重桜指揮官、アズールレーンの捕虜生活   作:まったりばーん

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カウボーイハットの逆襲

「何だこれは…!」

 

三人にエスコートされた俺はダイニングテーブルの上で無造作に広げられた新聞を見て絶句する。

 

「ああ、今朝の朝刊だ読むか?」

 

キョトンと首を傾げる三姉妹の次女。

解ってやっているのか?

そうだとしたら性格が悪い。

 

「読むも何もないだろう…!」

 

机上の白黒の紙束は俺の視線を掴んで離さない。

自然と動悸が激しくなるのが解った。

 

─重桜の指揮官、レッドアクシズに反発!ユニオンに亡命!アズールレーンに合流か!?─

 

新聞の見出し一面には今朝のトップニュースとしてそんな一文がデカデカと書かれていたのだ。

それに続き、亡命したとされる指揮官の顔写真も掲載されている。

それはアズールレーン時代の俺の写真だった。

懐かしさと同時に込み上げる苛立ち。

斜め読みした限り、レッドアクシズのやり方に疑問を感じた俺が、アズールレーン時代の伝を頼って飛行機事故に見せかけユニオンに亡命したという内容になっていた。

記事ではその話を中心に、俺の経歴だったり、有識者達が俺がアズールレーンのメンバーとして復帰する可能性があるかどうかの議論など…。

ともかく記事全体としては自分の意思で亡命したという事が強調されていた。

そのおかげか知らないが、概ね俺に同情的な論調だ。

 

(これでは…これではまるで…俺が進んで祖国を裏切ったみたいではないか!!)

 

俺はエンタープライズを睨み付ける。

 

「どういうつもりだ!エンタープライズ!」

 

罵声になりかけの声で喉を震わせた。

しかし、彼女は悪びれる様子もなく逆にこちらを真っ直ぐに見つめ返してくる。

そして端正な口を動かすのだ。

 

「どういうつもり?ふむ…少しでも貴方の待遇を良い物にしようと頭を捻ったんだ。只の捕虜として確保したのではこんな家には住めないし、何より私が自由に貴方と会えないからな」

 

「それだけの理由で!俺を売国奴みたいな風にっ!」

 

「理由はそれだけではないわよ、指揮官様なら解るでしょ…?」

 

横から飛び出したヨークタウンの声。

確かに理由はエンタープライズが今言った事だけでないのは容易に想像できた。

これはプロパガンダ的な意味合いもあるのだろう。

自分で言うのもアレだが俺は重桜ではそれなりの階級にいる。

そんな人間が重桜に疑問を抱きユニオンに亡命したと報道すれば、自国民はやはり自分達の陣営が正義なのだと思う事ができるし、重桜にしてみれば指揮官が仲間をほっぽり出して逃げ出したと艦船の士気は下がるだろう。

だから俺を殺すのではなく、あえて生きたまま捕まえたのだ。

今の報道では重桜側も本当かどうかは半信半疑、だが二三日後に俺がユニオンの艦船と一緒に映った写真なんかを発表すれば重桜は事実だと受け止めるに違いない。

おそらく新聞以外でもラジオやテレビなんかで盛んに宣伝される筈だ。

正義のユニオンの元に母国の不義理を感じた重桜の士官が亡命したと。

俺は重桜では犯罪者扱いされ、もう二度と帰れない。

もし生きたまま故国の土を踏もうものなら軍規に則って絞首刑だ。

この紙切れ一枚でエンタープライズは自陣営の戦意を高め、重桜の士気を揺さぶり、俺の逃げ道を絶ったのだ。

これを開戦直後から考えていた?

