ウロボロス・レベルアッパー   作:潮井イタチ

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9話/ウェーブバスター

「《グワオ……!》」

 

 まずミライへと襲いかかってきたのは、一匹のカキョワンである。

 一体どこの部品がどう壊れたのか。機械犬の前足に出来た金属の爪が、ミライのパーカー型ラッシュガードを破り、切り裂く。

 

「チッ……!」

 

 邪魔にしかならなくなったラッシュガードを脱ぎ捨てるミライ。

 そしてそのまま、破れたラッシュガードを機械犬へと巻き付け縛り、排熱孔を塞いで、高台から蹴り落とす。

 

「《グワオォォ……》」

 

 落ちていく機械犬。

 飛行を一時的に封じただけで、機械犬を無力化出来たわけではないが、構わない。

 どちらにしろミライの攻撃力では狂化異物(ブロークン)の硬度を突破することは出来ず、(とど)めは高台の下にいる二人に任せる必要があるのだ。

 それにそもそも、今の彼女にはこんなものにかかずらっている余裕が無い。

 

「こっちを向け、狂信者ッ!」

 

 サークニカへと走るミライ。

 巨漢の神父は彼女に大口径ライフルを突きつけ、強化解除弾(ペネトレイター)を撃ち放つ。

 

 拳銃弾とは比べ物にならない速度。だが、ミライはそれを手の甲で逸らす。

 いかに銃弾が速かろうと、射撃する人間の動作が遅ければ対処は容易だ。先読みで対応出来る。

 

「貴女が私の相手をすると言うのですか?」

「ああそうだ! 狂化異物(ブロークン)や強化者ならともかく、ただの人間が私に勝てると思うな! 死ね!」

 

 実際、三人の中では、ミライが最も対人戦の経験が多い。それに、トウジはサークニカに負けていたし、ミルの炎は効かなかった。

 ミルに関しては揺らめく火による催眠術なども持っているはずなのだが、他にも敵がいる状況でそんな悠長な技は使っていられない。勢いよくサークニカに殴りかかるミライ。

 

 ただ、腰から生えている柱や、異様に太い脚部は避ける。あそこに狂化異物(ブロークン)が埋め込んであるのなら、相手の硬度で拳が砕ける可能性があるからだ。

 狙うは眼球、顎、心臓、鳩尾(みぞおち)、股間への急所六連打。

 しかし、そのどれもが通用しない。全て命中するも、完全に無効化された。

 

「武装も無しに私を倒そうとは、無謀と言う他ありませんが」

「黙れテメェ! 武装ならここにあるんだよ! 煽ってんのか!」

 

 ミライは《ウロボロス000》の肉体操作で自身の動作を補正し、恐ろしく精密な掌底を繰り出す。

 その掌底は、内臓へ直接衝撃が伝播する浸透勁(しんとうけい)である。常人ならこれで五臓が破裂する一撃。

 

「『消えなさい』」

 

 だが、それも効かない。サークニカが持つ何かの能力によって無効化される。

 

 サークニカは反撃とばかりに、ミライに向けて巨大な脚を振りかぶる。

 蹴りを察知するミライだが、あえて避けない。横薙ぎに振るわれる柱のような脚を、手のひらで受け止め――受け流す。

 中国拳法において『化勁(かけい)』と呼ばれる、相手の攻撃ベクトルをコントロールする技法である。

 

「『強化勁・流転』!」

 

 そしてこれは、ミライが生み出した三つのオリジナル化勁技の一つ。

 自身の筋肉、骨格、そして皮膚から産毛に至るまで、あらゆる部位を《ウロボロス》で微細に操作し行われる、既存の化勁の強化版体技。

 しかもミライはただ攻撃を流すのではなく、敵の力を自分の勢いに変えていく。

 

 拳に勢いを乗せたミライはそのまま肉体操作を用い、右腕の筋肉を極限以上に()()()()()

