヴォルガノスは混乱状態のままジタバタと地面をのたうち回る。その隙を見逃す程、ウィルもジークも甘いハンターではない。
悲鳴のような声をあげるヴォルガノスだが、前後をハンターに囲まれてまともに動くこともできずに、ひたすら一度傷つけられた部分を攻撃される。ジークは腹へとジークリンデを刺し、ウィルは眉間にプリンセスレイピアで小さな傷を付ける。返り血によって防具が赤くなっていくことも気にせずに、ジークはそのまま腹に刺した大剣を横へと振りぬく。
「また俺か」
ひたすらに暴れてなんとな二人のハンターを遠ざけたヴォルガノスは、怒りの籠った瞳で魚竜種特有の高いような低いような声を上げながら、ジークへと向かってその恵まれた肉体で押し潰そうと飛び掛かろうと足に力を込める。いくら大剣を持っている屈強なハンターでも、これほどの巨体を持つモンスターに押し潰されることがあれば死体が残るかどうかも疑問な程である。しかし、ジークは対して回避の動作も取らずに大剣の切先を少し低めの位置に構える。
「けど、お前はもう終わりだよ」
何かを喋っているジークへと向かって飛び上がろうとしたヴォルガノスは、足を滑らせてそのまま前方へと倒れこむ。痙攣する足を動かそうとして、ヴォルガノスは目の前にジークリンデの切先が構えられていることに気が付き、口から溶岩を吐こうとして、眉間にジークリンデを刺しこまれて大量の鮮血を火山の大地にまき散らす。灼熱の大地はヴォルガノスの血液をすぐに蒸発させていき、煙をあげていた。
「お前の身体には、とっくにプリンセスレイピアの毒が回ってる。眉間を斬られた後にジタバタと動き回るから毒が全身に回るのが早かったな」
ヴォルガノスの全身に回っている毒は、ウィルが持っているプリンセスレイピアのもの。陸の女王と言われる飛竜種であるリオレイアの持つ、強力な致死性の猛毒である。人間が受ければ即死しかねない程の毒を受けて、ヴォルガノスは自分でも気が付かない間に身体が衰弱していた。
「これで本当に……終わりだ」
眉間からジークリンデを引き抜いたジークは、そのまま生物共通の急所である首へと全身の筋肉を使って振り下ろす。眉間を貫いた時よりも多くの血が頸動脈から吹き出した後、ヴォルガノスはゆっくりと口を開いてジークを襲おうとして、そのまま大地に横たわった。
「中々根性あるな。首切られて噛みつこうなんて」
「大丈夫ですか?」
「大きな怪我はないさ。けど、最初に大剣で防御した時に……丁度防具の間に岩が刺さってな」
大剣を突き刺したジークは、横たわっているヴォルガノスの死体の傍で背中に刺さっている岩の破片を引き抜いた。苦痛に顔を歪ませながら引き抜いたジークに、ウィルは急いで包帯を取り出して傷の処置をする。
「悪い」
「いえいえ。それにしても、ヴォルガノスってこんなに大きい物なんですね」
「魚竜種ってのは基本的にどいつもこいつもデカいもんだが……こいつは特別デカいな」
応急薬を口にしながらヴォルガノスの死体を見上げて苦笑いするジークだが、当然始めて狩ったモンスターなので大きさの判別などできる訳ではない。
「でもモンスター図鑑には、大きくない個体はドンドルマでも狩猟許可がでるって書いてありました」
「じゃあデカいんだろうな。これはメゼポルタの依頼だった訳だし」
包帯を剥ぎ取りナイフで切ったウィルは、最後にしっかりと先を縛って治療を終えてから、ジークと共にヴォルガノスの死体を見上げた。
「……これ、どうやって剥ぎ取るんですか?」
「……モンスター図鑑に載ってるだろ」
先程までの戦いで全身いたる所に傷のあるヴォルガノスを見て、二人はしばらく呆然としてから、大人しくモンスター図鑑を見た。しかし、そこには『死してなおしばらくは溶岩の熱を持ち、更には大型モンスターの中でも圧倒的な巨大さを持つ故に、剥ぎ取ることがとても難しいモンスターである』と書かれているだけだったモンスター図鑑を見て、二人は同時にため息を吐くのだった。
「お帰りなさい」
「エルスさん?」
早朝にラティオ活火山から帰ってきたジークとウィルは、凝り固まった身体を解すように肩を回しながらメゼポルタを歩いていると、ヘヴィボウガンを背負っているエルスと、弓を背負っているティナがクエストカウンターに立っていた。