俺の背筋に何か冷たい物が走る。

 

「ごめんねぇ、指揮官。でもこれが一番なんだ。こうしたら指揮官も重桜の事、嫌でも忘れなきゃならなくなるしね。」

 

激昂する俺とは真反対に微笑みかけるホーネット。

 

「それにねぇ、指揮官。私達も単純に好意だけを寄せてるって訳でも無いんだ。指揮官のおかげで少なくない犠牲もでてるもん。その事を考えると私は結構複雑な気分なの、だって最も信頼してる人が私の戦友を攻撃してるんだから…だから、これ位は我慢して、ね?」

 

「そんな事を言ったら俺の方だって何人もの仲間がっ…!」

 

彼女の不遜な物言いに俺は堪えきれずに怒鳴り返す。

直ぐに負傷した赤城の事が思い出された。

だが、ホーネットは表情一つ変えずに言葉を紡ぐ。

 

「うん、それも知ってる。戦争ってそういう物でしょ?殺し殺され、恨んで恨まれる。それじゃあいつまでもたっても終わらないじゃん。だからこれまでの事はお互い忘れて私達を受け入れて?」

 

ホーネットの提案。

何ともリアリストの多いユニオンらしい考え方だ。

これが戦中でなかったらとても耳障りの良い言葉に聞こえただろう。

それでも、ほんの数日前まで文字通りの殺し合いをしていた俺にとってその提案は理想論が過ぎる。

この複雑な感情割り切れない。

眼光に宿る敵意が強くなった。

それを感じとったのか再びエンタープライズが口を広げた。

 

「では指揮官、少し意地悪な質問をするが、このまま戦って重桜はユニオンに勝てたか?」

 

「それは…」

 

「頭の良い貴方なら解っていると思う。もう我々ユニオンの勝利は時間の問題だ。」

 

ハンマーで勢い良くガツンと頭を叩かれた、そんな気分。

頭では解ってはいるが理解したくない事実。

このままでは重桜は負ける。

それは少し前から俺自身、理解していた。

重桜は確かに強力な陣営だ。

単純な力で考えても恐らく上から数えた方が早い。

だが、ユニオンの力は重桜のそれよりも遥かに強大。

上から数えて一番最初にくる陣営。

それがユニオンなのだ。

だがどんな時代にも下剋上はある。

弱者は弱者なりに戦略を練って強者と対等に戦える。

…序盤は俺もそう思い重桜の勝利を信じていた。

だが、ユニオンはそんな重桜の努力を正面から叩き割る戦い方をする。

我々がいかに努力して1の兵力を3にしても、ユニオンはそれに10をぶつける。

最初こそは各地で勝利していた我々も、今では勝利という言葉を聞かなくなって久しい。

だから薄々、悟っていた。

このままでは負けてしまうと。

その事を指摘されてしまえば俺はもう何も言う事ができない。

 

「まだ解らない!重桜にはミズホの奇跡が!」

 

何とか喉から捻り出した言葉。

ミズホの奇跡。

重桜の人々がよく口にする信仰の対象。

自分でも酷く情けないとは解っている。

だが最早神頼みしか口にできない。

 

「はぁ…指揮官。頭の良い貴方がそんな無教養な人間の振りなどしている所は見たくない。では何度その奇跡が起きれば我々に勝てる?一回という事はない筈だ。二回?三回?それとも十回?そんなに奇跡が起きたらそれはもう奇跡でないだろう?奇跡は滅多に起きないから奇跡なんだし、そんな奇跡が一二回起きた所で戦局は好転しない。もうその段階に入っているのは貴方が一番理解してる。違うか?」

 

罵倒するでもなく、なじるでもなく、淡々とした口調でそう言う彼女。

その物言いが俺の戦意を的確に削り取る。

今度こそ俺は何も言えなかった。

 

「だからこそ指揮官。勝ち馬に乗る。そのつもりで私達に身を委ねてはくれないだろうか?指揮官が首を縦に振ってくれるのなら戦後の処遇は悪い様にはしない。勿論、貴方だけでなく重桜のKANSEN達の処遇も保証しよう。アカギやカガ、ナガトの事、心配だろう?」

 