 まるで弓にて放たれる矢のように、人体の限界を越えて力を溜める拳。名付けて『壊拳(ブレイクブロウ)』。

 威力の高い技ではあるが、その代償は大きい。これを放てば、彼女の右腕は自らの拳打の衝撃に耐えられずへし折れる。技名の通りに、拳が壊れる。

 

 しかし、ミライは構わず技を撃つ。

 サークニカへと放たれる超威力の拳打。

 超常の硬度持つ狂化異物(ブロークン)の身体すら砕きかねないその一撃は、神父の手の平に受け止められ、やはり、何の効果も(もたら)さず無効化された。

 

「…………」

 

 ミライは後ずさり、冷静になったように黙り込む。

 

 サークニカは変わらない微笑のまま、ミライに問いかけた。

 

「分かりましたか? 貴女の攻撃では、私を倒せないということが」

「ああ、何発か殴って分かった。――お前は、自分が受けた衝撃そのものを消している。だから、さっきの技の衝撃でぶっ壊れるはずだった私の右手が壊れていない」

 

 右手を握り開くミライの言葉に、サークニカがわずかに片眉を上げる。

 

「一応、『消えなさい』っていう言葉がブラフで、実際には自分の体を硬くする能力だったりしないか警戒していたんだが……心配し過ぎだったな。お前も強化者同様、自分のイメージが力の源か? この言葉を詠唱(キーワード)にして自分のイメージを強固にしているんだろう?」

 

 ミライは緋眼を細めながら、サークニカをじっくりと見る。

 

「具体的にどこまでのモノをどれぐらい消せるのかは分からないが、とりあえず、それだけ分かれば十分だ。あとは、どういう攻撃なら無力化出来ないのか試していけばいい」

 

 再度構えを取るミライ。

 

 サークニカは、やや警戒したように銃を拾って距離を取ろうとし――

 

「まあ、何が効くかは既に大体分かってるんだが」

 

 ――いつの間にか片方の手首を脱臼させられ、腕に数十の傷を刻まれ、指の骨を二本折られていることに気がついた。

 

「……な、に?」

 

 拾おうとした銃を取り落とすサークニカ。

 そんな彼を見下しつつ、ミライは語る。

 

「何か薬物でも使ってるんだろうが、そのせいで痛みへの反応が極端に(にぶ)い。強化者相手に戦闘が出来てるのも、肉体強化みたいな超常の力じゃなくて、単に薬使ったドーピングのおかげか。脚のパワードスーツも戦闘用ってだけじゃないな、狂化異物(ブロークン)を埋め込んだせいで、それが無いとまともに歩くことも出来ないんだろ? アンタ、そこまでして異能の力が欲しかったのか? ここまで来ると逆に哀れだな」

「……いつの間に、私に攻撃を。いや違う、いつの間に私の弱点を見抜いていたというのです!?」

「攻撃の隙なんていくらでもあっただろう。弱点なら既に私が――いや、既に少年(トウジ)が見抜いていた。自慢じゃないが、観察眼だけは昔からあったんだ」

 

 ミライは、サークニカに示すように自分の首の右側を叩いた。

 

「首元の切り傷、気づいてたか?」

 

 自分の首を確かめるサークニカ。

 確かに、切り傷がある。

 だが、ミライはサークニカの首に触れていない。これを刻んだのはトウジである。数分前に行われた彼との戦闘で、サークニカは首に切り傷をつけられていたのだ。

 

「切り傷がついた――つまり、衝撃・打撃が無効なだけで、斬撃は有効。いや、鋭利な攻撃はほぼ有効か? ざっと試した限り、関節技や骨折も有効。今のところ、消せるのは衝撃と炎だけ。……四大使徒だか何だか知らないが、聞いて呆れる。所詮は木っ端カルトのおざなりサイボーグか。これは、私がもう少し小細工を教えていれば少年(トウジ)でも普通に勝てていたな」

 

 ミライはため息をつき、肉体操作で鋭くした爪を弄りつつ言う。

 狂信者の腕を切り刻んだ爪は、血で赤いネイルのようにも見えた。

 

