ウロボロス・レベルアッパー   作:潮井イタチ

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23話/現状のレベル

《意識喪失。生徒ID:342319を強制転送します》

 

 竜胆トウジ、佐藤シエラ。

 開幕直後に行われた二人の戦いは、トウジの勝利で決着した。

 燐光を纏い、騎乗槍(ランス)使いの小柄な女子生徒が訓練室へと転送されていく。

 

「グ、グルァアッ……!」

 

 主人を倒された忠犬は震える脚で立ち上がるが、もはや力は残っていない。

 武装の効果が消え、一つだけとなった首に、失神させる威力に留めたトウジの手刀が叩き込まれる。

 

《意識喪失。生徒ID:342319-1を強制転送します》

 

 主人の後を追う様に、光が瞬き消えた。

 それを確認し、トウジはわずかに息を吐く。

 

(勝ちはした……けれど)

 

 どうにかしのぎきったが、機動力確保のために作った両足の外骨格をもう失ってしまった。

 その上、渡り廊下が崩壊する規模の戦闘を行った以上、すぐに他の生徒たちも集まってくるだろう。直後にトウジを含めた乱戦が起こるのは間違いない。

 

(それでも、多少は移動しておかなきゃマズいか……この位置じゃ射線が通り過ぎる。遠距離系の格好の的だ)

 

 トウジはちらりと奥に見える体育館の屋上を見やる。

 もしあそこに広範囲攻撃持ちの強襲士(アサルト)や、狙撃銃を持った強警官(ガード)などがいたなら、既にニ、三発手痛い攻撃を喰らっていたところだ。

 

 体育館の方向に誰もいないことを確認しつつ、身を潜められる位置に移動しようと背後を振り返る。

 ――そしてその瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ごっ――ばッ……!?」

 

 体を貫く衝撃は、威力こそ違うが、いつぞやに受けた強化解除弾(ペネトレイター)のそれと同質だった。弾丸が音速を超えたことにより、遅れて響く銃撃音。

 狙撃された――そう気づき、痛みを堪えて立ち上がろうとするが、立てない。

 銃撃によって、腰骨を的確に粉砕されたのだ。強化者といえど、身体構造自体は人間と変わりない。生命力の高さゆえに死にはしないが、こうなっては立って歩くことは不可能だ。

 

 銃弾一発程度では損傷多大とみなされないのか、まだ強制転送は発生しない。だが、このまま行動不能状態が続けば転送措置が行われるだろう。

 いや、それ以前に、こんな状態になっている獲物を他の生徒が見逃すはずがない。

 

「オイオイ、渡り廊下ぶっ壊れたの見えたから来てみたらよォ、何があったか知らねえが見事に調理された芋虫が転がってやがるなァ! 運が良いぜェ、コイツは俺の点――ばッ、ぐあァアアアアあああッ!?!?」

《意識喪失。生徒ID:342613を強制転送します》

 

 それを確認して寄ってきた生徒の一人を、トウジは不意打ちで起き上がり殴り飛ばす。

 こうなっては立って歩くことは不可能と言ったが、再生出来る《ウロボロス》は無論例外だ。

 

 即座に銃撃が放たれた方向を見るが、やはりそこには誰もいない。

 だが、直後にその方向から放たれた銃撃が、トウジの右肩を粉砕する。

 

「がっ……!」

 

 ミライと同様(同一人物なので大半のことが同様だが)、動体視力に優れた彼だが、着弾するまで一切弾丸を認識出来なかった。

 再度激痛が走る。八咫鏡(ヤタノカガミ)内部に構築される空間はあくまでも仮想であり、そこで感じる痛みも所詮は夢の中で負う傷に過ぎない。多少慣れればそこに現実性が無いことにも気づけるようになる。

 だが、トウジは実技授業への参加資格をつい最近になって得たばかりだ。リアルとほとんど同等に痛覚を感じてしまっている。

 

「ぐぅっ……オラァッ!」

 

 それでも堪え、自分の肩に突き刺さった弾丸をえぐり出した。

 

(透明な……ライフル弾?)