何も言えない俺に口調を変えてそう優しく語りかける。

さっきまでのが鞭だとしたら今は飴。

言葉の強弱を使い分け俺を精神的に追い詰めるエンタープライズに俺の思考は圧倒された。

赤城、彼女は重桜が負けてしまったらどうなるのだろう。

只でさえ今、動けないのに。

 

「本当に?」

 

俺の思考は危ない領域に足を突っ込みかけていた。

 

「ああ約束しよう。ひけらかすつもりはないが私はユニオンで結構な地位まで登り詰めた。私に文句を言える人間はもう片手で数える程しかいない。だから私達を受け入れると、そう言ってくれ、本心でなくても構わない。私を安心させてはくれないか?」

 

「…」

 

俺の脳裏に浮かぶのは赤城を含めた重桜の艦船。

もし俺がエンタープライズの言う事を聞けば…。

心の中で彼女達の為という言い訳をする。

保身の為ではない。

皆の為に頷くんだ。

 

「…解った。エンタープライズ達を受け入れる。」

 

そう言う俺の声は多分、雪山の中みたいに震えていた

 

───

 

ヨークタウン三姉妹は一応、俺が従順な態度になった事で満足したらしくそれ以上何か追及してくる事はなかった。

その後、ホーネットも手伝ったというヨークタウンの手料理で昼食を始める。

彼女の手料理は一般的なユニオンの家庭料理。

アズールレーン時代にはよく色々な陣営の艦船から手料理をご馳走になっていたがこうやって重桜以外の料理を食べるのは久し振りの事だった。

 

「ふふっ指揮官様、お味の方はどうですか?」

 

「あぁ、美味しいよ」

 

さっきまでの事がなかったみたいなヨークタウンの笑顔。

俺は一言そう返す。

恐らく敵意や反抗心を見せなければ先程の様な険悪な雰囲気にはならない。

だから彼女達の機嫌を損ねない様、努める必要がある。

といっても、そんな打算を抜きにしても、ヨークタウンの作る手料理は美味しいのだ。

昔から

 

…口に拡がる懐かしい味に悔しさが込み上げてくる。

 

俺はこれからどうなってしまうんだろうか?

 

「指揮官様。不安に思われなくても大丈夫。我々が指揮官様の事はしっかりと面倒見させて頂きます。それに、今日は私達三人しかいないけれど、明日にでもなればユニオンの皆が貴方に会いに来ます…ハムマンちゃんも楽しみにしていました。」

 

 

聖母の様に微笑む彼女の声から出た懐かしい名前。

そうか、勢いで忘れていたが明日からはこの三人以外も当然、俺に会いに来る。

空母、戦艦、巡洋艦、駆逐艦。

様々な艦船の顔が次々と頭に浮上すると同時に何とも言えない気持ちになる。

どういう顔で会えばいい?

今、目の前にいる三姉妹だけでも俺のメンタルは精一杯。

中には俺の指示した攻撃で負傷した艦船もいるだろうし、彼女達だから今こうしてもてなされているが、俺を恨んでる娘もいる筈だ。

それに、アズールレーンを去る時、挨拶らしい挨拶もしなかった。

エンタープライズはその事に何とも思っていない様な口振りだったが、それに怒っている奴だっているかもしれない。

俺だって仲の良い友人が一言もなしに去って行ったらなんだか裏切られたと思ってしまう。

例えどうしようもない理由が背後にあったとしても。

 

「指揮官~。全然、食が進んでないじゃん。もっとじゃんじゃか食べなって!」

 

「んぐぅ…」

 

口を半開きにして後ろ向きに物を考えていると、ホーネットが陽気な声でその隙間になにやら食べ物を突っ込んできた。

何かシチューの様なクリームスープ。

ユニオンの濃い味付けなので何のスープなのか良く解らない。

そのまま、柔らかく煮込まれた具材を歯と舌で解すと、鼻に感じる心地良い風味。

これは…

 

