ウロボロス・レベルアッパー   作:潮井イタチ

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今回のウロレベは能力バトルですが大体殴り合いです。


16話/《ウロボロス》vs《バンダースナッチ》

『強化学院で、対異能者戦闘カリキュラムのアドバイザー? やだよ、めんどうくさい。他の人に頼めばいいじゃん』

 

 昨日・深夜。二十三時五十八分、ロシア北部。

 雪吹き荒ぶ暗黒の中、一人の女が特製の携帯端末に話していた。

 

 純白の、美女だった。

 一本結びにした白の長髪に、銀の煌めきを宿す双眸。色素を失ったような青白い肌。

 白い闇に混じってしまいそうな雪色のダッフルコートが、北風の中で揺れている。

 

『というか明日の九時って何……? あのね、今ね、日付変わるとこなんだよ。お姉さんね、半日ぐらい寒い中ずっと狂化異物(ブロークン)狩っててね、これからココア飲んでお風呂入って歯磨きして寝るとこなの』

 

 御剣セツナは、数千に及ぶ狂化異物(ブロークン)の残骸の上に立っていた。

 無残に斬り捨てられた超常の無機物たち。それは、遠目から見ればまるで小高い丘のようにも見えた。

 

 セツナは眠たげに目をこすりながら、電話先の相手に向かって語りかける。

 

『しかもそれ、明らかに日本時間だよね? こっちロシアで、時差六時間あるんだよ? お姉さんからしたら深夜三時……いや「御剣さんの《バンダースナッチ》なら一瞬でテレポート出来る」じゃないが。寝かせろ? 明日から二年越しの休暇なんだよ?』

 

 怒りと憂い、そして悲しみの入り混じった表情で女は言う。

 

『しばらくは家族でゆっくり過ごすので本当に……。ウチの愚弟(バカ)とかほっとくと(こじ)れるから……。いや後進の育成が大事とかは分かるけど、分かりますけど、だからってわたしに頼まなくてもよくありません? 明らかに人選ミスでは? ケーラーさんとかに頼んだ方が良くないです?』

 

 セツナの言葉が聞き届けられることはない。

 世界最強は、最強であるが故に世界に縛られる。少なくとも、彼女という第一位はそうだった。

 

 セツナははぁ、とため息をつく。

 

(めんどうくさ……)

 

 彼女は思う。昔は、ただ狂化異物(ブロークン)を斬り倒しているだけでよかった。自分と相手、どちらが死ぬ(こわれる)とも分からぬ、互いの存在を賭けた戦い。彼女にとってはそれが愉悦だった。誰からどう思われようとも構わず、ただ修羅であることを楽しめた。

 

 だが、今の彼女は強化者の代表だ。

 死ぬことは許されない。負けることは許されない。ただ、圧倒的に、絶対的に、敵を処理することが彼女の役割となってしまった。人々に安心を与えるために。

 

 彼女とて、拒んだわけではない。自分の力が誰かを救えるならばそれは良いことだ。

 だから、セツナは最強の存在として振る舞ってきたし、自らを圧倒的であるよう最適化してきた。

 

(でももうよくない? 早急に対処必要な危険区域の制圧が終わったら休暇取っていいって話だったじゃない? 学院で教えるって何? わたしに一番向いてなくない? ていうか眠くない?)

 

 雪が吹雪く中、セツナは両膝を抱えてしゃがみ込む。

 

 実際、Sランク第一位は過酷な職業であった。ただ狂化異物(ブロークン)を倒すだけでなく、強警官(ガード)の手に負えないような強化犯罪者の捕縛・制圧。果ては戦闘だけでなく、どこぞの国の式典やら首脳会談の護衛まで。年がら年中どころか四六時中引っ張りだこである。セツナがそろそろ休みたいというのも無理ない話であった。

 

(最悪、休まなくてもいいからせめて強いのと戦いたい……。雑魚相手の無双とかお姉さん飽きちゃいました……)

 

 雪の上に『の』の字を書き連ねる。

 

 彼女は落ち込みながら、電話先のマネージャーに向かって正直な気持ちを語る。

 返ってきた言葉に『む』と口元をヘの字にしつつ、セツナは渋々と頷いて電話を切った。

 

『……「自分と戦えそうなぐらい強い強化者を見つければいい」、ねえ……。簡単に言うよ、全くもう』

 

 

 

 

 そして現在。日本。仮想空間内に作られた、強化学院の大講堂。

 

 緋眼の彼女に向けて、名残惜しげに、セツナは手刀を振りかぶる。

 