 

 手の中にあるそれは、完全に不可視だった。旋条痕の感触がなければ、ライフル弾であるともわからなかっただろう。

 恐らく、弾丸を透明化させることが出来る何らかの武装。その上、銃撃手自身もその能力で透明化している。

 続けざまに銃弾が着弾する。今度は左肩の関節を砕かれた。

 

(……待て、なんで頭や心臓を狙ってこないんだ? 別に無理に行動不能にしなくても、致命傷を受ければ脱落させられるっていうのに――あ、いや)

 

 トウジは思い出す。

 そういえば、強警志望科(ガードコース)の生徒は相手に致命傷を与えるとペナルティがあるのだ。

 

「――なら、もう無視でいいか」

 

 続けて飛んでくる銃弾に対し、今度は避けようともせずにそっぽを向いた。

 今度は足の骨を砕かれたが、肉体操作で強引に体を支えてそのまま歩行し、痛みを堪えてノーダメージを装う。

 狙撃手も諦めたのだろう。それ以降の銃撃はなかった。トウジはふぅと息を漏らす。

 

 が、これはチーム戦だ。

 

「《トゥルフトゥルウィス148》」

 

 バヂィ! と、死角から放たれた電撃がトウジの体を掠め、わずかに痺れさせた。

 

「がっ……!?」

「あー、こちらトゥルフ。スペクターより報告された強化解除弾(ペネトレイター)無効の強襲士(アサルト)と接敵。周囲警戒頼むぜ」

 

 校舎の陰から現れたのは、上着の代わりにセーターを着た痩身の金髪男子。手足は長く、針金のような印象を受ける優男だった。

 金髪セーターはナイフを構え、トウジに向かって駆ける。それはただのナイフではなく、ミライが違法に所持しているものと同じ、エッジ部に強化解除金属が使われた対強化者用の物だ。

 

「驚いたよな、まさか強化解除弾(ペネトレイター)を防ぐだの躱すだのじゃなくて、当たって効かない相手がいるなんて。このルールじゃかなりの強警科(ガード)殺しだぜ、お前」

 

 だが、まあ、と金髪セーターは口端を上げる。

 

「それでも僕らが勝つんだけどな――『号は148。示すは毒毛、巨人の装具。乾いた冬に光を残せ』!!」

 

 能力発動のために何かの武装を構えるということはなかった。

 自己暗示の詠唱(キーワード)の半ばで、バチィ! と金髪セーターの背中から紫電の稲妻が迸り、蛇のようにトウジへと襲いかかる。

 

(予備動作無しか! 詠唱も相手の防御のタイミングをズラすためのブラフ!)

 

 回避不能だった。掌で受けるが、全身が痺れ、随意運動を阻害される。

 

 先ほどの一撃で分かっていたことだが、この電撃の威力自体は大したことがない。一般人なら気絶するだろうが、強化者なら多少動けなくなる程度。しかし、多少動けなくなる程度でも強化者という超人同士の戦闘では致命的だ。

 

 電子回路で動くわけでもない狂化異物(ブロークン)には通用しない電力だろうが、対人戦闘者である強警官(ガード)ならばそれで十分なのだろう。火力偏重の強襲士(アサルト)とは発想が違う。

 

「銃撃じゃ損傷度が足りないっていうなら、近接するしかねえ。手足一本、どっか適当に貰うぜ悪ぃな!」

 

 無防備な腕を断とうと迫る刃。

 

「ッ!」

 

 トウジはそれを、肘から瞬間的に生やした骨のブレードでどうにか迎撃する。

 力が入らないので腕ごと弾き飛ばされ、骨のブレードが砕け散るが、どうにか一合受けた。

 

