重桜指揮官、アズールレーンの捕虜生活   作:まったりばーん

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より深い地下

「うーん…」

 

目が覚めると日が替わっている。

そんな経験は暫く振りだ。

エセックスにベッドにドサリと投げ出された後、気づくと眠っていた様だ。

体に痛みは感じないが肋骨の辺りには違和感がまだある。

そして何と言っても俺に抱き枕の様にその四肢を絡み付かせる長身の空母。

そんな彼女のせいでせっかくのベッドなのに快適な寝起きとは言えなかった。

視線だけを動かし横に寝るエセックスを眺める。

俺と違ってあの後、ちゃんと寝間着に着替えたらしい。

パジャマで髪をおろして寝るその姿は純粋無垢な事この上ない。

クークー寝息をたてる目鼻立ちがくっきりとした顔も清楚という二文字が良く似合っていた。

そんな彼女に昨日、抱擁という名の暴力を受けた事を思い出す。

なんだかまたあばら骨が痛む気がした。

…ともかく、この娘をどかして朝の営みを開始せねばなるまい。

俺はそう思いエセックスの肩を叩いた。

 

「おい、エセックス、起きてくれもう朝だ。」

 

「むにゅー…指揮官…?」

 

「もう朝だぞ!ほらエセックス!」

 

「…指揮官?」

 

「ああ、そうだ俺だぞ」

 

俺に揺り起こされたエセックスは、寝起きで寝ぼけているのか目を擦りながら虚ろ顔。

そのまま、俺の顔を半眼になって見つめる。

エセックスにギチリと密着されているので、自然と俺も見つめ返す形となる。

見つめ合う事、数十秒。

彼女の顔に一筋の光が流れた。

 

「おっおい、どうした!?そんな急に泣いて!?」

 

そう、彼女は唐突に急に、何の前触れもなく涙を流し始めたのだった。

 

「いっいえ、指揮官が帰ってきたのが夢じゃなく、現実だったと思うと…良かったって…」

 

エセックスは俺に言われて初めて自分が涙を流している事に気づいたらしく、パジャマの裾で涙を拭う。

彼女自身、急な涙に驚いている様だ。

 

「改めて、お帰りなさい…!指揮官っ!」

 

そう言うとエセックスはにこりと笑う。

その笑顔は昨日の事など忘れてしまう程、純粋で可愛かった。

 

───

 

蛇口を捻り、シャワーを浴びる。

あの後、エセックスに汗臭いと言われてしまい朝からシャワーを浴びるはめになった。

まぁ、昨日は入浴前に眠ってしまったからしょうがない。

昨日の汗と寝ている時の寝汗で、自分でも解る位の臭いだ。

この家のシャワールームは勿論、ユニオン式で底の浅いバスタブなので湯を張り肩まで浸かる事ができない。

朝だから今は気にしないが、これがしばらく続くと思うと辛い。

やはり故郷の重桜の様に一日に一回は肩まで湯船に浸かりたい物だ。

そんな事を考えながらふと、鏡を見る。

俺の体にはくっきりと昨日のエセックスの跡が残っていた。

改めてあれは現実だったんだと実感する。

脇腹から背中にかけてぐるりと縄で締められた様についた赤い跡。

この赤い跡がまるで結びつけられた鎖の様に感じられた。

これからどうしようか…。

俺は暗い現実を洗い流すかの様にシャワーの水圧を上げる。

まだあの三人に比べればエセックスの方がマシだ。

が、彼女の機嫌を損ねれば三姉妹とは比べ物にならないペナルティが待っている。

だが、それでもエンタープライズ達に比べればエセックスの精神年齢はまだ若く純粋。

俺の知らない数年間で少しは成長したようだが、それでもエンタープライズの様な油断ならない雰囲気は感じなかった。

だから彼女一人なら何とかやっていける自信はある。

 

(…問題はいつあの空母三人組が帰ってくるかだ。)

 

それまでに何とかこの環境に耐える覚悟をしておかなくてはならない。

視線を鏡から自分の左手に移す。

薬指で光る銀色のリング。

この体が俺一人の物ならば如何様にもできるが、俺の行動はアイツの命にも係わってくるのだ。

だから下手な事はできない。

少なくとも昨日の様に彼女達の機嫌を損ねる様な事は…。

 