(やっぱこうなるかあ……。久々に、まともにやり合えると思ったのに)

 

 これで勝負は終わる。

 ミライは無防備に背中を晒している。回避が間に合うことはない。この体勢からでは防御も不可能だ。

 

 首筋に青白い手が迫る。雷のようなその手刀は、衝撃ではなく切断をもたらす刃の一閃。

 いかな強化者であろうと、これを前にしては首を斬り落とされる以外の結末など無い。

 

 ほとんどゼロに等しい一瞬で、致命の一撃が首に触れる。そして――

 

 ――()()()、と。

 

「んぇ?」

「『()()()()()』ッ!」

 

 まるで首の表面が波打つように。

 セツナの手刀は、受け流された。

 

(えっ――何これ)

 

 受け流されはしたが、ミライも無傷ではない。

 手刀を受けた頸動脈が裂け、血が飛び散る。致命傷だ。このままなら出血多量で強制転送されることは間違いない。

 だが、それは決して即死の傷ではなかった。

 肉体操作で強引に血管の切断面同士を押し付け止血し、ミライが叫ぶ。

 

「っらァ!」

 

 驚くセツナに向かって、ミライが頬に冷や汗を垂らしながらのカウンターを放った。

 セツナの両腕での防御(ガード)が間に合ったのはギリギリだった。ビリビリと痺れるような衝撃が、セツナの腕に伝播する。

 

「は――」

 

 完全に勝利したと思った直後の反撃。

 それに対しセツナの心に浮かんだのは、怒りでも悔しさでもなく――喜びだった。

 

「は、あは、あははははははっ! あれ、もしかしてまだやれるのっ、これ!?」

「縛れ、《ウロボロス》ッ!」

 

 歯を見せて笑う。セツナが防御から攻撃に移行するより一手早く、ミライは能力を発動させた。

 何かによって防御の形のまま拘束されるセツナの両腕。

 

(縛られたっ? 糸の武装――いや髪? いつの間に?)

 

 ミライの肉体操作によってうごめいた髪が、セツナの両腕を縛りつける。

 強化されたその長髪は、鋼線にも匹敵する強度を持っていた。しかも、縛り方が上手いのか、無理に引き千切ろうとするほど拘束が強まり、力が入れにくい。

 両腕を封じられたセツナに対し、ミライが致命のダメージを与えるべく拳を振りかぶり――

 

「が、はっ……!」

「でも、まだ遅いっ!」

 

 悲鳴をあげたのは、セツナではなくミライだった。

 先手を取ったのは間違いなくミライだが、セツナは後手から先んじた。恐るべき速度。あまりにも強引な後の先。ミライの脇腹に叩き込まれるセツナの蹴り。

 両腕を塞いでも埋まらない、基礎的な敏捷性の差。竜胆ミライが一度動く間に、御剣セツナはその三倍は動く。

 

 肋骨がへし折れる音とともに、ミライの体が吹き飛んだ。

 骨折程度なら強制転送されることは無いが、それでもダメージは大きい。周囲の椅子を吹き飛ばし、数十回の回転をしながらミライは飛ぶ。ギュルギュルギュルと、独楽(こま)のように回転するミライの体。

 

(あれ? 回り過ぎてない?)

 

 セツナの脳裏に疑問がよぎる。

 そう、ミライは自ずから回転していた。運動エネルギーを回転エネルギーに変換し、飛ぶ勢いを殺すために。それは、超人的肉体を持つセツナをして息を呑むほどの人外的技巧であった。

 

「『血線銃(レッド・ライン)』!」

 

 反撃は予想より遥かに速かった。

 セツナに向かって指を突きつけながら、ダン! と回転の勢いを全て床に叩きつけ着地するミライ。

 コンマ数秒にも満たない攻防。ミライの指先から溢れ出そうとする赤い一撃。セツナは対応を迫られる。

 

(あれが遠距離攻撃なら、腕の拘束引きちぎって武装で迎撃して――いや、流石に間に合わないか! それなら――)

 

 ――撃たれるより早く接近し、仕留める。

 

 セツナの体が前に傾いだ。

 これより放たれるのは、御剣家に伝わる武術の深奥。

 遥か千年以上の昔、狂化異物(ブロークン)付喪神(つくもがみ)と呼ばれていた時代より存在する、超常(かみ)を狩るための体技。

 

「御剣対神流、奥義――」

 