「少年も爪でお前の頸動脈を斬ろうとしたんだろうが……衝撃の無力化があるせいで、斬撃や刺突も、インパクトの瞬間にはかなり威力を殺されるみたいだな。私の爪もあまり深い傷はつけられなかった」

 

 そう言いつつも、彼女の表情は余裕に満ちている。

 

「まあ、それならそれで眼球の表面なんかを斬ればいい。体中の関節を順番に脱臼させていってもいいし、手っ取り早く首の骨を折るのもいい。所詮は、一、二年で勝手に滅びる馬鹿集団の一人だ」

 

 サークニカを煽り続けるミライ。

 が、ミライが彼をこれほど挑発しているのには意味がある。

 

(……宮火に強化解除弾(ペネトレイター)を撃ち込まれたら終わりだからな。いくら過去俺(トウジ)が無限再生で盾になれるって言っても、この状況で庇い続けるのは無理がある)

 

 高台の下では、トウジとミルが水龍と機械犬相手に戦闘を続けている。ここに加えて、サークニカまでもが攻撃してくれば流石に彼らの手に余るだろう。ミライがサークニカの注意を引き付け続けなければならない。

 

(というか、『本来の流れ』ではどうやってこいつらを撃破したんだ? 宮火一人で――それも、武装集団の銃弾を受けた状態で、狂信者に水龍に空飛ぶ犬、全て同時に相手取るのは絶対に無理だ。飛行する敵を攻撃出来る射程があって、水龍の起流ポンプを直接攻撃可能な遠距離持ちで、狂信者が軽減しきれない強力な斬撃、これが出来る強化者がいないと――)

 

 そこでふと、ミライはあることに思い至り、プールエリアの出入り口を見た。

 

 そこには一つの人影があった。

 刀を手に持った、白髪の少年である。

 抜刀速度を爆発的に上昇させ、刀身を数十メートル以上延長させる力を持った、日本刀の強化者。

 一度逃げ出し、武装を持って戻ってきたハヤトが、プールエリアで戦う三人を見ていたのだ。

 

「御剣、お前――」

 

 そして、入っていくか迷うような動きを見せた後――そのまま、また外へと逃げていった。

 

「待てテメェ! おいふっざけんなよお前! 何逃げてんださっさと戦え! 本当ならこれお前がどうにかするはずだったんだろうがクズ野郎! やってて自分の行動が恥ずかしくならないのか、あぁ!?」

 

 怒鳴り散らすミライ。

 怒り狂う彼女に、サークニカは傷ついた片腕を抑えながら言う。

 

「ふ、ふふ……ええ、確かに貴女は私を倒しうる。それは間違いない。ですが、下の二人は、どうやってあの狂化異物(ブロークン)様たちを止めると言うのです!? 機械犬の方はともかく、あの水龍には体術も炎も通用しない!」

 

 脂汗を流して言うサークニカの言葉は、いかにも負け惜しみという様子であった。

 だが確かに彼の言う通り、ミルは水龍に苦戦している。

 彼女は何度も炎を浴びせているが、水龍の体を蒸発させ、本体である起流ポンプを破壊するところまでは至っていないのだ。

 

 ミライはハヤトにイライラとしつつも、律儀にサークニカへと答える。

 

「確かに、少年の方が水龍に勝つのはまだ難しいだろうな。だが狂信者。あの炎使いの少女――宮火ミルは、学生でありながらBランクの強化者だ」

「ランクが何であろうと、相性の差は歴然でしょう?! 水が炎に負ける道理などあるはずが――!」

 

 直後。

 ミルの持っているライターから、眩い白光(びゃっこう)が放たれた。

 彼女は両手で輝くライターを握り、まるで瞑想するように目を閉じる。

 

「『爆ぜよ、イフリート。その焦熱を光と成し』――」

 

 少女の口から紡がれる詠唱(キーワード)

 特定文言の発声は、自身のイメージを強固にするために行われる、強化者の基本的な自己暗示手段だ。強化者がかつて魔術師や錬金術師と呼ばれていた頃から存在する技法であり、学院でも一年生の内から基礎を教えられる。