 続く相手の二の太刀を、電撃を受けた時点で通路に張っておいた髪のワイヤーで手首から絡め取る。

 金髪セーターが舌打ちとともにくるりと回したナイフで絡めたワイヤーを切り裂かれたが、二撃目も受けることに成功した。

 

 三の太刀は、地面に広がっていた自分の血溜まりを《ウロボロス》で操り、動けないトウジ自身の足を滑らせ、自ら転んで回避。

 

 転んだところを狙った四の太刀は、先ほど受けた銃創を自分から開き、そこからスラスターのように血を噴射して回避する。

 反作用で勢いよく宙返りするように一回転し、痺れ震える足でどうにか着地した。

 

「マジかよ! 普通こうなったら詰みだぜ、そうひょいひょい避けるなって!」

「そうでもねえよ、かなり消耗したぞ、今の!」

 

 トウジの再生は無限ではない。現状の彼の想臓器(ファンダメンタム)が休憩無しで再生・生成出来る総合質量はおよそ220kgほど。瞬間的に生成出来る量は45kgほどだ。

 最初の脚部外骨格に右足と左足で40kgずつ消費、佐藤シエラとの戦いで作ったダミーの両腕で8kg、骨のブレードが1kg弱。デフォルトで使っている増強筋肉と合わせれば、既に半分近く消耗している。

 そして、先ほどの血液噴射による緊急回避で5000cc――5kgは使った。あの一瞬でこの消費だ。濫用すればすぐに底をつく。

 

 金髪セーターはなかなか仕留めきれないトウジに苛立ちつつ、しかし面白いと言わんばかりに口端を上げる。

 

「良いぜ抵抗しろよそうじゃなきゃ訓練にならないよなあ――ああ、分かったってスペクター、すぐに仕留める任せろ!」

 

 攻めに転じる金髪セーター。

 だが、トウジもただ避け回っていただけではない。回避中に描いていた脳内設計図を走らせ、麻痺する腕の上から外竜骨格(エクスドラグナー)を纏う。

 

「――『壊拳(ブレイクブロウ)』!」

「ごッ……!?」

 

 外骨格の筋肉を引き絞り、中身の腕の痺れをねじ伏せて、まだこちらが満足に動けないと油断している金髪セーターの胴に拳を叩き込んだ。

 

 だが。

 

「痛てえ、な、全身っ、バラバラになるかと思ったぜ、畜生!」

()ったいな、こいつ!」

 

 吹き飛ばされながら血と愚痴を吐く金髪セーター。

 相手が人間である以上、いくらか加減はした。だが、容赦はしなかったはずだ。まさか、狂化異物(ブロークン)を殴り飛ばせる一撃で、たかが人間の意識を刈り取れないとは思ってもいなかった。

 

「もう少し付き合ってもらうぜ、しぶとさにはこっちも自信があるからなあ!」

 

 バヂバリバヂヂヂヂィ! と、冬にセーターを脱いだ時のそれを幾千倍にも強化したような電撃音。金髪セーターは十数メートル以上吹っ飛びながら、不敵な笑みを浮かべ、身体に電気を纏わせていく。

 

(そうか、静電気を操る――()()()()()()()()! コイツにとっては、鎧の上からぶん殴られたみたいなもんか!)

 

 強化者の武装は、基本的に狂化異物(ブロークン)より頑丈だ。元となる物品が同じでも、セーターの狂化異物(ブロークン)になるのとセーターの武装になるのとでは、破壊耐性が全く違う(無論、強化者の力量やそのセーターの質、狂化異物(ブロークン)の個体差等で変わってはくるが)。

 

 当然、防弾チョッキを着ていてもトラックに撥ねられれば大怪我をするように、金髪セーターも完全に衝撃を殺し切れたわけではないだろう。だが、ダメージによって何か彼にとってのスイッチが入ったのか、牙をむくようにトウジに叫んだ。

 

「さあ、続きだ! いい充電になったぜ、そろそろバチッとくるだけじゃ済まねえだろうよ! 『号は148。示すは雷毛、覇王の蹄! 荒れ地を進むはトゥルフトゥルウィス! 乾いた冬に光を、』」

