重桜指揮官、アズールレーンの捕虜生活 作:まったりばーん
「んーーっ!!」
「…」
エセックス級。
それは長女のエセックスに限らず背が高い。
同じユニオンのヨークタウン級や重桜の翔鶴型よりもずっと大きい。
大量の艦載機を詰め込む事を前提に造られているからなのかは解らないが、エセックスも妹のシャングリラもエンタープライズや俺を凌ぐ体躯の持ち主だった。
背も高ければ腕脚も長い。
そんな彼女にギッチリと抱き締められている状況。
まるで子犬の頃から面倒を見ていた大型犬が、成長して大きくなったのに自分の体格を自覚せずにじゃれついきている感じ…。
とにかく息苦しい。
それでもって、エセックスは感極まった様にその顔を俺の方へとグリグリ押し付けてくるものだから、彼女の濃い体臭に頭がクラクラしてしまう。
何でユニオンの艦船はどいつもこいつも体臭が濃いんだろう。
「なっなぁ、エセックス、ちょっと離れてくれないか?」
「嫌です!もう二度と指揮官から離れませんっ!」
やっとの思いで息を吸い込み、彼女にそう注文するも駄々をこねる子供の様に拒否された。
本当にデカイ子供みたいだ。
いや、犬か?
俺の知っているエセックスはもっとこう、どこか抜けているが真面目で聞き分けの良い優等生みたいな娘だった。
たまに口開けてる時あったけど。
それともこれが本当の彼女なのか?
「なぁ、エセックスは俺の事が好きなんだろう?」
「はい、大好きです!」
「なら、離さなくていいから少し緩めてくれないか?これじゃあ話す事もできない」
押して駄目なら引いてみろ。
俺は要求を離せから緩めろに変更する。
「…それもそうですね、確かに指揮官とお話できないのは嫌です。」
すると意外にも素直に言うことを聞き、彼女はその腕に入れる力を弱くした。
それと同時に圧迫から解放された肺に、エセックスの乳製品みたいな体臭が空気と一緒に送り込まれる。
身体が彼女の臭いで一杯になった。
「何はともあれ、お帰りなさい指揮官。」
俺の体に長い手を回したままエセックスはそう言った。
そして、じっとその琥珀色の瞳で俺の目を凝視する。
赤みがかった彼女の顔は興奮を抑えられない子供の様で、思わず頭を撫でてやりたくなるが、抱きつかれているこの体制では無理な話だ。
「なぁ、その事についてなんだがエセックス、俺の事はどんな風に周知されてるんだ?」
彼女の様子から暗躍するヨークタウン三姉妹とは無関係だと確信した俺は、情報を得ようと試みる。
エセックスもエセックスでちょっと危なそうな所はあるが、そこに狂気は感じない。
まだ話は通じる方だろう。
「そうですね、元アズールレーンの親ユニオンの重桜指揮官がエンタープライズ先輩の助力で亡命したって感じですね、あっ…、ちょうどそこの新聞に書かれている様な報道です、ご覧になりましたか?」
「まぁ、斜め読みだが…」
机の上の新聞を指差しそう答える彼女。
俺の期待通り何とか話は通じそうだ。
「それにしても良く決断してくれましたね!私は信じていました指揮官は私達の所へ帰って来るって!」
「あははっ…」
エセックスの言動に苦笑いで誤魔化す。
彼女の中ではすっかり俺が重桜を裏切って逃げてきたという話が完成してしまっているらしい。
潤みかけてる瞳でそう言われてしまうと俺としても否定できない。
本当の事を言うべきだろうか?
