狩人の頂 作:ばるむんく
今月中に狩人祭……無理だよなぁ……
「
「珍しい生態、とでも言えばいいか……とにかく大型モンスターらしくない奴だってのはわかった」
アプトノスの引く竜車に乗りながら、ジークはモンスター図鑑に書かれている情報を何度も読み返しているウィルの言葉に苦笑しながらも頷いていた。狩猟スタイルがその場で最適解を判断するジークとは真逆とも言える、狩りが始まる前に全てを終わらせるが如く情報を大事にするウィルは、ジークの反応など気にせずに何度もエスピナスの説明文を読み込んでいた。
上位昇格試験としてエスピナスの討伐を言い渡された二人は、ヴォルガノスとの戦いで受けた傷を癒してからすぐに樹海へと出立した。
未知の強敵との戦闘に備えて、ヴォルガノスの素材から生み出された【ラヴァキャノン】を片手で撫でながら、ジークはいつもよりも張り詰めた雰囲気の樹海を見ていた。
「ウィル、手順は覚えてるな」
「ジークさんが突っ込んで、囮になっている間に僕が横から大剣で殴る、ですか? あれ作戦って呼んでいいんですか?」
「いいんだよ」
モンスター図鑑から顔を上げたウィルは、少し呆れたような顔をしながらもジークの言葉に一応頷いていた。ヴォルガノス戦を経て、大剣の使い方を再び見直そうと思ったウィルは使い慣れている大剣【イニティブレイド】を背負ってきている。大剣が他の武器種に比べて攻撃性能が高いと言っても、ガンランスの防御性能と比べた場合はやはり囮役として適しているのは、ガンランスを背負っているジークの方だろう。
「でも、初めてのモンスターなんですよ?」
「誰だって初めてはあるだろ。無問題とは言わないが、それなりの覚悟はできてる」
「まぁ……そこまで言うならいいですけど」
微妙に納得ができていないような声を出しながら、ウィルはエスピナスの項に書かれている文章を見てた息を吐いた。
「命の危機を感じると激昂し、突如として凶暴な側面を見せる。驚異的な身体能力で、陸の女王と恐れられるリオレイアよりも早く地面を走り、口からはリオレウスの様な火炎と共に神経性の毒と出血性の毒を同時に分泌して相手の命を奪う」
「ま、飛竜は飛竜ってことだな」
文章を読みながら地獄の様な光景を思い浮かべたウィルに、ジークは片目を瞑って何とも言えない笑みを浮かべていた。
「到着だ。準備は終わってるよな?」
「大丈夫です……覚悟もできています」
狩猟地であるしとしとと雨が降る樹海に降り立ったジークとウィルは、支給品ボックスの中に入れられているアイテムを取り出してからキャンプで地図を広げ、まず何処からエスピナスの探索をするかを話し合っていた。持ち込んだアイテムを入れている袋に、支給品を二人で分けてから必要なアイテムだけを袋に詰めてから、ジークは樹海の中心地である大樹の根元を指した。
「いるとしたらここだ。エスピナスは普段何もせずに寝てるんだろ? だったら雨の中わざわざ外で寝ていることも無いだろうしな」
「いなかったとしても中心ですし、そこから周辺を探せばいいですね」
「よし、行くぞ」
大体の方針を決めたジークは、ラヴァキャノンを背負ってから重厚な盾を右手に持ってテントから外に出た。雨の勢いはそこまで強くはなくとも、地面に小さな流れができているのを見て雨がまだ長引くことを理解したジークは、地面のぬかるみに足を取られないように気を付けながら樹海を歩き始めた。
普段はイーオスやランポス、ランゴスタ、大雷光虫が我が物顔で闊歩しているような開けた場所でも、雨に加えて樹海の王者が奥地から出てきたことが関係しているのか、数が極端に少なかった。
「警戒して出てきませんね」
「こっちには気が付いている癖にな。丁度いいが……無視していくぞ」
受けた依頼は樹海の浅い部分に出てきたエスピナスの討伐であり、小型の討伐は他のハンターの仕事である。故にエスピナスを警戒して視線だけ送って小さな鳴き声を上げているイーオスなど、相手にする価値もなかった。
