重桜指揮官、アズールレーンの捕虜生活 作:まったりばーん
「三笠、これを受け取ってくれないか?」
俺はそう言って紺色のリボンで結ばれたリングケースを彼女に差し出す。
こういった奢侈品については知識がない俺なので、某有名百貨店で購入した給料三か月分のマリッジリングだ。
今後の重桜の在り方について相談したいと言って、彼女を食事に誘い出した。
そして、少し真面目な話をしている最中、唐突に俺がこんな事をしたものだから三笠は一瞬フリーズする。
「…お主、我をからかっておるのか?」
三笠は目を鋭くしながらリングケースを手に取った。
「まさか、このリボンを解いたら電流が走って、机の下に天城や長門なんかが居てドッキリ大成功とかするのではあるまいな?丁度この前てれびで見たぞ?」
「そう言われると悲しいな、俺は本気だよ。」
「本当か?お主ならやりかねん。」
三笠はテーブルクロスを摘まんで自分の足元を確認する。
勿論、そこにあるのは俺と彼女の脚だけだ。
「うむ、確かに誰もおらんが…。」
「居るわけないだろう。じゃなかったらこんな所へ食事に誘わないさ。」
俺はこの日の為に一か月も前から、予約が取れないと話題のレストランを抑えていた。
今、彼女に渡した指輪も含めれば、俺の預金はスッカラカンだ。
「確かに世間話をするにはテーブルマナーがうるさいとは思ったが…え?本当に?」
「だから本当だって言ってるじゃないか?」
いよいよ、三笠も俺の目が悪ふざけのそれじゃないという事が解ってくると途端に頬を真っ赤に染めた。
「いや、まてまてまて、本当か?本気で?嘘ではなくて?考え直せ!我とお主ではその…デコボコではないか?」
「それは俺が三笠に釣り合わないって事か?」
三笠は連合艦隊の重鎮。
若造の俺へ簡単にその身を許したくないのだろうか?
「いやっ違う!そうではない!卑下するな!お主は十分立派である!ただ、我はそんなに若くないし、趣味嗜好だってお主の世代の三つは前だ…そもそもお主は我の事をそういう目で見ていたのか…?」
「三笠こそ自分を卑下しないで欲しい。三笠は十分魅力的だ。髪だって綺麗だし、料理だって上手いし、考え方も堅実で一緒に居ると安心する。」
「うぅ…でも、他にも綺麗な女子は沢山居るではないか?お主の事を好いている艦船は片手の数では足りんだろう?ほら、赤城とか?」
「赤城と一緒になったら少し息苦しくなりそうだ。」
「では、長門は?」
「長門はまだ子供だよ。」
「加賀や天城だってお主の事を好きだろう?」
「加賀が好きなのは俺じゃなくて俺の戦争だ。天城だって赤城が俺に懐いているからちょっかいをかけてくるだけさ。」
「何も艦船でなくても人間の女性という選択肢だってある筈だっ!」
俺の説明を何度も何度も拒絶する老艦。
そんな彼女は、重鎮というより大事に育てられてきた箱入り娘を連想させた。
「なら、比叡は─」
「なぁ、三笠。俺は貴女でないと駄目なんだ。」
「はぇ…?」
なおも食い下がろうとする三笠の言葉を遮って、俺は一気に畳みかける。
「三笠は俺が嫌なのか?」
「いや、嫌ではない…。そういう訳ではではない。」
「なら認めてくれなくてもいい。返事を貰えないか?」
彼女の手を握り、視線を真っすぐ射貫くようにぶつける。
我ながら恥ずかしくなる様なセリフの連発だ。
俺にとっての一世一代の大勝負。
これが駄目なら指揮官なんて辞めてやる!そういう気概だった。
「我…その…重いぞ?けっこう縛るぞ?」
「赤城や大鳳に比べればどうってことない、それとも体重か?」
「それに結構、我儘だぞ?連合艦隊の我と普段の我は別人だぞ?」
「誰にでも裏表はあるものじゃないか?裏表が無い人の方がかえって不気味だ。」
「なぁ、これは本当に我をからかう悪ふざけではないのだな?」
「ああっ!」
彼女からの問いかけに俺は腹の底から声を出した。
「ならば、これから、その...よろしくだ。」
そういうと黒髪の麗人ははにかみながら、リングケースを開いてくれた。
──
「指揮官、着いたぞ」
「あぁ…?」
俺は眠たげな眼を半開きにして辺りを見渡した。
確認すると白髪の少女が俺の肩を揺り動かしている。
「モントピリア…?」
「どうした指揮官?お前はそんなに寝坊助だったか?」
(そうだ、俺は基地を移動する為にエンタープライズの車に乗り込んで…。)
そしてそのまま自動車という揺り籠の中、眠りに落ちてしまっていたらしい。
昨日からずっと濃い出来事の連続で身心共に参っているのだろう。
随分と懐かしい夢を見た。
今思い返せばあの時が人生で一番嬉しく、そして興奮していた時だった様に思う。
結局、あの後すぐに戦争が始まり二人きりで過ごした時間は決して長くはなかったが、それでも夢に見るほど幸福な瞬間だった。
「昨夜、指揮官はエセックスと一緒だったからな。もしかしたら眠れない夜を過ごしていたのかもしれないな」
