重桜指揮官、アズールレーンの捕虜生活   作:まったりばーん

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超音速

「はぁ…?」

 

そう腑抜けた声を出すのはブルックリン級のネームシップであるブルックリン。

有力なブルックリン級を纏める巡洋艦隊の中核であり、ユニオン水上艦隊の交渉人だ。

彼女は小麦色の指で何枚かに纏められた書類をめくって内容を確認すると、その金色の両眉を歪ませる。

 

「ですから…現在ユニオンが身柄を捕縛している人間は我がロイヤルの市民なのです。速やかに身柄の引き渡しを要求します。」

 

褐色の交渉人と机を挟んで向かい合う少女は同じ軽巡洋艦。

だが、ブルックリンとは対照的に肌は雪の様に白かった。

そんな色白の肌を強調する様に伸びた長く美しい黒髪。

その佇まいは淑女という言葉が相応しい。

 

「それとも貴国は同盟国の一市民から自由を剥奪すると言うのですか?」

 

給仕服に身を包んだ色白の軽巡洋艦、ニューカッスルはそう言って目を細める。

普段から切れ目の彼女の相貌がキラリと光った気がした。

ブルックリンは改めて手元の書類に目を落とす。

そこには件の人物がロイヤルの市民であり、身柄の引き渡しを要求するとロイヤルの指導者クイーンエリザベスからの嘆願書が纏められていた。

並の外交官が見たら頭が痛くなるプリントのパンチだ。

 

「おかしいですね?指揮官は重桜の人間の筈です。そんな彼の市民権を主張する根拠はあるのですか?」

 

そんな権威ある紙切れに臆する事なくブルックリンは口を動かす。

 

「彼は産まれも育ちも敵陣営の重桜。戦時法に則って身柄を拘束する義務が我々にはあります。ましてや指揮官は我がユニオンに亡命してきているのです。ならばその亡命先に選ばれた我々が手厚く保護をするのが道理という物でしょう?」

 

小麦肌の巡洋艦は理論整然と言葉を紡いだ。

実際、その言葉は正論でしかない。

敵陣営の将官の身柄を確保する事は戦略上重要だし、ましてや彼は亡命してきた(事になっている)のだ。

ならばその処遇の一切はユニオンに委ねられるべきである。

そもそものニューカッスルの主張も訳が解らない。

指揮官が重桜の人間であるという事は自明の理なのだから。

 

「そんな筈はありません…彼はロイヤルの市民であり兵士です。ではもう一つ資料をご覧になって下さい。」

 

パサリッ…

そう音をたてて新たに何枚かクリップ止めされた書類が投げ出される。

 

「なっ…!」

 

ブルックリンは紙束を摘まみ上げ、書類に目を通すと絶句した。

纏められていたペーパー数枚には指揮官の経歴とそれを証明する書類があったからだ。

 

ロイヤルのとある病院で重桜系移民の子として産まれた記録と当時の母子手帳…、入学したロイヤルの学校とその成績証明書数年分…、ロイヤルの軍学校に入学した記録と彼の軍籍…、セイレーンを撃退した功績を称えクイーンエリザベスから与えられた爵位…などなど。

中には彼がロイヤル国内で使用している銀行口座やカードの記録、車の保険、住宅ローンの契約書まである。

 

そこに書かれている内容は出鱈目が過ぎた。

だがそのどれもが指揮官が生粋のロイヤル育ちだという事を証明する書類であり、紙質も年代を追う毎に古くなりちゃんとその当時に発行されたという事が推察できる。

 

(これは…!公的文書の偽造…!?)