「待て、お前――後ろっ!」

「あ?」

 

 金髪セーターが背後を振り向く。

 

 

 そこにあったのは、直径二十メートルに及ぶ黒い竜巻だった。

 

 

「何っ――ぶッ」

 

 それに触れた瞬間、金髪セーターの体が微塵に刻まれ、血煙と化した。

 

《損傷多大。生徒ID:342868を強制転送します》

 

 恐らくは、痛みを感じる間もなかっただろう。

 竜巻の中からボロボロになったセーターだけが舞い出て、燐光を纏い転送されていく。

 

「クソ、何だ、これ……ッ!」

 

 前髪を揺らす強風に煽られながら、トウジはそれを見る。

 

 その竜巻は、指先程度の小さな鉄の刃の集合体だった。

 幾万幾億という大量の鋭刃。それらが群れとなり、渦の形を作り上げている。

 ギャリギャリギャリと火花を上げ、烈風を巻き起こす鋼の威容。自然災害めいた破滅の殺刃圏。

 

 周囲を複数人の生徒たち――恐らくは、この戦闘に参加している大半が集まり、取り囲んでいるが、アレを攻略出来ていない。

 

 黒い竜巻は密になり、その中心部はろくに覗けない。

 だが、時折竜巻の形が崩れ、わずかに隙間が覗く。そこから、トウジの動体視力は竜巻の目に在るモノを一部分ずつ見て取った。

 

 一纏めにした浅葱(あさぎ)色の髪。

 遊びの無さそうな切れ長の目。

 男とも女ともつかぬ、中性的な面立ち。

 居合道の道着のような、黒い上衣、灰色の袴。

 袖に通される、毛筆フォントで「会長」と書かれた腕章。

 腕の先、手に握られた武装と思しきカッターナイフの刃が、恐ろしい速さで伸び、折れる。

 そうやって生成される無数の刃が宙を舞い、竜巻を構成する一部分となっていた。

 

「――《ハルピュイア102》」

 

 中から温度の無い声が響いた瞬間、竜巻の一部が分離し、凝集。

 十数本の無骨な鋼の大剣が形成され、渦と一緒になって回転する。

 そして、飼い主からリードを放された犬のように、凄まじい速度で射出された。

 

 金属音と爆裂音が混ざりあった轟音。

 投じられた大剣一本で校舎が教室一つ分丸々吹き飛び、瓦礫となる。

 

「う、お、おおおオオッ!」

 

 トウジに向かっても飛んできたそれを、外骨格の力でどうにか弾く。

 方向を逸らされた大剣は地面に命中し、アスファルト舗装を爆散させた。

 

(これが、この学院の……生徒会長の、武装(のうりょく)! 刃を大量に生成し、遠隔で操作する、カッターナイフの強化者! 話には聞いていたけど、出力が、強過ぎる!)

 

 舞い上がった土埃を受けながら、トウジは地面に突き刺さった大剣を見る。

 当然、全てがカッターナイフの刃で構成されているが、その刀身は随分とグチャグチャだった。無理矢理に小刃を集めて潰してひしゃげさせたようなそれは、もはや剣の形の廃材に近いかもしれない。

 

(とりあえず、この剣はこれ以上動いてない。追尾ミサイルみたいに俺に襲いかかってこないってことは、力の届く範囲に制限があるタイプの強化者か。多分、あの渦の半径がほとんどそのまま能力の射程距離。その中で加速させて、後は慣性で撃ち出してる。血線銃(レッドライン)と同じだ。間合さえ見誤なければ回避は出来る……!)

