重桜指揮官、アズールレーンの捕虜生活 作:まったりばーん
ごめんなさい
「…指輪が入っているな指揮官。珍しい事もあるものだ。」
「綺麗なリングですね」
三人は白濁のスープの中で光る銀髪の指輪に気づくとすぐさま反応した。
意識が遠くなる様な感覚に陥るが、何故だか二人の声はハッキリと聞こえる。
解らない。
どうしてコレがここにある。
おかしい、だってこれは彼女に送った指輪だ。
特注で作った。
俺のと同じデザイン。
間違いない。
なら、なんで…俺が送った指輪が…いや、それよりも
「彼女は今どこに…?」
「ねぇ、指揮官?彼女って誰?」
つい、思考していた事が口から漏れていた。
金色の三女は口から漏れたソレを聞き逃す様な事はしなかった。
「それにしても不思議な事もあるんだね。まさかスープに指輪が入ってるなんて…誰かが海に落としてそれを魚が食べたのかなぁ?それで、その魚を市場でヨークタウン姉が買って、私の作ったクリームスープに混入しちゃった?ちょっとロマンチックかも?」
絶対にあり得ないと言い切れる現象を語り始めるホーネット。
あったとしたら天文学的な確率だ。
「ホーネット、ふざけているのか?」
「ふざけている訳ないじゃん。」
「答えてくれ、ホーネット、彼女は無事なのか?」
「だから彼女ってなに?代名詞?」
話をはぐらかす金髪三女。
顔や言葉、その所作に敵意が見てとれないのが癪に触る。
「エンタープライズッ!どうなんだ!?」
ホーネットでは話にならない。
そう感じてエンタープライズに声を荒げた。
「すまない、何を言ってるのか解らないな?どうしたそんなに声を大きくして?少し落ち着いた方が良い。」
だが今回の黒幕にしか思えない銀髪の次女もどこ吹く風。
俺にハッキリと物を答えようとはしない。
まさか、本当に何も知らない訳ではあるまい。
それは三人から注がれる意味深な視線からも良く解る。
「指揮官様の言う彼女がどなたの事なのかは存じませんが、私達が知っていたとしても答えられない事はあるんですよ。軍規に抵触しますから。」
ゆっくりと意味ありげな事を呟いたヨークタウン。
先程、移動中にも聞いた様なフレーズだった。
軍規に抵触する?
「姉さん、何もヒントを与える様な…」
「あら、いいじゃないエンタープライズ。いじめ過ぎたら私、指揮官様に嫌われちゃうわ」
流石のエンタープライズも姉には敵わない。
ヨークタウンの一言でエンタープライズは途端にばつの悪い顔になった。
「ともあれ指揮官様。先程、エンタープライズが言った事を守って下されば悪いようにはなりませんよ?指揮官様の言う所の彼女がどなたなのかは存じませんが、エンタープライズの言うとおり変な扱いはしません。指揮官も、KANSENも…只、指揮官様が私達、ユニオンの皆をまた裏切ったら…私は大変な事になってしまいそう」
「もう…姉さん」
何となく話の内容が掴めてきた。
こいつらは間違いなく彼女の事を知っている。
どこにいるかも、どんな状態かも、俺とどういう関係なのかも。
指輪をスープの中に突っ込んだのは警告。
自分達の事を受けいなければ彼女の安全は確保できない。
「表面上、従順になったのでは駄目。心から私達を受け入れて?」
そういう事に違いない。
だから俺が本当に心から、彼女達を進んで受け入れなければならない位の状況に追い込もうとしている。
俺だってアイツの事を持ち出されれば、プライドも何もなくなってしまう。
アイツとはそういう関係だ。
その為にさっきエンタープライズは戦後の処遇なんて話を持ち出してきたんだ。
アイツの処遇も俺次第で悪いようにはしない。
だが、逆を言えば煮るのも焼くのも俺の選択次第だ。
「指揮官様、理解して頂けましたか?」
ヨークタウンは俺の心を覗き込むように念押しする。
首は縦に動かすか他、選択肢はなかった。
「ふふ、解ってくれた様で何よりです。所で指揮官様?」
満足そうに目を細めるヨークタウン。
彼女はそう言って身を乗り出し、隣に座る俺のすぐそばまで上半身を近づけた。
そして、俺の耳元に綺麗な顔を持ってくると、また優しい口調で語り始め、俺の鼓膜を刺激する。
「この指輪がどうしてスープの中に入っていたかは解りません。ですが、もしホーネットの言う様に私の買ったお魚さんの体の中にこの綺麗な指輪が入ってたとしたら、誰の物になるでしょうか?」
ヨークタウンが喋る度、彼女の吐息を耳に感じる。
この体勢では身動ぎ一つできない。
いつもの彼女とは違う圧。
まるでこのクリームスープみたいにねちっこい。
