ウロボロス・レベルアッパー   作:潮井イタチ

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17.X話/かつて経た未来の分岐事情

 ミライたちが理事長室で話し合っている頃。

 学院の校舎裏では、全く別の戦いの決着がつこうとしていた。

 

「げ、ぎょ、がぼぇッ!? ぶばっ、馬鹿な……このオレが、狂教会(スクラップ・チャペル)四大使徒であるこのサンドリオがっ、武装(のうりょく)も満足に扱えぬ、貴様のような小娘なぞにぃいいいいい!?!?」

 

 大爆発が起こった。

 頭部にミサイル砲を埋め込んでいた男が、全方位に火を噴いて破裂する。

 サンドリオと名乗る男が断末魔とともに巻き起こした、末期の爆風。

 

 それに煽られ、一つの影が宙を舞った。

 吹き飛ばされたその人物は、受け身も取れずにゴロゴロと地面を転がる。

 

「っ……!」

 

 年若い女性だった。

 二十歳にも満たぬような、少女と言っても差し支えない年頃。

 とても戦いに向いているとは思えぬ、深窓の令嬢然とした佇まい。細い身体を覆うドレスと、その上に着た白衣には、血の赤色が徐々に染みていっている。

 

「……ふ、ふふ……」

 

 自嘲するような笑い声。

 

「流石に、読み損なって、しまいました……」

 

 彼女は、よろよろと立ち上がろうとして、手足に力を込められずうつ伏せに崩れ落ちた。

 倒れたその身体の下から、溢れ出してくる血。広がっていく赤い水溜まり。常人ならば即死の出血量。

 強化者であっても、恐らく数分とは()たないだろう。周囲に人影は無く、このままでは失血死することは間違いない。

 だが、女はそれでも淑やかに笑っていた。

 

「やはり――《()()()()()3()4()5()()()()()()()()()四大使徒とぶつかるのは、無理があったのでしょうね……」

 

 気力をふり絞って校舎の壁に近づき、寄りかかるように立とうとする。

 

「宮火家の長女ともあろう者が、怒りに、我を、失って……。こんな調子ではとても、()に『御剣ハヤトへの復讐はやめなさい』なんて、言えないではございませんか……」

 

 彼女の髪は、鮮やかな金色だった。少し長い前髪は碧眼にかかり、後ろ髪がハーフアップヘアに纏められている。

 

「……過去を、変えなければ。私たちと違って、《666》の被害を受けていない御剣セツナは、因果干渉への耐性がない……。彼女を消させるわけにはいかない……。リセットボタンは、一度きり……」

 

 こふ、と、ため息を零すように吐血する。

 

「竜胆くんが、人類滅亡を回避したとはいえ……御剣セツナを失った御剣ハヤトは、力を求めるために手段を選ばなくなり……第二位であるリリー=ケーラーは、ライバルの存在を忘れ最悪の犯罪者【凍結犯】と化す……。そんな未来、わたくしが許すはずも無いでしょう……?」

 

 ゆっくりと頭を上げる。視線の先には、学院の外壁に取り付けられた監視カメラ。

 

「……私の声が、ちゃんと入っていると良いのですけれど。この距離では少々厳しいでしょうか……。録音出来ていたとしても、竜胆くんが監視カメラの録画データを見てくれるかどうか……。ふふ、これで何も聞こえていなかったら、ただの独り言になってしまいますわ……、と」

 

 血に塗れた淑女が、くすりと笑う。

 その身体には、《八咫鏡(ヤタノカガミ)》の仮想空間で見るような燐光がまとわりついていた。

 

「《 損傷多大。ゲストID:――Error, failed to load artifacts terminal――Reversal effecter enabled――」

「……頃合でございますね」

 

 握っていた手を開く。

 地面に落ちたのは、丹念に磨かれた一枚の十円玉。そこには複数の銅線が取り付けられ、小さな基盤に接続されている。

 サイズはまるで違う。だがそれは、強化学院の訓練室に設置された《八咫鏡(ヤタノカガミ)》制御用の銅鏡によく似ていた。

 

「……いくら管理システムが宮火財閥製とはいえ、もうこんな十円玉を《八咫鏡(ヤタノカガミ)》の端末(レプリカ)と誤認させるのは不可能でしょう」

 