 そして、詠唱によってイメージが強固になればなるほど、武装の力もまた強くなる。

 

 少女の碧眼が開かれた。

 ミルはライターを腰だめに構え、槍を突くように技を撃つ。

 

「――『逆る雷が如く天を撃て、閃撃火(ラディウス)』!」

 

 強いイメージで織り成されたその技は、極限まで凝縮された炎の束である。

 収束する熱量は炎の域を超え白いプラズマと化し、レーザーのごとく水龍へと放たれる。

 白光は触れた水を一瞬で蒸発させ、貫き――本体の起流ポンプを撃ち抜いた。

 

 狂化異物(ブロークン)だった起流ポンプが融け崩れる。四体いる水龍の一体がただの水に戻り、ばしゃり、とプールサイドを濡らす。

 

 サークニカは、呆然とその光景を見るしかなかった。

 

「……馬鹿な……」

「Bランク以上の強化者になるための条件を教えてやろうか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。まあ、流石にあの量の水を貫くには準備にそこそこ時間がかかったみたいだが」

 

 言葉で相手の心を折っていくミライ。

 彼女としても、サークニカの巨体を相手に関節技だけで戦っていくのは面倒だ。さっさと降参してくれるなら、それに越したことはない。

 

「…………」

 

 しかし、サークニカはその異形の脚で地面を強く踏みしめ、光の無い目でミライを見る。

 

「いいでしょう……ならば、こちらも本気を出すまでのこと」

「遅えよ。もう諦めろ。無駄に足掻くなら今殺す」

 

 脅すミライだが、サークニカはそれを無視する。

 そして、指の折れた手を無理矢理に握り締め、祈るように強く叫んだ。

 

「『消えなさい。荒ぶるものはここに一つ。ただ、人は神に鉄を捧げよ』!」

 

 そして、その詠唱とともに――ミライの視界は、完全な闇に包まれた。

 

 

 水龍を一体撃破したミルは、自分の周りに炎を浮かべながら小さく息を吐く。

 狂化異物(ブロークン)は襲ってこない。どうやらミルの様子を見ているらしい。

 先程まではミルが隙を見せればすぐに攻撃してきた水龍たちも、仲間が一体やられたことでやや警戒しているようだ。

 

(……それにしても凄いわね、あのおねえさん。さっきの武装集団も狂教会(スクラップ・チャペル)の狂信者も、武装(のうりょく)を使わずに素手で圧倒しちゃってる)

 

 心の中でそう思うミル。実際にはちゃんと武装を使っているのだが、それは彼女には分からない。

 ただ、あの凄腕の女性は何者なのか、どこに所属する人間なのか、強化者ランクは何なのか。そんな純粋な興味を抱くだけだ。

 

 一応、ミルも、武装を使えばあの狂信者を倒せる自信はある。

 炎そのものは通じなかったが、ミルの《イフリート》には人間を幻惑する催眠の炎がある。

 揺らめく火は、人の精神を惑わせる。『凝視法』などとも呼ばれる、催眠導入のための技法の一つだ。

 催眠をかけるための時間こそかかるが、効果は大きい。この技を受けた人間は深いトランス状態に陥り、ミルの支配下に置かれてしまう。

 

 他にも、技の中には酸素不足や一酸化炭素中毒を利用した毒ガス攻撃などがある。炎熱が通じない程度の相手に負けるつもりは全く無い。

 

 だが、武装を使わずに、素手であの女性と同じことが出来るかと言えば――それは無理だ。宮火ミルでは、あんな風には戦えない。

 もしミルがライターを見つけていない状態で戦闘に入っていれば、きっと為す術もなく、プールエリアの隅で隠れていることしか出来なかっただろう。

 

(後で、ちゃんと名前聞いとかなきゃ!)