「指揮官、お背中お流ししますね?」

 

そんな陰鬱な思考が、後ろから投げ掛けられたエセックスの言葉で消し飛ばされる。

 

「エセックスッ!?」

 

シャワーの勢いを強くしていたからか、浴室の中に彼女が侵入している事に気がつかなかった。

 

「どっどうして中に!?」

 

「指揮官のお体を洗ってあげようと思いまして、あと私もシャワー浴びたいんです。昨日入ってなかったですから」

 

そんな事を言って彼女はバスタブの内側に足を踏み入れた。

ユニオンのバスタブは人が一人立ってシャワーを浴びる事が前提の設計。

そんな小さなバスタブにエセックスが入った事で只でさえ狭い空間がより息苦しい物となる。

エセックスと俺の距離はもう密着寸前だ。

俺は後ろを振り返る事ができない。

 

(だってシャワー浴びたいって事は…その…エセックスは今そういう格好って事だよな?)

 

嫌でも意識せずにはいられない。

裸の美女が後ろにいるのだ。

 

「指揮官、シャンプーしてあげますよ。目を瞑ってね?」

 

そうこうしている内に頭に感じる冷たさ。

彼女が俺の頭皮にシャンプーを垂らしたという言はすぐに解った。

 

「どこか痒い所があったら言ってくださいね。」

 

エセックスはそう言うと鼻歌まじりで、俺の髪の毛を泡だ出せ始めた。

彼女の長い十本の指が頭髪を蹂躙する。

エセックスは俺よりも頭が一つ分程、身長が高い。

別にこれは俺の身長が低い訳ではなく、やはり彼女が高身長な事に由来する。

まぁ、重桜とユニオンでは元々の体格差はあるだろうがそれでも俺は大抵のユニオンの艦船よりは背が高い。

エンタープライズだって俺と顔を会わせるには、視線を上に向けるしかないのだ。

だからか、俺とエセックスの身長差はシャンプーをするには丁度良い高低差だった。

 

「じゃあ、流しますね」

 

エセックスは俺からシャワーヘッドを奪いとると、シャワーを流す。

体を伝う泡が心地良い。

少し、温度のぬるい水流が終わると俺の髪の毛はすっかりペトリと垂れてしまっていた。

水蒸気は嗅覚を正常にする効果がある。

この時になって俺は、自分の体がエセックスの臭いで包まれていた事が解った。

昨日はあれだけ鬱陶しかった臭いも、一晩彼女と同袋したせいか慣れてしまっていた様だ。

 

「指揮官、今度は指揮官が私の髪の毛洗って下さい。」

 

エセックスは今度はそう言うなり、俺にシャンプーのボトルを渡してきた。

 

「えっ?」

 

「え?じゃないですよ自分だけやってもらって私の髪はやらないんですか?」

 

「いや、でも…そのいいのか?」

 

俺が彼女の髪の毛を洗うという事は、つまり今の位置関係を変えなければいけない訳で…。

そうするとどうしても彼女の体を直視しなくてはならなくなる。

 

「でもも何もありません、速く変わって下さい。体が冷えちゃいます。」

 

エセックスはその事を気にしているのか、気づいていないのか知らないが、少し不満げな口調になって俺にそう催促した。

えっいいのか?お前のあんな所やこそんな所見えちゃうぞ?

それともコイツは俺に裸を見られるとか気にしないのか?

 

「いっ、今から後ろを振り返るけど、これ、不可抗力だからな?」

 

「…?何を当たり前の事を言ってるんですか?」

 

俺は震える声でそう断ると恐る恐る後ろを振り返る。

 

「あっそう言うことね…」

 

「…?」

 

俺の独り言にキョトンとするエセックス。

そこに佇む彼女はちゃんと水着を着ていた。

 

…まぁ、俺は全裸なんですけどね。

 

──

 

「指揮官、ありがとうございます。いつもはシャングリラと洗いっこするんですけど今日は彼女がいないものですから」

 