 彼女にまとわりついていた燐光の色が反転し、黒く輝き始める。

 

「そもそも、竜胆くんが同一人物のログインでシステムに不具合を発生させてくれたから出来たハッキングですし……次は、どうやって、現実世界に干渉するか、考えておかないと……」

「《重篤な不正行為を確認。ゲストID:65536は未承認です。対象者を?現実世界から閉鎖次元に? 強制転送します》」

 

 黒い燐光はさらに輝き、その明度を下げていく。

 歪な音を立てながら、途切れ途切れにその形を失っていく彼女の姿。

 

「……あ」

 

 ふと、遠くを見る。

 こちらへと近づいてくる、懐かしい姿があった。

 

「ほら、こっちこっち! こっちの方で何か爆発音が聞こえたのよ……聞こえましたのよ!」

「お待ちください、お嬢様。それなら、先生方をお呼びした方が――」

「そんなことしてる間に、誰か怪我でもしてたらどうすんのよ!」

 

 日傘を持つメイドの女子生徒を伴って、慌ててこちらへと向かってくる、まるで令嬢らしからぬ少女。

 

 それを見て、血塗れの女は、苦笑しながら何かを言おうとして――

 

「……あれ?」

「どうされました? というか、妙な事件に首を突っ込まないでくださいと日頃から言っておりますのに、どうしてあなたという人は――」

「今、ここに、倒れている人がいなかった?」

 

 やってきたミルは、メイドの女子生徒とともに周囲を見渡す。

 ミルが示した場所には、血の一滴も落ちてはいない。わずかに足跡のようなものが残ってはいるが、それだけだ。

 

「何もありませんよ? 向こうの方で何かが燃えてはいますが……火事になる前に消しておかなければいけませんね」

「そう? うーん……」

 

 ミルは消化器を取りに行くメイドの少女を見つつ、くるりと一度だけ振り返る。

 

「……とても、よく知っている人のような気がしたんだけど」

 

 

 

 

 ある土下京の危険区域に、その街はあった。

 朽ちた街だった。放棄されてから長い年月が経ったのだと分かる。

 そこに、人間は存在しない。いいや、生き物が存在しない。周囲には気味が悪いくらいに生命の気配がなく、草の一本、虫の一匹すら存在しない。

 

 しかし、動くモノはあった。

 

「《充電してください。充電してください。充電してください。充電してください》」

「《調理する食材を入れましょう。人肉が足りません》」

「《悪臭が発生しています。生命の廃棄が必要です》」

 

 家電。自動車。工作機械。日用品。ロボット。灰色に朽ちた街を徘徊する無数の狂化異物(ブロークン)たち。無機的ゾンビが彷徨い歩く、おぞましいメカニカルシティ。

 まさしく人外魔境。生き物の存在が許されない、異形達の領域。

 

 狂教会(スクラップ・チャペル)の拠点は、そんな街の中心にあった。

 元は高層ビルだったものが、半ばから崩れた廃墟。

 しかし、それは果たして拠点と言ってもいいものか。

 ここには狂教会(スクラップ・チャペル)の信者たちですら容易には立ち入れない。いくら改造手術を受けているとは言え、信者たちも人間であり、狂化異物(ブロークン)に襲われる対象であることは違いない。

 

 故に、ここを拠点として扱うのはもはや人間ではなくなった人間だけ。

 

「――サンドリオがやられたか」

 

 ノイズ混じりの人工音声。

 薄暗い廃ビルの中に佇む、一人の男。

 錆びた円卓の前に、狂教会(スクラップ・チャペル)の長は居た。

 

 まるで、死神のような姿だった。

 とても人間らしさが感じられない、鋼で出来た骸骨とでも形容すべき見た目。眼球があるべき箇所ではレンズが赤く輝き、鼓動代わりの機械的な駆動音が静かな部屋の中に鳴り響く。古びた黒いローブを纏ってはいるが、その下に通常の人体が存在しないことは明らかだった。

 

 男が軽く手を振った。

 円卓の上に置かれていた三つの映像プレイヤー型狂化異物(ブロークン)が動き出し、三つの映像をホログラム的に表示する。

 