 

 戦闘技術を抜きにしても、あんなに綺麗なひとだ。

 また落ち着いた時に話ぐらいはしたい。

 

「《十歳以下の子供がいる保護者の皆様は!》」

「《お子様が溺れるところを是非ご覧ください!》」

 

 そんな風に考えるミルへ、水龍がまた襲いかかってくる。

 先ほどの技を放つには時間がかかると判断したのだろうか。二体の水龍が、時間差を作って突撃し、その牙を剥く。

 

 しかし――

 

(『閃撃火(ラディウス)』)

 

 今度は詠唱(キーワード)を発声する必要すら無かった。

 先ほどと同威力――否、先を上回る規模の白光が、二体の水龍を纏めて射抜くべく撃ち出される。

 

 慌てたように回避する二体の水龍。

 しかし、余波によって水の体は爆発するように蒸発。本体である起流ポンプの表面さえもわずかに融けた。

 

「様子見をしたのは失敗でしたわね、あの時間でさらに出力が上がりましたわよ?」

 

 ミルは狂化異物(ブロークン)を馬鹿にするような笑みを浮かべ、自身の金髪をかき上げる。

 周囲に舞う炎を見ながら、彼女は言う。

 

「わたくしの周りに浮いている炎は、ただの飾りなどではありませんの。()()()()()()()()()()()()()、《()()()()()()()()()()()()()()()。時間はかかりましたけど、ここまで来ればもう十分ですわね」

 

 強化者が持つ能力の強さは、強化者が抱くイメージの強さによって決まる。

 故に、ミルはまず、自身のイメージを強化した。

 

 炎で『自らに』催眠をかけ、己の精神を操ることで。

 

 凝視法による催眠は他者に使うことも出来るが、術者であるミル自身にも使うことが出来る。いや、むしろミルにとってはこちらの使い方がメインだ。

 己の精神を支配出来るようになれば、心理学でいうところのフローやゾーン状態――火事場の馬鹿力とも言ってもいい――に入ることすらも容易だ。高まった集中力は強いイメージを生むことに繋がる。そして催眠状態は火を見る度に深まっていき、時を焚べるように《イフリート》の出力を増大させていく。

 

 自身の精神を操り、自身の力までも自在に操る。

 それこそが、ミルを学年最強のBランク強化者とする自己強化の力。

 見るものを幻惑し、そして強い想念を抱かせる催眠の炎。

 魂を熱する《イフリート》の奥義、『心燃やす灯火(アリメンタ・イグニス)』。

 

 水龍も、このままでは不利だと悟ったのか。三体全てで流れるプールへと逃げ込む。

 流石のミルも、プールの水全てを蒸発させることは出来ない。

 本体である起流ポンプだけを狙って撃てるか試そうとした、次の瞬間。

 

「《 《 《プールでは、楽しく、遊ばれましょう!》 》 》」

 

 三つの起流ポンプが、合体した。

 鎌首をもたげて立ち上がる、二十五メートルクラスの巨大水龍。それはもはや、水で形作られた暴威である。

 龍の頭部はミルに狙いを定め、その口内に高圧の水球を生み出していく。

 

「《本日は、火右京リゾートワールドにお越しいただき、マコトにアリガトウゴザイマシタ! ゴライジョウノ、ゴラ、ラ、『穿撃、水(ラディ、ウス)』!》」

「パクってんじゃないわよ」

 

 思わず素で反応しつつ、ミルはライターを構える。

 

「『閃撃火(ラディウス)』!」

 

 ――そして、巨大水龍から放たれた超高圧水と、《イフリート345》から放たれた灼熱の白光が激突した。

 

 両者の中間でせめぎ合う、互いにビーム状の一撃。

 大地を揺らすほどの水蒸気爆発が、プールエリアにあるものを尽く吹き飛ばしていく。

 

「……う、ぐ」

 

 だがここで、やはり、相性の差が出たのか。

 ミルの『閃撃火(ラディウス)』が、徐々に押されていく。

 総合的な威力ではほんのわずかにミルが劣る程度だったが、そのわずかな差が決定的だった。

 巨大水龍が鳴らす水の音は甲高いほどに響き、まるで勝利の笑いのようにも聞こえだす。

 