寝起きで呆けた顔をしている俺に対し運転席のエンタープライズは少し棘のある口調でそう言った。
「エンタープライズ、人聞きの悪い事を言うな。それじゃあ俺が女たらしみたいじゃないか」
ちょっと機嫌の悪いエンタープライズ。
今朝、俺がエセックスの髪の毛を手入れしているのを目撃してからというもの、彼女はずっとこの調子だ。
恐らくこれからエセックスはしばらくエンタープライズの後輩指導()を受けることになるだろ。
エセックスも可哀想だが、彼女が俺にした事を考えればそんな思考は吹き飛んだ。
「なに、違ったのか?」
エンタープライズの嫌味にそう反応するのはモントピリア。
白髪の眉毛をハの字に寄せる。
…もういい、何も言うまい。
「そんな事より早く家に入ろう。誰も運転を変わってくれなかったからな、少し疲れた。」
「エンタープライズ、お疲れさまだ。」
「モントピリア、キミには手伝って欲しかったんだが…」
「しょうがないだろ、ぼくはなんの免許も持ってない。」
「え、お前免許持ってないのか?」
意外な事実に少し眠気が覚めた。
彼女の事だから姉のクリーブランドと同じ様にバイクの免許なんかは持ってるものかと思っていた。
「ああ、いつも姉貴がぼくをバイクに乗せてくれているから、それで十分だ。それに、もしぼくが免許を持ったら姉貴がバイクに乗せてくれなくなる。姉貴の後ろ座席はいつもぼくの席であって欲しいんだ。それにぼくが走るのは海だけだ。そう決めている。」
自分なりの考えを口にする白髪の軽巡洋艦。
そんな理念では車社会のユニオンで上手くやっていけるの?
他人事だが気になってしまう。
確かに彼女は艦船だが、それでもその内戦争が終われば嫌でも普通の人間として生きざるをえなくなる。
終わらない戦争などない。
重桜と百年戦争をしたとしても戦いには終わりが絶対来る。
セイレーンとの戦いもそうだった。
底の見えない戦いではあったが、遂には終わったのだ。
まぁ、愛しの母国はも限界だから終わりは遅くないだろう。
そしたら俺は三笠に会えるのだろうか?
「二人とも、ここに来てくれ、狭い部屋だが三人は寝泊まりできる。」
移動先の新しい基地はさっきまで居た基地に比べると規模が幾分か小さかった。
エンタープライズに先導され案内された家も、一軒家ではなくマンションの様な一室。
ユニオンで言うモーテルに近い内装だった。
「ベッドが狭い…」
部屋に入るなり文句を言うモントピリア。
部屋にはホテルにあるようなクイーンサイズのベッドが一つだけしかない。
確かに大きめのベッドではあるものの、三人ではどう見てもキャパオーバーだった。
しかも生活感があり、誰かが常日頃から寝泊まりをしているのが推察できる。
「元々、ここはこの基地の私のプライベートルームだ。三人部屋じゃない。本当はもっと大きな基地でもよかったんだがキミのお姉さんに見つかる事を考えたらここが一番だ。そもそもモントピリア、キミは成り行きで来たんだから文句は無しだぞ。」
なるほど、この部屋、言われてみればエンタープライズが生活していたんだという事が頷ける。
部屋が整っている割にはキッチンは使った形跡がなく、料理をした痕跡が殆ど認められない。
女性の一人部屋というよりは独身男性の部屋と言われた方がしっくりくる。
外套掛けに彼女のコートが吊るされていなければ男性の部屋だと言われても信じてしまう。
仕事優先のエンタープライズらしいと言えば彼女らしい。
「私は長距離運転で疲れた。先にシャワーを浴びてくる。二人はそこで適当に寛いでいてくれ。」
エンタープライズはそう言うなり、バスルームへと引っ込んでしまう。
部屋には俺とモントピリアの二人が残された。
「「なぁ…聞きたい事が」」
すると俺と彼女は同時に、全く同じに口を開いた。
「モントピリアが先でいい…」
少し気まずくなる中、俺はモントピリアに先を譲る。
「あぁ、じゃあお前に聞きたいんだが、お前は姉貴の事を今はどう思ってるんだ?」
紅い瞳を伏せがちにモントピリアはそう尋ねた。
「姉貴ってクリーブランドの事だよな?」
「勿論だ。私が姉貴というのはクリーブランド姉貴だけだ。」
「どう思っているか…ていうのは抽象的だから、答えづらいが、まぁ最初にあった時から元気な女の子ってイメージしかないな。一緒にいると自然と楽しくなる。そんな女の子だ。あと、これはエンタープライズにも言った事なんだが、今では重桜とユニオンは敵同士になってしまったが、国家間では敵だとしても君達とは友人だと考えている。モントピリアも勿論、クリーブランドもな」
俺は思っていることを率直に伝えた。
「指揮官は姉貴に特別な感情は持ってないんだな?」
「特別な感情って?」
「解るだろ、好きとか、愛してるとかいう感情だ。」
モントピリアが補足する情報に俺は少し動揺する。
(俺がクリーブランドを好きかって?)
