重桜指揮官、アズールレーンの捕虜生活 作:まったりばーん
「カハァ…ッ、アッアァ…」
「解って頂けた様でなによりです」
何度かエセックスに締め付けられ、ようやく首を縦に振った所で俺は拷問から解放された。
自分の意に反して赤べこのように首を振るのは今日で何度目か解らない。
「ごめんなさい、指揮官。本当はこんな事したくなかったんです。よく頑張りましたね、いい子いい子…」
エセックスはそう言って床に倒れ悶絶する俺の頭を撫でてくる。
その顔は本当に頑張った人間を讃え、慰める表情。
優しい…慈愛に満ちていた。
(…クッソ!)
撫でられながら彼女に悟られない様、心の中で悪態をつく。
痛みで気絶できたらどれ程良かった事だろう。
残念ながら人間の体は思いの外頑丈にできているらしく、意識を失うという逃げ道を用意してはくれなかった。
肉、骨、神経、繊維…その全てが痛みというアラームを鳴らし、意識を手放す事を許さない。
「指揮官、大丈夫ですか?壊れない様に力加減はしたのですが…壊れてはいませんよね?」
エセックスの心配そうな声。
自分でやったという事を忘れているんではないかと疑いたくなる。
だが、言葉を聞く限りは、しっかりと自分のやったという自覚はあるらしい。
「…よかった。壊れてはないですね!」
長い指で俺の体を触診し、安堵の表情を浮かべるエセックス。
その明快で整った顔。
俺の知っている、人を思いやり、仲間思いのエセックスの顔。
それはどこにも異常がない風に思える。
だが、彼女のその精神はどこか狂っていた。
普通は好きな人間にこんな事はしない。
好きな人間が言う事を聴かないから言う事を「効く」様に調教するのではサーカスのゾウと変わらない。
それに、本当にその人物の事が好きなら例え、言う事を聴かなくたってその好意は変わらない筈だ。
今までのやり取りで解った。
彼女達は俺が好きなのではない。
俺という存在が好きなのだ。
スクリーンの向こうの銀幕の俳優に恋するのと同じ事だ。
彼女達はアズールレーンから離れ、自分達から遠い存在になってしまった俺という存在をこの場に置いておきたいだけだ。
そこには俺の感情が介在する必要はない。
子供部屋に置くぬいぐるみに感情がないのと同じ事だ。
お気に入りのぬいぐるみを自分の枕元に置いておきたいだけ。
エンタープライズ達の行動理念はそれだろう。
そして、狂わせてしまったのは俺。
数年前、彼女達の好意に薄々気づいていながらも、面倒だからといとてそれを放置し、重桜の脱退を好機と捉え何の断りもなく目の前から消えた俺の責任だ。
まさかこんな形でしっぺ返しがこようとは…!
「指揮官、痛みますか?少し横になりましょう。この家の配置なら、向こうにベッドルームがある筈です。」
エセックスは痛みに震え、床にへばる俺をお姫様抱っこの要領で拾い上げる。
そして、自分の両腕に収まった俺をまるで芸術品でも運ぶ様に移動するのだった。
───
ユニオン本土。
その海岸沿いに建てられた白を基調とした堅実な造りの建物。
一見、美術館にも見えるその建物は、見た目の静けさとは裏腹に厳重な警備態勢が敷かれている。
有刺鉄線が巻き付けられたフェンスで囲まれ、警備の人間は一人二人では数えがきかない。
ここは軍の医療施設。
医療機関といってもここで修理するのは人間ではなかった。
KANSENの医療機関である。
キューブから生まれ落ちたKANSEN達は人間に施す医療とはまた違った物が必要。
そんな彼女達を治療し、データを収集する言わば研究機関であった。
そして、その海の見える個室の一室で、車椅子に座った少女は、ぼんやりと水平線を眺めていた。
少女の髪は眼前の海のように青く清らかな色。
わざと窓を開けているのか、時折、潮風が彼女の海色の髪の毛をなびかせる。
しばらく海を眺めていた彼女だが、不意に首をクルリと後ろに回転させた。
少女の後ろには、彼女と同じ髪の毛を持つKANSENが立っていた。
その容姿は調度、車椅子の少女を数年成長させた様な外見。
病室に入ってきたその人物の気配に少女は振り向いたのだった。
「もう、セントルイス姉さん…お見舞いは大丈夫だって言ったのに…」
セントルイスと呼ばれたKANSENは少女が自分の存在に気づいたのに少し驚いた後、にこりと笑って言葉を返す。
「ヘレナはみんなお見通しね、調子はどう?」
「ええ、もうだいぶ良くなったわ。お医者さんもあとちょっとしたら歩ける様になるって言ってたの」
青髪の少女…ヘレナは口角を少し上げてそう答えた。
一見、表情が変わった風には見えないが付き合いの長い者から見ればヘレナが喜んでいる事が解る。