草木を掻き分けるように樹海の中を歩き、根元の空洞に向かって伸びる坂道を確認してジークは後ろにいるウィルへと視線を向けた。無言で頷いたウィルに笑みを浮かべてから、ジークは盾を前に構えながら空洞に向かって滑るように入り込んだ。
「……寝てやがる」
「いましたね」
ジークの予想通り雨避けにこの大樹へとやってきたのか、棘竜エスピナスはハンター二人が近づいていることなど全くお構いなしに身体を丸めて眠っていた。以前に樹海で討伐したヒプノックのように寝ているが、ヒプノックとは違い、エスピナスは本気で寝ている。今からジークが近寄って甲殻に蹴りを入れた所で眠りから覚めることなどないだろうことは明白だった。
「命の危険を感じたら起き上がって甲殻が柔らかくなる、だったか?」
「はい。その代わり、攻撃性を剥き出しにします」
「なら、コイツの出番だ」
エスピナスの生態を聞いたジークは、背負っているラヴァキャノンを揺らしながらエスピナスへと充分に近づいた。中折れしていたガンランスの銃撃機構を起動し、自動的に弾を込めていく。寝ている状態のエスピナスの甲殻は硬く、恐らく今の武器で斬りかかったところで弾かれるだけだと理解していたジークは、ウィルを下がらせてガンランスを一人で構えた。
「さぁ……戦いの開幕砲としようか」
右手の盾を地面に突き刺し、エスピナスの顔に槍先を向けたジークは全体重を前に掛けながらガンランスの特殊機構を起動させていく。槍先の一部が開き、甲高い音と共に機械仕掛けの槍は温度を高めながら青白い光を放ち始め、それに合わせてジークはすぐさま銃槍内の弾丸を全弾砲撃機能へと集中させた。周囲に空の薬莢をまき散らしながら青白い光は更に強くなり、次の瞬間に爆音と共にメゼポルタの技術が詰め込まれたガンランス最大威力の砲撃がエスピナスの顔に叩き込まれた。
「ぐッ!?」
火竜のブレスを参考にガンランスに搭載された強力な砲撃である『竜撃砲』に全ての弾丸を詰め込むことで更に威力を上げた『爆竜轟砲』は、ガンランスの放てる最高火力だった。メゼポルタの職人によって改造されたガンランスのみが可能なその砲撃は使用者にも大きな反動を与え、ガンランス自体にも大きな傷を与える物であるが、その分威力は保障されている。それを証明するように、エスピナスは爆竜轟砲の衝撃で地面に刺した盾ごと後方へと地面に線を引きながら移動したジークを見て、怒りを露わにしていた。
「お目覚めだな」
顔を中心に全身へと瞬く間に赤い血管が浮き上がって行くのを見て、ジークは地面から盾を抜いてエスピナスへと向けて身体を潜り込ませた。同時に、エスピナスは耳栓をしていても聞こえる程の咆哮を上げて、ジークへと紫色に燃える火球を口から放った。
「ジークさん!」
咆哮を防ぐために盾を構えていたジークは、咆哮以上の衝撃を盾で受けながらも火球を耐えきっていた。しっかりと地面に足をつけ、盾越しにエスピナスと視線を合わせて不敵に笑みを浮かべてから、ガンランスを見た。爆竜轟砲によってガンランス内に溜まった熱を必死に排熱しているガンランスは、その槍先の部分も爆竜轟砲の熱によって微妙に形を変形させていた。
「ウィル! ちょっと時間稼いでくれ!」
「りょ、了解しました!」
未だジークの方へと視線を向けているエスピナスはすぐさま突進の体制に入るが、ジーク盾で受けるつもりもなくガンランスを背中へと一旦背負ってからウィルの直線状へと向かって走り始めた。ジークを追いかけてそのまま突進を続けるエスピナスは、もう一人のハンター視界に確認してから目の前に投げられた物に視線を取られた。細長い独特な形状をしているそれは、破裂すると同時に極大の光を発生させてエスピナスの視界を白く塗りつぶした。
「今の内に!」
「助かる」
ウィルの投げた閃光玉が効果的にエスピナスの視界を塞いだことを確認したジークは、その場から離れて地面に張り巡らされている根の中で身体の半分を隠せる場所へと身を屈め、懐から取り出した砥石で熱で若干変形したガンランスの切れ味を取り戻す。工房の職人たちに比べてしまえば児戯にも等しい応急処置ではあるが、ハンターたるもの自らの武器を飛ぶ術は持っていた。
