重桜指揮官、アズールレーンの捕虜生活 作:まったりばーん
──狙われたのが私じゃなくて姉さんだったら?多分嬉しいと思った筈よ!
セントルイスは先程、妹に言われた言葉を思い出す。
結局、その後は姉妹の会話は弾まず、何とも言えない居心地の悪さからセントルイスはヘレナを病室へと送ると別れの挨拶もそこそこに愛する妹の病室から逃げる様に飛び出した。
そして、今は施設内に作られたカフェでコーヒーカップを傾けている所である。
「ヘレナ…どうしてそんなに指揮官くんに会いたいの?」
口の中にコーヒーの苦味を感じながらセントルイスは溜め息を吐く。
彼女の思考はその一言にのみ注がれていた。
ついさっき、ヘレナが彼女に本質が見えていないと叫んだ時の顔。
その顔には明らかな怨嗟が見てとれた。
何故、姉さんは自分に指揮官の居場所を教えてくれないの?
そんな不満が愛する妹の眼の中には内在していた。
何としてでも妹は指揮官に会いたいらしい。
その事はヘレナの眼から嫌という程解ったが、同時にある事にも気がついた。
(いつも消極的なヘレナが指揮官くんの事になると諦めが悪い…)
それがここ数ヶ月、彼女と対話して感じたセントルイスの感想だ。
いつも控え目でセントルイスやホノルル、他のブルックリン級の背中に隠れていた様な引っ込み思案なヘレナが、ここまで誰かに執着するのは珍しい。
何か欲しい物があっても競争相手が現れれば譲ってしまう。
ヘレナはそんな性格の娘だ。
(ひょっとしてヘレナはあの重桜の指揮官に恋でもしてるの?)
セントルイスの脳はそんな考えを弾き出した。
ヘレナの持つ感情。
今までは少女特有の少し年の離れた兄弟分に持つ、親愛の類いか何かと考えていたが、ひょっとするとヘレナはあの指揮官に恋しているのかもしれない。
だが、そうであればそうである程、余計ヘレナを指揮官に会わせる訳にはいかない。
ヘレナはまだ、指揮官が自分を覚えていた事に浮かれて無かった事にしようとしているが、彼が彼女を殺そうとした事は紛れもない事実なのだ。
仮に指揮官とヘレナが対面して、彼が再びヘレナに明確な敵意を浴びせたら、今度こそ華奢な妹はその現実を受け止めきれずに本当に壊れてしまうだろう。
ヘレナの今の恐ろしく前向きな心理状況ですら、指揮官に攻撃された現実を受け止めきれずに発生した物だ。
その先の事など考えたくはない。
だが、可愛い妹は彼に会いたいとご機嫌斜めで…。
(もうっ!どうすればいいのっ!?いっその事ホノルルに全部、押し付けちゃおうかしらっ!?)
重い考えを繰り返したせいで、混乱するセントルイスの頭。
彼女がとんでもない事を考えたその時、背後から見知った人物の声が聞こえた。
「セントルイス?どうかしました?」
妹のヘレナとは違い、人の気配に疎いセントルイスは振り返り初めて背後の人物の存在を知る。
「ノースカロライナ…?」
白の軍服に身を包んだ頭脳明晰な金色戦艦が、配膳トレーにサンドイッチセットを載せて立っていた。
──
「何かあったんです?そんなに思い詰めて?」
「いえ、別に何もないわ…」
セントルイスは対面して座る人物にそう返した。
先程まで一人寂しくコーヒーカップを傾けていた彼女の前に鎮座し、サンドイッチを頬張る戦艦。
身に纏う白い制服は彼女のグラマラスなボディラインを強調し、伸ばす金髪は腰までスラリと長く枝毛一つない。
自分のプロポーションに自信があるセントルイスでも、思わず二度見し嫉妬してしまうほどの抜群の体型を持つKANSEN。
それがノースカロライナ級のネームシップ、ノースカロライナである。
「貴女こそどうしたの?どこか怪我でもした?」
「定期のカウンセリングです。推奨されていたでしょう?」
定期のカウンセリング…ユニオンのKANSENはそのメンタルケアや戦場体験のフィードバックの為、定期的なカウンセリングが推奨されている。
「あぁ、アレ?ちゃんと通院してるなんて相変わらず真面目さんね」
だが、現実問題としてカウンセリングを受けるKANSENは少数派であった。
誰も休日を返上してまでこんな片田舎の施設には来たくない。
「規則には従うべきです」