膝立ちするエセックスの髪の毛を洗う。

エセックスよりも背の低い俺が彼女の事をシャンプーするには彼女に膝立ちしてもらうしかない。

 

「やっぱり、女の子は大変だよな…」

 

「そうなんですよ、一回でシャンプーの半分くらいは使っちゃうんです」

 

彼女の長い長い、青色の髪の毛。

これを隅から隅まで一人でシャンプーするのは大変だろう。

そういう訳で彼女は俺にシャンプーをして欲しかったのだ。

いつもは二つにまとめているのでボリュームの小さく感じるエセックスの髪の毛も、解いてしまえば天日干しされている素麺の様に真っ直ぐスラリと量がある事が解る。

ユニオンの艦船は結構、髪の毛の長い娘が多いが、皆こんな風なのだろうか?

水着とはいえ、バスタブに二人、男の俺にとっては結構きわどい状況。

しかし、彼女の長い髪の毛を洗うという作業に没頭しているせいか変な気は微塵も起きなかった。

失礼かもしれないが、ペットか何かのトリミングにすら思えてくる。

 

「じゃあ、そろそろ流すぞ」

 

「はい、お願いします」

 

彼女の頭を頭皮から毛先までをすっかり泡まみれにした俺はシャワーを浴びせかける。

エセックスの髪からキレイに泡が流れていった。

シャワーを終えると今度は彼女の長い髪の毛を乾かす必要がある。

水を吸って重くなったエセックスの長い髪の毛がバスタブに当たってしまわない様に軽く持ち上げ、優しく絞る。

そして、浴室から出るとバスタオルで水気を拭き取り、間髪入れずにドライヤー。

温風をその空色の髪の毛に浴びせかけた。

すぐに乾かさないと彼女の整った髪の毛が傷んでしまう。

 

「…随分と手慣れてますね?」

 

ドライヤーを浴びながらエセックスはそう嘯く。

まぁ、実際、長い髪の毛の女性にこうやってシャンプーをする事は始めてではない。

 

「まぁ、昔に色々と…」

 

「聞かないでおきます。」

 

ちょっとだけ不満げな声になるエセックスだが、深くは追及してこなかった。

 

「なぁ、エセックス?」

 

「何ですか?」

 

「エンタープライズ達はいつ帰ってくるんだ?」

 

俺はドライヤーを操作しながらエセックスに問いかけた。

あのヨークタウン三姉妹がいつ帰ってくるのか?

それが今の俺にとっての死活問題だ。

彼女達を呼び出したエセックスならいつこの家に帰ってくるかも知っているだろう。

 

「うーん、戦況によると思いますけど、距離的に今日は無理でしょうね…相手が誰か解ればだいたいの検討はつきますよ。あの海域で重桜は今、誰が居るんですか?」

 

彼女の纏う雰囲気が変わる。

 

「それを俺が言えると思うか?軍規がある」

 

昨日のヨークタウンを真似てそう返す。

 

「教えてくれてもいいじゃないですか、どうせ先輩方が勝ちますよ?」

 

「…」

 

エセックスの冷たい物言いに俺は黙り込む。

マズイ、このままでは昨日と同じだ。

 

「アカギとヒリュウはエンタープライズ先輩が殺りましたし、カガとソウリュウはヨークタウン先輩…彼女達、暫くは動けませんよね?後は誰が残っていましたっけ?ショウカク?ズイカク?あとはタイホウ?」

 

一本、一本、指を折って見せつける様に言うエセックス。

エセックスが俺を挑発している事は解る。

彼女もユニオンの艦船。

俺に情報を喋らせたい筈だ。

 

「龍鳳だ。今は彼女が空母の旗艦をやっている。」

 

「リュウホウ…?知らないKANSENですね?」

 

「最近産まれた。強いぞ」

 

「へぇ…」

 

ともかく、目の前の空母を黙らせる為に当たり障りのない事を言った。

これくらいの情報ならエセックスに知られて、ユニオンの上層部に報告されても問題はない。

なんたって龍鳳は最近できた。

ユニオン勢はその存在すらしらないだろう。

戦線を離脱した赤城や加賀、蒼龍、飛龍と入れ替わる形で実戦部隊に配属されたのは最近の事。

それまでは、重桜の内海で訓練していた。

実際の性能的にはやはり歴戦の赤城達に敵う物ではないが、俺がこう言えばユニオンの奴等も何か強いのがいると思ってビビるに違いない。

 

