ウロボロス・レベルアッパー   作:潮井イタチ

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20話/TS.ダブルデートsideA

 その日のミライは、トウジの目から見ても明らかに挙動不審だった。

 

 トウジは今日も、自室の窓のすぐ外、アパートの脇にある駐車場で、《ウロボロス000》の訓練をしていた。

 普段ならここにミライが付き添うか、部屋の窓際で声をかけてくれるのだが、今日は部屋の奥に引っ込んでいる。

 

「……うーん、なんかどうやっても男装女子みたいになるな……。いや、こっちの服なら胸も目立たないか……?」

「…………」

 

 何やらトウジの服を(勝手に)持ち出し、風呂場の前で自分に合わせている。

 以前は服装にあまり気をかけないと言っていたはずだが、今日は随分と時間をかけていた。

 

 思い出すのはこの前、彼女が夕食中に言っていた言葉。

 

(やはり……デート、なのか……?)

 

 よく分からない焦燥感を抱きつつ、トウジはミライを見つめる。

 何故か男物の服を着こなすことにこだわっているものの、その気合いの入れ方はただ出かけにいくというにはあまりにも不自然だった。

 

 普段は手入れもせずにいる長髪も、今日はポニーテールにしたり、巻いてまとめてみたりと、何やら工夫している様子である。

 

「男っぽくするのは無理か……やっぱり切るか? だけど、髪ワイヤーが使えなくなるのは……」

 

 小声過ぎて何を言っているのかは分からないが、今のファッションはどうにも不満なようだ。

 

 しばらく悩んでいたミライだが、最終的には首を傾げながら「なんでこんなに服に悩んでんだ……?」とつぶやきながら部屋を出ていく。

 

「じゃあ、ちょっと出かけてくる」

 

 トウジの前に来たミライの格好は、普段と比べ――普段もさほど女性らしい格好はしていないが――ボーイッシュなものだった。

 

 身体の線が出ないややオーバーサイズな(トウジの)Tシャツに、トウジが愛用している黒のパーカー。髪は野球帽(これもトウジの)である程度隠しており、後ろ姿だけ見たなら男性か女性か分からないような服装だ。

 

 無論、顔を見れば女性であることは一目瞭然だし、これはこれでコケティッシュなビジュアルを発揮してもいる。ある種のこなれたファッションのようにも思えてくるほどだ。

 

(この人、何着ても大体似合うから、もうお洒落なのかお洒落じゃないのかわからねえ……)

 

 男装と言われればそんな気もするが、そういうお洒落なのだと言われればそうにも見える。

 トウジは、頬をかきつつミライに聞いた。

 

「……デート、じゃ、ないんだよな?」

「だからそんなんじゃないってば。あ、もし着いてきたら怒るぞ。今日は出かけても絶対に私を探そうとするな。もし見つけても即座に立ち去れ。いいな」

「そんなこと言われたら余計気になるんだけど……」

「いいから! ほら修行してろ修行! あ、出力や持久力より精度と射程重視するんだぞ!」

「…………」

 

 ミライは少し顔を赤くしつつ、トウジを追い返すように手を振る。

 そして、野球帽を被り直してアパートの敷地を出ていった。

 

(いや、でもやっぱりこれ……)

 

 明らかに、普段に比べて浮き足立っていた。

 ちょっとドキドキしてそうな感じもした。

 

(……そりゃ、彼氏ぐらいいるか)

 

 トウジは地面にしゃがみこむ。

 いや、何も、ミライに彼氏がいることが嫌なわけではない。

 

 確かに、ミライの容姿はどうしようもなくトウジの好み(タイプ)だし、面倒見が良くて優しいし、強くて格好良いし、話も合って楽しいのだが、別に、そんな、ミライは家族みたいなもので、そういうのとは、ちょっと違うのだ。多分。

 

 だから、嫌なわけではない。

 ないのだが、ミライに彼氏がいるとしたら――

 

(――今みたいな生活も、その内終わるんだろうな)

 

 そう思うと、寂しかった。

 さっきも言った通り、ミライは、まるで家族のようにトウジと接してくれていたから。

 

(……まあ、普通の家族がどんな風に接してくるのか知らねえけど。実家にいる時とか、父さんとか兄さんとかにもほとんど無視されてたし)

 

 一応、両親や兄弟と一緒に暮らしていた時もあったそうだが、それはトウジが覚えていないような、物心つくかつかないかの幼い時だけだ。

 トウジに強化者の才能が無いと分かってからは、トウジは家の離れに住まわせられていた。本邸に住む家族とはほとんど顔を合わせず、仮に会っても無視されるのみ。

 子供時代のトウジに関わってくる人間など、竜胆本家を(そね)む分家筋の親族だけ。しかも、彼らからの好意的な反応など一切なく、やられることと言えばただの嫌がらせのみ。