「エルスさんたちも今帰りですか?」
「そうよ」
「初めて大陸の西の方まで行きました!」
エルスたちも依頼達成の報告をしていたらしく、クエストカウンターのユニスは無表情ながらテキパキと書類をさばいて達成報告を受ける。
興奮気味なティナの言葉に、ジークは二人が『シルフォーレの森とシルトン丘陵』――通称森丘へと向かっていたことを察した。森丘はドンドルマを中心とする大陸北西部に存在する、アルコリウス地方とシュレイド地方の境目にあり、飛竜の巣がある以外には大きなモンスターが出現することが少ない比較的平和な大地である。
「はい、クエストお疲れ様」
「ありがとうございます!」
元気いっぱいのティナの甲高い声に、同時に眉をしかめたエルスのユニスの顔を見て、無表情で無口なところが似ているなと思いながら、ジークはヴォルガノス討伐の報告書を渡す。
「……あの子、どうだった?」
「え?」
「ヴォルガノスのこと……カワイイでしょう?」
「……え?」
無表情で無口だとさっきまで考えていたユニスが、急に真剣な顔のまま「あの」ヴォルガノスを可愛かったという姿に、ジークは呆気に取られていた。
「あの愛らしい顔つき、近くで見られて羨ましいわ。いつか釣り上げてみたい」
「……そうです、か」
本当に好きなのか、無表情ながらも熱の籠った言葉に気圧されながら、ジークは微妙な顔をしながら頷くことしかできなかった。もしかすると、ヴォルガノスを狩りに行ったハンター全員に行っているのだろうかと思ってエルスの方へと視線を向けると、ジークの思考を肯定するように頷いた。ジークは、何を考えているかイマイチ理解できない受付嬢だったユニスのことを、独特な感性を持っている人だと思って処理することに決めた。
「クエストお疲れ様」
「ありがとう」
「ほうほう……中々頑張っとるな」
「ま、マスター?」
ヴォルガノス討伐依頼達成を確認した書類を手渡されたジークは、そのままユニスに背中を向けようとして、声をかけてきたギルドマスターの姿に驚いていた。
手に握られているヴォルガノス討伐達成の書類を見て、ジークの身体にある傷を手当した痕である包帯を確認したギルドマスターは、一人で頷いた。
「お主……とウィルもじゃな。ちょっとわしの依頼を受けてみぬか?」
「ギルドマスターの依頼、だと?」
ギルドマスターからの依頼と言われて、ジークとエルスは目を見開いていた。ハンターとして大きなギルドに所属したことが無かったウィルや、メゼポルタでハンターになったばかりのティナからすると、重役からの依頼なんて大変だな、程度にしか考えていなかったが、かつてタンジアでハンターをしていたジークと、ドンドルマでハンターをしていたエルスは、その言葉の意味を正しく理解していた。
「それはつまり、公式狩猟試験ってことか?」
「ほぉ……察しがいいの」
ジークの口から出てきた公式狩猟試験という単語に、ウィルとティナは一層首を傾げるが、肯定するギルドマスターの顔は、いつも通りのほほんとしていた。
「あの……公式狩猟試験ってなんですか?」
「ギルドマスターが実力を認めた相手に発行するクエストの呼称」
「た、達成すると?」
「昇格するんだよ」
緊張が見て取れる雰囲気の中、ウィルはおずおずと疑問を言葉にすると、クエストカウンターに立っているユニスがジークの代わりに答えた。ギルドマスターに実力を認められたということに内心で喜ぶウィルだが、発行したクエストが試験と言われていることに気が付き、そのままもう一度疑問を口にすると、今度はジークから答えが返ってきた。
「つ、つまり?」
「今からギルドマスターが指定するモンスターを狩ってきたら、俺らは晴れて上位ハンターって訳だ」
「え……えぇ!? た、大変じゃないですかッ!?」
「だからそう言ってるだろ」
公式狩猟試験と呼ばれるのはドンドルマとメゼポルタでだけだが、ジークが所属していたタンジアハンターズギルドでも緊急クエストと言う名で使われていた手法である。実力を認めたハンターのランクよりも高いクエストを受けさせ、その依頼を達成することで充分上のランクでも通用すると証明した場合、そのハンターはランクを上げて更に上のクエストを受けられるようになる。