爆竜轟砲によって傷ついたガンランスを研いでいる間、エスピナスの注意を惹く役目を受けたウィルは閃光玉によって視界を奪われているエスピナスへと向かって大胆に踏み込み、事前に得たモンスターの情報から最も神経の集中している頭角へと向かって大剣を振り下ろした。神経が集中しているとは言え、モンスターの頭角なことには変わらないので表面に傷を付ける程度でしかないが、相応の痛みはあるらしく、エスピナスは怒りの籠った甲高い声で鳴いてから頭を振り回した。
「このくらいッ! やぁッ!」
大剣に力を込めたままエスピナスの角を避けてから足の間に転がり込み、回転の力を利用したまま胸部へと大剣を振り上げた。角よりも柔らかい胸部の皮膚は、大剣であっさりと斬り裂くことができ、鮮血を地面にまき散らしながら痛みに喘いでエスピナスはたたらを踏んだ。
エスピナスが怯んだ姿を遠目に見ながら、ジークは応急処置の完了したガンランスを背負って走り出した。エスピナスへと上手く反撃したウィルだが、閃光玉を受けて視界を奪われているエスピナスは、周囲へと無造作に尻尾と頭角を振り回して暴れている状態だったため、上手く足の間から逃れることができずに大剣を持ったまま迫りくる尻尾の棘に気を付けながら大剣を握っていた。
大分回復してきたのか、しきりに頭を振って瞬きをしていたエスピナスは、近づいてくるジークと足の間で大剣を背負い直したウィル二人を視認してから、上半身を仰け反らせてジークへと向かって火球を放った。エスピナスが息を吸い込んだことを確認してすかさず盾を構えたジークは、そのまま自分の身を守りながらも前進を止めることが無い。
ジークの動きを見て再び大剣の柄へと手を伸ばしたウィルは、火球を吐いた態勢のまま羽ばたいているエスピナスを見て、自らの降りかかるであろう死を直感的に理解した。
「ウィルっ!?」
後方へと羽ばたきながら足元にいたウィルへと、エスピナスは容赦なく火球を放った。盾で自分の身を守るように前進していたジークは、ウィルがエスピナスの火球を受けたことに焦って走り出した。大きく後退したエスピナスは、ウィルへと近づくジークなどお構いなしに再び口から火球を吐きだす。毒性を含む紫色の火球は、再びウィルのいた場所を爆発させた。
「生きてるかっ!?」
「な、んとか……」
巻き上げられた煙の中から大剣を地面に突き刺して火球を防いでいたウィルを見つけて、ジークは安堵の息を吐くと同時に、大剣で無茶に防御したせいで周囲を渦巻いている神経性の毒と出血性の毒を吸い込んだのだろうことを理解した。その証拠に、ウィルは大剣を地面に刺したまま足を痙攣させて口から吐血していた。
「解毒薬を飲め、身体の痺れが取れるまでは大剣から出てくるなよ」
「は、い」
舌すらも痺れているのか上手く喋れないウィルを見て舌打ちをしてから、ジークは盾と銃槍を構えて突進してきているエスピナスを受け止めた。
「おいおい、どんな突進力だよっ!」
ガンランスで完璧に受け止めたにもかかわらず、ジークを平然とかなりの距離押し込んだエスピナスは全く関係がないと言わんばかりにもう一度後ろに飛んでから再び突進の構えを見せた。幾つものモンスターの突進をランスやガンランスで受けてきたジークだが、彼の体感では砂漠に住まう暴君ディアブロスと同等かそれ以上の威力を腕で感じていた。
「くそっ! 防御してるだけじゃっ!? 埒が明かないか!」
再び突進を受けたジークは、腕の痺れから考えて次突進を真正面から受ければ後ろのウィルが危険だと考えて、穂先の銃砲部分を起動させて拡散型の砲撃を顔に浴びせかけるが、エスピナスは全く関係無いと言わんばかりに尻尾を鞭のようにしならせてジークの盾を弾く。金属音と共にジークは唇を噛みしめ、砲撃を放った穂先をウィルが傷づけた頭角の傷へと向かって突き刺した。
「受けてみろ」