 

「はぁ……」

 

 思い返しても、散々な子供時代だ。

 沈んだ気持ちで、トウジがため息をつく。

 

 その直後。

 

「だっ、だれかーっ!? 誰か止めて、ですわーっ!」

 

 ――金髪碧眼のお嬢様が、空から落ちてきた。

 

「……。……?」

 

 あまりに奇想天外な登場に、トウジは思わず首を傾げる。

 荒ぶりはためくツーサイドアップに、スレンダーな細い体躯。その姿、紛れもなく宮火ミルである。

 しかも彼女、ただ落ちているのではない。手に持ったライターからジェットのように炎を噴き、落ちながらねずみ花火のように乱回転している。

 恐らく、武装(のうりょく)で空を飛ぼうとして失敗したのだろう。

 

「えーと、宮火ー! とりあえず能力使うの止めろ! 目回るぞ!」

「あわ、あわわわわわわわわ!」

 

 トウジが呼びかけるが、既に目は回っているようだった。ジェット噴射こそやめたものの、回転は止まらず滅茶苦茶な姿勢で地面に落ちてくる。

 

「《ウロボロス000》!」

 

 ミルが落下すると思しき位置に移動し、彼女に向けて手をかざす。

 能力の発動とともに、トウジの手が大きく膨らんだ。見た目としてはデフォルメされた猫の手に近い。そこに弾力のある肉球のようなものを作り、ミルの身体をぼよんと受け止める。

 

 地面に下ろされたミルはしばらくぐるぐると目を回していたが、やがて気を取り直し立ち上がった。

 

「た、助かったわ――助かりましたわ……。でも、あの、違うのですわよ? 弘法も木から落ちると言いますでしょう? それと同じで、令嬢も空から落ちるのです」

「木から落ちるのは弘法じゃなくて猿だよ。とにかく、怪我は無さそうで良かった」

「ええ、何にせよありがとうございます、竜胆くん――でしたわよね?」

 

 問いかけてくるミルに対し、トウジはうなずく。

 ミルに名乗った覚えは無いが、ミライの方から紹介されていたか、あるいはトウジがミライの弟(弟ではないが、そのように見えることは確かである)だとあたりをつけたのだろう。

 

「そもそもなんで飛んでたんだ?」

「ああ、前に見たと思いますけど、うちのメイドが傘の強化者で、浮遊能力を持っていますの。それで、今日は空を飛んでオペラを鑑賞しに劇場へ送ってもらっていたのですけれど――」

 

 令嬢っぽいな、と内心で思う。世の令嬢が休日に何をしているのかは知らないが、オペラの鑑賞というのはいかにも令嬢っぽい。傘でふわふわ飛んでいるのも令嬢的である。

 そして、少しばつが悪そうに目を泳がせつつ、令嬢は言った。

 

「でもオペラなんて興味も無いので、適当に逃げ出してさっきそこにいたおねえさんとお喋りした方が有意義かな、と」

「令嬢……?」

「メイドは私の武装(ライター)で物理的に(けむ)に巻いてきたので、しばらくは追ってこれないと思いますわ」

「令嬢……」

 

 学内人気ナンバーワンのお嬢様のお転婆っぷりに微妙な表情になるトウジ。

 冷めた視線を察知したのか、ミルは誤魔化しの咳払いをしつつ周囲を見渡した。

 

「そ、それで、竜胆くんのおねえさんはどこに? さっきまで一緒に訓練してましたわよね。校内大会も近いですし、私も色々と教えてもらいたいですわ!」

「……あの人は、校内大会にあんまり乗り気じゃなかったけどな。狂教会(スクラップ・チャペル)相手に対異能者対策しても、どうせ脅威にならないから気にしなくていいって」

「プールの時に観覧車狂化異物(ブロークン)で強化学院にパンジャンドラムしてきたじゃありませんの。十分な脅威では?」

 

 首を傾げるミル。

 トウジとしても、彼女の言には同意せざるを得ない。あんなことが出来る相手を、ただの通り魔か何か程度にしか思っていないミライが信じられないほどだ。

 

「校内大会のことはともかくとしても、お話したいことがいっぱいありますの。おねえさんがどこか教えてくださいまし」

「……宮火はなんでそこまでミライさんに懐いてるんだ? まるでそんな、妹みたいに」

「? 強くて綺麗なおねえさんに憧れるのは普通でしょう?」

 

 きょとんとした顔でミルは言う。

 

「それに、おねえさんはなんというか――『突き抜けた』雰囲気がありますもの。ちょうどあの、Sランクの御剣セツナさんと似たような感じですわ」

「『突き抜けた』……?」

 

 よく分からない例えだった。ミルの方も、感覚的に言っただけのようで、明確にイメージ出来ている風ではない。

 

(御剣の姉ちゃんとミライさんが似てるってのもよくわからん……)