「なぁ、ユニオンの他の連中はどんな意見なんだ?」
ひとまず真実を伝えるかどうかは先延ばしにし、もう少しエセックスから情報を得ようと考え質問を続けた。
「んーっ、指揮官を知っているKANSEN達は殆ど肯定的ですよ?只、指揮官を知らない人間や知っていてもさっきの私みたいに亡命に否定的な人も少なくありません。まぁ全体としては消極的肯定ですね。境遇には同情するけど、今まで散々戦った後に亡命するのは都合が良すぎるのではないかという論調です。」
「例えば誰?」
「お知り合いですとノースカロライナ、セントルイス…」
「あーっ、世論としてはともかく、エセックスは俺の事を歓迎してくれるんだよな?」
彼女の口から意外な名前が出てきた。
気が遠くなる様な感じがしたのでやめてもらう。
あの慈愛の塊みたいな二人にさっきのエセックスみたいな事を言われたら、空母三姉妹の空間よりもある意味キツイ。
「はいっ!勿論です!指揮官がもしユニオンの市民権をご所望でしたら入籍の用意もあります!」
「じゃあ、さっきは何であんな態度だったんだ?」
最後らへんのぶっ飛んだ意見はスルーしつつ彼女の態度の急変を探る事にした。
記憶している限り、彼女は裏表の無い素直な性格。
あんなに態度が豹変したのは驚きだ。
「その事については…本当にごめんなさい。その…私自身、ユニオン最新空母として、戦争の資金集めの公演会みたいな事を良くやるんです。戦時国債の…そこでは重桜を倒す!というキャラクターを徹底的に意識しなくてはならなくて、常日頃から重桜を許さない空母のイメージを周りに披露する必要があるんです…だから、皆の前では例え、大好きな指揮官でもイメージを崩さない様にあんな風にする必要が…でも指揮官の事はず~っと前から大好きです…」
エセックスは少し顔を俯けた。
唇が下に向けられた事でエセックスの吐息が首筋をくすぐる。
二人きりになって初めて彼女の視線が途切れた。
(成る程、そういう事か…)
彼女の返答に俺は納得した。
重桜でもある事だが、戦争の為に必要な資金獲得の為に艦船を利用する事がある。
見た目麗しい艦船が戦争の為に戦時国債を買って下さい!と各地を周り宣伝するのだ。
一種のショーやライブの様な物で、ユニオンは劇場風にする事が多かった。
俺もアズールレーン時代に見た事があるが、俳優を起用したり、花火を上げたり、スタジアムを借り上げたりと…ユニオンの物はスケールが凄い。
戦費獲得の為のプロパガンダ公演をエンターテイメント化するとは流石ユニオンと目を見張る物がある。
そんなエンターテイメントで、エセックスが求められた役割が重桜を打ち倒す正義の空母だったのだろう。
だから、重桜である俺にユニオンの旗を背負う者として、咄嗟にあの罵詈雑言を浴びせてしまったに違いない。
特にあの場には俺の他にユニオンの艦船が多数居た。
そんな艦船達の前で俺と仲良くしてしまえば、エンターテイメントで作りあげられた彼女のイメージが崩れてしまう。
真面目な彼女はそれができなかったのだ。
「すみません、指揮官…私の事を嫌いになりました?」
「いや、そんな事はないよエセックスだって人に求められた役割がある。俺もそうだ…エンタープライズ達からある役割を求められてる。」
「指揮官…?」
声のトーンが一段下がった俺に何かを感じたのかエセックスは疑問符を付けて俺の事を呼び掛けた。
(エセックスは大丈夫そうだ、本当の事を言おう…)
これまでの会話で決心した。
最初は俺に敵意を持っているかと思ったが、そんな事はない。
俺の知ってる昔のエセックスだった。
そんなエセックスなら打ち明けてもいい。
そう思う。
もし現状を話せば、彼女の計らいで俺をエンタープライズの手の届かない別の捕虜収容所に送ってくれるかもしれない。
助けてくれなくても話を聞いてくれるだけでもいい。
彼女の好意を利用するのは心苦しいがこの事を一人、胸に秘めているのはもう限界だった。
「エセックス、聴いてくれ実は…」
───
「では、指揮官は自分の意思で亡命したのではないんですね?」
確認する様に問いかけるエセックスは、相変わらず俺の背中にグルリと長い腕を回したまま。
心なしか少し残念そうだ。
「あぁ、エセックスは残念に思うかもしれないが俺は只、捕まっただけだ。」
俺はエセックスに全て話した。
捕まった時の事も、俺の本当の意思も、指輪の事も…。
「全部、エンタープライズが計画していた事らしい。理由は解らないが俺の事を屈服させたいらしいんだ。」
「エンタープライズ先輩がそんな事を…」
エセックスはエンタープライズが行った事に驚いている様子だ。
もしかしたら彼女は俺の力になってくれるかもしれない。
俺は次に言うべき言葉を頭の中で纏めた。
助けて欲しい。
エセックスの好意につけこむ様で悪いがキミならそこそこの権限がある。
できればエンタープライズの手の届かない所へ…。
(よし、こう言おう。)
俺が頭の中で纏めた事を発言しようと口を開こうとするその前に、エセックスが声を発っした。
「でしたら、私はエンタープライズ先輩に感謝しないといけませんね。指揮官を連れてくるとは流石先輩です。」
「はっ…?」
「指揮官もエンタープライズ先輩にありがとうと言わなければなりませんよ?」
俺はエセックスの言葉に動揺を隠せない。
彼女は俺の言った事を理解しているんだろうか?