「みんな心配性だわ、昨日はホノルルがお見舞いに来たの」
「それくらいヘレナが皆に愛されてるって事よ、そんな風に言わないの」
「でも、本当に平気よ?脚も腕も目も耳も、みーんな元通り…これが人間だったらこうはいかないねって昨日、ホノルルに笑ったの…ホノルルは笑ってくれなかったけど。私、KANSENで良かったわ」
ヘレナそう言って誇らしげに自分の両腕を万歳して見せる。
彼女の腕は綺麗で何処にも傷痕は残っていない。
「ヘレナ…」
しかし、治る前の腕の状態を知っているセントルイスにはそんな事を言われても笑う気など起きなかった。
長身の姉は、思い出したくない事が思わず飛び出たみたいに顔を歪ませる。
「あれ?セントルイス姉さんも笑ってくれないの?ちょっと残念…吹き飛んだ両腕もちゃんと生えてきたのに」
「…笑えない冗談はやめて、ヘレナ?」
セントルイスは諭す様な口調で車椅子の柄を掴み、二つの車輌を動かし始める。
「ちょっとお散歩しましょうか」
「ありがとうセントルイス姉さん」
「何処に行きたい?」
「うーん、廊下から見える海が見たいな」
ヘレナが希望したのはこの研究機関の通路である廊下。
この建物はKANSEN達に閉塞感を与えないデザインになっており、廊下という廊下の壁は全面ガラス張り。
オーシャンビューになっていて綺麗な海の景色を楽しめる。
「この部屋から見える海も好きだけど、ちょっと飽きちゃった」
「はいはい、じゃあ廊下をぐるりとしましょうか?」
セントルイスはヘレナを載せた車椅子を病室の外へと押して出た。
───
「そう言えば、指揮官は今どこにいるの?」
外に出ててしばらく。
それまでゆっくりと進む車椅子から、外の景色を黙って楽しんでいたヘレナは唐突にセントルイスにそう尋ねた。
一瞬、車椅子を押すセントルイスの手が止まる。
「指揮官…?うーん、そうね今頃は前線にいるかしら?」
少し考えた後、セントルイスは応えた。
しかし、ヘレナが求めていた答えとは違ったらしい。
すぐに不満げな少女の声がセントルイスの鼓膜を震わせる。
「セントルイス姉さん、その指揮官じゃないわ本当の指揮官の方よ?」
「何を言ってるの?私達の指揮官はユニオンのあの人でしょ?」
「だから違うわ、私が言ってるのは私達の…重桜の指揮官の事よ。今、ユニオンにいるんでしょ?セントルイス姉さん、どこにいるか知らないの?」
「…指揮官くんの事どうして知ってるの?」
再び車椅子が止まる。
だが、今度は直ぐに動きだす事はなかった。
「今朝の新聞を読んだの。亡命したって書いてあったわ。早く会いたいなぁ」
「…ヘレナッ!」
セントルイスは思わずそう叫ぶ。
叫ばずにはいれなかった。
彼女の叫びに他に廊下を歩いていた人間は足を止める。
静な病院の廊下、注目を引くには充分だ。
「どうしたの?そんな大声出して?他の人がビックリしちゃう」
「ヘレナ、前にも言ったかもしれないけど…ヘレナの身体をあんな風にしたのは…」
セントルイスの脳裏には数ヶ月前の戦闘が…彼女の妹が大怪我を負った時の事がフラッシュバックした。
彼女をこんな風にした犯人は…
「えぇ、覚えているわ指揮官でしょ?」
「じゃあっ何でそんな事が言えるのっ!」
「だって嬉しかったんだもの。指揮官が私の事を覚えていてくれて、ねぇ、セントルイス姉さん?本当に指揮官は無線でヘレナを殺せって言ったのよね?」
「…えぇ、そうよ」
「嬉しい…指揮官は私の事、覚えててくれたのね」
そう言って微笑むヘレナをセントルイスは直視できない。
数ヶ月前に発生した重桜とユニオンの戦闘。
空母同士の戦いとなったその戦闘で、ヘレナとセントルイスはヨークタウン三姉妹の護衛として、迫りくる重桜の航空機を撃ち落としていた。
艦隊にアトランタを有していたユニオン勢は次々に重桜の爆撃機を撃ち落とし、終始戦闘を有利に進めていた。
そして、重桜の航空機の波をやり過ごし、危機は去ったと思ったその時、ヘレナのレーダーに感があった。
何者かが艦隊に接近している。
その事をヘレナが叫ぼうとした瞬間、彼女の身体は水柱に包まれた。
何と航空攻撃は囮でユニオン艦隊が対空戦闘に集中してる間に、重桜の有力な水上艦隊が彼女達に一撃を与えようとこっそりと接近していたのだった。
重桜艦隊には戦艦が含まれており数的にもこちらが不利。
そう悟った旗艦のエンタープライズはすぐさま撤退を指示する。しかし、敵の攻撃がヘレナに集中し中々逃げる事ができない。
そんな状況に陥った。
その時、重桜側の無線を傍受しようと試みていたセントルイスには聴こえたのだ。
懐かしい、大好きだった指揮官くんの声が
──ヘレナを殺れっ!彼女に火力を集中させろ!