「まぁ、ともかく先輩方が帰ってくるのは今日、明日ではないと思いますよ。それまでは私がここに居る事にします。」

 

エセックスとしても昨日の様な雰囲気にはしたくなかったのか、そう話を切り上げた。

 

「待ち遠しいですか?」

 

「ある意味な」

 

俺はそう答え、ドライヤーを止めてクシを手に取る。

髪の湿気は大方飛んだ。

あとはエセックスの長い髪を解かして整えるだけだった。

 

──

 

「えーっと、ここね」

 

ノースカロライナはセントルイスと別れ、一人でヘレナのいる病室の前に来ている。

カフェで自らの指揮官との過去をカミングアウトした後、なんとなくヘレナの事が気になったのだ。

確か数ヵ月前の戦闘で手痛い損傷を受け、入院していたとは聞いていたが、実際どの様な状況にあるのかは知らなかった。

全く知らない仲ではないが、今まで任務の関係でお見舞いに行けなかったので、これを期に挨拶がてら、話でもしようと思ったのだ。

 

「ヘレナちゃん、いますか?」

 

トントンと扉をノックする。

中から少女の声でどうぞと応答があるのを確認すると、ノースカロライナは扉を開け放ち、入室した。

 

「ヘレナちゃん、お久し振りです。」

 

「ノースカロライナさん?」

 

思わぬ人物の訪問にヘレナは少し、驚いた表情になる。

まさかノースカロライナがお見舞いに来るとは思っていなかったのだろう。

 

「ええ、さっきカフェでお姉さんと会いまして、そう言えばどうかなってお見舞いに…はい、これ食べませんか?」

 

驚きの声を上げるヘレナにノースカロライナはにこりと微笑み先程、売店で購入したドーナツの箱を掲げて見せた。

 

「ノースカロライナさん…でも、お医者さんから病院食以外は口にしてはいけないって…」

 

「一個位なら大丈夫ですよ、ここの病院食マズイじゃないですか?はい、どうぞ」

 

この医療機関は国の施設。

その為にKANSENに提供される食事もお役所仕事の例に漏れず、食べられればいいだろうといった感じの物で評判は悪い。

 

「ふふっ、まさかノースカロライナさんがそんな事言うなんて」

 

ノースカロライナからチョコレートのドーナツを受けとるとヘレナは微笑する。

真面目と評判の戦艦がそんな事を言う物だからちょっとギャップを感じたのかもしれない。

 

「あら、知りませんでした?私って結構、ワルなんですよ」

 

「アハハ、ありがとうノースカロライナさん」

 

ヘレナは受けとった甘味を年相応の子供らしく食べ始めた。

 

「そう言えば、お姉さんがヘレナちゃんと喧嘩しちゃったって悲しんでましたよ?何があったんですか?」

 

そんな少女を愛しそうに眺めながら、何て事のない感じでノースカロライナは尋ねた。

 

「…実は」

 

──

 

「そうですか…そんな事が」

 

「ええ、セントルイス姉さんにはワガママを言ってしまったわ…。」

 

少しションボリ顔のヘレナ。

ノースカロライナは少女からおおよその経緯を聞いた。

数ヵ月前から今に至るまでの経緯を。

 

「大丈夫です。ヘレナちゃんは悪くないですよ。」

 

少し落ち込んだヘレナの頭をノースカロライナは優しく撫で上げる。

そして、こう口を開いたのだ。

 

「では、指揮官に会える様に私からエンタープライズに言っておきますね?」

 

「本当…!?」

 

「ええ、本当です。だから暫く待っててくださいね?」

 

「ありがとう…!ノースカロライナさんっ!」

 

車椅子に座るヘレナの頭を撫で続けるノースカロライナ。

目を細めて笑顔を見せる顔は、ユニオンの皆から尊敬の念を集めるいつもの…頭脳明晰で純真無垢なノースカロライナの顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 




たまには指揮官くんにもご褒美あげないとね
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