「なぁ、エセックス?俺の話を聴いていたか?」
「はい、指揮官はエンタープライズ先輩の計画通り、戦場で捕まって捕虜になり、亡命者扱いでこの基地に移送された。そうですよね?」
「あぁ、だから」
「だから、エンタープライズ先輩に感謝しないといけませんね?なんたって私が指揮官を迎えに行く手間が省けたんですから?ずっと心配していたんです。重桜の敗走はもう時間の問題ですけどその過程で皆が指揮官を殺しちゃわないかって…私の主任務は本土防衛なので直接戦場へはいけません。だから、指揮官を迎えに行けるのは重桜を倒した戦後だと思ってて、自分自身にずっと歯痒い思いをしてました。それをエンタープライズ先輩はいとも簡単に…どうして私もこの話に混ぜてくれなかったんでしょう?」
俺は体にしがみつきながら、そう呟く彼女に得体の知れない恐怖を感じ始めた。
これは役割からかそれとも…。
「指揮官も良かったですね。私、さっきは指揮官を歓迎すると言ってましたけど、心の中では重桜を見捨てるなんて指揮官らしくないなとは思ってたんです。負けそうなこのタイミングはちょっと打算的じゃないかって…。義理堅い指揮官はいくら本心ではユニオンに来たいと思っていても、重桜と最後を共にする…そういう人ですもんね?でも、エンタープライズ先輩は指揮官をユニオンに連れてきて皆が受け入れてくれる態勢を作ってくれたんですよ?重桜を気にする事なく…。指揮官も乗るなら沈む事が確定している船よりも、ユニオンの方がいいですよね?」
「えっ?」
「いいですよね?」
エセックスの腕に入れる力が強くなる。
「指揮官が自分から亡命したわけではないのが残念ですけど…。ユニオンの方がいいですよね?だってもう重桜は負けるじゃないですか?」
「なっ…」
俺の心に何とも言えない不快感が芽生えた。
これはきっと彼女の体臭が濃いからではない。
「エセックス、俺はそうは思ってない、多分、エセックスの言う通りこのままでは重桜は危ない…だが、だからといって俺は自分の陣営を見捨てる気にはなれないんだ。」
「エンタープライズ先輩がこんなに状態を整えてくれたのにですか?」
「あぁ、これでも俺は軍人だ。だから俺の扱いを再考する様にエンタープライズに言ってくれないか?さっきもエセックスは言ってたじゃないか捕虜にこんな待遇はやり過ぎだって…」
「じゃあ指揮官は重桜の方が良いって事ですよね?」
「良いも何も俺の陣営だ。」
これだけ密着していれば、お互いの心臓の唸りを感じる。
エセックスの心拍数が速くなるのが解った。
「…」
「エセックス?」
彼女の纏う臭いが変わる。
「ねぇ、指揮官?」
「なんだ?」
「では、どうしたら指揮官はユニオンに鞍替えしてくれますか?」
「だから、鞍替えするとかそういう話じゃなっ…!」
最後まで言えなかった。
エセックスが腕に回す力をあげたのだ。
白く長い両腕に挟まれた身体が軋む。
「指揮官。貴方こそ勘違いしています。鞍替えしないとかそういう話じゃないんです。」
そのままエセックスは抱き締める強さを上げ始める。
「亡命者としての身分を放棄したいというのなら、尚更です。勝者が敗者の言う事を聴きますか?貴方はもう私達を受け入れるしか選択肢はないんです」
「がぁっ…はなっせ…」
エセックスの抱き締めは既に締め上げに変わっていた。
艦船である彼女ならやろうと思えばこのまま人間を締め殺す事だってできる。
これでは只の拷問だ!
「指揮官。言い方を変えますね。私達を受け入れてユニオンになって下さい。これは提案ではありません。捕虜に対する命令です。」
徐々に、だが確実に出力を上げるエセックスの腕。
まるで獲物を捕らえ少しずつその体液を吸うタガメの様だ。
それにタガメはメスの方が体が大きい。
今の俺とエセックスみたいに。
「ぶはぁ…あぁ…」
エセックスは気に入る返事がなかったからか一瞬、腕の力を緩めた。
肺が悲鳴を上げている。
肋骨の感覚もおかしい。
「返事は?」
「はぁっ…はぁっ…まっ待ってくれ息を…ヴッ…!」
時間を稼ごうとしたのがいけなかった。
エセックスは俺が息を整えるより速く、再び腕の力を上げたのだ。
あぁ…駄目だ、息が苦しぃ…