 それは、あえて肉体強化を"しない"部位を作ることによって生まれる神速である。

 武術において、最も重要な要素とはすなわち脱力だ。(いたずら)に力を込めるのではまだ二流。無駄な力を削ぎ落とすことこそが最適、そして最強。

 御剣対神流とはつまり、肉体強化を『する部位』と『しない部位』を流れるように遷移させ、爆発的な速度を生む肉体強化の極北。

 

「――『(おと)』っ、いや何これ待っ」

 

 そして高速移動奥義『音踏(おとぶみ)』で距離を詰めようとした瞬間、セツナは地面から「跳ね上がった」。

 それは、テーブルを叩いた際、上に乗っている物が一瞬浮き上がるような動きだった。地面を蹴ろうとしたセツナの足が宙を空振る。

 

(これっ、まさか! あの子がさっき着地した時の衝撃!? わたしの足元まで床を伝って伝播してきた?! どんな精度で地面蹴ってんの!?)

 

 セツナは、ミライの奇術めいた技を即座に看破する。世界最強の名に恥じぬ、分析と理解の早さ。

 

「終わりだァッ!」

 

 しかし、理解した時にはもう、ミライの指からビーム状の鮮血が放たれていた。

 ギュアッ! と風を裂いて飛翔する赤色。

 

「おっ、奥義『嵐断(らんだち)』ィッ!」

「なっ……ふざけんな、大人しく死ね!」

 

 自身を貫かんとする『血線銃(レッド・ライン)』を、セツナは蹴りの連撃で強引に撃ち落とす。

 しかし、その代償は大きかった。鋭い血の矢を迎撃したことにより、ずたずたになるセツナの片脚。強制転送になるほどのダメージではないが、もはやほとんど動かない。

 だが、脚を犠牲にして稼いだ時間で、御剣セツナは両腕の拘束を引き千切った。

 未だ周囲にミライの血が飛び散る中、セツナはまるで居合のように、懐にその青白い手を入れる。

 

「く、そ!」

 

 距離を詰めるが、間に合わない。致死の斬撃は、ミライの接近より一手早い。

 

「だけど、アンタの武装は斬撃武器なんかじゃない――!」

「そうだね! お姉さんは、《バンダースナッチ001》!」

 

 それは、武器ではなかった。本来は刃ですらない物だった。

 長く伸びたステンレスのテープ。先端についた金具から、〇、一、二、三、四、五、六、七、八、九、十。目盛りとともに刻まれた数字の羅列。

 

巻き尺(コンベックス)の、強化者――!」

 

 取り出されたのは、金属製の巻き尺。

 それは、『測った距離を操作する』武装である。本来であれば切断能力など有さないはずの、ある意味で平和的な武装(のうりょく)

 だが、御剣セツナの振るうそれは有り得ないほど攻撃的だった。彼女の《バンダースナッチ》は、()()()()()()()()()()()()()()

 分断の死線は軌道予測を追い越し迫る。最初の全校生徒両断より遥かに速い。防御不可能・回避不能の延長斬撃が、ミライの緋眼ですら捉えられない速度で振るわれ――

 

「跳ねろ《ウロボロス》!」

「うわ目がっ」

 

 そして、ミライの身体を両断する直前、周囲に飛び散っていた血が《ウロボロス》によって操作され、セツナの目に入った。

 わずかに逸れる《バンダースナッチ001》の一撃。ギリギリのところで、ミライは延長斬撃を回避する。

 絶望的な距離を超え、無名のFランクは第一位のSランク、その目前に迫る。

 

(あっ――近過ぎる)

 

 セツナは巻き尺を持つ手を止めた。

 これほどの至近距離では、《バンダースナッチ001》の延長斬撃はほとんど意味をなさない。

 

(片足も削れてるし、一旦、テレポートで退避――)

「おい逃げるのか第一位! 何が世界最強だ雑魚が! 素手で勝負しろテメェ!」

「は? 上等ッ!」

 

 ミライの挑発にセツナは即座に応じる。

 実戦ならばともかく、ここは仮想空間だ。安全な勝ち方などする必要が無い。近接戦ならば望む所。

 互い違いに放たれる拳は、クロスカウンターの軌跡を描いた。セツナの拳がミライの頬に命中し、ミライの拳がセツナの肩を掠める。

 そこからは完全に殴り合いだった。両者一歩も退こうとしない、拳打、手刀、蹴り、頭突きの乱舞。並の強化者が割って入ればそれだけで死ぬような肉弾の嵐。

 

 無論、速さではセツナの方が圧倒的に上だ。ミライが一撃殴る間に、セツナは三度殴る。しかし、その攻撃は全て『流転』により流される。セツナも、速度に劣るミライの攻撃は全て回避する。

 

 一見、互角。

 だが、この殴り合いに持ち込んだミライは心胆を寒からしめられる思いだった。

 

(ふっざけんな……! これと接近戦とか、どう考えてもやっちゃダメだっただろ! それでも距離は取れない! 退けば死ぬ! そして、一撃でも流し損なえば死ぬ!)

