12話/二学期のスタート
火右京リゾートワールドでの騒動から、一週間が経った。
あの日は色々とあったが、宮火財閥の令嬢がテロに巻き込まれた関係で色々と事情があったのか、警察などにあまり突っ込んだ話をされることはなかった。
事件の翌日には何事もなかったかのように日常に戻り、トウジの部屋で二人生活している。
が、日常に戻ったと言っても、気になることが無くなったわけではない。
「《先頭は依然として、依然としてブレイアンヌ! 二番手にはクロイントカモン、クロイントカモンは二番手! さあそろそろ行くか!? グライベリルはメーデンカインの外へ! 大歓声が起こった、ブレイアンヌ粘る! あと百メートル、ブレイアンヌ粘る! しかし先頭をグライベリルが――グライベリルぅううう!》」
トウジの部屋の押し入れの中、ラジオより響く競馬実況。
それを聞きながら、ミライはううむと唸り声を上げた。
(……あれだけ滅茶苦茶なことが起こったのに、レース結果が変わっていない……)
ラジオを聞く彼女の手元には、この先五年間のレース結果を記したメモ帳がある。
このメモ帳は一つの予言書だ。書かれているレース結果に従って賭けるだけで馬券は当たり、億万長者になることも容易い。
だが、それは、歴史が何の干渉も受けずに進んでいき、過去が改変されなかった場合の話。
この五年前の世界には、竜胆ミライというタイムトラベラーがいる。
ミライの行動
一人の人間の行動で果たしてどれだけ歴史が変わるのかは疑問だが、バタフライエフェクト――物理学において、わずかな影響が大きな変化を起こすことを意味する用語――というのもある。
〝小さな蝶の羽ばたきが遠く離れた場所で台風を起こす〟という例え話から名付けられたこの言葉と同様に、ミライのちょっとした行動が過去を改変する可能性は否定出来ない。
特に、一週間前にミライたちが訪れた火右京リゾートワールドにおいては、巨大ウォータースライダーを始めとするプールエリアの様々な施設の崩壊、園の目玉の一つであった巨大観覧車の
あれがもしミライが過去に干渉したことで生まれたものだとするなら、影響は随所に波及し、競馬のレース結果ぐらいは簡単に変わってもおかしくないはずだ。
だが、実際にそうなってはいない。
レース結果が、正史のそれから変わっていない。
過去が改変されていない。
これは一体どういうことか。
ミライは頭を掻きながら、顎に手を当てて悩みこむ。
(……今の所、考えられる可能性は、三つ)
仮説①。『ミライは過去改変をしてしまったが、その影響は競馬場にまで及ばなかった』。
あり得なくはない。先ほどのバタフライエフェクトの例え話においても、実際の大気学では蝶の羽ばたきの影響は途中で消失するという説があるのだ。
正確なところは《バーゲスト666》のような時間干渉系強化者でなければわからないだろうが……過去改変の影響も、ミライが思うほど広範囲には及ばなかった可能性がある。
が、ミライの直感にはどうにも反する仮説だ。
仮説②。『火右京リゾートワールドの廃園は、正史においても同様に起こった』。
ミライがいなかった場合でも、巨大観覧車は
理屈としては考えうる。五年前のミライは世間のニュースなどには極めて疎かったし、知らない内にそんな大事件が起こっていたという可能性が無いとは言えない。
しかし、この仮説はまずないだろう。少なくともミライはそう断言する。その理由は当然――
(あの、白い女)
巨大観覧車型
最強の強化者にして最悪の犯罪者、Sランク第一位である『凍結犯』リリー=ケーラーすら上回りかねないプレッシャー。
(あれほどの強化者は、俺の知る歴史に存在しなかった)
正史において存在しない人間が、正史の事件を止めることは不可能だ。
故に仮説③。『ミライは過去改変をしてしまったが、それは白い女の行動によって修正された』。
ミライが火右京リゾートワールドに訪れたことで、正史では発生しない観覧車型
しかし、白い女が観覧車型
(そして、この仮説が正解なら、当然――俺以外にも、『正史』を知るタイムトラベラーがいるってことになる)
あのハヤトがミライを陥れた五年後の世界。ミライを過去に送った、原子時計の
ハヤトの口ぶりでは、他にもあの
あの白い女自身がタイムトラベラーなのか。
それとも、あの白い女の背後にタイムトラベラーがいるのか。
どちらなのかは定かでは無いが、警戒しておく必要はある。