 

ペーパー全ての内容を確認した後、ブルックリンの頭脳はその答えを弾き出す。

ロイヤルの事だ、こんな書類など数日の内に用意する事ができるに違いない。

もしかしたらロイヤル国内の指揮官に似た人物の経歴をそっくりそのまま指揮官へと書き換えた可能性もある。

だが、最早ロイヤルが公式にこの書類を発行してしまったのなら偽造ではない。

これらの書類には全て指導者、クイーンエリザベスが陣営の公式な文書であると保証する刻印が刻まれていたのだ。

これの意味する所は只一つ…。

 

「確かに書類上はロイヤル市民の様ですね…」

 

「書類上ではありません、名実供にロイヤルの市民です」

 

苦々しげに呟くブルックリンと柔和に微笑むニューカッスル。

ここユニオンの外交事務室は険悪な雰囲気に包まれていた。

 

───

 

「指揮官ですか?残念ながらここにはいませんねっ!」

 

「あぁ、そうか…すまないなエセックス…」

 

グリーブランドは基地内のレストランでおおよそ女性が摂取すべきでない量のファーストフードに囲まれるエセックスをすぐに発見する事ができた。

 

「あの一軒家にいないなら私には検討もつきませんっ!まぁエンタープライズ先輩と一緒だと思いますよっ!」

 

しかし、お目当てである指揮官はエセックスと一緒にはおらず海上騎士団は肩透かしを喰らってしまう。

曰く、指揮官をエンタープライズに取られた。

だから、こうやってやけ食いしている。

…という事らしい。

 

「なぁ、エセックス、そんなに食べて胃は大丈夫なのか?」

 

目付きを鋭くしながら自分の顔と同じくらいのピザにかぶり付くエセックスに海上騎士団の面々は若干引き気味に問いかける。

 

「ご安心を伊達にかの大戦最長の空母ではありません!私の基礎代謝を考えれば、むしろ足りない位ですよ!」

 

そう豪語するとズゾゾと音をたて、吸い込む様に特大のピザを平らげる。

その間、数秒。

 

(一枚で成人男性一日分のカロリーは摂取できそうなピザをあんな小さな口で…。)

 

その特異な光景を見て、自身の胃が痛くなった気がした。

いくら美味しそうな料理でも食い散らかすのでは目に悪い。

そんな事を知ってか知らずか空色の空母は、ユニオンのソウルフードとも言うべき大盛ミートボールスパゲッティにフォークを伸ばす。

そしてガツガツと端正な顔がトマトソースで汚れる事も厭わず口に運び始めたのだ。

口元はおろか、鼻先までソースまみれ、折角の美人が台無しである。

 

「エセックス…口っていうか顔汚れてるよ?」

 

顔下半分で赤色革命が起きている美女を見かねてか、ハンカチを差し出すのはデンバー。

白いシルクのハンカチを受け取った事でエセックスの腕は食事から解放される。

 

「ありがとうございます………ふっ…ふえええええっ…!」

 

だが、純白のハンカチを受けとると同時にエセックスは突如泣き出したのだ。

 

「エセックスッ!?」

 

「どうした!?」

 

泣きじゃくるエセックスに動揺の声を上げるグリーブランド姉妹。

 

「いっいえ…指揮官を取られなかったら、今、今、私の口を拭いてくれたのは指揮官だったのにって思ったら…私、私ーーーーーっ!」

 

そう絶叫してデンバーのハンカチをソースと涙と鼻水でグシャグシャにする。

情緒不安定なエセックス。

この空母から情報を引き出す事はできないだろう。

 

「……」

 

一番の被害者は恐らくデンバーである。

彼女は赤いソースとエセックスの体液で汚されていくシルクのハンカチを只、眺めているだけだった。

 

───

 

「随分と上機嫌だな?」

 

「今朝、貴方とエセックスを見た時から夜はこうさせようと決めていたんだ。」

 