頭角と言われるだけあってそれなりの硬度があるのは想定内だったジークは、穂先を刺したまま拡散砲撃を角へと集中するように放つ。凶器にして弱点とも言える部位を攻撃されたエスピナスは、痛みに一瞬怯んでから怒りのまま盾に頭角をぶつけてウィルのいる場所まで吹き飛ばした。
「ぐっ!? ウィル!」
「もう、だいじょうぶです!」
丁度ウィルが地面に刺していた大剣の腹へと背中をぶつけたジークは、懐から取り出した生命の粉塵を頭上へと振りまいてから立ち上がった。呼吸によって吸引して麻痺していたウィルは、舌先がまだ痺れているのか滑舌が微妙になりながらも、大剣をしっかりと持ってジークの横へと並び立った。
「ようやく二人で行けるな……遅れるなよ?」
「まかせ、てくだ、さい……んっ……問題ないです」
「よし」
身軽な動きができるように大剣を背中へと背負ったウィルは、一度咳払いしてから笑みを浮かべた。大分ハンターとして成長したと思いながら、ジークは再び盾を構えてウィルの前に立った。事前の作戦通り、ジークが囮となっている間にウィルが横から叩いて毒と神経が集中している角を叩き割る為に、ジークは盾を構えたまま走り出した。矮小な生物が生意気にも向かってくることに怒りを感じているのか、エスピナスは力の限り吼えてからジークを迎え撃つように右足で大きく踏み込んで角を振った。
「ぐぅッ……まだ、まだぁッ!」
盾から聞こえてはいけないような金属がへこむ音を聞きながらも、ジークは両足で大地に踏ん張って避けれる尾と角を避けながらも、的確にガンランスの砲撃を角へと当てていた。エスピナスの全身についている赤色の棘からは、絶え間なく毒が流れ続けている。いくら堅牢な盾を持っていようとも、少しでも掠ってしまえばすぐに出血性の毒を受けることになる。
「おい、あんまり調子に乗るなよッ!」
「ふッ!」
自慢の角で貫けない盾にもお構いなしに頭を左右に振り続けるエスピナスに、ジークは盾の表面に角を滑らせるように攻撃を逸らして矛先を地面へと向けた。勢いあまって地面に角を刺したエスピナスに、ジークは左側からガンランスを刺そうと左手を突き出し、右側からは隙を伺っていたウィルが走っていた勢いそのままに大剣を振り下ろした。左右から同時に衝撃を受けたエスピナスは、甲高い悲鳴を上げながら二人から距離を取るように飛び、そのまま大樹の壁に当たって墜落した。そんなエスピナスを無視しながら、ジークはガンランスの穂先に刺さっているエスピナスの角の先を見て、笑み浮かべていた。
「さて、こっからどう狩って行くか……踏ん張れよウィル」
「わかってますよ」
痛みに悶え苦しんでいたエスピナスは、目で見て確認する必要すらなく激昂状態だと確信できる程の殺気を全身から放っていた。周囲を飛んでいたランゴスタや大雷光虫も慌てて逃げ出す様な仕草を見せ、大樹の外のイーオスたちも騒がしく鳴いている声が、空洞の内部にまで響いていた。
巨大な爆発音と同時に、大樹の内部から外へと投げ出されるように転がり出てきたジークとウィルは、すぐに武器を構えて大樹の麓へと視線を向けた。
「クソったれが……とんでもないタフネスだ」
「そろそろ、解毒薬が底をつきそうです」
のっそりとした動きでありながらも、激しい怒りを感じさせるような足音を立てながらエスピナスは大樹の内部から顔を出した。角を半ばから叩き折られ、爆竜轟砲の二度受け、全身の切り傷から血液を垂らしながらも、平然と両足で大地に立ちながら近づいてくる飛竜に、ジークは悪態をつくことしかできなかった。
近づいてくるエスピナスを見ながら、腰に備え付けてある瓶入れに手を伸ばしたウィルは、解毒薬を並べていた場所にある瓶の数が既に一つになっていることに気が付いた。盾を持っているジークと違い、ウィルは長い戦闘の中で幾度かエスピナスの赤い棘を身体に掠らせていた。その回数が積み重なって、ウィルはポーチに備えていた解毒薬を九本飲み干す結果となった。
「爆竜轟砲もう一発撃っちまったからしばらく俺は戦力にならない。盾役ならできそうだが……」