「私、KANSENなのですけど将来の夢があるんです。」
唐突に左手の薬指をピンッと伸ばすヨークタウン。
そして、そのまま細く白い薬指をクリームスープに突っ込み、スープ皿の底を円をなぞる様に掻き混ぜ始めた。
何度か皿底に円を描いた後、薬指で指輪を引っ掻け救い上げる。
俺の目元まで引っ張りあげられた銀のリングから滴り落ちる白いスープ。
「買ったお魚の中に入っていたのですから?お金を出した私の物って事にはなりませんか?」
そのまま指輪を見せつける様に薬指に嵌め込む彼女。
「指揮官様、お揃いですね?」
バージンロードのウェディングドレスを連想させる彼女の白く長い髪。
「私の将来の夢はですね───」
その時、チャイムの音がなり響いた。
───
「あら?誰かお客さんかしら?」
言葉を遮りられたヨークタウンは玄関の方に視線を写す。
急な来客に驚いている様で、さっきまでのネトリとした圧は成りを潜めていた。
「そんな予定はない筈だが?ホーネット、知ってるか?」
エンタープライズも驚いている様子。
来客の予定は無い様だ。
「えー、エンプラ姉が知らないなら、知る訳ないじゃん。というか今日ここに私達と指揮官が居るのを知ってる人なんていなくない?」
「むぅ、それもそうだな」
「いいわ、私が見てくるから」
ヨークタウンはそう言うと、密着させていた体を離し玄関の方へと向かっていく。
薬指には指輪を嵌めたままだ。
「誰だと思う?」
ヨークタウンがいなくなった事で心に余裕の生まれた俺は二人に問いかけた。
知り合いだったら嫌だ。
「うーん誰だろう。少なくとも私の知り合いではないと思うよ。だってノーザンプトンにも今日の事は秘密だもん。」
「私もだ。ヴェスタルにだって言ってない。ここに滞在している事も貴方の事もな…まぁ、それも誰に用があるのかにもよると思うぞ。私か、姉さんか、ホーネットか…貴方か」
そう言って俺の顔を一瞥するエンタープライズ。
その他意ある視線に俺は不安を覚えた。
「ここに居るのは解っているんです!通して下さい!」
「ちょ、ちょっと待って」
そうこうしている内に玄関口の方からヨークタウンと誰かが言い争っている声が聴こえてくる。
口調は相手が高圧的な感じで、気の弱いヨークタウンが押され気味の様だ。
少なくとも穏やかな雰囲気ではなかった。
(この声…どこかで?)
訪問者の声は聞き覚えのある物。
間違いなく知り合いだ。
俺は頭の中で思い出そうとするが、いかんせん数年振りのユニオンである。
すぐにこれと言った人物が思い出せなかった。
「こちらも時間がありませんっ!ヨークタウン先輩、失礼します!」
「あぁっ!」
俺が声の持ち主を思い出すより速く、訪問者はヨークタウンの制止を振り切って、ズカズカとダイニングの方へと迫る。
廊下に響く足音が段々大きくなってきた。
そして、ダイニングの扉が開かれ、その正体があらわになる。
「ここにいましたか!エンタープライズ先輩っ…えっ指揮官っ!!」
そう言って入ってきたのはエセックス級航空母艦のネームシップエセックス。
空色の髪の毛に琥珀色の瞳を持つユニオン最新鋭の艦船だった。
彼女は俺がここに居る事を知らなかったらしい。
エンタープライズに向かいあって座る俺に一瞬、驚愕の視線を寄越す。
だが、用があるのはその口振りからも解る通りエンタープライズであったらしい。
直ぐに琥珀色の瞳を銀髪の彼女に向け直した。
「エンタープライズ先輩、ホーネット先輩、戦線に戻って下さい。重桜の艦隊の動きが活発になりました。貴方達三姉妹が離れると直ぐにこれです。至急お願いします。」
そう言って敬礼するエセックス。
しかし、エンタープライズは敬礼も返さずいかにも面倒だという感じで口を開いた。
「あそこには優秀な後輩に任せたから大丈夫だと思ったんだがな?」
「優秀って…私はともかくバンカーヒルはまだ経験が足りません。」
バンカーヒル、俺の知らない艦船の名前が登場した。
俺がアズールレーンを去ってからできたユニオンの新しい艦船だろう。
「ならエセックス、キミが行けばいいだろ?見ての通り今良い所なんだ。駄目か?」
「私はユニオン本土防衛の任があります。それに指令部はヨークタウン級の先輩方をご指名です。」
「えーちゃんとお休みもらってドレスにまで着替えたのにぃ、それに指揮官だっているんだよ?」
口を尖らせて文句を言うホーネット。
彼女が俺を話題に出した事で再びエセックスの目が俺を捕らえた。
「あぁ、指揮官。話には聞いていましたが本当にユニオンに亡命していたんですね。」
「世話になるな…」
本当は違うと否定したかった。