 そして、自身の数メートル先まで攻撃を押し込まれながら、ミルは言った。

 

「……今、ここで詠唱したら、どうなるかしらね?」

「《――――》」

 

 一瞬、明らかに、巨大水龍の攻撃が揺らいだ。

 ミルは致死の攻撃を目の前にしながら目を瞑り、歌うように詠唱(キーワード)を紡ぐ。

 

「『その号は345。指し示す意味は弔いの火』」

 

 それは、強化者が用いる詠唱技法の中で、最上位とされる五小節の完全詠唱(フルスペル)強襲士(アサルト)の強化者であっても、使用出来る者は限られる至難の技法。

 

「『爆ぜよ、イフリート。ここに強さを燻り出せ』」

 

 一文字音を発するごとに、水を押し返していく焔の白光。少女の想臓器(ファンダメンタム)が脈動し、内に秘めた力を絞り出す。

 

「『今、黄金の証明を』――!」

 

 そして、最後の五節目を紡ぐ瞬間。

 ミルの金髪は燃え上がるように赤く染まり、白光が黄金の炎を宿した。

 

「吹っ、飛べぇえええッ!」

 

 金色に輝く灼光が、巨大水龍を撃ち抜く。

 

 泣き叫ぶような轟音。

 そして、僅かに静寂。

 立ち込める蒸気と、ジュウジュウと何かが溶ける音。

 出遅れたような爆風が、プールの水面に波を逆立て、風に混じって散っていく。

 

 蒸気が晴れる。

 もはや、そこに狂化異物(ブロークン)の影など微塵も存在しない。ただ赤熱したプールサイドと、沸騰するプールが残るのみである。

 

「……。つっ、かれたぁ……」

 

 ため息をついたミルは、体力を使い切ったかのように倒れ伏す。

 『心燃やす灯火(アリメンタ・イグニス)』は、何もリスク無しで際限無く自分を強化する技ではない。脳機能を催眠によってブーストさせ、過大な集中力を無理矢理に引きずり出す技だ。後遺症などが残ることは無いが、それでも脳と精神への負担は大きい。

 

 そして詠唱もまた、想臓器(ファンダメンタム)に負担をかけ、出力を高める行為――例えるなら、無酸素運動のようなもの――だ。

 この二つを重ねたのだから、ミルが疲れ切ってしまうのも仕方がないことなのだった。

 

「うー……頭だるい……甘いの食べたい……」

 

 髪が真っ赤になった頭を抱えながら、ミルはフラフラと立ち上がる。

 

 許されるならこのまま寝っ転がっていたい。

 だが、ここでの戦闘はまだ続いている。自分だけがここで休んでいるわけにはいかない。

 

「終わったら髪染め直さなきゃ……」

 

 そんな風に呟きながら、ミルはプールサイドを歩いていった。




・まとめ
竜胆ミライ
 対人戦に関してはやっぱり強いTSお姉さん。観察力が高い。『強化勁・流転』という受け流し技と、『壊拳(ブレイクブロウ)』という腕がへし折れる代わりに超威力を出せる技を披露した。後者は明らかに再生が前提の技だが、再生出来なくても使う時は使う。

竜胆トウジ
 出番無し。前回ただやられていただけではなかった男子高校生。観察力が高い。現在カキョワンと戦闘中。

宮火ミル
 ターン毎にバフが積まれていくタイプのお嬢様。本気を出すと髪が赤くなる。他の強化者にバフを積むことも出来るため、チーム戦ではかなり有用なファイア系ヒロイン。
//破壊力:B+ 防御力:C 機動力:E 強化力:A+ 制御力:B- 成長性:B+//総合ランク:B

詠唱
 強化者が過去に魔術師と呼ばれていた頃からある技術。長い詠唱ほど集中力が必要になる。五小節の完全詠唱(フルスペル)は才能のある人間しか使えない。必殺技みたいなもの。

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