 

 そして、セツナの方も、久方ぶりの近接戦に喜びつつ苛立っていた。

 

(ああ、もう! 楽しいけどっ、片足やられたから威力が出ない! どこに当てても受け流される! よし、折ろう!)

 

 片足が動かないというのに、セツナは器用に足払いを放った。

 思いも寄らない一撃にバランスを崩したミライの腕を取り、そのままへし折ろうとする。

 

「これでっ――」

「『強化勁・震天』!」

「ぐっ!?」

 

 パンッ! と音を立ててミライの全身が震えた。衝撃に掴んだ腕を弾かれるセツナ。

 それは、《ウロボロス》の肉体操作によって行われる三つのオリジナル体技の一つ。中国武術に伝わる、わずかな動作で打撃を放つ技法、『寸勁』――その強化版とでも言うべき技である。全身を精密に動作させることが出来るミライは、打撃の衝撃を全身のあらゆる部位から放つことが出来る。

 

(関節技もだめっぽい! どうしよ!)

 

 セツナはそんな風に内心で思いつつ、向かってくるミライの右ストレートを受け流す。

 そのまま、受け流しと投げ技を接続。『震天』で弾かれないよう、可能な限り接触面積を減らしつつミライを投げる。

 先ほど同様、即座にミライは着地するが、そこはわずかに拳の届かぬ間合い。この距離ならば、《バンダースナッチ》が一方的だ。

 

「《バンダー》――、」

「させるかぁッ!」

 

 巻き尺を手にとったセツナに向けて、ミライは咄嗟に腕の関節を全て外した。

 腕を数十センチ伸ばし、間合いの外から放たれるパンチ。武装を持つ手を弾かれるセツナ。

 

「こ、怖!」

 

 再び構え直すより早く、ミライは腕の関節を肉体操作で戻しながらセツナの側に接近する。

 

 しかし、その接近に必要な一瞬の時間こそが、セツナの望んでいたものだった。

 

「御剣対神流、」

 

 先の『血線銃(レッド・ライン)』を迎撃したことでずたずたになり、動かない片足を体幹で無理矢理振り上げ、強引に震脚。激痛を堪えつつ、その奥義を放つために必要な踏み込みを成し遂げる。

 

「奥義、」

 

 腰だめに構えた拳が、ミライに向けて照準される。

 それは、御剣対神流の始祖が生み出した、武装を用いず付喪神(ブロークン)を砕くための奥義。セツナが持つ体術の中で最大の大技。

 

 解法はシンプル。殴っても受け流されるならば――受け流せぬ威力で殴れば良い。

 

「『(かん)(がり)』ィイイイイイッ!」

「っ、『壊拳(ブレイクブロウ)』ォオオオオオッ!」

 

 放たれた御剣対神流、奥義『神狩(かんがり)』。それを相殺すべく撃たれた『壊拳(ブレイクブロウ)』。

 セツナとミライ。超威力の拳打が激突する。狂化異物(ブロークン)すら仕留めうる互いの一撃が、球状の衝撃波を伴い周囲の椅子を吹き飛ばす。

 

 ミライの右腕が、『神狩(かんがり)』と『壊拳(ブレイクブロウ)』の威力に耐えきれずへし折れた。

 セツナの右肩が、『壊拳(ブレイクブロウ)』の威力に耐えきれず脱臼した。

 

 さしもの両者といえど、わずかに痛みに怯み――否、ミライは痛みなど感じない。痛覚は直前に切除した。反射行動すらなくミライは左腕を振るい、終の掌打をセツナの胸元に向け、放つ。彼女の方が一手早い。

 

「『強化勁・極点』――!」

 

 セツナの反応が間に合ったのはギリギリだった。ミライの掌底と自身の胸に、ほとんど手を挟み込むようにしてガード。だが、留めきれなかった衝撃が、セツナの胸を強かに打つ。

 

「くっ、ぅ……! ま、まだまだぁ……!」

「いいや、終わりだ!」

 

 衝撃は、遅れて(とお)った。

 