 

 ほとんど爆撃と同等の大剣群をかわしていく。

 刃に囲まれている生徒会長にこちらの正確な位置が把握できるとは思えない。気配と勘だけで照準しているのか、狙いはかなり大雑把(それでも、目も耳も使わずに攻撃していることを考えれば相当正確ではあるのだが)だ。

 

 他の生徒たちも、ただ手をこまねいているばかりではなかった。

 乱戦において強過ぎる者は真っ先に狙われる。今だけは呉越同舟、強襲志望科(アサルトコース)強警志望科(ガードコース)も関係なく、出る杭を打つべく一斉に武装の矛先を向ける。

 

 例えば扇。振るえば風の刃、畳んで突けば風の槍を放つ《シルフィード426》。

 例えばロケット花火。乱れ飛ぶそれぞれが夏祭りと同等の大爆発を引き起こす《スプライト057》。

 例えばサイリウム。ライブ会場で振るわれる光のスティックを武器に見立て、舞のような動きで無数の光刃を放つ《ウィルオウィスプ010》。

 例えば風呂栓。モーニングスターのように鎖を付けて投じられるその武装は、命中した箇所に『空間の穴』を生み出す。ブラックホール、あるいは排水口のごとく周囲の物を呑み込む《カリュブディス245》。

 

 飽和攻撃により、無敵の殺刃圏に空隙が生まれた。子供一人通れるかどうかの僅かな隙間。

 

 しかし、そこに向けて不可視の一撃が撃ち込まれる。

 

「――《スペクター348》」

 

 消しゴムを弾帯のようにして身につけた、青に白混じりの髪の女子生徒だった。

 トウジが先に食らったものと同じ。透明化した狙撃が、刃の渦の中で確かに血を舞い散らせる。

 黒い竜巻が確かに揺らぎ、その形を崩した。

 

「やったか!?」

「まだだ、掠っただけだ! 手を緩めるな!」

「いや待て――渦の中に、誰か行ったぞ!」

 

 そうして、トウジは刃の渦の中、台風の眼に着地した。

 

「痛、っ……!」

 

 刃が薄くなった瞬間を狙いはしたが、無理に突っ込んだせいで全身が切り刻まれた。

 だが、この程度ならまだ処理しきれる量のダメージだ。すぐに《ウロボロス》で再生していく。

 

「…………」

 

 生徒会長は冷静さを損なうことなく、トウジに向けて凛とした眼差しをやる。

 懐に入り込まれた生徒会長は、刃を操作したり、大剣を撃ち出したりといった超常由来の行動は取らなかった。

 ただ、カッターの刃を数十センチほど伸ばし、長剣のようにトウジに向けて構えるのみ。

 

 予想が当たっていた、と、トウジは邪魔な血を拭って生徒会長の方を見る。

 

(――やっぱり、この距離なら武装は使えない。あの刃、精密動作性に関してはかなり低い! 近距離で使うと自傷しかねないレベルで!)

 

 答え合わせとばかりに放たれたトウジの拳を、カッターナイフ本体で弾いたことがその証だった。

 

「ぐッ……!」

 

 生徒会長が呻く。

 寸前で防御してはいるが、防ぎきれてはいない。《ウロボロス》によって強化された膂力は、仮に防いだとしてもその上から圧殺する威力がある。

 

 文字通りの剛腕を振るい、生徒会長に息もつかせぬ連撃を叩き込む。

 打撃の度に生徒会長の体が吹き飛びかけ、その顔が苦痛に歪む。

 それでも、生徒会長は《ウロボロス》の圧倒的身体能力にある程度対応してきたが、流石にそこ止まりだ。反撃に移る余裕などない。

 

 そして、いくら耐え忍ぼうと、持久戦では絶対に《ウロボロス》を突破できない。

 

「ラ、ァアアアアアアアアアアアアッ!」

「ふっ、ハァッ……!」

 

 徐々に生徒会長の息が上がりつつあるのに対し、トウジの側は息継ぎさえせずに気勢を上げ続けながら連撃を打ち続ける。

 竜胆トウジは再生する。呼吸は乱れないし疲労も貯まらない。想臓器(ファンダメンタム)の力と精神力さえ尽きなければ、軽く数十時間はこのまま無酸素運動を続けることさえ可能だ。

 

(いけるか……? いや、やれる!)