「魚と貝…」

 

俺はその正体を言い当てた。

 

「正解!重桜の人ってシーフードばかり食べるじゃない?だからシーフードのクリームスープ作ってみたの。これはヨークタウン姉じゃなくて私の担当だったんだ。美味しい?」

 

「あぁ、美味しいがユニオンでも魚介類食べるんだな…」

 

「そりゃ、海があれば漁はするでしょ?こう見えても私、漁業が盛んな場所で造られたんだ。はい、もっと食べて」

 

得意気にスープの入った皿を渡すホーネット。

俺はそれを受けとるとスプーンでもって口に運ぶ。

多少濃いとは思うがとても良い味付けだ。

カキやアサリ、白身魚の旨味が溶け込んで舌を飽きさせないテイストになっている。

 

「これ本当にホーネットが作ったのか?」

 

「失礼ね、私だって料理位するわ」

 

俺の記憶の中の彼女は料理とは無縁の女性だった。

まぁトースト位なら焼くだろうが、包丁を持ってる姿など見た事ない。

 

「ホーネットは今日の為に料理の練習に時間を費やしてたんだ。なぁ、ホーネット?」

 

「エンプラ姉!そう言う事は言わないでよ!」

 

「成る程、そういう事か…」

 

「指揮官も納得しないで!」

 

「いや、俺の為に練習してくれているのなら、その、ありがとう」

 

「指揮官…」

 

俺にありがとうと言われてホーネットはちょっと嬉しそうな顔になる。

まぁ、シチュエーションがどうあれ自分の為に料理を練習してくれるのは嬉しい。

できれば数年前に味わいたかった。

 

「あらあら、良かったわねホーネット。この娘ったら指揮官様の口にあうかずっと心配してたんですよ」

 

「ヨークタウン姉までぇ…」

 

「そうなのか?なら美味しいぞ、本当に」

 

「うぅ…」

 

「あぁ、私から見てもホーネットは大分料理の腕が上達したと思う」

 

「あはは…エンプラ姉の舌は参考にならないかも…」

 

「なに?」

 

「だって味気にしないし、料理もあんまりしないじゃん」

 

「まぁ、戦場じゃあ味など気にする必要ないからな。料理もヴェスタルがやってくれる」

 

「エンプラ姉も少し料理とかすれば?昔は練習してたじゃない?」

 

「…そんな事をしている暇があったら訓練に集中した方がいい」

 

「相変わらずだな」

 

「…貴方にそれを言われるとは思わなかった」

 

「どういう意味だ?…あれ?」

 

三人と言葉を交えながらホーネットの作ったスープを食べていると、ふと、歯に硬い感触を感じた。

 

「あれ、どうしたの?」

 

「いや、何か硬いのを噛んでな…なんだ?貝の殻かな?」

 

「ホーネット、ちゃんとオイスターの殻には気をつける様に言ったでしょう?」

 

「えぇっ?ちゃんと気をつけたんだけどなぁ…」

 

「いや、大丈夫だ。俺もアサリ何かの砂は良く抜き忘れる」

 

少し塩らしくなるホーネットにフォローを入れつつ、舌を使って口内の異物を口から出す。

 

(何だ…これ?貝殻じゃないぞ、金属?)

 

…カラン

 

「あっ…」

 

殆ど底の見えているスープ皿にその異物を吐き出した。

その正体を見て俺は一瞬、言葉を失う。

 

「指揮官、何が入ってたの?」

 

ホーネットの問いかけにも脳が反応できない。

 

(まさか…これは…!)

 

すかさず視線を自分の左手の薬指へと落とす。

 

 

 

そこには今、俺が吐き出した物と同じデザインのリングが装着されていた。

 

 

 

「「「ねぇ、指揮官(様)、何が入ってた(の)?」」」

 

 

 

そう、問いかける三人はいたずらの成功した子供みたいに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 


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