鼻歌混じりにそう答えるのはエンタープライズ。

俺は彼女の銀髪を手に持つタオルとドライヤーで手入れしている。

部屋には彼女と俺の二人だけ。

モントピリアは今、シャワーを浴びていた。

エンタープライズのエセックスにも負けない位に長いこの銀髪はやはり一人で手入れするには難しいらしい。

浴室から出るや否や特に何か言うわけでもなく、俺に各種の道具を渡してきた。

髪の毛の手入れをして欲しいというのはその視線からすぐ解ったので、白いバスローブに身を包む彼女の後ろに回り込み、一心不乱に手を動かしているという訳だ。

エンタープライズは俺よりも背が幾分か低いのでエセックスに比べて扱い易い。

だが、今朝の空色の髪に比べるとこの銀髪は少々傷んでいた。

身だしなみよりも実用性を、私生活よりも仕事を、安寧よりも挑戦を…そんな彼女といえば彼女らしい。

そうやって冷静にエンタープライズの髪を分析する自分に若干の嫌悪感を覚えながらも、指先で銀髪の感触を楽しんでいる自分がいるのに気がついた。

最近解った事だが俺はどうやら女性の髪の毛が好きらしい。

その感触を手のひら全体で感じる事が好きなのだ。

海軍軍人ではなく理容師を目指すべきだったかもしれない。

 

「それはそうとやけに手慣れているな、指揮官?」

 

俺の思考を中断する様にエンタープライズは今朝、エセックスが言っていた事と同じ事を言う。

 

「まぁ、いろいろな」

 

返答も今朝と一字一句同じ言葉。

デジャヴ…とはちょっと違う。

だって同じなのだもの。

 

「一体何人の女性の髪の毛を手入れしてきたんだ?」

 

だが、今朝のエセックスとは違い、この娘は曖昧な返答では誤魔化す事ができなかった。

エンタープライズはその先を突いてきたのだ。

 

「何人だと思う?」

 

すかさずそう言う俺。

すると、エンタープライズの纏う空気の流れが悪い感じになっていくのが指先越しに理解できた。

だって、こう返せば彼女の機嫌が悪くなる…そう思って発した言葉だから。

沈黙する両者。

ドライヤーが風を薙ぐ音だけが室内に響く。

 

「…ふぅむ、少し考えさせてくれ」

 

しばらくしてエンタープライズが声帯を震わせた。

トーンを一段低くして。

 

「まぁまず、彼女とは経験済みだな?」

 

誰を想像しているのだろう?

銀髪の空母は見せつける様に右手の親指の第一間接を折り曲げた。

 

「彼女って…?」

 

「そしてアイツだ。」

 

エンタープライズは俺の声を無視するように人差し指を折り曲げる。

二人。

彼女が想定している人物が誰だか検討もつかない。

 

「3、4、5、6、7…」

 

そんな俺を余所にバスローブに身を包んだ空母は次々と指を折っていく。

 

「…8、9、10…指揮官、両手の指では足りなくなってしまったぞ?」

 

あっという間にエンタープライズの左右十本の指が折り曲げられた。

その関係に疑いを持つ人物が彼女の脳内には十人以上いるらしい…困った物だ。

 

「なぁ、エンタープライズ…何人ならいいんだ?」

 

投げ槍気味に言葉のニュアンスを変える。

 

「別に人数の問題じゃない…」

 

エンタープライズは少し寂しそうに呟いた。

 

「私はそんな人数など気にしてない。貴方が何人の女性にこうやってシャワーの後、髪にブラシをかけようが構わない…だが最後には私の所にいて貰う。」

 

こっちからは彼女の頭しか見えないからこの空母が今、どんな顔をしているのか解らない。

だが、ひどく濁った顔をしているのだろう。

数年会ってこなかったが、短い付き合いではない。

こんな声のトーンの彼女の顔はすぐに想像がつく。

 

───戦争が終わったら何がしたい?――私?多分貴方についていくだろうな。戦場以外なら貴方の側が一番安心する。私を連れていって貰えるか?