「そんなブルックリンみたいな事言わないで、長女ってみんなこうなのかしら?」
「ワシントンもカウンセリングは嫌がりますね、妹ってみんなこうなのでしょうか?」
「私は妹であり、姉である立場だけど妹が言うことを聞かないっていうのは同感ね」
「あら?セントルイスがそんな事を言うなんて、何かありました?」
「ヘレナが少し反抗期になっちゃって…」
「ヘレナちゃんが?驚きです」
「色々、多感なお年頃なの」
セントルイスは語尾を濁す。
ヘレナがあんな状態である事を他のKANSENに言うのは躊躇われる。
それこそホノルルなど近しい間柄なら話は別だが、生憎、ノースカロライナとはそんな関係ではなかった。
「当てましょうか?」
だが興味津々なノースカロライナの追及は止まらない
いつの間にか大きなサンドイッチを平らげていたノースカロライナは人差し指を伸ばしてそう言った。
「指揮官の事で揉めた。そうでしょう?」
したり顔でそう宣言する金髪の戦艦に、青髪の巡洋艦は虚を突かれた心持ちになる。
「…どうして解ったの?」
「どこの妹も同じですね。ワシントンも彼の事で少しモヤモヤしてる様で」
「へぇ…」
得意気な顔のノースカロライナはウェットティッシュで指を拭くと、今度は食後のアイスコーヒーに手を伸ばす。
ストローを指で摘まんでクルリと回転させ、手に握ったプラスチックカップのフタに突き刺した。
そして、その内容物をストローを通して吸い始める。
そんな喉をコクコクと動かす、色白美人の戦艦を見てセントルイスはある事を思い出した。
確かこの戦艦も件の指揮官とは仲が良かった筈だ。
そんな彼女は今回の亡命をどう思っているのだろう?
「そう言えば貴女、指揮官くんとは仲が良かったと思ったけど、今回の件はどう思って──」
「不支持です。亡命のニュースを読んで、私は指揮官とエンタープライズの事を嫌いになりました。」
セントルイスが言い終わるよりも速く、ノースカロライナは即答した。
「意外みたいなお顔をしてますね?理由を聞きたいですか?」
「まぁ、参考までに。」
「良いでしょう。これ、皆さんには内密にして欲しいんですが…実は私、ユニオンのKANSENの中で唯一、指揮官から前もって重桜がアズールレーンを脱退する事を教えて貰ってたんです。勿論、彼が去る事もです。」
「えっ…!」
金髪碧眼戦艦のカミングアウトにセントルイスは驚きを隠せない。
指揮官は重桜のアズールレーン脱退宣言と同時に皆の前から突然姿を消した。
まるで夜逃げの様に。
それがユニオン全員の共通認識だった。
「まさか、指揮官くんから事前に知らされていたKANSENがいたなんて」
「指揮官も、口の固いキミだから話すんだと言ってくれました。嬉しかったなぁ…」
目を閉じ、昔の記憶を手繰り寄せ、思いを馳せる様にそう言うノースカロライナ。
その姿はまるで恋する女学生。
少なくともセントルイスの眼にはそう映った。
「でもそれって気に喰わないわね、指揮官くんはノースカロライナ以外のKANSENの事は信頼してなかったって事?」
「そう言う訳ではないと思いますよ。指揮官は人を選んで話たんだと思います。信頼とかではなく…例えばセントルイス、貴女が事前に指揮官がアズールレーンを去ると知ったらどうしましたか?」
「それは、全力で止めたと思うけど…」
「それがいけないんです。指揮官にも事情があります。上の命令には逆らえません。軍人ですから。それを貴女やエンタープライズの様な人達が指揮官を引き留め様と画策すれば指揮官だってうんざりする筈です。でも、だからと言って居なくなる事を誰かに漏らさないでいられる程、指揮官もメンタルは強くない…だから打ち明ける対象として私を選んだんでしょうね。私、指揮官に気に入られる為、絶対に指揮官の言う事を聞く都合の良い女を演じてましたから」
「都合の良い女…?」
ノースカロライナの口から飛び出した不穏なワードに眉を潜めるセントルイス。