「ありがとうございます……ならしばらくは僕が前に出ますよ」
ガンランスを左右に振りながら解毒薬を三本ウィルに渡し、盾役となる為に立ち上がったジークの肩を掴んだウィルは、無言でガンランスを研いで早く帰ってきてくれと促した。
「……死ぬなよ」
「はい!」
大樹から放り出されるように爆竜轟砲を放ったジークに怒りが向いていたエスピナスだが、真っ直ぐこちらへと向かってくるウィルの姿を見て振り下ろされる大剣を軽々と横に避けた。この狩猟中に幾度とぶつかり合った経験から、エスピナスは既にウィルとジークの攻撃を受けることは死へと直接繋がることと認識していた。しかし、今更大剣を外した程度で動揺する様な精神をしていないのはウィルも同じだった。
「まだまだ!」
地面へと刺さった大剣の勢いそのまま、大剣を主軸に上方向へと飛んだウィルに、エスピナスは視線を奪われた。突然人間が飛び上がって硬直したエスピナスは、草むらで砥石を使っていたジークがにやけ顔のまま閃光玉を投げていることを認識した瞬間、再び閃光に目を焼かれた。苦悶の声を上げながら後退ったエスピナスに対して、羽を華麗に飛び越えたウィルは反転して手に持ったままの大剣を尻尾へと振り下ろした。
「ぐぅッ!?」
自分の武器の一つである尾へと刃が食い込んだことに痛覚で気が付いたエスピナスは、すぐに自分の背後にいるハンターを突き放す為に尾を左右へと激しく振った。
「このッ、さっさと、切れろッ!」
突然暴れだしたエスピナスによって、食い込んでいた刃が緩みかけるのを感じたウィルは、叩きつけられそうになった樹木の幹に上手く足をかけ、幹が軋む程の強さで蹴ってその勢いのままエスピナスの尻尾を半ばから切断した。
「うわぁぁぁぁぁ!?」
痛烈な一撃を受けて切断された尻尾の痛みに悶えて苦しむエスピナスは、そのままやたらめったらに森の中を走り回って樹木へと身体をぶつけていた。
大剣が食い込んでいた尻尾が切断されたことによって、空中で態勢を崩したウィルは地面にできた水溜まりへと思い切り突っ込み、尻尾と大剣はあらぬ方向へと飛んでいった。
「よくやった。無事か?」
「な、なんとか……」
尻尾を切断する時に、エスピナスの棘が引っかかって無惨に破壊されたリオレイアの素材でできた肩当を見て若干肩を落としながらも、ジークから差し出された手を掴んで立ち上がった。
ガンランスの整備を終えたジークは、切断されて地面に落ち、滲みだした血で水溜まりを赤く染めている尻尾を見ながら携帯食料をウィルに投げ渡した。
「次が最後になるぞ。あいつも流石にもう限界のはずだ」
「なんで、ですか?」
「戻ってきてないだろ」
森を破壊しながら走っていった先には既にエスピナスの姿はなく、災害にでもあったかのような痕跡を残したままエスピナスはこの場所へと戻ってきてはいなかった。地面に大量の鮮血をまき散らしながらも水場の方へと進んでいく理由など、たった一つしかない。
「命をの危険を本気で感じたんだろう。あいつはもう俺たちに負けを認めたも同然だ」
「勝負から逃げた訳ですからね」
「そう言うことだ」
エスピナスの様に樹海の王者に君臨している種族ならば、敗北の経験を持たないが故に何が何でも向かってくるのかとジークは思っていたが、そうではないらしい。
「恐らく、あの若いエスピナスは森の奥で縄張りを争って負けたんだろう。だから浅い所に出てきた……敗北には敏感って訳だ」
尻尾を切断した場所を地図にメモしながら、ジークは破壊痕へと視線を向けた。
「けど、今度こそ負けたら命がないことは分ってるはずだ」
「死に物狂いで向かってくる、ですか?」
「わかってるなら大丈夫だ」
回復薬を口にしながら大剣を拾ったウィルは、ジークの言葉に頷いてから破壊痕を辿ってエスピナスの元へと向かった。エスピナスとの数十分の死闘だけで随分と成長したと思いながらも、ジークはウィルの背中を追って歩き始めた。