まあ嫌いか好きかで言えば好きだ。
話しやすいし戦闘でも頼りになった。
だが、それはどこまで行ってもライクでありラヴではない。
だからモントピリアにはこう答える。
「俺が?クリーブランドに?ある訳ないだろう。確かに一緒にいると楽しく感じるが、あくまでそれは仲間としてだ。」
「良かった。それを聞いて安心した。」
俺の答えはモントピリアの欲していた回答だった様で、彼女は安心そうにその紅い瞳を緩ませた。
そして話題転換とばかりに声を発する。
「じゃあ次はお前の番だ。お前はぼくに何が聞きたかったんだ?」
今度は俺が彼女に質問をする番。
「なんでモントピリアとエンタープライズは俺をクリーブランドに会わせたくないんだ?」
俺は今朝から疑問に思っていた事をモントピリアにぶつける。
エンタープライズは確かに俺が会いたくない艦船なら避けようとは言っていたが、俺は別にクリーブランドに会いたくないとは考えていない。
むしろ彼女とならこんな状況でも楽しく話せる。
そう思う。
だから、別の理由があるのだろうが、それを考えている内に車の中で眠ってしまった。
だからどうしてなのか知りたかった。
俺の問いかけにモントピリアは顔を少し真剣な物にする。
「ぼくもエンタープライズがお前についている嘘とハッタリは解らない。そもそも、ぼくがお前がユニオンに居るなんて今日の朝まで知らなかった。だが、ぼくとエンタープライズが指揮官に姉貴を会わせたくない理由は知ってる。」
「それって何なんだ?」
「すまないがそれは言えないんだ。言ったらきっと指揮官はぼく達の事を嫌いになる。」
あと一歩で核心。
そんなところまで近づいたが、どうやらモントピリアは俺にその情報を教えてはくれるつもりはないらしい。
だが、彼女は舌を動かす事を辞めなかった。
まるで代わりにと俺に更なる言葉を付け加える。
「さっき、指揮官、お前はぼく達の事を友人だと言ってくれたよな?それは嬉しい。ぼくはお前が好きだ。それは恋愛感情ではない。ライクの好きだ。異性としてではないけれど、お前の事が好きだったし、とても信頼してた。だから、まだぼく達の事を友人だと思っていてくれたのは本当に嬉しかった。ぼくも同じだったからだ。でも、指揮官。もし今の姉貴と指揮官とが出会ってしまったら、お前はきっとぼく達を…ユニオンの皆を友人だとは思ってくれなくなるだろう。だから、姉貴をお前に会わせられないんだ。」
狭い部屋の中でモントピリアの声が俺の耳を突き抜けた。
──
「少し疲れたな」
「…」
ロイヤルと重桜、秘密の会談からの帰路の中。
重桜へと戻る船上で戦艦三笠は護衛の比叡にそう声をかけた。
しかし、いつもならすぐに応答する筈の比叡は全く口を動かさない。
(そうか…こやつもアイツの事を好きだったな)
三笠はその考えに行き着くと比叡にそれ以上何か物を言う事は無かった。
多分、比叡はこれからいくら時間をかけても指揮官をロイヤルへと引き渡した三笠の事を許さないだろう。
だが、それと同時に三笠の脳内には今まで考えていた事がもしかしたら事実だったのではないか?という疑念が鎌首をもたげてきたのである。
それは、彼女と指揮官の蜜月の事だ。
三笠と指揮官が一緒になった時、重桜のKANSENは皆がその二人を祝福した。
やれお似合いだと拍手をしながら。
その時に至っては眼前の比叡の様に本来、指揮官を取られて悔しい筈の艦でさえ三笠の事を祝福したのだ。
あの赤城と大鳳ですら、表向きは祝って見せた。
そこで三笠はある疑念を指揮官に抱いたのだ。
本当に指揮官は我の事が好きなのか?
指揮官が狙ったのは三笠自身ではなく、三笠と一緒になる事で他の重桜の艦から向けられる彼への好意を防ぐ事だったのではないか?そんな疑念だった。
三笠は老艦とはいっても連合艦隊の重鎮。
そんな人物が愛しの指揮官と一緒になったら、文句を言いたくても彼女に対して真っ向から文句は言えないだろう。
本当は指揮官の事を愛していても指揮官が選んだのがあの三笠なら諦めざるを得なくなる。
指揮官はKANSENから好かれ過ぎていた。
それも彼が億劫と思う位に。
だからこそそんな状況から逃げる為だけに、自分を選んだのではないかと三笠はそう訝しんでしまう。
勿論、三笠本人は今でも彼の事を愛している。
しかし、だからこそ、指揮官が自分を選んだ理由が気になるのだ。
そしてその理由を思考する度、この考えに帰結してしまう。
彼女の暗くなった心の中に甦ったのは何故か会談の最後に感じた胸の痛みだった。