ただ、アイツがエンタープライズ達に人質に囚われている。
その事実が俺があたかも本当に亡命した人間かの様に振るまわせた。
「指揮官、本当に貴方には失望しました」
「え?」
しかし、エセックスからの返答は俺の予想していなかった反応だった。
「私達の前から何の挨拶もなしに突然消えたと思ったら、何の相談も無しに戦争状態に突入して、敵として暴れまわるだけ暴れまわった後、いざ負けそうになると心優しいエンタープライズ先輩に泣き頼みしてユニオンに亡命…仲間を置いて自分だけ助かろうだなんて…ほっんとうに最低です!それでも軍人ですかっ!?」
浴びせかけられる罵詈雑言。
そうだ、この三人の病的なまでの好意を前に忘れていた。
昨日まで敵として戦っていたんだ。
当然、この様な反応をする艦船だっていておかしくない。
それに彼女は俺の背後にある暗躍も知らないのだろう。
「おいっ!エセックス!何もそこまで」
エセックスの物言いにエンタープライズが異を唱える。
「エンタープライズ先輩はこのクズに優し過ぎです!なんですかこの待遇は?いくら昔馴染みの人間だからってコイツは今、重桜の指揮官で敵です!士官待遇はすべきでしょうが、こんな一軒家なんて宛がう必要はありません!先輩は私情を挟み過ぎる!ヴェスタルさんも心配してましたよ!」
「なっ!ヴェスタルまでっ!」
おそらく姉妹以外で一番、信頼している艦船の名前が飛び出し狼狽するエンタープライズ。
そりゃそうだ。
常識的に考えれば当たり前だ。
仮に俺がエンタープライズを捕虜にとったとしてもこんな待遇は絶対にしない。
いくら、昔は仲が良かったとしてもだ。
昨日まで敵だったのにこの待遇。
それが余計に異質な物に見え、罵詈雑言へと繋がったのだろう。
「とりあえず!お二人には前線に戻って頂きます!最重要命令ですっ!ヨークタウン先輩には先にお車に乗ってもらいました!あと、そんなにこのクズと事を楽しみたいなら、ささっと重桜の連中を片付けて来て下さい!以上っ!デューイ、お二人をお連れして!」
エセックスはそれだけ怒鳴ると彼女の後ろから、ひょっこりと背の小さな駆逐艦が現れた。
長身のエセックスの影に隠れて見えなかった。
可愛らしい駆逐艦はエセックスと同じ髪と目の色をしている。
俺の知らない娘だ。
「ファラガット級駆逐艦。デューイです。貴方がアズールレーンを離れた後に造られました。以後、お見知りおきを」
「…どうも」
「デューイッ!そのゴミに自己紹介する必要なんてない!ほら、エスコートしてっ!」
「…ゴミなんですか?」
幼い純粋な目でそう首を傾げられ、少し悲しい気持ちになる。
「まぁ、否定はできない」
「おいおい、エセックス、キミは私達の事をエスコートしてくれないのか?」
「最初はそのつもりでしたが、まさかこの家にコイツが居るとは思わなかったので、一人にするのはマズイでしょう?」
「…それもそうだな、ではすまない指揮官。行ってくる。」
「ゴメンね、指揮官。すぐ戻るから」
そう言ってデューイに先導される金銀空母。
あっという間に二人は家から出ていってしまい、迎いの車に乗った様だ。
二人の姿が見えなくなって直ぐに自動車のエンジン音が聴こえ、遠ざかった。
ダイニングには俺とエセックスの二人が残される。
「…」
「…」
しかし、両者、何も口にしない。
さっきとはまた違った居心地の悪さ。
何だろう。ヨークタウンよりはマシだが、改めて現実が嫌になる空気だ。
「…!」
そんな中、唐突にエセックスがちょっと前までヨークタウンの座っていた席…俺の隣に腰を降ろした。
そして顔をクルっとこちらに向け視線を真っ直ぐに合わせてくる。
なんだか圧が凄い。
また怒鳴られるのだろうか?
「しっ、指揮官…」
俺を見つめたまま、何故か小さく、喉を震わせたエセックス。
虫の音の様な小さな音量だ。
そのまま彼女は俺の相貌に視線を合わせて離さない。
そして、彼女は何か意を決した様な顔付きになったかと思うと、次の瞬間…!
「指揮官、大好きですっ!」
さっきの罵詈雑言とは比べ物にならない大きな声でそう言った。
「先程はあんな事を言ってごめんなさい、皆の前ではその…素直になれなくて…でも二人きりの今なら言えます。指揮官、ずっと前から大好きでした!今回の戦争も勝って指揮官を迎えに行くっ!そんな気持ちで戦ってます!だからっ…エセックスは貴方を歓迎します!」
そしてそのまま、彼女の長い長い両腕で力一杯抱き締められた。
……あれ?
13-4まで開通しましたがバンカーヒルもデューイも私の所にはいません