「それで? 何を狩れば証明になる」
「討伐対象は……
「エスピナス、ですって?」
ギルドマスターの口から出てきたモンスターの名前に、エルスは眉を顰めた。
「エスピナスって……樹海の王者、ですか?」
「樹海の王者?」
エスピナスの名前に反応したウィルは、声を震わせていた。ジークとしては、初めて聞く名前に首を傾げることしかできないが、ウィルとエルスの反応からしてかなりの実力を持つモンスターであることを理解した。
「最近、樹海の奥地から浅い所にやってきたエスピナスの若い個体が発見されてな……早いうちに対処しておかねば大変なことになるやもしれぬからな。故に、お前たちの上位昇格試験として頼もうと思う」
「上位昇格試験に相応しい相手か?」
「そうじゃな。お主らが下位ハンターの中でもっとも勢いがあるからだが……お主らがおらねば上位ハンターに頼む依頼じゃ」
「そうか……それが聞けただけで充分だ」
ギルドマスターの言葉を聞いて、ジークは好戦的な笑みを浮かべていた。共に狩りに出掛けたことがあるウィルは、理性的で研ぎ澄まされた狩り技術の中にある荒々しさと同じ雰囲気を感じて息を呑んだ。
「傷を治してから狩りに行くといい」
「そうさせてもらうよ」
ジークの表情を見て愉快そうに笑ったギルドマスターは、ゆったりとした歩調のまま定位置に戻っていった。
三人の方へと振り向いたジークは、抑えきれない闘志を滾らせたままクエスト達成書をウィルに渡してから、背中の包帯に触れた。
「取り敢えず、俺とウィルはしばらく療養ですね。エルスさんはティナの付き添いですか?」
「そうね。筋はいいからしばらくはハンター稼業を慣らせるつもりよ。すぐに上位ハンターまで追いつかせるわ」
「え!? そ、そんな厳しいんですか!?」
「そうよ。狩人祭までに追いついてもらうわ」
「そ、そうですよね……」
狩人祭に向けて『ニーベルング』が実績を求めていることを聞いているティナは、自分もジーク達に追いつかなければならないことを理解していた。とは言え、まだハンターになったばかりのティナに、すぐに追いつかなければならないと言うのも酷なことではある。
「上位ハンターになったら俺たちもティナの手伝いしますよ」
「そうね。私も一緒に動きたいけど、しばらくは色々とやることがあるわ」
エルスの言葉に頷いたジークは、エルスのスパルタ宣言に涙目となっているティナを見て、大きく息を吐いてから笑顔を浮かべて頭を撫でた。
「あ、あの……」
「悪い。妹みたいだと思って」
「妹がいるんですか?」
「まぁ、ね」
ティナの言葉に苦笑いをしながら、ジークはウィルと共にマイハウスに向かって歩き始めた。
「……今思ったんだが、凄腕ハンターってマイハウス住んでない人が多いよな」
「結構メゼポルタに永住する気で、広場から少し離れた場所にある職人街に家構える人が多いらしいですよ」
早朝の時間だからなのか、マイハウスへと向かう道ですれ違うハンターは少ない。すれ違うハンターの装備を見てから、ジークは凄腕ハンターの人口の少なさ以上に、マイハウス付近で見る凄腕ハンターの少なさを気にしていた。しかし、ウィルの言葉に納得したジークは少しだけ感心していた。
「そうなんだ……俺も将来は自分の家買うのもありかな」
「因みに、家買ってる人は既婚者が多いらしいです」
「家買うのやめた」
メゼポルタハンターズギルドに集うハンターたちの実力と、依頼難易度を気に入り始めているジークは、既にタンジアに帰ることなくメゼポルタでハンターとして生きていこうと考え始めていたので、これから少しずつ金を貯めてようと考えてから、ウィルの既婚者という言葉に家買う宣言を即撤回した。狩りに生きてきた彼には、女性ハンターの知り合いはいても、恋愛のような甘酸っぱい関係の相手は全くいない。
「はぁ……俺もそろそろ二十代だし、いい人探そうかな」
「ははは……」
背中の包帯を撫でながら呟くジークに、ウィルは苦笑することしかできなかった。
次回は作中にある通りエスピナスです。