「っ、ぁ?」

 

 数歩下がったミライを追おうとした、セツナの動きが止まる。

 いや、止まったのは動きではない。

 

「何、を……ッ!」

 

 

 その心臓は、もはや脈を打っていない。

 

 

「《脈拍停止。ゲストID:29579を――》」

 

 響くアナウンス。セツナにまとわり付く淡い光。

 ミライは、セツナに対し指を突きつけ言い放つ。

 

「『強化勁・極点』。強化版浸透勁だ。胸元に触れたその直後に、対象の心臓震盪を引き起こすッ! これで――」

「っう、ァアアアアアアアアアッ!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それは、ある意味で『強化勁・極点』と同種の技法だった。

 あまりにも乱暴。恐らく胸骨は折れているだろうが、それでも御剣セツナはミライの攻撃を学習し、《ウロボロス000》も使わず再現してのけた。

 警告アナウンスは鳴り止み、まとわりついていた淡い光が四散した。

 

「なっ……ふざけんな、アリかそんなの……!」

「ハッ、ハハハ! なるほど! こうすれば、心臓を上手く揺らせる!」

 

 ミライは即座に反撃しようとし――

 

「『嵐断(らんだち)』」

「っ」

 

 ――その五体を、バラバラに切断された。

 敗因は、『極点』が決まったことに油断して、距離を取ってしまったこと。

 右腕を切り飛ばされ、両足を切り飛ばされる。成し得なかった反撃の勢いのままに、ミライのパーツがゴロゴロと床に転がっていく。

 

(脳を、揺らしておくべきだった……!)

 

 女性の顔を殴るのに躊躇したことを後悔しつつ、ミライは崩れ落ちる。

 

「《損傷多大――》」

「ああ、面白かった……!」

 

 アナウンスが響く。ミライの周囲にまとわり付く淡い光。満足そうなセツナの顔。

 

「くそっ……!」

 

 せめてセツナを道連れにするべく、残った腕から『血線銃(レッド・ライン)』を放つ。

 

「づっ――痛った」

 

 が、血量が足りない。威力も速度も足りない赤の矢は、セツナの左二の腕を貫いたあたりで止められた。

 

「……次は、勝つぞ……!」

「うん、またやろうね! すっごい楽しかったから!」

「《生徒ID:391437を――》」

 

 爽やかな顔で、セツナがミライに言う。

 それに対し、ミライもまたセツナに微笑み返し――

 

「『静死勢(デッドカーム)』」

 

 セツナの背後に転がっていた自分の腕を、肉体操作を用い、無音で動かした。

 

「んっ?」

 

 ぴょん、と指の力でジャンプした片腕が、セツナの後頭部に取り付く。

 常時ならばともかく、この時のセツナは両腕片足が動かず、胸骨がへし折れている状態であった。何より、油断していた。

 

「『強化勁・極点』」

「《強制転送します》」

 

 ズン、と鈍い音ともにセツナの脳が揺らされ、直後にミライが強制転送される。

 

「えっ――――、」

 

 脳震盪を起こしたセツナががくりと崩れ落ちる。

 大講堂の床に倒れ伏すSランク強化者第一位。

 

「…………」

 

 その意識は、もはや完全に絶たれていた。

 

「《…………。……意識喪失。ゲストID:29579を強制転送します》」

 

 動かないセツナに淡い光がまとわりつき、《八咫鏡(ヤタノカガミ)》の機能によりその身体が転送されていく。

 

 

 こうして、突如始まった二人の激突は、両者相打ちという形で幕を閉じたのだった。




・まとめ
竜胆ミライ
 ほとんど反則なTSお姉さん。大人気がない大人。対人戦に関してはやっぱり強い。というか喧嘩が強い。
 今回は腕の関節外してゴムゴムのピストルしたり、『強化勁・震天』という全身から衝撃を放つ技や、『強化勁・極点』という心臓や脳を精密に揺らす技を披露した。

御剣セツナ
 バトルジャンキーな白いお姉さん。大人気がない大人。巻き尺(コンベックス)の強化者。距離を操る能力と次元を切断する能力を持つが、それより何よりカラテが強い。能力なぞ蛇足に過ぎぬ。過酷な労働により少し頭がふわふわしている。寝てない。
//破壊力:SS 防御力:D 機動力:SS 強化力:A 制御力:B 成長性:E//総合ランク:S

御剣対神流・奥義『神狩(かんがり)
 すごいパンチ。撃つには踏み込みが必要。

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