(まあ、警戒するって言っても、今の状況じゃ特に出来ることは無いな……。今の所はあまり過去改変をしないように注意することと、当初と同様に
現段階では相手の目的も正体も分からない。
本格的に対応するのは、もう少し事が進んだ場合になるだろう。
そう結論づけたミライは、ラジオの電源を切り、押し入れを内側から開けた。
「おーい、しょーねーん。明日から学校始まるし、最後に《ウロボロス》のテストするぞー」
トウジに呼びかける。
が、返事は無い。
トウジは机にぐったりと突っ伏し、医学書や昆虫関連の専門書、そして、ミライの購入したパワードスーツの構造図解などに埋もれていた。
「こら起きろぉ!」
「ぐえっ」
トウジに掴みかかり、床に転がり込んでプロレス技をしかけるミライ。騒音に配慮し、《ウロボロス000》の肉体操作を使った静かな動きで関節を軽く極めていく。
「ぎ、ギブ! ミライさんギブ!」
「いいやまだだ!」
関節技の痛みとミライからの密着により、即座にギブアップするトウジだが、ミライは技を解こうとしない。
「何度も言うが、私はプールでの自爆攻撃をまだ許してないんだからな! 教えてもないのに勝手に滅茶苦茶な技思いつきやがって! なんでそういうところで無駄な発想力を発揮するんだお前は!」
「そ、それはもう謝って……」
「君が馬鹿なことすると
怒りを露わにするミライ。
一週間前まではトウジの無茶な鍛錬に苦言を呈していた彼女だが、トウジがあれほどの無茶をするというのであれば放ってはおけない。この一週間はもう自爆攻撃など必要なくなるように、つきっきりで猛勉強・猛特訓を行っていたのである。トウジが机でぐったりと疲れ切っていたのもそのためだ。
「……本当に、心配なんだからな。もうやるなよ、いいな?」
「うぐ……分かった……」
困ったように顔を覗き込む。粛々と頷くトウジに、手を離すミライ。
だが、正直なところミライはその辺りの発言は信用していない。
竜胆トウジはやる時にはやる男だ。悪い意味で。トウジの五年後であるミライも、いざとなれば『
だからこそ、自爆攻撃など必要なくなるように鍛えなければならないのだ。
ともあれ、その後は気を取り直し、二人で現在の《ウロボロス000》の性能確認を行った。
明日から始まる授業のためにも、自身のスペックを把握しておくことは重要である。
「……よし。一度に出来る肉体生成の最大質量は35kg。肉体操作の射程距離は体表から20cmまで……。肉体再生に関してはちょっとの怪我じゃすぐに回復するから正確なところは分からんが、以前よりは速くなってるな。かなり順調だ」
「でも、ミライさんの肉体操作は100m以上先まで届くんだろ? 俺の500倍じゃねえか」
「届かせるだけならな。能力の影響自体は及んでも、それだけ距離があると出力不足で動かなくなる。それに、君もちゃんと訓練してればそのぐらい射程が伸びるから安心しろ。忘れてるかもしれないが、まだ訓練始めてから二週間だぞ」
微妙に納得がいっていない様子のトウジをたしなめる。
ミライに出来ることがトウジに出来ないはずはない。最適な訓練法ならば、既にミライが見つけ出している。彼はすぐにミライを超えていけるはずだ。
「今日はひとまずこんなところだな。実践編の技もちゃんと使えるようになってきたし、授業が始まったら訓練のペースは戻していくぞ。私がずっとつきっきりになってちゃ、君だって流石に大変だろ」
「……俺は別に、このままでもいいけど」
「馬鹿言え。ほら、明日早いんだから寝ろ」
トウジの背中を布団に向けて押し、後ろから頭をわしゃわしゃと撫でる。
「じゃ、おやすみ、少年。明日頑張れよ」
そう言って、ミライは部屋の照明を消し、押し入れへと戻っていった。
※
翌朝。
ミライに起こされたトウジは、強化学院へと向かう道を歩いていた。
彼の通うこの学院は、世界的に見ても最大規模の強化者養成機関である。
数々の優秀な強化者を輩出する強化学院はただの養成機関でありながら世界強化者連合と同等の影響力を持つ。生徒数なども他の養成機関とは桁違いで、海外からの留学生も多い。
広大な敷地内には大きな建屋が十棟、大の字型に並んでおり、生徒たちはその内八棟の校舎で日々勉強し、訓練を積む。
建屋の名称はそれぞれ、北制御棟、中央統合棟、東第一校舎、東第二校舎、西第一校舎、西第二校舎、南東第一校舎、南東第二校舎、南西第一校舎、南西第二校舎。
トウジが通うのはその内の東第二校舎である。
校門に近づくにつれ、徐々に学院に向かう生徒の数が増えてくる。