 

 故に、こうなった以上はトウジの勝ちは確定している。

 間違いなくチェックメイトだ。

 生徒会長にはこのまま押し切られる以外の目などない。

 ないはず、なのだが――

 

(押し切れ、ない!?)

 

 防ぐ、防ぐ、防ぐ。攻撃は寸前で防がれたまま。それ以上が届かない。

 力が技量で流される。速度が戦術で先んじられる。応用に直感で対応された。

 

 もはや、押しきれないどころではない。押し返されつつある。

 

(マジかよ……! この人、武術もいけるのか!)

 

 このままではマズイと、一歩下がる。

 だが、それに合わせるように突き出されたカッターナイフが如意棒のごとく延長され、トウジの肩口を貫いた。

 

「が――、ぁあッ!?」

 

 致命傷ではない。

 だが、体に突き刺さった刃はそのままさらに延長し、トウジの体を刃の渦の中に引きずっていく。

 

 刃の渦に突っ込む前に両足を地面に刺し、止まることに成功するが、刃の渦にわずかに触れてしまった。

 見る間に皮膚が剥がされ、肉が刻まれ、骨が割られる。

 

「ぎ、が、あああああアアアァッ!! クソがァああッ!」

 

 痛みによって生じかけた気絶を、脳内の血圧を維持することで防いだ。

 再生力を頼りに強引に串刺し状態を抜け、激痛に呼吸を荒げながらよろめいて立つ。

 

 息を吐く生徒会長の呼吸は、この短時間で既に戻りつつあった。

 

(……考えろ、ここからどうする……! 今持ってる手札だけじゃダメだ。そうだ、この瞬間に手に入れろ……!)

 

 ズタボロの制服を真っ赤に染めて、必死に再生していくトウジに、ろくに言葉を発さなかった生徒会長が呟くように声をかける。

 

「――やめにしないか?」

「……は?」

「だから、やめにしないか? まだ《八咫鏡(ヤタノカガミ)》の仕様に慣れていないのが丸分かりだ。私は何も拷問がしたいわけではない。君が良ければ何かこの場限りでルールか何か決めたいと思うのだが」

 

 思ったより――否、生徒会長であるのだから当然なのかもしれないが――配慮ある言葉が引き絞っていた唇から放たれ、トウジは思わず瞠目する。

 生徒会長は、「大体」と言葉を繋げる。

 

「これはまだ大会の本戦ですらない予行演習だぞ。そんなに辛い思いをしてまで耐えなくてもいいだろう」

 

 表情自体はさほど動いていないが、困惑の思いがこもる声だった。

 

「君の攻撃は既に見切っている。私が回避し、君が再生する。泥仕合になるぞ、どちらが勝つにしても。私の方は君の一撃が当たれば終わるし、この空間での痛みの御し方にも慣れている。苦しむのはそちらだけだ」

「……構うかよ、堪え性には自信あるんだ、この程度大したことない」

「君がそう言うなら続けるが」

 

 鋭さを増した剣撃がトウジを襲う。

 何とか迎撃するが、それによってカッターナイフが勢いを乗せたまま壊れた。衝撃とともに刃がバラバラに弾け、雨のごとくトウジの総身に突き刺さる。

 

「がっ……!」

 

 一秒ごとに最適化されていく剣技をギリギリで躱す。否、躱し切れずに体表を刻まれながら、致命傷だけを避けていく。

 

「何かここで食い縛らなければならない理由でもあるのか? ただの負けず嫌いや戦いたがりでそこまでするまい。そんな修羅は、セツナ殿一人で十分だ」

 

 外骨格で振り下ろされた刃を受け止める。

 しかし、元より強化者の武装はトウジの肉体より遥かに頑強だ。骨の外装が少しづつ断たれていく。

 