彼女の中で何かが壊れた様な気がした。
その後、何とかヘレナを助け出し、重桜艦隊から逃げた彼女達であったがヘレナの身体は見るに耐えないレベルにまで損傷していた。
手足は吹き飛び、目は潰れ、耳はどこかに消えている。
浮いているのが奇跡というべき状態。
そんな彼女をどうにかここに運び込み、優秀なスタッフ達が三日三晩と時間をかけ、ようやくヘレナを救う事ができたのだ。
ヘレナが何とか意志疎通ができる位までに回復した後、セントルイスは彼女に真実を話すかどうか迷った。
数年前、まだアズールレーンに彼がいた頃はヘレナは凄く彼に懐いていた。
まるで本当の兄か何かの様に接する彼と楽しそうなヘレナを見て、微笑ましいと思っていたものだが、そんな彼がヘレナを殺せと自分の部下に命令していた。
実際に聞いた自分でも未だに信じられないその事をヘレナに言ったら身体ばかりでなく、心まで壊してしまわないか…。
そう思ったのだ。
だが勘の良いヘレナに隠し事などできる筈がない。
思い詰める姉から何かを察したヘレナに問い詰められ、思わず真実を話してしまった。
指揮官があの場で指揮を執っていた事、そこでヘレナを殺れと言っていた事…。
一連の内容を聞いたヘレナの反応はセントルイスの予想を裏切る物だった。
──指揮官がそんな事を言っていたの?嬉しいっ!
──ちょっとっ…ヘレナ?
──指揮官、私の事を覚えていてくれたのね!今まで、ずっと心配だったの。指揮官、私の事を忘れているんじゃないかって…私、こんな引っ込み思案な性格だから印象薄いのかなって思っていたわ。指揮官がアズールレーンから居なくなってもう随分と経つけどちゃんと私の事を覚えていてくれていた…良かったぁ…!
そう言ってまだ視力の回復していなかった目で泣き出し、喜ぶ妹を見てセントルイスは何か得体の知れない物を感じた。
妹の心は身体が壊れるとっくの前に壊れていたのだ。
あの男がアズールレーンを去った時から…。
何も言わずにユニオンの皆の前から消えた時から…。
それが解った瞬間、何とも言えない苦しさがセントルイスの胸を支配した。
憎い…ヘレナをこんな風にした指揮官が。
ヘレナの心を壊した指揮官が憎かった。
ヘレナの身体を破壊した指揮官が憎かった。
だが、それと同時に指揮官の事を少なからず想う気持ちも、彼女の胸には併存していた。
セントルイスもまた彼に惹かれていたのだから…。
この複雑な感情を数ヶ月に渡り抱き続け、今に至る。
正直、彼をヘレナに会わせたくはない。
自分だって会いたくはない。
妹をこんな目に合わせた男など嫌いだ。
しかも、可愛いヘレナをこんな目に合わせておいて、今頃亡命など虫が良すぎる。
それを許し協力するエンタープライズだって気に食わない。
しかもエンタープライズは彼への好意を隠そうともしない。
今やあれだけの発言力を持つのだから自分の行動には責任を持って欲しい所である。
只、そう思う反面、また昔の頃に戻れるのではないか?そんな淡い期待がセントルイスの頭の片隅にはある。
「姉さん、私、指揮官に会いたいな、駄目?」
上目遣いにこちらを見つめるヘレナにセントルイスは何も言えない。
一応、エンタープライズから連絡はあった。
彼を手に入れたから興味があるなら一報入れろと。
だが、連絡する気にはなれない。
なぜヘレナは自分の手足を吹き飛ばした相手に会いたいと思えるのだろうか?
「駄目よ、ヘレナ、指揮官くんに会ってもきっと良い結果にはならないわ」
「どうして?」
「だって、ヘレナを殺そうとしたのよ!」
「理由はそれだけ?」
「それだけって…ヘレナ…ワガママは辞めなさい!私だって怒るわよ!」
「セントルイス姉さんは勘違いしているわ!じゃあ、セントルイス姉さんは指揮官に手足を吹き飛ばされたからって指揮官の事を諦められるの!?」
「え?」
「セントルイス姉さんは私の事になってるから、本質が見えなくなってるだけ!セントルイス姉さんだったら?あの時、狙われたのが私じゃなくて姉さんだったら?多分、嬉しいと思った筈よ!」
ヘレナの発言にセントルイスは愕然とした。