「そうです都合の良い女です。もう一つ教えてさし上げましょう。皆さんあの人に対して好意をぶつけすぎです。一人や二人なら指揮官も応えられるでしょうが、あんなに人数がいては指揮官の許容力を越えてしまいます。だから指揮官の気を引くには自分から求めるのではなく、求められたら嫌な顔せずにそれに応える都合の良い女になれば良いんですよ。少なくともそのお陰で私は信頼を獲得しました。」
「ふぅん…」
何とも打算的な考え方。
セントルイスはそう思った。
ユニオンの仲間達は良く、ノースカロライナの事を清廉潔白で真面目な女性だと評価する。
だが、その見た目とは裏腹に結構な癖がある様だ。
セントルイスの中で、彼女に対する印象がガラリと変わった。
「指揮官が相談したい時にはそれに応えて、指揮官に食事に誘われればニコニコ顔でご一緒し、指揮官が疲れている時は黙って傍にいて、指揮官が私を求める時はどんな時でも拒否しない…そんな都合の良い女に成りきってあの数年を過ごしていました。」
セントルイスは数年前のノースカロライナの事を思い返す。
確かにユニオン勢の中では比較的、彼と二人きりでいた。
彼がユニオン絡みの仕事を頼む時は大抵、ノースカロライナであったし、誰かを伴いユニオン側と打ち合わせする時に同伴するのは絶対に彼女であった。
頭脳明晰なノースカロライナの真面目さから、彼女が選ばれていたのかと思っていたがまさかそんな事情があったとは。
でもだとするとおかしい。
では、そうならば何故…
「何故、指揮官くんの都合の良い女なのに今回の亡命は歓迎しないの?」
セントルイスは話を本題に戻す。
ノースカロライナが語った通り、指揮官にとって都合の良い女なら今回の亡命の件でも彼を受け入れないと道理に合わない。
そう問いかけられたノースカロライナは ストローにまた口をつけると、さっきまで明るかった雰囲気を吹き飛ばし、声のトーンを一つ落とした。
「私、指揮官に振られてるんですよ。最後まで都合の良い女になり切れなかったんです。」
「それってどういう?」
「さっき指揮官から事前に重桜の脱退を教えて貰ったと言いましたよね?都合の良い女である筈のノースカロライナなら指揮官に…そうですかそれは残念です、でも指揮官のせいではありませんよ…と言って指揮官の心をスッキリさせてあげるべきでした。でも、私も我慢できなくて…」
「我慢できなくて?」
「私も重桜に連れて行って欲しい、ユニオンを裏切ります。貴方と一緒ならどこでも、どこでもいいから私を置いていかないで…そう言ってしまったんです。」
「はぁ…っ!」
セントルイスはノースカロライナのカミングアウトに素っ頓狂な声を出す。
つまりは彼女は、数年前にあの男に対して告白しているという事だ。
そして何より、眼前の戦艦は指揮官の為にユニオンをも裏切ろうとしていた。
…という事になる。
一人の男の為に陣営を裏切る事も覚悟していたとは…。
「あっこれも内密でお願いします。流石にユニオンを裏切ろうとしてた何て知られたら除籍されちゃいます。」
「あっはい…」
何て事のない風にそう念押しするノースカロライナ。
それに対応するセントルイスも、濃い情報の連続に小さく声を出すのが精一杯であった。
そんな情報の処理しきれていない巡洋艦を尻目に戦艦は言葉を続ける。
「まぁ、それでその時はユニオンも捨てるつもりで指揮官にそう告白したんです。その時の私はその場で答えを頂く勇気がなかったので、重桜が脱退を表明する日の夜12時までいきつけのバーで待っています。私を連れていってくれるなら、重桜に帰る前に迎えに来て下さい…って言ったんです。最後の最後で重い女になってしまったんですね、私は。」
「それで?指揮官くんは…」
「彼が迎えに来てくれていれば今、私はここにはいませんよ。さっき言った通り私は振られたんです。バッサリと…」
ノースカロライナは淋しげな眼になる。
「だから、私は彼の亡命を支持しません。あの時、私を選ばず重桜に帰っておきながら、今更ユニオンに亡命して…そして、あろう事か亡命する時の道具としても私を…都合の良い女を選ばず、エンタープライズなんてめんどくさい空母を選択して…だから嫌いです。指揮官も、彼が利用したエンタープライズも…大嫌い」
金髪の戦艦はそう言葉を締めると手に握った空のプラスチックカップを握り潰した。