髪や瞳の色素変化を起こす
腰に剣を下げた赤髪の男子生徒に、四角い棍棒のようなものを持った青髪の女子生徒。その隣では、三つ首のシベリアンハスキーに乗り、
ふと、トウジの前に影が出来る。
上を見上げれば、熱気球のゴンドラのようなものがふわふわと浮かんでいた。
しかし、ゴンドラに取り付けられているのは気球ではなく、高級そうな日傘だ。乗っているのは、傘の取っ手を握るメイド服の少女。
そして、金髪をツーサイドアップにし、ティーカップを持った碧眼の美少女である。
「おい、宮火さんだぜ。生徒会書記の」
「相変わらず優雅だわ……」
生徒たちが言う。
声に反応したわけではないだろうが、ちらりと下を向くミル。
そして、トウジの方を見て、小さく手を振った。
「…………」
トウジも控えめに手を振り返す。
ミルはにっこりと微笑み、メイドの少女とともに南東第一校舎に向かって飛んでいった。
それを見ていたのか、トウジの隣を歩いていた柄の悪げな男子生徒二人が話し出す。
「ミル様、今誰に手振ったんだ? 俺か?」
「いいや、お前なわけがねえぜ、俺だ」
「なんだテメェ……やるか?」
「おォ? いいじゃねえか、やってやるぜオイ!」
戦闘を行う人間が多く集まる施設である以上、
喧嘩を止めるかどうか悩むトウジだが、その前に風紀委員の校章を付けたサイドテールの女子生徒が向かってくる。
不良じみた二人を止めるには、風紀委員の少女はどうにもか弱い。
だが、ここは強化学院であり、生徒は全員が強化者だ。ビカッ! と白い光が瞬いた直後には、男子生徒二人は気絶していた。
恐らくは、閃光弾や光過敏性発作の原理を使った技だろう。風紀委員の女子生徒はズルズルと二人を引っ張り、他生徒の邪魔にならない場所で起こして説教を始める。ここでは見た目の強さなど当てにならないのである。
トウジは巨大な校門をくぐった。
ここから先、生徒は二手に分かれる。東に向かう生徒と、西に向かう生徒だ。
東の校舎に行くか、西の校舎に行くかは、生徒の志望する
東に行くのは、
トウジの生まれた強化者の家系、才人が集まる竜胆一家も、全員がこの
そして、西に行くのは
犯罪者の制圧や、民間人の護衛、要人の警護など、治安維持及び対人戦闘を専門とする強化者、『
無力な一般人は肉体強化の力で叩きのめし、強化者に対しては集団で囲んで
それぞれのコースで優秀な成績を収めた生徒は、それぞれ生徒会役員と風紀委員に推薦される。
当然ながら、トウジは東の
鎧や銃など、戦闘向きの武装を持った他の生徒と違い、トウジだけは何の武装も持たない。
しかし訓練の成果を確かに持って、校舎の中へと入っていった。
・まとめ
竜胆ミライ
競馬のレース結果で過去改変の度合いを確かめるTSお姉さん。レース結果が正史通りに進んでいることに疑念を抱いている。白い女が絶対に怪しいと思ってはいるが、今の状況では何も分からないためひとまず保留とした。あと、自爆戦法には流石に怒る。
竜胆トウジ
自爆戦法を怒られつつ二学期スタートした男子高校生。もう自爆しないと言っているがいざという時には恐らく自爆するため、自爆が必要なくなるよう猛特訓・猛勉強させられた。
宮火ミル
朝はお空でお紅茶をお嗜むお嬢様。生徒会書記。
ちなみに、そばのメイド少女は傘の強化者。傘に浮遊能力を持たせることが出来る。
強化学院
世界的に見ても最大規模の強化者養成機関。上から見ると、十個の校舎が大の字型に並んでいる。
治安維持や、対人戦闘を行う強化者。ランクの低い強化者でもなれるため、世間的な地位が低い。西側校舎ではこの
・追記
主人公二人のファンアートを頂きました!
最高のイラスト過ぎる……。とっても嬉しいです!
・竜胆ミライ
【挿絵表示】
クールで美人なミライさん! こんなお姉さんが押し入れで寝てたら青少年のなんかが大変なことになりますよ。Fランクおっぱい。
・竜胆トウジ
【挿絵表示】
主人公な男子高校生! 目に光があって良い子そう。困った感じがかわいいね……。
素敵なイラストを描いてくれたヒチ(@hichipedia)さん、本当にありがとうございました!
それと、ヒチ(@hichipedia)さんには
【挿絵表示】
しかも最終形態。いや滅茶苦茶笑いました、ありがとうございます!
あ、水着差分もあります。
【挿絵表示】
水着回だからってこの人(人?)マイクロビキニにする? 狂気でしょ。腹が捩れるほど笑いました、ありがとうございます!