 

 強いて言えば目元のあたりが似ている気もするが、精々そのぐらいだ。トウジには今一つ二人の共通点を見い出せない。

 

「それで、竜胆くんのおねえさんはどこですの? さっきから微妙にはぐらかしてますわよね?」

「別に、はぐらかしたわけじゃねえけど……」

 

 少し拗ねた表情になってしまいつつ、トウジは言う。

 

「……なんか、デートっぽい」

「でっ――デート!? 嘘、本当に!? ね、ねぇ、どんな人!? どんな人とデートするの!?」

(途端にウキウキしだした……)

 

 完全に恋バナに興じる女子の様。もはやミルの令嬢性は皆無であった。

 

「別にデートって言ったわけじゃねえけど、ちょっとお洒落っぽい格好して出かけてった」

「じゃあ、相手の人がどんな人かは知らないの――知っていませんの?」

 

 首肯するトウジ。

 それに対し、ミルはむむむ、と唇をへの字にした。

 

「……気になりますわね。もし、おねえさんが妙な男に騙されていたらと思うと……」

「ミライさんは騙されないだろ。ああ見えて頭良いし」

「頭は良いかもしれませんけど、ガードは緩々じゃありませんの! この間の授業でも無防備に男子のそばにひっついたりしてましたわよ!」

「あー……」

 

 確かに、ミライは見ていて心配になるほど男性に対して無警戒だ。どうも、彼女にとっては同性より異性の方が気安いらしい。

 特にトウジに対しては最初から距離感ゼロだったが、これは流石に例外だろう。ミライにトウジほど馴れ馴れしく接されている相手は見たことがない。

 

「確認しましょう、竜胆くん! まだ遠くには行っていないはずです! 今からなら追いつけますわ!」

「そういうのあんまり良くないんじゃないかな……」

「でもでも! 竜胆くんだって、自分のおねえさんが知らないところで変なことされていたら嫌でしょう? 私なら泣いちゃいますわよ!」

「そりゃ嫌だけども……。その、普通に良い人だったら失礼だろ」

「その時は普通に応援すればよいのですわ!」

 

 ミルが爛々と目を輝かせながら言う。どうにも、このお嬢様は出歯亀がしたくてたまらないらしい。

 

「……でも、ミライさんも関わって欲しくなさそうだったし、覗き見するのは――」

 

 そこまで言って、トウジは気づいた。

 

「《 そうです……行きなさい、ミル…… 》」

 

 ミルの隣に、何かがいる。

 

「……あ?」

 

 まるで、幽霊のようにぼんやりと。

 半透明に透けた女性が、ミルのそばに立っていた。

 

(誰、だ……? っていうか、何だ……?)

 

 淑やかな雰囲気のお姉さんであった。

 ミルとよく似た、金髪碧眼のハーフアップ。ドレスの上に白衣を纏った奇妙な格好。

 年頃はミライよりやや年下、恐らくは二十歳(はたち)になるかならないかと言ったところである。

 

(宮火が使ってた催眠術? いや、というか、意識を逸らすと忘れそうになって――)

 

 しかし、それらの特徴は、認識したその瞬間にトウジの記憶からぼやけていく。

 

「? どうしましたの、竜胆くん?」

「《いいですか宮火ミル……。竜胆ミライのデートを手助けするのです……。二人の親密度を上げて御剣セツナ生存ルートに入りなさい……。あなたが世界を救うのです…… 》」

「いや、どうしたというか……」

 

 困惑とともに、トウジはミルの隣に指をさす。

 不思議そうにしながら振り向くミル。

 

「……何もないですわよね?」

「……。そう、だな……」

 

 そこには、もう、何もない。

 トウジ自身も、自分が何故そこに向けて指を差したか覚えていない。

 

「それで、どうしますの? 私はおねえさんを尾行してみるつもりですけれど」

 

 ミルに言われ、トウジは彼女の瞳を覗き込む。

 

(気のせいかもしれないけど……)

 

 その碧眼は、表情に反し、妙にぼんやりとしているように思えてならなかった。

 

「……。じゃあ、俺も行く」

「決まりですわね! それじゃ、早速おねえさんを探しましょう! そうですわ、飛んで空から探せば手っ取り早――」

「それはやめろ」

 

 そうして、トウジはどうにもままならぬ思いを感じつつ、ミルとともにミライを探しに向かうのだった。




・まとめ
竜胆ミライ
 ウキウキTSお姉さん。せっかくなので男装っぽくしてお出かけ中。

竜胆トウジ
 令嬢の背後に令嬢のスタンドを見て混乱する男子高校生。仲の良いお姉さんがウキウキでデートに行ったのでちょっと拗ねている。

宮火ミル
 高速回転落下お嬢様。精神性が一般JK。時空令嬢の干渉を受けている。

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