「《ビデオ3:四大使徒サンドリオ。通信失敗。信号が存在しません》」「《ビデオ2:四大使徒サークニカ。通信失敗。信号が存在しません》」「《ビデオ1:四大使徒サザリエラ。通信開始》」

 

 正常な映像を表示できたのは、その内の一体だけだった。

 

「《お呼びですか、使徒長》」

 

 秘書風の女性が映し出される。緩くカールした巻き髪に、シャープな形状のメガネ。オフィススーツの上からその優れたボディラインが見て取れる、妙齢の美女。傍目には、普通の人間しか思えない人物である。

 

「サザリエラ。計画はどうなっている」

「《御剣セツナの件でしたら、全て(とどこお)りなく。先ほど、強化者連合の人間に科学博物館への調査任務を追加させました》」

 

 使徒長と呼ばれた男が、機械的な仕草で頷く。

 

「《しかし、これは……。サークニカに続いて、サンドリオも?》」

 

 向こうにも、映像は繋がっていたのだろう。秘書風の女――サザリエラは円卓を見て、軽い驚きの声を上げた。

 

「そうだ」

 

 機械の身体を持つ使徒長は淡々と答える。

 人工音声で発声しているために抑揚が出せないのか、あるいは、仲間が死んだことに何の興味も抱いていないのか。

 

「サークニカとサンドリオに代わり、使命を引き継げるか。――《八咫鏡(ヤタノカガミ)》に封印された、廃造機(プルモーニス・マキナ)を解放することが」

「《当然です。サンドリオは、我ら四大使徒の中で最弱。そして品性も知性も無い。代わりを務めるなどわけも無いこと。ですが……》」

 

 サザリエラは、わずかに言い淀んだ。

 

「《サンドリオはともかく、サークニカを失ったのは……予想外でした。いくら御剣セツナが現れたとはいえ、彼が学院の破壊を失敗するとは》」

「だが、奴は死後にもう一つの使命を果たした」

 

 映像を表示出来ていなかったDVDプレイヤー型狂化異物(ブロークン)の内の一つが動き、何者かの視界を映し出す。

 

 表示されたのは、今は廃園となっている火右京リゾートワールドのプールエリア。

 その中心に陣取る武装集団。

 彼らに銃を向けられる宮火財閥の令嬢。

 ラッシュガードを着た黒髪の女。

 

 そして、御剣セツナの弟である白髪の少年。

 御剣ハヤト。

 

「固有時捕食者――《ティンダロス666》は発見した。近い内に手札に入れておけ。計画の確実性を上げろ」

「《御意に》」

「恐らく、今は力を眠らせている。必要ならば、お前の狂化異物(ブロークン)を使い、呼び覚ませ」

「《映っている少年が、御剣セツナへの人質として使える可能性もありますが》」

「状況次第だ。判断が必要ならば呼べ」

 

 告げ終わった使徒長が手を振り、ホログラム的に表示されていたサザリエラの姿が消える。

 

「……いずれ、計画は成る。あの《バンダースナッチ001》が消えれば、廃造機(プルモーニス・マキナ)を止められる者は存在しない」

 

 静かな廃ビルの中、機械の男が一人つぶやく。

 彼はわずかに顔を動かし、プールエリアの映像の方へと向き直る。

 

「…………」

 

 そして、そこに映る、黒髪赤眼の女の姿を一度だけ見て――

 

「――失敗は、無い」

 

 振り払うように映像を消し、部屋の外へと歩いていった。




・まとめ
謎の時空令嬢
 大体の事情を把握していると(おぼ)しき二十歳前の謎のお姉さん。金髪ハーフアップヘアで、宮火家の長女を名乗っている。一体何者なんだ……。
 特殊な手段を取らなければ現実世界に干渉できないらしい。これにて竜胆・御剣・宮火の間で時をかけるお姉さんトライアングルが完成した。

狂教会(スクラップ・チャペル)使徒長
 機械の身体を持った、狂教会(スクラップ・チャペル)のボス。御剣セツナを抹消し、セツナ以外には倒せないラスボスらしきものを解き放とうとしている。

サザリエラ
 狂教会(スクラップ・チャペル)四大使徒。ボスの秘書っぽい人。

サンドリオ
 狂教会(スクラップ・チャペル)四大使徒。謎の時空令嬢に敗北し、爆死した。
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