足を引きずりながら樹海の湖畔までやってきたエスピナスは、崩れ落ちるように地面に伏せた。樹海の奥地で他のエスピナスとの縄張り争いで敗北したまま、樹海の浅い所までやってきた若い個体であるこのエスピナスは、有体に言えば惨めな敗北者だった。挙句の果てに自分よりも遥かに小さい人間にここまで傷をつけられ、尻尾を切断され、角をへし折られた。既にこのエスピナスは敗北も同然の状況に置かれていた。だからこそ、エスピナスは怒りで立ち上がった。
「……目がマジだな」
ゆっくりと背後から近づいてくる二人の人間を見て、エスピナスは今日一番の咆哮を叫ぶ。永遠の敗北者として人間にまで敗れるつもりは毛頭ない、と。
「じゃあ、狩らせてもらうぞ。これも自然の競争ってやつなんでな」
口から紫炎を滾らせたエスピナスを見て、左右に同時に走り出したジークとウィルは死にかけのエスピナス相手にも油断なく距離を詰めていく。エスピナスは尻尾を切断したウィルへと向かって連続で火球を放つが、それらを全て紙一重で避けながらウィルは大剣を抜刀してエスピナスへと斬りかかった。単純な攻撃すら避けることのできなくなっているエスピナスは、ウィルの大剣を足に受けてよろめきながらも翼を左右に振ってウィルを遠ざけた。
「そろそろ逝け」
ウィルへと向かって顎を開いて噛み切ろうとした瞬間、反対方向から放たれた砲撃によってエスピナスは転倒し、そのまま湖へと身体の半分を沈めた。すぐさま立ち上がってジークへと視線を向けたエスピナスは、盾を放り投げて飛んでいる姿を見て紫炎を吐こうとして力なく足を折り曲げた。
「もう、終わりだ」
まともに立つ力もなくなったエスピナスに対して、ジークは折れた角にガンランスの穂先を刺し、無茶な態勢のまま爆竜轟砲を放った。湖の水を大量に吹き飛ばしながら放たれた最大の砲撃によって、エスピナスは真後ろに倒れ、ガンランス一本で体重を支えていたジークも反動によって陸へと吹き飛ばされた。
「じ、ジークさん!」
「いてぇ……大丈夫だ」
地面をごろごろと転がってからなんとか立ち上がったジークは、爆竜轟砲を無茶に放ったことによって半ばから融解したラヴァキャノンを見て苦笑した。最後の砲撃によってエスピナスは、湖に半分沈みながら事切れた。水へと流れだした鮮血が湖を染めていくのを尻目に、ジークは空を見上げた。
「これで……やっと、上位か……」
「お疲れ様です」
相も変わらず無茶苦茶な狩猟をするその姿に、ウィルは呆れて感想を言うことすらできなかった。だが、そんなウィルもジークの動きを真似て強くなろうとした結果、普通のハンターではやらないような奇抜な動きをしているのだが、ジークが気が付かないようにウィル本人もそんなことには気が付いていない。
エスピナスの素材をなんとか回収し、破損した装備やら諸々全てを片付けたジークとウィルは、対して時間をかけずにメゼポルタへと戻ってきた。樹海からメゼポルタ広場が近いこともあるが、まるで二人が上位昇格試験を突破することなど分かり切っていると言わんばかりの行動に、二人は呆気に取られていた。
「ふむ。随分とボロボロだがエスピナスの狩猟、見事であったぞ」
「なんとか、って感じでしたけどね」
「上位昇格試験なんぞそんなものじゃ。では、これからジークとウィルを上位ハンターとして任命する。これからもメゼポルタギルドの為に奮闘することを期待する」
満身創痍のまま樹海からメゼポルタへと戻ってきたジークとウィルは、痛む身体に鞭打ちながら報告書を書き上げてギルドマスターへと渡した結果、無事に上位昇格を認められた。ギルドマスターの少し嬉しそうな宣言を聞きながら、クエスト受付に立っていたユニスは、あのエスピナスは本来ならば上位昇格試験に使えない程強い個体だっただろうことを黙っていた。からくも上位に昇格したジークとウィルに、祝福の声をかけるハンターたちへと水を差す必要はないと考えていたからだった。それと同時に、あの二人にギルドマスターが期待を寄せていることを理解して、これからは少しばかり自分も気にしようと考えるのだった。