 

アズールレーンにいた時、幾度となく聞いたセリフ。

今思えば遠回しの告白だったのだろうが、このセリフを言う時の彼女はいつもどこか濁っていた。

その相貌も、顔全体の表情も。

それは今、この時も変わらず同じである筈だ。

だけれども、俺とこの空母を隔てた数年間の空白は彼女の思考を変えてしまった。

連れていって貰えるか?から、いて貰うに変わってしまった。

懇願から命令に変わっていた。

 

「指揮官?覚悟はできてるな?」

 

そう言って振り反る銀髪の空母。

俺は何も答えない。

その顔はやっぱり濁っていた。

 

「何人いても気にしないんだな?エンタープライズ?」

 

だが、そんな剣呑な空気に割り込むようにどこか中性的な声が俺の鼓膜を刺激する。

 

「なら、ぼくの髪も手入れして欲しい。」

 

視線を移す。

なんてことはない、立っていたのは風呂上がりで髪をペンションと垂れさせたモントピリアだ。

 

「モントピリア、キミは一人で手入れできる髪の長さだ。」

 

エンタープライズも視線をその軽巡の方に向けて反応する。

 

「うん?確かにそうだが、ぼくはいつも姉妹に髪の面倒を見て貰ってる。じゃないと髪が痛むといって姉貴が心配するんだ。だから指揮官にやって欲しい。エンタープライズだってもう殆ど乾いて終わってるから指揮官を借りてもいいだろう?」

 

「なら私がやってやろうか?」

 

「断る。お前はぼく以上に女子力が無い。」

 

銀の空母と白の軽巡。

両者とも表面上の声は平静を保っているが、お互いに名状し難い迫力を纏っている。

 

「何人いても気にしないと言ったのは嘘なのか、エンタープライズ?」

 

「…好きにしろ、私はもう寝る。お休みだ指揮官。」

 

その内、エンタープライズの方が根負けしたのか、一言だけそう言うと、モントピリアに誇示する様に俺の頬に軽い口づけをし、一人、ベットに突っ伏してしまった。

 

「頼むぞ指揮官。」

 

「あっあぁ…」

 

俺は頬にエンタープライズの生温い唾液を感じたまま、モントピリアの髪へと取りかかった。

 

───

 

「甘かった…っ!」

 

体全体に莫大な熱量を感じながら重桜の戦艦、三笠はそう毒づく。

重桜への帰路の道中…だが、その眼に映るのは引きちぎられた己の身体と、それを舐める様に這う炎だった。

彼女は今、砲撃を受け沈むか沈まないか、そんな瀬戸際の所に居る。

恐らくあと数分間何もしなければ彼女の体は海に没する事になるだろう。

 

(我の体が吹き飛ぶのはこれで二度目であるな…)

 

自嘲気味にそんな事を考える。

護衛の戦艦、比叡の姿は近くに見えない。

なんとか無事でいて欲しい。

今の彼女の体ではそう願うのがやっとだった。

 

(それにしても…敵は誰だ?)

 

老艦は死の淵だというのにやけに冷静に現在の状況を思考できた。

ロイヤルとの交渉も、その往復路もお互いに何もしないという約束だったし、移動の経路も中立地帯を選んでいた。

 

(ロイヤルが約束を違えたか…?ユニオンに情報が漏れていたか…?はたまた重桜の派閥争いか…?)

 

様々な考えが彼女の脳を巡る。

だが、もうどうでもいい事だ。

三笠はゆっくりと目を瞑る。

 

(アイツを引き渡した責任はこれで取れたかな?)

 

三笠が意識を失う寸前、最期に思い浮かべたのは彼女が唯一心を許した異性の顔。

 

そして、海が彼女の体を迎え入れた。

 

 

 

 

 

 

勿論、三笠の体を引き揚げ様と近づいているKANSENがいる事など瀕死の彼女に知る術は無い、




お久しぶりです。
なんかいつかやろうと考えてたら数ヶ月経ってました、すみません。
またダラダラ続けていこうと思います。
ただ、次は別名義で投稿してるオリジナルジャンルの方を先に更新しようと思うのでこっちはまたしばらく時間空くと思います。
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