「っ、俺は、俺の力を、皆に認めさせるために――」

「何? 本当か? そういうタイプには見えんぞ。むしろ、認めさせたいより認められたいように見えるが」

「……! この……!」

 

 腕の外骨格を爆裂させ、鍔迫り合いの状態から脱出する。だがそれも、一時しのぎに過ぎない。

 

「何も怒らなくてもいいだろうに……。ともあれ、長々と会話している余裕もないか」

 

 再度ぶつかる刃と拳。しかし、その戦力差は今や完全に逆転している。膂力で圧倒的に勝るトウジの一撃が、完璧な形で弾き飛ばされた。

 崩される体勢。《ウロボロス》の肉体操作による重心移動も間に合わない。今この瞬間だけは、トウジは攻撃を受け止める以外ない。

 

「強化学院・生徒会会長。並びに――」

 

 生徒会長がすうと静かに息を吸い、静かに必殺の構えを取った。

 

「――御剣対神流・門下生、鎌滝ツバメ。参る」

 

 トウジに向けて、生徒会長・鎌滝ツバメが強く強く一歩を踏み込む。

 大地をへし折るような音を立て、強烈な震脚が地を割り、両の手で腰溜めに構えていたカッターナイフが、消える。

 

「御剣対神流、奥義『神狩(かんがり)』」

 

 トウジの緋眼をもってしても完全に認識不能な速度で、防御不能の必殺技は放たれていた。

 

「――な、ん」

 

 体の中を何か冷たい物が通り抜ける。振り抜かれた刃の感触だった。痛覚ごと切り裂かれたかのようなとてつもない切れ味。皮膚、脂肪、内臓、筋肉、骨。

 全てまとめて両断され、心臓の少し下あたりで上半身と下半身が別々になる。

 

「ごばッ……!」

 

 派手に弾け飛び、地面に綺麗な半弧を描く血飛沫。

 足は未だ地面を踏みしめているのに、その上で支えるべき上半身だけが地に落ちていく。

 

 トウジの体にまとわりつく燐光。

 それを確認したツバメが、転がって落ちたトウジの上半身に向けて視線をやり、教師のように評価を下す。

 

「気概と伸び代は十分だ。相手の穴を突く頭もある。だが、自分の得意分野を押し付けるだけでは行き詰まるぞ。あらゆる面において自分を上回る相手は居るのだから。故に、そういった実力差を覆すためには――」

 

 不意を打って遠隔操作されたトウジの下半身が蹴りを放つ。

 しかしそれも、生徒会長には難なく弾き返された。

 

「ク、ソッ……!」

「――ああ、そういう暗撃が必要だ。全校集会での戦いを見ていなければ危うかったな」

「《損傷多大。生徒ID:391437を強制転送します》」

 

 そうして、最後の一撃も実ることなく。

 トウジは悔しげな表情のまま訓練室へと転送されていった。




・まとめ
竜胆トウジ
 中堅以上の実力はあるけど上位相手にはまだちょっと厳しい男子高校生。大抵のダメージを無視出来る上、気絶も中々しないので相手を無力化しなければならない強警官(ガード)の生徒にとってはかなり天敵。

金髪セーター
 セーターの強化者《トゥルフトゥルウィス148》。本名、雷羊ヒバナ。防御力を頼りに敵陣に突っ込み、麻痺で相手を制圧・無力化するのがお仕事。近接もそこそこできる。
//破壊力:E 防御力:B+ 機動力:F 強化力:C 制御力:D 成長性:D//総合ランク:D

鎌滝ツバメ
 カッターナイフの強化者《ハルピュイア102》。大きなお世話焼いちゃう系生徒会長。総合的な戦闘力では学院トップ。近中遠に攻防両立と隙のないオールラウンダー。ただし、刃を生成する時間が必要なため高火力の速攻に弱い。発想元は当然ながら某斬魄刀。
//破壊力:A 防御力:A 機動力:B- 強化力A 制御力:D 成長性:C//総合ランク:A
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